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山鳩よ

 
            高屋 窓秋

   山鳩よみればまはりに雪がふる

…… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 高屋窓秋(たかや・そうしゅう) 略歴は『桜の名句(4)』参照のこと。

 この句の背景は山の麓か、里中の木立か、あるいは田中を流れる小川辺りか。そんなことは一切捨象され、ただ山鳩と雪だけが描かれています。
 山鳩という一鳥の実存を、雪との関係性において描いてみよう。そんな意図が高屋窓秋の胸中にあったのかどうか。窓秋お得意の口語調のこの句は、極めて短い近現代詩といった趣きがあります。

 ここで「山鳩」とは、「キジバト(雉鳩)」が正式な名称です。さらに難しく言えば、「鳥網ハト目ハト科キジバト属」に分類される鳥です。
 日本でみた場合、国内で繁殖する留鳥です。北海道や本州北部に分布する個体群は越冬のため南下する夏鳥となります。全長は30センチ余。体色は雌雄同色で茶褐色から紫灰色で、翼に黒と赤褐色の鱗状の模様があるのが特徴です。
 平地から山地の明るい森林に生息しますが、都市部でも普通に見られます。樹上に小枝などを組み合わせた皿状の巣を作りますが、古巣を利用することも多く、人工建築物に営巣することもあります。

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キジバト(山鳩)

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「山鳩図」(久隅守景-くすみもりかげ-作)

 私の居住する厚木市でも、時折り山鳩のさえずる声が聞かれることがあります。「デデッポッポー」という野太い鳴き声はかなりユニークです。食性は雑食で主に果実や種子を食べますが、昆虫類や貝類、ミミズなども食べるようです。
 繁殖期はほぼ周年で、1回に2個の卵を産み、抱卵日数は15、6日。抱卵は夕方から朝までの夜間はメス、昼間はオスが行います。雛は孵化後約15日で巣立ちます。 (以上フリー百科事典『ウィキペディア』より)

 第一句が「山鳩よ」であるとおり、真っ先に高屋窓秋の心を強くとらえたのは山鳩です。そして山鳩が今いる状況はどうか。「まはりに雪がふる」というのです。
 作者はまず山鳩というこの句の肝心な主題にしっかりフォーカスし、次いで周りに雪が降っている情景を浮かび上がらせます。

 これは今日の映像技術において、映画やテレビドラマのワンシーンでもしばしば見られる手法です。すなわち初めに特に映し出したい人物や物などをズームアップし、次にほど近くの別の人物や物にフォーカスをずらす手法です。
 前の人や物をぼかし、次の人や物に焦点を移すことによって、前後の人や物の関係性がより強調されて観る者に伝わってくる仕掛けです。

 この句は、昭和11年刊句集『白い夏野』収録の一句ですから、高屋窓秋がそんな映像技術を知っていたはずがありません。しかし図らずもそれを先取りしたかのような、斬新的かつ叙情的な俳句です。

 「みればまはりに雪がふる」。改めて見なくても、雪が降っていることくらい、高屋窓秋は先刻知っているのです。だからこの「みれば」は虚構ということになります。「山鳩」を主題としてまず持ってくるために、そうせざるを得なかったのです。
 こういう虚構は、俳句や詩においては大いに許容される虚構です。

 「山鳩や」という使い古された「や切れ」を避けて「山鳩よ」としたことで、従前の感嘆の意味のほかに、山鳩に親しく呼びかけている効果を生じさせているようです。
 「うわーッ。山鳩も寒かろうなあ」という、雪降る中に山鳩を発見した窓秋の、生きとし生けるものへの単純素朴な共感が作らせた名句であるように思われます。

 (大場光太郎・記)

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