愛猫の死
十月の二日愛猫帰幽(きゆう)せり (拙句)
2日朝方長年可愛がってきた愛猫(あいびょう)が死にました。おととし6月3日の『猫びしょ濡れで…』記事で、真夜中大雨の中びしょ濡れで外から帰ってきたあの猫です。同記事でもご紹介しましたが、我が家の親子猫の2匹のうちの子猫の方です。
親猫(名前はミー)は既に13歳8ヶ月くらいですが、病気知らずで至って元気。逆に12歳5ヵ月余と少し若い子猫の方が先に死んでしまったのです。これまで病院に連れて行ったことが3度ほど、もっぱら子猫のみ。先天的に少し弱いところがあったようです。
生まれた時の正式な名前(?)は「チョロ」。しかし2、3歳頃からどうしてだか「ズンズ」という通称で呼びはじめ、以後その変な呼び名で通してきました。亡母が猫好きだった影響もあって、我が家では今まで多くの猫を飼ってきました。しかしこの猫ほどユニークで愛嬌のある猫は、後にも先にも初めてです。
平成12年7月4日、母親ミーと当時近所を徘徊していた“ノラクロおやじ”の野良猫との間に生まれた4匹の1匹でした。私の部屋の洋ダンスの中で生まれたのです。他の3匹は毛並みも整って可愛らしいのに、この猫だけは三毛猫崩れで、顔の造作(ぞうさく)や頭部の模様など女猫にしては器量悪し。
その上目も開かないうちから、他の兄弟、姉妹を押しのけて親の乳房を吸うずうずうしさ。それでその時は、『この猫はどうでもいいな』とばかりに「チョロ」という適当な名前をつけたのでした。
しかし奇妙なものです。当家では小さい時から自由に外に出していますが、他の猫は可愛い真っ盛りの2、3ヵ月から1歳半くらいまでに1匹ずついなくなり、結局気がついた時にはどうでも良かったはずのズンズ(チョロ)だけが残ったのです。
仕方なしに付き合ってみますと、これが意外に面白い面を持っていることを再発見したのです。以来当家にあっては、一気に「アイドルキャット」に昇格して現在に至ったのでした。私も存分に愛情を注いできましたし、ズンズも時々に愛嬌十分のパフォーマンスで応えてくれるという大活躍の歳月でした。
親猫ミーは、あまりパフォーマンスをしない普通の猫でしたので、どうしても私の関心はズンズの方に向かいがちでした。
そんな愛猫の死ですから、相当ショックを受けています。しかし突発的な死というわけでもなく、この半月ほど兆候は徐々に現われていたのです。ズンズは生まれた時から食欲旺盛、親猫のエサを横取りする勢いでした。かといって親猫は肥満体なのに、ズンズはいくら食べても太らない痩せ型のタイプでした。
それが、その頃から両脇腹がふくれ出したのです。何も知らない私は、求めるまま食パン切れなどを与えたため、便秘にでもなったのかと思っていました。
縮まるどころか、いよいよバンバンにふくれ上がった先週の9月25日(土)夕方、思い余って近所の動物病院に連れて行きました。老先生は一見するなり、「便秘ではなく腹膜炎ですよ。ふくれているのはそのせいで、中に腹水(ふくすい)がたまってるんです。最近あまりモノを食べないでしょ?内臓が圧迫されて苦しいからなんです」というような見立てでした。
そして「今回は水抜きの処置をしますが、こうなったらあまり長いことありませんよ。人間でも老年で腹水がたまると末期だというでしょ?それと一緒です」と、飼い主としては思いもかけぬドキッとするようなことをさり気なくおっしゃいます。
とにかくそれを承知で腹水を抜いてもらいました。専用の注射器を下わき腹に差し込んで、1回50ccずつ繰り返し抜くのです。猫一倍警戒心の強い子ですが、弱っているせいか診察台でおとなしくされるがままです。20、30分間側の洗面器半分弱、血が混じった赤い水1.5~2ℓくらいが抜けました。「こっちに栄養が取られて栄養失調気味になることも長くない要因」とのことでした。
案の定、それ以降目に見えて衰弱していきました。かつての食欲旺盛ぶりはどこへやら。食べ物を近づけてもほとんど食べず、ベランダや各室の一隅で日がな一日うずくまっているばかり。
以前なら私が外から帰って玄関ドアを開けると、既にテレパシックに察知してちゃんと待っていたものでした。それがその頃では、奥の部屋から出てくるのは親猫ばかり。実に寂しいものです。
それでも2、3日経って少し元気回復し、少し物を食べるようになり、動きも何となく活発になってきました。『さては快方に向かうのか?』との期待も虚しく、9月30日(木)激しい嘔吐が始まりました。見れば食べ物ではなく、主に水分そして黄色い胃液のような液体です。それから急速に衰弱し、以後3度ほど嘔吐を繰り返し、遂に2日朝方の死となりました。
嘔吐こそありましたが、昨夜(1日夜)以来命の火が徐々に消えていくように、穏やかに死んでくれたのが何よりです。
12年余ですから、十分長く生きてくれたというべきです。しかしその歳月もこうなってしまえば、あっというつかの間でした。ある程度覚悟はしていたものの、あまりにもあっけない死だったなという感じがします。しかしいつどうなるか分からない命、これがペットなど小動物の哀しさです。
思えば生まれた時から死までを見届けたのは、この猫が初めてです。肝心のズンズそのものは、この先ずっと非在。なのに当家の中はもとより、居住地周辺にはズンズの残した刻印で溢れています。当分その残像がひょいと甦っては喪失感に浸ることになるのでしょう。
(大場光太郎・記)
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