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ブログ背景替えました(10年12月篇)

  このひと日つつがなきなり冬満月   (拙句)

 12月も20日(はつか)ともなりますと、否が応でも『今年も後10日少しか』と行く年を惜しむのと、慌しいのとがない交ぜになった気持ちにさせられます。
 そんな押し迫った年の瀬だというのに、今ひとつ切迫感がありません。それが証拠に、年賀状はまだ買ってもいません。どうせ切羽詰まってからバタバタするのは分かりきっているのに、毎年この調子なのです。

 いささか言い訳がましくなりますが、これは首都圏ぎりぎりに位置する当地(神奈川県県央地区)の気候も微妙に影響しているのかもしれません。
 そう言えば振り返ってみますと、こちらに来てからの40余年ずっと「年の瀬気分」は希薄だったように思います。
 冬ですから外の街路樹や郊外の木立はあらまし葉を落とし尽しています。また賑やかな店などでは早や11月半ば頃から、クリスマスソングが流れています。夜ともなると駅前広場などでは、華々しいイルミネーションのライトアップもされます。
 しかし山形県出身の私などには、「雪が降らないこと」が年の瀬の実感が味わえない大きな原因のように思います。

 以前何かの記事で、山下達郎の『クリスマス・イブ』に触れたことがあるかと思います。
   雨は夜更け過ぎに
   雪へと変わるだろう
   Silent night,Holy night
   きっと君は来ない
   ひとりきりの クリスマス・イブ
   Silent night,Holy night    (1番)

 以前ちょうど今頃の寒い日、地元生まれのある人との話でこの歌が話題になりました。その人いわく「クリスマス・イブに雪が降ったことは一度もない」。だから「山下達郎のあの歌は、ありゃウソだ」と言うのです。
 言われてみれば、私が当地で過ごしてからの何十年間、クリスマス・イブといわず年内に雪が降ったという記憶はまるでありません。
 それはそれとして、歌でも詩でも小説でもすべては虚構です。それが分かった上での味わいですから、いちいち目くじら立てるほどのものでもありませんが。

 話がだいぶ脱線してしまいましたが、要は東北出身の私にとっては、田舎町の記憶から、真っ白い雪に覆われた年の瀬が本来あるべき年の瀬のイメージなのです。そのことが「年の瀬」と言われても思っても、今ひとつピンとこない理由の一つであるようです。
 とは言え「今年のことは今年の内に」。それを、やるべきことをやらないで越年させる言い訳にすることは許されません。

 20日は日中風もほとんどない快晴の穏やかな一日でした。
   烏(からす)鳴きて木に高く
   人は畑(はた)で麦を踏む
   げに小春日ののどけしや
   かへり咲(ざき)の花も見ゆ   (唱歌『冬景色』2番)
 ここ2、3日の寒さは緩み、まさに絵に描いたような“小春日和”の一日でした。
 遥かに西に望む大山の姿もことのほか秀麗で、真っ青な空を背景に濃紺色のシルエットでくっきりと見えていました。

 冬至を間近にして、当ブログ背景を替えることにしました。これまでの『もみじ』はまた来年ということで、今回のテンプレート名は『本を開いて』。とは言っても今回新しく採用するのではなく、開設したおととし以来すっかり冬の季節定番の背景となっています。この背景、来年3月頃まで用いるつもりですので、ご了承のほどよろしくお願い致します。

 「本」といえば、いつぞやの『生きることは学ぶこと』記事で触れましたとおり、今年は「国際読書年」だそうです。あの記事以降、それに関連する各種イベントも行われたのでしょうが、さて国民の「読書意欲向上」はどのくらい成果が上がったのでしょうか?
 そういえば「読書」に関連する嬉しいニュースが一月ほど前ありました。調査ごとに落ち続けていた、ОECDの国際学習度到達調査の日本15歳児童の読解力が、今回調査に加わった時の国際順位に戻ったというのです(09年調査結果)。

当初は世界8位からスタートしたものの、前回は17位と過去最低にまで順位を落とし、これに危機感を抱いたのが文部科学省です。国際水準の読解力アップを図るため、文科省が全国の小中学校に「読解力向上」を指令したのです。
 それを受けてここ何年かは、それぞれの学校で独自のカリキュラムを取り入れながら、読解力アップに真剣に取り組んできたようです。例えばある小学校では、一日の授業スタート前に「朝読み」を実施したり、児童たちが利用しやすい図書館を目指したり、国語の授業である文章の内容を児童たちに詳しく発表させるなどの取り組みをしているようです。

 そういう地道な努力が実って、今回の大幅順位アップとなったようです。これは前から言われていることですが、人より本を余計に読んでいる児童の学力は間違いなく高いはずです。おそらく「読書力」「読解力」は、小中学生の場合算数、理科、社会など他の科目のベースになっているはずです。
 この試みをこれからも地道に続けていけば、例えば大学生がちょっとした小論文も書けない、それのみか満足に漢字すら書けない(書けるのはメール用の絵文字のみ)などという恥ずかしいことはなくなるはずです。

 「読書」はもちろん児童たちに限ったことではありません。とうの昔に「生涯学習」の必要性が叫ばれている当今は、齢(よわい)60でも70でも学び続ける姿勢が必要です。
 吉田松陰や西郷隆盛らが座右の銘にしていたという、幕末の儒学者・佐藤一斎の名著『言志四録』に、次のような有名な言葉があります。
   少にして学べば、則(すなわ)ち壮にして為すことあり。
   壮にして学べば、則ち老いて衰えず。
   老にして学べば、則ち死して朽ちず。

 いわゆる今の若い「絵文字世代」は、とにかく長い文章が苦手のようです。いや、ハナから受けつけ拒否のようなところがあります。しかしそんなことを言っていると、そのうちしっかり「読書」をしてきた一世代後の後輩たちから笑われるよ。
 今からでも決して遅くない。先ずは私のブログの定期訪問者となって、一つ一つの記事の文章をしっかり読み込むよう努力してください。かなり「読書力」がつくと思うよ(笑)。

 (大場光太郎・記)  

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