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ドナウ川のさざなみ

  秋の夜に良き音楽などを聴き入りて独り過ごすを至福となせり  (拙歌)

 最近少し得した気分になることがありました。というのも、ネット上でウインナーワルツの名曲『ドナウ川のさざなみ』の良い演奏のMP3サイトを見つけたからです。(サイト名は『癒しの音楽「ギャラリー田麦庵」』。他に『シューベルトのセレナード』やトセリの『嘆きのセレナード』など20数曲あり。)

 クラシック曲などあまり聴かない私にしては珍しく、この『ドナウ川のさざなみ』は“お気に入り”の一曲なのです。こういう名曲というものは、特別学校で教わらなくても、小中学生の頃どこかでそのメロディが流れていて、いつしか自然に覚えていったものと思われます。

 それが鮮烈にこの曲が迫ってきたのは、今から15、6年前私が45歳頃のことでした。当時『世界名曲集』というようなカセットテープの一巻を求めたのです。クラシックでもポピュラーな軽音楽系の名曲ばかりを収めたテープです。その中には例えばバッハの『G線上のアリア』、マスネの『タイスの瞑想曲』、サンサーンスの『白鳥』といったおなじみの曲が収録されていました。

 その中に『ドナウ川のさざなみ』もあったのです。そして改めてこの曲を聴くほどに、その切ないばかりの哀愁の調べにたちまち魅せられてしまいました。演奏がフルオーケストラで、その迫力がまた胸にググッと迫ってくるのです。上にあげた各曲ももちろん好きなのですが、とりわけ当時はこの曲を繰り返し聴きました。
 その後しばらくしてカセットレコーダーかテープかがダメになり、その名曲集もとんと聴けずじまいでした。ただその後も時折りふと、『ドナウ川のさざなみ』のメロディの一節が鮮烈に甦ってくることがあるのです。

 そこで何年か前『ネットなら何でもあるだろう』と、どこかのサイトで同曲の良い演奏がないだろうかと、音楽サイトをあたってみました。確かにあることはあり、それらを片っ端から視聴してみました。そのうち3曲ほど“お気に入り”に入れましたが、いずれも軽音楽的アレンジばかりで、カセットテープで聴いたようなうち震えるような感動にはほど遠いものばかりでした。

 ところで少し前の話しながら、今年7月7日『たなばたさま』にコメントを寄せられた方がおられます。その前半部分を掲載させていただきます。

はじめまして。
aostaと申します。
「ドナウ川のさざ波」を探していて大場様の音楽室にたどり着き、こちらのブログまで足をのばさせて頂きました。
私の好きなオランダのアニメーション映画「岸辺のふたり」に使われていたこの曲、昔は実家のSPレコードで何回も聴いたものですが、最近はほとんど耳にすることがありません。
こうして聴きなおしてみると、何とも言えない郷愁を感じる曲ですね。(以下省略)

 おっしゃっている、私の「音楽室」というのは、私にはよく分かりかねるところです。あるいは『名曲-所感・所見』カテゴリーのことなのか、以前多くコメントを残した『二木紘三のうた物語』のことなのでしょうか?
 いずれにしましてもこの方にとって『ドナウ川のさざなみ』は、少女時代からの懐かしい思い出の名曲のようです。そもそもルーマニアのJ・イヴァノヴッチが作曲したこの曲は、その哀愁を帯び、感傷的でロマンチックな旋律から、日本人の心に強く訴えかけるものがあるらしく、『月は霞む春の夜』という歌詞もつけられるほど、以前は我が国で人気の高かった曲のようです。

 私が何日か前冒頭の音楽サイトを見つけたのは、「こうして聴きなおしてみると」というこの方のコメントがふと思い出されたからです。『ひょっとして、どこかのサイトで良い演奏のがあるのかな?』。aosta様が見つけられたのも、多分このサイトでしょう。なかなか良いmp3演奏です。
 ところでaosta様言われますように、今ではほとんど聴かれることがなくなりました。ネットでたいがいのクラシック曲を収録してある音楽サイトでも、この曲は入っていません。
 当今流行りの、世界を「君と僕」だけのものにしてしまった“J-POP”とやらを耳にするにつれ、どうやら日本人は、以前のような豊かな叙情性を放棄してしまったようで大変残念です。

 (大場光太郎・記)

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