« 「sengoku38」の衝撃 | トップページ | 時の話題(10) »

ドラマ『15歳の志願兵』

 - 幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました   中原中也『サーカス』より -

 7日(日)夕方6時過ぎ、外出していた午後2時頃からの当ブログアクセス推移を確認しました。すると、4時から5時台でそれまでよりグ~ンと訪問者数及びアクセス数が急増していることに気がつきました。
 こういうことは過去に何度もありました。そしてその原因はいつも決まって「テレビ」なのです。つまり何かの事件やニュースをテレビ番組で取り上げる、するとそれを観て何か思うところあった一部の視聴者が、ネットでそれについてもう少し知りたくなる、それで検索などにより該当するブログなどを訪問するということです。

 そういうケースで多いのは、やはり“事件モノ”や“政治モノ”です。そこで私は今回の場合、やはり今関心の高いのは尖閣問題、すると直前の『sengoku38』へのアクセスかなと思いました。

 そんな予想を立てて、もう少し詳しくアクセス動向をたどってみました。すると思いもかけないことに、アクセスが集中していたのは9月の『巷に雨の降るごとく』だったのです。「時事問題」や「映画・テレビ」という定番ではなく、地味な「名詩・名訳詩」カテゴリー記事の一つです。
 「名詩・名訳詩」「名句鑑賞」「和歌・短歌鑑賞」などは、時事問題や映画・テレビなどより直接的に私の文章力、読解力、見識などがハッキリ判ってしまいます。そこでそれらの鑑賞文作成には、いつにも増して力を傾注してまとめているつもりです。それゆえ私としては何を差し置いても、この分野の記事こそ真っ先にお読みいただきたいと考えているのです。

 ですから何がキッカケか分からないものの、そのうちの一記事がこうして多くの人に集中的に読んでもらえるとあれば、これに過ぎる幸せはないわけです。
 しかしそれにしても、何で今頃『巷に雨の降るごとく』?11月という晩秋の季節柄、一人、二人の人が何気なく「巷に雨の降るごとく…」の一節をふと思い出してというのなら分かります。しかし今回の場合、1時間当たり何十人もの人が「巷に雨の降るごとく」「巷に雨の降るごとく」「巷に雨の降るごとく」…なのです。
 どうしてなんだろう?理由がさっぱり分かりませんでした。

 しかしある人の検索フレーズをたどって調べたところ、何が原因だったのか遂に分かりました。それはNHK総合テレビドラマ『15歳の志願兵』にあったのです。
 『あヽそうか !』。なるほど納得です。というのも、同ドラマかつて私も観たからです。そういえば思い出しました。「巷に雨の降るごとく」のヴェルレーヌ(堀内口大學訳)の詩は、ドラマの重要なシーンで読まれていたのでした。

 『15歳の志願兵』は、毎年恒例のNHKスペシャル終戦特集ドラマとして、今年の8月15日の終戦記念日の夜に放映されたものです。昨年の『気骨の判決』も観た直後記事にしました。今回の同ドラマも余韻の深いもので、『いつかは記事に…』と考えながら日が経ってしまいチャンスを逃したのでした。
 それが7日午後4時~5時15分に再放送となったもののようです。それを観た人で『何と良い詩なんだろう』というように思った人が、もっと深く知りたくなってネット検索、そして同詩を取り上げた当ブログ記事にたどり着いたということのようです。
                       *
 折角ですから、ドラマ『15歳の志願兵』について、以下に述べてみたいと思います。
 キャッチコピーが「友だちがいた。夢があった。だが、戦争があった」であるこのドラマは、これまでの同企画同様戦時中の実話をもとに作られたドラマであるようです。原案は江藤千秋という人の『積乱雲の彼方-愛知一中予科練総決起事件の記録』。
 江藤氏自身、愛知一中(現愛知県立旭丘高等学校)の卒業生、のみならずドラマの主人公である藤山正美のモデルでもあるようです。

 太平洋戦争も末期に近づいた昭和18年、日本は連敗に次ぐ連敗、いよいよ軍事物資はおろか兵力不足に悩まされることになりました。そのため窮余の一策として日本軍首脳部は、「少年兵徴集」という禁じ手を使わざるを得なくなります。
 愛知一中は愛知県下でも一番のエリート校でした。同校の3年生である藤山正美(池松壮亮)は、無二の親友の笠井光男(太賀)と、川のほとりで並んで夢を語り合ったりして有意義な学校生活を送っていました。ヴェルレーヌの詩「巷に雨の降るこどく」を読んで聞かせる笠井は文学少年、「将来は作家になりたい」と夢を熱く語るのでした。

 ところがある日とんでもないことが起ります。軍部から「愛知随一の一中が率先して生徒の兵士志願を」と要請されていた学校は、全校生徒を集めて時局講演会を開きます。村田校長(竜雷太)や戦争支持派の教師たちが次々に演壇に立ち、「戦局は君たちの志願を待ち望んでいる」ことを訴えかけます。

 最後に登壇したのが、坂町孝之助(福士誠冶)という愛知一中の配属将校でした。坂町はまた同校の卒業生でもあったのです。坂町は全校生徒に「殉国の精神」を熱く訴えます。その迫真の熱弁に会場の雰囲気は一変し、無垢な生徒たちは「我も、我も」と志願を表明します。気がついてみると、1年生から5年生(12、3歳から17、8歳)までの全校生徒700名全員が戦争に行くことを決意し、時局講演会はいつしか「総決起集会」と化してしまったのです。
 愛知一中の「全校生徒志願」は、当時の全国紙で大々的に報道され、全国の中学生志願に大きな影響を及ぼしていくことになります。

 ドラマは、生徒たちを戦場に送らなければならない教師や、親たちの心の葛藤なども織り込みながら進んでいきます。
 藤山正美は「甲飛生」に志願するも極端な近視で不合格、親友の笠井光男は難なく合格。こうして志願者は最終的に何十人にまで絞られていきます。
 戦争に行く者と行かない者と。この差が無二の親友の友情を引き裂くことになります。以後笠井と藤山は疎遠になっていくのです。
 結局笠井光男は「15歳の志願兵」として徴集され、戦場へ。そして「作家の夢」虚しく、ほどなく戦死してしまうのです。

 戦後間もなくのある日、藤山正美は笠井の実家を訪ねていきます。戦死した光男の霊にお参りし終えて、仏間で笠井の母・登美(夏川結衣)から一冊のノートを渡されます。それは光男の遺稿とも言えるものでした。
 登美から「私は字が読めませんから、代わりに読んでいただませんか」と頼まれ、藤山は声を出して読み進めます。そこには藤山への想いなども綴られており…。藤山正美は思わず叫びます。「僕たちは戦場に行って死ぬように教わったのです」。
 二人はしばし号泣 (幕)

 (大場光太郎・記)

|

« 「sengoku38」の衝撃 | トップページ | 時の話題(10) »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。