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2011年2月

菅「退陣」包囲網狭まる

 -小沢系の反乱、地方からの退陣要求…。遂には前原一派や渡部恒三まで-

 小沢一郎元代表は、今回の処分に至るまで、昨年末と今年1月の2度菅直人総理と2人だけで会談しています。その小沢元代表が1月会談後、「アイツ(菅直人)大丈夫か?前はエラく意気込んでいたが、今回は話す声はボソボソ、こっちを見ようともしないんだ。とにかく様子がおかしいんだよ」と側近に漏らしたといいます。

 小沢元代表の指摘を待つまでもなく、「葬式うつ病」「パニック症候群」などと既に多くの人が指摘しているとおり、最近の菅総理は「とにかく様子がおかしい」のです。
 総理に上り詰めるため、菅にハッパをかけ尻を叩きまくってきた、従姉妹で年上女房の伸子“デシャバリ”夫人も、最近の感情の起伏の激しい菅には「この人大丈夫かしら?」と腫れ物にさわるように接しているといいます。

 私が思いますに、菅総理の元々の病名は「国会恐怖症」なのではなかろうかと推察します。国会閉会中はその開放感からハイ状態、開幕と共にドーンと鬱状態。「衆参ねじれ」に苦慮するあまり、とうとう精神を病んでしまったのでしょう。しかしこれは元はと言えば、「脱小沢」の旗印の下、党内でまったく議論もせずに突如「消費税増税」をぶち上げ、昨夏の参院選で惨敗した結果です。
 自業自得と言うべきです。

 国内的、国際的に大難局にある当今、国家的難問が絶えず襲いかかってきます。待ったなしで、次から次へと冷静沈着かつ高度な政治的決断が迫られるのです。一国の宰相たる者、どんな難題や試練があろうとも、常に春風駘蕩、泰然自若の平常心で事に対処すべきです。
 そんな時、国民からも精神状態が危ぶまれるほどの人物が総理大臣を続けていていいものでしょうか?いいはずがありません。国益を損じること夥しく、国民にとってこれほど不幸なことはありません。

 小沢元代表に近い原口一博前総務相の「日本維新の会」立ち上げ、鳩山グループの中山義活元首相補佐官らによる「東京維新の会」発足、松木謙公農水政務官の辞任、4月の統一地方選を見据えた各地方からの菅総理退陣要求…。
 17日の小沢系衆院議員16名の反乱が突破口となり、党内に「菅おろし」の勢いが急速に拡大しつつあります。

 それに追い討ちをかけるような発言が26日、菅支持派である渡部恒三党最高顧問の口から飛び出しました。
 「予算と予算関連法案を通すことを、民主党よりも“菅君”よりも何よりも最優先に考えなくちゃならない」
 来年度予算関連法案の成立に向け、野党の協力を得るためには「退陣」はやむを得ないとの見解を示したのです。

 例によって入歯モゴモゴの甚だ聞き取りずらい話だったのでしょうが、菅派の長老の口から「菅退陣論」が出たことの意味は大きいと思われます。渡部“老醜”議員は「偽黄門」としてなぜかТBSにはよく出ますが、同局番組収録で衆院解散について「今解散したら、民主党は惨敗するに決まっている。解散なんてバカなことがあるはずがない」と否定しています。
 支持率17%の総理にこれ以上居座られては、民主党全体が脳死状態。ましてや「自爆テロ解散」でも仕掛けられた日には、巻き込まれて死屍累々。よってこれは、民主党衆院議員の総意を代弁した発言とみるべきです。

 ただ渡部偽黄門は、退陣発言に続いて会派離脱表明の16人について「どうせ当選するはずないということで比例名簿に載せた人たちだ。あの人たちは政治家ではない」という“トンデモ”発言をしています。
 これを取り上げた『★阿修羅♪』掲示板の「人間失格~渡部恒三は議員辞職して会津に帰れ !」記事では、「彼らこそが、09年衆院選における民主党圧勝、政権交代のシンボルなのだ」「その16人の議員を『政治家ではない』と断じたのであれば、それは国民に対する挑戦、挑発である」と厳しく批判しています。
 同記事コメントでは「会津には帰ってくるな」「墓場に直行しろ」などという激越な口調が続きますが、今解散されて一番困るのは渡部恒三当人なのではないでしょうか?

 そんな中小沢元代表は同日、鹿児島市内で開かれた党内衆院議員の会合で挨拶し、「ひたすら国民の生活が第一という純粋な思いを持った政治家が求められている」と述べ、自らの復権に強い意欲をにじませています。
 同時に「政治状況は内外とも混沌としている。総選挙にならないとも限らない」とも語り、菅総理が解散に踏み切る可能性に言及しています。仙谷由人“ヘボ”軍師が、「菅の首に鈴をつけられるのはオレ様しかいない」と意気込んだものの、周知のとおり失敗に終わった以上、何をやらかすか分からない錯乱状態の菅総理のこと、小沢元代表の発言は傾聴に値します。

 アメリカ戦争屋勢力、検察をはじめとした霞ヶ関官僚群、世身売り(読売)・入日(朝日)日本暴走協会(NHK)などのマスコミ、自民党、それに菅直人・仙谷由人・渡部恒三ら民主党内の呼応グループ…。
 これらの悪徳旧勢力が束になって、政治生命の抹殺を企ててきたのに。小沢一郎はそれらを悉くはねのけ、フットワークよく全国を飛び回り、「復権の機会」を虎視眈々と睨んでいる気配です。小沢氏はかつて親しい人物に、「僕は首相になれないのかなあ」とふと漏らしたといいます。
 小沢さん、そんなことはありませんよ。心ある国民が後押しします。一日も早く「冤罪」を終結させ「小沢政権」を樹立しましょう。この国が手遅れにならないうちに。

 (大場光太郎・記)

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【読者とのやりとり】

 吉田貞雄様が、『雪に埋もれし我が故郷』シリーズをお読みになりコメントをお寄せになりました。驚いたことに吉田様は、我が郷里の町「宮内町」ご出身で、しかも宮内中学校の10年ほど先輩にも当たられる方なのです。
 吉田様は私がお世話になりました宮内町母子寮について、私が知らなかった新事実も述べておられます。皆様にとっては“超ローカルな話題”ですが、今回吉田様とのやりとりを掲載させていただくことに致しました。
 ご了承、ご一読いただければ幸いです。 
                       *

大場様の雪に埋もれしわが故郷を拝見いたしました。感激しました。私は宮内中第8回卒71歳茨城県ひたちなか市に住んでおります。
宮内母子寮について①戦後S22年頃まではあの日本信号の工場でした。ところが火災となってしまったのです。母子寮入口に石の門がありましたが昭和20年代までは日本信号の表札が長いことついていました。(内原におばちゃがいたので歩きながらみてました)②別所町に日本信号の社宅があって相原さんというかたで今思えば工場長クラスだったのかなと思います。私は社宅の敷地にもう一軒あった家を借りてすんでました。③昭和23年日本信号と相原さん5人家族は埼玉与野町へ引きあげられました。

投稿: 吉田貞雄 | 2011年2月22日 (火) 22時52分

吉田貞雄様
 貴重なコメント、大変ありがとうございます。
 そうでしたか。宮内町母子寮の前身は、昭和22年までは「日本信号工場」だったのですか。火災があったということですから、母子寮はその後に建てられたわけですね。別の記事にも書いていますが、私たち家族が入寮した昭和31年晩秋には、もうかなり古めかしくなっていました。
 町内から内原へ向かう街道沿いの、石門もよく覚えています。昭和37年春、中学校入学記念に門を背景に写真を撮ってもらいました。私はてっきり元から母子寮の門だとばかり思っていましたが、そうではなかったのですね。

 「別所町」という町名も、久しぶりで聞きました。母子寮とは反対の方向ですが、宮内小学校の時分、学校に近いので、帰り道よく道草をして別所町にも行きました。
 「故郷忘れがたし」で、コメントをいただき、当時のことを改めて懐かしく思い出しました。

 吉田様は宮内中学の先輩にもあたられるわけですが、宮内町出身の人からコメントをいただけるとは、夢にも思っていませんでした。
 ひたちなか市にお住まいとのこと。私は神奈川県厚木市に長いこと居住しています。当初は住みにくいと感じましたが、「住めば都」で、厚木市に関することも多く記事にしています。

 宮内町や母子寮につきましては、当ブログ『思い出』カテゴリーなどでも度々触れています。よろしかったら、そちらの各記事もお読みください。また当ブログ、最近はすっかり「政治ブログ」のようになっていますが、また折りに触れてご訪問たまわり、たまにコメントもいただけば幸いです。
 今後ともよろしくお願い申し上げます。

投稿: 時遊人 | 2011年2月23日 (水) 00時32分

 【補注】大変お恥ずかしい話ですが、私は今まで「日本信号」という会社をまったく知りませんでした。寮長先生、職員の人また寮の大人たち、学校の先生からも聞いた記憶がないのです。もっとも聞いていて、子供だった私が聞き漏らしただけなのかもしれませんが…。

 多くの人はご存知なのかもしれませんが、正式名称は「日本信号(にっぽんしんごう)株式会社」(本社:東京都千代田区丸の内)。同社の歴史は古く、明治政府の鉄道敷設事業に伴う信号機製造を目的として1898年(明治31年)設立の三村工場が前身、1928年(昭和3年)統合により日本信号が設立されたようです。
 また吉田様が触れておられる埼玉県与野工場は1937年(昭和12年)に開設とのこと、宮内町の工場も同時期くらいだったのでしょうか?

 戦後は1949年(昭和24年)東京証券取引所に上場(現在では東証・大証とも一部上場)。同社ホームページによりますと、「コア技術である信号制御の分野から、自動改札機や駐車場機器を始めとした制御機器まで」と最上部にうたってあります。鉄道、道路交通を広くカバーする最先端機器メーカーであるわけです。

 いやあ、人間幾つになっても知らないことが膨大にあるものです。吉田様のコメントにより、また一つ学ばせていただきました。重ねて感謝申し上げます。  (大場光太郎)                      

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★阿修羅♪掲示板のこと

 -同掲示板は百花繚乱、さまざまな意見(異見)が飛び交い、とにかく面白い-

 天下の大掲示板『★阿修羅♪』に23日夕方、先日の当ブログ記事『冤罪だったら誰が責任を取るのか(阿修羅版)』が掲載されました。
 自分の記事が掲載とあってはさすがに気になり、時折り「ランキング」をチェックしました。その結果、同記事“最盛期”の24日午後、「(24時間)拍手ランキング」が全436件中「20位」、「(24時間)総合アクセスランキング」が全8739件中「23位」と大健闘でした。

 当ブログ記事が★阿修羅♪掲示板に掲載されるのは、今回が初めてではありません。一番最初は昨年1月の『地検特捜部はこちらも直ちに捜査せよ !』記事でした。また昨年2月には、当ブログ最大のヒット作『朝青龍が暴行した相手』も掲載されました。
 うかつにも私は、それまで阿修羅掲示板の存在すら知りませんでしたが、さすがにそれ以降は「お気に入り」に入れて、たまにのぞきに行っていました。

 その後当ブログは同掲示板では鳴かず飛ばずの状態でしたが、昨年2月の『小沢捜査は小泉元総理が黒幕?』がどういうわけか、先月になって掲載されました。
 この記事掲載以後何となく気になって、同掲示板を1日1回はチェックし、読みたい幾つかの記事に目を通すようになり今日に至っています。

 『★阿修羅♪掲示板』は、フリー百科事典『ウィキペディア』によりますと、
 ー 政治・経済・法制・文化・社会問題・文科・理科・貴重情報の保存を目的とする、インターネット電子掲示板の一つ。“2ちゃんねる” と同様に無断転載が多数あり、投稿者のレベルもまちまちであるので、一概に優れていると評価し得ない。
 同掲示板は1995年4月のテレ朝『ニュースステーション』(当時)で取り上げられ話題になった。今のような掲示板とて開設したのは、1997年3月のことである ー

 こうしてみますと、★阿修羅♪掲示板は大変長い“歴史”があるわけです。その歴史にふさわしく、今現在の総アクセス数は驚くべきことに「4250万件以上」にも上っています。
 もっともこの4千万超という数字は、『植草一秀の「知られざる真実」』も今月18日で達成したそうです。勢いからして同氏ブログが阿修羅を抜くのは、時間の問題かもしれません。

 余談ですがー。『植草氏ブログ』は、当ブログと同じ08年4月開設なのだそうです。月とスッポンほどの違いで気が引けますが、当ブログもおかげ様で19日に「30万アクセス」に到達しました。そこでその2、3日前からそれを記事にしようと、はじめから3段落くらいを作成していたのです。しかし『植草氏ブログ』の天文学的数字を知り、恥ずかしくなって急ぎ削除した次第でした。
 それにしても植草先生のは記事内容のしからしむるところ、とにかく凄まじい勢いです。当ブログなどより、何百倍もの「発信力」があるわけです。

 余談ついでにー。最近おそろしく「遅読」の私は、植草先生の近著『日本の独立』を昨年12月初めに求めたものの、まだ完読しておりません。
 同著はたとえば「有隣堂厚木店」の場合、2週間ほど前は1階売り場の総合売上げランキングで「8位」になっていました。また23日久しぶりで同書店に行ったところ、今度は専門書を扱っている2階入り口付近に、あまたある新刊書の中で『日本の独立』のみ単独で、白いワゴンに30冊ほど積み上げられていました。

 話を戻します。★阿修羅♪掲示板クラスともなりますと、コメント数も凄いのです。最近は本文と共にコメントにもざっと目を通すようにしていますが、私などが気がつかない視点や新情報のコメントがあったりして、けっこう刺激を受けています。
 私の『冤罪だったら誰が責任を取るのか』にも36ものコメントが寄せられています。最初10に満たない時点では、いきなり最初の人が小沢元代表や川内議員をこき下ろすコメントで、愕然としました。この人はどうやら、以前から札付きの“阿修羅コメント荒らし”のようですが、しかしその後はそれに対する猛烈な反撃コメントが続きます。どうやら同掲示板は「親小沢」読者が圧倒的であるようです。

 しかし“愉快犯”的くだんのお人その後何回も登場しては、その都度大バトルとなり、私の記事コメントに限って5つくらい削除になっています。(なお削除コメントも見ようと思えば見られます。)

 同コメント中に以下のようなものがありました。
   枝野が電通にネット対策しろ。と年末にオーダー。
   今年になってアシュラに工作員は増えた。
   他のサイトは、もっとすごいようだ。
   電通は国賊企業だ。

 およそ役立たずの枝野“猪八戒”官房長官は、裏に回って「ネット規制」を米国代理店・電通に指示していたというのです。これは見逃すことの出来ない、時の政治権力による「言論弾圧」なのではないでしょうか?
 菅政権の連合赤軍的陰湿な体質を垣間見る思いです。

 (大場光太郎・記)

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無視された「要望申し入れ」

 -政界、司法界、マスコミ界の暗黒化。早く歯止めをかけないと大変なことに…-

 前回『冤罪だったら誰が責任を取るのか』記事で述べましたとおり、22日の党常任幹事会で小沢一郎元代表に対する「(裁判確定までの)党員資格停止」処分が正式決定されました。実はその前、同日午前に開かれ小沢元代表が弁明した党倫理委員会に対して、川内博史衆院議員、森ゆうこ参院議員、佐藤公治参院議員が連名で下記のような「要望申し入れ」を行っていたのです。

 にも関わらず、政界切っての老醜老害議員・渡部恒三を議長とする倫理委は、この要望書の受取りすら拒否したのです。これから始まる「小沢裁判」なるものがどういうものか、党幹部たちは誰もが知っていながら、「真実」に目を背けただただ「小沢切り」だけを狙っているのです。
 これは民主主義国家の政権与党にあるまじき、恐ろしい姿です。まるでどこぞの一党独裁共産主義国家の人民裁判のようなものです。

 冤罪だろうが何だろうが、小沢元代表を処分したい現党幹部らの思惑の一つに、仮に「ポスト菅」となった場合小沢元代表を代表選に立たせない「方便」処分の意味合いがあるようです。「党員資格停止」になれば、その期間小沢氏は代表選に立候補できない規定ですから。

 これはもちろん菅直人の意思ではありません。今の菅民主党は理念なき野合集団にすぎません。「小沢憎し」で凝り固まっていても、党幹部らの目指すベクトルはそれぞれ違うとみられるのです。やはり主導しているのは、最早菅を見捨てていると思われる「腹黒」仙谷由人代表代行一派なのでしょうか?

 この「要望申し入れ」は【拡散】の要ありと感じ、『参議院議員 森ゆうこ』ブログから以下に転載させていただきました。  (大場光太郎・記)

                       *
民主党倫理委員会へ要望申し入れ

【党倫理委員会に対して、小沢元代表の審査を行う前に検察審査会の問題点について説明をさせてほしい旨申し込みましたが、断られました。
倫理委員会における説明を断られたので、13:45に本部6階エレベーター前で各委員に、「小沢一郎元民主党代表に対する審査の前に 検察審査会の問題点についての精査を要望する申し入れ」を手渡した。】

                                        
民主党 倫理委員会会長 渡部恒三 殿
 
                         衆議院議員  川内博史
                                                    参議院議員  森ゆうこ
                                                      参議院議員  佐藤公治

小沢一郎元民主党代表に対する審査の前に検察審査会の問題点についての精査を要望する申し入れ

法改正後の検察審査会については、制度の不備により冤罪を招きかねないと多数の有識者からも指摘を受けているところであります。
そもそも、昨年9月14日の小沢一郎元代表に対する「起訴議決」が議決要件を満たしていないため無効である可能性が濃厚になっております。その理由については別紙の通りであります。
「無効の可能性の高い議決による起訴」を理由に小沢元代表を処分することは、今後に禍根を残すことになります。倫理委員会におかれましては、添付資料を精査され、賢明なご判断をされますよう心からお願い申し上げます。
                              【理 由】

1.検察審査会法第41条の6第2項の規定により、「起訴議決」をする前に検察官の出席を求め説明をさせなければならない。
    しかし、検察官の出席が9月14日に議決した後であることが、最高裁提出資料や関係者の証言によって明らかになりつつある。検察官の説明は「起訴議決」の必須要件である。従って議決は無効である可能性が濃厚である。

  ▼担当の東京地検特捜部斎藤隆博副部長(当時)が「これから東京第五検察審査会へ説明に行く」と関係者に語ったのは議決の後であった。
  ▼最高裁提出資料によれば、9月28日に審査会が開催されて他の案件が議決されており、この日時は担当検事が関係者に語った時期と符合する。

2.審査補助員の吉田弁護士に対する委員手当、旅費の支払い資料、及び最高裁提出の審査事件票によって判明した事実は、大手マスコミ各社が一斉に報道した内容と著しくかい離している。

3.審査補充員から臨時の審査員を選出した記録「臨時選定録」によれば、「起訴議決」を行った審査員と「議決書」に署名、押印した審査員は同一ではない。議決に参加していない審査員が証明押印した議決書は、法令上も、社会通念上も無効なのは明らかである。
    ※指摘を受けて、最高裁は提出した「臨時選定録」の順序を変更した

4.議決した審査員11人の平均年齢が2回とも全く同じ「34.55歳」である。専門家によればこれは確率上ほとんど0である。また、平均年齢を3回訂正して発表したことで審査会が適正に開催されたのか国民から多くの疑問の声が寄せられている。

  ※添付資料をご参照ください。【「資料1」】 【「資料2」 】   
 (以上転載終わり)

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「冤罪だったら誰が責任を取るのか」

 -川内議員の義憤に同感だ。賛成した幹部連中は議員辞職を覚悟しておけ-

 小沢一郎元代表に対する処分が22日夕、党常任幹事会で決定しました。想定どおりの「党員資格停止」処分です。同幹事会に出席した菅直人総理は同日夜、官邸の記者団に「丁寧に手続きを経て、党のケジメがついたと理解している」と語りました。これは「語る」というより「騙る(かたる)」と表記すべきです。

 菅総理は、小沢元代表の処分をめぐって、これまで何回も「党のケジメ」を口にしています。しかし小沢元代表や小沢系議員らからすれば、「アンタにだけは言われたくない」という心境なのではないでしょうか?
 というのも、昨年6月の菅政権発足以来「党のケジメ」を最もつけるべきは、菅直人本人であるからです。

 政権発足直後に行われた参院選では、選挙前「国民から審判を受ける選挙だ」と宣言して臨んだのです。結果はどうだったか?予め低く設定した54議席に10議席も足りない「44議席」という惨敗を喫し、その後の七転八倒の「衆参ねじれ」状況を自らが作ってしまったのです。
 消費税増税を出したり引っ込めたりの菅政権に、国民はハッキリと「ノー」のレットカードを突きつけたのです。菅直人が自分の発言に責任を持つまっとうな政治家なら、その時点で退陣するのが当然です。

 ところが「異常なところがある」菅直人は、国民から“総理免許”を取り上げられたにも関わらず、無免許状態でシレッとして政権を運営し続けています。その結果一々述べるまでもない次第で、内政、外交両面にわたって、脱輪、信号無視、衝突などメチャクチャな、危なくて見ていられない政権運営で今日に至っています。
 惨敗の参院選以後の主要地方選でも、菅民主党は連戦連敗です。選挙責任者が辞任するなど、何らかの「党のケジメ」をつけるのが世間の常識と言うものです。
 ところが菅代表はじめ岡田克也幹事長以下党幹部は、誰一人として何の責任を取っていません。こんな性根の腐った菅直人らが、「党のケジメ」など言えた筋合いでしょうか?

 常任幹事会の会議中、小沢元代表に近い川内博史衆院議員が「冤罪だったら誰が責任を取るのか !」などと大声で主張し、部屋の外で息を殺して待機していた記者団にもはっきり聞こえたということです。
 川内議員が声を荒らげるのは当然です。いな誰かが声を挙げなければならなかったのです。途中で部屋を飛び出した川内議員は、「結束に大きく影響する。処分の正当性が理解できない」と、記者団に鬱憤をぶちまけています。

 当ブログで何度も述べてきましたとおり、小沢元代表の強制起訴そのものが、今大きく揺らいでいるのです。
 森ゆうこ参院議員らによる精力的な調査により、2度目の「起訴相当」議決を出した東京第五検察審査会の密室議決の実態がかなり明らかになりつつあります。(例によって新聞・テレビはほとんど報道しませんが)ズバリ最高裁、検察、検察審査会、日弁連が一体となって、小沢元代表を強制起訴に持ち込んだ「暗黒司法」の実態が、白日の下にさらされようとしているのです。

 常任幹事会に先立って同日午前、党倫理委員会(委員長:渡部恒三)が小沢元代表から弁明を聴取しました。小沢氏は「何一つやましいことはない。裁判で無実が明らかになる」と反論し、処分については「前例がなく理解に苦しむ。合理的理由は見当たらない」などと不当だと主張しました。離党もキッパリ否定しました。

 小沢元代表が倫理委に提出した文書の骨子は以下のとおりです。
・検察審査会による強制起訴と検察による起訴は異なる
・検察審査会の起訴議決に手続き違反がある。正当性に疑問がある
・衆院政治倫理審査会への出席は拒否していない
・党員資格停止処分の期間が「判決確定まで」なのは、前例がなく著しく不穏当
・処分に合理的な理由がない
・引き続き民主党の国会議員として取り組んでいく

 倫理委で小沢元代表に弁明の機会を与えたのは、単なるセレモニー。「連合赤軍」菅直人分派は、弁明の内容がいかなるものであれ「はじめに処分ありき」だったのです。
 十六義士決起によって高まった「菅おろし」がその後沈静化しています。これは一つは「気違いに解散権」というもので、狂気の菅直人が本当に解散しかねないこと。もう一つは菅政権という“泥船”を、新聞・テレビという「広域暴力広報団」が必死で下支えしているためと思われます。
 しかし、今は「嵐の前の静けさ」とも思わせられます。それが証拠に、フリージャーナリストの岩上安身氏が、自身のツイッターで次のような驚きのツイートをしています。

小沢氏、ある政治家と会い、「この一、二週間で、政局になる」と語った。本日、永田町にて聞いた話。RT @tomoyakitada @iwakamiyasumi必読願います。「倫理委員会の皆さんへ 私の主張」 倫理委員会での小沢一郎氏の発言 http://bit.ly/i9O1Cl

 この小沢氏の発言がいつ発せられたのかは不明ですが、ごく最近であることは間違いないようです。「政局」ということは、菅直人の意思に反して「みじめな退陣」?それとも予算案審議など放り出して「自爆テロ解散」?私は前者だと思いますが…。

 (大場光太郎・記)

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「ねむの木学園」大被害

 -宮城さんが心血を注いで築き上げた児童施設が、犯罪者の食いモノにされた-


                      ねむの木学園遠景 (静岡県掛川市)

 
またまたイヤな事件が起きました。
 肢体不自由児の療養施設「ねむの木学園」園長の宮城まり子さん(83)の口座から、現金が引き出されていたことが分かったのです。同口座には1億数千万円あるべきところ、84万円しか残っていないことに宮城さんが気づき、不正の発覚につながったということです。
 
 警視庁捜査2課によりますと、詐欺容疑で逮捕されたのは、音楽家の広沢憲行(57)と学園関係法人元従業員の近藤由美子(56)の2人です。近藤容疑者は2008年2月から2010年6月、宮城さんの承諾のないまま十数口座から現金計約5億円を引き出し、広沢容疑者の口座に振り込むなどしていたとされるものです。

 女が勤務先から多額の現金を引き出して愛人の男に貢ぐ。こういうケースは過去にも何度かありました。両容疑者の関係は不明とされていますが、同学園に30年ほど勤務し地味で目立たなかったという近藤容疑者が、02年11月から同学園に出入りしていた広沢容疑者に色仕掛けで誑(たら)しこまれ、五十路女の情炎燃え上がり、つまりは今回の犯罪となったものでしょうか。
 そうして詐取した数億円を広沢容疑者は、その一部を自身がプロデュースした歌手のプロモーション費用や借金返済などに充てていたといいます。

 「ねむの木学園」も「宮城まり子さん」も、今の若い人たちはあまり知らないかもしれません。しかし私にとって宮城さんは懐かしい人の一人です。というのも私らが子供だった昭和30年代半ば頃、白黒テレビによく出ていた人だったからです。
 宮城まり子さんは国民的歌手として、全国のお茶の間で親しまれていました。当時ヒットしていたのが、
  ♪トンボだって カエルだって
       ミツバチだって
   みんな みんな生きているんだ
       友だちなんだ         (2番より) 
でおなじみの『手のひらを太陽に』(作詞:やなせたかし、作曲:いずみたく)でした。その頃宮城さんは、NHK紅白歌合戦にも計8回出演しています。

 私が歌手・宮城まり子の代表作として挙げたいのは、1955年(昭和30年)に大ヒットした『ガード下の靴みがき』です。この歌については、09年3月『ガード下の靴みがき』記事で取り上げました。宮城さんは後年、「この歌は、その後の私の生き方を変えてくれた歌なのです」と述懐しています。
 戦後間もなくの戦災孤児の姿が鮮明に歌われており、何度聴いても涙が溢れてくる名曲です。(今でもコンスタントにアクセスがあり、大変嬉しく思っています)

 宮城まり子(本名:本目眞理子)は、1927年(昭和2年)3月21日東京の貧しい母子家庭に生まれました。幼くして母、弟が相次いで死亡するというつらい少女時代を送ったようです。
 このような生い立ち、そして『ガード下の靴みがき』との出会い。宮城さんは、信仰篤いクリスチャン(プロテスタント系)となり、1968年(昭和43年)にはタレント活動を引退して社会福祉施設「ねむの木学園」を創設したのです。
 また宮城さんを語る場合忘れてならないのが、作家・吉行淳之介との交際です。吉行の死(1994年)まで、良きパートナーとして都内の互いの自宅で同居し合いました。

 同学園には、今回の事件を知った全国の人たちから、多くの激励の手紙やファックスが届けられているといいます。今回の事件によって、同学園の運営に支障をきたすことはなさそうなのが不幸中の幸いです。
 ねむの木学園は今や、押しも押されもせぬ公共的使命を帯びた福祉施設です。今回の事件を奇禍として、再発防止策につとめられ、同学園の益々の発展を願わずにはおられません。
 また園長の宮城まり子さんは、創立者として十分すぎる社会貢献をしてこられました。そろそろ優れた後継者に後事を託されても良い時期なのかもしれません。
 宮城さんの一層のご多幸、ご長寿を、心よりお祈り申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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小沢首相待望論

 -イラク戦争に反対しレバノン大使を解雇された天木氏の直言は傾聴に値する-

小沢系衆院議員16人の会派離脱は、民主党内に大変な衝撃を与えました。以来「菅総理退陣要求」は強まる一方です。その動きは小沢系議員のみならず、中間派や、地方組織、党幹部にまで及んでおり、止まるところをしりません。
 この期に及んでも“総理亡者”の菅直人は、訳の分からぬ屁理屈言って「総辞職はいやだ。やるなら解散だ」と駄々をこねています。支持率17%台総理(直近の時事通信社調査)が総選挙に打って出て、本当に勝てるとでも思っているのでしょうか。何という往生際の悪い、見苦しい御仁なのでしょう。

 これ以上党内と政局を混迷させてどうする。「政治」はアンタの私物じゃないぞ。

 そんな中、元外交官の天木直人氏が、ご自身のブログ『天木直人のブログ』で「小沢首相待望論」を展開しておられます。小沢一郎氏自身は公判を控えた身、常識的に考えれば実現性は低いと思われます。ただ今後の政局の変化、草の根市民運動の盛り上がり次第では「小沢裁判取りやめ」となって、思ったより早く小沢元代表の無罪が国民に証明される展開がないとはいえません。

 なお天木直人氏は、イラク戦争当時の駐レバノン大使で、対イラク政策をめぐって時の小泉“ポチ公”政権に意見を具申する公電を送り、外務省から「解雇」された気骨ある外交官でした。  (大場光太郎・記)
                       
                       *

小沢一郎に一度日本を任せてみるほかはないだろう

 私のように、既存のすべての政党、政治家とのしがらみ、
利害関係のない者が言っているのだから間違いない。

 ここは一つ小沢一郎という政治家に日本を任せてみることだ。

 今度の造反劇は菅・小沢の争いの最終劇の幕開けである。

 というよりも、これまでよってたかってたたかれた小沢一郎の
最後で、最強の反撃である。

 その意味で私は小沢を応援したくなる。

 よくここまで頑張った、と。

 いままでさんざん小沢叩きをしてきた連中の鼻をあかしてやれ、と。

 考えてみればこのような事態が早晩起きる事は誰もが想像していた。

 それが突然、思いもよらない形であらわれたということだ。

 そしていざその時が来るとやはり衝撃は大きかったと言うことだ。

 一番衝撃を受けたのはもちろん菅首相である。

 しかし、それに劣らず衝撃を受けたのは
小沢叩きを繰り返してきた大手メディアなのだ。

 だから大手メディアは一様に不快感をもってこの造反劇を受け止めた。

 あらゆる表現でこの造反劇を批判的に報道している。

 批判的な報道をする事によって、無知な国民を反小沢に誘導しようと、
いまでも小沢潰しに奔走する。

 いわく国民生活そっちのけで内紛はやめてくれ、

 いわく反乱した議員16人は次の選挙で落選確実な連中だ。
生き残りのための悪あがきだ、などなど。

 NHKの大越健介や、TBSのみのもんたや、テレ朝日の古館伊知郎などは、
正直にこれをしゃべっている。

 とんだお笑いぐさだ。

 もうそんなおためごかしを続けるよりも正直に解説してみろ。

 日本がおかれている状況は深刻だ。

 菅民主党政権でそれが解決できない事はもはや明らかだ。

 どうすればいいか、その政策を明確に語っている政治家は小沢一郎
のほかにいない。

 政治的影響力を持っている政治家は小沢一郎のほかにいない。

 好き嫌いを言っている場合ではない。ここは一度小沢一郎に
任せるほかはないのだ。

 小沢で駄目なら次を考えればいいだけの話だ。

 それが民主政治だ。よりよい政権へのたゆまぬ追求だ。

 主役はあくまでも我々だ。

 日本の置かれている状況が深刻であり、その舵取りをすることが困難な
事を一番よく知っているのもまたは小沢一郎に違いない。

 ここはひとつ小沢一郎に任せてみるほかはない・・・  (以上転載終わり)

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第24回・サラリーマン川柳

 -検察審査会の「市民目線」などぶっ飛ばす、まさに「庶民目線」の秀句群-

 第一生命による「第24回サラリーマン川柳100句」が17日発表されました。「サラ川」は、『流行語大賞』『今年の漢字』などと並んで、その時々の世相を知るための格好の指標となるものです。
 当ブログでは開設以来注目し、『第22回』『第23回』とその都度取り上げてきました。今回もまた取り上げてみたいと思います。

 「サラリーマン」と銘うっていることもあり、先ず会社における自分の立ち位置、上司との関係、会社そのものへの喜怒哀楽を詠んだものが多くあります。なお引用句の後の()内は“雅号”です。
 
   ボーナスは メガネかけても 飛び出さず     (3D頼り夫)
 長引くデフレ不況下、各企業はたとえ業績が回復して収益が上がっても、せっせと内部留保または株主配当に回してしまい、社員の給料、ボーナスは横ばい、下降傾向です。
 この句はその悲哀を詠んでいます。雅号から推察するに、メガネとは当今流行りだした「3Dメガネ」ということなのでしょう。昨年私も映画館でこれをかけて試用してみましたが、なるほど映像が立体的に飛び出す迫力に圧倒されました。
 100万円の札束なら約1センチくらい?それなら十分立体的に感じられることでしょう。しかしそんなにはとてもとても…。その3分の2、いや半分以下?

   持ってない ととのえられない 我が会社   (七色とうがらし)
 「持ってる」は、日ハムに入団した斎藤祐樹投手が、大学最後となる試合で早稲田大学を優勝に導いた直後、インタビューで答えた言葉でした。「ととのえました」と共に昨年度流行語大賞にノミネートされました。
 この句はその両方を否定形で巧みに織り込んでいます。「持ってる」というのは、ツキや運を持っているということなのでしょうが、「当社には残念ながらそれがない」というのです。「運も実力のうち」と言いますから、きっと社運が傾いてどうしようもない状態なのでしょう。
 それは、会社としてのリズムが崩れていることに起因しているのかもしません。ならば悪い流れを戻して善循環の流れに乗るには、さまざまなことを「ととのえる」ことが必要ですが、それすら出来ないというのです。これではますます負のスパイラルですね。

   役員の ブログで知った 社のピンチ   (しーぱっぱ)
 今はある意味「まやかしの時代」です。国際関係、政治の世界、企業間取引、男女の関係…。会社の中にあってすらそう。まして役員ともなると、下々の社員は適当にあしらい、企業のマル秘情報は漏らさないものです。
 この句の主人公は会社の実情など知らず、業績もまあまあだしと安心していたのです。ところが、たまたまのぞいた社の役員ブログには仰天です。『どうせ我が社の者は来ないだろう』と油断したのか、それとも重圧をブログでつい発散したくなったのか。社の窮状が述べてあったのです。読んだことが吉と出るか凶と出るかは、あとは当人の身のふり方次第でしょう。

 「サラ川」では、政治モノにも毎年秀逸な句がみられます。今回で特に目立ったものをー。
   日本海 どこからどこまで 日本かい   (万歳老人)
 ありました、ありました。こう思わせられる出来事が。昨年9月尖閣諸島沖で発生した、中国漁船衝突事件。船長を逮捕したは勇ましくても、中国の猛抗議にたちまち腰砕け。「あくまで那覇地検の決定」という世にも珍奇な国家判断で、起訴せず船長釈放という国際的赤っ恥。かと思うと「国家機密」のはずの衝突映像が、ネットに流出して大慌て。
 「弱」菅外交の足元をしっかり見たロシアは、大統領らが続々北方領土訪問。とどめに今月、最高権力者のプーチン首相まで訪問するそうな。
 こんな日本外交の破綻を見せられては、「どこからどこまで 日本かい?」と国民誰しもが不安になってしまいます。

 バブル崩壊後の「失われた20年」の漂流日本。この国は本当に夢のない社会になってしまいました。それを端的に詠んだのが、
   小学生 夢見る職は 「正社員」   (クラーク博士)
 ちょっとクラーク先生。あなたは確か「少年よ、大志を抱け」とおっしゃったのではありませんでしたか?あなたの感化を受けて、この国の昔の少年は「末は博士か大臣か」と“大志”を抱いておりましたのに。
 最近子供たちに「将来何になりたい?」と聞きますと、中には「宇宙飛行士」などと昔ながらの大志を抱く子供もいるにはいるが、多くは「サラリーマン」「ケーキ屋さん」「バスの運転士」「花屋さん」など、日常に密着した現実的なものが多いそうです。それを究極すればこの句になってしまうわけです。
 夢見る「少年たち」がこれではいけません。

 「サラ川」の花形は、何といっても夫婦間の“グチ川柳”です。この分野で今年も秀句が多く、5、6句まとめて紹介したいほどです。しかし出来ませんので、特に印象深かった句をー。
   我が家でも 影の総理が 幅利かす   (湘南鳶)
 思わず「うまい !」と言いたくなります。この句は、時局を巧みに身近なところにたぐりせて詠んで秀逸です。一家の大黒柱のはずのこの俺(夫)は“お飾り”で、我が家の実権は「影の総理(妻)」が握っているというのです。これは言わずと知れた、改造内閣前の菅直人総理と仙谷由人官房長官(当時)の関係が前提にあるわけです。
 
 でも“家庭政府”においては、「カカア天下」の方がうまくまとまると言われています。ただし、亭主に上手に花を持たせる「賢いカカア」でなければなりません。影の総理が「幅利かす」ではうまくいきません。どうりで「出たがり仙谷」官房長官は、当時から菅総理との関係がギクシャクしていたわけです。
 その仙谷代表代行が、切羽詰まった菅総理に「鈴をつけられるのはオレだけだ」と、菅退陣に動き出したもようです。もし失敗すれば恐怖の「解散」ですぞ。党分裂の元凶、仙谷由人。仮に「鈴をつけらない」ようだと、民主党は木っ端微塵に吹っ飛ぶぜよ。

 (大場光太郎・記)

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菅政権退陣秒読み?

 -通常の総理なら総辞職だが、何せ“異常”総理だから「ブチ切れ解散」も?-

 小沢一郎元代表の「党員資格停止」処分が提起され、親小沢派の誰だったかが「執行部は自爆装置をセットした」というようなことを漏らしていました。これは「この処分によって、現政権は崩壊する」と暗に言っているようにも思われました。
 同時に『いくら何でもそこまでは…』とも思いました。というのも、昨年の「6・2政変」以来「反小沢」「脱小沢」を日に日に強め、閣僚、党要職などから悉くスポイルされ、さんざん陰湿な締め付けに合いながらもじっと隠忍自重、菅政権幹部たちに対して抵抗らしい抵抗を示してこなかったかったからです。

 しかし17日、事態は急変しました。『なるほど“自爆装置”とはこういうことだったのか !』と思わせられる事態が起りました。
 親小沢派の比例区当選衆院議員16人(会長:渡辺浩一郎衆院議員)が、「今の菅政権は、国民との約束を果たす本来の民主党政権ではない」として、岡田克也幹事長に衆院会派「民主党・無所属クラブ」からの離脱届と、新会派「民主党政権交代に責任を持つ会」の結成届を提出したのです。 

 会派代表でもある岡田幹事長や、党代表の菅総理は、今回の十六義士(中にはたおやかな女性-にょしょう-もいますが)の決起に大慌て。今日の深刻な党分裂を招いた元凶である仙谷由人代表代行らと善後策を急遽協議するなど、にわかにドタバタ周章狼狽ぶりです。
 かといって、アメリカ様にも見放されつつある10%台支持率の「泥船政権」に、有効な対策は見出せず、強硬手段で十六義士を封じ込めることもできず。結局党として離脱は認めない、したがって新会派結成も認められない、しかし特段十六義士へ処分も申し渡すことも出来ず、ただ茫然と今後の成り行きを見守るというのです。

 (以下戯画的に)アンタら、小沢元代表を処分することによって生じる、各方面での「影響評価」をまったくしていなかったわけ?仙谷由人という政界随一の名軍師(?)がついていながら、何たるザマだよ。(やっぱり迷軍師だったんだな)
 16人が予算関連法案反対に回れば、すべては水の泡じゃん。菅総理が「葬式うつ病」「パニック症候群」に陥るほど、自業自得の「衆参ねじれ」にのた打ち回り、公明党に色目を使い、たちあがれ日本に秋波を送り、社民党を再び抱き込む、「衆院2/3再可決」に向けた今までの苦労は何だったの?

 党内の半分の勢力をとことん苛(いじ)め抜き、そのくせ外(野党)にはヘラヘラ追従笑い。バカだねえ、菅さん、仙谷さん、岡田さんらは。その結果の今回の十六義士の決起じゃないの。事態を沈静化させようといくら見守っても、一度挙がった「倒閣」の火の手は決して収まることはありませんよ。
 むしろ二の矢、三の矢、次々と。「小沢ガールズ」や「小沢側近」など、まだ影も形も見せていないんだから。それに菅直人に政権を渡した途端、小沢グループと共に冷や飯食らいの鳩山グループ。9・14“イカサマ”代表選で菅直人に投票した多くの議員が今では後悔し、菅総理から離れていっているというし。
 「小沢離党となってもついて行くのはわずか数人だよ」とぬかしていたのは、どこのどいつだ?仙谷、貴様だったな。このヘボ軍師が。

 3月政変どころか、2月政変も視野に入ってきました。ということは通常の総理大臣なら、諸般の事情を考慮して、区切りで潔く自ら総辞職の道を選ぶものです。しかし相手は連合赤軍的セクト主義に凝り固まった、小泉純一郎以上に狂気な菅直人です。世の常識が通用しない御仁だけに、すんなり総辞職といくのかどうか…。

 今回の会派離脱の動きは、当人は否定していますが小沢元代表も了解しているとみて間違いないでしょう。じっと息を潜めていた“豪腕”が、「いよいよここが勝負時」と見て一気に仕掛けてきたのではないでしょうか?「政界再編」に向けて“壊し屋”の本領発揮?
 その小沢元代表は、「異常なところのある菅さんは何をするか分からない。近々解散があるかもしないから、そのつもりで準備を進めるように」と、つい最近も一年生議員らに話したそうです。

 仮にもしそうなったら「連戦連敗」の菅民主党を捨てて、志しを共にする同志たちと集団離党、即新党結成でしょう。それに原口一博前総務相が立ち上げた「日本維新の会」、河村たかし名古屋市長、橋下徹大阪府知事らが加われば、みんなの党や公明党など軽く抜く一大政党となります。
 「日米対等、自主独立」「国民の生活第一」などの真民主党の理念を掲げて、「対米隷属」「米国、官僚、財界が第一」の菅直人の悪民主党、自民党などと対立軸を鮮明にすれば、政界再編の要、二大政党の一方になれること必定です。

 加えて最近当ブログでも取り上げていますとおり、ネットから生まれた「草の根市民運動」も全国的広がりを見せ、底辺から「小沢」民主党をサポートしつつあります。
 戦後65年にも及ぶ「米国支配」のこの日本でも、その間たまりにたまった巨大なマグマが、今まさに噴出しようしているように思われるのです。

   天の怒りか地の声か
   そもただならぬ響(ひびき)あり
   民(たみ)永劫(えいごう)の眠りより
   醒(さ)めよ日本の朝ぼらけ        (『青年日本の歌』六番)

 (大場光太郎・記)

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狂気の「浅間山荘」政権

 -小沢元代表への「党員資格停止処分」は、連合赤軍の集団リンチと同じだ-

 何週間か前たまたま乗った電車の中で、某週刊誌の中吊り広告が目に飛び込んできました。そのトップの大見出しが「浅間山荘内閣」云々というものでした。さすがは「コトバ」を最大の売りにしている週刊誌、言い得て妙のネーミングをするものだと感心して眺めていました。
 しかしその後分かったことには、「浅間山荘内閣」は昨年11月頃既にネット上で使われていたのです。それをその週刊誌がパクッたことになるわけです。ともあれネット情報の、ものの本質を見抜く的確さ、迅速さを垣間見る思いです。
 それと共に週刊誌レベルでは、今やネット情報は無視できない貴重な情報源であることもうかがわせるものです。

 私はその週刊誌記事を読んでいませんが、時の菅内閣に対して「浅間山荘内閣」と呼ぶ理由は何となく分かります。現政権の中核を担う菅直人総理や仙谷由人前官房長官はまさに全共闘世代、特にこの両名は実は当時の70年学生運動に身を投じていたからです。
 もっとも佐々淳行氏の証言によりますと、菅直人は東工大で何とか委員長時代、当時から「逃げ菅」ぶりが際立っていたようです。また東大生の仙谷由人も、最前線で身を挺している仲間を尻目に、小ずるくも司法試験の勉強に没頭していたのです。その結果「オレ様は一発で司法試験に合格したんだぞ。どうだ凄いだろう」と、今日に至るまで自慢のタネにしているのです。

 昭和47年(1972年)に起きた「浅間山荘事件」については、先日の『日本国民は、なぜおとなしくなってしまったのか』記事でも少し触れました。特に問題なのは、今月5日獄中で病死した永田洋子死刑囚ら連合赤軍のメンバーが浅間山荘に立てこもる以前(永田死刑囚は浅間山荘直前に逮捕)、逃走中に12名の仲間に“総括”と称する集団リンチを加え殺害し、群馬県榛名山中などに埋めるという狂気の行動を取っていたことです。

 今回の菅執行部や党役員会などにおける、小沢一郎元代表への「党員資格停止」処分は、強制起訴の実態を知る者にとってみれば、まさに集団リンチ以外の何物でもありません。
 とにかく岡田克也、枝野幸男、玄葉光一郎ら現政権幹部らは、全共闘、連合赤軍のDNAを有する菅直人、仙谷由人という首謀者の「セクト主義」「内ゲバ」「集団リンチ」体質の影響をモロに受けているとしか言いようがありません。

 菅総理や岡田幹事長らが“錦の御旗”としている、「小沢元代表は離党すべきだ、議員辞職すべきだ…70%以上」などという世論調査は、真相を何も知らず新聞・テレビに好き勝手に世論誘導されているB層国民の愚見でしかありません。
 これをお読みの方々は、小沢問題は検察やマスコミによってデッチ上げられた「冤罪」であることを、先刻ご承知のA層国民であると推察申し上げます。意識の進んだA層が多くを占めるネット世界でこの問題で調査しますと、「小沢元代表の党員資格停止に賛成、反対」では「反対…79%」(Livedoorネットリサーチ調査)と、マスコミ調査とは真逆の結果となるのです。

 最新の内閣支持率は発足以来最低の19.9%(共同通信社、11・12日調査)と、最早「退陣水域」に突入しています。ゆえあって、また「方便」発言でマスコミのバッシングを受けている鳩山由紀夫前総理や、悪名高い森喜朗元総理の時は、10%台に突入した時点で総辞職となっています。
 この結果は菅直人本人のリーダーシップの欠如と、菅政権の内政・外交両面にわたる相次ぐ大失政に嫌気をさした結果です。決して小沢元代表の「政治とカネ」問題によるものではありません。政権幹部は「魔違って」はいけません。それに予算案、同関連法案の成立を目指す上からも、今回の処分は大愚策です。

 今回の処分について、党内の親小沢グループからは反発の声が強まっています。今や民主党一の注目議員となった感のある森ゆうこ参院議員は、「本日(14日)の役員会の判断は、私は到底、受け入れることはできない。どうかしてるよ民主党 ! 正気に戻れよ民主党 !」と大正論を吐いていますし、中には公然と「菅降ろし」を叫ぶ議員までいます。
 また民主党だけではなく、連立を組む国民新党の亀井静香代表も16日、「ちょっとした(思想の)違いで『総括』して、リンチ殺人をする。今の民主党を見ていると、連合赤軍を思い出す」と、まさに本記事全面支援の“座布団10枚 !”ものの意見を吐いています。

 何度でも言いますが、昨年西松事件に関連して大久保隆則元秘書が逮捕された「3・3事変」以来の、東京地検特捜部の政治的謀略そのものの小沢捜査の全容を、菅政権はきちんと調査し、国民に「小沢元代表無罪」を訴えたことがあったでしょうか?
 それをしないで、「政治とカネ」という詐術的なマスコミ世論にただ便乗して、「殺小沢」に動いているだけの政権はまさに犯罪的です。

 先ほど引用した森ゆうこ議員は、9日の「検察審査会の疑惑を究明する市民と国会議員の会」で、最高裁や検察審査会事務局などから丹念に集めた情報、資料を元に、「検察審査会の憲法違反、小沢氏審査会起訴の手続き無効」について、驚くべき内容を話しています。
 これは弘中惇一郎弁護士など小沢弁護団もいずれ把握するはずで、小沢裁判の法廷で大問題になることでしょう。これによって、最高裁、検察、検察審査会一体となって小沢元代表を起訴に持ち込んでいった謀略の実態が白日の下に明らかとなり、小沢裁判は最初の段階で躓き、検察官役の“層化”学会員という大室俊三弁護士以下は早々と公判維持を断念せざるを得なくなるのではないでしょうか?

 菅「連合赤軍」政権は、後々まで禍根を残しそうな処分に踏み切ろうとしているのです。今回の小沢元代表への「党員資格停止」処分は、裁判の判決が確定するまでだそうです。その間小沢氏は党の役職には就けない、代表選には立候補できない、期間中に衆院選があれば公認するかどうかは党執行部が判断するなど、一番軽いとは言えどっこいなかなか厳しい内容です。

 『孫崎亨ツイッター』(12日12:44AM)によりますと、「普天間基地移設」「ТPP推進」などで一生懸命尻尾を振ってきたはずの肝心のアメリカ様が、既に菅政権を見放し始めているといいます。今回「米国」広告代理店・電通系の共同通信社が、真っ先に10%台支持率調査を出したのが、そのシグナルだというのです。
 ということは、やはり菅内閣は持って3月まで?次はやはり米国お気に入りの前原誠司政権?それを見越して前原外相は、一枚岩と思われた仙谷代表代行と一線を画しても、政権運営上親小沢グループに接近を図っています。今後の政局次第では、今回の小沢氏処分などあっさり白紙に戻る可能性だって、十分考えられるのです。

 (大場光太郎・記)

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【読者からの訴え】

 『日本でも、市民が声を挙げ始めた』記事に、遠藤勝人様がコメントを寄せられました。同氏は、同記事の中で紹介しました『立ち止まって考えよう国民会議』のメンバーのお一人ということです。

 案の定大新聞などの拒否によって、同国民会議のメディアへの意見広告掲載は厳しい道のりだったようです。
 しかしそれを一つ一つ乗り越え、「真実の言論」を広めようとされている同国民会議の、草の根的なチャレンジ精神に敬意を表させていただきます。「未だ言論の自由すら許されていない」この国の現状に風穴をあけるべく、今後とも大いに活動していかれることを期待します。

 これをお読みの皆さん。共々同国民会議の活動を今後とも見守り、少しでもその存在を世に知らしめていこうではありませんか。 (大場光太郎・記)
                       *

私は、『立ち止まって考えよう国民会議』に一兵卒として参加させて頂いている者です。
昨日発売のアエラにも意見広告を掲載させて頂いて居ります。

私達は、ここに至るまで、幾つもの巨大な壁に、ぶち当たって参りました。
当初、意見広告を、大手新聞に掲載しようと試みましたが、門前払い。 次に、某月刊言論誌「〇藝〇秋」これも門前払いです。
この国は、未だ言論の自由すら許されていないのだと、思い知らされ暗澹たる気持ちで一杯に成りました。
そして、週刊朝日のご好意により、幾つかの訂正や削除が有りましたが、第一弾、、無修正で第二弾、日刊ゲンダイへ意見広告を掲載する事が出来き、昨日発売のアエラに第三弾を掲載する事が出来た次第です。

そして私達は、これからも資金の続く限り、掲載して参る覚悟です。
私たちの思いにご賛同して頂けるならば、一人でも多くの方に、呼び掛けて頂けないでしょうか。
http://kokuminkaigi.jp/ 『立ち止まって考えよう国民会議』のホームページです。宜しくお願い致します。

追伸    
尚、広告の文章は全て、世川行介《『泣かない小沢一郎(あいつ)憎らしい』著》が書いたものです。

投稿: 遠藤勝人 | 2011年2月15日 (火) 08時38分

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曇りのち雨のち雪

   言の葉も雪てふ白き黙(もだ)の中   (拙句)

 夕方の雨は6時前頃雪に変わりました。ちょうどその頃、所用で出かけた本厚木駅からバスで帰って来た私は、バス停を降りて道を歩く最中(さなか)、モサモサ(とは山形県の私の郷里の言葉)と降り出した雪に、『この雪は積もる雪だぞ』と思ったのです。
 そのくらいきょうの雪は、牡丹雪というのか大きな雪が降り出したのです。

 昨深夜の予報では、きょうの関東地方南部の空模様は、「日中は曇りで夜遅くに雨が少し降る程度でしょう」というようなものでした。ですから、3時前本厚に出た時は傘なしで行ったわけなのです。
 ところが折悪しく、用を済ませていざ帰ろうという頃、もう雨が降り出したではありませんか。それも少しどころか、本降りの気配。それで駅近くの“ダイソー”という100円ショップに駆け込み、105円のビニール傘を買って帰ったのでした。

 ダイソーで並んで待っているに、レジの所にハート型の透明なプラスチック容器に入ったチョコレートが置いてありました。『そうか、きょうはバレンタインデーだったな』と、改めて思いました。
 105円のチョコ?完全な義理チョコだな。さっき洋菓子店の店先では、高そうなチョコを売ってたぞ。こんな安チョコを上げる方も上げる方だし、もらう方ももらう方だぞ。とは言え、どんな安チョコだろうともらえば嬉しいものか !?
 近年こういう国民的行事にとんと縁のない私は、「貧すれば鈍す」というものでそんなことを考えたりしました。

 さて雪の方は、案の定その後も小止みなく降り続きました。8時すぎ意を決して、300mほど先のスーパーに買い物に外に出てみますと、空き地や駐車場などは一面もう真っ白の雪の原です。既に2、3センチほどは積もっているでしょうか。
 当地では近年まれに見るほどの降雪です。が今回の雪は湿りっ気の多いベタベタした雪で、道はそのためグチャグチャと歩きにくい雪でもあります。

 10年ほど前、もっと本式の固雪が10センチくらい積もって一面銀世界となり、普段見慣れた街並みがすっかり幻想的な別世界に感じられたことがありました。冒頭の句はその雪に感じ入って作った句です。
 それからすれば、今夜の雪は今ひとつ中途半端です。周りの景色にも、さほど雪の神秘性を感じるほどでもありません。
 とは言え、滅多にない「ホワイトバレンタイン」となった首都圏の“恋に胸キュン”の若い人たち。今年は心ときめくような良い思い出作れました?

 (大場光太郎・記)

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日本でも市民が声を挙げ始めた

 -国民の悪徳勢力への抗議は皆無ではない。大きなうねりへと広がりつつある-

 前回の『日本国民は、なぜおとなしくなってしまったのか』と矛盾するようですが、底流では一部国民、市民が具体的行動を起こしつつあるという例をご紹介します。
 
 一番目は1月の『民社党四人組vs意見広告』で紹介しました、「立ち止まって考えよう国民会議」(議長:林邦之氏)による週刊誌・夕刊紙への全面広告です。本当はこれを大新聞でも是非行っていただきたいものですが、残念ながら先方に掲載拒否されて無理でしょう。
 二番目は、9日午後永田町の憲政記念館で「検察審査会の疑惑を究明する市民と国会議員の結成集会」が行われたことです。この次第については、後に『杉並からの情報発信です』様ブログ記事を転載します。
 そして三番目が、12日(土)午後「第2回大阪御堂筋デモ」が行われ、これに約800人ほど参加したことです。同デモのスローガンは、「国民は本当の事を知れ」「菅内閣に退陣を求める」「小沢の強制起訴に抗議し、検察の横暴を糾弾する」「社会的使命を忘れたマスコミの偏向報道に抗議する」というものです。

 すべてに共通するキーワードは「小沢一郎民主党元代表強制起訴」です。当ブログでも繰り返し述べてきましたとおり、法治国家日本にあって、これほど疑惑の多い起訴は前例がありません。とうの昔にそれに気がついた人たちが、このように各方面で声を挙げ始めているわけです。大変健全な在り方と言うべきです。
 
 問題は、国民が情報収集手段として圧倒的に頼っている新聞・テレビがこういう動きを一切報道せず、依然偏向報道に終始している、したがって国民の多くはその真相をまったく知らないということです。
 このような草の根市民運動が国民的大運動に広がっていくことと、「真実のネット情報」にアクセスする国民が増えることを祈ってやみません。

 それでは、『杉並からの情報発信です』様ブログ記事を以下に転載します。都合により、行詰めや一部省略などをしています。  (大場光太郎・記)
                       
                       *
昨日の「検察審査会の疑惑を究明する市民と国会議員の会」結成集会は大成功でした

昨日水曜日(2月9日)午後4時から永田町の憲政記念館大講堂で「検察審査会の疑惑を究明する市民と国会議員の会」の結成集会が開催され全国から550名の方々が参集され立ち見を余儀なくされた方が出たほど盛況でした。
北海道や九州や関西から遠路はるばるこの集会に参加された方々に感謝申し上げます。

集会の模様は以下のフリージャーナリス岩上安身氏のUstreamチャンネルで見れますので是非ご覧ください。

検察審査会の疑惑を究明する市民と国会議員の会

今回の集会に民主党の国会議員40名(代理出席を含む)が参加されたことは今までにない画期的なことでした。
米国支配層、自民党清和会、検察、検察審査会、裁判所、大手マスコミが一体となって小沢一郎元代表の抹殺狙った一連の政治謀略の真相を知った多く の国会議員がついに行動を開始したのです。
菅政権が強行する対米完全従属のファシズム的な政権運営に危機感を募らせる民主党国会議員が菅執行部からの弾圧を覚悟して公然と姿を現して市民と 合流したのです。

最初に呼びかけ人の伊東章「小沢一郎議員を支援する会」世話人代表は「昨年5月以来小さな運動を展開してきたが本日40名の国会議員が参加 され我々市民と合流ができたことは感無量です。
今後この運動をさらに拡大する必要がある」と訴えられました。
続いて呼びかけ人の平野貞夫「日本・一新の会代表」が「小沢一郎元代表に対する検察・マスコミ・検察審査会・裁判所による一連の攻撃は日本の議会 制民主主義を根本から破壊するファシズムである。この戦いに勝利しなければ死ぬにも死にきれない」と力強く宣言されました。

呼びかけ人の森ゆうこ参院議員氏は精力的な検察審査会追求の成果をまとめた資料に沿っ て「検察審査会は司法にも行政にも属さない足のない幽霊組織で憲法違反。
担当検事が出席していない可能性のある二回目の議決は検察審査会法違反であり指定弁護士による小沢氏の起訴自体が無効」と明快な結論を話 されました。

飛び入り参加の評論家副島隆彦氏は「60年安保闘争は50万人が国会を取り囲んだ。今こそ国会議員と市民が連帯し100万人規模のデモを 組織して反撃しなければならない」と発言され満場の拍手を受けられました。

以下に満場一致で採択されました「決議文」を転載します。


「決 議 文」

 検察審査会の二度にわたる起訴相当議決に基き、指定弁護士三名は、本年一月三一日小沢一郎議員を東京地方裁判所に提訴した。

陸山会の土地購入に関する虚偽記載が政治資金規正法に違反し、それにつき小沢一郎議員が秘書と共謀した、というのが提訴内容である。

 しかしながら、陸山会の政治資金問題については、既に検察特捜部の長期にわたる大規模な捜査によっても犯罪事実の存在しないことが明確 になっており、この問題はすでに終っていることである。

しかるに、検察特捜部の意を受けた東京第五検察審査会はその構成も、議決手続も全く明らかにしないまま、二度の起訴相当議決を創り上 げ、これを鵜呑みにした東京地方裁判所によって指定された三名の弁護士が違法の疑いのある提訴をしたものである。

我々は、昨年の春以来、小沢一郎議員に対する検察とマスメディアの攻撃が、日本の議会制民主主義に対する挑戦であるとの認識の下に、様々の活動を展開してきた。

その中で明らかになったことは、検察審査会が、検察のチェック機関ではなく、その別働隊であること、裁判所、弁護士会も、それを補完す る役割を果している、ということである。

今や、小沢一郎議員の政治生命を抹殺するために、検察、検察審査会、裁判所、弁護士会などの司法関係機関と、官僚、マスメディアが一体 となっており、その上に民主党政権と国会が、これを後押しするという日本の歴史上類を見ない危険な状況が現出している。

現在、民主党執行部が行おうとしている小沢一郎議員に対する処分は、議会制民主政治の否定である。
これは明らかなファシズムの現出と言うべきである。

それにも拘わらず、現在のこのような日本の政治上の危機的状況に対する政党及び国会議員の認識は、極めて不十分なものと考えざるを得な い。

我々は小沢一郎議員に対する現在の国家的弾圧を、単に小沢一郎議員個人に対する攻撃と考えてはならない。それは、即ち、日本の議会制民主 主義、ひいてはそれによって恩恵を受ける我々国民すべてに対する攻撃でもある。

この趣旨に沿って、我々は日本の政治に責任を負うすべての政党 が、検察審査会にかけられているあらゆる疑惑を明らかにし、その不当な運営を止めさせるとともに、憲法違反の疑いが濃厚な検察審査会制度を、真に民主的な制度に改編するための作業に直ちに着手することを要求するものである。

それとともに、我々は本日、全国の市民と国会議員が連帯して検察審査会の疑惑を解明する中で、わが国に真の議会制民主主義を確立するため の国民的運動を展開することをここに宣言する。

平成二三年二月九日

「検察審査会の疑惑を究明する市民と国会議員の会」   (以上転載終わり)

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日本国民は、なぜおとなしくなってしまったのか

 -声を挙げるべき時に挙げないと、この国は亡国に追い込まれるだけだろう-

 国民が蜂起した「エジプト革命」が重大な局面を迎えました。11日ムバラク大統領(82)が退陣し、約30年間続いた独裁体制が崩壊したのです。反政府運動の旗頭としてエジプト入りしていたエルバラダイ前IAEA(国際原子力機関)事務局長は、「生涯最高の日」と語っています。
 
 今回のムバラク政権崩壊は事実上、国民が勝ち取った勝利と言えます。今後の情勢は、政権を掌握したエジプト国軍最高評議会が鍵を握ることになります。同最高評議会議長のタンタウィ国防相は、「軍は、国民の意思に反した政権を樹立する考えはない」とする声明を発表しました。
 政変に乗じて世界中のどの国にも手を突っ込む米国は、“世界的広域暴力団”米CIAのエジプトエージェントであるスレイマン副大統領への政権移譲を画策していましたが、思惑が外れた格好です。

 当ブログ『国民蜂起-「エジプト革命」』でも既に述べたとおり、チュニジアの「ジャスミン革命」に端を発して中東の大国・エジプトへ。しかしことはアフリカ、中東のみならず、失政や圧政に対しては、世界中のどの国でも国民が声を挙げるものです。
 中国では08年3月、チベット自治区の独立を求めるデモと騒動が起きました。フランスでは昨年10月、年金改悪法案に反対する100万人の市民がデモを起こしています。つい先月はイタリアで、ベルルスコーニ首相の17歳少女買春疑惑をめぐって、ローマ市内で同首相の退陣を求めるデモが起きました。
 アメリカでさえ、政権批判の大集会やデモがワシントン・DCやニューヨークなど各地で行われています。

 翻って我が国ではどうでしょうか。菅政権が消費税増税、法人税引き下げ、ТPP推進など、09年政権交代時のマニフェストと真逆な「国民生活の破壊」をやろうとしているのに、「マスコミマインドコントロール国民」は新聞・テレビの「消費税増税やむなし」「ТPP大いにけっこう」報道にまんまと引っかかり、何ら異議を唱えようとはしません。
 第一この国では、大規模デモなどここ何十年も行われた試しがありません。こんな子羊のようにおとなしい従順な国民なら、この国を牛耳る「米官業政電」悪徳権力者たちはやりやすくて仕方ないことでしょう。

 どんな非道(ひど)いことをされても、文句一つ言わずに従順に受け入れる。これは日本人の国民性なのでしょうか。歴史は決してそうではなかったことを指し示しています。
 江戸時代中・後期相次いだ飢饉などでは、悪税に苦しむ農民たちが“莚旗(むしろばた)”を立てて、各地で「百姓一揆」を起こしました。江戸末期には、庶民たちの窮状を見かねて決起した「大塩平八郎の乱」(天保8年-1837年)もありました。
 大正7年(1918年)には、富山県魚津町の女性労働者たちによる「越中女一揆」が全国に拡大して「米騒動」となり、時の寺内毅内閣を倒しています。

 そんな古い時代ばかりではなく、戦後しばらくは、「60年安保闘争」「70年安保闘争」など、この国でも大規模デモや騒乱が頻発していたのです。NHKビデオライブラリー『映像でみる昭和の記録』は、騒然としていた当時のさまを生々しい映像として記録しています。

 それでは、「去勢」されたようにおとなしい国民になってしまったのはいつからなのでしょうか?私はかつてそのことを考えてみたことがあります。
 3年ほど前、それを「二木紘三のうた物語」の『「いちご白書」をもう一度』で、長文コメントとして発表しました。今となっては、人様のサイトによく公開したものだ、また二木紘三(ふたつぎ・こうぞう)先生もご寛恕してくれたものだと思います。
 以下にその主要部分を(多少修正して)転載してみます。
                       *
 いろいろな闘争を経て「70年学生運動」は、連合赤軍による仲間へのリンチ事件が明るみに出たことにより、国民の支持を急速に失い、運動そのものが下火になっていきました。
 その締めくくりが、昭和47年(1972年)2月、彼らが最後に立てこもった「浅間山荘」をめぐる攻防戦でした。機動隊による強行突入の2月28日まで、各テレビ局はほぼ10日間その一部始終を中継し、国民は固唾を呑んで推移を見守りました。

 あの事件の解決にあたって、「この国で学生運動などはもう二度と起こさせない」という、強い国家意思があったのか、なかったのか。後年、警察庁ОBで当時責任者の一人だった佐々淳行(さっさ・あつゆき)氏は「あった」と認めておりましたが。
 以来わが国では、戦後間もなくから頻繁に繰り返されてきた学生闘争、労働争議、大規模デモなどは、不思議なほどピタッと止まりました。
 あの事件をテレビで注視していた、子供を持つ全国の親たちは『あヽうちの子には、あんなこと絶対させてはいけない』と思ったことでしょう。国民の多くにも、『お上に立てついてはいけないんだ』という暗黙の了解が形成されました。学生運動に参加していた人々も、ヘルメットを投げ捨てほとんどが社会復帰していきました。
 国は国で、それに見合った「豊かさ」を、国民にせっせと供給し続けました。多くの人が「中流意識」の幻想を抱き、そんな社会に満足し、強いて異議申し立てをしないおとなしい国民になっていきました。

 反面、昭和30年代のような、ぬくもりのある暖かい社会は影をひそめ、冷たい風が吹き抜けるうすら寒い社会に変貌していきました。経済至上主義にますます拍車がかかり、「金銭の所有高」がその人間のすべての価値判断とされました。生存競争は激化し、競争に敗れた者には落伍者のレッテルが貼られました。今日問題になっている「格差社会」は、既にその頃から形成されていたのです。
 少々理不尽なことをやらかしても、異議申し立ても「むしろ旗を立てる」こともしない国民をいいことに、国はかつて野坂昭如(のさか・あきゆき)が「やわらかなファシズム」と評したような管理システムを全国津々浦々に張り巡らしていきます。ますます息苦しい(生き苦しい)世の中になっていきました。

 かつてならば、大衆の不満のエネルギーは間欠泉のように、デモや学生の抗議運動として発散されましたが、上(権力)への噴出を封じ込められ、それは下へ向けられることになりました。自分より弱い者へ、貧者へ、マイノリティへと。差別、無視、蔑視…。
 子供は大人の鏡です。ちょうどその頃から、「校内暴力」や「いじめ」が新たな社会問題としてクローズアップされることになりました…。  (以上転載終わり)
                       *
 「デモ活動」や「スト権」は法律が認める、企業経営陣や国家などへの抗議手段の一つです。今回のエジプトのように、国民の力を結集すれば悪政権だって倒せるのです。「不条理」がますます露骨になってきている現在、私たち国民は大いに声を挙げ、もっと有効に活用していくべきです。私たちの将来と子孫の未来がかかっているのです。
 なお私は、破壊、暴動、殺戮などは決して支持致しません。

 (大場光太郎・記)

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無免許総理、北方領土でまた脱輪

 -たび重なる外交上の不手際。菅総理には危なくて外交政策を任せらない-

 実質「無免許」政権運営状態の菅直人総理は、当人にその自覚はまるでなく、「今後10年間は政権担当できそうだぞ」と周辺に豪語するほどの異常者です。そして昨年暮れには、国民に向かって「今までは仮免、これからが本免許」とシレッとして言い放ったのです。

 こういう言動に対して精神科医の香山リカ氏は、最近の菅総理は「葬式うつ病」ではないかと言っています。現実逃避し、自己防衛で弱みを見せないようにしているのだというのです。菅総理は、6日投開票が行われた愛知県知事、名古屋市長ダブル選大敗北の報告を寺田学補佐官から受けた際も、無言だったといいます。こういう状態を「感情鈍麻」というのだそうです。
 このような菅総理ですから、当人が言うような「本免許」での政権運営など期待する方がムリというものです。菅直人が総理のイスにしがみついている間、国民は脱輪、違反、事故がワンサカ起ることを覚悟すべきです。

 案の定一番起こして欲しくない外交上で、大脱輪をまたやらかしてくれました。
 菅総理は7日、昨年11月のメドベージェフ露大統領の国後島訪問を「許しがたい暴挙」と、これ以上ない激しい言葉で非難したのです。7日は日本政府が定めた「北方領土の日」に当たり、菅総理にしてみれば、普段の世論調査で「リーダーシップがない…70%以上」と国民に見放されている指導力の欠如を、こんなところで補おうとしたのでしょう。
 しかしこの発言にロシア側が素早く反応しています。ロシア外務省は同日、「断固抗議する」との声明を発表し、ラブロフ外相も同日の記者会見で「明らかに外交的でない発言」と厳しく批判したのです。

 菅総理が発した「許しがたい暴挙」は、外交上滅多に使うべきではない言葉だということです。旧自民党政権下でも、これを使った例は1990年のイラクのクウェート侵攻の時くらいしかないそうです。露大統領の国後島訪問がクウェート侵攻と同等とみなされれば、いくら何でもロシア側だって怒ることでしょう。
 この問題で、10日のТBS報道番組『NEWS23クロス』のインタビューで外務省ОBの孫崎亨(まごさき・うける)氏は、「一国の指導者の外交的発言は、相手国との友好関係をより深めるように配慮するのがエチケットだ」と指摘し、その逆をいく今回の菅発言に苦言を呈していました。

 北方領土問題は、昨年の中国との尖閣諸島以上に根が深い問題です。菅総理は、ソ連の対日参戦を取り決めたヤルタ会談(1945年2月4日~11日)における、この問題での米ソ密約以来の経緯をどれだけ知っているのでしょうか。
 もしきちんと認識しているのであれば、いくら国民受けするとはいえ「許しがたい暴挙」などと軽々な発言はできないはずです。

 今回の「暴挙」発言で、ロシア政府は一挙に態度を硬化させています。
 ロシアのセルジュコフ国防相は9日、北方領土(ロシア名:南クリル諸島)に駐留するロシア軍の武器や装置を近代化する計画を今月末までに定める考えを明らかにしました。軍高官も強襲揚陸艦「ミストラル」2隻を極東地域に配置する方針を示しており、ロシア側は北方領土における軍事力強化の姿勢を鮮明にした形です。
 ロシア側は以前からそういうプランを持っていたとしても、それを極力手控えさせるのが外交術というものです。菅総理の「おバカ」発言は、先方に絶好の口実を与えてしまった格好です。

 先ほど引用した孫崎亨氏は、ご自身のツイッターで「自己の発言で緊張を緩和するのが外交に従事する者の義務。最高責任者が「許しがたい暴挙」といってどうするのか。日本国民の対露感情よくなく、この発言で国内人気浮揚を意図したとしたら責任者たる資格なし。(以下略)」と手厳しく批判しています。

 菅総理の発言を受けて前原誠司外相が11日、モスクワでの日ロ外相会談に臨みました。前原外相はこれまで自身の言動によって、中国やロシアなどの隣国関係を悪化させてきました。強いことを言うだけ言って、何か困った事態が持ち上がるとすぐ逃げることから、最近は「言うだけ番長」とヤユされています。
 終始笑顔なき会談の中、ラブロフ露外相が北方領土の経済振興について、「発展の責任は(日本ではなく)ロシアにある。中国や韓国の投資も歓迎する」と踏み込んだ発言まで飛び出し、会談は物別れに終わったようです。

 先方にこういうことを言わせてはいけないのです。仮にもし「中韓投資」が現実になったら、領土返還交渉は一段と難しいことになります。菅直人、前原誠司という現政権における外交上のツートップによって、半世紀以上の長きに亘って営々と積み重ねられてきた北方四島返還交渉は、今本当に危機に瀕しつつあります。

 こんな国益を害すること夥しい「外交オンチ」コンビが、現総理であり次期総理が確実視されているのです。応援団長の稲盛和夫日本航空会長が、「現在の体たらくに落胆している。こんなつもりで支援したわけではなかった」と言いました。09年衆院選で民主党に投票した多くの国民の声を代弁した言葉です。
 まさに菅政権は、悪夢のような「三流ホラー政権」なのではないでしょうか。

 (大場光太郎・記)

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強制起訴-広中弁護士、郷原教授の見解

 小沢一郎民主党元代表の強制起訴を受けて、小沢弁護団の弘中惇一郎弁護士と名城大学教授の郷原信郎氏が見解を述べています。広中弁護士は今後の小沢裁判では最前線で検察と戦うことになる人、また郷原教授は元検事として検察の裏の裏を知り尽くした人です。さすがお二人とも、事件の核心を衝いた鋭い指摘をしています。
 
 私は仔細には分かりませんが、お二人の見解は『週刊朝日』2月18日号に掲載されたものの抜粋のようです。今回分にはありませんが、広中弁護士はその中で「検察はすべてが終わったとき、重大な責任をとらされることになる」と厳しく批判しています。
 もっともそうなったら検察のみならず、「政治とカネ」に便乗し『脱小沢」を画策した菅直人、仙谷由人、岡田克也など現菅政権幹部、それに『小沢一郎 = 犯罪者」報道によって国民世論を誘導した新聞・テレビ経営陣も同罪です。
 なおこれを乗せているサイト名は『ONION21 Kyodo News blog』です。  (大場光太郎・記)
                       *
なんでこれが犯罪なのか」 小沢弁護団 弘中惇一郎弁護士

検察審査会の議決によって民主党の小沢一郎元代表が131日、政治資金規正法違反の罪で強制起訴されました。
私はこれまで、多くの事件を弁護してきましたが、なんでこれが刑事事件になるのか疑問を禁じ得ません。

起訴状にもあるとおり、これは小沢氏の政治資金管理団体が、041029日に土地代金を支払ったにもかかわらず、取得年月日を所有権移転登記が行われた0517日とした―という単なる「期ずれ」の問題に過ぎません。これは本当に刑事罰を科すべき犯罪なのでしょうか。
そもそも、起訴状にある「取得」の解釈についても、代金を払い込んだ日を「取得」とするのか、登記した日とするのか、非常にあいまいです。
新聞などの世論調査では、起訴されたからには「小沢氏は議員辞職や離党すべきだ」という意見が多いようですが、「日曜日に代金を支払った土地を、法務局が休みなので月曜日に移転登記をした場合に、月曜日に土地を取得したと書くことは犯罪なのか」と設問を変えて聞いてみてほしいですね。
検察審査会の起訴議決をもって何らかの制裁を科す、という考えも非常に危険だと思います。検察審査会は、捜査をし直したわけでも、関係者から改めて事情を聴き直したわけでもなく、閉ざされた空間で、供述調書など、いわば検察の捜査の「影」だけを見て判断しているに過ぎないからです。
さらに、私が弁護を担当した、村木厚子・元厚生労働省局長の冤罪事件でも明らかになったように、検察官のつくった供述調書というのは、被疑者や関係者の供述に基づいて、それをとりまとめたというようなものではありません。検察官が自らつくった事件のシナリオに都合の良いように、なんらかの意図をもって作成するものなのです。
思い返すと、小沢氏を巡る一連の騒動は093月、準大手ゼネコン「西松建設」から小沢氏側に違法な献金があったとして、小沢氏の秘書だった大久保隆規氏が逮捕されたことに始まります。当時、小沢氏が民主党代表だったことから、これは政権交代を阻むための民主党潰しではないか―と批判されました。村木さんの事件でも、検察は民主党副代表だった石井一氏の立件に執心していました。
これほど長きにわたって、検察が小沢氏をターゲットにしてきたことを考えると、検察は、検察審査会が強制起訴するところ、つまり今日のこの状況まで想定していたのではないかと考えるべきなのではないでしょうか。
検察は、大久保氏や石川知裕衆院議員らの政治資金規正法違反事件の裁判で、犯行の動機や背景事情として「ゼネコンから小沢氏側に1億円の裏ガネが渡った」ことを立証すると主張しています。
しかし、本当にそれが事実ならば、なぜそちらで立件せず、政治資金収支報告書の虚偽記載という形式的な罪で起訴したのか。結局、これも小沢氏のイメージダウンをはかるための〝化粧道具〟に過ぎないのです。非常にいかがわしい手法だと思いますね。

今回は一見、検察に代わって検察審査会という「市民」が当事者となり、小沢氏を起訴したかのように見えますが、実は、小沢氏と検察の戦いが続いているだけなのです
          
      

「小沢起訴状は中身スカスカ」 名城大学教授 郷原信郎氏

検察官として、これまで何通もの起訴状を書いてきた立場からすると、小沢一郎・民主党元代表についての起訴状は非常におかしいと感じました。起訴状としての体裁が整ってない。起訴状としてもっとも大切な「何が犯罪事実なのか」があいまいなのです。
起訴状には<控訴事実>として、<陸山会が、平成162004)年1012日ころ、被告人から4億円の借り入れをしたにもかかわらずこれを平成16年の収入として計上しないことにより、同年分の収支報告書の「本年の収入額」欄にこれが5億80024645円であった旨の虚偽の記入し―>と書かれています。
小沢氏は政治資金規正法違反(虚偽記載と不記載)で起訴されたわけですが、これでは、どの部分が不記載で、どの部分が虚偽記載にあたるのかハッキリしません。4億円の借入金を計上しなかったことが不記載だというならば、「~しないことにより」などという手段のような書き方はしない。
さらに、後段に「○○円であった旨の虚偽の記入をし」とありますが、それだけでは何が虚偽なのかわかりません。4億円の過小記入の趣旨で書いているのかもしれませんが、個別の収入支出の記載と総額の記載とは別の問題です。本来は「△△円分を過小に」など、どこが虚偽にあたるのか明確にすべきです。 (以上転載終わり)

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成功哲学の詩(原詩付き)

 -原詩が見つかりましたので、邦訳と共に再度ご紹介します-

 "If you think you are beaten, you are,
 If you think you dare not, you don't
 If you like to win, but you think you can't,
 It is almost certain you won't.

 "If you think you'll lose, you're lost
 For out of the world we find,
 Success begins with a fellow's will--
 It's all in the state of mind.

 "If you think you are outclassed, you are,
 You've got to think high to rise,
 You've got to be sure of yourself before
 You can ever win a prize.

 "Life's battles don't always go
 To the stronger or faster man,
 But soon or late the man who wins
 Is the man WHO THINKS HE CAN!"

(日本語訳)

 もし、あなたが敗れると考えるなら
 あなたは敗れる
 あなたがどうしてもと考えないなら
 何ひとつ成就しない
 あなたが勝ちたいと思っても
 勝てないと考えるなら
 あなたに勝利はほほえまない

 もし、あなたがいい加減にやるなら
 あなたは失敗する
 われわれがこの世界から見出すものは
 成功は人間の意志によってはじまる
 すべては人間の精神状態によって
 きまるということだ。

 もし、あなたが脱落者になると
 考えるなら
 あなたはそのとおりになる
 あなたが高い地位に
 昇ることを考えるなら
 かならずできるという
 信念を持つべきだ

 人生の戦いは常に強い者
 早い者に歩があるのではない
 いずれ早晩勝利を獲得する人は
 オレはできるんだ、と考えている人である。

     (原作者:不詳、訳詩者:志賀政喜?)

… * …… * …… * …… * …… * …
《私の所感》
 上記原文は、前回の『成功哲学の詩』にアクセスされたある人のアクセス元をたどって、たまたま発見したものです。また別の人のアクセスから、この詩の邦訳が掲載されていると思われる『巨富を築く13の条件』に関する情報が分かりました。

 『巨富を築く13の条件』。原著者:ナポレオン・ヒル、翻訳者:志賀政喜
      実業之日本社刊、実日新書、194ページ、1964年初版発行

 なお同書は、Amazonで中古で求められるようです。ちなみにお値段はー。当時700円だったものが、今はプレミアがついて何と4,980円(送料別)もするようです。
 この本といい、レイ・ブラットベリの『10月はたそがれの国』といい、コリン・ウイルソンの『賢者の石』といい…。本はうかつに捨てるものではありませんね。
 
 捨てる前、同書で最も心に響いた個所を書き記しておきました。参考までその一つをご紹介しておきます。

 『願望」
 夢を見るだけではダメだ。燃え上がる“願望”を持つことだ。何が欲しいのか、それを決めることが人生の第一歩である。強烈な願望は必ず実現するものである。

 (大場光太郎・記)

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特高検察、森ゆうこ議員を恫喝

 -「検察改革」などは上辺だけ。今でも疑惑追及議員に圧力をかけまくっている-

【拡散】絶対許せん ! 森ゆうこ議員が検察より圧力を受けているとのこと。《ある検察幹部が、私の調査に相当ナーバスになっているらしく、「鉄槌を下してやる」と言って、「不祥事」を捜していると司法記者から聞いた》

 これは過日の『強制起訴-あるツイッターから』の中の一ツイートです。この問題を、『日刊ゲンダイ』(2月4日、5日付3面)で追及しています。これは由々しき問題ですので、今回はこれを参考、引用して以下に述べていきたいと思います。

 民主党の森ゆうこ参院議員(54)といえば、時に菅執行部に対して歯に衣着せぬ批判を展開している親小沢派議員です。森議員はこれまで「陸山会事件は冤罪だ」と真っ当な主張をし続け、検察捜査のデタラメを追及してきた議員の一人です。同議員はまた不適格な検事を罷免できる「検察官適格審査会」のメンバーでもあります。
 検察にとっては目の上のタンコブのような存在なのかもしれませんが、「鉄槌を下してやる」という恫喝発言が事実なら、戦時中の捜査機関のような「特高検察」としかいいようがありません。

 森ゆうこ議員の話によりますとー
 「小沢元代表が起訴された1月31日、大メディアの司法記者が『検察内部にこんな話があります』と、こう言ってきたのです。『ある検察幹部が、私の調査にナーバスになっていて、“鉄槌を下してやる”と言っている。私の不祥事を捜している』と。検察が事件を捏造すれば、議員ひとりを潰すことくらい簡単にできる。この検察幹部は、現場の検事ではなく法務省幹部です。(略)私に何かあったら、検察にやられたと思ってください」

 この発言中の「検察がナーバスになっている調査」とは、小沢一郎民主党元代表に起訴議決を下した検察審査会の実態調査のことであるようです。森議員は同審査会の矛盾、デタラメを暴き、疑惑の核心に迫っていたとみられるのです。
 その一つが審査員11人の怪しい選出方法です。審査員は各自治体から送られた名簿から無作為で選ばれるとされますが、検察審事務局が抽選する「くじ引きソフト」を調べてみると、呆れるほどインチキな代物だというのです。

 「このソフトは欠陥だらけで、簡単に恣意的操作ができることが分かりました。当選させたい人以外は『欠格』という項目をチェックすれば除外できるし、その証拠も残らない。検察審事務局が、各自治体から送られてきた名簿とは別に、新たに登録者名簿を登録することもできるなど、セキュリティが甘いのです。そもそも、1回目と2回目の議決で審査員の平均年齢が同じ34・55歳になる確率なんて限りなくゼロです。一般有権者の平均年齢と比べて10歳以上若いのも不自然です」(森議員)

 さらに重大な疑惑も発覚しています。2回目の検察審では、担当検事が出席して不起訴に至った経緯を説明することが義務づけられていますが、担当検事が出席していなかった疑いが浮上しているというのです。
 「2回目の議決が行われたのは昨年9月14日(発表は10月4日)。担当検事は、東京地検特捜部副部長の斎藤隆博検事でした。1回出席したのは資料からも間違いないが、それがいつかは非公開です。実は、私の入手した情報では、斎藤検事は議決から1週間以上もたった昨年9月23日か24日に出席した疑いがある。斎藤検事が知人に自ら話しているのです。議決前に出席していなければ正規の手続きを経ていないため、議決自体が無効です」(森議員)

 検察審査会の怪しい実態を調査していた森議員に対して、「鉄槌を下してやる」と息巻いた検察幹部はまた「司法への政治介入だ」と司法記者たちに吹聴しているというのです。
 これはおかしな言いがりです。一般人で構成される検察審は、検察の不起訴処分をチェックする独立機関であり、検察とは対立関係にあるはずのものです。
 検察審を調べられて検察が困ることはないはずですが、このような過剰反応を示すとなると両者の関係を疑いたくもなります。

 実際怪しい話だらけなのです。小沢元代表に1回目の議決が下る以前の昨年2月、石川知裕議員は、取調べを担当していた吉田正喜特捜副部長から「今回は小沢氏を起訴できないが、検察審査会で必ずやられるんだ !」と「予告」をされたというのです。
 吉田検事が不用意に漏らしたこの発言は重大です。検察が小沢元代表に対して1回目の「不起訴処分」を出した頃既に、検察全体が小沢元代表の検察審査会での2回の「起訴相当」議決、その先の「強制起訴」というシナリオを想い描いていたことになるからです。

 森ゆうこ議員の検察審の調査には、検察幹部はもとより裁判所の抵抗も凄まじかったといいます。
 「(検察審の)情報や資料を公開するように言っても、(最高裁判事たちは)検察審が開かれた日時はおろか、審査員たちに支払った日当や旅費さえも明かさない。これらは個人情報というより、裁判所の予算の話ですよ。(中略)国民の税金が適正に執行されているのか、検察審が正しく行われているのか、私たちは知る権利と義務があるはずです。なぜ、最高裁が執拗に開示を拒むのか、理解できません。そもそも、検察審は三権分立のどこにも属さない組織です。それなのに裁判所が情報をヒタ隠しにし、検察が司法への政治介入だと怒るのは、おかしいでしょう。検察と裁判所と一体になってしまい、チェックが効いていないのではないかと疑いたくもなりますよ」(森議員)

 いやはや。小沢元代表をめぐる一連の動きは、司法、マスコミ、政権内部どれを取っても怪しいものばかりです。なかんずく検察、裁判所。こんな「不条理」な暴走を許しておけば、この国は法治国家ならぬ、暗黒の司法権力「放置国家」に一直線です。

 (大場光太郎・記)

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謀略事件の公判始まる

 -小沢「陸山会」事件初公判。検察vs小沢側の息づまる攻防戦のスタート !-

 1年以上にも渡って騒がれ続けてきたのが、検察とマスコミ合作による、小沢一郎民主党元代表潰しのための、小沢元代表の資金管理団体「陸山会」の世田谷土地購入をめぐる事件でした。
 こうして、官報複合体という悪徳旧勢力によってでっち上げられた同事件のうち、石川知裕衆院議員(37)、大久保隆則元公設第1秘書(49)、池田光智元私設秘書(33)の政治資金規正法違反(虚偽記入)罪での初公判が、7日午前から東京地裁(登石郁朗裁判長)で始まりました。

 午前10時の開廷を前に、午前8時すぎから傍聴券を求める人が東京地裁前に並び出しました。酒井法子や押尾学ら“薬物”タレントの初公判ほどではないにせよ、55席の傍聴券を手に入れようと454人もの希望者が行列をつくりました。
 新聞・テレビなどのマスコミ関係者や各社が雇ったアルバイトのほかに、「小沢謀略起訴」と書かれたチラシを配っている人の姿もありました。石川議員らの裁判の行方は、今年末あたりからとみられる小沢元代表の裁判にも大きく影響を与えることが予想されるため、世間の関心が高いことの表れです。

 初公判は午前に引き続き午後も行われました。検察側は冒頭陳述で、虚偽記載の動機について「公共工事受注に関する建設業者からの謝礼受領の実態が露見するのを回避するため」と指摘し、また「小沢元代表からの借り入れを公表しないため、化装原資として銀行から融資を受けた」と主張しました。
 なお小沢元代表との共謀には触れませんでした。

 対して弁護側は、「故意はなく、政治資金規正法違反に該当しない。水谷建設からの資金提供の立証は、起訴に至っていない別の罪を処罰対象にするもので違法だ」と反論しました。
 また石川被告ら3人は、「故意に虚偽記入した認識はなかった」と主張し、水谷建設からの1億円の提供についても「そのような事実は断じてない」と否定し、強く無罪を主張しました。

 弁護側はまた冒頭陳述で、虚偽記入を大筋で認めた捜査段階での供述調書の任意性や信用性を否定しました。弁護側は重ねて、石川議員が取調べ検事から「自供しなければ別件で立件する可能性がある」と脅され、追いつめられて調書に署名したと主張したのです。
 さらに保釈後の再聴取についても、「担当検事が小沢元代表の検察審査会での判断に悪影響が出るなどと誘導した」とも指摘しました。

 石川議員が拘留中に「脅迫的な取調べ」を記した手紙や、問題の再聴取時の担当検事の「恫喝」録音記録は今公判で証拠採用されています。これについて名城大学教授で元検事の郷原信郎氏は、
 「再聴取の詳細報道を読んで呆れました。これは明らかに『捜査段階の供述を維持しろ』と強要していて、最もやってはいけないことです。まさに『脅迫』そのものであって、本当にこれが公判できるのでしょうか」と、公判の維持に疑問の声を投げかけています。

 上記検察側冒頭陳述でみましたとおり、弁護側から「別の罪での処罰対象」との反論にも関わらず、検察側は「起訴に至っていない建設業者からの謝礼受領」すなわち「水谷建設からの1億円の提供」も強引に絡めて、公判を展開していくつもりのようです。

 一昨年3月3日に大久保元秘書が逮捕された「西松建設事件」では、ダミーとされた「新政治問題研究会」が実は実態のある団体であったことを検察側証人が証言し、大久保裁判は昨年1月の2回公判でストップしたままです。
 さすがに「このままでは公判を維持できない」と焦った検察は、大久保裁判に「世田谷土地取引・4億円虚偽記載」を加えた、「訴因変更」という非常手段を使ってきました。これは本来認めるべきでない“禁じ手”ですが、今や「何でもあり」の法務一派のこと、検察と裏で気脈を通じている裁判所がホイホイ認めてしまったのです。

 なお大久保元秘書の世田谷土地に関する供述調書5通について、検察側は証拠として公判に提出しない方針とみられています。それはそうでしょう。大久保元秘書の取り調べを担当し調書を作ったのが、大阪地検から応援に来ていた村木事件での「FD改ざん事件」の張本人・前田恒彦被告(43)だったからです。
 「腕のいい」前田は、大久保元秘書の虚偽記載否認から一転、起訴内容を認めさせたといわれているのです。

 「何でもあり」の検察は今公判において、本来の政治資金規正法違反とは別件であるはずの、水谷建設からの「裏1億円」も合わせて立証していく構えです。
 「検察は、石川らが虚偽記載に至った“理由”として、この裏金の存在を立証するつもりです。具体的には、04年に石川、05年に大久保被告にそれぞれ5000万円ずつ、計1億円を渡したと主張するでしょう。検察側証人には水谷建設の元社長ら5人が予定されています」(司法記者)

 しかしどこまで立証できるのでしょうか。石川議員らは裏金授受は最初から完全否認ですし、水谷建設元会長も2月2日付『日刊ゲンダイ』の取材に対して、「(裏金を渡した事実は)知らない」「石川、大久保など会ったこともない」と言い切っています。
 検察側証人が一方的に「渡した」と証言したところで、裏づけとなる証拠は皆無に近いとみられるのです。

 そもそも1億円授受の動かぬ証拠があるのなら、最初から「贈収賄事件」として立件していればいい話です。それならば検察審査会の2度の議決を待つまでもなく、小沢元代表はとうの昔に即逮捕、起訴となっていたはずです。
 それが出来なかったということは、客観的な証拠がなかったと考えるのが妥当です。にも関わらず裏金疑惑を持ち出すのは、世論の心証に訴えかける作戦とみられています。いかにも姑息かつ卑劣な検察の考えそうなシナリオです。

 しかし考えてみれば、「水谷建設の1億円」受領の有無が、一連の世田谷土地事件の最大の焦点であるわけです。むしろこの際公判で取り上げて、白黒はっきりつけてもらった方がいいくらいなものです。
 同公判は17回の期日が指定され、6月20日に論告求刑、7月20日最終弁論、判決は秋以降とみられています。

 (注記)本記事は、『日刊ゲンダイ』(2月8日付)などを参考、引用してまとめました。

 (大場光太郎・記)

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山鳩よ

             高屋 窓秋

   山鳩よみればまはりに雪がふる

…… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 高屋窓秋(たかや・そうしゅう) 略歴は『桜の名句(4)』参照のこと。

 この句の背景は山の麓か、里中の木立か、あるいは田中を流れる小川辺りか。そんなことは一切捨象され、ただ山鳩と雪だけが描かれています。
 山鳩という一鳥の実存を、雪との関係性において描いてみよう。そんな意図が高屋窓秋の胸の中にあったのかどうか。窓秋お得意の口語調のこの句は、極めて短い近現代詩といった趣きがあります。

 ここで「山鳩」とは、「キジバト(雉鳩)」が正式な名称です。さらに難しく言えば、「鳥網ハト目ハト科キジバト属」に分類される鳥です。
 日本でみた場合、国内で繁殖する留鳥です。北海道や本州北部に分布する個体群は越冬のため南下する夏鳥となります。全長は30センチ余。体色は雌雄同色で茶褐色から紫灰色で、翼に黒と赤褐色の鱗状の模様があるのが特徴です。
 平地から山地の明るい森林に生息しますが、都市部でも普通に見られます。樹上に小枝などを組み合わせた皿状の巣を作りますが、古巣を利用することも多く、人工建築物に営巣することもあります。

 私の居住する厚木市でも、時折り山鳩のさえずる声が聞かれることがあります。「デデッポッポー」という野太い鳴き声はかなりユニークです。食性は雑食で主に果実や種子を食べますが、昆虫類や貝類、ミミズなども食べるようです。
 繁殖期はほぼ周年で、1回に2個の卵を産み、抱卵日数は15、6日。抱卵は夕方から朝までの夜間はメス、昼間はオスが行います。雛は孵化後約15日で巣立ちます。 (以上フリー百科事典『ウィキペディア』より)

 第一句が「山鳩よ」であるとおり、真っ先に高屋窓秋の心を強くとらえたのは山鳩です。そして山鳩が今いる状況はどうか。「まはりに雪がふる」というのです。
 作者はまず山鳩というこの句の肝心な主題にしっかりフォーカスし、次いで周りに雪が降っている情景を浮かび上がらせます。

 これは今日の映像技術において、映画やテレビドラマのワンシーンでもしばしば見られる手法です。すなわち初めに特に映し出したい人物や物などをズームアップし、次にほど近くの別の人物や物にフォーカスをずらす手法です。
 前の人や物をぼかし、次の人や物に焦点を移すことによって、前後の人や物の関係性がより強調されて観る者に伝わってくる仕掛けです。

 この句は、昭和11年刊句集『白い夏野』収録の一句ですから、高屋窓秋がそんな映像技術を知っていたはずがありません。しかし図らずもそれを先取りしたかのような、斬新的かつ叙情的な俳句です。

 「みればまはりに雪がふる」。改めて見なくても、雪が降っていることくらい、高屋窓秋は先刻知っているのです。だからこの「みれば」は虚構ということになります。「山鳩」を主題としてまず持ってくるために、そうせざるを得なかったのです。
 こういう虚構は、俳句や詩においては大いに許容される虚構です。

 「山鳩や」という使い古された「や切れ」を避けて「山鳩よ」としたことで、従前の感嘆の意味のほかに、山鳩に親しく呼びかけている効果を生じさせているようです。
 「うわーッ。山鳩も寒かろうなあ」という、雪降る中に山鳩を発見した窓秋の、生きとし生けるものへの単純素朴な共感が作らせた名句であるように思われます。

 (大場光太郎・記)

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霞ヶ関官庁街訪問記(3)

 -官僚が力を発揮するのは上げ潮経済期。下降する国家には対応できない-

 皇居に背を向ける形で、桜田通り沿い舗道を経済産業省の方に歩いていきました。その区画で通りに面しているのは農林水産省(中央合同庁舎第1号館)です。同区画裏手には内閣府、厚生労働省、環境省が入っている第5号館、そして5号館別館にある人事院です。
 同区画の桜田通りの対面にあるのが外務省です。同省は時に財務省と並んで、官僚機構の両横綱と称されることがあります。どおりで広大な区画を外務省一省が独占しているわけです。

 そういえば道のどこかに、「霞ヶ関跡」という細長い碑が建っていたような。“霞”などとても立ちそうもない特寒の日ながら、歩く道々『何で霞ヶ関という名前がついたんだろう』と考えました。今では想像も出来ないことですが、大昔はこの辺一帯春ともなれば霞が立ち込める、長閑(のどか)な田園風景が広がっていたものなのでしょうか。

 後で気になって少し調べてみました。
 「霞ヶ関」という地名は諸説あり、古くは日本武尊(やまとたけるのみとこ)が蝦夷(えぞ)の侵略に備えて設けられた“関”で、雲霞(うんか)を隔てる地であったことからつけられたという伝説があり、平安期より歌枕の地として多くの和歌に詠まれているようです。
 また江戸期以前、荏原郡の東境にあった奥州路の関名によるといい、江戸期には坂名となり、昭和42年地名変更により現在の霞ヶ関一丁目~三丁目・永田町となりました。

 ついでにこの地に中央官庁が集結することになった次第もー。
 明治新政府は“天皇親政”の目的のため、諸官庁を皇居周辺に配置しようとしたのがそもそもの始まりです。現在の霞ヶ関に初めて立地したのが外務省だったようです。諸官庁で最大の区画面積を誇るのはその名残りかもしれません。
 その後のドイツ人技師を招聘しての官庁集中計画は幾多の変遷を経て、明治28年に竣工した旧司法省、大審院の完成により、近代的官庁街区としての霞ヶ関の街並みは現在に近いものに形成されていきました。

 戦後は利用者の利便性を高め、公務能率増進を図るばかりでなく、土地の有効・高度利用、建設費の削減にもつながる官庁施設の集約・合同化が進められました。その結果昭和29年中央合同庁舎第1号館が完成しました。それが今私が歩いている農林水産省、食糧庁、林野庁、水産庁が入っている建物だったのです。
 また昭和50年代に入ると、官庁施設も超高層の時代へと突入していきました。それが農水省裏手の、厚労省などが入っている第5号館なのです。(国土交通省官庁営繕編『霞ヶ関の歴史』より)

 そうこうしているうちに、経済産業省の建物に到着しました。建物手前の敷地内に一人の男性守衛が立っていて、入庁者をそれとなくチェックしています。建物の概観も実際中に入った感じでも、前の国交省ビルよりは明らかに古い建物であることが分かります。
 経産省は外務省、財務省などと共に「中央合同庁舎」なしの単独建物です。それもそのはずで、同省の旧名称は通商産業省で、かつては経済大国化する我が国の牽引役ともなった名だたる官庁だったからです。
 
 経産省の提出先も、やはり(経産省)大臣官房会計課です。下の守衛さんに聞いてもよく分からないようなので、とにかく行ってみることにしました。エレベーターで十何階かで降り、通りがかりの男性職員に聞いてみます。50過ぎと思しき、ということはしかるべき役職の人でしょうが、意外にも懇切丁寧に対応してくれるのです。
 一言で「官僚」というと今日ではマイナスイメージですが、多くの職員は司々(つかさつかさ)で与えられた職務に精励し、また以前とは比べものにならないくらい対応が丁寧であることは是非記しておかねばなりません。

 こちらは50代と思しき女性による応対により、難なく申請受理となりました。こうして霞ヶ関2庁舎分の申請を終え、外に出た私は今度こそ本当に一服したくなりました。
 外の守衛さんの目をかいくぐって、通りに向かって右手の舗道との植込みに紛れる所で念願の一服をしました。今入ってきた同省の建物を振り仰いだり、舗道を通る人に目をやったり、桜田通りの向こうの建物を見やったりしながら。

 後で分かったのですが、その建物が「官庁の中の官庁」と言われる財務省なのでした。さすがは一省で、経産省と同面積くらいの一区画を独占しています。
 思えば日本にとって最重要である国家予算は、各省庁から上がってきた予算を按分し、財務省で統括して決められているわけです。分けても財務省ベッタリの菅政権では、いかに予算編成の真似事をしようが国会で審議しようが、財務省案の骨格の手直しなど出来るはずがないのです。
 その結果の「財源不足です。国民の皆さん、消費税増税にご理解を」です。

 小沢一郎元代表の指摘のように、財務省主導の一般会計、特別会計を合わせた200兆円超の国家予算の、どこにも余剰財源を見出せないのは当然の話なのです。思い切った「政治主導」で、根本から予算組み替えをしない限り財源の捻出は不可能です。それが政権交代時の国民との約束なのですから。それを断行するならば、10~20兆円規模の財源は必ず出てくるはずです。

 それに「霞ヶ関改革」の一環として、桜田通りの経産省から法務省に至る全区画、全建物は別目的で使用するか売却し、外務省などのもう一方側に移転させ、各省庁の人員も規模も大幅削減というのはどうでしょうか。国家経済のパイが縮小しているのですから、中央官庁もそれくらいのリストラをして当然です。

 いわゆる官僚組織というものは、高度経済成長期のような上げ潮経済の時は、予算編成、法案策定、各許認可、政策立案などで、その能力を遺憾なく発揮します。しかし逆に下降経済期になると途端に省益に走り、うまく機能しなくなるのです。
 いかな高級官僚と言えども、低迷期に明確な国家ビジョンを描き下降経済を再上昇させるプランなど持ち合わせてはいません。それをするのは時の政権の役割です。官僚依存ではなく、官僚にビジョンに則った仕事を与えるべきなのです。

 そう言えば、財務省、外務省の向こう側にある国会議事堂内では、ちょうど“チョー興味ない”予算委員会がスタートしている頃合でしょう。  -  完  -

 (大場光太郎・記)

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霞ヶ関官庁街訪問記(2)

 -近年の中央官庁への入庁の厳しさは、「聖域」として差別化したい表れか?-

 霞ヶ関中央庁舎第2号館の入り口から中に入りました。国土交通省が別館として使用しており、他に総務省、国家公安委員会、消防庁などが入っています。その奥の国土交通省ビルである第3号庁舎と共に、比較的近年建てられたものらしい、近代的な高層ビルです。

 入ったとは言っても、そのままどんどん中に進んでいけるわけではありません。入り口付近に検問所らしき仕切りが設けてあり、守衛と思しき人が何人か立っていて通せんぼをくらうのです。
 駅の自動改札のような仕組みで仕切られ、守衛さんの一人に行き先、用件、会社名、氏名などを伝え、なおかつ身分証明書を提示してオーケーとなったら首からぶら下げるIDカードをもらいます。手前側の特定部にそのIDカードをかざすと、駅のと同じで自動改札の向こう側扉がカシャッと開き中に進める仕組みです。

 国交省のみならず、中央庁舎はどこも似たり寄ったりです。次に行った経済産業省では、若い女性守衛さんから「よろしかったら、バックの中身をみせてください」と言われました。『よろしかったらじゃなくて、半ば強制的なんでしょ』と思いながら、開いて見せました。「書類関係ですね。けっこうです。どうぞお通りください」。こっちは生活を賭けて申請代理に来てるんだから、爆弾なんか持ち込みやしませんよ。
 近年とにかく変にガードが固いのです。それは例の01年の「9・11」以降からだと思われます。テロ対策を意識した、危険人物の排除、危険物の持ち込み防止ということなのでしょう。

 それが第一おかしいではありませんか。9・11のWТCビル崩壊などは、アルカイダメンバーの仕業ではなく、CIA(米中央情報局)とモサド(イスラエル秘密情報機関)を実行部隊とする、時のブッシュ政権の自作自演であったことは、今や公然の秘密です。
 我が国中央官庁のご主人様格の米国が、自分たちで世紀の大事件をやらかしておいて、テロの脅威をあおり、テロには屈しないと「対テロ戦争」をおっぱじめ、世界中にテロをばらまいておいて…。
 そして9・11をこれ幸いとにわかに警備を強化して、自分たちの「聖域化」を一層際立たせようとしている図式のようにも思われます。

 ただその「検問」さえ通ってしまえば、庁舎の中はいたって平穏そのものです。入ってすぐの左手には、コーヒーショップ・ドトールの店があり、店内でコーヒーなどをすすりながらゆったりくつろいでいる人たちの姿もあります。大のコーヒー党の私も、時間があればそこでゆっくりしたいところですが、きょうに限ってはそんな余裕はなさそうです。
 2号館と3号館との間辺りには郵便局もありました。仔細には分からないものの、地階にはレストラン、コンビニ、銀行その他諸々の店があり、この庁舎内でたいがいのことは自足出来るのではないでしょうか。

 今回の国交省の指名参加資格申請の提出先は、(国交省)大臣官房会計課です。ここに提出しますと、一申請で一元的に、関東運輸局、東京航空局、第三管区海上保安庁、東京気象台などへの登録がいっぺんに出来ることになっています。
 他の省庁の申請書様式、作成要領は、すべて国交省のものが基本になっています。中央官庁の建設工事にあって、国土交通省がいかに他の官庁に睨みをきかせているかということの証明です。
 なお同省そのものの工事の申請は、それとは別に各地方整備局が窓口となります。神奈川県の場合は関東地方整備局となり、午後から行く予定の横浜第2合同庁舎が提出先です。

 何せ初めての来庁とあって多少のまごつきはあったものの、受付会場で無事受付が終わり、ものの10分ほどで申請受理となり、会場そして国交省ビルそのものを後にしました。
 休む間もなく、次は経済産業省です。同省ホームページの地図で見ますと、国交省とは桜田通りのだいぶ離れた対面側にあります。そこで信号を渡ります。

 渡った所、つまり国交省の真向かいは裁判所(東京高等裁判所)合同庁舎、そのすぐ横に法務省(中央合同庁舎6号館)、すぐ裏手には何と弁護士会館まであります。同会館には日弁連、東京第一・第二弁護士会が入っています。
 これまたおかしいのです。弁護団は時に、国の機関などと争う事件だってあるわけです。なのに法務官庁と一体になっていて、果たして国との真剣勝負が出来るのでしょうか。国を相手取った裁判では、過去腑に落ちない判決が多々見られましたが、その背景の一因となっているのではないでしょうか。

 もっとも今述べたことは、当日信号を渡りながら見たり考えたりしたわけではありません。いや実際には業務上のことで頭がいっぱいで、『あヽ向こうにも同じような高い建物があるなあ』くらいなものだったのです。
 ですから裁判所のお隣の、当ブログでも何度か述べた「赤レンガ組」(法務省エリート官僚)の元となった、法務省の象徴である赤レンガもまったく目に入っていなかったのです。 (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記) 

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霞ヶ関官庁街訪問記(1)

 -慌しい出来事があった1月31日、この国の中枢部・霞ヶ関に行ってきました-

 1月31日は今冬有数の大寒波が襲来し、各地にまたまた大雪をもたらしました。またこの日から国会で予算委員会の論戦がスタートし、菅内閣にとっていよいよ正念場に立たされる局面を迎える日でもありました。

 また九州の霧島山(新燃岳)が爆発的噴火を繰り返しており、周辺住民にとって不安な日でもありました。さらに海の彼方のファラオの国・エジプトでは、反政府デモがピークを迎えつつあり緊迫した局面にありました。
 取り分け記憶すべきは、「菅“オンボロ”内閣隠し」のため、予算委員会のスタートにぶっつけるように、小沢一郎民主党元代表が強制起訴された日でもありました。

 気象的にも国内・国外情勢的にも他事、激動の日だったこの日、私は朝から東京、横浜方面を駈けずり回りました。と言うのも、1月31日は中央官庁関係の平成23・24年度指名参加資格審査の定期申請(文書持参方式)の締め切り日だったからです。

 リーマンショック後からの急激な業務縮小傾向に、さすがのんき者の私もひしひしと危機感を覚え、昨年春頃からこれまでの当居住近辺の業務エリアを思い切って広げることにしました。かつてなら当市(厚木市)に隣接したエリアだけで、何とか“食って”いけたのです。
 ところが当今はそんなことも言っておられなくなりました。そこで神奈川県内だったら、横浜・川崎でも、小田原・湯河原でも、津久井・城山でもどこでも行くことに決めたのです。

 今回の指名参加申請は、こうして昨年秋からご縁の出来た横浜市内の建設会社からの依頼によるものです。平成14年の「行政書士法」の改正により「代理権」を賦与された行政書士が、委任者に代わって官庁の各種申請にあたっての書類作成、申請、同受理等一切の代理をするのです。

 この建設業界不況時代にも関わらず、横浜市内の業者さんともなると、新たな業務確保のため「この際、入札指名がくればもうけもの。中央官庁の指名参加申請も出しておこうか」という意欲的な会社もあるのです。
 その結果、今回私は初めて霞ヶ関官庁街を訪問することとなった次第です。
 
 1月31日のこの日、快晴ながら寒風吹きすさび吐く息が白いほど凍てついた中、朝8時前外出しました。(もっとも、もっと早朝に毎日出勤している人もいるわけです。頭が下がります)。東京と横浜の各官庁計5件の申請を出さなければなりません。そのため時計とにらめっこで、けっこう忙しく駈けずり回りました。

 真っ先に向かったのが、中央官僚の牙城たる霞ヶ関です。本厚木駅から小田急線で代々木上原、同駅で東京メトロ千代田線乗換えで、霞ヶ関駅まで。目指す丸の内線方面出口まで、構内を右折したり左折したりエスカレーターに乗ったりと、けっこう歩きました。
 同駅出口から寒風が肌身を射す外に出ますと、皇居お堀端までドーンと桜田通りが通っています。いざ国家的危機ともなると、この道路を重装備の戦車でも走らせるつもりか?と思われるほど広い道幅です。

 桜田通りを二分けざまに、皇居と日比谷公園に挟まれた広大な区画に、内閣府、総務省、法務省、厚生労働省、外務省、財務省、文科省などの一大中央合同庁舎群が誇らしげに高々と建ち並んでいます。
 建設工事の指名参加申請なので、今回はそのうちの馬淵澄夫前大臣が問責で辞任した国土交通省、「不条理」な理由で与謝野馨に経済財務相を奪われ横滑りした海江田万里新大臣の経済産業省の2省に出向きました。

 霞ヶ関駅A2出口だかを出て向かったのが国土交通省です。目指す国交省の建物は同出口から目と鼻の先にあります。国交省ホームページ内の地図で確かめますと、その名も「中央合同庁舎」第2号館、その奥の第3号館が同省の“縄張り”であるようです。
 国交省は、旧の建設省と運輸省が合併して出来た“巨大(利権)省”ですから、業務遂行上それだけのスペースを確保しなければならないのかもしれません。
 もっとも桜田通りに面した第2号館は、同省の他に総務省、国家公安委員会も入っています。

 国交省の申請受付開始は午前9時半からです。時計を見ればそれを少し過ぎたくらい。午前中に都内の3庁の申請を終わらせる予定ながらも、まあ順調そうな流れです。そこで本厚木駅から長く電車に乗ってもいたことだし、『ここらで一服するか』と、しかるべき喫煙出来そうな場所を探して辺りを見回しました。
 さすが「国土整備は塊(かい)より始めよ」、第2庁舎周辺の手入れの行き届いていて何と綺麗なこと。手前の舗道上にも吸殻一つ落ちてはいません。

 また時折り通り過ぎる人たちの、「俺たちがこの国を動かしているんだ」と言わんばかりの、肩で寒風を切って歩くようなエリート然とした様(さま)であること。往年の刑事コロンボじみた、当方のよれよれのコート姿が恥ずかしくなるほどです。
 というような次第で、一服は止めにして第2号館の中へと入って行きました。    (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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国民蜂起-「エジプト革命」

 -失政、悪政に抗議するのが健全な国民の姿だ。翻って現日本は…嗚呼 !-


       1日、首都カイロのタハリール広場の反政府デモに集結した夥しい人々

 
いやあ、民衆の力恐るべし ! 1月25日から始まったエジプトの反政府デモは、わずか8日目で、約30年間も続いたムバラク独裁体制を崩壊させようとしています。

 首都カイロなどエジプト国内の諸都市で連日デモが繰り広げられ、日に日に参加者の数を増大させていきました。「ムバラク大統領の退陣」「民主化」を要求する反政府デモは1日、ピークを迎え、この日カイロ、アレキサンドリア、スエズなどの大都市で総計100万人もの人々が集結したと伝えられています。

 当初はデモの要求を突っぱね、あくまで政権維持に執念を見せていたムバラク大統領(82)でした。が、長期政権の一番の拠り所だった国軍が反政府デモ容認の姿勢を打ち出したことで、事態は一変したようです。
 さらに親米ムバラクの後ろ盾・アメリカのオバマ大統領も「秩序ある移行を」と、暗にムバラク退陣を促したことがダメ押しとなりました。
 こうして1日ムバラク大統領は、「9月に行われる大統領選には出馬しない」と事実上の退陣表明をせざるを得なったのです。

 反政府デモ指導部や野党は、「9月まで居座るとどんな報復が待っているか分からない。即時退陣を要求する」となお強硬です。一方野党の一部や、デモに参加していない市民からは、「長期政権が終わりを告げることで大きな勝利を得た」「とにかく1日でも早く平穏な状態に戻ってほしい」など、今回のムバラク表明で良しとする声もあります。

 また2日にはカイロ市内で、数千人規模のムバラク支持者によるデモが展開され、反政府デモ市民との間で小競り合いが続きました。実際一般市民の声の中には、「変革は歓迎する。ただムバラクが今去れば、国が混乱する。イスラム原理主義者が出てくるかもしない」と、ムバラク後を不安視する声もあるようです。

 これほど大きな「チェンジ(変革)」です。新政権に移行するまで、なお紆余曲折や困難が横たわっていることでしょう。
 次期大統領は、完全にムバラク色を払拭した人物が就くのか、中間派か、ムバラクに近い人物となるのか。今回の民衆蜂起には、「親米ノー !」という意思表示も含まれているとみるべきですが、なお予断を許しません。何しろエジプトは「アラブの盟主」だけに、新指導者が誰になるかは、中東全体の今後に大きな影響を及ぼすことになります。
 「ムバラク後」については、今回大きな役割を果たした国軍の動向次第というところもあるようです。

 そもそもは、チュニジアの民主化運動によるベンアリ政権崩壊が、アフリカから中東のエジプトに飛び火したのでした。チュニジアで起きた「ジャスミン革命」が、アラブ大衆の胸を打ち、強権的なアラブ諸国を揺さぶっているのです。
 その発端となったのが、昨年12月中旬の、失業中の若者の抗議の焼身自殺でした。その出来事はネットを通じてまたたく間に広まり、失業解消を求めるデモや暴動がチュニジア各地に広がっていったのでした。デモの動員には、ツイッターやフェースブックが大いに活用されました。まさに「草の根ネット運動」恐るべしです。

 チュニジアからエジプトへ。そしてアルジェリアやヨルダン、サウジアラビアなどへも?今回のアフリカ、中東の一連の政変劇は、政権がいかに言論統制しようとしても、「草の根ネット運動」の情報網はそんな統制など軽く突破してしまうという好例のようです。

 さて、どんなヒドイ政治をされても「むしろ旗」一つ掲げない、どこぞの国のお気楽な「マスコミマインドコントロール国民」よ。あなた方は、ネット情報網という「真実情報」の活用にいつ目覚めるのやら。

 (大場光太郎・記)
 

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強制起訴-あるツイッターから

 -あるツイッターの、小沢氏強制起訴後のさまざまな“つぶやき”を紹介します-

 1月31日の小沢一郎民主党元代表の強制起訴を受けた当ブログの『暗黒国家の強制起訴』が、思いがけないことに『妹尾(ryosenoh)on Twitter』というツイッター上で紹介されました。以下がその全文です。

暗黒国家の強制起訴 http://t.co/2zUw4rIブログ「今このとき&あの日あの時」(大場光太郎氏)

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暗黒国家の強制起訴

 -無罪の政治家が強制起訴に。この国の暗黒国家化は誰にも止められない-

 先週あたりから、「小沢一郎民主党元代表の強制起訴は31日で決まりらしい」と囁かれていましたが、予定通りこの日小沢元代表は起訴されました。
 31日は菅直人内閣にとって甚だ旗色の悪い、通常国会の予算委員会での論戦の火蓋が切って落とされる日でもありました。仕組まれたスジュールの悪臭芬々(ふんぷん)です。

 引き受けても大変な思いをするだけで、報酬の面では割りに合わないとみられているのが、本日強制起訴に踏み切った3人の指定弁護士です。そこで将来的な見返りとして、「弱り目に祟り目」「四苦八苦」の泥船政権に、阿吽の呼吸で絶妙なタイミングで助け舟を出したものでしょうか?
 今後は検察官役となる、大室俊三弁護士(61)、村本道夫弁護士(56)、山本健一弁護士(47)の3人は、そろって弁護士会でも同じグループに所属しているといいます。同グループには、希代の暗い陰謀家・仙谷由人も弁護士として所属しているというのです。
 そこで弁護士会内部でも、「このメンバー選定は出来レースなのでは?」と取りざたする声もあるようです。

 また日弁連(日本弁護士会連合会)の現会長の宇都宮健児氏は、仙谷とは同じ四国の出身で東大法学部時代の同級生。二人は今でもツーカーの仲と言われています。東京第五検察審査会の2回目の議決に向けて、吉田繁実という「腕のいい弁護士」を日弁連として差し向けた功績により、FD改ざん事件で一時「検事総長は民間から」となった時は、宇都宮氏の名前が取りざたされたほどでした。
 こういう幾重にも絡まった怪しげな関係を探ると、今回の強制起訴決定の裏にある、仙谷由人や菅直人らの政治的謀略の可能性を考慮せざるを得ません。

 案の定新聞・テレビは「小沢強制起訴」を一斉に報道しています。自民党など各野党も、世間的関心の高いこの問題に矛先を向けざるを得ない状況です。それによって、与謝野馨経済財務相の不当入閣問題、菅“無免許”総理の「(国債格下げ問題には)疎い」発言など、肝心の菅内閣の失政追及は霞んでしまわないか?大いに懸念されるところです。

 それにしてもヒドイのはマスコミです。相変わらず「小沢一郎に犯罪性あり」報道に終始しています。当初ガンガン垂れ流した、水谷建設からの収賄のカネが世田谷土地購入資金の一部に含まれているという、この問題の核心部の検証はその後どうしたのでしょう?
 大鶴基成ら東京地検幹部のリークにまんまとはまり、石川知裕元秘書らの、水谷側からの金銭授受の現場に立ち会ったという人物まで登場させました。しかし検察が関係先の一斉捜索、石川衆院議員ら3人を逮捕してもその事実がまったく出てこず、小沢氏の関与も認められず、小沢氏が二度も「不起訴処分」となると後はダンマリを決め込むのみです。

 またマスコミは、検察が贈収賄事件から一転政治資金規正法違反に矮小化した流れを受けて、二言目には「虚偽記載、虚偽記載」と言い始めました。しかしそれは購入決定時は農地だったから本登記できず、同土地を押さえるために取り合えず仮登記し、何ヶ月か経って農地転用許可申請の石原都知事の許可が下りたから、その時点で本登記をし政治資金収支報告書にもその時点で記載したものです。「期ズレ」でも何でもないのです。
 
 この案件は昨年の早い段階で述べましたが、当時の官報にも掲載された正式な取引なのです。土地取引に詳しい不動産関係者は、異口同音に「これは世間一般に行われていることで、何で事件として扱われるのか分からない」と首をかしげています。
 第一小沢元代表の資金管理団体「陸山会」の世田谷土地購入の件は、当時マスコミも把握していて、その時はまったく問題視していなかったのです。6年も7年も前のことを、何で今さら?言わずと知れた、民主党が小沢一郎元代表の主導で政権交代したからです。
 “米国広報機関”であるマスコミは、米国の意に添わない「小沢民主党」を何としても潰す必要があったのです。

 またマスコミは、当初東京地検に告発した怪しげな偽装市民団体の正体、また桜井誠なる人物が代表をつとめる検察審査会に申し立てした偽装市民団体の正体、これらを問題視したことが一度でもあったでしょうか?
 さらに11人の素人審査員の氏素性がさっぱり分からない、裁判員のようにインタビューには一切出てこない、事務局に議事録の提出を求めても「出せない」の一点張り、したがって中でどんな審査が行われているのか皆目不明、いな審査が本当に行われたのかどうかすら疑わしい…。そんな戦前の暗黒裁判のような検察審査会制度について、一度でも検証したことがあったでしょうか?これも皆無です。

 渦中の小沢一郎は今回の強制起訴によって、ますます手足を縛られ政治的に身動きが取れない状況になっていくことになります。菅政権、検察、マスコミなど米国の臭い息のかかった悪徳旧勢力は、「無罪」が分かりきっている小沢裁判をとにかく長期化しようと画策することでしょう。
 その間この国はより一層、手の施しようがないほどの亡国的状況に追い込まれてしまうのではないでしょうか?

 (大場光太郎・記)

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