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続・『生きがいの創造』

 - 今、一人ひとりの「生き方」「考え方」の質的転換が強く求められている -

 『生きがいの創造』において飯田博士は、「人間死んだら無に帰る」という考え方から、「死んでも生命は続く」という考え方に転換することによって、「生きがい」に決定的な変化が生まれる、そういう実例が多く見られたと力説しています。
 「生まれ変わり」を確信することによって、ともすれば埋没しマンネリ化しやすい日常の一こま一こまに、新しい意味を見出すことができるというのです。

 どうやら私たちは、無目的でこの世に生まれてくるわけではないらしいのです。自身の魂とガイド(守護霊)との綿密な事前計画のもとに国、地域、人種、性別、両親などを選んで、「自分の意思」で生まれ変わってくるようなのです。(子どもたちの中には、現在の母親の胎内に宿る前、雲の上からガイドと一緒に両親になると決めた人と家の様子を見ていた、と語っている例もあります。)
 何のために?比較的安穏な「中間生(あの世)」では学び得ない、「学び」をこの世でするために。どうやら何かと制約、制限が多いこの3次元物質世界で、不自由を忍びながら努力を重ねることによって、自己の魂が磨かれていく仕組みらしいのです。

 それでは「学び」とはどんな学びか?それは究極するところ「愛の学び」、これに尽きるようです。まことこの世こそが壮大な「愛の学校(クオレ)」であるのです。そのため最も重要となるのが、一生涯の中での無数の「人間関係」であるようです。
 日々瞬々出会う人たち(隣人)とどう関わるのか?愛をもってか、無関心でか、憎しみをもってか。この集積が見えざる「魂のバランスシート」となって、この世の将来はおろか、次に赴く世界の高低も決定されるというわけです。

 何十生、何百生と生まれ変わりをくり返すのも、ひとえに「人間関係の達人」言いかえれば「愛のマスター」になるのが目的だったのです。
 とうの昔に「輪廻転生」のくびきから開放されている(解脱している)、ブッタ、イエス、聖母マリア、エル・モリヤ、クートフーミ、ヒラリオン、聖ジャーメイン、聖ババジなどの「光の領域」のアセンデット・マスターたちも、かつては今私たちがたどっているステップをすべて経てきている。これを知ることは大いに励みになることでしょう。

 いずれにしても私たちは、決してこの世でポツンと孤立して生きているわけではない。どんな悪人でも、この世を遥かに超えた大きなスキームにつながっていて、生きそして生かされている。
 「生まれ変わり」「死後の生命」という壮大な生命観を持つことによって、人は新たな生きる意味、困難に立ち向かう勇気、生きる希望、積極性、自信といったものを得ることができるのだ、と飯田博士はこの本の中で強調しているのです。

 人は死んであちらの世界に行って一段落した頃、ガイドたちの前で、その人間の「生前の回顧」をさせられる場面があるそうです。大きなスクリーンに、生前の主だった行為が大写しで映し出されるのだそうです。その時抱いた感情、あるいは例えば人を傷つける行為をした場合、その時の憎しみの感情はおろか、その傷つけた人の心の痛みまでリアルかつストレートに感じることになるというのです。
 中には己の行ってきたあまりの愚行に、恥じ入ったり泣き叫ぶこともままあるそうです。私もおそらくその口でしょう。寅屋のおじさんの口癖の「バカだねぇ、寅は」ではないけれど、自分に対してそう思うことが数多くありましたから。

 でも過ぎたことは致し方ありません。前非を悔い改めることは、60歳でも80歳でも十分有効なことのようです。生前から越し方を振り返り、顧み、改善することを心がけていれば、向こうに行ってから、そのことについて改めて「大映し動画」を見せられる必要はないかもしれないのです。

 この本はまた、日々の生き方の再考も迫ります。ついついムダにやり過ごしている一日一日、一瞬一瞬がかけがえのない尊いものであることに気づかされるのです。
 当ブログ『今この時&あの日あの時』のURL(アドレス)は、冒頭が「be-here-now」です。この「be here now」は、「今この時」「この場所」にフォーカスして生きることの重要性を込めて命名したつもりです。
 しかしかく言う私自身、ともすれば「過去の後悔」「未来への不安」に生きて、「今この時」「この場所」に十全に生きていないと感じることがままあります。このことも、今回この本を読んで気づかされたことです。

 ただ今今日、世界も日本も各個人も、多くの困難や課題を抱えて大変だろうと推察します。その根本的要因は、「この世中心」「肉体中心」「モノ、カネ中心」で突っ走ってきたことにあるのです。
 「真のチェンジ」とは、そういう生き方を根本から改めることです。すなわち今後はどうしても「スピリチュアル中心」の生き方をしないと、世も人も立ち行かなくなるのです。なぜか?それが本来の「宇宙の法則」「自然の法則」であるからです。
 そのための絶好の入門書として、『生きがいの創造』はお奨めです。  - 完 -

 (大場光太郎・記)

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