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続々・命の輝きを伝えたい

 - 北の旭山と南の到津。共に廃園の危機を脱して、奇跡の復活を成し遂げた -

 「お客さんを大切にすることが動物たちの保護につながる」と気がついた小菅正夫は、以後その線に沿って旭山動物園の改革に着手していきます。
 例えば小菅は、飼育係が直接お客さんに説明する「ワンポイントガイド」を発案、実行に移しました。彼らの多くは小菅に負けず劣らず“動物好き”ではあっても、人付き合いは苦手。当初はためらいがあったものの、少しずつ慣れていき、今日でも同動物園の「売り」の一つになっています。
 また知能の高いサルの見せ方として、なかなかエサが出てこないエサ箱を考案し、サルが箱を上下斜めにひっくり返しながら、ようやくエサを取り出すようすをお客さんに見てもらうことにします。

 小菅のリーダーシップのもと、次々に新機軸を打ち出しつつあった矢先の平成6年、想像もしていない出来事が旭山動物園を襲います。園内の動物たちが“エキノコックス症”に感染していったのです。園内に侵入した、野生のキタキツネによってもたらされた病気でした。
 その頃副園長になっていた小菅は、市民の安全を第一に考え、事実の公表に踏み切ります。市民の間から、管理体制の甘さに対して大批判が巻き起こり、同動物園は臨時休園を余儀なくされました。

 経営的に厳しい局面に立たされた同動物園は、廃園の危機に追い込まれます。しかし小菅らは園の周囲に防護柵を張りめぐらして、病原菌の侵入防止に務めます。
 このような動物園の努力に心を動かされた市民たちは、定期的にパンや果物の差し入れや、カンパによる200万円の寄付をしてくれました。中には、「旭山動物園は私たちの宝です」という暖かい手紙も寄せられました。
 こうした市民たちの励ましに支えられ、平成7年4月29日旭山動物園は再開することができたのです。

 同時期小菅正夫は園長になっていました。再開直後小菅は、「今後どういう動物園にしたいか?」というコンセプトのもと、飼育係とともに「14枚のスケッチ」を作り上げました。若いスタッフに、予算などに縛られない「こうであって欲しい動物園の姿」を絵として自由に描かせたのです。
 そうして出来上がった絵の中には、白いアザラシが上下に泳ぎ回る姿を間近で見られる縦長の大水槽の絵がありました。またペンギンと言えば、氷上をよちよち歩きする姿が一般的ですが、常日頃その生態をよく把握しているスタッフは、「ならばお客さんの頭上に巨大水槽を設け、空を猛スピードで飛び回るようなペンギンの姿を見てもらおうじゃないか」とばかりの絵を描きました。

 こうして出来上がった「14枚のスケッチ」を携えて、小菅園長は旭川市役所を訪れ、担当者に動物園改革の必要性を熱く語ります。やはりビジュアル的なスケッチのインパクトは絶大で、市側も納得し、新しい施設を造るための予算を15年ぶりでつけてもらうことに成功したのです。
 「すべてはアィディアから始まる」「はじめにイマジネーション(想像力)ありき」とは、成功哲学的文脈の中でよく語られます。小菅が「現実化の法則」を知っていたかどうかは別として、図らずも同法則を旭山動物園で実証する形となり、日本最北の本当にいつ潰れてもおかしくない動物園を日本一の動物園に急成長させたのです。

 旭山動物園が廃園の危機を脱して、奇跡的な復活を遂げつつあった頃。「日本中の動物園が束になっても適わない」と小菅が舌を巻いていた、岩野俊郎の到津遊園はどうだったでしょうか?実は今度は、到津遊園が危機的状況を迎えていたのです。
 同遊園のすぐ近くに巨大テーマパークが建設され売上げは減少、親会社である西日本鉄道(株)は業務不振に陥り、同遊園へ乗り入れる路線も廃止となりました。
 こうして平成8年到津遊園の方は廃園が決定、70年にも及ぶ動物園の歴史を閉じることになりました。当然林間学園もなくなってしまったわけです。

 しかし到津遊園でも“奇跡”が起きたのです。奇跡を起こしたのは、かつて林間学園で「命の輝き」を学んだ市民たちでした。中には親子孫3代にわたって、林間学園を体験したというような例もあり、同遊園の存続を望む声が多く寄せられるようになりました。それらの人たちが中心となって、同遊園の再開を望む26万人もの署名が集められたのです。
 その結果、平成12年同遊園は「到津の森公園」と名称を変えて再スタートすることとなり、新園長には岩野俊郎が就任しました。

 『こころの遺伝子』最終回では、小菅正夫と岩野俊郎が並んでゲスト出演していました。大きな仕事を成し遂げた両氏からは、黙っていてもにじみ出てくる自信と風格が感じられました。
 両氏には、地球環境の危機が叫ばれる今日、動物園というレベルを超えて、今後ともさらにグローバルな視点から「命の輝きを伝え」ていっていただきたいものです。この場合の「命の輝き」とは、もちろん人間も含んだ、動物、植物など生きとし生けるあらゆる生命体の「命の輝き」ということです。  - 完 -  

 (大場光太郎・記)

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