« 霞ヶ関官庁街訪問記(1) | トップページ | 霞ヶ関官庁街訪問記(3) »

霞ヶ関官庁街訪問記(2)

 -近年の中央官庁への入庁の厳しさは、「聖域」として差別化したい表れか?-

 霞ヶ関中央庁舎第2号館の入り口から中に入りました。国土交通省が別館として使用しており、他に総務省、国家公安委員会、消防庁などが入っています。その奥の国土交通省ビルである第3号庁舎と共に、比較的近年建てられたものらしい、近代的な高層ビルです。

 入ったとは言っても、そのままどんどん中に進んでいけるわけではありません。入り口付近に検問所らしき仕切りが設けてあり、守衛と思しき人が何人か立っていて通せんぼをくらうのです。
 駅の自動改札のような仕組みで仕切られ、守衛さんの一人に行き先、用件、会社名、氏名などを伝え、なおかつ身分証明書を提示してオーケーとなったら首からぶら下げるIDカードをもらいます。手前側の特定部にそのIDカードをかざすと、駅のと同じで自動改札の向こう側扉がカシャッと開き中に進める仕組みです。

 国交省のみならず、中央庁舎はどこも似たり寄ったりです。次に行った経済産業省では、若い女性守衛さんから「よろしかったら、バックの中身をみせてください」と言われました。『よろしかったらじゃなくて、半ば強制的なんでしょ』と思いながら、開いて見せました。「書類関係ですね。けっこうです。どうぞお通りください」。こっちは生活を賭けて申請代理に来てるんだから、爆弾なんか持ち込みやしませんよ。
 近年とにかく変にガードが固いのです。それは例の01年の「9・11」以降からだと思われます。テロ対策を意識した、危険人物の排除、危険物の持ち込み防止ということなのでしょう。

 それが第一おかしいではありませんか。9・11のWТCビル崩壊などは、アルカイダメンバーの仕業ではなく、CIA(米中央情報局)とモサド(イスラエル秘密情報機関)を実行部隊とする、時のブッシュ政権の自作自演であったことは、今や公然の秘密です。
 我が国中央官庁のご主人様格の米国が、自分たちで世紀の大事件をやらかしておいて、テロの脅威をあおり、テロには屈しないと「対テロ戦争」をおっぱじめ、世界中にテロをばらまいておいて…。
 そして9・11をこれ幸いとにわかに警備を強化して、自分たちの「聖域化」を一層際立たせようとしている図式のようにも思われます。

 ただその「検問」さえ通ってしまえば、庁舎の中はいたって平穏そのものです。入ってすぐの左手には、コーヒーショップ・ドトールの店があり、店内でコーヒーなどをすすりながらゆったりくつろいでいる人たちの姿もあります。大のコーヒー党の私も、時間があればそこでゆっくりしたいところですが、きょうに限ってはそんな余裕はなさそうです。
 2号館と3号館との間辺りには郵便局もありました。仔細には分からないものの、地階にはレストラン、コンビニ、銀行その他諸々の店があり、この庁舎内でたいがいのことは自足出来るのではないでしょうか。

 今回の国交省の指名参加資格申請の提出先は、(国交省)大臣官房会計課です。ここに提出しますと、一申請で一元的に、関東運輸局、東京航空局、第三管区海上保安庁、東京気象台などへの登録がいっぺんに出来ることになっています。
 他の省庁の申請書様式、作成要領は、すべて国交省のものが基本になっています。中央官庁の建設工事にあって、国土交通省がいかに他の官庁に睨みをきかせているかということの証明です。
 なお同省そのものの工事の申請は、それとは別に各地方整備局が窓口となります。神奈川県の場合は関東地方整備局となり、午後から行く予定の横浜第2合同庁舎が提出先です。

 何せ初めての来庁とあって多少のまごつきはあったものの、受付会場で無事受付が終わり、ものの10分ほどで申請受理となり、会場そして国交省ビルそのものを後にしました。
 休む間もなく、次は経済産業省です。同省ホームページの地図で見ますと、国交省とは桜田通りのだいぶ離れた対面側にあります。そこで信号を渡ります。

 渡った所、つまり国交省の真向かいは裁判所(東京高等裁判所)合同庁舎、そのすぐ横に法務省(中央合同庁舎6号館)、すぐ裏手には何と弁護士会館まであります。同会館には日弁連、東京第一・第二弁護士会が入っています。
 これまたおかしいのです。弁護団は時に、国の機関などと争う事件だってあるわけです。なのに法務官庁と一体になっていて、果たして国との真剣勝負が出来るのでしょうか。国を相手取った裁判では、過去腑に落ちない判決が多々見られましたが、その背景の一因となっているのではないでしょうか。

 もっとも今述べたことは、当日信号を渡りながら見たり考えたりしたわけではありません。いや実際には業務上のことで頭がいっぱいで、『あヽ向こうにも同じような高い建物があるなあ』くらいなものだったのです。
 ですから裁判所のお隣の、当ブログでも何度か述べた「赤レンガ組」(法務省エリート官僚)の元となった、法務省の象徴である赤レンガもまったく目に入っていなかったのです。 (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記) 

|

« 霞ヶ関官庁街訪問記(1) | トップページ | 霞ヶ関官庁街訪問記(3) »

日々のこと」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。