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塀の内に落ちたハマコー

 - ハマコー先生。出所後は「ムショのことを話すだう !」と、是非ツイッターで !-

 ハマコーこと浜田幸一容疑者(81)が、平成18年3月から4月にかけて2億円の担保株券を不正に売却し、千葉市内の産廃処理会社に損害を与えたとして、千葉県警捜査2課に背任の疑いで逮捕されました。

 今回の逮捕に対して、本人は「答えるつもりはない」と供述を拒否しているもようです。ただ浜田容疑者は逮捕前、支持者に「自分は破産宣告を受けたので借金はチャラだ」となどと話していたといいます。確かにハマコーは昨年1月千葉地裁から破産宣告を受けていたのは事実のようです。それを盾に取って「差し出した株も無効になった。騙し取ったのではなく、自分の元に引き上げただけだ」などと都合のいいことを話したそうです。

 破産宣告によってそれまでの借金は“チャラ”にはなります。しかし一旦差し入れた担保株券を差し戻して一方的に売却し、会社が返済を求めるたびに「モンゴルの開発事業でカネが入る」などと繰り返し、結局返済しなかったとなると刑法上の犯罪(背任)であり、こちらは時効を迎えるまでは犯罪要件が成立しています。
 普段から天下国家を論じていたハマコー先生ともあろうお方が、それくらいのことは先刻ご承知のはずでしょうに。
 千葉県警は12日午前、浜田容疑者を千葉地検に送検しました。

 ハマコーが「モンゴル開発事業」に投資していたのは事実のようです。開発事業とは金山開発のようです。モンゴルは鉱物資源が豊富なことで知られています。金も1200~1300トンの埋蔵量が見込まれ、世界的に注目されています。
 それだけにうさんくさいもうけ話がウヨウヨあり、数年前からいろんな人が被害に遭っているといいます。
 ハマコーといえば、かつてラスベガスのカジノで4億6千万円ほどの大金を一晩ですったことに、国民は唖然とさせられたことがありました。その時は政商・小佐野賢治に用立ててもらいました。用立てたカネは、ロッキード社から小佐野に流れたカネだったのでは?ということでも大騒ぎになりました。ともかくその時のハマコーは、何年かかけて全額返済したようです。

 しかし平成5年に政界を引退してからは、小佐野のような強力なバックもいなくなりました。しかしハマコーの一攫千金を狙う山師的性分は直らず、それは「投資」に名を変えて続いていたようです。
 金融関係者の間では、ハマコーは投資家として有名だったそうです。日本はもちろん米国のベンチャー企業への出資話でも頻繁に顔を出し、多額のカネを動かしていたといいます。しかしある政界関係者によりますと、「実情は火の車で、こっちから引っ張ったカネを向こうに返すという自転車操業だった」ということです。
 その揚げ句に危ない橋を渡り、怪しげなモンゴル話に手を出して墓穴を掘ることになったようなのです。

 「オレは元ヤクザだ」と公言していたとおり、若い頃から恐いもの知らず、自民党の衆院議員時代は「政界の暴れん坊」の異名を取りました。
 何といってもハマコーを一躍有名にしたのは、昭和54年の自民党史上最大の危機といわれた「四十日抗争」の時、党内の反主流派が築いたバリケードを強行突破し、両院議員総会の開催に導き事なきを得た一件でした。
 バリケードの山に単身乗り込んだハマコーの姿は、今でもテレビでたまに流されることがあります。

 しかし私にとって強烈だったのは、ハマコーが衆院予算委員長を務めていた時の「ミヤザワケンジ君(「宮本顕治君」の誤り)は人殺しじゃないか !」発言です。時は昭和63年(1988年)2月6日の衆院予算委員会。私はその時、自営の営業で大和市内を車で回っていてカーラジオでそのもようを聴いていました。
 この発言は、共産党の正森成二議員とのやりとりの途中で飛び出したものです。ラジオを通しても、異常なほど騒然となっていく議場のようすが伝わってきました。

 ハマコーが問題にしたのは、戦前の(今でいう内ゲバによる)ある共産党員の死亡に、若き日の宮本顕治共産党議長(当時)が関与していたのではないか?ということのようでした。突然そんなことを言い出された正森議員は、「何言ってんだ。今の言葉取り消せ !」となったのは当然です。
 確信犯的発言で、ハマコーは予算委員長のイスをあっさり退きます。後に正森議員と国会内廊下ですれ違った際、ハマコーは「オレの首を取りやがって」とは言ったものの、目は笑っていたそうです。

 その他日本社会党の某議員には、「黙れ ! 強姦野郎 !」と強烈なヤジを飛ばしたこともありました。しかしヤジったハマコーは処分されず、相手の社会党の議員は次の衆院選で公認されず政界を追われる結果となりました。
 また平成4年(1992年)5月に起きた、小泉純一郎による愛人芸者小はんへの(港区内の小はん自宅マンションでの性行為中の)首絞め過失致死事件に対して、ハマコーは自党議員の会合で、後に戦後の名宰相の一人と讃えら れる(?)小泉に面と向かって、「この芸者殺し野郎 !」と罵倒したのです。
 なおこの事件をもみ消して事故死に偽装したのが、後の総理補佐官となる飯島勲でした。

 政界引退後ハマコーは連続ドラマに主演し、その素人演技と内容の突飛さが意外にも大受けし、「かわいい」と女子高生の人気を集めたそうです。確かにハマコーには、どこか憎めないチャーミングなところがありました。
 今年からハマコーは、81歳というのに「ツイッター」にチャレンジし、「なさけなう ! 政治がなう !! だう !」といった破天荒なつぶやきが「なんだか元気が出る」と人気急上昇し、逮捕直前にはフォロワー(登録利用者)数が20万人を突破し、逮捕後も伸び続けているそうです。ちなみに逮捕直前のつぶやきは、「熱帯夜、熱帯魚、熱帯雨林、渡り廊下走り隊」。
 
 山師的性分は直らないとしても、今回の件はしっかり反省していただいて。保釈後はムショの中での心境などを、ツイッターで大いにつぶやいてもらいたいものだなう。

 (大場光太郎・記)

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