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『龍馬伝』が終わって

 -この1年福山龍馬と共に、激動の幕末動乱期を追体験したような気がする-

 今年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』が、11月28日(日)の最終回「龍の魂」をもって終了しました。
 去年の『天地人』のように、要所要所で同ドラマのことを記事にしていくつもりでした。が、何せ今年は「脱小沢」をめぐる政局がらみの大きな出来事、他の事件などが立て続けに起り、そちらを優先して記事にしたため、ついつい『龍馬伝』を取り上げる機会を逸してしまいました。

 かと言って『龍馬伝』を途中から観なくなったと言うわけではなく、初回から最終回まで1回も欠かさず観続けました。
 「レキ女」改め「マゲ女」などに人気の高かった、武市半平太(大森南明)や岡田以蔵(佐藤健)の死以降、いよいよ坂本龍馬(福山雅治)が長崎を拠点として、我が国初のカンパニー・亀山社中(後の海援隊)を創設したり、「デス・マーチャント(死の商人)」のグラバーらと丁々発止渡り合ったり、薩長同盟に奔走したりと、ドラマは佳境を迎えたのに、視聴率は20%を切り低迷したようです。
 しかし私は「龍馬の本領発揮 !」と、けっこう手に汗握り面白く観続けました。

 日本史の中でも、戦国時代と幕末動乱期は特に興味をそそられる時代です。幕末群像の中で、私が最も魅かれるのは吉田松陰です。そのため若い頃、松陰の生涯を中心に幕末・明治維新モノを少し読んだことがあります。また少し自慢になりますが「日本史」は得意で、高校3年の日本史の試験で百点満点を取り、後に米沢興譲館高校の校長を務めたO先生からクラス全員に私の名前が告げられるという栄誉を賜った(?)ことがあります。
 ですからその頃の主だった出来事の大まかなところは、一通り頭に入っているつもりでした。しかし今回の坂本龍馬の視点から描かれた幕末期によって、けっこう知らないことが多くあることに気づかされました。

 土佐藩独特の上士・下士の厳しい身分制度。三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の生涯。土佐勤皇党のこと。龍馬土佐藩脱藩の次第。龍馬が師と仰いだ勝海舟との交流。勝が創設した神戸の海軍操練所での龍馬たちの行動。武市半平太切腹の経緯。亀山社中(海援隊)創設の経緯。「薩長同盟」「大政奉還」における龍馬の役割。等々。

 『龍馬伝』全体を通して、坂本龍馬を演じた福山雅治は、時にオーバーアクション気味なところも見られたものの、実にハマリ役だったと思います。
 百何十年も後の私たちに、坂本龍馬の真実像などとても分かりはしません。しかし写真に残された本物の龍馬の風貌に、福山龍馬は似てもいて、おおむね納得のいくキャストと言うべきでした。

 軒並み減益で四苦八苦しているという民放各社に比べて、莫大な受信料でたっぷり潤っているNHKらしく、時代考証は綿密、十分な資金をかけていることがうかがわれるセット作り。そのため当時の時代背景がリアルに伝わってきて、比較的容易に感情移入しやすく、ドラマの1話1話にすんなり入っていけました。

 福山龍馬に負けず劣らず存在感を示したのが、語り部である香川照之の岩崎弥太郎です。竜馬の引きたて役のためか、始めから終わりまでピエロ的な役回りでした。きっと三菱社員なら、『おらが大岩崎の真の姿は、あんなんじゃないぞ』と、異議申し立てをしたくなったかもしれません。
 私は自営業です。言わば「起業家」のはしくれであるわけで、土佐藩の下士でも最極貧の郷士で、鳥かごをいっぱい背負っている姿はさながら「歩く貧乏神」、そんな岩崎弥太郎がどうして日本一の三菱財閥を創業することができたのか?
 ドラマの中で『なるほどなぁ !』と思うようなヒントの幾つかが示され、この厳しい経済情勢の中、岩崎弥太郎の「大起業家精神」には見習うべき点が多々あると思いました。

 その他重要な脇役として。大学生当時からの熱烈な龍馬信奉者として知られる武田鉄矢は、このドラマでは龍馬の師の勝海舟を渋く演じました。武市らを死に追いやったかと思えば、一転徳川慶喜(田中哲司)に「大政奉還の建白書」を出した、土佐藩主・山内容堂役の近藤正臣も、得体のしれない存在感を醸し出していました。
 暗殺された吉田東洋(田中泯)の甥で、後に土佐藩参与として薩長側に土佐藩が加わるためのキーパソンとなる後藤象二郎役の青木崇高は、龍馬に対する屈折した心理をうまく演じていました。千葉道場主・千葉定吉役の里見浩太郎、越前藩主・松平春嶽役の夏八木勲の渋い演技も光りました。

 大河ドラマでは、毎回豪華女優による華麗な共演も楽しみの一つです。『龍馬伝』では、龍馬の姉・乙女役で寺島しのぶ。母・幸と京の寺田屋の女将の二役を演じたのは草刈民代。草刈は、今年大新聞の全面広告でフルヌードを披露し、大きな話題となりました。
 龍馬の初恋の人・平井加尾役は、昨年『おくりびと』で好演し、今年結婚ただ今妊娠中というおめでた続きの広末涼子。龍馬の妻となるお龍役には、真木よう子。寺田屋で龍馬が刺客に襲われかけた際は、入浴中の際どいシーンもあるか?と期待されましたが、そこはNHK、期待外れに終わりました。

 長崎の芸者で、時に長崎奉行所の「美しすぎる女スパイ」、そして実は隠れキリシタンという難しい役どころをうまくこなしたのが蒼井優。蒼井は今秋武市半平太役の大森南明との熱烈交際が報じられましたが、その後バッタリです。今も順調に続いているのでしょうか?それともよくありがちな、ドラマの宣伝の一つだったのでしょうか?
 そんな中私が一番注目した女優は貫地谷しほりです。龍馬を一途に慕う千葉道場の娘・佐那役を好演しました。出演した女優の中でも、際立ったお色気を醸し出していたと思います。どうりで彼女は、中高年のオジサンたちに人気が高いのだそうです。今後の活躍を期待したい女優の一人です。

 坂本龍馬は、京都の近江屋に潜伏中、中岡慎太郎と共に刺客たちに襲われ、ほぼ即死に近い状態で絶命しました。享年33歳。時に慶応3年11月15日(1867年12月10日)、明治新政府樹立のわずか2ヶ月前のことでした。歴史を大回転させた大革命児、大英傑の早すぎる死でした。
 このドラマでは京都見廻組(旧幕臣たち)が下手人という設定のようですが、いまだ諸説あり確定しておらず歴史ミステリーの一つであるようです。

 この時期のことを多く作品にしている司馬遼太郎は、幕末群像をその“死期”をめぐって三つのグループに分けています。その一は明治維新を見ずして死んでいった、吉田松陰、橋本左内、久坂玄瑞、高杉晋作、坂本龍馬ら。その二は明治新政府途中で死んだ、西郷隆盛、大久保利通、木戸高允(桂小五郎)ら。その三は最後まで生き延びて、新政府の政策に深く関与した、伊藤博文、山県有朋、桂太郎ら。
 司馬はそのうち、真っ先に死んでいった第一のグループこそが真の意味での俊秀たちだったと言うのです。一番最後まで残ったのは「三流の人物」たちで、そんな連中が新しい国づくりを行ったから、その後の日本はロクなことにならなかったのだと。

 まこと、吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛らがその後長く生き続けて、明治期の「この国の形」づくりに参画していたら…、そう思うのは私だけでしょうか?

 (大場光太郎・記)

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