« 押尾学、裁判員裁判へ | トップページ | 天の川と水車 »

総理にふさわしいのは?

 -2回の共同会見。「マスコミ世論」と逆の印象を持った国民が多かったのでは?-

 民主党の代表選が本格スタートした1日の共同会見、2日の日本記者クラブ主催の公開討論会。2回にわたる小沢一郎と菅直人の会見によって、両候補の各政策の違いがはっきりしてきました。
 私はこの2回のうち、1日の共同会見の方しか見ることはできませんでしたが、1時間ほどの会見で、小沢、菅両候補の「格の違い」をはっきり感じました。多分私一人だけではなく、視聴した多くの国民がそう感じたのではないでしょうか。

 菅直人は現職の総理であるのに、終始落ち着かず余裕がなさそうに見受けられました。それに対して小沢一郎は、登場してから退場するまで終始どっしりと落ち着いていて泰然自若、春風駘蕩、どことなく王者の風格さえ漂っていました。

 この違いは政治的力量以前の人間的器量の違いというべきなのかもしれません。菅直人は並んで座っている小沢一郎の目には見えないオーラ、あるいはパワーに圧倒され、自分の劣勢を感じ取ったのか、話している時も視線が絶えずキョロキョロ動き回り焦点が定まっていないようでした。
 菅氏は現職の総理、対して小沢氏は今代表選によってその座をうかがおうかというチャレンジャーです。しかし同会見では見事立場逆転、攻守ところを変えていたというべきか、むしろ菅氏の方がチャレンジャーのように小沢氏を攻め立て、それに対して小沢氏が余裕綽々で受け止め、受け流す、そんな場面が何度もありました。

 内閣総理大臣という重責は言うまでもなく、日本という国を代表するトップリーダーです。例えば私たちがアメリカと言えば、とっさにオバマ大統領が思い浮かびます。このように総理在任中は、国内外から「日本の顔」とみなされる存在です。
 平時ならば盆暗(ボンクラ)総理でも構わないとしても、国が危機的状況にあればあるほど、人間的器量の大きい宰相であることが求められます。

 菅総理の「ボンクラぶり」がはっきり露呈したのが、先月我が国を襲った円高株安対応での無策ぶりです。その第一波が襲来した時、菅総理は事の重大さが呑み込めず、新米総理が一丁前に避暑を決め込み、軽井沢プリンスホテルの一室から動こうとせず何の指令も発しなかったのです。
 結果初動対応の不手際が、世界中に「日本は円高を容認している」との誤ったメッセージを与えることとなり、一時は83円台という超円高に突入、株価も9000円を割り込むなど、深刻な事態に立ち至ってしまったのです。

 円高株安で言えば、8月31日新聞各紙夕刊が一斉に(多分意図的に)「小沢氏出馬断念」という一面トップ見出しを打ちました。それに敏感に反応したのが株式市場で、株価は一挙に9000円台ぎりぎりまで値を下げたのです。それが「小沢氏出馬表明」となった翌日株価は跳ね上がり、1万円台を超えてしまいました。
 これは市場がいかに菅政権の退陣を強く望み、小沢政権に期待しているかの表れと見るべきです。経済界も徐々に「小沢首相待望論」が広がりつつあるといいます。
 いまだ態度を決めかねている議員や党員は、これらの動きを軽く見るべきではありません。

 「幻(まぼろし)無き国民(くにたみ)は滅びる」。前にも掲げましたが、旧約聖書中の有名な言葉です。この場合の幻とは「ビジョン」ということです。
 思えばバブル崩壊後の「失われた20年」、私たち国民は時のトップリーダーたちから、明確な「国家ビジョン」を与えられてこなかったのです。与えられてもこの国の隅々まで深刻な格差をもたらすような、ロクでもないものばかりでした。
 小沢一郎は明確な国家ビジョンを持った稀有の政治家といえます。ですから小沢氏の「国民の暮らしを守る政治」という言葉も、より説得力を増して感じられるのです。

 小沢一郎は決して多弁でも能弁でもありません。むしろ政治家としては口ベタの部類でしょう。しかし小沢氏が話す言葉には、力と説得力があります。それが証拠に1日の会見で小沢氏が、「地方への財源移譲を行うことで、今の補助金の6割程度で済む。それだけで消費税5%アップくらいの財源は生み出せる」と発言した途端、3日には早速全国知事会代表が小沢新総理(?)のもとを訪れ、要望書を提出するという反応が起こったのです。

 対して「ビジョン無き」菅総理が、いくら口で「雇用、雇用、雇用」と連呼しても、それは何ら具体的政策の裏づけのないものであり、虚しいスローガンにしか聞こえません。

 「政策論争」では到底勝ち目のない菅直人は、現職総理にあるまじく、小沢氏の「政治とカネ」問題をネチネチ攻め続けました。特に2日の日本記者クラブ討論会では、朝日、毎日、読売各紙記者も菅氏を援護するように、多くの時間を割いて愚にもつかない質問を繰り返したようです。
 これにはさすがに、菅陣営の口先猛女・蓮舫行革相すらも「見苦しい」と感じたのか、3日の閣議後の会見で「菅総理はあまり“政治とカネ”だけを問題にすべきではない」とたしなめる始末です。

 以上のようなことから、もう既に勝負は決したのではないか。私はそう感じた次第です。マスコミの作り上げた蜃気楼のような「菅支持世論」に幻惑されない、民主党各議員、党員サポーターの賢明な判断が望まれます。

 (大場光太郎・記)

|

« 押尾学、裁判員裁判へ | トップページ | 天の川と水車 »

時事問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 押尾学、裁判員裁判へ | トップページ | 天の川と水車 »