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森裕喜の早すぎる保釈

 -ろくな取調べもせず保釈した石川県警は法治国家の捜査機関と言えるのか !?-

 7日道路交通法違反(酒気帯び)の疑いで逮捕された森祐喜(45)は、8日夕方保釈されました。『おいおい、それにしてもちょっと早すぎはしないか』と思ったのは私だけでしょうか?
 所轄の石川県警小松署が保釈の理由としたのは、「逃亡の恐れがないこと」「証拠隠滅の恐れがないこと」という常套的な文句でです。

 そもそも7日午前10時過ぎに、小松市内のコンビニ「ポプラ小松大島店」に白いワンボックスカーでやってきて、同店入り口付近のガラスが粉々に砕けるほどの衝撃で車を突っ込んだのです。それを見た店員は、「事故を起こした男の様子がおかしい」と110番通報しているほど、森祐喜は異様な状態だったといいます。
 小松署員が駆けつけてみると、口はロレツが回らず、足もふらつく状態。誰が見ても泥酔状態の「飲酒運転」そのものなのに、「酒気帯び運転」という小松署の判定そのものがおかしいのです。

 もし本当に「酒気帯び」で口はロレロレ、足元フラフラだったのなら、プロの捜査機関なら別の要因に思い当たらなければウソです。すなわち「この者はひょっとして“薬物”をやってたんじゃないのか?」。第一もう昼に近いというのに、飲酒というのもおかしな話なのではないでしょうか?
 小松署は有無を言わせず、車内の調査、森祐喜容疑者の尿検査、そして自宅の家宅捜索まで行うべきケースです。「公平中立」な法治国家の捜査機関としては、「県会議員だから、森元総理の長男だから」というような私情は一切挟むべきではありません。

 それでなくても近年、悪質な飲酒運転による痛ましい犠牲者が後を絶たず、最近では厳罰の「危険運転致死罪」が適用されるケースも珍しくありません。それやこれやを勘案すれば、今回の事件は数日ないし1週間くらいは拘留して、慎重に捜査し結論を出すべきでした。
 当ブログでは以前「森祐喜のようなロクでもない県会議員に対して、石川県民はリコール運動を起こすべきだ」と述べたことがあります。こんな者を2期にわたって県議に選出した石川県民、そしてロクに捜査もしないで次の日は保釈にしてしまう石川県警。失礼な物言いながら、石川県は民度の低い「治外法県」か?と思ってしまいます。

 いずれにしてもこの事件はもうこれで一件落着でしょう。しかし一定の効果はありました。第一に森祐喜という、トラブルを起こしてばかりの問題議員が辞職したことです。また全国的に悪名を知らしめた効果もありました。
 それに押尾事件では、田中香織さん(当時30)にMDMAを飲ませ、暴行セックスの上、田中さんの顔がバンバンにはれ上がるくらい凄まじいDVを加えて死亡させた首謀者は森祐喜なのでは?と当初から言われ続けてきました。押尾学はタニマチであるパチンコ業界のドンを介して森側から2億円の身代わり代をもらい、むりやり身代わり出頭させられたのではないか?と。

 当然そこには、父親である森喜朗元総理も一枚加わっているわけです。おそらくこれらは警視庁内部の良識派からのリークだと思われますが、これも当初から森元総理の同事件への「裕喜もみ消し」疑惑が消えないのです。
 これぞ「親バカ」の極みと言うべきですが、そこまでして「永田町の3バカ息子」の代表格の裕喜を、森喜朗は自身の後継者にしたかったのです。しかしそれも今回の事件で完全にパーになったと見られています。

 地元の「北國新聞」が8日付朝刊1面トップで、「森議員 酒気帯びで逮捕」とデカデカと報道。「いつかこんなことになるんじゃないかと…」というような同僚議員の声まで紹介して、裕喜をこきおろしたのです。
 北國新聞といえばかつては、森喜朗の“後援会新聞”のようなものでした。平成17年に石川県内で発生した、森元総理自身が同乗していた車の人身死亡事故を一切報道せず、石川県警ともども同事件を闇に葬ったのです。
 森元総理の、地元での地盤沈下を物語るような北國新聞の“変節”です。
 
 地盤沈下は何も地元だけではありません。かつて「キングメーカー」として権勢をふるってきた森元総理でしたが、今回の愚息の事件によってその凋落ぶりがさらに示されたのです。
 何しろ元総理の後継と目された人物が、これだけ世間的ニュースになれば、普通なら永田町は大騒ぎです。親父である森喜朗の進退問題に発展してもおかしくはないのです。それが今回は、「あっ、そう」という受け止め方だというのです。
 いくら国会閉会中で、森元総理自身大好きなラグビー観戦を兼ねてニュージーランド訪問中とはいえ、仮に森元総理が今でも政界に隠然たる影響力を持っていたなら、党内外、マスコミから激しく追及されていたことでしょう。
 
 力の源泉だった派閥「清和会」は形骸化し、早大雄弁会からの盟友・青木幹雄も引退、もう森元総理を頼る議員は皆無だというのです。すべては昨年の衆院選石川2区選挙区で、「美女のサメ退治」として送り込まれた、“小沢チルドレン”の田中美絵子衆院議員(34)にわずか4,500票差まで追い詰められたのが原因だったといいます。
 「あれで森の政治生命は終わった」と、ある政界関係者は言っています。本来なら自身の選挙を棚上げして、裕喜の「押尾事件もみ消し」に奔走する余裕などなかったのです。一蓮托生の親子ながら、裕喜の“愚息ぶり”が際立ちます。

 「この親にしてこの子あり」と言うべきか、とにかく森元総理はこれ以上晩節を汚すことなく、静かに政治の表舞台から消えていっていただきたいものです。

 (大場光太郎・記)

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