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「代表選」メディア狂騒曲第3楽章

 - 今この国はすべての政治状況をメディアが決める「世論独裁」国家となっている-

 良し悪しは別として、今日国政レベルの選挙は「メディア選挙」の様相を呈しています。これはそもそも1960年の米大統領選で、ケネディ(民主党)とニクソン(共和党)が争った際テレビ討論が初めて導入され、見栄えの良さでケネディ候補が世論の圧倒的な支持を得て大統領選に勝利したことに始まります。
 「アメリカで起こったことは10年後に日本でも起こる」といわれる現ニッポンでも、近年メディア選挙が大流行しています。
 
 事がそれだけならば、戦う両陣営の“メディア戦略”の優劣の差ということで、第三者がとやかく目くじらを立てるには及びません。
 しかし国の命運を左右しかねない大事な選挙戦にあたって、厳に「公平中立な報道」であるべき新聞・テレビなどのメディアが、どちらか一方の陣営を積極的に支持する(他方を積極的に排除する)意図をもった報道に終始するとなると、これは由々しき問題です。今回の民主党代表選では、実に新聞・テレビがまるで代表選に自ら参入しているかのような、意図的報道があまりにも露骨であることが大問題なのです。

 悪徳旧勢力のメディアにとっては、今代表選に小沢一郎が立候補したことが何よりの大誤算だったのです。仮に小沢首相誕生ともなれば、メディアも改革の対象となり、官房機密費の授受など彼らの旧悪は暴かれ、護送船団方式で護られてきた諸権益が消滅することを彼らは何より恐れているのです。
 そのため大メディアは彼らの権益代弁総理・菅直人の再選に向けて、代表選終盤いよいよ小沢陣営たたきが一段と熾烈になってきています。

 新聞・テレビには小沢バッシングのための切り札があります。小沢一郎に対する「政治とカネ」問題です。そもそも「政治とカネ」なる用語は、東京地検特捜部の捜査に端を発した一連の報道で、大メディアが創り出した造語にほかなりません。それをメディアは連日連夜連呼して、国民有権者にイヤというほど刷り込んでいったのです。
 昨年春の西松建設事件以来今年の世田谷土地購入問題に至るまで、小沢氏側には特に事件化すべき疑惑などそもそも存在せず、10日無罪判決が出された村木厚子元厚労省局長事件のように、検察の一連の捜査は官憲による「小沢潰し」のための不当な謀略捜査だったことが徐々に明らかになりつつあります。

 一連の小沢捜査の真実をまったく検証せず、自分たちが作り上げた小沢氏にまつわる「政治とカネ」という虚構を執拗に繰り返す。これはもうメディアという権力による「世論独裁」とでも呼ぶべきです。
 これまでの「推定有罪」報道によって、「小沢一郎 = 悪人」というダーティイメージが多くの国民に刷り込まれ、世論調査のたびに「小沢氏の代表選出馬を支持する…15%」などの極端な数字となって現われているのです。
 これは新聞・テレビというモンスター化した言論機関による、暴力的な政治介入というべきなのではないでしょうか?

 このような世論独裁、暴力報道によって形成されるのが、今次「世論調査」の実態なのです。そこでは予め国民有権者に植え付けた小沢氏のダーティイメージに加え、誘導的な質問が繰り返されます。とても真の民意を反映した世論調査などと呼べる代物(しろもの)ではないのです。
 ところが新聞・テレビが国民の情報源の“シェア”を独占している状況では、このような歪んだ「世論操作」が唯一絶対の世論としてまかり通ってしまうのです。実際は小沢氏が言明したように、世論調査とは言ってもそれ以外にネット世論調査など各種の調査が存在し、そこでは「マスゴミ世論調詐」とは真逆の結果となっており、むしろこちらの方が「真の民意」を捉えていると見るべきなのです。

 ところで今回使用しました「世論独裁」という用語は、最近フリージャーナリストの上杉隆氏が、「DIAMOND ONLINE」(ダイアモンド社のビジネス情報サイト)のコラム「週刊・上杉隆」の『民主党議員よ、官報複合体に作られた「世論」に惑わされることなかれ』の中で用いているものです。
 なお当ブログでも時折り使わせていただいている「官報複合体」という用語も、元々は上杉氏の造語のようです。
 同記事の中で同氏は、以下のような正鵠(せいこく)を得た一文を述べています。

 - 「世論」は常に正しいとは限らない。1933年のヒトラー登場も、1941年の太平洋戦争も、1970年のベトナム戦争も、2003年のイラク戦争も、当時はすべて「世論」の圧倒的な後押しがあった。そうした「世論独裁」が国民を不幸な戦争に引きずり込んだのである。
 政治家に求められるのは、場合によってはそうした「世論」に逆らっても、「にもかかわらず」と言い切る信念によって、決断することではないか。
 これは筆者の言葉ではない。約90年前の1919年、ドイツのマックス・ウェーバー(※大場注-経済学者)がその講演の中で語った言葉である。- (以上引用終わり)

 今代表選、小沢一郎対菅直人というよりは、小沢一郎対大メディアの「15年戦争」のハルマゲドンの様相をいよいよ呈してきています。最終戦争にふさわしく、大メディアの攻勢は終盤戦に臨んでますます熾烈の度を加えてきているのです。

 (大場光太郎・記)

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