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厚木の花火大会

  暗く暑く大群衆と花火待つ   西東三鬼

 猛暑の今年、その中でも2、3日前2度目のピークがあり、観測史上最高となる全国で猛暑日地点が記録されたそうです。それからは雲が多かったり、やや強い風が吹き渡ったりして幾分暑さは和らいだ気配があります。とは言っても、30℃以上の真夏日であることは確実です。
 7日(土)は暦の上では立秋だというのに、今年に限ってはこの暑さはいつまで続くのだろうと、げんなりさせられます。
 そんな中皆様はいかがお過ごしでしょうか?

 7日午後から横浜市内に所用で向かいました。バスと電車の乗継ぎです。
 普段ならこの時刻、当居住地付近バス停から本厚木駅に向かうバスはそんなに混まないものです。たいがい二人用座席を独り占めして座れます。ところがこの日ばかりは座席はいっぱい、通路で立っている乗客もけっこういるありさまです。
 それもそのはずです。きょうとあしたは、厚木市主催の「あゆ祭」が行われるのです。特に7日の夜は同祭のメーンイベントである、恒例の相模川での「花火大会」が行われます。

 花火大会は例年8月の第一土曜日に行う決めのようです。今年はちょうど7日がその日に当たるわけです。花火大会は厚木市制が発足した昭和30年代初頭から始まったようです。私が当市にやって来た昭和40年代前半も、毎回ドカーン、ドカーンと華々しくやっていました。
 近年はさほど興味なく見に行きませんが、季節柄雨というのは少なかったと思います。私の記憶では、『この雨では今夜の花火大会はダメだな』というのは、かなり前の一度だけです。

 バス停ごとに小さな子供連れや若いカップルなどがどんどん乗り込み、車中は混み合ってきます。それらの人たちが目指すのは、やはり本厚木駅経由の相模川であることでしょう。
 当市から海老名市に通じる、相模大橋の上流数百メートルの、広々とした中州が花火が行われる場所です。当ブログ以前からの読者の方には、亡母の「最後の花道」となった、厚木運動公園沿いの桜並木道を川に下りる坂道下の中州一帯と言った方が分かりやすいかも知れません。

 とにかくこういう催しでは格別指定席のようなものはないわけで、日盛りであろうが何であろうが、少しでも早く目指すコンクリート堤防に駆けつけて、より格好のポジションを得たいのが人情というものです。花火が始まるのは夜の7時からですが、そのためこんなに早くに遠くから繰り出しているわけなのです。
 本厚木駅に近づくにつれて、通りは一挙に賑やかになっています。夏のお祭りに一番似合うのは、何といっても若者たちです。そのためかきょうばかりは、通りを歩く人たちの中でも、涼し気な浴衣姿の娘さんたちがやたら目につきます。

 隅田川の大花火大会とまではいかずとも。厚木市の花火大会もけっこう有名であるようです。そのため花火を見ようと、方々から相模川入りするのです。行きはもとより、所用を済ませて同駅に帰ってきた6時過ぎ頃は、同駅でどっと降りて自動改札付近といわず通路といわず北口広場といわず、通常の何倍もの人でごった返していました。
 そのため警官や警備員らしき人たちが、拡声器を使ったりして人込みの整理誘導におおわらわです。

 そういえば30代のいつの頃か、暗くなりかけた頃私は、屋台が立ち並ぶ人込みをぬって、堤防のそこそこの位置を確保して花火を見たことがあります。
 7時から9時までの2時間、間を置かず花火は次から次へと打ち上げられていきます。我が国で打揚げ花火が始まったのは江戸時代からのようですが、今日ではその伝統の上にさらに改良と創意が加えられ、それは夜空に美しく大きな円を描いていきます。暗い空にパッと閃光がきらめき、放射状に伸び広がり、とりどりの色彩の華を咲かせ、そして散って元の暗い空に戻っていく。それはさながら一瞬の芸術作品の趣きです。

 間近い所は見えても、遠い周囲のようすはまるで分かりません。しかしいっとき会場となっている相模川全体が照らし出される時があります。ちょうどプログラムの中ほどに用意されている仕掛け花火の時です。
 その時ばかりは、バチバチはぜる仕掛けの音と共に、すっかり置き去りにされていた河川敷全体がメーンステージのように漆黒の闇から浮かび上がるのです。
 
 するとどうでしょう。川幅100mほどのこちらの堤防そして対岸の堤防の上から下まで、下流から上流まで、それこそ立錐の余地もないほどの人、人、人ではありませんか。何千人いや一万人以上いるかもしれません。
 いくら何でもこんなに人が…。そこまでのイマジネーションがなかった私は、度肝を抜かれただただあっけに取られてしまいました。そしてほどなく、ただ一人で来ていた私は、名状しがたい寂しさに襲われたのです。あれが「群集の中の孤独」というものなのでしょうか。
 以来私は、直接会場に花火を見に行くことはなくなりました。

 (大場光太郎・記) 

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