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『坂の上の雲』第2部はじまる

 -要は日本が列強化しつつある過程の物語。しかし勃興期の青春群像は面白い-

 今年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』は、坂本龍馬の死をもって完結しました。そして次週からは、間髪入れずに『坂の上の雲』第2部がスタートしました。
 第1部は昨年同じく『天地人』終了後の年末放送でした。こちらも毎回観続け、折りにふれてその感想などを記事として公開しました。確かこのドラマは第3部が来年末というように、足かけ3年にわたって放送予定だったかと思います。

 私が20代だった昭和40年代は、司馬遼太郎原作のNHK大河ドラマ『竜馬がゆく』(昭和43年)が放送されたこともあり、その後けっこうな「司馬遼ブーム」が起りました。時あたかも高度経済成長の真っ只中、そういう時代状況で司馬遼太郎の幕末モノなどは、あの時代の勤労者の心を鼓舞するものとして、時代にマッチした読み物だったのかもしれません。
 また昭和40年代は、日露戦争に向けて一直線に突き進んでいった明治期とあるいはどこかでシンクロするところがあるからなのか、司馬遼の作品の中でも『坂の上の雲』は『竜馬がゆく』と人気を二分するほどよく読まれていました。

 ちなみに以前述べましたが、私はこの2作品のうち『坂の上の雲』の方だけ、ずっと後年30代後半の頃に読みました。かなりの分量がありましたが、さして苦にもならず手に汗握りながら一気に読み終えた記憶があります。
 確かに明治期の19世紀後半は、西欧列強による帝国主義の時代であり、列強に狙われた国は国力をつけて帝国主義国の仲間入りを果たすか、植民地化されるかの二つに一つしかない厳しい時代でした。

 我が国は、坂本龍馬など幕末期の志士たちの獅子奮迅の働きのおかげで明治維新を成し遂げ、遺志を受け継いだ人々が殖産興業、富国強兵によって近代化を推し進め、果敢にも西欧列強の仲間入りを果たそうとしたのです。
 インドや清国(中国)をはじめとした欧米白人系国家以外の諸国で、列強国入り出来た例は一国もありません。皆々欧米列強に蹂躙され植民地化されるがままだったのです。そんな中、明治新政府なったばかりの小さな極東の一島国だけは、「欧米に追いつき追い越せ」と無謀な試みを始めたのです。

 ドラマ『坂の上の雲』はそんな「時代そのもの」が大きなテーマです。その雄渾(ゆうこん)な「明治魂」を受け継ぎながら、激動の明治期を疾駆していった、この物語の主人公、秋山好古(阿部寛)、秋山真之(本木雅弘)、正岡子規(香川照之)たち明治の青春群像の姿が描かれていきます。

 欧米式近代化の成果は、近代日本にとって最初の外国との戦争である日清戦争(明治27年)の勝利として顕われました。この戦争は既に昨年の第1部で描かれていました。
 東洋の黄色人種の小さな島国が短期間に力をつけ、清国に勝利し今や列強の一国に食い込む勢いとは。エゲレス(イギリス)、アメリカはもとよりオロシア(ロシア)に至るまで、白人列強国にとっては想定外の出来事だったことでしょう。いや根底に「白人至上主義」を潜ませる彼らにとって、それはまさにあってはならないことだったのです。
 以後我が国は欧米列強から、「得体の知れない不気味な国」としてしっかりマークされていくことになります。

 それを可能としたのは、やはり千数百年にわたり中国や朝鮮から文化・文物を積極的に取り入れ、独自の文化として結実させてしまう、一種独特な吸収力の賜物だったことでしょう。またその結果、江戸時代日本各地の諸藩が朱子学などの漢学を基本にし、それぞれに世界レベルでも高い文化水準を保っていたことも大きな土壌となったと思われます。
 『坂の上の雲』の秋山兄弟、正岡子規をはじめ、明治の「この国のかたち」創りをリードしたのは、主に薩長土肥を中心とした旧士族の子弟たちでした。

 日清戦争の勝利は、後の天下分け目の日露戦争の序曲ともなりました。当然に日本の大陸進出を快く思わない欧米列強による、「三国干渉」などあからさまな横槍が入り始めたのです。
 日本が特に煙たいのは、近隣の大国ロシアです。日本に先を越されまいと、シベリア鉄道を旧満州の奉天、さらには遼東半島の付け根に当たる旅順にまで延ばして敷設し、要所に要塞を造営し始めたのです。
 第2部は、対露関係が風雲急を告げ始めたあたりからの物語です。

 第1回目は「日英同盟」。時は明治35年桂太郎内閣の時代。対露戦争やむなしとする桂内閣に対して、元老の伊藤博文(加藤剛)は対露穏健派。その伊藤の日露交渉決裂の次第、小村寿太郎(竹中直人)らの尽力による日英同盟成立に至るプロセスはもちろん興味深く観ました。
 しかし私は劇中劇のような、ロシア駐在武官の広瀬武夫(藤本隆宏)とロシア人女性・アリアズナとの「愛と別れ」のエピソードに心動かされました。仮想敵国ロシアに乗り込んで数年駐在した広瀬が、並み入るロシア人の若い男たちを差しおいて、美しいロシア女性のハートをしっかり捉えたというのは、まさに痛快の極み。しかし広瀬帰国による、生木を裂かれるような別れは哀切です。
 広瀬は、恋敵のロシア武官からも変わらぬ友情を得、諸国の駐ロシア武官の中でもロシア人にひときわ人気が高かったというのです。後に旅順港で壮絶な戦死を遂げ「軍神」と讃えられることになる広瀬の、仮想敵国の人々をも惹きつける大きな人間的魅力を垣間見る思いです。

 2回目のタイトルは「子規、逝く」です。正岡子規のこれも壮絶としか言いようのない闘病生活、その中での旺盛な執筆活動そして35歳での死が何より強烈でした。
 このドラマでもまたまた香川照之。香川の子規はまさにぴったりです。『龍馬伝』の岩崎弥太郎とはまた違った香川の味を出していました。病床から一歩も出られない状況での「静の烈しさ」を見事に演じていたと思います。
 それに写真などに残されている子規の風貌に、香川は実によく似ているのです。鬼気迫る迫真の演技は涙なしには観られませんでした。

 例えば、おととしの『鶏頭の句-名句?凡句?』で取り上げました、
  鶏頭の十四五本もありぬべし
 気をきかした演出で、ただ横臥するだけの根岸の子規庵の庭先に、へちまとともに綺麗な鶏頭の花が咲いていました。ある人が「この句は凡句だ」と痛烈に批判しましたが、凡句だろうとそうであるまいと、子規は一体どんな思いでこの句を詠んだのだろうかと、劇中の鶏頭を見ながら改めて考えさせられました。
 これまで子規の陰に隠れてよく分からなかった妹・律を、菅野美穂が好演しています。
 
 大学予備門以来無二の親友だった夏目漱石は、この時期官費でロンドン留学中。かの地の西洋近代都市の毒気に当てられ、神経衰弱に悩まされる日々でした。ロンドンの下宿先で「子規死す」の報に接した漱石は、益々暗澹たる気持ちになったことでしょう。
 
 「真さん(秋山真之)は世界を広く見、わしゃ世界を深く見ておるんじゃ」。痛苦、呻吟の合間にしたためられた『病牀六尺』、少々俳句をかじっている者として「読む義務」のようなものを感じさせられました。

 (大場光太郎・記)  

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