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オノ・ヨーコの胸

 -オノ・ヨーコの豊胸にはびっくりした。そこで今回は「オノ・ヨーコの胸」談義など-

 ここのところ私はその日1日のニュースをチェックするために、深夜11時台の日本テレビ『NEWSZEZО』を見ています。政治関連のニュースを中心にチェックし、いつもは11:15頃にはテレビを離れます。

 この日のトップニュースは、この冬一番の寒波襲来による全国各地の大慌てぶり。続いて親の虐待により福祉施設に保護された児童などに対する、親の「親権」を2年を限度に一時停止する民法改正案のニュース。さらには元大蔵省官僚だった村尾信尚キャスターが目いっぱい“よいしょ“”しながら解説した、財務省直伝の政府の税制改正(実は改悪?)のお話、私にとってはどうでもいい、日ハムに入団するらしい斉藤祐樹の早大での納会のニュースなどが続きました。

 『例の小沢政倫審騒動のきょうの動きはどうなんだ?』と見ていても、その話題に触れる気配はありません。そこでいよいよスイッチを切ろうとしましたら、CM前の予告で次は村尾キャスターによるオノ・ヨーコへのインタビューとのこと。これには少し興味をそそられて『ついでにこれも見てみるか』となりました。

 何でも、ジョン・レノンが射殺されてから今年で満30年だそうです。このニュースは当時(1980年)、世界的にもこの日本でも大変な衝撃を与えました。改めて言うまでもないでしょうが、オノ・ヨーコはレノンの妻だった人です。
 12月8日はジョン・レノンの命日にあたり、この日日本武道館で「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ」が開かれ、1万人超の観客が集まる大盛況だったようです。これは今年で10回目となるチャリティ・イベントで、オノがインタビューで「継続は力。続けていると物事がどんどん前に進んでいく」と語っていたように、今回は奥田民生、斉藤和義、吉永小百合(声の出演)ら、過去最高の計15組25人が参加したようです。
 このイベントの収益は後進国の学校建設などに当てられ、既に25か国以上で100以上の学校が造られているといいます。

 今回のインタビューは、同コンサート終了直後だったようです。ステージから降りて来たばかりのオノ・ヨーコを村尾キャスターが待ち構え、楽屋でインタビューするという形式でした。
 ステージ衣装のまま楽屋に入ってきた、オノ・ヨーコの「胸もと」にはぶっ飛んでしまいました。黒いドレス風の衣装の胸もとが大きくはだけ、胸の谷間がはっきり分かるのです。それもかなりの豊乳と見ました。

 戦後俳句界の鬼才・西東三鬼の句に、
   恐るべき君らの乳房夏来る
というのがあります。最近の流行らしく、私の地元の本厚木駅などでも今年の夏、若い女性が“これ見よがし”にこんな服で闊歩して歩いている姿を、私はチラッと横目で(しっかりと)見ながらすれ違ったことが何度かありました。
 しかしオノ・ヨーコは、いくらなんでも御年77歳のオバサン(オバアサン?)ですよ。『まあ、このオバサンよくやるよ』と思いつつ、見るともなしに胸もとに視線が引き寄せられてしまいました(苦笑)。

 ともかくオノ・ヨーコと村尾キャスターが楽屋内のイスに腰掛け、対面でインタビューが始まりました。『村尾氏も目のやり場に困るんじゃないか?』と思いながら見ているに、さすがはインテリゲンチュアの村尾信尚、「私の関心は上品な話題だけなんだ」とばかりに、胸もとになど一度も視線を落とすことなく、まっすぐオノ・ヨーコの目を見て話を進めていました。

 肝心の話の中身にはいかず、なおも「胸もと」にこだわりますがー。
 私はインタビューの直後、オノ・ヨーコのことを記事にしようとグーグルで検索しました。すると「オノ・ヨーコ」と入力するや否や、下部の別窓に関連項目がずらっと表示されます。その中の上から何番目かに、何と「オノ・ヨーコ 胸」というフレーズがあるではありませんか。
 生来品性下劣な私は(またまた苦笑)「オノ・ヨーコ」そっちのけで、『どれどれ』とばかりにその項目をクリックしてみました。そうしましたら、以前から一部好事家の間で「オノ・ヨーコ 胸」は関心を集めていたらしく、同項目何と31,600件もあったのです。

 トップ面の見出しを眺めただけでも、「オノ・ヨーコの胸でかっ !」「気になるなあ、オノ・ヨーコの胸の谷間」「オノ・ヨーコあいつの胸の露出激しくね?歳考えろ」などなど。
 ニューヨーク在住のオノ・ヨーコを、テレビなどで見る機会はあまりありませんが、どうやら普段から胸を露出気味、それで気になっていた者は多かったということなのでしょう。

 繰り返しますが、オノ・ヨーコは77歳ですよ。既に還暦を1年余オーバーした私よりも、さらに15歳以上も上なのです。今風の定義では「後期高齢者」のお仲間であるわけです。国内の同年代の女性たちは?と少し思い浮かべただけでも、顔中シワシワ、拝見する機会はまずありませんが、「各方面の役割を終えた」オッパイなどしぼみにしぼんでいることでしょう。
 なのに、オノ・ヨーコのあのたわわな胸はどうしたことなのでしょう?もし光栄にも胸全体をはだけて見せてもらったとしたら、シワやしぼみなどまったくない、張りのある乳房なのではないでしょうか?

 経歴を少し調べますとオノ・ヨーコ(本名:小野洋子)は、33歳でジョン・レノンと運命的な出会いをし結婚する、13年も前の1953年20歳の時、学習院大学を中途退学し単身アメリカに渡り、米国の大学で音楽や詩を学び、やがて前衛芸術の道に進んでいったという人のようです。
 自由の国アメリカなどといえば聞こえはいいが、オノ・ヨーコが生活の拠点としているNYなどは特に“生き馬の目を抜く”弱肉強食の競争社会です。そんな中でオノ・ヨーコは世紀のスーパースターのジョン・レノンを夫に持ち、レノン射殺という悲劇にも遭い、その後もジョン・レノン元夫人としての重荷を一身に背負いながら30年間も生き抜いてきたのです。

 そんな国際級の波乱万丈の人生は、同世代の日本国内の女性たちとは価値観から行動規範から何からまるで違うことでしょう。私などが一見奇異に映る「胸もとはだけ」スタイルも、彼女にとってはごくあたり前のどうということのない装いなのかもしません。

 インタビューの中で、「今の日本の若者に言いたいことは?」の問いに、彼女は「日本国内に閉じこもってばかりいないで、外に出て行って広くコミニュケーションをとり、世界のために役立つことをしてください」というようなことを述べていました。これは20歳で日本を飛び出していった、彼女の実体験に基づくものだけに説得力がありました。

 私もつらつら反省するに、歳とともに行動半径がどんどん狭まってきたように思います。これは明らかに老化の一兆候であり、このままさらに狭めていけば間違いなくそれが進行してしまいます。
 オノ・ヨーコのように、自慢げに体のどこか一部を露出する自信はありません。が、とにかく「体まるごと」常に新しい分野、環境に踏み込み、踏み入る、「チャレンジ精神」の大切さを学ばせてもらいました。

 (大場光太郎・記)

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コメント

私も気になってました(笑)。まあ胸も衣装のひとつだと思いますが。そういえばノーベル賞の根岸さんも若い頃からアメリカですね。あの国は何かと怪しいことをよくしますが優秀な人をひきつけ育てる力があるのでしょうか。

投稿: andante | 2010年12月17日 (金) 06時52分

andante様
 ご賛同くださり、大変ありがとうございます。確かにあの胸もと露出は、衣装の一つの可能性がありますね。それにしても、しつこく申しますが(笑)何とも年齢を超えた張りのある豊乳ではあります。
 世の男どもは、潜在的な母性、母神回帰願望があるからなのか、私を含めて「巨乳願望」があるようです。
 そういえば根岸教授もそうでしたね。同教授は、若い頃から「ノーベル賞受賞」を大きな目標にしていたようです。その大目標を逆算するに、学問研究の分野でも何かと制約の多い日本でこのままくすぶっていたはダメだ、と早い渡米を決断したものなのでしょうか?大リーガーのイチロー、松井をはじめそうして渡米した人はけっこう多いのでしょうね。

投稿: 時遊人 | 2010年12月17日 (金) 12時18分

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