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2010年9月

日本雛型論

 -この論は現日本人が亡失した重要な何かを与えてくれるかもしれない-

 今回の一連の尖閣諸島問題がニュースを賑すようになってから、ふっと思い出したことがあります。それは今回取り上げます「日本雛型論」です。と言っても、多くの方は何のことかさっぱり分からないことでしょう。そこで改めて、同論を以下でご紹介してみようと思います。

 「日本雛型論」の主旨はごく簡単に言えば、「日本は世界の雛型である」「日本の州と世界五大陸などは大小の相似形をなして対応している」ということです。その対応をズバリお示しするのが一番分かりやすいかと思います。日本各州と世界各大陸との対応は以下のとおりです。

   北海道  = 北アメリカ (大陸-以下同じ)
   本 州 = ユーラシア
   四 国 = オーストラリア
   九 州 = アフリカ
   台 湾 = 南アメリカ

 実際日本地図と世界地図を見比べてみますと、なるほど見事なばかりにそれぞれが相似形をなしていることに驚かされます。そして驚くのはこれだけではありません。日本各地の海や湖、半島、都市など細部に至るまで、世界のどこかの海、湖、半島、都市との対応が見られるのです。
 そのうち代表的なものだけを列記してみます。
 札幌市 = ワシントン、小樽市 = ニューヨーク、男鹿半島 = カムチャッカ半島、仙台市 = 北京、牡鹿半島 = 朝鮮半島、富士山 = エベレスト(チョモランマ)、紀伊半島 = アラビア半島、伊勢湾 = ペルシャ湾、伊勢市 = エルサレム、琵琶湖 = カスピ海、瀬戸内海 = 地中海etc.

 ただここで注釈が必要な点が一つあります。それは「台湾」が日本の州の一つに加えられていることです。お察しかと思いますが、同論が広められたのはかなり昔のことです。もっと言えば明治後期から昭和戦前までのことです。
 その間の日本と台湾の関係がこの論には出ているのです。日清戦争で大日本帝国(当時)が清国に勝利したことにより、1895年(明治28年)から第二次世界大戦による敗戦まで、台湾は日本統治下にありました。その間、一昨年新春記事『児玉神社参拝記(1)』でも触れました日露戦争の英雄・児玉源太郎や後藤新平らが台湾提督に就任したこともあります。

 戦後台湾は中華民国という国が実効統治しています。そのため今日「日本雛型論」を語る場合、大っぴらに台湾を出さずに「南アメリカ大陸 = 淡路島」と小さな声で語られることもあるようです。しかし南米大陸という大大陸と比定するに淡路島では、いかにもスケールが小さすぎる嫌いがあります。

 ところで我が日本列島の原型が形作られたのは意外にも古く、今から4、5億年も前のことだそうです。以来悠久の歳月を経て大陸と地続きだったり、離れたりしながら、プレートテクニクス理論による大陸プレートと太平洋海洋プレートとのせめぎ合いの中で、徐々に日本列島としての輪郭が現われてきたわけです。
 そしてほぼ現在の日本列島が出来上がったのが、最終の氷河期が終わった更新世から完新世の初頭、約1万3000年から1万2000年前だったといわれています。
 他の五大陸など主だった陸地も、ほぽその頃には、現在の世界地図に見られるような形になっていったものと考えてもよいのでしょう。

 それは一見単純な地球物理学的、地質学的変遷の結果であるように思われます。しかし日本各州、各地と世界各大陸、各地の驚くべき相似形を見せつけられると、そこに厳然たる“何様”かの御意思を感ぜずにはおられないのです。  (以下「続」につづく)

 (追記)『日本雛形論』というサイトが、日本と世界の対応地図を分かりやすく表示しています。また各地の詳細な対応表も掲げられています。
  http://oxtagon888.web.fc2.com/world/hinagataron/top.html

 (大場光太郎・記)

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お得意の世論調査をなぜやらない?

 - 私たち国民は「マスコミ世論」の異様さにいい加減気がつくべきだ -

 本記事余裕があれば昨夜出す予定でした。国内外に大きな波紋を広げた尖閣諸島問題、中国漁船船長釈放問題、これで菅政権の支持率はどうなったのか?その各社世論調査結果が気になったのです。ところが代表選の例で見ても、毎週あれほどバンバン世論調査しまくった新聞・テレビが、なぜか今回に限っては各社見送りです。なぜなのでしょう?不思議ではないかということを述べたかったのです。
 これについては9月29日付『日刊ゲンダイ』1面本文冒頭で、同じ疑問を提示していました。先を越されてしまった感じですが、この疑問を呈したのは元レバノン大使で、当時外務省で唯一小泉米国隷属外交に抗議した反骨の人・天木直人氏です。

 同氏もそこで述べていましたが、今回もし世論調査を実施していれば、菅内閣の支持率は「大暴落」していたはずです。何しろ中国人船長を拘置途中で釈放しておきながら、中国からはお礼の言葉どころか逆に謝罪・賠償を要求され、先方に拘束されている邦人4名の解放の目途すら依然立っていないのです。国民の多くは「何という弱腰外交か」と、菅内閣には怒りと落胆を覚えたであろうからです。
 改造内閣発足時60%を超えた支持率が、30%くらいに暴落してもおかしくはない無様な対応だったと言うべきです。

 ところがこういう時に、大マスコミはなぜか世論調査を実施しないのです。代表選時は、他の世論調査に比べてあまりの隔たりの大きさが問題になったばかりです。「マスコミ世論」の謀略性が浮き彫りになったのです。
 それとともに、今回調査を行わなかったことにより、改めてマスコミ各社の世論調査なるものの恣意性、つまり調査を行うのは「自分たちの都合のいい場合」であることが、改めてよく分かりました。

 それにしても新聞・テレビは、調査を行うも行わないもどうしてこうも毎回ピタッと同一歩調をそろえるのか?これも大きな疑問点です。国民一般が信じているように、マスコミ各社が本当に独立した企業体なら、その週は1、2社のみ実施といったバラツキがあってしかるべきです。
 それがするもしないもまるで全体主義のように、毎回ピタッと各社一斉横並びなのは薄気味悪い現象だとは思わないでしょうか?そしてこれまで節目節目の重大な政局にあっては、この「マスコミ世論」なるものによって、それが国民大多数の意思だとして大きな流れを形成されてきただけに事は重大です。

 もっとも当ブログでも何度か述べましたように、例えば読売新聞は日本テレビ、フジテレビは産経新聞、朝日新聞はテレビ朝日というように、同一資本による新聞・テレビ一体の「クロスオーナーシップ」体制が敷かれていることは周知のとおりです。
 ではあっても、もし各社が独立した報道機関であるのなら、例えば同一資本の毎日新聞とTBSだけは実施、あるいは民放とは一線を画すはずのNHKだけは今回実施ということがあって当然です。いやなければ逆におかしいはずなのです。

 それが新聞・テレビはおろか共同通信社というまったく別の組織すらもが、やる時は各社一斉うるさいほどガンガンやり、国民がやってほしいと思う時は軒並みピタッとやらないのですから、奇妙奇天烈というほかないのではないでしょうか?
 本来は有り得ないはずの、この「マスコミ各社横並び」は一体どうしたことなのでしょう?これは建前上の各新聞・テレビ各局の独立性とは裏腹に、日本の大メディアは根っこのところで完璧にコントロールされていることの動かぬ証拠と言えるのではないでしょうか?

 その根っこを押さえている要の位置にあるのが、多分ナベツネのCIA新聞・読売であり、広告(米国)代理店・電通であるのでしょう。6月初め鳩山前首相退陣直前に、各マスコミに「極秘指令書」が配布されたという、ある人からの投稿を『「クーデター」菅政権の仁義なき船出』として紹介しました。おそらくかなり以前から政局の節目節目で、そのような極秘指令が出され続け、マスコミ各社はその線に沿った報道なり世論調査を行ってきたと見てまず間違いなさそうです。

 そしてこれも6月の『私は大新聞を読みません』の中でご紹介しましたが、日本のマスコミ各社をさらに奥からコントロールしているのは、CIA、戦争屋系アメリカユダヤ、さらにはそれらの構成要員に憑依して異次元からコントロールしている“奥の院”(地球外暗黒生命体)であるとみられるのです。
 今や完全に第二自民党化している現菅政権は、これらのすべてにとって甚だ都合のよい御(ぎょ)しやすい政権なのです。ですから国際級のヘマをやらかしても見て見ぬふり、今後とも裏からバックアップし続けることでしょう。もし菅直人でダメでも、次の総理はどうやら決まっているらしいです。親米隷属派のあの前原誠司。それを仙谷由人が支える体制…。(アー。嫌だ、嫌だ)

 もちろんその結果日本国民が死のうが生きようが、「彼ら」の知ったこっちゃありません。「彼ら」のコントロール構造の維持、強化こそが唯一の関心事なのですから。

 (大場光太郎・記)

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ブログ背景替えました(10年9月篇)

  十六夜(いざよい)の窓辺に寄りし人の影   (拙句)

 「暑さ寒さも彼岸まで」は今年の場合本当のことでした。秋彼岸の中日(秋分の日)はけっこう激しい雨の一日となり、前日の厳しすぎる残暑がまるでウソのようでした。雨に伴って気温も一気に下がり、15℃以上の差があったようです。その日から私は背広を着込んで、以来ずっとそれで通しています。
 当地に点在する田んぼも黄色く色づき、朝はそこら中の家の庭先に色とりどりの朝顔が咲き乱れるなど、日に日に秋の訪れが実感されます。

 ただ『今年はやはり違うよなぁ』と感じられることがあります。すぐ近くの空き地の隅に、例年ならお彼岸に合せるように幾株かの彼岸花(曼珠沙華)が、少し毒々しい赤色で咲き出します。しかし今年はまだ咲いていないのです。
 当居住地では少なくなった空き地ですが、そこに限っては何かでその辺を掘り返し、彼岸花の宿根が引っこ抜かれてしまった、というようなことはないようです。やはり気候不順に敏感に反応して、今年は咲く時期が後にずれ込んでいるものと思われます。

 これからも暑く感じる日はあるにせよ、気違いじみた暑さはもうないものと見ていいのではないでしょうか。そこで涼しくなったお彼岸の中日あたりから、ブログ背景のもよう替えが気になっていました。『そうだ、もうそろそろ替えなくちゃ』と思いながらも、記事更新だけで手一杯で、ついつい一日延ばしになっていました。
 本夜当地では秋の夜雨が降っています。その雨音が何となく「今の背景もう寒々しいぞ。早く替えろよ」と促しているもののようで。そこでようやく今夜切り替えることにした次第です。

 それについて少しココログが提供してくれている、多数の「テンプレート」を一通りチェックしてみました。しかしいざ使えそうかと思うと、私自身の好み、季節感などにフィットしたテンプレートはなかなか見つからないものです。
 そこそこ時間をかけて、ようやく『今回はこれでいこう』と決めたのが今回の背景です。テンプレート名は「月夜」です。

 先日『今年の十五夜に思うこと』記事を出しましたように、9月、10月は一年中で一番月が月らしく見える季節です。もちろん俳句の世界で「月」といえば秋の季語であるわけです。今月22日は旧暦八月十五日の「十五夜」、そして来月20日は旧暦九月十三日の「十三夜(後の月)」。よって10月いっぱいくらいは、この背景でいきたいと思います。
 たまにはこの季節、世俗を忘れて秋冷の夜空を仰いで観月とシャレてみたいものです。

 (追記)最近少し業務が立て込んでいます。今週いっぱいくらい、記事更新が途絶えがちまたは更新しても短めの記事だったりするかと存じます。どうぞご了承ください。

 (大場光太郎・記)

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中国漁船船長釈放余波

 -某紙に「世界の恥さらし」とまで書かれた仙谷軍師。どう決着させるつもりだ?-

 24日の中国漁船セン基雄船長(41)釈放により、同事件は急速に事態収束の方向に向かうものと見られていました。しかし事はそう簡単ではなかったようです。中国はこれで矛を収めるかと思いきや、セン船長が25日未明中国チャーター機で福州空港(福建省)に到着するや、「日本側は船長らを違法に拘束し中国の領土と主権と国民の人権を侵犯した」などとし、改めて強い抗議を表明しました。
 同表明では尖閣諸島(中国名:釣魚島)を「中国固有の領土であり、争う余地のない主権を中国は有している」とした上で、「日本側の司法措置はすべて不法であり、無効だ。日本は必ず中国に謝罪と賠償をしなければならない」と主張し始めたのです。

 これに対して、中国の求めに応じて船長の身柄を返せば、収拾の方向に向かうと見ていた日本政府や外務省は大慌てです。ある政府高官は「公務執行妨害の立件で得られる利益と、事態収拾による国益は比べものにならない」「戦争になるよりはいい。このまま行けば駐日大使の引き揚げ、国交断絶もあり得た」と釈放を歓迎していたものの、予期せぬ中国側の要求にすっかり目算が狂った格好です。
 また外務省は、中国の謝罪・賠償要求について「何ら根拠がなく、まったく受け入れられない」とする報道官談話を発表し、毅然とした対応を押し通す構えです。ただ対立がさらに長引けば両国関係に深刻な影響を及ぼすとして、関係修復に向けて「ハイレベルでの会談」の可能性を探る方針ともしています。

 セン船長の釈放を受けて、中国国内は「戦勝ムード」に包まれているといいます。
 「中国での報道は“日本をやっつけた”というものがほとんどです。日本政府を押せば、折れるということが分かった。これからも、尖閣諸島の領有権に始まり、ガス田共同開発や排他的経済水域境界線の画定など、東シナ海をめぐる諸問題で日本を挑発し、揺さぶりをかけるのは間違いありません。日中の力関係は完全にひっくり返ったというのが中国メディアの論調です」(上海在住の日本人ジャーナリスト氏)
 片や「敗戦国」の国内右系の反応は厳しいものばかりです。超タカ派の安倍晋三元総理の「極めて愚かな判断だ。中国の圧力に政治が屈した」をはじめとして、「MSN産経ニュース」の【主張】では、『中国人船長釈放 どこまで国を貶(おとし)めるのか』というタイトルで「主権放棄した政権の責任を問う」など厳しい論調を展開しています。

 さらに過激なのが、菅政権には超激辛の『日刊ゲンダイ』です。同紙9月27日付第1面の見出しはとにかく激越です。まず最上段大見出しは「菅・仙谷バカ丸出し」。次に本文前の縦見出しには、「菅無能政権正体暴露」「中国人船長/脅しに負けて釈放」「日本人拘束フジタ社員/4人は消息不明」「初めから捕まえなければ良かったのに、何の見通しもなくイキがってみせた仙谷の罪は重大」そしてひときわ大きく「菅スッカラカンでは/国は滅びる」と続いています。
 また1面には大勢の人の出迎えを受ける福州空港内のセン船長の画像と共に、ほぼ中央に「世界の恥さらし」の小さな横見出しで苦虫噛み潰しの仙谷官房長官の顔写真が掲載されています。

 そのとおり、事件は代表選の最中に起きたこともあり、前原、岡田新旧外相はほぼノータッチ、今回の衝突事件処理は当初から仙谷官房長官主導だったようです。仙谷は24日の会見で、「(釈放決定は)3、4時間後には(NY滞在中の)菅総理の耳に入るだろう」と語ったように、菅総理の判断すら飛び越えた「仙谷主導」だったことを暗に認めたのです。
 仙谷官房長官は、「軍師」「民主党で一番頭の良い政治家」「菅内閣の実質的総理」などともてはやされ、「オレを通さないと何事も決まらないんだよ」と豪語するほど、権勢並ぶなき勢いです。実際9・14代表選という「稀代の不正選挙」での菅直人再選にあたっては、「稀代の謀略家」仙谷の貢献なしにはあり得なかったと思われます。

 そんな仙谷由人の主導なら、事態は見事に収束に向かうかと思いきや。中国からは「謝謝(シェイシェイ)」のお礼の一言でもあるかと思えば、逆に返ってきたのは「謝れ、カネ出せ」ですから。我が国にとっては、「踏んだり蹴ったり」「弱り目に祟り目」もいいところなのではないでしょうか?
 また軍師ならば、かの諸葛孔明のように後顧の憂いのないよう、直前に中国国内で拘束された準大手ゼネコンのフジタ社員4名の釈放を裏で取り決めているかと思いきや。今後どのような処分が待っているのやら、いつ開放されるものやらまったく目途が立っていないというのですから。“仙谷”現政権は、たった一人の釈放に奔走した中国と同じく「日本人4人の拘束は不当であり、即時釈放を要求する」と、なぜ中国、国内外に発信できないのでしょう?

 とんだヘボ軍師もいたものです。仙谷の事件発生当初の読みでは、『どうせ船長一人くらい拘置しても中国はそんなに騒がないだろう。それに次期総理確定のオレ様の力を国内外に見せつけるいい機会だ』くらいの甘い読みだったのではないでしょうか?
 その後のドタバタぶりを見せられた今となっては、仙谷には結末までのシナリオなどまったく描けておらず、行き当たりばったり、出たとこ勝負もいいところだったことが明らかです。だったら最初から、意気がって船長逮捕などしない方がよかったようなものです。一応警告だけ発してさっさと領海外へ追い返しておけば、全世界に恥をさらすことはなかったのです。図らずも仙谷官房長官の底が割れてしまった格好です。

 収束どころか尾を引いて長期化する勢いの今回の事件。それでなくても難題山積の菅政権は、来月1日から始まる臨時国会にまた新たな大問題を抱えてしまいました。
 ところでこの問題に気を取られるあまり、もう一つの超弩級スキャンダルである「大阪地検FD改ざん事件」を忘れてしまってはなりません。尖閣諸島問題や他の出来事が「同事件隠し」に利用されたのではたまりません。こちらも「真の検察改革」を見届けるまで、厳しく監視の目を向けていくべきです。

 (大場光太郎・記)

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【読者とのやりとり】+補足

 前回『尖閣諸島問題の早期解決を』記事に対して、KADより貴重なご意見をいただきました。私の返信とともにコメント欄より転載致します。併せて急転直下した本問題についての私の所感を述べさせていただきます。KAD様転載ご了承ください。
                        *
今回の件、先ず、尖閣諸島は我国固有の領土であることを国内外に改めて明示・説明し、その上で中国大使を外務省に呼びつけ改めて通告すべきと考えます。閣僚までが、後で訂正したとしても、領土として確定していないが如き発言をするので、中国に付け込まれるのだと感じています。
マスコミは、産経新聞までもが中国の主張が正当かの如き論調で情けなくなります。
レアアース禁輸は、中国に進出している自動車・電子機器工場の閉鎖に繋がることは必至で、中国はそこまで出来ないと思います。
我国は司法手続きを速やかに完了させ、その後、特赦など政治的決着を図るのが得策と考えます。
今、政治的に不問とすれば、(言葉は悪いのですが適当な言葉が思いつかずそのまま言うと)、付け上がります!
特捜のFD改竄報道が速やかに行なわれていれば、小沢政権が実現していたのに、・・・。
小沢を支援する会主催の緊急シンポジウム第2弾「鈴木宗男・検察を語る」が来週水曜日(9/29)に開催されます。HP http://minshushugi.net をご参照ください。    ( KAD様記 )

 国際法的には、明治時代いち早く尖閣諸島の領有権を主張した我が国に帰属すべきものです。ただ二国間対立では、現在の両国のパワーバランスを測ることも必要です。解決が長引いて、結果各方面のダメージをより多くこうむるのはどちらか?国同士の関係では、負ける喧嘩はすべきではありません。丹羽大使を真夜中に呼びつけた中国は、日本が同じことをした場合、決して応じはしないことでしょう。領土問題に絡めて不毛の対立が続くことのマイナス面を十分に考慮すべきです。仕方ないではないですか、日本外交は中国のみならず、アメリカ、ロシアなど各国から「付け上がられ」「なめられっ放し」なのですから。
 その根っこにあるのが、私は「対米隷属」だと考えます。米国に対して何一つモノが言えない、アメリカ様々のニッポン。口には言わずとも、その実情を中国、北朝鮮をはじめ世界各国はよく見ていると思います。『日本なんて独立国の誇りを捨てた、アメリカの属国じゃないか』。かくて対米隷属は、国益を損ねている面が多分にあるはずです。
 この問題がこじれて何年紛争にでもなったら、小沢、鳩山両氏が提唱している東アジア共同体など永久に無理です。(その点司法手続きをさっさと済ませよ、とのお説には賛成です。)
 「想像してごらん。国境のない世界を…」(ジョン・レノン『イマジン』より)おそらく「国境だ」「領土だ」と叫ぶ私たち現人類は、進化未発達なのです。東アジアに恒久平和を !
 FD問題はお説のとおりです。   (時遊人・記)

【追記】
 既にご存知のとおり、尖閣諸島沖で海上保安庁巡視艦2隻と衝突事件を起こし、公務執行妨害容疑で逮捕、送検されていた中国人船長(41)について、那覇地検は24日処分保留で釈放を決定したと発表しました。
 前日記事で「長引かせれば各方面に甚大な影響が出る。よって出来る限り早期解決すべきだ」と訴えたばかりで、今回の急転直下の釈放決定には私自身正直驚いています。国内的にはかなりのしこりが残るとして、対中国関係を考えた場合同国の強硬措置もこれで収束の方向に向かうはずです。誰かが言っていましたが、どうせ釈放するのなら、なぜ拘置延長前に出来なかったのでしょう。急速に悪化したのはそれ以降なわけですから。

 日本にとって中国は今や、米国に次いで重要な二国間関係になりつつあります。よって政府は一日も早く関係修復に努めるべきです。また尖閣諸島は我が国の領土であることを、これを機会に国際的に強くアピールすべきです。さらに今回の事件を奇禍として、二度とこのような問題が起きないよう再発防止にも努めるべきです。
 同領海内に侵入してくる中国漁船の中には、国境問題など深く考えずに操業しているケースもあるようです。そこで中国政府には、同国漁船の領海侵犯について周知徹底の措置を講ずるよう要求し、今後同様の事件が起きた場合は、今度こそ厳正な処置を取る旨通告すべきです。

 釈放の理由として那覇地検の鈴木亨次席検事は、「(1)計画性は認められず」「(2)被疑者には我が国における前科もないなどの事情も認められ」「(3)引き続き被疑者の身柄を拘置したまま捜査を継続した場合の我が国国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、これ以上被疑者の身柄の拘束を継続して捜査を捜査を続けることは相当でないと判断した」と述べました。

 那覇地検次席検事の釈放理由を、便宜上「()付き」で三つに区切ってみました。これは誰が考えても(1)(2)は付け足しで、最大の理由が(3)にあったことは明らかです。
 そこで問題となるのは、このような日中関係を考慮した極めて異例の「政治的判断」を那覇地検が独自で決断したのだろうか?ということです。仙谷官房長官は釈放を受けた記者会見で、「那覇地検の独自の判断を政府も了とする」と発言しました。
 しかし事実は、やはり事前に官邸と法務省や検察の協議の結果決まった処分だったことが濃厚のようです。その旨法務省内に事前通達が出されもしたようです。つまり菅総理の留守を預かる、「何でもあり」の謀略政治家「仙谷臨時総理」主導で決定したことだったのです。

 夕方の報道番組にゲスト出演した元検事の弁護士某氏は、このような場合官邸と地検が協議して結論を出すのは、違法でも何でもないと述べていました。だとすると大阪地検のFD改ざん事件で大炎上中の検察は、一方では「司法の独立性」を主張しながら、もう一方では時の政権と密接に関わって時々の政治的事件の起訴、不起訴を決めていたのではないのか?という新たな疑念が生じてきます。
 今こそ、田中角栄の事件から小沢元幹事長の一連の捜査まで、特捜部が扱った全捜査を「そもそも捜査すべきだったのか?」も含めて、第三者機関を設置して徹底的に再検証する必要があるのではないでしょうか?
 
 (大場光太郎・記)

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尖閣諸島問題の早期解決を

 -この問題をこじらせて良いことは何もない。政府は早急に打開策を講ずるべきだ-

 8日に尖閣諸島沖で発生した、我が国海上保安庁巡視艦に対する中国漁船衝突問題。これが案の定深刻な日中対立に発展しています。
 先日日本政府は、船長をさらに10日間拘置延長することを決定しました。これに対して中国政府は態度をさらに硬化させるばかり。影響は経済、民間交流レベルにまで及び、7000人規模の民間旅行者のキャンセル、中国政府による日本への旅行自粛の呼びかけ、10月に予定されていたSMAPの上海公演の延期など、各分野に拡大する一方です。

 そんななか中国の温家宝首相が、船長の即時解放を公式の場で求めました。これによって日本政府は、中国との対立が一層激化するとの懸念を強めています。特に外務省幹部の受け止め方は深刻で、温首相の発言は「中国共産党が本気で開放を求めている表われだ」「両国ともいよいよ着地点が見出せなくなった」と危機感が広がりつつあるのです。

 この問題が長引けば長引くほどマイナスが大きいのはどちらの国なのか?明らかに我が国の方です。かつて小泉元総理の靖国参拝問題の時も日中関係は最悪になりました。以来日本の国際競争力は低下の一途。対する中国は今や米国と肩を並べるほどの経済力をつけつつあります。その頃以上に我が国は中国への貿易依存度を強めている中、政治レベル以上に経済面でのマイナスが今後顕著に出てくることが懸念されます。
 現に米紙ニューヨーク・タイムズ紙は最近、「中国はレアアースの対日輸出を禁止した」と報じました。

 レアアース(希土類)とは、電気自動車(EV)やケータイなど家電製品の生産に不可欠な金属資源で、産出量が少ない上中国が世界需要の9割以上を供給しています。それでなくても中国は最近、輸出を規制したり、加工品の形で付加価値を高めた輸出を奨励したりするなど、レアアースを戦略的に利用する姿勢を強めていた矢先でした。
 そのためその姿勢を緩和させるべくつい先頃、経団連の米倉会長らが訪中して中国側と交渉してきたばかりです。米紙報道に対して中国商務省は「そのような事実はない」と一応否定していますが、中国の税関当局から日本のレアアースの船積みの制止措置を受けているというようなことが、現実問題として起きているようです。

 今回の漁船衝突事件には「領土問題」が根本にあり、それだけに解決をより困難にしています。我が国は今回の尖閣諸島以外にも、韓国とは竹島問題、ロシアとは北方領土問題を抱えていますが、いずれも一朝一夕で解決できるような生やさしい問題ではありません。ここはあまり領土問題にこだわるべきではありません。こだわればこだわるほど事態を長期化、深刻化させてしまいます。

 前原外相は23日、クリントン国務長官とNYで初会談をしました。この席で同国務長官は「尖閣諸島問題は日米安保第5条の適用対象となる」との見解を表明したといいます。しかし中国を挑発するような米国高官の発言に安直に乗ってはいけません。
 また政府はこの問題で「中国脅威論」を煽り、普天間基地の辺野古沖移設をより有利に進めようなどと、姑息な邪念を持つことも許されません。
 前原は席上普天間問題で日米合意を進展させる意向を改めて表明したようです。「対米隷属」と言われるゆえんです。中国には尖がってみせても、米国には「沖縄への基地移設は不可能、国外でどうだ」とは言えないのです。

 かつての72年の日中国交正常化交渉には、高島益雄外務省条約局長というタフ・ネゴシエーターがいたそうです。当時の周恩来首相が、「中国にもああいう外交官が欲しいものだ」と言わしめたといいます。
 今日の不幸は、菅内閣閣僚にも外務省幹部にもそういう「大人の外交」が出来る傑出した交渉力を持った人物がいないことです。

 菅総理はこの問題に関して国連出席前、「日中それぞれの立場で冷静に対応してもらいたい」と記者団にくり返したといいます。そんなのあたり前じゃん。街頭インタビューでの“街の人の声”じゃないんだから、一国の指導者ならもっとましなことを言ってもらわないと。とにかく菅総理が、この重大問題に対する解決策をまったく持っていないことを自ら白状したようなものです。

 また仙谷官房長官は22日の記者会見で、「ハイレベルの話し合いが早急に行われた方がいい」と述べ、菅首相か前原外相がNY滞在中に温首相らと接触すべきだとの考えを示しました。しかしこれに対して中国側からは、「当面ハイレベルの話し合いをするつもりはない」とピシャリとはねつけられてしまいました。
 日頃仙谷は「民主党で一番頭がいいのはオレ様だ」と自負しているそうです。それがこの体たらくです。菅も仙谷も「事態解決のためにオレが中国に乗り込んでやる」というくらいの気概も、中国要人との太いパイプもありはしないのです。

 民主党内で唯一それが可能なのは小沢一郎だけです。何しろ幹事長時代の昨年末、大訪中団を引き連れて北京に乗り込み、胡錦濤国家主席と差しで話をしたのですから。こういう時に小沢氏の力を借りない手はないはずですが、「脱小沢」で突っ走る菅、仙谷の狭量コンビでは…。
 この難問どう決着させるのか。早くも第2次菅内閣の手腕が問われる局面です。

 (大場光太郎・記)

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今年の十五夜に思うこと

  人混みのビルの狭間の望の月   (拙句)

 9月22日の今夜は、旧暦八月十五日の十五夜、仲秋の名月です。お月見の今宵、空には雲ひとつないらしく、東の斜め空にまだ昇りたてのまん丸月が光り輝いています。ただ厳密に言えばきょうの十五夜の月は満月ではなく、完全な満月は秋分の日の明晩の月ということになるようです。
 
 そんなことはともかく。ほぼ望の月(もちのつき)と言ってもいい十五夜に月従う(付き従う)ように、少し離れた左下の方に、特別の輝度を持つ黄白色の星がぴったり寄り添っています。それとなく夜空を眺めているに、この星は今夜だけではなく、8月頃から宵の時分ずっと東の空に出ているのです。
 全天一の輝度を有する真冬のシリウスとちょうど同じような位置にあります。『まさかいくら何でも今頃シリウスでもあるまいし…』と気になって、ネットで少し調べてみました。その結果(確実ではないものの)、我が太陽系一の巨大惑星の木星であるようです。その名のとおり「惑う星」ですから、木星が見られるのは今夏、今秋特有の現象のようです。

 方々の草むらの陰で、今を盛りとさまざまな虫の音(ね)が聞こえてきます。そのさまは我々仇(あだ)な人間たちの、世を乱す言挙げ(ことあげ)ではなく、さながら今宵の良夜(十五夜)を愛でる言祝ぎ(ことほぎ)の調和の音色(ねいろ)であるようです。

 ところで。明日は「暑さ寒さも彼岸まで」の秋彼岸の中日、秋分の日だというのに。何ときょうの暑かったこと。昼過ぎ街に出ましたら、空は抜けるように青く、中空にはぎらぎらまぶしい太陽が。歩くほどにジトッと汗がにじみ出てくる、真夏そのものの一日でした。

 本日東京は32度台だったそうです。神奈川県県央地区で首都圏周縁部に位置する当地では、体感するところ35℃と言ってもおかしくないほどの暑さでした。
 これで東京は、今夏の“真夏日”が71日となり、04年夏を抜いて観測史上最多記録だそうです。そもそも5月21日に早くもスタートして、10月に入ってからも真夏日の可能性があるかもしれないというのですからいい加減ゲンナリです。

 第一おかしいではないですか。東京の8月の平均気温は29.何℃とかで、これは(正確ではないものの)シンガポール、マレーシア、フィリピン、エジプトといった赤道直下の国々の同月平均より少し高いというのです。
 私らは子供の頃、「日本は四季に恵まれた、過ごしやすい温帯地方に位置しています」と習いましたが、もうそのような定義などクソくらえです。
 うだるような猛暑が続いたかと思えば、次は熱帯地方のスコールを思わせるような凄まじい豪雨が各地を襲う。日本は亜熱帯など通り越して、いきなり熱帯にでもなってしまったような感じです。そういえば東京・明治神宮の森には、近年亜熱帯や熱帯植物の繁茂がちらほら確認されているとのことです。

 異常気象に連動したものなのか、世の中もまあさまざま奇態で厄介なことが起こり続けています。民主党代表選では魔坂(まさか)の菅直人再選、円高株安、尖閣諸島問題、大阪地検のデータ改ざん、(皆様には関係ありませんが)我が母校のある山形県長井市の消防職員3名による集団強姦事件の発覚…。
 日本国内で生きている以上、それらの出来事にいやが応でも直接、間接に影響されるのは致し方ないところです。
 しかし十五夜の月など、ひとたび自然界に目を向ければ、あくせく慌しい人間界の動きとはまったく別のリズムが自然界にはあることに気づかされます。

 世の中がどう移り変わろうと、月はあくまで古来からの月なのです。一切の人事に関わることなく、見事なまでに超然と空の高きで輝いています。

  移るもの自ず(おのず)移りて自ず消ゆ真我(われ)は澄みてただ静かなり

 近代の覚者・五井昌久先生(1916年~1980年)の道歌です。世界的に国内的にそして身近なところで、いかに世の事象は荒れ狂おうと、それはいわば海の表面の波立ちのようなもの。深海は寸毫(すんごう)も動かず静寂そのものであるわけです。
 凡俗にとっては難しいことながら、「世の中は常に良い方向に向かいつつある」、よって現われ出てきた現象に一喜一憂しないこと、これが「真如の智慧」なのかもしれません。

 その理(ことわり)のシンボルのように、今宵“真如の月”が下界にやわらかな光りを放っています。

 (大場光太郎・記)

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「検察は正義」神話の崩壊

 -今回の改ざんは氷山の一角。社会的使命が終わった特捜部は解体すべし !-

 検察による“呆れた犯罪”が明るみに出ました。郵便割引制度を悪用した偽の証明書発行事件(郵便不正事件)をめぐり、押収証拠品のフロッピーディスク(FD)のデータを改ざんしたとして、最高検察庁は21日夜、大阪地検特捜部でこの事件の主任検事を務めた前田恒彦容疑者(43)を、証拠隠滅の容疑で逮捕したのです。

 この事件を21日朝刊で報じた朝日新聞によりますと、FDは昨年5月、厚労省元局長の村木厚子氏(54) = 21日検察上告断念により無罪確定 = の元部下の上村(かみむら)勉被告(41) = 虚偽有印公文書作成・同行使罪で公判中 = の自宅から押収されたものです。これには自称障害者支援団体「凛の会」が同制度の適用を受けるため、上村被告が2004年6月に発行したとされる偽の証明書の作成日データなどが入っていました。

 大阪地検特捜部は、証明書の文書の最終更新日時を「04年6月1日午前1時20分06秒」とする捜査報告書を作成し、FDは押収の約2カ月後の7月16日付で上村被告側に返却され、村木元局長らの公判には証拠提出されませんでした。
 ところが朝日新聞が今夏、上村被告の弁護団の承諾を得てFDの記録を確認したところ、最終更新日時が「04年6月8日午後9時10分56秒」になっており、特捜部が捜査報告書に記した最終更新日時と食い違うことが分かったのです。
 このため同新聞は都内にある大手セキュリティ会社にFDの解析を依頼し、本来は「6月1日」であるべき最終更新日時が「6月8日」に書き換えられていて、改ざんは昨年7月13日午後だったことが判明したのです。

 検察側は、上村被告が村木元局長から証明書の不正発行を指示されたのは6月上旬であり、上村被告が証明書を作成したのはその後という構図を描いて関係者の供述を集めていました。そうだとすると、証明書が6月1日未明に保存されたというFDの記録は都合の悪いものだったことになります。

 最高検察庁-高等検察庁-地方検察庁-各区検察庁と、霞ヶ関を頂点とする検察庁ヒエラルキーは全国に裾野を広げ、総勢2200余名の検察官(国家公務員)がいます。全員が司法試験をパスしたエリート組織です。
 その中でも東京、名古屋、大阪の三地方検察庁に設置されている「特捜部」は、政治家の汚職事件、巨額脱税事件、インサイダー取引等悪質な経済事件などを取り調べる、日本最強の捜査機関で全検察組織中の“花形”と呼ばれています。

 私たち国民は、30余年前の田中角栄元総理の逮捕以来、「検察は正義」「特捜は正義」と信じてゆめ疑うこともありませんでした。しかし今回図らずもこのような形で、検察なかんずく特捜部の「とんでもない犯罪」が明るみに出てしまったのです。
 今回逮捕された前田恒彦主任検事は、「大阪地検特捜部のエース」と呼ばれていたといいます。93年司法試験に合格、2006年~08年には東京地検特捜部にも在籍し、今年1月、2月には小沢一郎民主党元幹事長の資金管理団体をめぐる土地購入の捜査では、応援として呼ばれ大久保隆則元秘書の取調べを担当しています。

 小沢捜査の中心人物だった大鶴基成現東京地検次席検事は、同捜査にあたって「オレの将来がかかっているんだ。だから何が何でも小沢を有罪に持ち込んでやるんだ」と周辺に漏らしていたといいます。今回の前田主任検事も、何やら大鶴次席検事のミニチュア版という気がしてきます。
 彼ら検察幹部の関心事は、世間が注目するような名だたる事件で当事者を有罪に持ち込むことによって、己の出世、栄達を図ることだけなのです。そのためには今回の証拠データ改ざんや、戦時中の特高を彷彿とさせる行き過ぎた取調べ、自白の強要などが当然のように起こり得るのです。その結果何人の冤罪者や自殺者が出ようが、彼らはとんとお構いなしです。大鶴基成は「自殺者が出るのは“筋がいい”証拠だ」とうそぶいていたといいます。

 1993年多数の有罪者を出した「ゼネコン汚職事件」あたりから、本来の「社会正義」を擁護する方向から、検察幹部の栄達第一主義へ堕していく傾向が見られたと、ある司法ジャーナリストは指摘しています。その頃から、検察の「能力」と「モラル」の劣化に歯止めがかからなくなっていったようなのです。その意味で今回の事態は起こるべくして起きた事件といえます。

 今回の事件で法曹関係者は一様に驚きを隠せないでいます。
 元最高検検事の土本武司・筑波大名誉教授(刑法)は、「事件の真相究明を目指す捜査機関が捜査資料に手を加えることは前代未聞で、信じられない思いだ。想定外の事態で、ルール以前の問題だ」と、後輩の所業に呆れ返っています。
 また刑事事件の弁護経験の長い小坂井久弁護士(大阪弁護士会所属)は、「客観証拠の収集過程は完全なブラックボックスであり、そこに不正があると弁護側が見抜くのは非常に困難を伴う」と指摘し、今回の問題に関しては「相互監視の仕組みがないことで、検事の暴走が見逃されたということではないか。個人の問題というよりシステムの問題という印象を持った」と述べています。

 実際この事件について大阪地検内部では、今年2月初旬既に当時の特捜部長、次席検事、検事正らが事態を把握していながら、放置していたといいます。一方では何食わぬ顔で小沢捜査を続けていたのです。検察はつくづく腐った組織です。
 村木元局長の案件のように後を絶たない冤罪事件。小沢元幹事長の政治的抹殺を狙っているとしか思えない、一連の執拗な謀略捜査…。最高検による検証チームの立ち上げなどは手ぬるいのであって、社会的付託に応えられず、信用が地に堕ちた各「地検特捜部」の使命はもう終わったとみるべきです。よって即刻解体すべきです。

 (大場光太郎・記)

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巷に雨の降るごとく

              ポール・ヴェルレーヌ

       雨はしとしと市にふる  アルチュール・ランボー

  巷に雨の降るごとく
  わが心にも涙ふる。
  かくも心ににじみ入る
  このかなしみは何やらん?

  やるせなき心のために
  おお、雨の歌よ !
  やさしき雨の響きは
  地上にも屋上にも !

  消えも入りなん心の奥に
  ゆえなきに雨は涙す。
  何事ぞ ! 裏切りもなきにあらずや?
  この喪そのゆえの知られず。

  ゆえしれぬかなしみぞ
  げにこよなくも堪えがたし。
  恋もなく恨みもなきに
  わが心かくもかなし。

         (詩集『無言の恋歌』-堀口大學訳)
…… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 ポール・ヴェルレーヌ    略歴は『落葉』参照のこと。
 アルチュール・ランボー  略歴は『そゞろあるき』参照のこと。
 堀口大學(ほりぐち・だいがく) 1892年~1981年。東京都生まれ。詩人・翻訳家。外交官の父と共に南米・ヨーロッパ各地で暮らす。訳詩集『月下の一群』(大正14年)は、昭和初期の若い詩人たちに強い影響を与えた。

 堀口大學がこの詩を訳して発表したのが1937年(昭和12年)。以来堀口の名訳詩によって、この詩は我が国でも広く人口に膾炙(かいしゃ)されてきました。
  巷に雨の降るごとく
  わが心にも涙降る
 冒頭のこの2行は特に有名です。

 この詩でいう巷(ちまた)とは何処なのでしょう?ヴェルレーヌの生涯を少したどってみただけで、それは19世紀末の巴里(パリ)の街並みであることが明らかです。それもシャンゼリゼ通りのような華やかな大通りではなく、往年の名画『モンパルナスの灯』や『リラの門』などに出てくる、名もなき巴里の場末の方がこの詩の情趣にはふさわしいようです。

 巴里のとある巷にしとしと雨が降っているのです。季節はいつかは分かりません。いやむしろ季節に関係なく、雨の日なら年中味わえる詩だと思います。ただ強いて言うなら、この詩全体を流れる哀切調から秋雨がふさわしいようにも思われます。
 秋雨に煙る街並みのように、「わが心にも涙降る」というのです。まるで巷に降る雨は、詩人の陰鬱な心の反映であるかのようです。

 「かくも心ににじみ入る/このかなしみ」「やるせなき心」「ゆえなきに雨は涙す」「消えも入りなん心」「ゆえしれぬかなしみ」…。
 それにしても何という悲嘆調の詩語の連なりなのでしょう。この詩を読みながら、当時の巴里の雨の巷を詩人と共に追体験しようにも、降る雨はいよいよ陰鬱の度を加え、たどる街並みはいよいよ憂愁の色を濃くしていくようです。

 第4聯(最後の聯)の「ゆえしれぬかなしみぞ」…「わが心かくもかなし」と、この「かなしみ」はまるで不定愁訴のように、原因もないのにただ心の奥から湧き出てくるかなしみなのだと行間から訴えかけてきます。
 この「ゆえしれぬかなしみ」は、昭和4年芥川龍之介が「ぼんやりとした不安」とだけ書き遺して自殺したように、都市に生きる近代的自我に共通した普遍的な暗い感情、さらに言えば病理であるのかもしれません。

 ただこの聯の「恋も恨みもなきに」という独白(独り言)とは裏腹に、この時期はマルチナ・モーテとの結婚、普仏戦争(1870年)、パリ・コミューンの騒擾、年少の詩人ランボーとの同棲(ランボー17歳-1871年)、妻との離婚騒動、ランボーへのピストル発砲、同収監(1873年)など、フランスの世情もヴェルレーヌ自身も激動の時期でした。
 そういうことが、この詩に投影されているとみることもできそうです。

 (大場光太郎・記)

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続・押尾裁判判決下る

 -押尾がこれだけ無罪を主張するのは、「隠された真実」があるからなのでは?-

 押尾事件の現場となった東京・六本木ヒルズマンションには、当然のことながら防犯カメラが設置されていました。警視庁は事件発生直後、防犯カメラの録画部分をいち早く押収し、とうの昔に解析済みなのです。
 事件が発生した09年8月2日、ヒルズマンションには一体誰が出入りしていたのか?それを再生して見せれば一目瞭然、第一級の証拠品のはずですが、これまでも今法廷でも証拠採用されることはありませんでした。

 一部情報によりますと、同防犯カメラ録画には芸能人やアスリート、IT社長、政治家ジュニアたちのみならず、霞ヶ関官僚さらには警察キャリアや検察キャリアの姿まで映っていたとされています。(ただし事件当日ということではない。なお当該警察キャリアは既に左遷されている。)
 犯罪を取り締まるべき警察や法の番人であるべき検察の幹部たちもが、下着通販会社ピーチ・ジョンの女社長・野口美佳(45)が提供するヒルズマンションの「やり部屋」に出入りしていたというのです。野口から売春婦を斡旋され薬物を使用するなど、犯罪行為を行っていた可能性があるのです。
 これでは検察側は、とても法廷の場に堂々と出せるわけもないでしょう。

 事件発生当時、田中香織さん死亡の事実があるにも関わらず、所轄の警視庁麻布署は「事件性なし」として早々と幕を引こうとしました。これ一つとってみても、警察、検察自身にこの事件の全容を知られたくない事情が存在していることは明らかです。彼ら官僚組織防衛のためにも、この事件は序の口のところで何としても止めておかなければならない必然性があるのです。

 その結果が2307号室にいたのは、あくまでも押尾学と田中香織さんだけであったと、事件を矮小化して裁きたいのだと思われます。そこで問われたのが押尾学の保護責任者遺棄致死罪が成立するか否かでした。これをめぐって大方の専門家は、「同罪は十分成立しうる。押尾は最低でも7年くらいの実刑となるのではないか?」という見方でした。
 その予想に反して、検察の求刑そのものが懲役6年と軽いもの。そして17日の判決は「致死なし」すなわち「保護責任者遺棄罪」だけの2年6月という軽いものとなりました。

 この判決に当たった各裁判員は一様に、「押尾学が芸能人であることを意識することなく、冷静公平な立場から判断できた」と閉廷後の会見で話しています。それは裁判員たちの偽らざる実感なのでしょう。
 ただ以上見てきたような背景があることから、あまり重い実刑にして押尾被告を変に刺激したくない、そこで押尾が納得し黙って刑に服せるような短い刑にするよう、今では「何でもあり」の検察、裁判所という司法全体がその方向で動いたのでは?とつい勘ぐりたくなります。

 しかし実質3年6月という、「考えられる最高の刑にしていただきたい」と願っていた田中さんの遺族からすれば到底受け入れがたい短さでも、「無罪」を主張して譲らない押尾被告は納得せず即日控訴しました。
 押尾側は上告してあくまで無罪を勝ち取るつもりなのでしょう。しかし専門家の見方では、「二審となる高裁では裁判員ではなくプロの裁判官によって裁かれる。刑がより重くなる可能性が高い」といいます。
 そうなった場合、「もし真実をばらせば命の保証はないぞ」と闇社会を代弁するパチンコ業界のドン・Y氏あたりから厳しく言われているであろう押尾学も、『こんなはずじゃあ…』と思わず逆上してどんな真実を暴露しないとも限りません。
 実際今回仮に7、8年くらいの実刑になっていれば、押尾は「暴露本」を出すのでは?と見られていたのです。

 今回の判決に到底納得できない田中さんの遺族は、押尾学、以前の所属事務所のエイベックス、“やり部屋”の借主のPJ・野口美佳を相手に、民事訴訟を起こす意向とのことです。もし民事提訴となった場合注目すべきは、ここで初めて「私は事件とは無関係」とうそぶいていた“下着婆”こと野口美佳社長の責任が、民事法廷の場で改めて問われることです。
 押尾は妻の矢田亜希子とは離婚し、父や姉という親族とも最近は絶縁状態だそうです。また以前のパトロンY氏などその筋の者も、一斉に押尾から離れたといいます。押尾自身も無収入の身です。では控訴費用、弁護士費用、保釈金などを誰が負担するのでしょうか?今年1月アメリカで出産した第5子は押尾の子ではないのか?と噂される野口美佳しかいないと見るのが妥当のようです。

 大手下着メーカー・ワコールの個人筆頭株主でもある野口美佳の名前を、マスコミはこれまで一切報道していません。(以前述べたように、報道すべきでないことを土石流的に報道し、報道すべきことは徹底的に隠すのがマスコミの本質なのです。)しかし事件現場となった2307号室には、押尾のために家具やテレビやベットなどあらゆるものを提供してやっています。
 また事件後一時逃避したとされる4201号室も野口が借りていたものです。同室の鍵は誰が持っていたのか?同日この部屋には誰かがいたのか?非常連絡を受けて野口がヒルズマンションに駆けつけ鍵を渡したのか?
 それでなくても、ヒルズマンションの犯罪部屋を“薄汚れたセレブ野郎”どもに提供しておいて、「事件とは関係ありません」もないものです。
 野口美佳への民事訴訟法廷を、この事件の全容解明の突破口にしてもらいたいものです。   -  完  -

 (大場光太郎・記) 

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押尾裁判判決下る

 -「致死なし2年6月」も不服で即日控訴。押尾が「無罪」を叫ぶ根拠は何か?-

 民主党の代表選とほぼ同時進行の形で、別の国民的関心事が進行していました。「芸能人が裁判員によって初めて裁かれる」押尾学被告(32)の公判です。
 私自身の関心はとにかく天下分け目の戦い、いろいろな面で「日本版ハルマゲドン」の様相を呈していた代表選の方にすっかりいっていました。よってこの期間の記事も圧倒的に代表選がらみ、押尾裁判は公判そのものをあまり注視していませんでした。

 しかし当ブログアクセス傾向で見る限り、世間一般は押尾裁判の方が断然関心が高かったようです。押尾裁判がテレビなどで報道され始めた先月下旬頃から、当ブログの押尾関連記事へのアクセスが急増、当ブログアクセス数そのものが急増し始めたのです。アクセス急増の一因は代表選もありましたが、何といっても押尾関連が圧倒的でした。

 私としては、政治の重大な局面より二流役者の裁判の方が大事なのか、こういう民意だから新聞・テレビに好いように引きずり回され、結果ますますこの国は腐っていってしまうんだよ、などと少し複雑な気持ちでした。
 ただネット読者は、テレビなどで流されている押尾報道など先刻ご承知、同事件に横たわる巨大な闇に気づいていて、マスコミでは決して語られることのない真相を探りたいと考えている人たちです。また今回の公判で深い闇がどれだけ晴らされるか、すなわち何か驚愕の新事実が出てくるのか、というようなところに関心が集中したのかもしれません。

 今公判は何しろ検察、弁護側合せて19人もの証人が法廷に立ちました。既にニュース報道などでご存知のとおり、検察側の尋問、証言などによって、事件が発生した昨年8月2日午後から夜にかけてのかなり生々しい状況などが再現され、中には新事実のようなものもあるにはありました。
 しかし結局今公判がテーマとしてのは、死亡した田中香織さん(当時30)への押尾学の保護責任者遺棄致死罪が成立するか否かを争点とするものでした。そのため、事件現場となった東京・六本木ヒルズレジデンスB棟2307号室という密室にいたのは、押尾学と田中香織さんだという大前提(大限定)で裁判は一貫して進められていきました。

 つい最近村木厚子元厚労省局長の郵便不正事件では「無罪」判決、それのみか大阪地検による世紀の大冤罪だったことが判明し、満天下に赤っ恥をさらした検察でした。しかし今回の押尾裁判では、終始検察ペースで公判が進んだ印象です。
 検察側証人として証言したかつての友人、知人全員が押尾の敵に回り、押尾一人にすべての罪をかぶせる形になったのです。すべて検察のシナリオどおり、出来すぎの感が否めません。

 しかし昨年某写真週刊誌がスッパ抜いた、「田中さんの体から押尾を含む3人の男性の体液が検出されていた」というようなことはまったく問題にもされませんでした。もしそれが事実であれば、押尾学の保護責任者遺棄致死罪を問う事件そのものが根底から覆る大問題のはずなのです。
 今公判でも田中さんが同室で途中シャワーを浴びたことは明らかなわけですから、もしそれが事実であれば、2307号室には押尾のほかに2人別の男がいたことになります。
 今公判のいずれかの時点でそういう事実の一端でも出てくるのかな?と興味津々で見守っていたのですが、結局何も出てこず。私が今ひとつ今公判に関心が持てなかったゆえんです。

 他の2人の男が、2307号室にいたのではないでしょうか?田中香織さんに対して、押尾を含めた3人の男によるMDMAドラッグ&セックスが繰り広げられていた。田中さんを致死に至らしめた主犯は、やはり巷間言われているように森祐喜。またもう一人は超有名アスリートのKだった。
 しかし事件発生当時は、時あたかも政権交代のかかった大事な衆院選の序盤戦。長男関与を知って大スキャンダルになることを恐れた森喜朗元総理は、「美女のさめ退治」で田中美絵子の猛追を受けていたにも関わらず、石川の選挙区から東京に急遽駆けつけた。森元総理は、当時の麻生内閣で警察ОBの漆間官房副長官あたりを通して、警視庁に長男・裕喜の名前のもみ消し圧力をかけさせた。

 またもう一人も何せオリンピックで何度も金メダルを取り、国民栄誉賞も取りざたされた人物です。それがこんな事件を起こしたとなると、日本中に大激震が走ります。
 そこで森祐喜とKの代わりに、一人で罪をかぶることになったのが押尾学だったことは容易に推察できます。その身代わり代として押尾は、当時のパトロンでパチンコ業界のドンのY氏(この人物がそもそも押尾と田中さんを引き合わせた)が森と押尾の間に入って、2億円相当の“当たり馬券”が押尾側(最終的に妻の矢田亜希子の口座に入金?)に渡された。(Y氏は有名な馬主でもある。)
 あくまで仮定の話にすぎませんが、こんな推論が囁かれているのです。  (以下「続」につづく)

 (大場光太郎・記) 

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菅改造内閣の危うい船出

 - 命名するなら「こりゃアカン(唖菅)内閣」。唯一目立つのは「脱小沢」のみ -

 17日菅改造内閣がスタートしました。6月に政権が発足して3ヶ月余、先の菅内閣はあまりにも失点が目立ちましたので、今度はさてどんな布陣で臨むのか?と興味津々で見ていました。がしかし、出揃った閣僚の顔ぶれは、まず第一に今代表選の論功行賞が最優先、また新閣僚になったメンバーも主に当選7期という年功序列で新鮮味に欠ける地味な人事といえます。

 そんな中気になったのは、やはり「脱小沢」色が今回も鮮明になったことです。あるテレビキャスターは、「この布陣では“脱小沢”というようなものではなく“嫌小沢”だ」と述べていました。「挙党一致」「412人内閣」「ノーサイド」などと口では言いながら、いざフタをあけてみればそれらの言葉とはまるで違うことを平気でやるわけですから。
 二重人格というのか、二枚舌というのか、詐欺師なのか、それとも年で単なる健忘症(だとしたら一国のトップリーダーはとても務まらない)なのか。

 そんな菅総理は組閣後の記者会見で、「政権交代後1年間の試行錯誤を経て、いよいよ有言実行の段階に入った」として、今度の内閣は「有言実行内閣だ」と胸を張って見せました。スタートの人事で早くも前言を翻しておきながら「よく言うよ」ではないでしょうか? こんな総理の言うことを真に受ける国民有権者がもしいるのなら、よっぽどおめでたい人たちです。(しかし今週末世論調査では、おそらく70%台の高い内閣支持率を与えることでしょう。)

 それにしても菅総理、記者会見のテレビ画像などを見ても、相(そう)が良くありませんね。目に力がありませんし、とにかく精彩に欠け、トップリーダーとしての輝きやオーラがまるで感じられません。
 一国の宰相たるもの、たとえ一身に背負っているものがどんなに重かろうが、それを顔に表して『重いんです、苦しいんです。どうか分かってください』などと国民の同情を引こうとしてはいけません。そんなプレッシャーなど全部はね除けて、その姿を一目見、一言言葉を聞いただけで国民が勇気、元気が与えられ、「よし、俺も一緒に頑張るぞ !」と明日への希望、活力が湧いてくるような指導者でなければねぇ。

 内閣総理大臣に力量がなければ、例えば片山善博という民間人(前鳥取県知事)を総務大臣に当てて、小沢氏の政策パクリの「地方分権」を推進しようとしても、中途挫折に終わるのが目に見えています。また馬淵澄夫新国交相の力量は、パフォーマンス先行の前原誠司より優れているのは認めるとしても、思う存分本領発揮とはいかなくなります。
 この難局に総理大臣を務めるのは、余程の大器量人でなければならないのです。

 閣僚の顔ぶれがそうなら、党人事でも「脱小沢」「嫌小沢」が鮮明です。閣僚人事に先行した幹事長人事は特に難航しました。幹事長と言えば党代表に次いでナンバー2のポストで、党の資金、選挙の公認権を一手に掌握できる最重要ポストです。これに就いてそこそこの実績を挙げれば、次の党代表、総理の座も狙えます。
 本来なら仙谷、前原、野田らが「我も我も」と名乗り出てもおかしくありません。しかし今回は誰も買って出ようとしなかったのです。こんなことは戦後政治史上かつてなかった事態なのではないでしょうか?

 岡田氏、川端氏、北澤氏に話を持ちかけても難色を示され、結局は振り出しに戻って最初の岡田克也前外相が、行きがかり上しぶしぶやっと受諾したのです。2番目に話を受けた中間派の川端前文科相は、「さんざん亀裂を入れておいて、今さら人に後始末を押し付けるなよ」と親しい議員に吐き捨てて就任を断ったそうです。
 もしこれ以上難航するようだったら、私は『菅が総理と幹事長掛け持ちだな』とか、『亀裂を生んだ張本人の仙谷にやらせてみろよ』と勝手に思っていました。

 岡田克也は果たして幹事長が務まるのでしょうか?まず党内の各種調整役をこなさなければなりません。そこに立ちふさがるのが、前回のデジャヴュの「嫌小沢」でまたも冷や飯ぐらいとなってしまった小沢直系議員です。
 岡田氏は代表選前、「検察審査会で起訴されるかも分からない人が首相になることに、私は違和感を覚えます」と発言しました。最終審で有罪となるまでは「推定無罪」が大原則であることをこの者は知らないのか?同氏が卒業した東大法学部はそんなにレベルが低かったのか?と疑ってしまいました。
 とにかくこの発言で小沢派は、「仙谷と岡田は絶対許さない」と息巻いたそうです。岡田幹事長、さあ党内融和をどう図っていくのでしょうか?お手並み拝見です。

 それに負けず劣らず難しいのが「衆参ねじれ」下の与野党協議です。これが難航するようだと、重要法案が一本も通らず菅内閣は立ち往生です。海千山千の各野党幹部との粘り強い根回しや協議で、果たして辣腕、敏腕を振るえるのか?融通の利かない「原理主義者」がどれだけ泥をかぶられるのか?これも見ものです。

 岡田氏はほぼ1年の外務大臣としての仕事ぶりで、早くも底が割れてしまいました。最も顕著なのが普天間問題で、早々と外務省と米国政府高官に取り込まれ、「出来れば国外、最低でも県外」を模索する鳩山前首相に対して、昨年の早い段階既に「辺野古沖しかありませんよ」と、いち早く「対米隷属派」に宗旨替えしてしまったのです。
 イオングループ創業者の次男、東大法卒、通産省官僚出身。結局岡田克也も“お坊ちゃま”、この程度の政治家だったということです。

 内閣の要は仙谷由人、党の要は岡田克也。これではまるで小沢派への「喧嘩吹っかけ」布陣なのではないでしょうか?これを決めた菅直人や仙谷由人は、政治家として本当に了見が狭く視野狭窄だと思います。
 国内の状況、国外の状況、まるで国難的な非常時。かつての出口王仁三郎の言ではないけれど、今こそ「一等星のような宰相」でないと乗り越えられないのです。本当は挙党一致どころか、「挙国一致」体制で難局に当たるべき時です。なのにこんな小粒な二等星、三等星どもに政治を壟断(ろうだん)させておいていいものでしょうか?いずれ高支持率を与えた国民有権者に、モロにはね返ってくることを覚悟しておくべきです。

 (大場光太郎・記)

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狂王の城

 -独逸で日本人観光客が事故。ノイシュバンシュタイン城やルートヴィヒ2世のこと-

 「ロマンティック街道」とはいかにも、人の心をかの地の旅情へと誘(いざな)うロマンチックな名称です。本格的に海外旅行がブームになった20、30年前から、我が国でも人気の海外の観光スポットの一つでした。

 ロマンテック街道は、ドイツのヴュルツブルクからフュッセンまでの366kmの街道ルートです。同街道沿いには中世都市、美しい城、宗教建築、工芸品などが点在し、フランケン・ワインやドナウ川の鱒(ます)料理など観光資源が豊富なルートで、ドイツで150以上ある「観光街道」の中でも最も人気の高い街道の一つです。
 「ロマンテック街道」という名称は、元々は「ローマへの巡礼の道」を意味していたようです。そもそもは古代ローマ人によって造られた街道で、「すべての道はローマに通ず」式にローマへの道路網の一環として整備されたもののようです。
 それが第二次大戦後乗り込んできたアメリカの将兵たちが、観光地として開発するために、この名称でコースが設定されたものだそうです。なお現在の「ロマンチック」という意味で初めて使用したのは、思想家ジャン・ジャック・ルソー(1712年~1778年)の『孤独な散歩者の夢想』の「第五の散歩」が最初とのことです。

 今回日本人観光客が事故に遭ったのは、ドイツ南部のバイエルン州フュッセンにあり、ロマンテック街道の終点で、ドイツで最も人気のある観光名所「ノイシュバンシュタイン城」の麓(ふもと)でした。日本時間14日、同城での見学後、バスを待っていた日本人観光客に小型のシャトルバスが突っ込み、バスと石壁の間に挟まれて5人が負傷、うち長野県の男性添乗員(57)と兵庫県の女性(50)が重体とのことです。
 日本時間15日夜、事故を担当するドイツの地元警察が、「2人は集中治療室にいて、危険な状態にあります」と語っています。同警察は現在、業務上過失傷害の疑いでバスを運転していた68歳の男性から事情を聴いているもようです。

 バス運転手は居眠り状態だったのか、あるいは一時的な前方不注意状態だったのか。同エリアでこのような事故は今回が初めてだそうです。とにかくロマンテック街道という名にふさわしからぬ事故が起きてしまいました。
 事故に遭われた方々の一日も早い回復と帰国を願わずにはおられません。

 ところで事故の背景となったノイシュバンシュタイン城は、数多(あまた)あるヨーロッパの城の中でも名城として有名です。バイエルン王のルートヴッヒ2世(1845年8月25日~1886年6月13日)によって造られた城です。
 ルートヴッヒ2世は、ヴェルサイユ宮殿などを目にして「私自身の作品」として、自身の中世への憧れを具現化するロマンチックな城を造ろうと決意したのです。同王は王太子時代、余暇をゲルマン神話や騎士道伝説などの物語を読んで過ごし、そこから大きな影響を受けていたのです。

 そのような経緯もあって、城全体のグランドデザインを行うよう指名されたのは建築家でも技術者でもなく、宮廷劇場の舞台装置・舞台美術を担当していた画家でした。そのためドイツの城館に本来は必ずあるべき小聖堂や墓地がこの城にはなく、玉座も後回しで“ヴィーナスの洞窟”と名づけられた人口の洞窟を造るといった具合で、ルートヴッヒ王の趣味のためだけに建設された実用には不向きな城でした。
 この城は1869年9月5日に建設が開始され、1886年には何とか居住できる程度には出来上がりました。これ以降ルートヴッヒ2世は首都・ミュンヘンには戻らず、この城に住まうことになりますが、その期間はわずかに102日間だけで、王はベルク城に軟禁されてしまうのです。

 ルートヴッヒ2世は「築城マニア」と言ってもよく、この城のほかにも、リンダーホーフ城、ヘレンキームゼー城の建設をはじめ、さらにはノイシュバンシュタイン城よりも高い岩山の上にさらに壮大なファルケンシュタイン城の建設や、オリエント風宮殿を建設する計画を立てていました。
 これらの建設費用はほぼ王室費から支出され、バイエルン政府の国庫とは別会計ではあったものの、王室公債を乱発し借金を積み重ねることになりました。
 1866年勃発したプロイセン・オーストリア戦争では、敗戦国オーストリアに味方したバイエルンはプロイセンへの戦後賠償を抱え込みました。これに危機感を抱いたバイエルン政府は、ルートヴッヒ王を形ばかりの精神鑑定にかけ、統治不能の禁治産者としてベルク城に軟禁したのです。

 そしてその翌日、同王は主治医とシュタルベルク湖畔を散歩中謎の死を遂げ、医師とともに水死体で発見されたのです。
 生前ルートヴッヒ2世は、「私が死んだらノイシュバンシュタイン城は破壊せよ」と言い残していました。それは同王が城を「自分の世界」にとどめたかったからだと見られています。しかし摂政だったルイトボルトも地元の住民たちも城を壊さずそのまま残し、現在では観光施設を兼ねた文化財として活用されることになったのです。

 「狂王」と言われたルートヴッヒ2世、そのミステリアスな死、意に反して遺されたノイシュバンシュタイン城、山頂に聳え立つ同城の優美な姿、城を取り囲むバイエルン・フュッセン地方の広大で豊かな自然…。
 ますます募る歴史ロマンに、私もいつかロマンテック街道を歩き、同城を訪れてみたくなりました。

 (注記)本記事は、フリー百科事典『ウィキペディア』などを参考にまとめました。

 (大場光太郎・記)

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記事数900越えました

 前回の『悪盛んにして天に勝つ』記事で、当ブログ総記事数が「900」に達しました。なおこの記事数は時折り混じる【読者の声】などを除外した、私が作成した記事に限定しています。 
 毎度のことながら改めまして、「書きも書いたり」という感を深く致します。そしてこれも毎度申し上げることですが、各記事を読んでくださる方々があってこそここまで続けてこられたのであり、だとすれば各記事はご訪問された方々との「共同創造」とも申せます。

 併せてご報告申し上げますが、9月14日現在のユニークアクセス数(純訪問者数)は「101,413人」となり、いつの間にか10万人を越えていました。5万人あたりまでは気になって時折り集計していましたが、最近はあまり気にならなくなっていました。
 なお開設(08年4月29日)以来の1日あたり平均訪問者数は「116人」(101,413人÷870日)となっています。開設当初1ヵ月半ほど1日10人の訪問者もなく落ち込んでいたことも、今となっては懐かしい思い出です。

 一口で10万人といっても考えてみれば大変な数です。ブックマーク(お気に入り)に入れてほぼ毎日のようにご訪問くださる方、検索フレーズなどでたまたまご訪問くださった方、ご訪問の形態はさまざまですが、私にとってはご訪問、アクセスがあることがブログ続行、記事更新の一番の原動力です。あらためまして深く感謝申し上げます。

 どのような方がどのような意図で当ブログを訪問され、そしてある記事を読まれてどのような感想を持たれたのか、ほとんどの場合分かりません。そこで私は日々書きたいことを、折々の感興にまかせて、『これは自分のブログなんだから』とばかりに好き勝手に書かせていただいております。
 時には思わぬ結果になることもあります。例えば昨年の『かなえの殺人レシピ(7)』のように、ある時突然「ウェブ魚拓」にとられてしまうことも起きるわけです。それについては『「ウェブ魚拓」って何?』記事で述べましたように、その件はどのサイトのどういう人が魚拓にとられたのかが直ぐに分かり、特段問題にするようなこともないことが判明しました。

 同じケースが最近またありました。今度魚拓にとられたのは『前原誠司に物申す』記事です。今回不気味なのは前回と違って、誰が何の目的で?というのが皆目分からないことです。著作権法を少しばかりかじった者から言わせていただければ、あるブログ内記事はブログ管理者ないしは記事作成者に著作権が帰属すべきもの。よってその許可なしにブログ丸写し的なウェブ魚拓は著作権法違反。であればどんなことに利用されようと、著作権者側に法的優位性があるはずです。
 とは言うものの、同記事をお読みになられた方はお分かりかと存じますが、前原氏に対してかなり激烈な表現をしています。ある日突然同氏サイドから“内容証明郵便”が送付されてきたらどうする?前原誠司vs大場光太郎では大人と子供の喧嘩、まるで勝負にもなりませず、それを考えると夜もおちおち眠れません(笑)。

 また昨年晩秋頃から半年くらい、ほぼ毎日当ブログを訪問されていた方がおられました。ある所にお住まいの40代の主婦の方のようですが(1回だけコメントあり)、何ヶ月か前突然『国民の知らない反日の実態-反日ブログリスト』というサイトの書き込み欄に、当ブログURL表示に並んで「小沢さんを擁護し続けています」という書き込みをされ、以後ご訪問が途絶えました。この方は多分小沢氏擁護だけならまだしも、特定の幹部攻撃(前原氏?)は隠れファンとして許せないということだったのかもしれません。
 
 興味があって同サイトたまにのぞきますが、「反日有名人」がいるわいるわ。小沢一郎、鳩山由紀夫、菅直人ら民主党幹部は全員アウトです。自民党でもさすがに小泉純一郎や森喜朗らがアウト、それ以外に池田大作や創価学会などがアウトなのは公平。ただし安倍晋三や麻生太郎などが愛国なのは理解に苦しみます。もちろん植草一秀、上杉隆、勝谷誠彦、魚住昭などの各氏は超A級の反日だそうです。私はこれらの人は「超愛国」だと思いますが…。
 ほんの片隅に当ブログが出ましたが、私自身は「愛国」のつもりなんですけど。(同サイトご訪問されたい場合は、各自上記サイト名で検索してみてください。)

 昨年後半は押尾事件などの事件モノ、今年は小沢捜査からはじまって代表選まで政治モノ主体となりました。この関連の記事はよほど注意しないと思わぬ敵を作ってしまうものだ、ということを教えられました。
 ただ私の性分というもので、孔子曰く「七十歳にして、心の欲するところに従えども矩(のり)を越えず」の境地は、たとえ七十歳になったとしても望むべくもなく、ついつい矩を越えて言わずもがなのことを述べてしまいがちです。舌禍(ぜっか)ならぬ「筆禍(ひっか)」ということも十分有り得るわけで、重々心しなければならないとは存じますが…。

 今年は本当に「時事問題」が多くなりました。検察の暴走、マスコミの横暴…。私としては、とても看過できない問題だという想いが強かったものですから。
 ただ私は自称「森羅万象探求者」です。ですから政治だけに固定するのではなく、今後とも心のアンテナでキャッチして、時々に響いたものを自由に綴っていきたいと思います。私自身の心のキャパシティを広げるためにも、一つの分野にとどまらず、多彩な色を放射するプリズムのように、多方面の分野や話題と今後とも取り組んでいければと考えております。

 今後とも当ブログよろしくお願い申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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悪盛んにして天に勝つ

 -今代表選。まともな世論が形成されていればこんな結果にはならなかった ! -

 今から30余年前の1978年(昭和53年)、時は自民党政権の真っ盛り。福田赳夫首相(当時)と大平正芳氏によって熾烈な総裁選が行われ、その結果田中派の支援を受けた大平氏が勝利し、敗れ去った福田氏がふと漏らした言葉があります。「民の声は天の声というが、天の声にも変な声があるな」。

 今代表選既にご存知のとおり、菅直人氏721ポイント、小沢一郎氏491ポイントと、菅氏の圧勝という形で決着し、菅氏の政権続投が決まりました。
 それにしても意外なほどの大差です。その差をもたらしたのは、やはり問題の党員・サポーター票でした。ここの300ポイントで、菅氏は249ポイントと圧倒的な票を獲得したのに対して、小沢氏はわずかに51ポイント。これが勝敗を分けた大きな要因となりました。(実際の得票数では、菅氏が13万余、小沢氏が9万余。)

 代表選後の某民放インタビューで、菅陣営の代表選選対委員長を務めた江田五月前参院議長は、「これは天の声ですか?」という局側の質問に、「ええ、これが国民の正しい天の声です」と胸を張って答えていました。
 『ホントに正しい天の声なのか?』。当ブログで一貫して菅政権不支持、小沢氏支持を表明してきた私には妙に引っかかります。つい最近問題にしましたように、党員・サポーター票の集計で果たして不正はなかったのか、ということはさておき。党員・サポーターにおける「天の声」「民意」とは一体何であったのか、そこを問題にすべきだろうと思います。

 それははっきり言って「作られた天の声」であり「作られた民意」なのではないだろうか?ということです。「作られた」というからには、「作った」主体が存在するわけです。その主体とは言わずと知れた、新聞・テレビという大メディアです。
 図らずも安住淳党選対委員長が別の民放番組で、「今は国民世論を無視して政治は出来ませんよ」と言っていました。まさにその「国民世論」を作り出しているものの正体こそが、新聞・テレビであるのです。

 自分たちが作り出した「世論」ですから、「世論どおりの結果になった」と各マスコミが絶賛するのは当然です。しかしその世論なるものが、徹底した「小沢一郎潰し」のためにマスコミが仕掛けた世論だったことは、当ブログでも再三申し上げてきたとおりです。
 まさにこの国はすべての政治状況を「マスコミ世論」が決める、イビツで歪んだ「世論独裁国家」になっているのです。これは非常に危険なことです。今後特定の政治家の排除、ナショナリズムの醸成、憲法改悪、さらにはアメリカの戦争への参戦など、いくらでも世論誘導できることが証明されたからです。

 B層大衆ならいざ知らず。多くの民主党議員がこのような「誤てる世論」「誤てる民意」に翻弄され、金科玉条的に信じることはまことに憂うべきことです。
 心ある民主党議員には、マスコミ各社、霞ヶ関官僚群、財界、アメリカ戦争屋たちの隠された意図を見抜く眼力が強く求められます。そうでなければ政治家としての資質が疑われます。

 「悪盛んにして天に勝つ」という、本タイトルは確か『日月神示』中にあった神言だったかと記憶しています。ここであえてはっきり言わせていただきますが、マスコミ各社、官僚機構に「魔素直」に乗っかっている菅陣営、菅支持派が「悪」なのです。
 こんにちただ今の状況は、天が簡単に悪に勝てるほど生やさしい状況ではない。今代表選の結果から、私を含めこれをお読みの方々は改めて深く認識し、各自の持ち場で「悪」との戦いを粘り強く続けていかなければなりません。特に“マイブログ”をお持ちの方の使命は重要です。大メディアの「世論独裁」に対抗するのに、ささやかなりとも「ネット草の根民主主義」の浸透が極めて有効だからです。

 今回の負けは負けにあらず。悪徳勢力連合軍との大戦(おおいくさ)。この大逆風の中、小沢一郎氏には不死鳥のように再び甦って、政界、官界、日本社会再生のために、そのお力を今後とも振るっていただきたい。正当性なき菅政権は遠からず行き詰る運命です。その時こそ小沢氏の出番です。

 (以下は付けたし) 今代表選の圧勝により、菅直人及び菅政権は、その失政、悪行が幾重にも免罪されることになりました。第一に政権発足時の「6・2クーデター」という暗い過去が免罪になったこと。第二に、菅直人自らによる参院選惨敗の責任が免罪になったこと。政権発足後3ヶ月余の無策無能ぶりが免罪となったこと。
 その結果、今代表選に至る深刻な党分裂の元凶となった仙谷由人は何の責めも負うことなく官房長官に居座り、ますます「隠れ仙谷内閣」が色濃くなっていくわけです。

 菅直人の人間性、政治的力量、リーダーシップの欠如は、この3ヶ月の政権担当でもうバレバレです。いくら菅氏が声を張り上げて、日本再生のために全力を挙げて戦い抜くと表明しても信用できませんし、またそんな力量はありません。
 中国嫌いの石原東京都知事が代表選後、「尖閣列島問題はこじらせたら大変なことになるよ」と警告を発していました。今般噴き出したその尖閣列島問題。菅再選が決まると同時に15年3ヶ月ぶりに83円10銭となった超円高(何というブラックジョーク !)。沖縄普天間基地移設問題。秋から始まる臨時国会、予算編成…。多分菅直人が総理では、どこの党も積極的に連立を組もうとはしないでしょう。各重要法案をどうクリアーしていくつもりなのか?来年度予算は成立できるのか?

 代表選序盤1年生議員を前に菅総理は、「3年間解散は行わない」と大盤振る舞いのつもりで“伝家の宝刀”を抜いてしまいました。いえ菅さん、困りますよ。あなたにこの先3年間も総理を続けてもらっては。この深刻で逼迫した国情からすれば、あなたは即刻辞めて小沢氏が政権を担当すべきだったのですから。
 伸子婆さん共々「3ヶ月では辞めたくない」と、総理の座にしがみつく哀れな姿に、「じゃあ後少し延命させてやろうか」というのが民主党員の温情なのです。あなたの延命よりお国が何万倍も大事、そこを忘れてもらっては困ります。

 (大場光太郎・記)

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ドーする !?普天間問題

 -仮に菅再選の場合、この問題だけでもこの先七転八倒することになるだろう-

 政府が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移転先として決定した、同県名護市の市議選(定員27)が12日投開票されました。その結果基地移設反対を掲げる稲嶺進市長を支える市長派が16人当選し、過半数を制し圧勝しました。(反対派は11人)

 稲嶺市長が当選した1月の市長選に続き、移設反対の民意が再び明確に示されたのです。これで市長派は大躍進し、市長を支える体制が磐石となりました。市長派は、新議員で臨む9月議会で辺野古沖移設反対を決議することも予定されます。
 政府は移設問題で一段と厳しい対応を迫られ、11月28日の沖縄県知事選に影響するのも必至となりました。

 これは、14日の民主党代表選の行方にも影響を与えかねません。小沢一郎候補と菅直人候補とでは、この問題に対する見方が大きく異なるからです。
 小沢氏は「沖縄も米政府も納得してくれる解決策が、知恵を絞れば必ず出てくる」と主張しています。それに対して菅氏は、米国の意向だけを反映した日米合意にとことんこだわることを主張しています。

 小沢氏が、名護市民をはじめ沖縄県民の民意では辺野古沖など県内移設は極めて困難である以上、もう一度米国政府とよく話し合って、沖縄県民、米国政府とも納得の出来る移転地を探すべきだ、そしてふさわしい候補地は必ず見つけられると言っているわけです。
 「国民の生活第一」主義の小沢氏らしく、根底にあるのは「沖縄県民第一」「米国政府第二」の姿勢だと思われます。対して菅氏は、「米国政府第一」「沖縄県民第二」の姿勢、沖縄県民の民意無視の日米合意をスタートラインにしていることが明らかです。

 「景気対策」「財政再建」なども確かに今代表選の大きな争点ですが、この「普天間問題」も最重要の争点であってしかるべきです。というのは、この問題は単なる基地問題のみならず、その根底には「対米外交」という我が国最大の政治的テーマに関わる問題だからです。
 確かに鳩山由紀夫前首相のように、「出来れば国外、最低でも県外」などと主張すれば、たちまち米国のその筋ににらまれ、その出先機関である我が国外務省や防衛省などの妨害にあい、マスコミからもたたかれまくって、首相の座を追われかねません。

 米国との交渉に苦慮している鳩山前首相を尻目に、当時副総理だったにも関わらず「ズル菅」の菅直人は、この問題には見て見ぬふりの「ダマ菅」を決め込みました。そして政権を奪取するや菅直人は、「対米隷属」「対“戦争屋”隷属」主義者である岡田克也外相、前原誠司国交相(兼沖縄担当相)、北澤俊美防衛相らを、鳩山前首相との連帯責任を問わずにそのまま留任させ、自らの内閣が「対米隷属内閣」であることを内外に明らかに示したのです。
 何かを成し遂げたくて総理になったのではなく、総理になることが唯一の目的だった菅直人にしてみれば、とにかく「政権延命」こそが最重要なのですから当然の帰結と言うべきです。

 対して小沢一郎は、菅政権に端的に表れているような「対米隷属」(したがって「官僚依存」「マスコミ迎合」)では、日本の真の再生はおぼつかず、国の将来が危うくなる。そのための最大の阻害要因となっているのが「アメリカ」である。よって「アメリカにモノが言える政権」を目指すことが最重要なのだと主張しているわけなのです。
 かつて石原慎太郎なる御仁の、『「NО」と言える日本』という著書(共著:盛田昭夫)が大きな話題になったことがありました。戦後65年も経過した今日、いい加減属国状態を脱して、米国と対等にモノが言い合える真の独立国を目指すべきなのです。
 その意味でも小沢氏の主張は断然時宜に適っているのです。

 普天間問題のような肝心の問題では、菅や岡田や前原などのように最初から“アメリカ様”の顔色ばかり気にするのではなく、日本政府として主張すべきことをしっかり言うべきです。「沖縄県民が辺野古沖や県内はダメと言っているのだ。ダメなものはダメだから、何とか別の善後策を一緒にお考えいただきたい」と、先方にしっかり伝えるべきなのです。
 菅や岡田や前原らは、己の政治生命を賭すくらいの覚悟がなぜ示せないのか。

 それに以前の『米国発「在沖海兵隊不要論」』で見ましたように、米国民主党の重鎮であるバーニー・フランク下院歳出委員長などのように「沖縄に海兵隊がいる必要はない」とする見解も出てきているのです。こちらが肚を決めさえすれば、真剣勝負で話し合える余地は十分にあると思われます。

 これも以前述べたことですが、日本に見えざるさまざまなプレッシャーをかけ続けている「戦争屋系」アメリカも、もちろんならず者一辺倒であるわけではなく、筋を通す人物にはそれなりの敬意を表します。彼らが内心軽蔑するのは、小泉純一郎や菅直人のような弱腰のポチ公なのです。
 それからすれば小沢一郎は、確かに目障りな存在ではあるけれど、一方では高く買ってもいるのです。

 (大場光太郎・記)

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「代表選」メディア狂騒曲第3楽章

 - 今この国はすべての政治状況をメディアが決める「世論独裁」国家となっている-

 良し悪しは別として、今日国政レベルの選挙は「メディア選挙」の様相を呈しています。これはそもそも1960年の米大統領選で、ケネディ(民主党)とニクソン(共和党)が争った際テレビ討論が初めて導入され、見栄えの良さでケネディ候補が世論の圧倒的な支持を得て大統領選に勝利したことに始まります。
 「アメリカで起こったことは10年後に日本でも起こる」といわれる現ニッポンでも、近年メディア選挙が大流行しています。
 
 事がそれだけならば、戦う両陣営の“メディア戦略”の優劣の差ということで、第三者がとやかく目くじらを立てるには及びません。
 しかし国の命運を左右しかねない大事な選挙戦にあたって、厳に「公平中立な報道」であるべき新聞・テレビなどのメディアが、どちらか一方の陣営を積極的に支持する(他方を積極的に排除する)意図をもった報道に終始するとなると、これは由々しき問題です。今回の民主党代表選では、実に新聞・テレビがまるで代表選に自ら参入しているかのような、意図的報道があまりにも露骨であることが大問題なのです。

 悪徳旧勢力のメディアにとっては、今代表選に小沢一郎が立候補したことが何よりの大誤算だったのです。仮に小沢首相誕生ともなれば、メディアも改革の対象となり、官房機密費の授受など彼らの旧悪は暴かれ、護送船団方式で護られてきた諸権益が消滅することを彼らは何より恐れているのです。
 そのため大メディアは彼らの権益代弁総理・菅直人の再選に向けて、代表選終盤いよいよ小沢陣営たたきが一段と熾烈になってきています。

 新聞・テレビには小沢バッシングのための切り札があります。小沢一郎に対する「政治とカネ」問題です。そもそも「政治とカネ」なる用語は、東京地検特捜部の捜査に端を発した一連の報道で、大メディアが創り出した造語にほかなりません。それをメディアは連日連夜連呼して、国民有権者にイヤというほど刷り込んでいったのです。
 昨年春の西松建設事件以来今年の世田谷土地購入問題に至るまで、小沢氏側には特に事件化すべき疑惑などそもそも存在せず、10日無罪判決が出された村木厚子元厚労省局長事件のように、検察の一連の捜査は官憲による「小沢潰し」のための不当な謀略捜査だったことが徐々に明らかになりつつあります。

 一連の小沢捜査の真実をまったく検証せず、自分たちが作り上げた小沢氏にまつわる「政治とカネ」という虚構を執拗に繰り返す。これはもうメディアという権力による「世論独裁」とでも呼ぶべきです。
 これまでの「推定有罪」報道によって、「小沢一郎 = 悪人」というダーティイメージが多くの国民に刷り込まれ、世論調査のたびに「小沢氏の代表選出馬を支持する…15%」などの極端な数字となって現われているのです。
 これは新聞・テレビというモンスター化した言論機関による、暴力的な政治介入というべきなのではないでしょうか?

 このような世論独裁、暴力報道によって形成されるのが、今次「世論調査」の実態なのです。そこでは予め国民有権者に植え付けた小沢氏のダーティイメージに加え、誘導的な質問が繰り返されます。とても真の民意を反映した世論調査などと呼べる代物(しろもの)ではないのです。
 ところが新聞・テレビが国民の情報源の“シェア”を独占している状況では、このような歪んだ「世論操作」が唯一絶対の世論としてまかり通ってしまうのです。実際は小沢氏が言明したように、世論調査とは言ってもそれ以外にネット世論調査など各種の調査が存在し、そこでは「マスゴミ世論調詐」とは真逆の結果となっており、むしろこちらの方が「真の民意」を捉えていると見るべきなのです。

 ところで今回使用しました「世論独裁」という用語は、最近フリージャーナリストの上杉隆氏が、「DIAMOND ONLINE」(ダイアモンド社のビジネス情報サイト)のコラム「週刊・上杉隆」の『民主党議員よ、官報複合体に作られた「世論」に惑わされることなかれ』の中で用いているものです。
 なお当ブログでも時折り使わせていただいている「官報複合体」という用語も、元々は上杉氏の造語のようです。
 同記事の中で同氏は、以下のような正鵠(せいこく)を得た一文を述べています。

 - 「世論」は常に正しいとは限らない。1933年のヒトラー登場も、1941年の太平洋戦争も、1970年のベトナム戦争も、2003年のイラク戦争も、当時はすべて「世論」の圧倒的な後押しがあった。そうした「世論独裁」が国民を不幸な戦争に引きずり込んだのである。
 政治家に求められるのは、場合によってはそうした「世論」に逆らっても、「にもかかわらず」と言い切る信念によって、決断することではないか。
 これは筆者の言葉ではない。約90年前の1919年、ドイツのマックス・ウェーバー(※大場注-経済学者)がその講演の中で語った言葉である。- (以上引用終わり)

 今代表選、小沢一郎対菅直人というよりは、小沢一郎対大メディアの「15年戦争」のハルマゲドンの様相をいよいよ呈してきています。最終戦争にふさわしく、大メディアの攻勢は終盤戦に臨んでますます熾烈の度を加えてきているのです。

 (大場光太郎・記)

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党員・サポーター票締め切り

 - 「不正集計」の懸念が大あり。党員・サポーター票は集計から除外すべきだ ! -

 民主党代表選も早や大詰め、11日(土)は党員・サポーター票の締切日でした。登録者数は全国で党員5万2115人、サポーター29万6618人だそうです。これによる投票数が選挙区ごとに振り分けられ、50%以上を獲得した候補が1ポイントを得る方式です。党員・サポーター票全体で300ポイントとなります。
 これは全得票数1222票(国会議員822票、地方議員100票を加える)の約1/4弱となり、代表選の行方を左右しかねない票田といえます。

 9日頃から、新聞・テレビは一斉に「菅優勢」と伝え始めています。これはマスコミの元締めである電通あたりからの極秘指令と見るべきです。
 その根拠として、「地方議員、党員・サポーター票は菅氏が6、7割を獲得しそうだ」と分析しています。しかしこの菅優勢報道は信じるに足るのか、多くの疑問がありそうです。第一党員・サポーターは全国に計34万人もいるわけで、名簿が公になっているものではないのです。2382人の地方議員についてはマスコミ各社で確認できるとしても、党員サポーターの追跡は無理なのです。
 よって党員・サポーターも世論調査や地方議員の傾向に近いだろうという勝手な憶測ではじきだしているにすぎないのです。

 そしてここにきて、党員・サポーター票に「不正」はないのかという疑問の声が上がっています。例えばある自民党衆院議員の地元後援会幹部のもとに、民主党代表選の投票用紙が60枚以上送付されてきたといいます。この人たちは自民党員であり、もちろん民主党の党員費(6000円)やサポーター費(2000円)など納めたことはないわけです。
 また逆に、党員なのに用紙が送られてこないというケースもあるといいます。文句を言っても「送付済みです」で片付けられてしまうそうです。
 このような幽霊党員や投票用紙未送付が多くあるとしたら、代表選の結果が歪められる恐れが多分に出てきます。

 党員・サポーター用の投票用紙はハガキで、表に宛名が印刷されており、裏に候補者名を書くようになっています。ところが候補者名を書いても、そこに情報保護シールを張る工夫がされてないというのです。
 つまり郵便局の者にも票を集計する者にも、このハガキがどちらに投じた一票なのか“丸見え”なのです。そのことから小沢嫌いの郵便局員が、小沢氏記名のハガキを捨ててしまわないか(万一捨てられても確認するすべがない)、そんな懸念が大ありなのです。

 さらに問題は、菅政権の悪家老・仙谷由人らの極秘指令で「不正集計」が実行される懸念すらあります。党員・サポーター票は、茨城県の局留めで郵送されますが、30万を超える投票数であるため、その管理も大きな問題です。
 民主党は厳重に投票用紙と情報を管理するという建前ですが、何せ大接戦の代表選だけに、あらぬ心配、憶測も飛び交おうというものです。

 それに党員・サポーター票の集計作業は、民主党関係者が行うのではなく「フルキャスト」という民間の大手派遣会社に外注するようです。同社は06年2月554,000円の値をつけていた株価が、今年9月10日終値では4,200円と、4年半の間に100分の1にまで暴落しています。07年には事業改善命令、事業停止命令を受けています。また人脈的には小泉改革推進派で占められています。またフルキャストは、日本マクドナルドが大阪で新商品を販売するにあたって、偽装行列に関与もしています。
 以上のことから、アルバイト開票作業員の中に、仙谷らの密命を受けた工作員を忍び込ませることなどたやすいことだと思われます。

 新聞・テレビが一斉に、「党員・サポーターで菅優勢」という不確実な報道を流し始めたのは、党員・サポーター票の集計で不正を実行するためのアリバイ作りではないか?ともみられているのです。

 思えばこれまで長年党員、サポーター育成に力を入れてきたのが小沢一郎です。合せて34万人という数にまで拡大したのには、小沢氏の尽力なしでは有り得なかったのです。それからすれば(「政治とカネ」の逆風があったとしても)、党員・サポーターでも小沢氏がリードしていておかしくはないのです。

 もし仮にこれが逆の集計結果(菅氏リード)であれば、2000年秋の、ブッシュ対ゴアの米大統領選のような不正集計が行われたと見るべきです。同大統領選では、「フロリダ沖の海底に大量の投票箱が廃棄された」と、今でも語り草になっているほどです。実際にはゴア候補が勝っていたのです。にも関らず、ブッシュはD・ロックフェラーに「戦争を起こす」ことを条件に大統領にしてもらったのです。
 そういえば本原案を作っているのは、たまたま9月11日です。もし同大統領選で不正が行われなければ、後の9・11もアフガン侵攻もイラク侵攻も起きてはいなかったのです。

 仮に大マスコミが伝えるように菅優勢のまま、菅直人が再選されるようなら、「民主砦の三悪人」-菅直人、仙谷由人、枝野幸男という“新トロイカ体制”により、ただでさえ左前の日本はいよいよとんでもない破滅の道に誤導される危険性が高いものと覚悟すべきです。
 そしてその責めを一身に負うべきは、菅直人を選任した国会議員、地方議員、党員・サポーターなのです。

 (大場光太郎・記)

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村木元局長無罪判決

 -世紀の大冤罪、大汚点。西松建設事件も小沢土地事件も実はそうなのでは?-

 郵便不正事件における厚労省元局長の村木厚子被告(54)に対する判決が、大阪地裁で10日午後言い渡されました。同地裁で一番の大法廷で、横田信之裁判長の「被告は無罪」との主文が読み上げられたのです。その瞬間法廷内には支援者の拍手が響きました。
 グレーのスーツ姿の村木元局長は、表情を変えずに静かに頭を下げました。対して防戦一方だった検察側は、男性検事が茫然と虚空を見つめるのみでした。

 閉廷後の会見では、「言い渡しの瞬間、心臓が一度鼓動を打った」と語り、「無罪を信じてやってきた。支えてくれた知人や家族に感謝している」と語って大きく一息つきながら、「これ以上私の時間を奪わないで」と検察に控訴断念を求めました。
 とうの昔に「無罪が確定している」という、前代未聞の検察の大チョンボ、検察史上に残るであろう大冤罪事件でした。

 村木元局長をめぐる「郵便不正事件」について、検察が思い描いた“作文”はざっと以下のとおりです。
 -自称・身障者団体代表の倉沢邦夫被告(74)=一審で一部無罪、検察控訴=が04年、身障者向けの割引郵便制度を利用するため、偽の団体証明書発行の“口利き”を民主党の石井一参院議員に依頼。厚労省の元障害保険福祉部長が当時課長だった村木被告に指示し、元係長の上村勉被告(41)=公判中=に偽の証明書を作らせた-

 例によって大マスコミは当初、大阪地検特捜部のリークを垂れ流し、村木被告らを非難し、石井議員の斡旋収賄罪の可能性に言及するメディアさえありました。
 ところが公判が始まるとともに、検察のデタラメが次々に発覚したのです。
 元部長ら検察側の証人が村木被告の関与を否定したのです。「ウソの証拠を示されて供述を強要された」と言い出した元部長は「事件自体が壮大な虚構」とまで言い切りました。
 石井議員のアリバイもすぐに証明され、事件のキーマンとされた上村被告も「(調書は)検察官のデッチ上げ」と証言し、大阪地検特捜部の恐ろしい正体が明かされたのです。

 特に問題視されたのが、取調室での検事の尋問のやり方です。「検事が予め作った供述調書を持ってきた」「(検事から)執行猶予が付けば、大した罪ではないと言われた」「机をたたかれて大きな声を挙げられた」…。
 証人が口にしたのは「密室」をいいことに、ウソを強要し、平気で恫喝する検事の姿です。戦前の「特高警察」そのもののような検察の横暴、暴走が白日の下にさらされたのです。

 横田裁判長は公判の過程で、「検察官が誘導して調書を作成した疑いがある」と捜査手法を批判しました。そして上村、倉沢両被告の証拠採用を却下したのです。裁判所が特捜部の調書を認めないというのは前代未聞の出来事です。
 本来なら“唯一”の証拠だった調書を失ったわけですから、検察は「論告求刑」出来ず「求刑放棄」すべき事件だったはずなのです。ところが特捜部は悪あがきし、「村木被告の指示がなければ実行不可能」と推測、憶測を重ね、無理やり懲役1年6月を求刑し、今回の無罪判決で満天下に赤っ恥をさらすに至ったのです。

 戦前からの前近代性を色濃く残し、強大な捜査権限を有しているのが検察組織です。こんな検察をこれ以上暴走させてはいけません。さらなる冤罪事件を作らせないためには、取調べの全過程での可視化法案の成立など検察改革が不可欠です。
 これ一つ取っても、自民党政権以上に官僚べったりの菅政権では、逆立ちしても出来っこないのです。

 思えば今回の村木事件も小沢事件も構図は同じです。昨年3月の西松建設事件から世田谷土地購入事件に至る一連の捜査も、冤罪である可能性が極めて高いのです。
 一連の小沢事件については、植草一秀元早大教授がブログ『知られざる真実』で最近、5回シリーズで小沢捜査の不当性、無罪性を徹底的に明らかにしています。
   小沢一郎氏の「政治とカネ」問題研究第1回
   小沢一郎氏の「政治とカネ」問題研究第2回
   小沢一郎氏の「政治とカネ」問題研究第3回
   小沢一郎氏の「政治とカネ」問題研究第4回
   小沢一郎氏の「政治とカネ」問題研究第5回

 大マスコミが小沢一郎氏について二言目には言う「政治とカネ」は、根も葉もない流言蜚語、デマの類いなのです。ことマスコミについて言えば、かつて自分たちが食らった官房機密費という“毒まんじゅう”の実態を明らかにすることこそが先決のはずです。
 なのに都合の悪いことは頬かむりで、村木報道といい小沢報道といい、今や腐臭を放っている「マスゴミ」は、一体どうやってその落とし前をつけるつもりなのでしょうか?
 またマスゴミの「政治とカネ」に乗っかって批判している、菅直人ら反党一派らも暴走検察や腐臭マスゴミと同じ穴のムジナであることがはっきり見て取れるのです。

 (注記)本記事は、9月11日付「日刊ゲンダイ」5面などを参考、引用してまとめました。

 (大場光太郎・記) 

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【読者の声】-代表選をめぐって

 前回の『「代表選」メディア狂騒曲間奏曲』に、KDA様より貴重な情報が寄せられました。KDA様は、小沢一郎氏とは都立の名門・小石川高校時代の同級生であり、若い頃からの小沢氏の人間味を誰よりもよくお分かりなわけです。(ちなみに鳩山由紀夫氏は同校の5年後輩にあたり、小沢氏と鳩山氏の絆の強さは、この辺に原点がありそうです。)
 また同氏は、今年早春頃に立ち上げた『小沢一郎議員を支援する会』の発起メンバーのお一人でもあります。
                        *
鈴木宗男氏の件、まさか門前払いとは驚きました。それ以上に驚いたのは、自民党幹部の反応です。自民党橋本内閣時代の事案なのに・・・。官房機密費発言が絡んでいるとしか思えません。
小沢一郎に対する大手マスコミ、特にTBSテレビの扱いは愚劣極まりますネ! 「クロス23」では、限界レベルを超えたので、放送中に抗議のメールを入れましたが、当然ながら、反応無しです。TBSテレビは、『石川議員が水谷建設から裏金を受け取った現場VTR』の捏造報道もお茶を濁したままなのに、先日、小沢事務所が『成りすましツイッター』と公言しているものを小沢ツイッターと報道したり、悪意に満ちています。
先日(9/4)の「小沢一郎議員を支援する会」の第3回決起集会『シンポジウム・「小沢一郎を考える」』にて、コメンテーター・森ゆうこ参議院議員が出演経験を基にTV放送の実態を話されました。文字に出来ないのが残念ですが、凄まじい内幕に唯々驚きました。又、菅総理自らが一年生議員に電話し、その留守電に『小沢氏がポストを要求して来たので断った』と虚偽の伝言を残し、又、ポストの用意も仄めかしているとのことで、平野氏曰く『クリーン、クリーンと言っている政治家にクリーンな者は居ない』が実証されました。
シンポジウムの詳細は後日会報をして公にされますが、コーディネイター・小沢遼子さん、コメンテーター・平野貞夫さんからも、菅派そしてマスコミの実態が明かされ、『仙谷に警戒!』が共通認識でした。
                        *

平野貞夫氏主宰の「日本一新の会」事務局より以下のメルマガが届きましたのでコピーを貼り付けさせて頂きます。

『衝撃!!「菅くんを絶対信じてはダメよ」市民運動家・市川房枝元参議院議員
   の遺言!!知人、友人に教えてください、至急!!』

  菅総理は市民運動で活躍した市川房枝参議院議員をブランティアで応援したこと
  を最大限利用し、踏み台にしてのし上ったことは多くの人が知る。
  ボランティア運動員を指揮した菅直人を信じていたと筆者も思い込んでいた。
  ところが、市川房枝元参議院議員が自分の選挙運動中の菅直人を見て、「この男
  は私を利用してのし上ろうとしてボランティアをしている。己のみ、世話になっ
  た人をも踏みつけにしてなんとも思わない男」と人間性を見抜き、教え子とも言
  える後に参議院議員になる紀平悌子に、「菅くんは絶対に信用してはダメよ」と
  呟くように口にしたのだという。
  読者にも市川房枝氏のファンも多いと思う。私自身も自民党議員の秘書を長く勤
  めたが、市川氏に尊敬の念を持っていた。その市川参議院議員が自分の選挙をボ
  ランティアで応援している菅という若者に心を許していなかったのだ。生みの親
  の田中真紀子衆議院議員を潰そうとした小泉純一郎元総理とそっくりの冷酷な性
  格のようだ。   (以上KAD様記)
                       *

 (付記)9日午後3時から、小沢、菅両候補による最後の立会い演説会が、札幌市中央区の大通公園で行われました。ニュース映像でご覧かと思いますが、同公園がいっぱいになるほどの人だかりでした。何だかんだ言っても、代表選への国民の関心の高さがうかがわれます。
 なおネット版「BNN北海道365」が『小沢一郎が語ったすべて』と題して、小沢氏演説の全容を掲載しています。1日の共同記者会見以来一貫して訴えてきたことの集大成と考えますので、ご紹介しておきます。 (大場記)

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「代表選」メディア狂騒曲間奏曲

 -小沢一郎vs菅直人、霞ヶ関、マスコミ、アメリカ連合軍。魔の第3コーナーへ-

 14日(火)の投票日まであと1週間を切って、民主党代表選は両陣営ともいよいよ熾烈の度を増してきています。
 特に小沢一郎の陣営は本当に大変です。戦う相手が対抗馬の菅直人の陣営だけなら余裕のぶっちぎりゴールのはずですが。現住所は民主党でも、本籍地は官報複合体の霞ヶ関や六本木、お台場界隈にあるのが菅総理ら現政権のメンバーです。小沢氏は勢い、霞ヶ関官僚群や新聞・テレビから降りかかってくる火の粉を払いのけながらゴールを目指さなければならないのです。

 本場英国で競馬はジェントルマンのスポーツです。であるからには、レースは公平でスポーツマンシップに則ったものでなければなりません。しかし今回の代表選を3200mの天皇賞レースに例えてみれば、本来は現職馬の有利さからカンナオトの方により重い斤量(ハンデ)が課せられて当然のはずです。
 しかし実際は、チャレンジャーである年配馬のオザワイチローに途方もない斤量を課して走らせているような状況です。ハンデだけではありません。オザワイチローに対しては、要所要所に障害まで設け、それをそのつど綺麗に飛越していくことが求められているのです。

 このレースの模様を一部始終生中継している新聞・テレビが、卑怯なことにこぞってカンナオト馬に加勢しています。オザワ馬が諸々の阻害要因を果敢にはねのけ、現在既にカン馬を何馬身もリードしていますが、実情を知らないB層国民が多数を占めることをいいことに、両馬伯仲などとアングルを誤魔化して、かつての大本営発表的な報道に終始しているのです。

 阻害要因の一例として、何でこの時期に?と首をかしげたくなるような出来事がまたも起こりました。最高裁は、新党大地の鈴木宗男代表の斡旋収賄など4つの罪での上告を棄却し、同氏の懲役2年が確定したというのです。
 これで現在衆院外交委員長を務めている鈴木宗男氏は、公職選挙法と国会法の定めるところにより衆院議員を失職し、近く収監されることが決まりました。事実上鈴木氏の政治生命を絶つような今回の最高裁決定です。

 今となって分かったことには。鈴木氏と、当時外務省一のロシア通だった佐藤優氏の逮捕は、外務官僚たちの省益を守るためと、当時の小泉清和会による最大派閥・経世会潰しの一環、現在進行形の小沢捜査とも共通する「謀略的国策捜査」だった疑いが濃厚であることです。
 鈴木宗男氏は、親小沢派として知られています。仮に小沢首相が誕生した場合、その先の政界再編を見据えて重要なキーマンの一人と言われていました。それだけに小沢陣営に与えるダメージは大きなものがあるはずです。まだ態度を決めかねている党員らには、小沢氏が検察審査会再議決を控えていることも連想されたことでしょう。
 まさか司法当局がこの時期に照準を合わせて?と勘ぐりたくもなる今回の決定です。
『佐藤優の眼光紙背:第79回』では、なぜこの時期だったのか、鋭く分析しています。
 もちろん同ニュースを、マスコミ各社は嬉々として大きく報道しました。

 菅陣営にとって、そんなことなど問題にもならないようなビックプレゼントが、海の向こうからもたらされました。アメリカの(“暗黒勢力”御用達)新聞ニューヨーク・タイムズが、「日本の総理大臣が頻繁に交代することは、世界にとってマイナスだ」とする、大きなお世話、さらに言えば内政干渉的社説を出したのです。
 これを8日昼前のTBS番組で、得々として紹介していたのが杉尾秀哉キャスターです。同キャスターはまるで、『ねっ。日本人が唯一おつかいすべきアメリカ様がこのとおり、“小沢総理ノー”と言ってるんですよ。だから民主党関係の皆さん、菅総理再選に向けて最後の力をふりしぼりましょうね』と、暗黙のメッセージを出したに等しいものでした。

 この杉尾キャスター、7日の『NEWS23クロス』にゲスト出演した小沢一郎氏に対して、「ウン、ウン」と相槌を返すなど、まことに横着、横柄、無礼極まりない対応をした人物です。かと思うと翌日の菅直人の時は、一転平身低頭な対応ぶりだったようです。
 かくも品性下劣な杉尾などは、テレビ界に巣くうダニというべきです。TBSといえば他にも、いかにも官房機密費をせしめたに違いなさそうなご面相の岸井成格(毎日新聞主筆)や、下品な土建屋・みのもんたなどもいるし。こんなんだからTBSは、他局に先駆けて社運が傾くわけだわ。

 幾重にも小沢陣営に不利な状況が生まれつつある中、明るい希望も見えています。第一は田中真紀子氏が小沢支持を鮮明にし、ここのところ大車輪で例の“真紀子節”を炸裂させていることです。また8日午前原口一博総務相が小沢支持を表明したことも大きな意味があります。現閣僚で唯一の小沢支持といってもいいくらいですが、党分裂の元凶である仙谷、枝野らはかねてから、「原口さえ引っ張り込めばこっちのものだ」と言っていました。彼らにとっては大誤算でしょう。
 さらに小沢支持派のスポークスマンとして、あまり評判のよくない山岡賢次氏に代わって、清新な細野豪志氏が担当することになったことです。細野氏なら菅陣営の蓮舫行革相や寺田学補佐官ら以上の好アピールが期待できます。

 小沢陣営に総がかりで攻めてきている、アメリカ、マスコミ、霞ヶ関、菅陣営連合軍。
 ♪ 敵は幾万ありとても、すべて烏合(うごう)の勢(せい)なるぞ。烏合の勢にあらずとも、小沢に正しき道理あり。 (私としたことが軍歌など持ち出しちゃって。)

 (大場光太郎・記)

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パンドラの匣

 - かくも人間くさい神々の物語。だからこそギリシャ神話は面白い ! -

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絵画:ローレンス・アルマ=タデマ 「パンドラ」(1881)



 豊穣な物語を内包するギリシャ神話は、昔から西洋を中心に多くの文学や詩、音楽や絵画のモチーフとして用いられ、無数の文学者、芸術家たちにインスピレーションを与えてきました。「パンドラの匣(はこ)」の物語もその一つです。
 つい先日の押尾事件記事でたまたまこの用語を用いました。私たちは普段何気なく使っている用語や成句について、案外由来など知らないことがあるものです。そこで今回は、元々のギリシャ神話の『パンドラの匣』を簡単にまとめることにしました。
 なお参考にしたのは、阿刀田高(あとうだ・たかし)著『ギリシャ神話を知っていますか』(新潮文庫)です。
                        *
 昔々ある所に、プロメテウスとエピメテウスの2人の兄弟が暮らしていました。この兄弟は名前からして既に寓意的です。物語の前書きを“プロローグ”後書きを“エピローグ”と呼びますが、この兄弟がそもそもの語源となっています。“プロ”には“前の”という意味があり、“エピ”には“後の”という意味を含んでいるのです。
 兄のプロメテウスは“前もって考える人”であり、弟のエピメテウスは“後で考える人”ということです。日本語の慣用句的に言えば、プロメテウスは「先見の明」のある人であり、エピメテウスは「下衆(げす)の後知恵」ということになります。

 ある時エピメテウスが独りで留守番をしていました。すると門の前に世にも美しい女が立っているではありませんか。いやエピメテウスは“女”と考えることさえできなかったのです。なぜならそれまで、この地上には“女”というものが存在しなかったからです。
 そこでこの“美しい生き物”の出現に驚いたエピメテウスは、「お前はなんだ?」と聞きます。美しい生き物は「私はパンドラ」と答えました。ここで「パンドラ」という名前にも寓意が込められています。“パン”とは“すべての”の意味、“ドラ”は“贈り物”。つまりこの美しい生き物(女)は、神々が「すべての贈り物」としてこの世の男どもに遣わした存在だったのです。

 立っているのは途方もなく美しい生き物です。かねて知恵者のプロメテウスから、「ゼウスの贈り物にはロクなものがないから気をつけろ」と教えられていましたが、エピメテウスはそんなことも忘れて、請われるままにパンドラを家に招じ入れてしまいます。
 こうして館の中に入った美貌のパンドラはいつしか、美の女神アフロディーテ(ローマ神話のヴィーナス)仕込みの取って置きの性愛術を繰り出して、エピメテウスの身も心もメロメロにしてしまいます。
 人間として最初の性の交わりを経験したエピメテウスは、強烈な官能の歓びに目覚め、パンドラなしでは夜も日も明けぬまでになっていきます。

 ところでパンドラが地上に降りてくるにあたって、壷(つぼ)を一つ抱えていました。後代には「匣(はこ)」になってしまいましたが、元々のギリシャ神話では「壷」だったのです。その中に何が入っているのか、パンドラ自身にもよく分かりませんでした。
 エピメテウスはその壷に気がついて「何だ、それは?」と聞くと、「わからないの。神様がくださったの。けっして開けてはいけないって、そう言われたの」とパンドラは答えます。エピメテウスはそれ以上その壷に関心を抱くことはありませんでした。

 むしろその壷を気がかりなものと思ったのはパンドラの方だったのです。
 「何かしら?」。まるで押しかけ女房のように身一つでエピメテウスの館にやってきたパンドラとしては、天上からのプレゼントを差し出した方がより居心地がよくなると判断したのかもしれません。  
 日本の昔話にも「見るなの座敷」というのがあり、戯曲『夕鶴』では与ひょうが鶴に戻ったつうの機織りの姿を見てしまうように。「決して開けてはならない」というゼウスの厳命も、そう言われれば言われるほど余計見たくなるのが人情というものです。

 そこでエピメテウスが外出していたある日ある時、無聊(ぶりょう)をかこっていたパンドラは、壷を取り出ししげしげと眺めて見ました。壷には固く封が施されている以外、見れば見るほど何の変哲もないただの壷です。
 『少しだけ覗いてみようかしら?』。長い逡巡の末、とうとうパンドラは我慢できなくなり、壷の封を切り、そっとフタを動かしました。
 その瞬間壷の中から、モヤモヤと怪しい形のものが立ち上り、周囲を満たし、たちまち四方に飛び散ってしまいました。「あっ、いけない」。パンドラが叫んだ時は、もう後の祭り。

 壷の中のものはあらかた飛び散り、その底にたった一つのものが残っただけでした。この時壷から飛び散ったものは、病気、悪意、戦争、嫉妬、災害、暴力など、ありとあらゆる忌まわしい「悪」だったのです。
 かろうじて壷の底に取りとめたのは「希望」でした。

 それまで地上には何一つ邪悪なものは存在しませんでした。人間たちはいとも穏やかに、幸せに暮らしていたのです。だがパンドラが壷を開けたことにより、中から諸悪の根源が飛び散ってしまいました。もうこれらを取り押さえることはできません。さながら処女地に広がる伝染病のように、さまざまな悪は地上に広がり、以来人間たちは不幸に身をさらさなければならなくなったのです。
 ただ一つ「希望」だけは残りました。数々の不幸に苛まれながらも、私たちが希望を拠り所として生きていけるのはこのためなのです。

 (追記)ギリシャ神話は、小学校高学年時の呉茂一著『少年版ギリシャ神話』以来(時たま)親しんできました。今回は登場しませんでしたが、兄のプロメテウスはこの物語とどう関わることになるのか等、他の物語も随時ご紹介できればと思います。

 (大場光太郎・記)

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「代表選」メディア狂騒曲第2楽章

 -巷では小沢フィーバーが起きている。なのにマスコミ世論の菅支持は奇態なり- 

 民主党の代表選も早や中盤に差しかかり、14日(火)の投票日まであと8日となりました。1日夕の小菅共同会見、2日の日本記者クラブ主催の討論会。そして4日は東京で5日は大阪で、両候補そろっての立会演説会が催されました。
 少し前の『総理にふさわしいのは?』で述べましたように、1日の共同会見は小沢候補が菅候補を圧倒的にリードしていました。会見に臨む態度、風格、答弁の内容等々、現職総理の菅直人をまるで相手にしない貫禄勝ちの印象でした。

 それは1回限りのことではなく、多分大阪での立会演説会に至るまで、小沢一郎が菅直人を終始圧倒していたのではないかと推察されます。
 事実4日、5日の東京と大阪での2人による立会演説会では、大聴衆から自然に「小沢コール」が湧き起こり、2001年の小泉フィーバーを髣髴(ほうふつ)とさせるものだったようです。対して菅候補には、「早く総理を辞めろ !」「具体策を言え」などというヤジが飛び交ったというのです。
 これには小沢一郎も気をよくして、「えらく熱心に応援してもらったね。ちょっと菅さんに申し訳なかったくらいだ」と余裕のコメントをしています。

 ちなみに日刊スポーツが現場の聴衆から聴き取った調査では、「小沢支持…70%、菅支持…25%」と出て、小沢支持が圧倒的であることが数字でも裏づけられた形です。

 ところが、何でこうなるの !?これが先週末に行った新聞・テレビ各社の世論調査の結果ではまるで逆になるのです。例えばTBSテレビ調査では、「菅支持…66%、小沢支持…18%」という具合です。これは先々週とほぼ同じような結果です。また他社のも似たりよったりの結果となっています。
 毎度のことながら、「これが本当に民意なのか?」と首をかしげざるを得ない調査結果なのです。

 大マスコミが実施すると、ネット世論調査や日刊スポーツ調査とどうしてこうも大きく違ってくるのか?両調査を比べた場合、ネット調査などでは不正な操作の入り込む余地はまったくありません。その余地が大有りなのはマスコミ各社調査の方なのです。
 それなのに「世論」としてまかり通るのは、常に「マスコミ世論」の方です。これだけ大きく違うのです。世間に与える影響の大きさからして、大マスコミは一度世論調査の手法-誘導的な質問をしていないか、調査集計に不正がないか等々-を国民に広く情報公開すべきなのではないでしょうか?

 ところで大マスコミのうち、新聞とネットの両方で世論調査を実施した新聞社があります。読売新聞です。そして案にたがわず、ここでも新聞紙上とネット上の結果は真逆だったのです。これに「読売は新聞紙上で、両方の結果の違いを包み隠さず報道すべきだ」と訴えていたのが植草一秀元早大教授です。
 「これはまずい」とでも思ったか、つい先日ネットの「YOMIURI ONLINE」調査が突如削除されたというのです。これは明らかに犯罪的なのではないでしょうか?読売をはじめとした「マスコミ世論」の不正性、謀略性の疑いがさらに増すことになります。

 しかしこの問題でも当の小沢氏本人はいたって冷静そのものです。小沢氏は6日深夜のTBS『NEWS23クロス』に出演し、その中でTBSの最新調査結果(前掲)について感想を求められました。
 小沢氏は、「あヽそうですか。一応参考にはしますけれども、特に気にはしません。調査とは言っても、新聞各社からネットまでさまざまなものがありますから。何もTBSさんのものが絶対と言うわけでもないでしょ?」と軽くいなしていました。ピンポン、大正解 !!

 始末の悪い大マスコミは、さらに代表選の現状分析なるものを行っています。国会議員では小沢氏がややリード、しかし地方議員や党員サポーターでは菅氏がリードしているというのです。まだどちらとも決めかねている議員や党員サポーターも多く、今後どう転ぶか予断を許さないというのです。
 しかし現時点でも、小沢氏が断然優位に立っているというのが専門家の見方です。官報複合体の利害を代弁してくれている菅政権とマスコミは一体で動いています。報道各社は菅陣営不利を極力隠す情報操作によって、あわよくば形勢逆転を狙っているわけです。

 そこで菅陣営とマスコミ各社が狙い定めているのが、先に投票結果が分かる地方議員と党員サポーターです。ここで過半数以上の票でも得られると、それを事前に公表して、14日の本選になだれ込み国会議員票を一気に取り込もうという作戦です。
 01年小泉が亀井静香らと戦って勝った時のパターンの踏襲です。菅直人は本質的にポピュリズム(大衆迎合)政治家、その点でも小泉政治の亜流、いろんなところで小泉的手法を真似してもおかしくはないのです。

 恐いのはいくら“死に体化”しているとはいえ、現在政権を握っているのは菅陣営であり、それを陰に陽にバックアップしているのが大マスコミであることです。悪知恵に長けた仙谷官房長官、旧自民党政権下かなりの官房機密費をせしめたに違いない新聞・テレビの経営陣らが、残る8日間どんな謀略を仕掛けてくるのか?ということです。
 この国に脱アメリカ、脱官僚政治を実現させ、真の独立国に相応しい国民主導の政治を取り戻すべく、小沢首相誕生の瞬間まで気を引き締めていきたいものです。

 (大場光太郎・記)

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押尾裁判員裁判始まる

 - 3日の初公判では残念ながら、あっと驚くような新展開はなかったようである -

 押尾学被告(32)の保護責任者遺棄致死罪などを裁く裁判員裁判が、3日午後1時半から東京地裁でスタートしました。同公判の傍聴席は65席、それを得るために1554人が同地裁前に並んだそうです。

 この事件は、同時並行的に発生したのりピーこと酒井法子事件のように分かりやすい事件ではありません。これまで何度も述べてきましたように、その全貌が明らかになれば「現ニッポン版パンドラの匣(はこ)」を開けるにも等しい深刻な事態となることが予想されます。政界、財界、官界、芸能界、スポーツ界、裏社会…。そのため警察、検察、マスコミそれぞれが、事件発生当時から及び腰、逃げ腰でした。
 例えば当初所轄署である警視庁麻布署は、「事件性なし」として早々に闇に葬ろうとしたのです。
 
 しかし曲がりなりにも今回こうして、押尾学に対する保護責任者遺棄致死罪を問う法廷が開かれるまでになりました。これは死亡した田中香織さん(当時30)のご遺族、田中さんが生前勤めていた銀座クラブ「ジュリア」関係者などのご尽力の賜物です。と同時に、ネットからの「真実を求める」発信力も大きかったのではないかと思われます。
 この事件において大マスコミは、例えば問題の六本木ヒルズレジデンスの数部屋の借主・野口美佳の名前を徹底的に秘匿して報道しないように、真実究明にはまったく役に立っていません。

 マスコミ報道による事件当日のことを概略たどってみましょう。
 昨年8月2日夕方6時過ぎ、ヒルズレジデンスB棟2307号室で田中香織さんの容態が急変し、ほどなく死亡しました。その時一緒に部屋にいたと思われる押尾学は、一時行方をくらましましたが、翌3日夕方麻布署に出頭し逮捕されました。
 その後の警視庁の捜査の結果、押尾は同室で田中さんにMDMAを飲ませ、2錠目を飲んで容態急変、後の死亡につながったらしいことが明らかになりました。田中さんの容態急変後押尾は心臓マッサージなどを施すも、救急車を呼ぶことはせず、呼んだのは当時所属していたエイベックスのマネージャーの遠藤亮平、クスリの売人の泉田勇介ら何人かの知人でした。

 そのうち田中さんは絶命し、事件が公になることを恐れた遠藤マネージャーは、証拠隠滅のため田中さんのケータイをヒルズレジデンス玄関前の植込みの中に遺棄します。後で駆けつけた知人から、「救急車を呼べよ」と促され119番通報したのは異変発生後3時間も経過してからでした。
 そして救急隊員が現場に到着した時は田中さんは既に死亡、しかも全裸で放置してあるような状態でした。その時には押尾学の姿はなく、ヒルズマンションの外に逃亡していたのでした。

 今公判の争点は、容態急変後の田中さんを救えたのかどうか?という一点です。検察側は「可能だった」と主張し、逆に弁護側は「時間的に無理だった」と主張しています。また弁護側は、「押尾被告は田中さんに心臓マッサージ、人工呼吸を行っていた。田中さんの救命可能性が低かったうえ、遺棄致死罪は成立しない」としているのです。
 それを受けて、3日法廷に立った押尾学は、MDMAの田中さんへの譲渡と遺棄致死罪について「私は無罪です」と主張しました。もし譲り渡したことを認めてしまえば、そこから押尾の「保護責任者」が追及されることになります。かつてのクスリ仲間だった泉田勇介が、事件の何日か前押尾にMDMAを渡したことを捜査当局に供述していても、認めるわけにはいかないのです。

 検察側は3日の冒頭陳述で、当日のようすをリアルに再現したようです。お堅い検察の口から「セックス」という言葉が法廷内に乱れ飛んだというのです。
 ー 昨年8月2日午後2時34分、田中さんはヒルズレジデンス2307号に到着。すると押尾は早速MDMAを田中さんに渡し一緒に服用してDVD鑑賞を始めた。3時56分頃DVD鑑賞をやめ、1時間かけてセックスをした。その後押尾被告、田中さんの順にシャワーを浴びた。5時10分当時の妻(矢田亜希子)よりメールが届き、5時12分に返信。その後セックスを再開、約30分くらいセックスした。

 “ドラッグセックス”なるものがどのようなものなのか、素人には分かりかねますが、それにしても“歩く種馬”押尾学の絶倫ぶりには驚かされます。同時に妻の矢田メールを受信しても、良心の呵責を感じなかったのでしょうか?
 ともかく、この後少しして田中さんが2錠目を飲んだところ、6時過ぎ容態が急変するわけです。

 同公判では死亡後に撮られた田中さんの姿が、傍聴人には見せない形で、裁判員ら関係者に小型モニターで公開されたようです。それは全裸の上からバスタオルをかけ、口からピンクの泡を吹いている生々しい姿だったといいます。押尾被告は見るなり顔を背けたそうです。

 17日までの8回の公判では、押尾被告の保護責任者遺棄致死罪を問うものです。今回の公判で幕引きとしたいのが警察、検察側です。それには2307号室という密室にいたのは、あくまで押尾学と田中香織さんだけに限定しなければ、同罪は成立しないわけです。よって結審までそれで押し通すことでしょう。検察側の求刑は20年の実刑もありそうです。最終的に7年から10年くらいの実刑判決になるのではないかと見られています。
 対して一貫して「オレは無罪だ」と言い続けている押尾側が、実刑を回避するには、裁判員らが信用するに足りうる新事実を提示しなければならないわけです。

 果たしてそのようなものがあるのか、ないのか。この事件の抱える“巨大な闇”からしてあってしかるべきだと思います。要は、「真実は一つで曲げられない」という押尾自身が、「真実」を話すかどうかにかかっているものと思われます。

 (大場光太郎・記)

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天の川と水車

           川崎 展宏 

  天の川水車は水をあげてこぼす 

…… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》  
 川崎展宏(かわさき・てんこう) 昭和2年広島県呉市生まれ。本名のぷひろ。東京大学国文科卒。加藤秋邨に師事。現在「春雷」同人。森澄雄に兄事し、「杉」の創刊に参加。桜井博道・中拓夫・八木荘一と「杉」初期の編集に従事。昭和55年、「貂」を創刊。代表として今日に至る。句集『蔦の葉』『義仲』『観音』『夏』(平成2年度読売文学賞)。ほかに『高浜虚子』『虚子から虚子へ』『四季の詞』『続・四季の詞』など。  (講談社学術文庫・平井照敏編『現代の俳句』より)

 とある村外れの田中の小川。夜空には満天に散りばめられた天の川。その中で一台の水車がゆっくり回って水をくみ上げ、こぼしているというのです。水車の隣には製粉のための小屋があるのだろうか。それともただ田んぼに水を吸い上げているだけなのだろうか。
 飛び散る水玉。ギーコ、ギーコと回る水車の音、ザザーッとこぼれる水の音さえ聞こえてきそうです。一読背景が鮮やかに見えてくる視覚的、聴覚的な句です。

 昭和48年刊句集『蔦の葉』収録の一句です。シューベルトの歌曲『美しき水車小屋の娘』や唱歌『森の水車』などでおなじみ、何となく詩的なイメージのあるのが水車です。ただ雪深い東北では用いられなかったのか、私が育った山形では昭和30年代でも見かけることはありませんでした。
 また残念なことに、かつては用いていた地方でもどんどん撤去してしまって、今は影も形もないというケースも多いことでしょう。

 この句を味わう時忘れてならないのは、時代物の水車があるくらいですから、かなり過疎的な村だろうということです。あっても田畦道の何十メートルおきに一本の細い電柱、そして電柱の中途にほの暗く灯る汚れたカサの下の裸電球。辺りはほとんど漆黒の闇といっていいほどなのでしょう。
 夜空一面見えすぎるほどの星が煌いているはずです。不夜城的に皓々(こうこう)とした夜間照明で、星々はかき消されよく見えないというのではないのです。まことの「星読み」「月読み」は、漆黒の闇の中で仰ぎ見て行うべきもの。今日では到底不可能、したがって星の名句、月の名句も生まれにくい状況です。

 夜空には満天の天の川、地上では水車の大回転。実に絵画的です。天の川は古代中国の「銀河」「銀漢」以来、東アジアでは水の流れる川になぞらえられています。
 天の川には実は「天水」(てんすい)が流れているのであり、水車が水をあげるごとにその天水と触れ合い交じり合って、下にこぼれる時には今までの水の成分とは違った水となって流下する。この句の水車は、地の水に天の成分を加えるための装置であるように思われてきます。

 いっときなりとも心にそのような異化作用をもたらすものこそ、夜そして「天の川」です。白日の下(もと)の水車では(別の情趣があるとしても)、とてもそうはいきません。

 (大場光太郎・記)

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総理にふさわしいのは?

 -2回の共同会見。「マスコミ世論」と逆の印象を持った国民が多かったのでは?-

 民主党の代表選が本格スタートした1日の共同会見、2日の日本記者クラブ主催の公開討論会。2回にわたる小沢一郎と菅直人の会見によって、両候補の各政策の違いがはっきりしてきました。
 私はこの2回のうち、1日の共同会見の方しか見ることはできませんでしたが、1時間ほどの会見で、小沢、菅両候補の「格の違い」をはっきり感じました。多分私一人だけではなく、視聴した多くの国民がそう感じたのではないでしょうか。

 菅直人は現職の総理であるのに、終始落ち着かず余裕がなさそうに見受けられました。それに対して小沢一郎は、登場してから退場するまで終始どっしりと落ち着いていて泰然自若、春風駘蕩、どことなく王者の風格さえ漂っていました。

 この違いは政治的力量以前の人間的器量の違いというべきなのかもしれません。菅直人は並んで座っている小沢一郎の目には見えないオーラ、あるいはパワーに圧倒され、自分の劣勢を感じ取ったのか、話している時も視線が絶えずキョロキョロ動き回り焦点が定まっていないようでした。
 菅氏は現職の総理、対して小沢氏は今代表選によってその座をうかがおうかというチャレンジャーです。しかし同会見では見事立場逆転、攻守ところを変えていたというべきか、むしろ菅氏の方がチャレンジャーのように小沢氏を攻め立て、それに対して小沢氏が余裕綽々で受け止め、受け流す、そんな場面が何度もありました。

 内閣総理大臣という重責は言うまでもなく、日本という国を代表するトップリーダーです。例えば私たちがアメリカと言えば、とっさにオバマ大統領が思い浮かびます。このように総理在任中は、国内外から「日本の顔」とみなされる存在です。
 平時ならば盆暗(ボンクラ)総理でも構わないとしても、国が危機的状況にあればあるほど、人間的器量の大きい宰相であることが求められます。

 菅総理の「ボンクラぶり」がはっきり露呈したのが、先月我が国を襲った円高株安対応での無策ぶりです。その第一波が襲来した時、菅総理は事の重大さが呑み込めず、新米総理が一丁前に避暑を決め込み、軽井沢プリンスホテルの一室から動こうとせず何の指令も発しなかったのです。
 結果初動対応の不手際が、世界中に「日本は円高を容認している」との誤ったメッセージを与えることとなり、一時は83円台という超円高に突入、株価も9000円を割り込むなど、深刻な事態に立ち至ってしまったのです。

 円高株安で言えば、8月31日新聞各紙夕刊が一斉に(多分意図的に)「小沢氏出馬断念」という一面トップ見出しを打ちました。それに敏感に反応したのが株式市場で、株価は一挙に9000円台ぎりぎりまで値を下げたのです。それが「小沢氏出馬表明」となった翌日株価は跳ね上がり、1万円台を超えてしまいました。
 これは市場がいかに菅政権の退陣を強く望み、小沢政権に期待しているかの表れと見るべきです。経済界も徐々に「小沢首相待望論」が広がりつつあるといいます。
 いまだ態度を決めかねている議員や党員は、これらの動きを軽く見るべきではありません。

 「幻(まぼろし)無き国民(くにたみ)は滅びる」。前にも掲げましたが、旧約聖書中の有名な言葉です。この場合の幻とは「ビジョン」ということです。
 思えばバブル崩壊後の「失われた20年」、私たち国民は時のトップリーダーたちから、明確な「国家ビジョン」を与えられてこなかったのです。与えられてもこの国の隅々まで深刻な格差をもたらすような、ロクでもないものばかりでした。
 小沢一郎は明確な国家ビジョンを持った稀有の政治家といえます。ですから小沢氏の「国民の暮らしを守る政治」という言葉も、より説得力を増して感じられるのです。

 小沢一郎は決して多弁でも能弁でもありません。むしろ政治家としては口ベタの部類でしょう。しかし小沢氏が話す言葉には、力と説得力があります。それが証拠に1日の会見で小沢氏が、「地方への財源移譲を行うことで、今の補助金の6割程度で済む。それだけで消費税5%アップくらいの財源は生み出せる」と発言した途端、3日には早速全国知事会代表が小沢新総理(?)のもとを訪れ、要望書を提出するという反応が起こったのです。

 対して「ビジョン無き」菅総理が、いくら口で「雇用、雇用、雇用」と連呼しても、それは何ら具体的政策の裏づけのないものであり、虚しいスローガンにしか聞こえません。

 「政策論争」では到底勝ち目のない菅直人は、現職総理にあるまじく、小沢氏の「政治とカネ」問題をネチネチ攻め続けました。特に2日の日本記者クラブ討論会では、朝日、毎日、読売各紙記者も菅氏を援護するように、多くの時間を割いて愚にもつかない質問を繰り返したようです。
 これにはさすがに、菅陣営の口先猛女・蓮舫行革相すらも「見苦しい」と感じたのか、3日の閣議後の会見で「菅総理はあまり“政治とカネ”だけを問題にすべきではない」とたしなめる始末です。

 以上のようなことから、もう既に勝負は決したのではないか。私はそう感じた次第です。マスコミの作り上げた蜃気楼のような「菅支持世論」に幻惑されない、民主党各議員、党員サポーターの賢明な判断が望まれます。

 (大場光太郎・記)

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押尾学、裁判員裁判へ

 - 有名人初の裁判員裁判。加えて予想もつかない展開も有り得る? -

 3日午後1時半から、押尾学被告(32)に対する裁判員裁判が東京地裁で行われます。これは昨年8月2日東京・六本木ヒルズレジデンスの一室で発生した、銀座ホステス・田中香織さん(当時30)の死亡をめぐって、押尾被告の保護責任者遺棄致死罪を裁くものです。
 何せ元タレントという有名人を裁く初めての裁判員裁判というだけに、世間の注目を集めるのは間違いありません。

 押尾学は昨年8月3日、合成麻薬MDMAを使用した麻薬取締法違反(使用)の疑いで逮捕されました。東京地裁は同年11月、同法違反罪で押尾被告を執行猶予付きの有罪判決としました。
 また同12月には、死亡前の田中さんにMDMAを譲り渡したとして同法違反(譲渡)容疑で警視庁に再逮捕され、さらに今年1月には田中さんの容態が急変したのに必要な措置を取らず死亡させたとして、保護責任者遺棄致死容疑でも再逮捕されたのです。

 昨年12月の再逮捕後8ヶ月経過した現在も、押尾被告は東京・小菅の東京拘置所での生活を送ってきました。関係者によりますと押尾被告は、語学学習本の差し入れを希望し、空き時間にスペイン語や韓国語を勉強、また筋力トレーニングも続けているそうです。
 今夏の猛暑でやつれ気味には見えるものの、「オレは無罪だ」という目の輝きは失われていないといいます。これまでに13回開かれた公判前整理手続きにも、押尾被告はすべて出席したそうです。

 今回の裁判員裁判の争点は、保護責任者遺棄致死罪をめぐり、田中さんの容態急変後救命することが可能だったかどうかという点に絞られます。検察側は、急性の中毒症状を発症してから死亡するまで約1時間あったと見ており、「すぐ救急車を呼べば助かった可能性がある」と主張する方針です。
 一方弁護側は、「押尾被告は心臓マッサージなどの救護措置を取っている。また異変から死亡まで長くても30分程度しかなかった」として争う構えです。

 9月3日から17日の判決までの8回の公判で、調書(書証)など約90点の証拠採用が決定されています。また出廷する証人は19人にも上るといいます。検察側、弁護側それぞれが救命救急の専門医を証人に立てるほか、過去に押尾被告からMDMAなどの薬物を渡されたという複数の女性らが証人として出廷する見込みです。
 
 保護責任者遺棄致死罪の成否を判断するには、高度な専門知識をある程度理解する必要があり、裁判員は難しい判断を迫られそうです。
 ある専門家は「立証面で言えば、検察側の方がハードルが高い」と分析しています。検察側には、「この時間に救急車を呼んでいれば田中さんの命は助かった」ということを立証する必要があるからです。
 対して弁護側は、検察側立証に対する疑問を一つずつ提示すれば、「絶対に有罪といえるのかどうかという疑問を、裁判員に持ってもらえる可能性がある」というのです。
 ただ弁護側は、「事件が繰り返し報道されたことで、押尾を悪者視するイメージが定着しており、裁判員の先入観を払拭するのは困難」という最大のウィークポイントもあるわけです。

 ところで押尾学は、東京拘置所内で50ページにわたる「獄中ノート」を綴っており、8月7日付け女性誌『エッジ・スタイル』(双葉社)がその前編を独占公開しました。同ノートは裁判を強く意識した記述が目立つといいます。例えばー、
<厳しく罰し給う正義の裁き主よ。裁きの日の至るまでに 許しの恵みを施し給え>
など、押尾学は獄中ですっかり回心して信仰に目覚めたのか?と思われるような記述もあります。
 その一方で走り書きで、<今はヘビの生殺し状態。とても不安な状況>と心細さをのぞかせたり、<真実は一つ、その真実は曲げることはできない><死に物狂いで無罪を取る。負ける可能性が高くても真実にじゅん(殉)じていさぎよく戦って散ると言う覚悟で行く>などと反撃の姿勢も見せています。

 警視庁は田中さんの体から、押尾被告のほか2人の体液を検出したと言われています。未公開のノートには、事件当時にいたとされる例の有名なトップアスリートや大物政治家の息子との関係など、警察や検察とのやりとりで出た芸能界薬物ルートについても書かれているといいます。
 一部情報では、19人の証人の中には、その地方議員の名前も挙がっているといわれ、もし本当に彼らが法廷に立つことになれば押尾事件の新展開となり、民主党の代表選が霞むほどの大騒動となるのは必至です。
 同公判の成り行きには要注意です。

 (大場光太郎・記)

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民主党代表選スタート

 -今回の代表選は、民主党内の不毛な「7年抗争」を終わりにする絶好の機会だ-

 小沢一郎と菅直人が1日午前代表選への届出を済ませ、事実上の一騎打ちで14日の投票日まで2週間の選挙戦に臨むことになりました。
 直前に「党を二分する争い」「党分裂の危機」が懸念されたように、小沢一郎vs菅直人の対立構図は、以前からくすぶっていた党内の路線の違いが、今回の代表選をめぐる一連の両陣営の動きの中で、改めて浮き彫りとなったかっこうです。

 ここに至る経緯を簡単に振り返ってみましょう。
 今回に至る党内対立は、小沢氏が率いていた自由党が民主党と合体した2003年9月当初から始まったことです。当時の“ひよっこ”のような万年野党体質の民主党に、豪腕・小沢氏らが加わることによって、党内から「そのうち、ひさしを貸して母屋が乗っ取られるぞ」という小沢警戒論も渦巻いていました。
 しかし近未来政権を担いうる政党に脱皮すべく、当時の鳩山由紀夫代表の決断により、党内の異論を抑えて「民由合併」がなされたのです。

 07年前原誠司代表の時に起きた「偽メール事件」によって、民主党は小泉政権下の自民党から手を突っ込まれて解党直前まで追いつめられました。この危機的状況の中、前原の代表辞任を受けて新代表となったのが小沢一郎です。小沢代表はその豪腕ぶりをいかんなく発揮し、見事奇跡の党再生を果たしました。
 それが昨年8月30日の衆院選大勝利に結びつき、政権交代という歴史的大偉業の原動力となったのです。これは党内外の誰もが認めざるを得ない、小沢一郎の大功績です。

 民由合併から6、7年。豪腕小沢の力に恐れをなしてか、党内から表立った小沢批判は聞こえてきませんでした。しかしそんな状況を大きく変えたのが、年初に火を吹いた東京地検特捜部による小沢土地捜査問題です。検察と二人三脚であるかのように、新聞・テレビ各社も一斉に動きました。大鶴基成ら検察幹部のリークを垂れ流し、連日過剰な「推定有罪」的小沢バッシング報道を繰り広げたのです。
 そのような検察、マスコミの動きをもっけの幸いとばかり、最初に小沢口撃の口火を切ったのが老害・渡部恒三です。それに続いたのが、前原、仙谷、枝野、玄葉ら党のオリジナルメンバーでした。この姿はまさに、「虎の威を借る狐」「一犬吠えれば万犬吠ゆ」的醜い姿です。

 そこにはかつて野党時代に、小泉政権など自民党に鋭く切り込んでいった「正義の言論」のかけらもないわけです。検察の小沢捜査の不当性、マスコミの小沢報道の異様さ、それらに対する党内検証など完全に置き去りにされ、ただ一点「小沢排除」の「ためにする」口撃にすぎなかったのです。
 本来であれば、検察は霞ヶ関官僚群の一角、マスコミは財界の一角、共に改革の対象としなければおかしいのです。それを仙谷、前原、枝野らはあろうことか、それら悪徳旧勢力と内部から呼応して、旧勢力との対決を鮮明に打ち出している小沢一郎攻撃を始めたのです。

 そのような民主党のオリジナルメンバーが、卑劣にも旧勢力に内部呼応して鳩山・小沢政権を退陣に追い込み、代わってその総大将に祭り上げたのが菅直人です。ここから菅政権はクーデター的要素をもってスタートした、政権としての正当性への疑問が常に付きまとうわけなのです。
 それに政権発足後間もなく行われた参院選、菅総理は「菅政権に対する国民の審判としての選挙だ」と言明して臨みました。結果はどうだったのか。菅総理自ら何度も「お詫び」したとおり、菅氏自身の不用意な消費税発言により惨敗を喫しました。しかしお詫びは口先だけで、菅総理を含む執行部の誰一人その責任を取っていません。
 この政権は、とにかく幾重にも不誠実なのです。

 それはともかく。今代表選には以上のような民主党内の「7年抗争」が隠されているわけです。まさに党を二分しての小沢vs反小沢の対立構図です。
 図らずも今回、国民に見える形で民主党内の対立が尖鋭化しました。いつまでも内部で不完全燃焼的にダラダラくすぶり続けるよりも、表面化してきて良かったと思います。今回はっきりと雌雄を決すべき秋(とき)が来たのです。

 国民に日本社会全体にそして全世界に責任を負っている、日本国の責任政党として、もうこれ以上不毛な内部抗争を続けているべきではありません。小沢vs反小沢はただ単に小沢一郎個人の好き嫌いを超えて、マニフェスト、消費税、社会保障、景気対策、財源確保、普天間問題、対米外交など、個別の政策でも大きな違いとなって現われています。
 菅直人は今代表選のいわば引きたて役、主役はあくまでも小沢一郎です。今代表選は今後民主党は、「小沢一郎路線」を受け入れるのか、拒否するのか。その選択選挙です。

 もし14日の投票日に受け入れて小沢首相が誕生した暁には、もう二度と今年一連のような党内の足の引っ張り合いは止めていただきたい。そのエネルギーを国難的我が国の危機的状況打開のために結集していただきたい。鳩山前首相の提言のように、全国会議員一丸となって、小沢新首相を挙党一致で支えていくべきです。
 どうしても小沢体制を受け入れられないという議員は仕方ありません。「真の改革」の邪魔になるだけですから、速やかに党を去っていただきたい。代表選の事実上のスタートに当たって、今からそう念願しておく次第です。

 (大場光太郎・記)

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小沢氏出馬表明

 -一方が断念では不快指数が増すばかり。小沢氏の大英断に心からの拍手を !-

 31日午後5時15分頃から始まった、対決回避のかかった小沢氏と菅氏の会談は物別れに終わり、直後互いが出馬会見を行いました。現職の総理には申し訳ないながら菅氏のことはこの際どうでもいいとして。この一両日の党内外そして何よりマスコミの流す「出馬断念圧力」を見事はね返し、最終的に出馬を決意した小沢一郎氏には心からの賛意を表させていただきます。

 きょう9月1日は代表選告示日、そこであらためて正式な出馬表明ということになります。小沢氏はそこで「あっと驚くような政策を発表する」と側近に語ったそうですから、どんな会見内容となるのか楽しみです。
 
 これでもう代表選出馬に水をさすような動きはなくなり、後は14日の投票日までの2週間、小沢一郎vs菅直人のガチンコ対決あるのみです。
 今回の小菅会談は“やらずもがな”という感じがしないでもありません。しかし同会談が行われたことによって、互いに「代表選後はノーサイドで」を確認し合ったことにより、後々の不毛な党内対立、党分裂は避けられる見通しが立っただけでも有意義だったかな、という気はします。党分裂回避のためご尽力された、鳩山前首相の労にも敬意を表します。

 そもそも挙党不一致、小沢排除を画策してきた首謀者は、仙谷由人官房長官と枝野幸男幹事長の2人だったことは明らかです。この2人が党内外の誰もが憂える「党分裂」をつくり出した元凶なのです。
 小沢氏には03年自由党から民主党に合流してから今日まで、党を分裂してやろうなどという動きをしたことはただの一度もありません。他からは理解されずとも、常に「党のために良かれ」と思ってやってきたのです。菅政権が発足してからも、もし助言を求められれば喜んで協力したことでしょう。それを「小沢さんはしばらく静かに」発言で、頑なに拒んできたのは菅陣営の方なのです。

 どちらが勝っても、仙谷、枝野の要職からの追放は確定的でしょう。そして民主党に籍を置く限り、この2人が要職に復権することは金輪際ないことでしょう。すなわちこの2人は、自らの政治生命を失うような愚挙を、菅政権のもとで重ねてきたのです。
 その上小沢候補勝利の場合は、一連の党内小沢攻撃の口火を切った老害・渡部恒三は党内蟄居処分となることでしょう。岡田克也、前原誠司らについては、次世代のリーダーと見るのかどうなのか、それとも彼らを要職から外し、別に新たに原口一博らを後継者として養成するのか、小沢氏の腹案一つだと思われます。

 私たち国民有権者は、小沢一郎vsマスコミは「15年戦争」の最終局面にあることを深く認識すべきです。今年に限ってみれば、マスコミという悪徳旧勢力の仕掛ける「小沢潰し」の策動は熾烈を極めました。小沢捜査における土石流的小沢バッシング報道。それによる国民への小沢氏のダーティイメージの刷り込みの成功。小沢氏の幹事長辞任…。
 そして今回もし仮に、マスコミが意図的に流したように小沢氏の出馬断念というような事態になっていたら、悪徳旧勢力に党内から呼応している菅支持派はもとより、何よりマスコミにとっても思うツボ、決定的な勝利を与えてしまうところでした。

 しかし悪徳旧勢力のそんな悪だくみを見抜いていた小沢一郎は、それを水際で食い止め、小菅会談後の堂々の出馬会見となったのです。
 今次の小沢対マスコミの“ハルマゲドン(最終決戦)”は、小沢氏が代表選に勝利し、小沢新首相が誕生することをもって完結すべきものです。今後2週間マスコミ各社による小沢首相阻止の妨害活動は、ますます激しくなることが予想されます。何が起きるか予断を許しませんが、少なくとも今まで連戦連敗だった小沢氏側が、悪徳勢力との戦いで、今回大きな勝利ポイントを得たと見ていいのではないでしょうか?

 9月を迎えいよいよ本式にスタートする代表選では、小沢氏、菅氏とも、マニフェストに対するスタンスはどうか、霞ヶ関官僚改革をどう進めていくのか、国難ともいえる円高株安をどう乗り切っていくのか、景気対策はどうか、どのような道筋で財政再建を進めていくのか、普天間問題をどうするのか、アメリカ外交はどうあるべきか、近隣諸国外交は…などなど、個別具体的な政策をめぐって、国民に分かりやすい形での政策論争を活発にやっていただきたいものです。
 特に菅陣営には、くれぐれも新たな抗争の火種となるような、卑劣な誹謗中傷合戦に終始することのないよう強く望みたいと思います。

 (大場光太郎・記)

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