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霞ヶ関官庁街訪問記(1)

 -慌しい出来事があった1月31日、この国の中枢部・霞ヶ関に行ってきました-

 1月31日は今冬有数の大寒波が襲来し、各地にまたまた大雪をもたらしました。またこの日から国会で予算委員会の論戦がスタートし、菅内閣にとっていよいよ正念場に立たされる局面を迎える日でもありました。

 また九州の霧島山(新燃岳)が爆発的噴火を繰り返しており、周辺住民にとって不安な日でもありました。さらに海の彼方のファラオの国・エジプトでは、反政府デモがピークを迎えつつあり緊迫した局面にありました。
 取り分け記憶すべきは、「菅“オンボロ”内閣隠し」のため、予算委員会のスタートにぶっつけるように、小沢一郎民主党元代表が強制起訴された日でもありました。

 気象的にも国内・国外情勢的にも他事、激動の日だったこの日、私は朝から東京、横浜方面を駈けずり回りました。と言うのも、1月31日は中央官庁関係の平成23・24年度指名参加資格審査の定期申請(文書持参方式)の締め切り日だったからです。

 リーマンショック後からの急激な業務縮小傾向に、さすがのんき者の私もひしひしと危機感を覚え、昨年春頃からこれまでの当居住近辺の業務エリアを思い切って広げることにしました。かつてなら当市(厚木市)に隣接したエリアだけで、何とか“食って”いけたのです。
 ところが当今はそんなことも言っておられなくなりました。そこで神奈川県内だったら、横浜・川崎でも、小田原・湯河原でも、津久井・城山でもどこでも行くことに決めたのです。

 今回の指名参加申請は、こうして昨年秋からご縁の出来た横浜市内の建設会社からの依頼によるものです。平成14年の「行政書士法」の改正により「代理権」を賦与された行政書士が、委任者に代わって官庁の各種申請にあたっての書類作成、申請、同受理等一切の代理をするのです。

 この建設業界不況時代にも関わらず、横浜市内の業者さんともなると、新たな業務確保のため「この際、入札指名がくればもうけもの。中央官庁の指名参加申請も出しておこうか」という意欲的な会社もあるのです。
 その結果、今回私は初めて霞ヶ関官庁街を訪問することとなった次第です。
 
 1月31日のこの日、快晴ながら寒風吹きすさび吐く息が白いほど凍てついた中、朝8時前外出しました。(もっとも、もっと早朝に毎日出勤している人もいるわけです。頭が下がります)。東京と横浜の各官庁計5件の申請を出さなければなりません。そのため時計とにらめっこで、けっこう忙しく駈けずり回りました。

 真っ先に向かったのが、中央官僚の牙城たる霞ヶ関です。本厚木駅から小田急線で代々木上原、同駅で東京メトロ千代田線乗換えで、霞ヶ関駅まで。目指す丸の内線方面出口まで、構内を右折したり左折したりエスカレーターに乗ったりと、けっこう歩きました。
 同駅出口から寒風が肌身を射す外に出ますと、皇居お堀端までドーンと桜田通りが通っています。いざ国家的危機ともなると、この道路を重装備の戦車でも走らせるつもりか?と思われるほど広い道幅です。

 桜田通りを二分けざまに、皇居と日比谷公園に挟まれた広大な区画に、内閣府、総務省、法務省、厚生労働省、外務省、財務省、文科省などの一大中央合同庁舎群が誇らしげに高々と建ち並んでいます。
 建設工事の指名参加申請なので、今回はそのうちの馬淵澄夫前大臣が問責で辞任した国土交通省、「不条理」な理由で与謝野馨に経済財務相を奪われ横滑りした海江田万里新大臣の経済産業省の2省に出向きました。

 霞ヶ関駅A2出口だかを出て向かったのが国土交通省です。目指す国交省の建物は同出口から目と鼻の先にあります。国交省ホームページ内の地図で確かめますと、その名も「中央合同庁舎」第2号館、その奥の第3号館が同省の“縄張り”であるようです。
 国交省は、旧の建設省と運輸省が合併して出来た“巨大(利権)省”ですから、業務遂行上それだけのスペースを確保しなければならないのかもしれません。
 もっとも桜田通りに面した第2号館は、同省の他に総務省、国家公安委員会も入っています。

 国交省の申請受付開始は午前9時半からです。時計を見ればそれを少し過ぎたくらい。午前中に都内の3庁の申請を終わらせる予定ながらも、まあ順調そうな流れです。そこで本厚木駅から長く電車に乗ってもいたことだし、『ここらで一服するか』と、しかるべき喫煙出来そうな場所を探して辺りを見回しました。
 さすが「国土整備は塊(かい)より始めよ」、第2庁舎周辺の手入れの行き届いていて何と綺麗なこと。手前の舗道上にも吸殻一つ落ちてはいません。

 また時折り通り過ぎる人たちの、「俺たちがこの国を動かしているんだ」と言わんばかりの、肩で寒風を切って歩くようなエリート然とした様(さま)であること。往年の刑事コロンボじみた、当方のよれよれのコート姿が恥ずかしくなるほどです。
 というような次第で、一服は止めにして第2号館の中へと入って行きました。    (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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