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昭和の大女優逝く

 -昭和を示す大きな灯りがまた一つ消えてしまって…。何とも寂しい限りです-

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      若き日の高峰秀子さん

 大晦日に思わぬ訃報がもたらされました。「デコちゃん」の愛称で親しまれた「昭和の大女優」高峰秀子さんが、肺がんにより東京都渋谷区の病院で12月28日亡くなっていたというのです。関係者によれば高峰秀子さんは、10月下旬に体調を崩して同病院に入院、一進一退を続けていたものの28日亡くなったとのことです。享年86歳でした。

 葬儀・告別式は29日に近親者のみで済ませたそうです。喪主は夫で映画監督の松山善三氏。二人は1955年に木下恵介監督の勧めにより結婚しました。婚約後会見を開いて発表し、これが芸能人による結婚会見のさきがけとなりました。
 以来55年。松山善三監督(85)は「現在私自身、心身ともに皆様に直接お目にかかることのできる状況ではございません。お察しの上、失礼の段どうぞ寛恕くださいますよう」と、最愛の妻に先立たれた沈痛な胸のうちを語っています。

 高峰秀子(以下敬称略)は1979年に女優引退宣言をして、以後はエッセイストとして活躍、『わたしの渡世日記』(98年)では日本エッセイストクラブ賞も受賞しています。
 ただ引退宣言後は、スクリーンやテレビで見かけることがなくなりました。今の若い人たちは「高峰秀子って誰?」ということかもしれません。しかし昭和30年代子供だった私らの世代には、何とも懐かしい女優さんです。田中絹代や原節子などはそれ以前の銀幕女優、かといって吉永小百合などは、テレビの普及に押されて映画産業が斜陽化しつつあった昭和30年後半以降登場した女優さんです。
 
 日本映画が最も輝いていた時代を代表する女優さんであるだけに、高峰秀子には余計ノスタルジックを感じ、その訃報に接しては『あヽまた一人昭和を感じさせる大きな人がいなくなったな』という感を深くさせられるのです。

 「デコちゃん」の愛称どおり屈託のない明るいキャラクターから、私は今まで関東以西(つまり南の方)出身とばかり思っていました。しかし出身は意外にも北海道函館市だそうです。
 1924年生まれ。5歳の時松竹鎌田に入社し、その年映画『母』で子役デビュー。大人顔負けの演技ぶりに、34年には歌手の故東海林太郎から「養女になってほしい」という申し込みがあったほどだそうです。38年の『綴方教室』の少女役を好演し売れっ子となり、「子役は大成しない」というそれまでのジンクスを覆しました。

 戦後は特に演技派として、日本映画黄金期の作品に数多く出演しました。当時は「所属する会社以外の作品には出演できない」という五社協定があったそうですが、高峰秀子だけは別格で50年からフリーの立場で活躍しました。
 代表的な出演作品は、木下恵介監督の『二十四の瞳』(54年)、成田巳喜男監督の『浮雲』(57年)、木下監督の『慶びも悲しみも幾年月』(57年)など。日本最初のカラー作品(当時の呼称は確か「総天然色映画」)となった木下作品『カルメン故郷に帰る』(51年)にも主演しました。

 そのうち『二十四の瞳』『カルメン故郷に帰る』『喜びも悲しみも幾年月』などは、ずっと後年テレビやビデオで観ました。
 当時印象深かった高峰主演映画を一つ取り上げます。『名もなく貧しく美しく』です。この映画は61年公開で、夫の松山善三氏初の監督作品のようです。テレビが普及していなかった当時映画は数少ない娯楽でした。今では信じられないことでしょうが、当時の小中学校では月一回くらいの割合で、午後から何クラスかまとまって町の映画館で「映画鑑賞」があったのです。これは当時レッキとした授業の一環だったようです。
 もちろん私たちは、教室でシャチコバッて授業を受けなくて済むわけですから、当時これが何よりの楽しみでした。そうして中村錦之助(後の萬屋錦之介)などの時代劇、今村昌平監督作品で若き日の長門裕之主演の『にあんちゃん』、小津安二郎監督の『おはよう』などを観たものでした。

 61年といえば小学校6年生、『名もなく貧しく美しく』もそうして観たのでした。何しろ子供時分ですから、詳細は忘れてしまっています。戦後間もない頃、高峰秀子演じたヒロインは聾唖者です。彼女は同じ境遇の男性と出会い、互いに惹かれ合い二人は結婚します。
 「名もなく貧しく美し」い二人の幸せな日々が続きます。しかしある日急用だったかで外に飛び出した彼女は、近づいてきた車のクラクションが聞こえず、轢かれて死んでしまうのです。そのラストシーンがあまりにも衝撃的で、今でも断片的ながらそのシーンを思い浮かべられるくらいです。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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