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日本雛型論

 -この論は現日本人が亡失した重要な何かを与えてくれるかもしれない-

 今回の一連の尖閣諸島問題がニュースを賑すようになってから、ふっと思い出したことがあります。それは今回取り上げます「日本雛型論」です。と言っても、多くの方は何のことかさっぱり分からないことでしょう。そこで改めて、同論を以下でご紹介してみようと思います。

 「日本雛型論」の主旨はごく簡単に言えば、「日本は世界の雛型である」「日本の州と世界五大陸などは大小の相似形をなして対応している」ということです。その対応をズバリお示しするのが一番分かりやすいかと思います。日本各州と世界各大陸との対応は以下のとおりです。

   北海道  = 北アメリカ (大陸-以下同じ)
   本 州 = ユーラシア
   四 国 = オーストラリア
   九 州 = アフリカ
   台 湾 = 南アメリカ

 実際日本地図と世界地図を見比べてみますと、なるほど見事なばかりにそれぞれが相似形をなしていることに驚かされます。そして驚くのはこれだけではありません。日本各地の海や湖、半島、都市など細部に至るまで、世界のどこかの海、湖、半島、都市との対応が見られるのです。
 そのうち代表的なものだけを列記してみます。
 札幌市 = ワシントン、小樽市 = ニューヨーク、男鹿半島 = カムチャッカ半島、仙台市 = 北京、牡鹿半島 = 朝鮮半島、富士山 = エベレスト(チョモランマ)、紀伊半島 = アラビア半島、伊勢湾 = ペルシャ湾、伊勢市 = エルサレム、琵琶湖 = カスピ海、瀬戸内海 = 地中海etc.

 ただここで注釈が必要な点が一つあります。それは「台湾」が日本の州の一つに加えられていることです。お察しかと思いますが、同論が広められたのはかなり昔のことです。もっと言えば明治後期から昭和戦前までのことです。
 その間の日本と台湾の関係がこの論には出ているのです。日清戦争で大日本帝国(当時)が清国に勝利したことにより、1895年(明治28年)から第二次世界大戦による敗戦まで、台湾は日本統治下にありました。その間、一昨年新春記事『児玉神社参拝記(1)』でも触れました日露戦争の英雄・児玉源太郎や後藤新平らが台湾提督に就任したこともあります。

 戦後台湾は中華民国という国が実効統治しています。そのため今日「日本雛型論」を語る場合、大っぴらに台湾を出さずに「南アメリカ大陸 = 淡路島」と小さな声で語られることもあるようです。しかし南米大陸という大大陸と比定するに淡路島では、いかにもスケールが小さすぎる嫌いがあります。

 ところで我が日本列島の原型が形作られたのは意外にも古く、今から4、5億年も前のことだそうです。以来悠久の歳月を経て大陸と地続きだったり、離れたりしながら、プレートテクニクス理論による大陸プレートと太平洋海洋プレートとのせめぎ合いの中で、徐々に日本列島としての輪郭が現われてきたわけです。
 そしてほぼ現在の日本列島が出来上がったのが、最終の氷河期が終わった更新世から完新世の初頭、約1万3000年から1万2000年前だったといわれています。
 他の五大陸など主だった陸地も、ほぽその頃には、現在の世界地図に見られるような形になっていったものと考えてもよいのでしょう。

 それは一見単純な地球物理学的、地質学的変遷の結果であるように思われます。しかし日本各州、各地と世界各大陸、各地の驚くべき相似形を見せつけられると、そこに厳然たる“何様”かの御意思を感ぜずにはおられないのです。  (以下「続」につづく)

 (追記)『日本雛形論』というサイトが、日本と世界の対応地図を分かりやすく表示しています。また各地の詳細な対応表も掲げられています。
  http://oxtagon888.web.fc2.com/world/hinagataron/top.html

 (大場光太郎・記)

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