« 日本雛型論 | トップページ | 愛猫の死 »

続・日本雛型論

 -各分野の「劣化」著しい現ニッポン。日本の真使命を思い出す「時は今 !」-

 前回の『日本雛型論』記事では、日本の国土全体が「世界の雛型」になっていること、日本列島の各州を変換すると「世界五大陸の縮図」となることをご紹介しました。

 「日本雛型論」を広く知らしめたのは、大本聖師・出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)です。大本の機関誌『神霊界』(大正6年1月から刊行)に発表された「大本神歌」という予言詩の中で、同論について以下のように歌っています。
 「日出る国の日の本(ひのもと)は、全く世界のひな型ぞ。(中略)わが九州はアフリカに、北海道は北米に、台湾島は南米に、四国の島は豪州(オーストラリア)に、わが本州は広くして、欧亜(ユーラシア)大陸そのままに、地形を止むも千早ぶる、神代の遠き昔より、深き神誓(ちかい)の在(おわ)すなり」。

 この日本と世界の不思議な相似形を唱えたのは、出口王仁三郎が初めてではないらしく、出口聖師に先行する言霊(ことたま)学者の大石凝真素美(おおいしごり・ますみ)やその弟子の水谷清(みずたに・きよし)らによって発見されたと考えられています。
 さらに溯れば、江戸時代末期の国学者・平田篤胤(ひらた・あつたね)や、古神道の“鎮魂帰神法”を幕末から明治初期に甦らせた本田親徳(ほんだ・ちかあつ)なども、「内八州史観」「外八州史観」という近似した考え方をしていましたから、日本雛型論の萌芽はこれらの人たちに既にあったとみるべきです。

 ただ出口王仁三郎は、あらゆる近代日本の霊的成果の結集点と形容してもいいような、途方もない霊的巨人です。よってこの論でも出口聖師の果たした役割は非常に大きなものがあります。
 「大本なければ今日の日本の新宗教はなかった」と言われるほど、教義の制定、宗教組織を本部、支部など会組織に編成すること、機関誌紙の発行、布教活動のマニュアル化、海外支部の創設などなど、大本は現代宗教結社のすべての基礎を創ったと言われています。
 そのため今でも「大本」に関心のある人たちの多くは、大本は「大本教」という宗教法人として認識しています。

 ところが出口直(でぐち・なお)教祖を補佐する立場だった出口王仁三郎は、「大本は宗教などでは断じてない」とごく親しい関係者に漏らしていたというのです。そういえば大本は、大正時代と昭和初期のある時期、名称も「皇道(こうどう)大本」と変更して、出口聖師の大号令のもと本来の宗教活動から大きく逸脱したような「政治的活動」を大々的に展開した時期がありました。
 それゆえ後に、「近代世界宗教史上類を見ない大弾圧」と評された「二度の国家弾圧」を受けることにもなったのです。

 さて「大本は宗教ではない」というのなら、一体何だったのでしょう?昭和10年の二度目の弾圧を経験したある大本関係者は、「大本の真の目的は、現界における“神劇団”で、出口聖師は神の地上代行者だった」と説き明かしています。さらに続けて、「大本は、神界→幽界→現界と縦三段に移写された神の御意思を、大本→日本→世界へと横三段に拡大させるための神劇(型示し)をすることが目的だった」と説くのです。
 それを暗示するように、出口直に降ろされた『大本神諭(しんゆ)』の中には、「大本は日本と世界の型をするところ」とか「大本で起きたことはやがて日本と世界に現われていくから、箸一つ転げたことでも書き留めておいてくだされよ」というような神示がたびたび見られます。

 そこで登場してくるのが「雛型(ひながた)」という考え方です。出口王仁三郎という霊的巨人を媒体として、神界からの極秘指令を受け取ります。これは「艮の金神(うしとらのこんじん)」、真の御名は国常立大神(くにとこだちのおおかみ)からの「世の立替え、立直し」という最重要指令なのです。詳細は省くとして、神幽現三界の神秘極まりない「立替え、立直し」には、現界で神の御意思を受けて、「型示し」のために働く神人たちがどうしても必要だったのです。
 現世に満ち満ちていた邪神邪霊の妨害を食い止めるためには、大本の本質が「神劇団」であることを公表してはいけません。そのため真の目的は出口聖師以下ごく少数の者に留められ、世間的には善男善女が集う宗教団体を装う必要があったのです。

 大本の活動の本質そのものが「雛型」だったということです。そこではもちろん「日本雛型論」はただの理論理屈ではなく、文字通りの大前提としてそれを踏まえて展開されていたのです。京都の綾部(あやべ)、亀岡という大本の二大聖地をはじめ、大本の全国の活動拠点は皆悉くそれに則って造営されたのです。
 そして大神の強力な磁場(じば)に吸い寄せられるように集まった大本信者はもとより、大本にたまたま関係することになった有名人・知識人、そして二度の大弾圧を加えた旧天皇制国家そのものが、「立替え」「立直し」の目的遂行のために使われたと言えるのです。

 実際大本の歩みが、当時の日本そして世界の動向とどうリンクしていたのか?というようなことについてはまた別の機会に述べてみたいと思います。

 【付記】 私たちは「日本雛型論」を知って、戦前のような誤った「日本中心思想」「国粋主義」に陥ってはいけません。オリオン座から降臨してきたという出口王仁三郎は、そんな偏狭なナショナリズムとは無縁な「宇宙的グローバリズムの人」でした。
 ただそのような国土の上に生かされている、私たち日本国民の「世界平和」に果たすべき使命の重さにはよくよく想いを致すべきだと考えます。  - 完 -

 (大場光太郎・記)

|

« 日本雛型論 | トップページ | 愛猫の死 »

日本霊学、日月神示」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 日本雛型論 | トップページ | 愛猫の死 »