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2011年5月

馬鈴薯の花 二首

           石川 啄木

   馬鈴薯のうす紫の花に降る
   雨を思へり
   都の雨に

   馬鈴薯の花咲く頃と
   なれりけり
   君もこの花を好きたまふらむ 

     (歌集『一握の砂』所収)

… * …… * …… * …… * … 
《私の鑑賞ノート》   
 中学1年の時の担任のТ先生が国語と数学の先生で、入学して間もなくの頃の国語の授業で、(当時を偲ばせる)ガリ版刷りしたわら半紙何枚かが、クラス全員に配られました。
 そこにはТ先生の達筆な字で、石川啄木の『一握の砂』から採られた代表的な短歌がずらりと並べられていました。その中に、今回の一首目の短歌があったのです。一読して気に入り、その後今日まで忘れられない啄木歌の一つとなりました。

 Т先生は啄木以外にも、室生犀星や李白などの名詩、徳富蘆花の『自然と人生』の幾つかの名文なども、このようにして私たちに教示してくださいました。また2年生の秋まで、国語の授業中クラス全員に同じ文庫本を配り、『ビルマの竪琴』『二十四の瞳』『次郎物語』『野菊の墓』などを、最初から最後まで読んでくださいました。

 当今の小うるさい文科省指導要領、各教育委員会などからすれば、とんでない「問題教師」の烙印を押されることでしょう。しかし今にして思えば、何という懐かしくも鮮烈な思い出であることでしょう。
 少なくともこの私は、それによって豊かな情操が育てられ、先生によって「文学」への目が開かれたことは間違いありません。「じゃあ聞くけど、文学とやら、アンタのその後の飯のタネに何か役に立ったの?」と問われれば、返す言葉もありませんし、近年では文学そのものすら疎遠になってしまっていますが…。


         馬鈴薯の花

  馬鈴薯のうす紫の花に降る 雨を思へり 都の雨に

 「馬鈴薯の花」、ぶっちゃけて言えば「ジャガイモの花」ということです。ジャガイモ自体は何とも無骨な根菜ですが、その花は本当にうす紫で可憐と言ってもいいような花なのです。私は子供の頃、郷里(山形県)の畑で目にしていたのでよく覚えています。

 この歌は『一握の砂』の「煙 二」に収録されています。「煙」には故郷の岩手県での追憶の歌が主に収められています。ですからこの歌のうす紫の花は、啄木が幼少を過ごした渋民村かどこかの畑で見慣れた馬鈴薯の花であることでしょう。

 啄木の第一歌集である同歌集の初版刊行は、1910年(明治43年)12月です。
 「はたらけど はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり…」という、若すぎる晩年の悲哀の(二度目の)東京生活。都会にそぼ降る雨の中で、故郷の馬鈴薯畑の花に降る雨を連想して詠んだ、切ない望郷歌です。
 その死まで後2年ほど。啄木は何を想っていたのでしょうか。

  馬鈴薯の花咲く頃と なれりけり 君もこの花を好きたまふらむ
 
 この歌は、同歌集の「忘れがたき人々 二」に収録されています。「忘れがたき人々」には、1907年(明治40年)5月から翌年3月までの、北海道放浪生活中に出会った人や事物が詠まれています(『さいはて-千鳥-冬の月』参照)。ですから、この歌の馬鈴薯の花は、北海道の広大な畑に咲いている花を詠んだものです。

 この歌を読み解く鍵となるのは、歌の中の「君」です。
 啄木の北海道での最初の地は函館でした。その地で啄木は弥生尋常小学校の代用教員を務めました。そこで橘智恵子という女性を知り、淡い恋心を抱いたのです。しかしこの恋はやがて相手の女性の結婚によって、はかなく消えてしまいます。
 啄木自身は節子と既に妻帯していますから、横恋慕ということになります。

 しかし恋は恋。啄木自身の中で、異郷で巡り合った彼女の面影は消しがたく、ずっと引きずっていたのです。その後の札幌、小樽、釧路での生活とは、啄木にとって「センチメンタル・ジャーニー(傷心旅行)」をしただけだったのかもしれません。
 だからやること為すことうまくいかず、再び東京行きを決意した…。

 そうするとこの歌は、橘智恵子が結婚した後、北海道のどこかの地で作られたということになりそうです。この歌には、彼女の面影が馬鈴薯の花に投影されているわけです。

 (大場光太郎・記)

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【主張】不信任案 急流渡れぬなら馬換えよ

 何というシンクロニシティか。当ブログの直前記事『急流の今こそ馬を乗り換えるべし』を補完するような記事が、『msn産経ニュース』に掲載されました。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110530/plc11053003120000-n1.htm

 転載しますので、併せてお読みください。(但し、途中の「マニフェスト修正」云々には同調できません。)

                       *

【主張】不信任案 急流渡れぬなら馬換えよ

2011.5.30 03:12

 主要国(G8)首脳会議などの外交日程を終えた菅直人首相が、引き続き国政のかじ取りを担うべきかどうかが問われている。

 首相は帰国前に、「こういう時だから一致結束した行動を取ってもらえると信じている」と、内閣不信任案否決への期待感を述べ、民主党の小沢一郎元代表や鳩山由紀夫前首相らと会談したい意向も示した。

 小沢氏らと会って、政権維持への協力を呼びかけるのだろうが、首相が取るべき行動は違うのではないか。国難克服の実現にマニフェスト(政権公約)の修正は避けられないことを小沢氏や党内に宣言し、説き伏せることだ。

 こうした行動を取ろうとせず、問題を先送りしていることが東日本大震災などをはじめ、あらゆる対策に停滞を生じさせ、被災者を苦境に追い込んでいる。不要不急の事業を停止し、歳出の優先順位を組み替えることこそが、首相の今の責務ではないか。

 自民党などは、子ども手当や高速道路無料化など民主党のばらまき政策を「4K」と呼び、撤回を求めてきた。民主、自民、公明の3党が4月末に交わした3党合意で、ばらまき政策の見直しを確認したのに、首相や民主党は結論を先送りしている。

 さらに、民主党は「つなぎ法案」によって4月から半年間、延長されている子ども手当の取り扱いについて、「まだ結論を得る時期ではない」と言い始めた。見直しへの異論が強く、党内の意見集約が困難なためだ。児童手当の復活を軸に自公両党と続けていた協議も中断することになる。

 マニフェスト修正は、特例公債法案の取り扱いを3党で協議する前提でもある。約38兆円の赤字国債の発行がかかる重要法案が成立しなければ、それ自体が内閣への不信任に値する。

 自民、公明両党は「菅首相の下での復興は困難だ」として、今週中にも内閣不信任案を提出する構えだ。

 谷垣禎一自民党総裁は「この政権が1日長く居座れば1日国益を損なう」と語った。この時期に政争はおかしいという声があるが、菅首相による“人災”をこれ以上続けさせてはならないという点で、与野党議員の多くが一致しているともいう。急流を渡れず流されているのであれば、馬を乗り換えなければならないだろう。  (転載終わり)

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急流の今こそ馬を乗り換えるべし

 -激流のただ中の日本。駄馬“菅”では乗り切れない。今すぐ名馬に換えるべし-

 最近「急流で馬を乗り換えるな」という言葉が流布されています。仔細には分からないものの、元々は中国の古典あたりにある言葉だったのでしょうか。
 事の発端は4月28日、西岡武夫参院議長の「国の命運を担う馬は内閣。急流でもがいて流されているならば、馬を乗り換えないといけない」と、この成句とは真逆な発言をしたことでした。西岡氏のこの発言は、明確な「菅降ろし」です。これに対して、「いやそうじゃない。やっぱり、急流で馬を乗り換えてはいけないのだ」と、「菅擁護」の声も出てきて、以来両論がつばぜり合いしながら今日に至っているわけです。

 私は菅政権をあらゆる角度から精査した場合、西岡議長の方がまったくの正論だと考えます。しかし中にはそうは考えずに、菅を擁護したいグループもいるわけです。

 「この選挙は事実上私の政権への国民の審判の意味を持つ」と公言して臨んだ、昨夏の参院選。結果は大惨敗でしたから、当然のように党内外から菅直人の責任論が巻き起こりました。この時流布されたのが、「国のトップをコロコロ換えるのはよくない」というメチャクチャな論法でした。これも出所は不明ですが、おそらく小沢一郎元代表の復権を何より嫌う、悪徳旧勢力の広報機関の新聞・テレビであったことでしょう。
 この流れは昨秋、対抗馬として小沢元代表が立った民主党代表選でもぶり返されました。こうした応援団の後押しによって、ヨレヨレの菅“無能”首相は今日まで辛くも命脈を保ってこられたのです。
 すべては菅直人が、09年衆院選のマニフェストを捨てて、アメリカ、官僚、財界など旧勢力に魂を売り飛ばした“功徳”によるものです。

 だから今回の「急流で馬を乗り換えるな」も、出所はてっきりマスコミかと思っていました。しかしそうではなく、意外にも自民党系長老だったようです。
 西岡氏に反論したのは、小里貞利元衆院議員(80)で、17日の自民党本部での講演会に招かれ、この成句を引用して「菅首相を追い込むことばかりせず、震災復興で政権に協力せよ」と、クギを刺したというのです。
 これにビビッたのが谷垣禎一自民党総裁、折角出そうとしていた内閣不信任案を引っ込めてしまいました。というのも谷垣氏は、派閥を他ならぬ小里氏から引き継いだ負い目があるからです。

 しかし小里さん、あなたの論は暴論とは言わずとも的外れですよ。
 第一あなたは、1995年の阪神大震災時の地震対策担当相だったではありませんか。漏れ聞くところ、時の村山富市首相は己の無能を認め、「小里さん。震災復興のすべてをあなたに任せる。責任はこの私が取るから、思う存分やってくれ」と、意気に感ぜずにおられない一言で一任されたそうではないですか。
 その結果「対応が遅い」と非難されていた同震災は、その後どんどん軌道に乗り、今日知られるような見事な復興を成し遂げたのではありませんか。

 そんなあなたの経験から見ても、菅首相がいかに「駑馬(駄馬)」であるか一目瞭然でしょうに。阪神大震災では地震発生後3週間で復興が具体的に動き始めたというのに、今回の東日本大震災復興は、2ヶ月半経過しても震災地の瓦礫はほとんど手付かずの状態。間もなく梅雨や猛暑の季節を迎えようかというのに、プライバシーも何もない劣悪な避難所に、今なお10万人以上が押し込められたままなのです。
 菅氏がその間やったことと言えば、責任回避のために“何とか会議”をいっぱい作って、だらだら小田原評定もどきを続けてきたことくらいです。

 輪をかけてヒドイのが、福島第一原発事故を巡る対応のまずさです。地震直後既に各号機はメルトダウンしていたのを知りながら、2ヶ月も国民と国際社会に隠し続けていたのです。放射能をダダ漏れさせっ放し。情報遮断のため一体どれだけの人たちが被曝してしまったことか、これ一つ取ってみても菅直人は「犯罪者」というべきです。
 その上官邸の情報隠蔽は数知れず。それに菅首相の要らざるパフォーマンスや不適切な東電への指示によって、事態をどれだけ悪化させてきたことか。事故の被害拡大は、菅直人の人災によるところが大きいのです。

 どう見ても西岡議長の言っている方が正論です。大震災の復興が遅々として進まず、福島原発事故の収束の目途が立たないのも、一にかかって菅直人という「悪馬」のせいなのです。こんなロクでもない馬のために、国民全体が激流に飲み込まれてしまったのではたまりません。
 この際「急流で馬を乗り換えるな」というのは、タチの悪いジョークのたぐいです。

 ところで、この成句から思い出した故事があります。三国志の英雄・劉備玄徳にまつわる話です。その時既に五十路を過ぎ「脾肉の嘆」をかこっていた劉備は、ある日荊州の牧(支配者)の劉表の館での酒宴に招待されます。しかしこれは、天下の実力者の劉備を亡き者にする劉表の奸臣たちの謀略だったのです。

 宴たけなわ危難を知り、劉備は命からがら「的盧(てきろ)」という愛馬に跨って単騎逃走します。それを知った奸臣たちは必死に追いかけてきます。そのうち劉備は壇渓(だんけい)という急流に追い込まれます。
 やむなく劉備は壇渓を越えようとしますが、途中で水中にはまって出られなくなってしまいます。窮まった劉備は「的盧よ的盧。我が運命を妨げるか !」と一喝して鞭をくれるや、的盧は一躍三丈を跳び越え難を逃れることができたというのです。

 まこと的盧こそは名馬と言うべきです。ところが、額に白い模様があるこの馬、俗には僕(しもべ)が乗れば客死し、主(あるじ)が乗れば刑死するという凶馬でもあったのです。凶を変じたのは劉備の持って生まれた福徳の力か、というところです。
 この難を逃れて間もなく、劉備は隆中に隠棲していた臥龍・諸葛亮孔明を得、いよいよ青年孔明の天下三分の計の下、望蜀が動き出すことになったのです。

 今の政界で「的盧」に匹敵するのは誰なのか。菅直人はもちろんハナから除外です。やはり理想としては小沢一郎でしょうが、状況的に無理なら他の誰かで務まるのか。この国難的重大局面、よくよく考えてみる必要がありそうです。
 そして的盧と共にこの危機的状況から大跳躍すべきは、主である私たち国民であることも自覚すべきです。

 (大場光太郎・記)

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小沢一郎かく語りき

 小沢一郎民主党元代表が、久しぶりに公けの場で現在の心境、信条を率直に語っています。この中で小沢元代表は、「菅首相は福島原発などの責任を取って、1日も早く辞任すべきだ」と、事実上の「倒閣宣言」までしています。
 
 大震災後なりをひそめていた小沢元代表がここまで踏み込むとは、「チャンス到来 !」、そう展望しているとみて間違いないでしょう。自公がそろって内閣不信任案を提出することも固まりました。
 台風2号の関東地方通過が予報される来週、同時に「風雲永田町」になるのでしょうか?是非そうなってほしい、というのが心ある有権者の願いです。

 なおこれは小沢元代表が、ウォール・ストリート・ジャーナル紙記者のインタビューに答えたものです(同紙日本板5月27日付)。『阿修羅掲示板』に転載されたのを再転載します。
 真の政治家の言葉とはいかなるのか、じっくり味わってお読みください。 

                       *

小沢一郎、民主党元代表インタビュー:一問一答(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)

小沢一郎・民主党元代表はウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、福島原発事故への政府の対応は「遅く、放射能汚染に対する認識がまったくない」と批判するとともに、長年ライバル関係にある菅直人首相について「首相は一日も早く代わったほうがいい」と述べ、対決姿勢を鮮明にした。

 以下はインタビューの一問一答。

Q:東日本大震災と福島第1原発事故以降の政府の対応について、全般的にどう評価しているか。

A:もう2カ月以上、70日になる。原子炉がコントロールできない状況に置かれている。

 私は客観的な見方をする学者の先生から、この状況は燃料の熔融や炉が破損して、非常に危険な状況だということを聞いていた。非常に心配していたら、今になって、仕様がなくなってポツポツ認めている。対応が遅く、放射能汚染に対する認識が甘い、というより、まったくないといってもいいくらいの菅内閣の対応だ。

 一般自然災害への対応も、私の県も被災県の1つだが、単なる旧来の取り組みと同じだ。役所の積み上げと、査定に任せきりで、民主党が目指した国民主導・政治主導という政治の在り方とは程遠い実態になっている。私もそうだが、ほとんどの人たちが、不安と不満を募らせているというのが現状だ。やはりその最大の原因は、民主党が掲げてきた、政治家が自ら決断して政策を実行するということが行われていないためだ。決断とは、イコール責任だ。責任を取るのが嫌だとなると、誰も決断しなくなる。

Q:原発事故で事態をここまで悪くしないようにするために、政府がすべきであった決定や政策はどんなものがあったか。

A:こういう状況になると、東京電力の責任に転嫁したって意味がない。東京電力が悪い、あいつが悪い、こいつが悪いということを言っている。どうでもいいことならそれでいいが、原発の放射能汚染の問題は、ここまで来ると、東電に責任を転嫁しても意味がない。政府が先頭に立って、政府が対応の主体とならねばいかんというのが、私の議論だ。東電はもう、現実何もできないだろう。だから、日一日と悲劇に向かっている。

Q:菅首相は統合本部を数日後に設立し、東電に踏み込んだ。あれは十分ではなかったのか。

A:十分も何も、パフォーマンスはどうだっていい。そういうことを気にすべきではない。事態は分かっているのだ。何が起きているかってことは、ほぼ。東電が分かっているのだ。東電が分かっていることは、政府も分かっているのに決まっている。だから、私が言ったように、他人に責任をなすりつける話ではない。政府が主体となって対応策を、どんな対応策かは専門家を集めなければ分からない。それは衆智を集めて、こうだと決まったら政府が責任を取るからやってくれと、そういうのが政治主導だ。それがまったくみられないから、国民はいらいらして不満を募らせ、民主党はだめだとなっている。

Q:小沢氏が指揮を執っていれば、最初の段階でメルトダウンが起きて危ないということは国民に大きな声で言っていたか。

A:言うだろう。隠していたらどうしようもない。それを前提にして、対応策を考えねばならない。当面は福島の人だが、福島だけではない、このままでは。汚染はどんどん広がるだろう。だから、不安・不満がどんどん高まってきている。もうそこには住めないのだから。ちょっと行って帰ってくる分には大丈夫だが。日本の領土はあの分減ってしまった。あれは黙っていたら、どんどん広がる。東京もアウトになる。ウラン燃料が膨大な量あるのだ。チェルノブイリどころではない。あれの何百倍ものウランがあるのだ。みんなノホホンとしているが、大変な事態なのだ。それは、政府が本当のことを言わないから、皆大丈夫だと思っているのだ。私はそう思っている。

Q:なぜ、このタイミングで出てきたのか。

A:隠しようがなくなったからだろう。知らないが。政府に聞いてみるべきだ。

Q:菅首相はアドバイザーを集めて意見を聞いている。聞き方がまずいのか。

A:何を聞いているのだか知らない。集めただけではしようがない。結論を出して何かやらないと。だいたい、原発で食っている連中をいくら集めてもだめだ。皆、原発のマフィアだから。あなた方もテレビを見ていただろう。委員だの何だの学者が出てきて、ずっと今まで、大したことありません、健康には何も被害はありません、とかそんなことばかり言っていた。原子力で食っている人々だから、いくら言ったってだめなんだ。日本人もマスコミもそれが分からないのだ。日本のマスコミはどうしようもない。 

Q:いろいろ聞いてやってみて、だめだったら辞めてもらうということだが、どこまでいったら辞めてもらうのか。どの辺が判断の基準になるのか。

A:どこまでということはない、何もしていないのだから。このまま、ダラダラしていたら、本当に悲劇になってしまう。海も使えなくなる。

Q:原子力エネルギーをどう考えるか。 

A:しょせん、過渡的エネルギーとしてはある程度、大口電力供給のためにも仕方がない。だが、高レベルの廃棄物を処理できないからいずれ、新しいエネルギーを見出さなければいけない。そのように私は言ってきた。まさに今、こういう自然災害のなかで、原発の事故まで起きて、これを食い止めると同時に、長期的なエネルギー政策をしっかりと考える必要がある。

Q:菅政権に対する小沢氏の批判だが、今回、事態の深刻さに対して菅政権が国民に対して正直でなかったことにあるのか、それとも、もし政権が強ければ、事態の対応はもっとうまくいっていたということにあるのか。

A:政権が強い、強くないとの表現も間違いではないが、さきほどから言っているように、何か国民生活に関する問題を処理する時に、われわれは、自民党の官僚機構に任せて、おんぶに抱っこの政治はもはやだめだと言ってきた。政治家が自ら決断し、国民のための政治を実行する。今回の原子力の話だけではない。

 しかし、それは何かというと、それはイコール責任だ。決断したら決断した者の責任が生じることは当たり前だ。責任のない決断はない。そういうことを主張してきたにもかかわらず、民主党の政権が、特に菅政権が、そうでないという実態に気づき、国民の支持を失っている。政策の実行ができないのなら、総理をやっている意味がないでしょう、ということだ。

Q:問責決議案や不信任案を提出する、提出しないとの話が出ているが、国難といわれる時期、そのような政治家の動きを国民はどう受け止めているとみるか。

A:困難な時だけ仲良く、仲良くというのは日本人の発想で、だからだめなのだと考える。日本のマスコミは全部そうだ。太平の時は誰でもいいのだ。うまくいっている時は。困難、危機の時だから、それにふさわしい人を選び、ふさわしい政権を作るのだ。日本人は発想が逆だ。大陸の人は、発想がそうではない。日本人は平和ぼけしているから。まあまあ争わないで、まあまあ仲良くという話になる。仲良くしたって、何も解決できない。当たり障りのない話をしているだけだ。波風立てずに、丸く丸く。これでは、政治家など要らない。役人に任せていればいい。

Q:菅首相を降ろせというなか、強いリーダーはいるのか。

A:何人でもいる。

Q:強いリーダーの代表格というと小沢氏が思い浮かぶ。自分でやろうとの気持ちはあるのか。

A:私はもう老兵だから。老兵は消え去るのみ、とのマッカーサー元帥の言葉はご存知だろうか。消え去ろうと思っていたが、もう一仕事やらねばならないとは思っている。

Q:話題を変える。政治資金規正法違反の話は今、どういう状態で、今後、どういう方針で戦うのか。

A:どういう方針もなにもない。私は何も悪いことをしていない。これは官憲とマスコミによるものだ。旧体制の弾圧だからしようがない。調べてほしいのだが、私は何も不正な金はもらっていない。ただ、報告書の時期がずれていただけだ。こういった例は何百、何千とある。単に報告書を直して再提出するだけで済んでいた話だ、今まではずっと。なぜ、私だけが強制捜査を受けるのか。そこを全然、マスコミは考えない。

 これは民主主義にとって危機だ。政府ないし検察の気に入った者しか政治ができないということになる。ほんとに怖い。あなた方も変な記事を書いたとして逮捕されることになりかねない。そういうことなのだ。絶対にこういうことを許してはいけない。私が薄汚い金をもらっているのなら辞める。

 1年以上強制捜査して何も出てない。だからちょっと報告書の書き方を間違ったといったわけでしょう。現実政治というのは権力だからそうなるんだが。戦前もそう。それを繰り返したんじゃ、だめだ。そんな民主主義は成り立たない。それを心配している。自分はなんてことない。なんの未練もない。政治家をやめれば遊んで暮らせるからそれでいいが。日本の民主主義はこのままだと本当にまた終わりになる。外国が心配しているのはそこだ。日本は本当に民主主義国家かという心配をしている。

Q:震災に話を戻す。復興、復旧にこれからお金がかかっていく。もちろん労力も。一つは第2次予算が出るか出ないかで国会でもめている。第2次予算の緊急性と規模はどのようなものと考えるか。もう一つは、財源は増税にするのか、国債発行にするのか。そのへんはどのようにすべきか。

A:復旧に必要なことは、お金がどれくらいかかったって、やらなくてはならない。あのままでは住めなくなる。再臨界に達するかもしれない。あそこが爆発したら大変だ。爆発させないために放射能を出しっぱなしにしている。爆発するよりたちが悪い、本当のことを言うとだ。ずっと長年にわたって放射能が出るから。だから私は金の話じゃない。日本がつぶれるか、日本人が生き延びるかどうかという話だと言っている。金なんぞ印刷すればいい。その結果、国民が負担することになるが。国家が本当に放射能汚染をここで食い止めるという決意のもとに、徹底して金だろうがなんだろうがつぎ込まなくてはだめだ。国民はそのことをよく理解してほしい。国債でやれば借金だし、いずれ償還分は払わなくてはいけないが。

Q:東電の処理について役所が過去にはいろいろ決めてきた。今回、役所の言うとおりに決めてはいけないと考えるか。

A:東電のことはたいした問題ではない。一私企業がどうなろうが。それが本質ではない。ただ、例えば東電がつぶれるとする。電気の配電やら運営ができなくなる。それから5兆円の社債を出しているから、社債が暴落する。公社債市場が大変になる。それから銀行に何兆円かの借金があるから、それが返せなくなると銀行も大変だ、ということだろう。どうってことはない。要は早く原発の放射能を止めることだ。

Q:民主党が政権をとって間もない2009年10月、インタビューした際、自民党をつぶすことが目的だと言っていた。今回、発言を聞いていると、民主党政権に非常に批判的だが、自民党がむしろリーダーになった方がよいと、日本を救えると見ているのではないか。

A:私はそう見ていないが、国民がそのような状況になってきているということだ。これなら自民党の方がまだいいじゃないかという人が多いでしょう。私が描いていた図とちょっと違うのは、民主党政権がもう少し愚直に政治に取り組んでくれることを期待していた。そうすれば、国民がたとえ個別の政策が少しずつ遅れたとしても、変更したとしても絶対支持してくれると。

 そういう民主党をまず作り上げる。しかし、一方において自民党的、というのは日本的な政党だが、これも必要だと。自民党は事実上つぶれたような状況だが、新しい自民党がまた成長してくれると。そこで2大政党という絵を描いていたのだが。どうにも民主党政権自体がおかしくなって、強烈な支持者であった人たちも、ちょっともう見放した格好になっている。

 例えば、何兆円の企業のオーナーである稲盛さんとか、スズキ自動車の鈴木会長とかは、何兆円の企業でありながら、正面切って民主党を応援してくれていた人たちが、本当に一生懸命やっただけに、頭にきちゃって、こんな民主党ぶっつぶせ、もう一度やり直しだと言うくらい失望している。愚直さに欠けた民主党政権でちょっと違った。違ったときは違ったなりに考えなくなくてはならないので仕方ない。だが私の最初の理想は変わらない。日本に議会制民主主義を定着させたいという理想は全然変わっていない。

Q:いま、国会に不信任決議案が提出された場合、それを支持するか。

A:それはどうするかよく考えているところだ。

Q:菅首相はどのくらい政権に留ると考えているか。

A:彼はいつまでも留まりたい。だから困っている。それが彼の優先順位の第一だから。だからみんな困っている。

Q:先ほど「もう一仕事したいという気持ちを持っている」と言っていたが、どのようなことがしたいか。

A:いま言ったことだ。議会制民主主義を日本に定着させたいという、この理想は全然変わっていない。ところがいま、民主党も国民から見放され、自民党もかつての自民党ではなくなってきている。このままでは日本の政治はぐちゃぐちゃになる。だからそうならないように、老骨にむち打って頑張ろうかということだ。

Q:最近になって、メルトダウンが起きていたとか、原子炉に傷が付いていた、などの情報が次々と出ているが、政府は今まで知らなかったのか。

A:知っていたけれど言わなかったということだろう。だから問題だ。

Q:どういうことか。

A:知らない。政府のことだから。言うと大変になると思ったから言わなかったのだろう。大変になるというのはどういうことかというと、政府の対応が難しくなると言うことだ。だけど、わたしはそんなことで躊躇しているときではないと考えている。

Q:声が上がればご自身が前面に出られて首相になるということも考えられるのか。

A:私は、あまりにぎにぎしい立場というのは好きではない。もう気楽にしていた方がいいから、自分で好みはしないが、「天命に従う」というのはよくないけど、「天命に遊ぶ」という言葉が好きになった。天命の命ずるまま、もういらないと言われれば去るのみだ。

Q:最後に、菅総理はどのぐらい総理の座にとどまるとみているか。

A:一日でも早く代わった方がいいと思う。  (以上転載終わり)

  転載元  http://www.asyura2.com/11/senkyo113/msg/732.html   

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「空洞地球」について語る時がきた(10)

 テロスを含めた空洞内部人はコンピュータシステムにより、何千年も前から(ということは現歴史の発祥の時から)の地上の歩みの一部始終をモニターしてきたといいます。
 それは今日地上で急速に普及しているインターネットより何段階も進化した、“アミノ酸”をベースとしたコンピュータシステムで、地上の出来事の詳細を知ることができるということです。例えば9・11の真相、いつも米国民が騙されてばかりいる米大統領選、今回の3・11大震災、福島原発の惨状などを正確に把握しています。
 そして必要とあれば、地上のある特定の人間に関する“過去世に溯った”完璧な個人情報をも得ることができるのです。

 彼らは地球上のことのみではなく、太陽系内の全惑星、銀河系内の諸星系、さらには宇宙全体で起きている主な出来事も細大漏らさず把握しているといいます。
 空洞内部人は、地上人類が隔離されてきた「銀河連邦」の一員でもあります。惑星壁(地殻)内や空洞地表面には、幾つもの宇宙船基地があり、シルバー・フリート(銀艦隊)などに所属する宇宙船が、両極開口部や他の秘密の開口部から頻繁に出入りしています。
 超太古のアトランティス文明でもそうでしたが、彼らはとうの昔に、太陽系を超えて他の星系にまで瞬時に「時空間移動」できるレベルに達しているのです。

 レムリアの同胞であるテロス人はもとより、空洞地球人も地上人類と同じヒューマノイド生命体です。外見は、基本的に私たちとそう大きな違いはありません。
 ただ違うとすれば身長がズバ抜けて高いことです。テロス人で2.1~2.5m、空洞人では3.5~4.0m中には7mくらいの人もいるようです。これは軽重量、軽体重の結果、そうなったわけです。

 そして是非述べておかなければならないのは、空洞内部人は非常に「長命」であることです。これは『「蛍の光」は1万2千年前の歌』シリーズでも述べたことですが、外見は30~40歳くらいの若々しさで、実年齢は数百歳などという人たちばかりなのです。
 私たちのようにせいぜい7、80年の寿命で、次にまた新しい肉体に宿って「一から」やり直さなければならないのでは、「魂の進化上」大変非効率的です。その点彼らは、数百歳でも数千歳でも「一つの肉体」で好きなだけ体験し学ぶことが可能なのです。
 内部人の進化が著しいのは、ここにも大きな理由があるわけです。

まとめとして - 光へと上昇しつつある「今この時」、両人類が合流する !

 以上「空洞地球」について駆け足で述べてきました。これはもちろん私独自の新説ではありません。主に参考にしたのは、
  『空洞地球 2012年バージョン&アセンション』(中丸薫著、徳間書店刊)
です。特に空洞地球の生成過程については、同書の「第1部 サイエンティフック・インナーアース 重力がこうして惑星を空洞にした」を参考にまとめました。「参考に」などというものではなく、同書の文章をほぼそのまま書き写した箇所もずい分あります。
 中丸薫先生には、心より深く感謝申し上げます。

 同書第1部だけでも270ページもあります。それをギュウギュウに詰めてまとめたわけですが、初めからお読みの方は、空洞地球の概略はお分かりいただけたものと思います。「一つの大陸パンゲア説」「プレートテクニクス理論」などは誤りであること、世界中の神話に見られる「大洪水」の真相など、かなり興味深いテーマもありますが割愛せざるを得ませんでした。
 同書の随所に、理論の裏づけとなる図解がふんだんに盛り込まれ、より理解しやすくなっています。
 
 「空洞地球」は、闇の勢力のコントロール下にある「科学」では、異端として無視されています。しかし私は「空洞地球」は単なる仮説ではなく、「これこそが真実」と考えます。そうだとするとまさしく、これまでの世界観を丸ごとひっくり返す「コペルニクス的転回」です。この「最先端の知」に関心がおありの方は、同書や関連書籍を是非じっくり熟読してみてください。

 最大の問題は、「今なぜ空洞地球に関する知識が必要なのか?」ということです。
 これも『「蛍の光」は1万2千年前の歌』シリーズと関連しますが、テロスの同胞を含めた空洞内部人と、私たち地上人類との邂逅、合流が間近に迫っているからです。地球丸ごと「光」へと向かいつつある今、地底や空洞内の「光の同胞たち」が地上に姿を見せつつあるのです。

 私たちの日本は今、福島原発事故の収束に苦しんでいます。各原子炉内部がどうなっているのか、専門家ですら把握しきれていないのが実情です。なのにどうして早期収束が期待できましょうや。
 しかし空洞内部人には、地上の“死んだ水”を生き返らせる技術、汚染された大気をクリーン化する技術、フリーエネルギーなど多くの高度なテクノロジーを有しています。その力を借りれば、数万年もの半減期を待たずとも、早期に放射能を無害化することも可能だと思われます。

 その意味でも、1日でも早いテロス同胞との再会、空洞内部人との邂逅が待たれます。しかしこれも『「蛍の光」は』で述べましたとおり、すべては私たちの意識の向上にかかっています。少なくて「4次元の2/3」まで意識を上昇させることが必要なのです。
 その中には、「死」という誤った信念体系の打破も含まれます。現状のままの私たちと合流してしまうと、内部地球人たちの「不死の集合意識」に深刻なダメージを与えかねないのです。

 今は「光と闇の最後の戦いの時」です。最後であるだけに熾烈です。しかしこれはやがて光が勝利し、闇の勢力は「次元上昇(アセンション)した地球」から永久追放されることが確定しています。
 今私たちには、「光の時代」に向けた準備が求められているのです。  - 完 -

【参考文献など】
  『空洞地球 2012年バージョン&アセンション』 (中丸薫著 徳間書店刊)
  『空洞地球/ポーロゴスの図書館ミコスからのメッセージ』
    (ダイアン・ロビンス著、ケイ・ミズモリ訳 徳間書店刊)
  『超シャンバラ』 ( 同上 )
  『フリー百科事典「ウィキペディア」』
  『「蛍の光」は1万2千年前の歌?(1)~(6)』 
    (『地底都市テロス・空洞地球』カテゴリー)

 (大場光太郎・記)

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時の話題(11)

 -「トヨタОL」から米NFLチアリーダーに転身した、佐竹美帆さんのこと- 

        
             実業団トヨタチーム・チア時代の佐竹美帆

 世の多くの男性諸氏がそうでしょうけれど、ピカピカ輝いて生きる女性の姿を見たり、話に聞いたりするのは、実に気持ちがいいものです。今回取り上げた佐竹美帆さんは、まさにそれに打ってつけの「今が旬」の女性です。

 佐竹美帆さんは埼玉県出身で現在24歳。立教女学院短大から「世界のトヨタ」に入社したという才媛です。その彼女が、米プロフットボール(NFL)のチアリーダーという未知の領域にチャレンジしたというのです。
 もっとも佐竹さんは、8歳から器械体操を始め、短大時代は主将を務め、昨季までは実業団のトヨタ自動車アルバイクの専属チアリーダーとして活躍していたそうです。

 そんな佐竹美帆さんは今年3月、「サンフランシスコ49ers ゴールドラッシュ」(NFC西地区所属チーム)のチアリーダーメンバーに、日本人で唯一選ばれたのです。

 それにしても「世界のトヨタ」を辞めてまでも、チャレンジした理由とは何だったのでしょう?それについて彼女は、「会社で昇進を目指すより、自分にしかできないことをやってみたかったから。安定を捨てても、夢を追い求めてみたかったんです」と語っています。
 佐竹美帆さん、あなたは偉い ! うら若い女性なのに、何とも見上げたチャレンジ精神、パイオニア精神ではないですか。私を含めた安定志向系のナヨナヨ“草食男子”は、彼女を大いに見習わなければなりません。

 その決断に対しては、両親はもとより、会社の上司らから猛反対されたそうです。今回のオーディションでも、面接の際に「現在はトヨタに勤務しております」と言ったら、面接官が「本当に辞めるの?」とビックリしていたそうです。
 「顧みて我が心の直くんば、千万人と雖(いえど)も我征かん」 (孟子)
 「障害や批判、周囲の状況にも惑わされず、人々が、何を言っても、思っても、しようとも、かまわず、心に描いた計画を、強固な決意をもって成し遂げよう」 (P・マイヤー)
 こういう「夢 = 願望」にひたむきな人は、必ずその道で大成できるものです。

 それくらい佐竹美帆さんには、「チアリーダー」に賭ける熱い想いがあるわけです。「その魅力は?」という質問に対して彼女は、
 「踊っているうちに嬉しくなり、自然に笑みがこぼれて、お客さんと一緒に楽しめることです。大きな試合では達成感が得られます。選手、お客さん、チアリーダーが一体となって盛り上がった時は生き甲斐を感じます」
と語っています。彼女は、身をもって「仕事の本質」を理解しているようです。

 そんな佐竹美帆さんにも、つらいことはあるようです。
 「ダイエットですね。お腹や足を出すユニホームが多いので、チアリーディングでは、スタイルを維持するのも重要な要素のひとつなんです。太りやすい体質で、3年前は今の体重からプラス10キロはあった。3年前に3ヶ月で3キロ落とし、今回のオーディションに向けては3キロほど落としました」
 それに日常はびっしりレッスンが組まれており、練習を休むと「契約解除」という厳しさです。
 
 さらに「NFLの待遇は恵まれているのですか?」という質問には、
 「1試合あたりのギャラは100㌦(約8100円)です。ホームゲームだけの活動なので、年間10試合で総額は1000㌦。スタジアムまで車で移動するガソリン代は支給されますが、住居費は自己負担です。貯金を切り崩さなければならず、切り詰めてやるしかありません」
 だから両親らは猛反対するわけです。しかしこれもしばらくの辛抱でしょう。仕事に全エネルギーを傾注できる人には、やがて思わぬところから援助やスカウトがあったりして、「お金は後からどんどんついてくる」ものですから。

 佐竹美帆さんいわく、「日本のチアのレベルは低く、取り巻く環境が整っていないからだと思います。チアリーディングを色眼鏡で見る人たちの認識を変えるために、日本のスポーツチアとして確立させたいですね」と、将来の遠大な夢を語っています。
 とともに、「いつか彼氏に見に来て欲しいですね。交際どころか接触すら禁じられているので、NFL選手は恋愛の対象外です」と、ちょっぴり年頃の女心ものぞかせています。

 私ごときが応援するまでもないことでしょうが、「佐竹美帆さん、ガンバレー  !!」

【注記】 本記事は、『日刊ゲンダイ』(5月23日付)スポーツ欄「美女インタビュー」を参考、引用してまとめました。
 それに本記事とは関係ないことながら。「これは驚いた !」。先日の『これは驚いた ! 小沢氏に渡部、前原急接近』記事が、26日深夜現在の『阿修羅掲示板』の「拍手ランキング(24時間)」で2位、「総合アクセスランキング(24時間)」で3位になっていました。
 いつも当ブログ記事を掲載してくださっている「七転八起」様には、あらためてお礼申し上げます。     

 (大場光太郎・記)

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「空洞地球」について語る時がきた(9)

空洞地球人やテロス人などは、目覚しいほどの知性、霊性レベルにある

 既に見てきましたように、内部世界は私たちの外部世界よりも進化が格段に違うのでした。
 それは内部世界は軽重量で、気象条件が安定しており、天変地異もほとんどなく、また私たちの現歴史では慣れっこになっている戦争がまったくなかったことなどによるものなのでした。

 その上彼らの進化にとって好都合ことがもう一つあります。それはズバリ、地上世界のような、暗黒地球外生命体(複数)の侵略がなかったことです。この地球外生命体によっていいようにコントロールされてきたのが、数千年の現歴史であるのです。そして今日でも彼らは、地上の各国、各界の指導者層に憑依して、「闇の世界政府」を裏からコントロールしているのです。
 この利点から、超太古に地球を訪れ、地上を素通りしてそのまま内部世界に住み続けている元地球外生命体たちも存在します。

 空洞内部世界やシャスタ山地下のテロスなどの地底都市は、空洞内部の小シャンバラを中心として「アガルタ・ネットワーク」という光のネットワークを形成しているとみられています。そこでは「愛と光」という宇宙原理に則った平和世界が運営されているのです。
 ただ内部世界(空洞内都市及び地底都市)にも、地上の闇の勢力と関わりのある、幾つかの闇の都市はあるようです。しかし強力なアガルタ・ネットワークの前では、対抗したり侵略したりすることは出来ません。
 これは地上の私たちにとって格好の見本となるものです。私たちの生き方が真に「愛と光」に基づいたものであるならば、いかに強力で狡猾な知力を有する闇の勢力でも、私たちをコントロールすることは不可能なのです。

 内部世界のテクノロジーは目を見張るものがあります。
 例えば空洞内都市や、惑星壁の洞窟内の地底都市などには、地殻・マントル内にトンネルが張り巡らされており、主要各都市、各州を結んでいます。地上のようなコンクリート製のトンネルではなく、特殊なテクノロジーにより造られたチューヴ状の岩盤周壁は剛性とともに柔軟性を備え、どんな地殻変動があっても崩落しません。トンネル内は、クリスタルテクノロジーによって虹色の光がすべてを優しく照らし出しています。
 その中を地上に触れずに浮遊して移動する電磁力船が時速4800kmの超スピードで走り抜け、近ければ数分以内、どんな遠くても数時間では到達できます。

 都市内の移動・交通手段としては、階層エレベーター、動く歩道、電磁ソリなども用いられています。
 ただ都市とはいっても、地上のような無機質で冷たいビル群が立ち並ぶ、というようなことはありません。建物(基本的に神殿はピラミッド、住宅は円形)は必要最小限に抑えられ、周囲の自然景観と実によく調和しているのです。そして都市はテロスがそうであるように、圧倒的に地殻内の洞窟を利用して作られており、空洞地表面はほとんど手付かずの自然がそのまま残されているようです。

 このような内部世界での交通手段にお金は全くかかりません。というよりも、「お金」自体存在しないのです。食糧や日用品など基本的に必要なモノは、すべての人に無料で支給されるのです。貴重なモノについては、高度な「物々交換制」によって手に入れることができます。それによって長時間労働、金銭がらみの醜い争い、ストレスなどから開放されているのです。

 既に『真実の近現代概略史』シリーズで見ましたように、「貨幣制度」「銀行システム」などは人類コントロール目的で、ユダヤ勢力を中心とした闇の勢力によって地上にもたらされたものだったことを思い起こす必要があります。
 そしてわずか数%の超エリートが、地上の冨の80%を独占しています。95%の人類が、残りの20%の取り合いをしている構図なのです。

 さらに特筆すべきは、内部世界では地上世界のような「納税システム」すらないことです。私たちが生きていく上で必要不可欠と信じ込まされている「税金」は、本来必要のないものなのです。それが必要となるのは、要らざる政治屋、国の中央官僚、天下り行政法人、地方役人などの中間搾取システムが膨大にあるためです。
 これらはまた別テーマとして論じるべきですが、とにかくこれ一つ取ってみても、内部世界がいかに進化した社会であるかということです。

 内部世界人は完全な「菜食」です。肉食は遥か昔に止めてしまっています。その代わり必須たんぱく質は、大豆ステーキで充分補っているようです。つまり私たちのように食用にするために牛や豚や鶏を飼育し、とどのつまりは屠殺するという野蛮なことはしないのです。
 そのため内部世界では人間と動物が、仲良く共生し合って生きています。例えば地上では獰猛なライオン、虎、狼なども内部では柔和で、まるで猫と遊ぶようにじゃれ合ったりしても何の危害も加えないのです。

 私たちが教わった「弱肉強食」は本来の原理などではなく、人間たちをいつまでも「競争原理」という低いレベルにとどめておきたいがための、単なるプロパガンダにすぎません。つまりは私たち人間の「獰猛さ」が、動植物など自然界全体をも根本的に狂わせてしまっているのです。
 なお「闇のエリートたち」も一応真理には精通しており、基本的に菜食主義者であることを知っておくべきです。その上で米国(そして戦後日本も右倣え)のように、政府ピーアールなどで肉食を奨励し、果ては肥満、高血圧、心臓病などで国民を早死に追いやっているのは、彼らの「人口削減計画」の一環なのです。  (以下「最終回」につづく)

 (大場光太郎・記)

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これは驚いた ! 小沢氏に渡部、前原急接近

 -党内小沢口撃の口火を切った二人が和解とは。これで「菅ご臨終」確定だろう-

 いやぁ、驚きました。俗に言われる「政界は一寸先闇」とは本当です。
 民主党の小沢一郎元代表(69)と渡部恒三最高顧問(79)の合同誕生会が24日、3年ぶりに開かれたというのです。これによってかねて不仲だった両氏の和解が成立したのです。さらに驚くのは、同会の主催者である世話人代表には、反小沢系の代表格の一人と目されていた前原誠司前外相が名を連ねたことです。いや、小沢、渡部両氏の間を取り持って今回の和解にこぎつけたのが、前原氏だったのです。

 「大同団結が極めて大切だ。渡部、小沢両先生に指導をいただき政権交代の果実を上げる大事な時期だ」。午後5時、国会の憲政記念館に前原氏の挨拶が響くと、海のように広い度量の持ち主の小沢元代表は、これまで何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべたそうです。
 続いて渡部氏も「今日から小沢さんとも目を合わせ、口を利けるように頑張る。もしもの時の弔辞は小沢さん、よろしくお願いします」と、自身の弔辞読み上げを遺言してまで仲直りを宣言したというのです。
 対する小沢氏は「彼は私に悪態をつき、私は私流にシカトしていたが、3年ぶりに話すきっかけを作ってもらった。これからは話し合いながら使命を果たしたい」と語り、ご両人ガッチリ固い握手をし、参加した同党国会議員約160人の出席者から万雷の拍手が起ったということです。

 この“手打ち式”は、今後の政局に与える波及効果を考えた場合、小沢一郎元代表本人と同グループ、民主党、政界ひいては日本全体にとって、まさに慶賀中の慶賀です。

 それにしても何でもっと早く和解できなかったのでしょう。
 東京地検特捜部による昨年1月頃からの世田谷土地購入を巡る捜査問題で、小沢元代表がマスコミに連日大バッシングを浴びた際、擁護すべき民主党内にあって、真っ先に小沢口撃の口火を切ったのが渡部恒三、それに続いたのが前原誠司でした。
 その後は、仙谷由人、枝野幸男、岡田克也、蓮舫、生方幸夫ら「一犬吠ゆれば万犬吠ゆ」的状況、挙句の果ては横粂勝仁なる一年生議員までがキャンキャン騒ぎ出す始末でした。

 元はと言えばこの二人が、のちの「6・2クーデター」による鳩山、小沢辞任、さらには9・14代表選での菅直人再選という“有り得ざる選択”によって、以来この国政治の不毛状況、さらには3・11大震災、福島第一原発事故による日本崩壊一歩手前まで追い込んだ元凶と言っても過言ではないのです。

 私などは「コイツらは絶対許せん !」とばかりに、菅直人や仙谷由人らとともに、渡部恒三は“老醜・偽黄門”、前原誠司は“男芸者大臣”などと事あるごとに口を極めて批判してきました。そんな私からすれば今回の和解は甚だ拍子抜けするとともに、『今後は両人の批判は止め。かえって褒めなければならんのか?』と複雑な心境です。
 しかしこの動きは、渡部、前原クラスも「このまま小沢排除を続けていれば民主党は持たない」「菅に任せていればこの国が潰れる」とハッキリ分かったことの証明でもあり、まずは「めでたし、めでたし」です。

 ここ1、2ヶ月それぞれの思惑はあるにせよ、渡部氏は小沢氏の党員資格停止の解除を、前原氏は小沢グループとの接近を水面下で模索してきたようです。「だから言わんこっちゃない」というところですが、この1年半ほどの小沢対反小沢の不毛の対立は、党内はもとより日本にとって本当に大きな損失でした。
 政権交代で初めて政権を担当した未熟政党とは言え、あまりにも高くついた授業料だったと言うべきです。

 ともあれ、先日の西岡武夫参院議長の「菅首相辞任要求」、横粂勝仁衆院議員の民主党離党表明などとともに、今回の「歴史的和解」の動きによって、菅包囲網は確実に狭まっています。仙谷なども菅とは明らかに距離を置き始めていますし、昨秋代表選で菅支持の中心的人物だった者たちの「菅離れ」が顕著なのです。
 ここまでくれば、いくら菅直人が総理のイスにしがみつこうとジタバタしても、「菅退陣」はもう目前でしょう。党内には菅が伝家の宝刀である「衆院解散」に打って出るのでは、との懸念も根強くあるようですが、今の“死に体・菅”には重すぎて抜くに抜けませんよ。

 町村信孝元官房長官がそのグズぶりを批判しているように、谷垣自民党は本当はドービル・仏サミット前に内閣不信任案を提出すべきだったのです。
 でも結果として出さなかったのだから仕方ありません。菅のサミット出席は我が国にとってデメリット以外の何物でありませんが、まあ最後の花道ということで…。どうせ行っても、主要各国から「フクシマ」の対応のまずさや情報隠蔽で袋叩きに遭うだけでしょうに。
 厚顔無恥の菅直人もさすがに“青菜に塩”としおれて、帰りの機内から飛び降りて玄界灘に身を投げてくれればモッケの幸いと言うべきです。(菅に限っては、そんなこと金輪際期待できないか。)

 谷垣自民党もようやく6月初旬の不信任案提出を決定したようです。ここでも「小沢抜きだ」何だかんだ言っていると、政権延命にかけてだけは老獪な菅直人にするりとくくり抜けられかねません。ここは与野党一致結束して、圧倒的多数で不信任案可決の威力を菅に見せつけなければなりません。

 その後菅直人を待っているのは、外国人献金による東京地検特捜部の厳しい捜査です。小沢元代表の冤罪ケースとは違って、こちらはれっきとした犯罪事件だから、東京地検特捜部、ゆめ追及の手を緩めぬようにな。
 それに福島原発事故を菅の判断ミスで深刻化させ、幾重にも情報隠蔽して被害を拡大させた犯罪行為への告発も覚悟すべきです。
 総理辞任後の菅直人にとっては、地獄の日々が待ち受けていることでしょう。

 (大場光太郎・記)

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ドナルド・キーン氏、日本永住を決意

 -なまじの日本人より「日本の心」を深く理解しているドナルド・キーン氏のことを-

 ドナルド・キーン氏(88)が、最近日本国籍を取得し、余生を「日本人」として過ごす決心をしたということです。

 ドナルド・キーンといっても、今の若い人や年配の方でも知らない人がおられるかもしれません。ただ昭和30年代、40年代頃日本文学に関心のあった人ならおなじみの名前であることでしょう。
 米国出身のキーン氏は、日本文学研究のパイオニアとして知られた人物なのです。
 同氏の人となりを知るために、華麗な略歴を以下に簡単に紹介してみます。

 ドナルド・ローレンス・キーン(日本研究家、文芸評論家)は、1922年6月18日ニューヨーク市に貿易商の子として生まれました。少年時代に両親が離婚し、以後母子家庭で経済的困窮のうちに育ちました。ただ奨学金を受けながら“飛び級”を繰り返し、1938年16歳でコロンビア大学文学部に入学しました。
 同大学では当初中国語特に漢字の学習に惹かれていきますが、ある時英訳版『源氏物語』に感動し、日本語を学び始めると共に、同大学の角田柳作(つのだ・りゅうさく)教授のもとで日本思想史を学び日本研究の道に入りました。

 日米戦争時は、米海軍の情報士官として太平洋前線で日本語の通訳官を務めました。戦後は母校のコロンビア大学に戻り、1947年ハーヴァード大学に転じ、さらに1948年から英ケンブリッジ大学に学び同時に同大学講師も務めました。1949年にはコロンビア大学大学院東洋研究科博士課程を修了しています。
 1953年京都大学大学院で学ぶため初来日し、京都市東山区北熊野に下宿しました。そこで当時京大助教授だった永井道雄と知り合い、終生の友となりました。

 1986年には「ドナルド・キーン日本文化センター」を設立し、また1999年から「ドナルド・キーン財団」理事長に就任しています。勲二等を叙勲され、2008年には文化勲章を授与されました。コロンビア大学教授、名誉教授として、日本語、英語の著書数十冊。近松門左衛門、松尾芭蕉、三島由紀夫など古典から現代文学まで、日本文化を欧米に紹介した数々の業績は高く評価されています。
 英語版の万葉集や19世紀日本文学、中国文学のアンソロジーの編纂にも関わりました。2006年には「源氏物語千年紀」の呼びかけ人にもなっています。

 クラシック音楽、特にオペラの熱心な愛好家であり、音楽之友社から音楽関係のエッセイ集も出しています。
 主に交流のあった作家は、三島由紀夫、谷崎潤一郎、川端康成、吉田健一、石川淳、安部公房などです。特に三島とは交流が深くその一部翻訳や、中央公論社からキーン宛ての三島の『書簡集』が刊行されています。三島事件直後に届いた最後の葉書には、「私は遂に魅死魔幽鬼男になりました」というような一文がありました。 (主に『ウィキペディア』より)

 以上見てみますと、何ともまばゆいばかりの絢爛たる学究人生と言うべきです。
 1968年、映画『いちご白書』のモデルとなった学園紛争がコロンビア大学であって騒然となった時は、「自宅」で授業をしたそうです。その時でも教え子たちは、同氏の表現を借りれば「日本文学に惚れていた」そうです。
 「だから授業もうまくいった。教え子には本当に恵まれた」と現在述懐しています。

 このドナルド・キーン氏。今年の4月26日、約10人のコロンビア大学院生などを前に最後の授業を行い、56年にも及ぶ教師生活にピリオドを打ちました。余生を「日本人」として過ごすためです。
 約35人の報道陣が見守る中、キーン名誉教授は、ゆったりとした穏やかな口調ながらも、「19年前の公式な引退後も教壇に立ってきたが、日本では八十八歳(米寿)は重要な年。私も人生をチェンジすべきだと考え、日本で残りの人生を全うすることにした」と、英語で決意を語りました。

 同氏が日本永住を考え始めたのは、今年1月に日本で3週間入院した際、『余生がどのくらいか分からない。残りの人生をどこで過ごすか』と真剣に考えたことだったといいます。そして「一番住みやすいのは日本」という結論に達したのだそうです。
 そこに3月11日の東日本大震災です。テレビで物凄い津波の映像を見て、「日本にせめてもの恩返しがしたい」と日本国籍取得の決意を固めたのだそうです。同氏の決断について、「日本の人たちに勇気を与える」と言ってくれた日本人もいたそうです。

 キーン氏は35年前から東京都内に家を持ち、これまでも1年の3分の2を日本で過ごしてきたといいます。同氏は東京都北区名誉区民でもありますが、とにかく日本にいる時が一番落ち着くというのです。NYも嫌いではないものの、NYに帰ってくると物を買う時や医者の診察などの不親切さにショックを受けるといいます。同氏いわく「人間と動物の一番の違いは“礼儀”にある。私自身日本に来て礼儀を守るようになった」。
 歌手アンジェラ・アキも、昨年NHK『こころの遺伝子』の出演中確か同じようなことを言っていました。これについて私たちは、もっともっと自国の良さを見直すべきなのかもしれません。

 大の愛日家であるドナルド・キーン氏ですが、今回の震災の危機管理や原発事故では、日本政府の情報隠蔽体質に対しては厳しく批判しています。
 「昔から、日本政府は透明性を欠いていた。(中略)米国などでは詳しく報道されるが、日本政府は、はっきりした情報を出すのを避ける。ごまかしているなどとは思わないが、米国とは事情が違う」。
 いいえ、キーンさん。お立場上はっきりとは言えないでしょうが、今回の福島原発事故では、日本政府は明らかに何重にも「ごまかして」います。今のこの国は「人情は一流、経済は二流、政治は三流」です。それに付け加えますれば。私のような下々の見ている隣人同胞の姿では、近年「人情は一流」も怪しくなりつつあると思うのですが…。
 
 ともあれドナルド・キーン氏の日本永住、一国民として大歓迎致します。ご決断大変ありがとうございました。益々ご健勝、ご長命でご活躍されますよう、心よりお祈り申し上げます。

【注記】
 本記事は、「ウォル・ストリートジャーナル日本版」の『【肥田美佐子のNYリポート】日本永住を決意したドナルド・キーン氏に聞く』(5月13日付)を参考にまとめました。 http://jp.wsj.com/Japan/node_235776
 またドナルド・キーン氏は、恩師の角田柳作教授について『角田先生と私』という印象的な回顧文を綴っています。その中で、「先生がいなかったら、私もいなかったと言っても、過言でありません」と結んでいます。
http://www.wul.waseda.ac.jp/tsunoda_web/p16.html   

 (大場光太郎・記)   

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「空洞地球」について語る時がきた(8)

実際に空洞内部に入った人々

 私たちの外部世界と空洞内部世界との接点である開口部が、北極と南極にあります。これを通して、外部と内部の海洋は入り混じっていますが、地殻の中心の650km地点に重心があることによって、互いの海水が反対側にこぼれ入るというようなことはありません。
 両開口部は、直径が2,240kmにも及ぶと推定されています。20世紀後半になって米国政府が、両極の開口部に対して悪意の探索を開始しようとしたため、両開口部は電磁的シールドで防御され、現在では進入不可となっています。

 しかしそれ以前、この開口部を通じて空洞内部に入った人たちが存在します。今回はそれをご紹介してみます。

(1)米国海軍バード少将の例

 バード少将は海軍機で、1947年2月に北極の開口から、1956年1月には南極の開口からと、両方から中に入ることに成功しています。そしてそれは驚くことに、れっきとした米国海軍の「軍事ミッション」だったのです。
 ですからバード少将は、スチールカメラと16ミリ映写機で内部世界を撮影し、そのフィルムを持ち帰っています。そのうちの一部は当時映画館で一般公開され、それを観た米国民もいたのです。その証言によりますと、内部世界の風景、マンモスなどの動物が写されていたといいます。
 しかしその後米軍はなぜか、バード少将の探検そのものを丸ごと機密扱いとし、封印してしまったのです。

 北極開口部からのケースを見てみます。
 バード少将は北極基地から飛立ち、北極点を越えて惑星壁に沿って飛行し続けました。すると、なぜか氷も雪もなく、森林や山や湖水、そして動物も生息する温暖な土地の上空を2,700kmにわたって飛行していたのです。
 バードはまるで蜃気楼のような光景を目にします。空洞内には森や川があり、マンモスのような動物が牧草地の上を歩いているではありませんか。温度計は上昇し23℃を示しました。

 バード少将はその後、地下世界で千年以上にわたって存在し続けたという地下世界の代表者とコンタクトしたといいます。地下世界の住人の姿はほとんど人間と似ているものの、地上の人間よりも外観的にも、内面的にも美しいという印象を持ったそうです。
 「地下世界では戦争がなく、新しいエネルギー源を持っており、食糧や光に困ることはない。地下世界の人々は、地上世界の人々と何度かコンタクトを取ろうと試みたものの、すべて拒絶された。もしいつか地上世界の人々が自滅するようなことがあった場合のみ、手を差し伸べることを決め、地上との接触を絶った」(バード夫人談)

 米軍当局はバード少将を厳重な管理下に置き、生涯決してその事を誰にも話さぬよう指示し、バードは不遇のうちにその生涯を閉じたのです。

(2)ノルウェー人のウーラフ・ヤンズンの例

 こちらは、1908年刊『スモーキー・ゴッド』という本として発表されたものです。
 この本は空洞地球について語る場合、必ずといっていいほど引き合いに出される本だということです。タイトル名は、内部世界の中心にある太陽を表現したものだそうです。

 ウーラフ・ヤンズンは父親とともに漁船を操って、噂に聞く「北風の彼方の国」へと冒険に出かけたのです。北へと舵を取るうち巨大な暴風雨に遭遇し、漂流しているうちに、北極点の開口部から内部空洞世界に入ってしまったようです。
 内部海洋でヤンズン親子は巨大な船に出会い、その船に乗っていた巨人と邂逅し、彼らの好意で2年あまりも空洞世界で暮らしたというのです。

 身長3m60cm以上あったという巨人たちは、非常に長寿で、ある種の波動で意思を通じ合っていたといいます。また大気中の電磁気から得た動力で、空飛ぶ円盤(UFO)を自在に操っていることなどが報告されています。
 ヤンズン親子は、内部世界の言葉をある程度習得しました。その言葉は地上における「サンスクリット語」に近いものだったということです。

 そのうち親子は望郷の想いが募り「帰りたい」というと、巨人たちは食糧などを持たせて見送ってくれたそうです。しかし親子は間違えて、今度は南極の開口部から地表へ帰還する羽目になりました。その途中巨大な氷山と衝突し、父親は亡くなります。
 命からがら故郷に帰ったウーラフ・ヤンズンでしたが、自らの体験を話しても誰一人信じてくれる者はおらず、精神異常者として24年間も監禁されてしまったのです。

 ようやく釈放されたヤンズンは、その後一切この秘密を誰にも話すことなく漁師として暮らしました。90歳を越えた晩年、アメリカで知り合った小説家のウィリアム・ジョージ・エマーソンと親しくなり、この話をしたことにより『スモーキー・ゴッド』として記録されることになったのです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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西岡議長こそ「真の黄門様」だ !

 -西岡議長独り「菅首相辞任」を叫ぶ。与野党議員はこの獅子吼に決起すべし-

 西岡武夫参院議長(75)が読売新聞19日朝刊に、菅首相に対して「即刻辞任」を要求する論文を寄稿し、政界に大きな波紋を広げています。西岡氏は民主党出身の長老で、昨年の9・14代表選ではいち早く菅直人支持に回った人物だけに、今回の斬奸状ならぬ「斬菅状」は重く受け止められているのです。

 同論文は、東日本大震災や福島第一原発事故への菅首相の対応を批判したものです。その中で西岡議長は、「菅首相が震災発生以来、首相としての責務を果たしていない」と指摘しています。
 特に20にも及ぶ会議を作り、指揮命令系統を混乱させたことや、福島第一原発事故の情報開示のあり方を問題視しています。その上で、「すべてが後手後手にならないうちに、一刻も早く、首相の職を辞されることを重ねて強く要求する」と主張しているのです。

 西岡議長のこの主張は、「全面的にそのとおり」のまさに正論です。「菅首相のもとでは、震災復興も、原発事故収束も、我が国経済回復も、何一つ前に進まない」とウスウス感じている、多くの国民の声を代弁してくれたものと評価すべきです。
 またぞろ「浜岡原発一時停止」のパフォーンスで政権浮揚を目論んでも、直近の各社世論調査でも支持率は数%の微増とあてが外れ、その上不支持が支持のほぼ2倍を占めるなど、この大国難時、国民の大半は菅首相の指導力に限りない疑問符を投げかけているのです。

 西岡議長の正鵠を得た指摘といい、国民世論の結果といい、すべては一日も早い「菅首相辞任」を指し示していながらも。当の菅首相は「現時点で退陣などの選択肢は全く考えていない」と、“蛙のツラに小便”式のどこ吹く風と軽く受け流すつもりです。
 その上政権延命上6月22日には国会を閉会し、震災復興のための肝心要の第2次補正予算案提出を8月に先延ばしするあざとさです。

 幾重にも襲いかかる待ったなしの大国難の今次、ただただ「最大不幸」を招来するばかりの無能首相をいつまでも居座らせておく余裕など、この国にありはしません。
 真に有能なトップリーダーのもと救国内閣を組閣し、明確な国家の将来ビジョンを国民に提示すべきです。その上で、霞ヶ関官僚、震災地・原発事故地などの自治体、民間企業などにスピーディかつ的確な指示を出し、震災復興、原発事故収束、経済回復などに全力投球する体制を早急に構築すべきなのです。
 
 その最大のネックになっているのが菅直人であることは、心ある国会議員ならとうに分かっているはずです。何しろこの御仁、3・11大震災直後「よしっ。これでオレの政権、後2年は大丈夫だぞ」と漏らしたような人非人です。
 このような鬼畜思考について、西岡議長は「自分の傷口を他人の血で洗う仕草」と斬って捨てています。
 それでもこの性格異常者、はるか先の衆院任期を目一杯悪用して、この先2年も3年も首相の座に居座るつもり。そう簡単なことでは辞めませんよ。

 「荒野にて呼ばわる者の声がする」。こんな不毛な政治状況の中で、身を捨てて独り正論を吐き続ける西岡参院議長には本当に脱帽です。

 自民党や公明党など各野党は、何を愚図愚図しているのか。日本の生き死にがかかっているのだ。変な計算ばかりしていないで、一日も早く内閣不信任案を提出しなさいよ。

 昨年の“イカサマ”代表選で菅直人に投票した、205名の民主党の両院議員たち。
 西岡議長は同論の中で、「菅政権を誕生させた責任を感じ、断腸の思い」と述べているぞ。皆も、さすがに己の「人を見る目の無さ」が分かったことだろう。岡田克也幹事長の言う「不信任案に同調する者は離党を覚悟すべきだ」などという、倒錯した理屈など無視すべきだ。そもそも「無免許」状態の菅政権幹部らこそ正当性を欠くのだから、離党すべきは菅や岡田らの方なのだ。
 205名の議員たちは、贖罪のためにも、内閣不信任案に同調すべきです。

 あっちについたりこっちについたりと腰の定まらない、宇宙人・鳩山由紀夫を親分とする鳩山グループや中間派の民主党議員たち。
 この国難を前にして、最早日和見など許されるものではない。菅支持か、不支持か。この際態度をはっきりしていただきたい。
 以上で、内閣不信任案成立に不足分の80人は軽く超えるのではないでしょうか。

 それに加えて、取って置きの小沢一郎元代表を中心とする小沢グループ。
 思えば昨年の「6・2クーデター」以来、菅直人、仙谷由人、岡田克也らから煮え湯を呑まされ続けてきたのが、小沢グループです。今一体どれくらいの数なのか定かではないものの、なぜ西岡議長のように、明確な倒閣・不信任案同調の声を闡明にしないのか。
 この時を逃せば好機再び来たらず。そう腹をくくるべきです。

 菅直人を、26日と間近に迫ったフランスのドービル・サミットに行かせてはいけません。“菅ニッポン”のダメさ加減など、世界中に知れ渡っていることでしょう。なのに菅を行かせては、G8先進主要国、ひいては全世界に「やっぱり日本は、この先の再建にまじめに取り組む姿勢がないんだな」と、不都合なメッセージを伝えることになります。
 その前に与野党総がかりの内閣不信任案提出で、菅直人を引きずりおろし、急ぎ清新な新体制を構築。サミットには新首相が出席し、再建に賭ける日本の真剣度を世界各国にアピールすべきです。そうでなければ、本当に日本自体がメルトダウンし、崩壊してしまうことになりかねません。

 大罪人の菅直人は、この先政治屋に返り咲こうなどと邪(よこしま)な気が起らぬよう、二度と毛が生えぬまで頭をツンツルテンに脱毛し、額に刺青、首に首枷、足に足枷。かつてやり残した、四国八十八箇所遍路の堂々巡りに蹴っ放り出してやるべきです。
 「一人じゃ寂しい」?ならば伸子夫人、仙谷由人、岡田克也、枝野幸男、野田佳彦、江田五月、北澤俊美、渡部恒三らを同行させてやろうじゃないの。

 西岡参院議長寄稿文全文
    http://hanausagi.iza.ne.jp/blog/entry/2289188/

 (大場光太郎・記)

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久しぶりのキム・ヨナ情報

 -3・11以降重いテーマの記事が続いた。そこで今回は、久々に「キム・ヨナ情報}-

キム・ヨナ、IOC総会へ 18年冬季五輪招致支援

      

 2018年冬季五輪平昌招致のプレゼンテーションを終え、記者団の質問に答えるキム・ヨナ
=18日、ローザンヌ(共同)

 【ローザンヌ(スイス)共同】18年冬季五輪開催を目指す平昌(韓国)の招致支援のため、バンクーバー五輪フィギュアスケート女子金メダリストのキム・ヨナ(韓国)は18日、開催地を決める7月6日の国際オリンピック委員会(IOC)総会(ダーバン=南アフリカ)について「もちろん行く」と出席することを明言した。

 キム・ヨナは18日、立候補の3都市が行ったIOC委員に対する招致プレゼンテーションで平昌をアピール。「たくさんのIOC委員と会って緊張した。五輪の平昌開催で、若い人たちに刺激を与えたい」と話した。  (『47NEWS』よりの転載終わり)

                        *

 バンクーバー五輪直後の昨年2月の『キム・ヨナvs浅田真央』は、同記事全文を含めた当ブログ全体がハングルに翻訳されて紹介され、また海を挟んで「韓国のオーサ」さんからコメントをいただくなど、国際的な評価を得ました(笑)。
 かと思うと、「自国民を貶めるあなたは、キムチくさい国の人たちと同じレベルだ」との「ぬかずけ」さんからの、辛辣なコメントも頂戴しました。これについては私も黙っておられず、すかさず『ぬかずけvsキムチ』記事で少し文化論的な(?)反論をしました。
 このようにキム・ヨナ(21)をめぐって、当ブログでも若干の騒動が巻き起こりました。

 「キム・ヨナ騒動」と言えばー。
 その後『キム・ヨナ 金メダル剥奪?』でも取り上げましたとおり、同オリンピック競技中ずっと、キム・ヨナが専属契約している韓国企業製のイヤリングを付けていたことをめぐって、日韓で大バトルとなりました。
 ネットを中心に、日本で「五輪憲章に違反する !」「金メダル剥奪だ !」と大騒ぎになったのです。対して韓国ファンは、猛烈なキム・ヨナ批判を展開した日本の2ちゃんねるにサーバー攻撃を仕掛けて閉鎖に追い込むなど、竹島問題ならぬキム・ヨナ問題で一気に険悪なムードになったのでした。

 同五輪において浅田真央を差し置いて、私がなぜキム・ヨナの“隠れファン”になったのか。それは一連の記事でも述べたとおり、キムの演技に「より女らしさを感じた」というどうでもいいような理由からでした。もし同じ浅田姉妹で、姉の舞に真央ちゃんレベルの力があって、キム・ヨナvs浅田舞だったら、おそらく浅田舞の方を応援したんじゃないか?くらいのものでしかありません。
 それに付け加えれば、同五輪女子フィギュアにおけるキム・ヨナは、審査員が法外と思われるほどの高得点を付けたように、浅田真央以下を圧倒する際立った存在感があったわけだし…。

 何だかんだ言ってキム・ヨナ関連は関心が高く、当座しばらくは当ブログも「キム・ヨナ特需」に預かりました。

 そのキム・ヨナ。バンクーバー直後は「現役を引退しプロ転向か?」と噂されました。しかしその後主だった国際大会に出ているところをみると、本人に当面引退の意向はないようです。
 4月末に行われたモスクワ世界フィギュア選手権にも出場しました。長いブランクにも関わらず、総合2位となったのはさすがです。安藤美姫(23)の場合は、目一杯練習を積み重ね、かつ極限まで力を出し切った上での総合優勝だと思われます。
 (こんなことを言うとまた非難されそうですが)彼我の力量の差はいかんともし難く、私個人としては今でも、キム・ヨナのフィギュア世界女王の座は揺るぎません。

 それにしても気になるのは浅田真央(21)。「バンクーバーシンドローム」を引きずってるんじゃないの?モスクワ選手権でも6位とふるいませんでしたし。
 以前述べましたが、浅田真央とキム・ヨナは同年同月の生まれです。ジュニアの頃からお互いを意識しあってきた“宿命のライバル”なのです。やはり浅田真央とキム・ヨナがしのぎを削り合ってこその世界女子フィギュアです。
 真央ちゃんも、今からしっかり態勢を立て直して。ソチ冬季五輪では、再び二人の息詰まる世界女王決戦を見たいものです。

 (大場光太郎・記)                  

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「空洞地球」について語る時がきた(7)

内部世界では生物進化が急速に進んだ

 私たちのいる外側世界と内側世界では、生存条件が大きく異なっています。
 内部太陽は動かぬままじっと頭上にあり、ちょうど地球のど真ん中に位置を占めています。この柔らかな光が内部世界を照らしているのです。しかし日光としては充分で、内部の生物は止むことのない日の光に育まれ、進化が急速に進むことになりました。

 私たちの感覚では異常な世界と言えます。何しろ「夜のない世界」なのです。ということは昼夜の別のない、一日の終わりが来ない世界と言うことです。時間感覚が決定的に異なる、時間を超越した世界とも言えます。
 それに絶え間ない光にさらされることで、「季節のない国」が生まれることになります。この隔絶された世界は、気温を含め、自然のバランスを崩すような要因がほとんどないのです。
 これも生物進化が急速に進む大きな要因となりました。

 例えば「視覚」については、ほの暗くて変化のない光に順応できるように進化していきました。私たちのように、暗闇でも物が見える目にはならなかったのです。夜がない世界では不必要だったからです。目はまた、紫外線に対する防護を持たぬまま進化していきました。
 こうした状況は、進化中の内部生物の皮膚にも相当な影響をもたらしました。内部世界では、日焼けによる皮膚障害は起りません。日中の高温による問題もなく、寒さを防ぐための毛布、体毛、脂肪層も不必要です。

 内部世界には寒い夜もなければ、凍りつくような冬もありません。どこに行ってもただただ暖かい常春(とこはる)のような国なのです。したがって生物にとって、さまざまな気温領域に順応して特化する必要がありませんでした。
 このように内部世界の生物種の進化には、ほとんど障害が見られませんでした。そのため進化の展開に伴う複雑さが大幅に少なかったのです。

空洞内は「重力の少ない世界」である

 また特筆すべきは、空洞内部では、地球の重力が少ないということです。
 私たちのように外側の地表面に立っている時は、地球の全体積が足元にあり、私たちの体を下向きに引いています。
 ところが、空洞内の表面に立つと状況が一変するのです。ここでは地球が球体であることにより、足元にある質量がはるかに少なくなります。そのため外側の地表面に立つよりも、体重がうんと軽くなるのです。
 そればかりではなく、地球の反対側(つまり頭上の彼方)にある物体から来る引力も作用します。それが上に引き上げようと働くため、体重がさらに減少するという結果になるのです。

 低重量は暮らしやすさの点で有利な結果をもたらします。
 内部生物はさほど努力をしなくても移動が容易にできます。それにより、進化に伴って生じる体構造もあまり複雑化しませんでした。支えるべき体重が軽いため、骨は細くなり、筋肉量も少なくなりました。外側世界のように下向きの強い引力による破壊的なストレスがないため、皮膚組織も薄くなりました。

 重力と日光がともに弱い内部世界では、気象条件が異なります。外側世界の私たちにはおなじみの激しい気象変動は、内部世界ではほとんど体験されません。
 内部の熱対流はさほど活発ではなく、気象条件が安定しているため、暴風雨や集中豪雨をもたらすような激しい降雨は見られません。そのため動物の骨格がそうであるように、樹木も外側世界のような頑丈さを必要としません。内部世界の植物は、より柔軟で、単純で、華奢にできているのです。

空洞内の特定種族は、地上人類より遥かに高度な知的レベルに達している

 つまり地球内部の生物は、動物でも植物でも、比較的安全な環境で進化していけたということです。欲しいだけの環境が得られるだけに、進化は順調に加速していくことができたのです。
 まさに理想的な条件です。進歩は止むことなく、しかも急速に進んでいきました。外側の何倍もの速度で進化していき、生物種の数とその亜種の数を拡大していきました。
 そのせいで、内部世界の生物進化は、早々と外部世界に追いついてしまったのです。

 遂に内部世界の一部の生物種は、考えたり、推論したりする能力を獲得し始めます。突如として、何千という生命形態が知性に手が届きそうな段階に至り、単純な知能が一般的に見られるようになっていきます。
 内部世界の発達段階でも、強い生物種が知能の劣る種を抑圧することが起こり、自然淘汰により少数の種が残り繁栄することにもなりました。

 こうして力をつけていった内部種族は、ますます知性を向上させていきます。生き延びた種族は、やがて環境に適応することと共に、他の種族と共存するモラルも身につけていきます。
 現在に至るまでのその後の数百万年間、知的生命体はなお進化し続けてきました。
 今日内部世界の知的生命体は、生活向上の完成度という点では、外側世界の私たちには信じられないほどのレベルにまで到達しているのです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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夢の八訓

    夢のある人は希望がある
    希望のある人は目標がある
    目標のある人は計画がある
    計画のある人は行動がある
    行動のある人は実績がある
    実績のある人は反省がある
    反省のある人は進歩がある
    進歩のある人は夢がある


 最近ひょんな事で知ったのですが、上掲の一文を『夢の八訓』(『夢七訓』と言われることもある)と言うのだそうです。
 これを編み出したのは、吉田貞雄という人です。「吉田貞雄?」。当ブログを定期訪問されている方は、何となく聞き覚えのある名前かもしれません。

 そうなのです。今年2月の【読者とのやりとり】でご紹介しました、私の出身中学(山形県南陽市立宮内中学校)の先輩と同姓同名です。

 同記事は、吉田様からのコメントにより、私が郷里町でお世話になっていた宮内町立母子寮の敷地は、戦後間もなくまで日本信号(株)の宮内工場があったこと、それが昭和22年の大火災によって焼失し、我が母子寮は直後その跡地に建てられたものだったことなどをご紹介しました。

 当然ながら私は、今回この吉田貞雄『夢の八訓』に初めて接して、『もしかして、吉田先輩?』と思いました。早速気になって、ネットでいろいろ調べてみました。その結果、吉田先輩と同姓同名の別人であることが分かりました。

 この作者の吉田貞雄氏とは、1940年兵庫県生まれ。関西大学卒業後流通業界で名を馳せ、後に流通評論家として知られた人だったようです。「だった」と過去形なのは、1999年にお亡くなりになられた人だからです。
 そうするとこの『夢の八訓』は、流通評論家・吉田貞雄氏の“遺訓”ということになります。実際この遺訓を現在でも座右の銘にしている人は、全国にけっこうおられるようです。

 出身中学校の先輩・吉田貞雄様とのご縁から、今回『夢の八訓』を知ることができました。私はこれを、最近座右の書にしている『思考は現実化する』(田中孝顕訳、騎虎書房刊)の余白に書き込み、折りに触れて目を通すようにしています。
 ナポレオン・ヒル原著(原題『THINK & GROW RICH』)のこの著書については、既に『成功哲学の詩』(今年1月)などで触れました。

 同書については、さらにまた改めて述べる機会もあろうかと思いますが、この『夢の八訓』は、「夢 = 願望」と置き換えてみれば、
「願望の設定は、あらゆるものの達成の出発点である」
というナポレオン・ヒルの「成功哲学」と、見事にリンクしているようです。

  夢 → 希望 → 目標 → 計画 → 行動 → 実績 → 反省 → 進歩 → 夢
という「夢のサイクル」が一循環して、また「夢」の振り出しに戻ってきます。
 しかしこのサイクルが一巡した後の「夢」は、最初のものとは違っているはずです。おそらく「夢のスケール」が、一段も二段も大きくなっているはずなのです。

 このステップをうまずたゆまず一歩ずつ着実に実践していける人は、本当に素晴らしいと思います。「夢」から「さらなる大きな夢」へ、確実にステップアップしていける人だからです。こうして善循環のサイクルに乗って、どんどん「真の自己実現」に近づいていける人なのではないでしょうか?

 3・11大震災の発生により、日本は大地震、大津波、福島第一原発事故と大三重苦に見舞われました。「天災か、闇の勢力の仕業か」は別として、日本国民総体の「夢」が、いっぺんにペシャンコに潰されたような形です。しかしこれも以前取り上げましたが、

  「幻(ビジョン)無き国民(くにたみ)は滅びる」 (旧約聖書)

 この先の国家ビジョンも復興ビジョンも何一つ明確に示せない菅“最大不幸”政権のもと、私たちはともすればこの国の暗い、悲観的な未来を想いがちです。しかしそれでは、「思考は現実化する」の法則により、この国の未来が暗澹たるものになるのは確実です。

 確かに国家と国民は直結するところがあります。しかし国民は、明確な国家ビジョンを提示できない無能国家から独立して存在することも十分可能です。いな今後は、今のような政治システムが徐々に不要となる社会に進化していきます。
 前出の旧約箴言でも、主体は国家ではなく「国民」であることに留意すべきです。「明るい将来ビジョン」を想い描くのは、あくまでも国民一人一人であるということです。

 この際私たちは、「明るい夢(願望)からすべては始まる」ということを再確認したいものです。

 (大場光太郎・記)

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「空洞地球」について語る時がきた(6)

太陽をはじめ諸惑星の磁場の源は、それぞれの中心部にあった !

 太陽系にあって「太陽」はその中心に位置し、地球を含めた諸惑星にとってかけがえのない主星です。139万2530kmの直径を有し、自らの太陽系を超えて、遥か彼方の深宇宙にまでエネルギーを拡散しています。
 太陽と地球との距離は約1億5千万km。放射されている太陽光のごく一部が地球に当たります。これは太陽からの全エネルギーのほんの微量にしか過ぎませんが、人類を含む地球上の全生態系を維持するエネルギーとしては十分です。

 今日太陽は「巨大な原子炉」と言われています。太陽は核反応を起こして、自らの物質を分解してエネルギーに変えているからです。このエネルギーが光の形で遥か彼方まで放射されているわけです。
 同時に核反応は巨大な「磁場」を形成して、これが太陽を取り巻いています。まるで巨大な磁石のように、その磁力線は宇宙に向けて何百万キロにもわたり、外側に向かって輪を描いています。

 そして今日明らかになりつつあることには、磁力線を逆にたどることで磁場の源が発見されましたが、それは太陽の表面ではなく中心部から出ていたのです。
 つまり太陽の中心部こそが、核反応が起きている場所なのです。
 ところで、さほど強力ではないにせよ、太陽系の他の惑星の周囲でも、やはり同じように磁場が検出されています。そして太陽と同じように、磁場は各惑星の中心部で生まれているのです。
 もちろん地球もこうした惑星の一つです。

地球空洞内部の「中心太陽」はこうして生成された

 ウランなどの放射性鉱物は別格としても、種類を問わずすべての物質が何らかの放射線を出しています。極微量ながら人間の体からも出ています。ただしこれらの放射性エネルギーは、各惑星表面の物質から、害を及ぼさない形で発出され空間へと消えていきます。
 しかし地球内部表面から出る放射線はどうでしょうか?
 ここでは放射線が出ると、外側とは違って開けた空間に逃げていくことはできません。それどころか、中空の球が持つ物理的特性のせいで、放出されたエネルギーは内部の一点に集中することになるのです。

 空洞地球モデルにあっては、前に見ましたとおり、惑星壁が1,300kmの厚さしかないのに対して、空洞内半径は5,080kmもあると推定されています。これは空洞内表面の総面積が約3億平方kmもあるということを意味しています。
 この広大な地表面にあるすべての物質から、放射性エネルギーが地球の中心点に向けて集中的に集まっていくのです。つまりは最小点である中心で、放出されたエネルギーが自然に一点に集中し、超収束状態となります。
 内部空間中心の空白地帯にエネルギー集中が起きることによって、太陽で動力源となっているのと同じ核反応が始まるのです。これが「太陽融合反応」と呼ばれる現象です。

 地球中心部における太陽融合反応は、遂には「中心太陽(セントラルサン)」の形を取ることになります。これを取り巻く内部空間の真空によって隔離され、地球の他の物質とは無関係に自由に回転を始めます。
 こうして中心太陽は、地球の内部表面に光と熱を供給することになるのです。また前項で確認したとおり、「地球の磁場」は、地球中心で起きている融合反応によって生み出されていたのです。

 一般的にどんな天体であれ、太陽融合反応の規模は、内側に面する表面とその物質組成によって決まります。惑星の空洞が広がるにつれて、内部表面のサイズが拡大します。露出面積が増えるにつれて、内側へ向けてのエネルギー放射線量が増え、ますます太陽融合反応にエネルギーが供給されることになるのです。つまり空洞直径に比例して、内部エネルギーも強くなるということです。
 ちなみに地球内部の中心太陽の大きさは、直径約960kmと推定されています。

 この地球内部の中心太陽は、もちろん外側の太陽ほどに強くはありませんが、その光と熱は一定しています。その明るさは、私たち外側世界の部分日食を想像すればいいようです。しかし決して暗いというほどではなく、“空洞地球人”の表現によれば、「最高に柔らかくクリアーな光」だということです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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福島第一原発3号機の惨状写真

 -メルトダウンした1号機も大変。3号機はもっと大変なんじゃないか。新宿UFO騒動のオバサンではないけれど、「皆さ~ん。福島原発、やっぱり大変ですよーー !!」-

 『NEWSポストセブン』(週刊ポスト5月20日号)より転載
http://www.news-postseven.com/archives/20110513_20010.html?PAGE=1

政府が非公開にした福島第一原発3号機の惨状写真極秘入手

写真は、4月中旬に東芝の部隊が福島第一原発を近接撮影し、官邸に提出したものだ。政府は「厳秘(厳重秘密)」とし、いまなお公開していないが、本誌『週刊ポスト』はあるルートを通じて入手した。

政府関係者は「新聞等では1号機と4号機の話ばかり書かれているが、実は一番深刻なのは3号機だ」という。

実際、3号機の惨状は目を覆うばかりだ。鉄骨はいびつに折れ曲がり、圧力容器の上蓋を開けるスタッドテンショナーも崩れている。重さ10トンの天井クレーンは4階に崩落し、燃料プールにダメージを与えた可能性もある。東電の大幹部は、事故現場を視察したとき、3号機を見て、言葉を失ったという。

これら未公開写真から新たにわかる事実はないか、日本システム安全研究所の吉岡律夫氏に鑑定を依頼した。吉岡氏は東芝勤務時代に原子炉12基の安全設計を担当したエキスパートだ。

なぜ3号機はこんな惨状を呈することになったのか。吉岡氏は、建屋の屋根自体は内部で圧力が高まったときに吹き飛ぶよう設計されたものだとした上で、こう指摘した。

「3号機の鉄骨が曲がったのは、水素の量が多く、大きな爆発になったからですが、4階の壁まで崩壊しているのは、燃料プールの燃料が高温になったからと考えられます」

3号機と同じ設計の4号機では、3階にあったディーゼル燃料が発火したが、燃料プール内の燃料棒が溶融し、1メートルのコンクリート壁で隔てた油が300度以上にまで熱せられたということ。3号機でも同様の事態が起きた可能性があるという。

「1号機の水素爆発と4号機の使用済み燃料の溶融が両方とも起きたような状態。この破壊規模から考えれば、燃料プールが損傷していたとしても不思議ではありません」(吉岡氏)

東電は4月17日に「冷温停止まで6~9か月かかる」との工程表を発表した。しかし、もし余震で燃料プールに亀裂が入り水が漏れ出すと、燃料が再び水から露出し、漏水で建屋内の汚染も深刻化する。政府はこの写真と事実を早急に公表すべきではないか。

※週刊ポスト2011年5月20日号  (転載終わり)

【注記】
 『週刊ポスト』様。この先公開するかしないか分からない政府に先立って、当弱小ブログで公開させていただきました。「無断転載」の段、平にご寛恕ください。

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春の鳥な鳴きそ鳴きそ

                                  北原 白秋

  春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の面(も)の草に日の入る夕べ

…… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 北原白秋(きたはら・はくしゅう) 略歴は『出臍の小児笛を吹く』を参照のこと。

 若き日の北原白秋の詩歌(しいか)には、今読んでもハッとするような斬新な作品がけっこうあります。近代日本文学において、幻想文学の先駆者であった泉鏡花が「言霊(ことだま)使い」なら、詩人の北原白秋は「言葉の魔術師」と評されました。
 この短歌は、白秋の天分がいかんなく発揮された作品と言えます。

 「春の鳥な鳴きそ鳴きそ」
 意味としては「春の鳥よ。そんなに鳴かないでおくれ」ということです。その裏には、「それ以上鳴かれると、私の心まで哀しくなってしまうから」という含意があるわけです。
 それにしても何という表現なのでしょう。古雅でありながら、逆にかえって瑞々(みずみず)しい表現として印象されてくるようです。

 「あかあかと外の面の草に(当っている)日の入る夕べ」
 小鳥のなおも鳴き止まない声を聴きつつ。ちょうどその頃、白秋が佇んで眺めている草原(くさはら)を赤々と返照させている夕日が、今しも西の方の小高い丘か小山かに沈もうといています。
 北原白秋という鋭敏な詩人の心は、その情景に言い知れぬ「哀しさ」を感受したのです。そうであるがゆえの「春の鳥な鳴きそ鳴きそ」です。したがってこの場合の春の鳥の「もの哀しい」鳴き声は、白秋自身の心の投影に他なりません。

 「短さ」を生命線とする詩歌にあって、言葉は決定的に重要です。優れた詩人、歌人、俳人であればあるほどそのこと骨身に沁みて分かっていて、一つ一つの言葉に命を吹き込むようにして、詩や短歌や俳句を作ってきたのです。
 そのようにして刻み込まれた「詩的言語」は、もはや単なる言葉にとどまらず、幾重にも重層的な意味を帯び、その短い作品に奥深さと広がりを与えます。

 北原白秋のこの短歌などはまさにその好例のようです。
 普段見慣れたある春の夕暮れの景色が、いっぺんにその様相を変じて、常ならぬイメージをまとった北原白秋的物語世界が現出されてくるのです。

 (大場光太郎・記)

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「空洞地球」について語る時がきた(5)

諸天体はある一定の大きさを超えるとすべて中空構造になる !

 以上述べてきた次第で、「空洞」を作り出す重力の作用は、一種の自然的プロセスであることがお分かりいただけたかと思います。これは自然的プロセスである以上、単に地球内部のことだけではない可能性が考えられます。
 そうなのです。内部空洞化のプロセスは、あに地球のみならずあらゆる天体にも見られる現象なのです。

 火星にはフォボス、ディモスという2つの小さな衛星があります。これらは両方とも完全な球体ではなく、奇妙な形状となっています。こういうサイズの小さな天体は、外部圧縮型になるには大きさが足りません。中心部における外向きの引力が不十分であるため、中空にはならないのです。
 これは逆にいうと、月や惑星が球形をしているのは、「空洞化が起きているためである」ということができるのです。
 では空洞化していくのはどれくらいの大きさからなのでしょうか?別の衛星の観測によって、直径が150km程度になると球形を帯び始める(空洞化しつつある)ことが示されています。

 フォボスやディモス、火星と木星との間にある小惑星群(超太古に核戦争によって破壊された惑星・マルディックの残骸)などは別として、太陽系内の惑星や衛星、太陽系外の恒星などは、ほとんどすべて真球に近い形をしています。
 今まで圧倒的に多くの星が、なぜ絶対的幾何学形状である球体をしているのか、不明とされてきました。しかし「重力」を正しく理解すれば、それは意外と単純明快です。
 天体の球形は、中心部を中空にするという重力の作用によるものだったのです。そして惑星などが球形であるのは、中空であるからなのです。

 ということは、この太陽系に限ってみても、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星(2006年から「準惑星」)のすべては、中空構造になっている惑星であるということです。
 例えば1997年10月、ハップル望遠鏡の宇宙望遠鏡撮影分光器(SТIS)によって紫外線光撮影された土星の写真では、南極、北極に地球と同じオーロラが映し出されています。オーロラは、空洞内からの光が外部に漏れ出している可能性が高いのです。また2006年11月9日、土星探査機カッシーニが土星の南極で撮影した画像では、台風のような「目」がくっきりと映っています。つまり地球がそうであるように、土星の両極にも空洞内に通じる大ホール(穴)がありそうなのです。

 諸惑星のみならず、地球の周りを回っている月ですらも中空です。以前から月は、何か大きな衝撃を与えられると「まるで釣鐘のように反響する」と言われてきました。それは月の中空構造によるものだったのです。
 では私たちの中心星である太陽はどうなのでしょうか?驚くなかれ、実は太陽も中空構造の恒星なのです。そうすると、現在太陽に関しての肝心な通説への再検討、大転換が迫られることになりますが、これは別テーマですので今回は触れません。

膨張する地球進化にあって、内部世界はどんな変遷を経てきたのか?

 悠久なスパンで捉えた地表面の進化について、私たちは地質学や地球物理学などによっておおよその事を理解しています。
 「地球は空洞化している」。これを大前提として「空洞内部」はどんな変遷をたどって来たのでしょうか?これを簡単に見ていきたいと思います。

 既に見てきたとおり、内部空洞が大きくなるのに伴って、地球の直径も大きくなっていきました。当初見られた中心部の溶融状態の高温・高熱は、地球自体の膨張とともに上部空間に逃げていきました。
 空洞内部の大気は徐々に冷却され、これによって空洞内に大量の水分が生成される事になりました。つまり空洞内の「海」の誕生です。
 さらに地球全体が膨張していくと、それに伴って内部世界を覆い尽していた広大な海は徐々に浅くなっていきます。内部地殻の高い部分から海面に姿を見せ、遂には陸地が現われ始めたのです。

 増大したエネルギーが、拡大を続ける内部世界から上に向けて放射されていきました。そして地球中心部の力が十分な量に達した時、「内部太陽」が活動を始めたのです。内部の新世界が目覚め、柔らかでほの暗い光に浸されていきました。
 今や地球内部は新しい力の支配のもとにあります。海の波、姿を現しつつあった大陸、頭上の(内部)太陽から放射されるエネルギーの諸力です。
 (「内部太陽」についてたったこれだけ述べただけでは、どなたも納得されないことでしょう。この生成過程については、後でもう少し詳しく触れたいと思います。)

 この頃私たちが生存している外部世界(地表の世界)では、恐竜が大繁栄期に差しかかっていたと推定されています。
 その頃遅ればせながら、暖かな光線、陸と海の諸元素などの組み合わせによって、内部世界でも「生命の奇跡」が実現されたのです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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菅政権幹部らは両陛下の後ろ姿を見習え

 -今改めて思う。この国の隠れた真のリーダーは「象徴天皇」ではないのか !?-

 天皇・皇后両陛下は11日、東日本大震災の被災者や福島第1原発事故で避難している、福島県内の避難所を訪問されました。今回の福島県訪問で、両陛下は大震災で大きな被害を受けた東北3県すべてに入られたことになります。

 両陛下はヘリで福島市と相馬市をご訪問。特に相馬市では福島第1原発から約45kmにあり、津波被害も甚大だった沿岸の原釜・尾浜地区を訪問されました。
 重機が瓦礫を撤去する音が響く中、立谷秀清市長が「146人の方の死亡が確認されています」と説明すると、両陛下は傘をたたみ、雨に濡れながら黙礼されたとのことです。

黙礼される両陛下=福島
     大震災犠牲者に黙礼する両陛下 (福島県相馬市 11日、共同通信社提供)

 
天皇・皇后両陛下は、大震災以後これまでも各地の避難所などを訪問されては、避難所生活を余儀なくされている一人一人に言葉をかけてこられました。それもおざなりにではなく、両陛下自らが腰をかがめて、避難民と同じ目線で丁寧に話しかけておられるのが強く印象に残りました。
 そしてこの度は、「爆心地」から45キロという近距離地区の訪問にも関わらず、折りからの雨もものかは、雨に濡れながらの黙礼をされたのです。

  四方(よも)の海みなはらからと思ふ世になど波風の立ちさわぐらむ   (明治天皇御製)

 奈良天平のその昔、大仏を建立した聖武天皇の妃の光明皇后は、都の場末で隔離されている癩病(ハンセン氏病)者たちの掘っ立て小屋を訪れ、顔がただれている一人の病者の膿を口で吸ってあげたと伝えられています。
 私は一連の両陛下の被災地訪問から、その故事をふと思い出しました。天皇・皇后両陛下は、「国民を思う心」がことのほかお強いのだと思われるのです。
 光明皇后が癩者の膿を吸い取っても完治されないと同じように、両陛下のご訪問で避難所生活民を取り巻く状況が直ちに好転することはないのでしょう。しかし両陛下の同じ目線での話しかけに、前途に一筋の光明を見出した避難民たちが多かったのではないでしょうか。

 ひるがえって、今の菅政権幹部たちの被災民に対する対応はどうだったでしょうか。
 菅直人総理も何度か被災地や避難所を訪問しています。しかしそれは統一地方選直前に急遽スケジュールを組むなど、政権浮揚パフォーマンスであることが見え見えです。国政の最高責任者なら、被災地・避難民救済のための具体策を携えて現地に行くべきです。しかしほとんど何もなし。被災地復興は遅れに遅れ、避難所生活はこの先いつまで続くか分からないのです。
 そんな状況で行くものだから、意図を見透かしている避難民たちからは、「今さら来ても遅いよ」「何しに来た」「早く帰れ」などの非難の声が挙がるのも当然です。
 3月に石巻市を訪問しようとした時は、当日の「雨」を理由に訪問中止にしています。

 中には福島原発避難所訪問時のように、型どおり避難所となっている体育館を一巡りして帰ろうとしたため、「もう帰るんですか」「ここでずっと生活している私たちは見殺しですか」などと詰問され、「あのう、そのう。すみません、そんなつもりじゃなかったんですが…。すみません」とオドオドシドロモドロ。
 いざという時、どこかの市役所の課長くらいの器量しか持ち合わせていないことを、テレビ画面を通して満天下にさらしてしまうお粗末さです。

 大将がこうなら後の幹部は押して知るべし。
 枝野幸男官房長官は福島原発避難指示地区訪問の際、ガスマスク付きの防護服で厳重に身を包み、もっぱら車に乗ったままでの巡回視察。車から降りたのはわずか5分ほどに過ぎませんでした。
 原発問題で緊急事態が持ち上がるたび、枝野氏は「直ちに影響ありません」を繰り返すばかり。そこで「詐欺師でしょうか?いいえ、枝野です」とヤユされる始末です。
 その枝野氏。家族をいち早くシンガポールに「国外逃亡」させたとか、させていないとか。

 極めつけは岡田克也幹事長です。この御仁、連戦連敗の選挙戦の責任を取ってとうの昔に辞任していると思いきや。どっこい居直り続け、8日には福島原発から半径20キロ圏内の立ち入り禁止区域を視察したのでした。
 それはそれとして。19.9キロの位置にある化学工場の社長と握手する際、手袋をしたままだったと言うのです。ちなみに社長は作業服に素手、方や大幹事長は全身をすっぽり防護服でガードした態勢です。社長に「ここは安全です」と言われても、ゴーグルを外しただけだったそうです。テメエの手袋は放射能が付着しているかも知れないのに、この無神経さ。
 ジャスコの岡田一族には「レプティリアン(爬虫類人)」の血が流れているんじゃないか、と思わせられるような冷血ぶりです。

 ともかく。菅直人が「6・2クーデター」によって政権を奪取して以来、野党時代には決してうかがい知れなかった、彼ら現政権幹部らの「醜悪な実像」が、次々に暴露されています。皮肉を込めて言えば、これが「政権交代した唯一の収穫」だったと言っていいのかもしれません。

 (大場光太郎・記)

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「空洞地球」について語る時がきた(4)

空洞の拡大、惑星壁の減少、地球直径の膨張過程について

 「空洞のある地球」というのは、これまで信じ込まされてきたこととは、百八十度異なった構造です。それは低密度と外向きの引力が、中心部で組み合わさって作用したから出来たものなのでした。

 空洞化しつつある地球を構成している物質を、「惑星壁」と呼ぶことにします。
 地球の中心から外側の表面に向けて近づいていくと、密度と抵抗が増大しますから、最も抵抗の少ない経路を取ろうとする重力は、必然的に(惑星壁の)一番内側の部分を真っ先に圧縮します。
 続いて重力は外側に向けてどんどん作用し、重心に向けて物質を圧縮し、ますます密度を増大させることになるのです。

 圧縮作用は、内部物質が占有していた領域を大きく減らすことになります。その結果惑星壁が凝縮され、中心の空洞が広がっていくことになります。
 これが進行中でも、外側の表面領域にはさしたる変化は起りません。そのため地球進化のこの時期を通じて、地球の直径はほとんど一定のままであったようです。

 しかし圧縮をもたらしていた力が、今度は地球の物質に対して異なった作用を及ぼすようになってきます。
 重力によって生じる引力が、惑星壁の物質を外側に薄く押し広げ始めるのです。惑星壁が薄くなるにつれて、表面の面積が大きくなっていきます。そのため惑星の直径が大きくなっていったのです。
 何百万年、何千万年にもわたる内部進化の末、ようやく地球の外形寸法がまさに変わろうとしています。とうとう地球の膨張が始まったのです。地球の直径そのものが大きくなりつつあるのです。
 こうして地球の直径は大きくなり続け、同時に内部空洞の規模も大きくなっていったのです。これが地球進化の最終段階です。

 その間ずっと膨張するにつれて、壁を薄くする力は徐々に弱まっていきます。最後にある一点に到達します。惑星壁にある抵抗力と均衡になるのです。
 こうした状態になると、惑星全体からの引力も、それ以上に壁の物質を再配置させるほどには強力ではなくなってしまいます。
 これは、地球本体内部に均衡が出来上がり、地球の膨張が停止することを意味します。

 このようなプロセスを経て、現在のような地球が出来上がったのです。
 今まで信じ込まされてきたような、中身がびっしり詰まっていて中心部が超高圧縮されている姿ではありません。まさに「重力の複合作用」が中空にしたのです。

地球の重力についての考察-「重心」は地球中心部にあるのではない !

 これまで私たちは、重力の方向は地球の中心に向けて下向きに、真ん中の核に向かっているものと思い込んでいました。
 ところが今見てきたとおり、地球内部の空洞がどんどん大きくなり、圧縮もこれまで地殻、マントルなどと呼んできた部分でどんどん進んでいきました。
 すると重力の中心点はどうなるのでしょう?
 地球を覆う地殻全体(惑星壁)の中心面に重心も移るのです。

 ここも重要なので繰り返します。
 空洞地球にあって、重心は地球の中心点ではあり得ず、惑星壁の中心部に移動していくのです。

 仮に私たちが地球内側の空洞部にいるとします。
 その場合私たちは重力の作用によって、当然惑星壁の内側の表面に引きつけられることになります。言い換えれば、空洞内部で立っている表面が、この場合の「地表面」になるということです。
 さらに言えば、惑星壁の外側と内側では互いに逆向きに立つことになりますが、壁の中心部に重心があることによって、どちらもバランスを崩すことなく立つことが出来るということです。

 ちなみに地質的進化がほぼ完成している、現在の地球の惑星壁の厚さは約1,300kmと推定されています。したがって、同壁の中心部にある重心は地表面から約650kmの所にあり、壁内部表面から中心部まではかなり広大な空洞が広がっていることになります。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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新宿上空にUFОの大群 !?

 -「お騒がせニュース」の類いながら、意外と示唆に富む話題と思われるので…-

 5月8日午後3時過ぎ、東京都新宿区北新宿3丁目の上空に、突如UFОの大群が出現したということです。たまたまそこにいて所持していたビデオカメラで、上空のようすを撮影した人がいました。この人がYouTube動画に投稿したため、今大変な話題になっているのです。
 その時周辺にいた20人くらいの人たちも、UFOと思しき大群を目撃したということです。誰かが最初に発見した時はおよそ100機くらい。この人が撮影した時は20機ほどになっていたようです。

 残念ながら私は、ブログへの「YouTube貼り付け(埋め込み?)」という高度な技を知りません。今回は「百聞は一見に如かず」の何よりのケースですから、どうすれば当ブログに同動画をアップできるのか、東芝PC安心サポートセンターに問い合わせました。
 すると電話で応対した人いわく、「これはインターネット利用に関する操作なので、私共にはそれに対応するノウハウを持っておりません」。『ホントは知ってるんだろ』と思いつつ、今回の当ブログ貼り付けは断念しました。(どなたかその方法をご存知の方、ご教示ください。)
 と言うわけで、当該動画のYouTubeアドレスのみ以下に表記します。
   http://www.youtube.com/watch?v=d7xz08ONn7g&feature=youtu.be
 
 動画そのものはわずか32秒だけですが、映し出されている空の中に、UFOと思しき白い物体が数多く見て取れます。
 この動画の中で、すぐ近くにいたオバサン、えらくテンションが高いのです。動画中ずっと叫び続けています。この動画自体とともに、このオバサンも大きな話題になっているようです。けっこう面白いので、それを活字として再現してみました。

 オバ「朝日新聞に電話して ! UFOだよ、ほらUFO ! 読売新聞 !」
 オバ「日本が大変ですよーーー !!」(そんな大仰なとばかりに、すぐ近くで「フフン」という若い女性の声)
 (よく聞き取れない話し声があって、「見えな~い !」という若い女性の声)
 オバ「もう、ほらUFО ! ちょっと。ちょっとヤバイ。あたし、生まれて初めて見たーーーー !!!」
 オバ「あっち、あっち、あっち !!」(別の女性たちの「あたしもはじめて見たッ !!」「すごい数いるよ」の声)
 オバ「ヤバイ ! 皆さーーん !!」にかぶさるように、やっと見えたらしく「へぇーッ !」という若い女性の驚きの声。

 UFOには事のほか関心がある私は(その実夢で一度見ただけで、実際の目撃体験はありませんが)、この情報を知って動画を何度も繰り返し見てみました。なるほど青空の中に、白く輝く粒状の物体のようなものが幾つも確認できます。
 中央部の縦長の雲と対比してみるとよく分かりますが、それらの白い小さな物体は、明らかに下に移動しているのが分かります。

 中には「あの物体は風船だよ」という書き込みもあるなど、私も「いやあれは間違いなくUFOだ」と断定する根拠を持ち合わせていません。しかし「風船」ではこの話はここでお終いになってしまいますので、一応「UFО」としてこの先もう少し話を進めていきたいと思います。

 今回のUFОの大群は、「どこから」「何の目的で」飛来してきたものなのでしょうか?地球から遠く離れた、進化した星系からのものでしょうか?
 それを示してくれているのが、『シリウス文明がやって来る』というサイトの、
   『「アガルタ」の宇宙船が、大量に飛来したら、危機一歩手前です』
という5月9日の記事です。
 それによりますと、今回のUFOの大群飛来はズバリ「地球内部世界の“アガルタ”製の宇宙船だというのです。そして地底都市テロスのコントロール室からの指令で飛行しているとのことです。テロスの指令メッセージとはー、

   “光の同胞たちへ 心と魂の準備を
   あなたたちは 霊的な準備が整っています

   いつ 何が起きてもいいように
   落ち着いてお過ごしください”


   これは、光の同胞たち、つまり、
   魂の兄弟姉妹たちへの緊急メッセージです。

   それ以外の人たちには、私からは、何も言えない…

   この緊急メッセージは、まもなく、
   霊的覚醒の波の「第2波」が、
   日本列島に到着することに対してのものです。  (転載終わり)

 つまりテロスをはじめとする地球内部世界の“アガルタネットワーク”の願いは、私たち日本人の霊的覚醒、もっと言えば
 「あなた方の物質的肉体を、5次元領域の周波数帯まで上昇させてください。
 そうでなければ、あなた方を助けることはできません」
ということのようです。
 くだんのオバサンのように、取り乱して「朝日新聞 ! 読売新聞 !」などと一番“ヤバイ”マスコミ名を口走ったり、「日本が大変ですよーーー !!」などと慌てふためいてパニクってしまうレベルではダメなのです。

 最後に、今進行中の『「空洞地球」について語る時がきた』シリーズのずっと先を行くような情報を、以下にご紹介します。

 あなた方が私たちの地形を綿密に検査すれば、極(北極、南極)にある穴の入り口が「見える」ようになるでしょう。これらの穴は、いくつかの母船が出入りできる十分な大きさのものです。あなた方は、花、芝、潅木、木々、滝などが点在した一つの円の中に数百マイルにも及ぶ宇宙船基地を「見る」ことができます。それは、生命を欠いた、無味乾燥なコンクリートの空港ではなく、私たちの世界の内部で平和的に停泊しているスペース・シャトルや宇宙船のある庭園のようなものです。
 宇宙船は耳障りな音は出さず、離陸や着陸時にもほとんど音は検知されないため、いつ行き来しているのか、私たちでもまったく知り得ません。それらは、私たちの愛の波動と無音の動きで完全な調和状態にあるのです。
 (徳間書店刊『空洞地球-ポーソロゴスの図書館ミコスからのメッセージ』より)

 (大場光太郎・記)

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ルシア自身が語る「ファティマ第3の予言」

 今からおよそ100年近く前の1917年5月13日、ポルトガルの一寒村のファティマに聖母マリアが出現しました。この日の正午過ぎ、羊を連れた3人の牧童が村から2キロほど行ったコバ・ダ・イリアという窪地にさしかかった時、突如空中に鮮烈な閃光がきらめき、柊(ひいらぎ)の木の上に美しい貴婦人が現われたのです。
 後に聖母マリアと特定された貴婦人は、今後毎月同じ13日にこの場所に来るよう3人の子供に告げます。


ルシア、フランシスコ、ヤシンタ-1917年
 
 このようにして、その年の10月13日まで聖母マリアは都合6回示現したと言われています。この噂は同村はもとよりポルトガル中、ヨーロッパ中に広まり、回を追うごとに聖母示現を一目見ようと群集が押しかけるようになります。
 特に最後となった10月13日には、同地に10万人もの群集と報道陣などが集結しました。この日は土砂降りの雨だったものの、突如ピタッと止み分厚い雲の切れ間から「銀色に輝く太陽」が出現し、群衆めがけて3度ほど降下、上昇するなどの大奇跡が起りました。青空となり「本物の太陽」が現われた時には、群集の着物や木々や地面も完全に乾燥していたといいます。

 ルシア、フランシスコ、ヤシンタの3人の子供のうち、特に当時10歳で最年長だったルシア・ドス・サントスに、聖母マリアは人類の未来に関する重要なメッセージを託したとされています。.ルシア自身後に修道女となり、聖母から託されたメッセージを「3つの予言」としてまとめバチカンに預けます。
 そのうち第1は、当時進行中だった第一次世界大戦が間もなく終結すること。第2は、第二次世界大戦の勃発に関すること。この2つは、細部まで予言が的中したと言われています。

 問題は「第3の予言」です。これについてバチカンは、なぜか「1960年まで公表してはいけない」として内容を公表しませんでした。そして直前にこれを読んだ時の法王・パウロ6世はあまりの衝撃的な内容に卒倒し、「これは人の目に絶対触れさせてはいけない」として発表差し止めとしたのです。
 以来第3の予言は秘密文書として、バチカン宮殿の奥深く今に至るも厳重に秘匿されているのです。そのためさまざまな憶測を呼び、「ファティマ第3の秘密」と言われています。

 なお聖母示現のあったファティマには、フランスのルルド同様その後堂々たる大聖堂が建立され、世界中から年間何百万人もが訪れるカトリックの大聖地となっています。
 また修道女となったルシアは、2005年2月13日97歳で昇天しました。

 今回ルシア自身が、その「第3の秘密」を語っています。ミノリスさんがチャネルしたものです。私自身は「なるほどそうだったのか」と思っていますが、後はお読みの方がご判断ください。  (大場光太郎・記)
 出典元 『ミノリス Minoris の URGENT MESSAGE』
        http://blog.goo.ne.jp/minoris_2010

                       *

長く、秘密にされてきたファティマの第3の予言だが、

その内容とは、「地球が闇の組織の活動により地獄化し、
さらに邪悪な異星人の侵攻にさらされる」というものだった。

その間、人工的な天変地異や細菌兵器、そして戦争によって
人類が多数、亡くなっていくという予言だったのだ。

……………………………………………………………
ルシア・ドス・サントス メッセージ 2011.4.7
……………………………………………………………

第3の予言について教えて頂きたいのですが)

はい。

第3の予言は、あまりにも恐ろしい事なので、
隠されています。

歴代の法王、バチカンの関係者、
そして闇の存在たちは見ていると思います。

それは、
闇の勢力が拡大し、様々な災害や戦争を起こし、
世界中を怯えさせるのです。

彼ら闇の勢力は、宇宙人とも連携を取り、
世界を征服しようと思っているのです。

そのやり方は、金と権力を使い、全てをコントロールします。

インフルエンザの様なウィルスも彼らの仕業です。

そして、その中枢部にいる者は宇宙人です。

ほとんどの人は、彼らに騙されています。
それは、巧妙な手口でわからずに行われているからです。

様々な自然災害に見せかけた地震や、
津波、洪水など天変地異が起きます。

大勢の人々が亡くなるでしょう。

訳のわからない疫病(細菌)によっても大勢の人が亡くなります。

世界は、混沌とした状態に入っていきます。

戦争も起こるでしょう。

しかし、最終的には、闇の勢力は、
人間と宇宙の良い存在によって、滅ぼされる事になるでしょう。

人の意識が高まる事で、「愛」と「団結」の力が生まれ、
宇宙のサポートしてくれる存在と、波長が合ってきます。

そして、長い間、人を脅かしていた闇の勢力は、
滅ぼされるでしょう。

希望はあります。  (転載終わり)

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「空洞地球」について語る時がきた(3)

地球内部の生成には、重力と圧縮力が大きく作用した

 これまでの地球構造モデルを根底から覆すことになる「空洞地球」を考える場合、「重力」と「圧縮力」が重要な意味を持つことになります。まずは地球生成の過程から、このことをごく簡単に見ていくことにします。
 
 地球はもとよりあらゆる惑星の始まりは、突きつめれば宇宙を漂う2つの粒子が引き付けあったことによると考えられます。粒子に内在する重力が、お互いをゆっくり引き寄せます。そのようにして次々に粒子同士が引き付け合って大きくなっていき、最終的に現在の大きさにまで成長したということです。
 始まりは約46億年と推定されている地球の場合、当初から現在のような大きさを有していたわけでないことは明らかです。原始地球は今よりずっと小さかったのです。当然その時の地球の質量もずっと小さく、中心までの距離も取るに足りないほど短かったはずです。
 その結果、中心部に最大の圧力が発生します。つまり原始地球にあっては、今日人類の強固な信念を形成している「中心部圧縮説」がそのまま当てはまるのです。

 しかし問題はそのあとです。地球はその後悠久の時間をかけて大きくなっていきます。大きさが増すにつれて、圧縮に影響を及ぼす他の要因が関与し始めるのです。つまり「重力の複合作用」という要素を考慮しなければならなくなるのです。
 地球の誕生と段階的発展過程を十分認識するには、この理解が欠かせません。
 これまでは、これを考慮せず単純化しそれ以上の思考を怠ってきたため、科学と人類の中心部圧縮説は巨大な欠陥を有するまま代々受け継がれることになったのです。

 地球が大きくなるに伴って、重力と圧縮力の双方が増大していきます。ここで一つの問題が起きることになります。
 「地表面圧縮の増大にしたがって、地球中心部の圧縮がいつまでも継続するものだろうか?」という疑問です。
 分かりやすい例として、砂利層を締め固めるローラー車の場合を見てみます。砂利の内部に生まれる圧縮度(密度)は、この車両の重量に正比例しています。つまりローラー車の自重が及ぼす締め固めエネルギーには、自ずから限界があるということです。つまり砂利層が一定の深さになるにつれて摩擦が加わり、限度を超えるとローラー車の締め固める力は、その摩擦力に打ち勝てなくなるのです。言い換えれば、砂利の厚さが一定限度を超えてしまった層では、圧縮(締め固め)出来なくなるということです。

 これを地球の成長過程に当てはめるとどうなるでしょうか?
 中心部の圧縮は、下向きの圧力が中心部に到達し得る場合のみ、引き続き進行するのでした。ではさらに地球がどんどん大きくなっていくとどうでしょうか?ある限度を超えてしまうと、地球内部の物体は重量を失ってしまうことになるはずです。

こうして地球中心部に空洞が生まれた

 このことへの理解は、空洞地球を考える場合重要ですから繰り返します。
 未成熟な段階の地球では、地表面の物体は下にある物質の全質量のせいで、下方向への引力にさらされます。これが重量を作り出すわけです。この重量が、下にあり、中心にまで至る他の各層を圧縮させることになります。
 こうして生まれる圧縮の規模は、下向きの引力によって生じる重量の値と等しくなります。ただ時間の経過と共に隕石などの飛来物体がさらに地表に加わりますから、それまでの地表面物質は地球成長に伴ってより深く埋もれていきます。

 ここまでくると、地球を取り巻く質量の配置が変わってしまうのです。地球質量の全体が下方にあるのではなくなるということです。新しく幾つかの物質層がその上に出来ているのですから、こういう層もまた引力を持っているわけです。
 しかし、この引力の方向は上からなのです。これがある程度は下にある物体からくる下向きの力に逆らうことになるし、そのためその力を中和させることになるのです。
 下向きの引力が物体に重量を作り出すのですから、この力が多少でも減れば、その物体はその分軽くなります。

 物質が地表面に堆積するにつれて、まさにそのとおりのことが起るのです。惑星の成長が上からの引力を増大させ、これが下にある物質の重量を減少させることになるのです。つまり、地表面の物質が埋もれていくにつれて重量を失っていくということです。
 ここは重大な意味があります。ここにこそ決定的なポイントがあるのです。
 先ほどのローラー車の例のように、物質がひとたび前より軽くなると、それより下にある物質に圧縮を加える能力を、もはや持たなくなってしまうということです。

 地球が成長を続けるのに伴って、内部の物質は重量を減らし続けます。そうなるとさらに下、あるいは中心部にそれ以上の圧縮を加えることは出来なくなるのです。
 これまでの常識に反して、地球の中心では抵抗が最も小さく、同時に「外向き(地表面向き)」の引力が強くなるということです。
 ここをしっかりご理解ください。これが重要な意味を持っているのですから。

 地球の外側の表面にさらに圧力が加わるのに伴って、中心部の外向きの引力が増大し続けます。最終的には、力が中心の物質にある抵抗に打ち勝てるだけの強さになるという一点に到達するのです。
 一度そうなると、そこにある物質は重力による引力の方向に沿って移動し始めます。この時は、元々の小さな単体をまとめていた結束力は既になくなっているわけです。それを取り巻く、より強力な外向きの引力によって打ち消されているためです。

 このことが何を意味するかというと、生成途上の若い地球の中心にある物質が、元の中心点から移動するにつれて、「小さな空洞」すなわち隙間が残されるということです。
 これは地球進化における新時代の始まりと言うべきものです。中心部まで物質がびっしり詰まってはおらず、必然的に中空になった地球の誕生です。
 これは架空の話ではなく、遥か昔にこの地球に実際起ったことなのです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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『春風』

     作詞:加藤義清、作曲:フォスター

   1
   吹けそよそよ吹け、春風よ、
   吹け春風吹け、柳の糸に、
   吹けそよそよ吹け、春風よ、
   吹け春風吹け、我等の凧(たこ)に、
   吹けよ吹け、春風よ、
   やよ、春風吹け、そよそよ吹けよ。

   2
   やよ、吹くなよ風、この庭に、
   風吹くなよ、風、垣根の梅に、
   やよ、吹くなよ風、この庭に、
   風吹くなよ、風、我等の羽根に、
   吹くな、風、この庭に、
   やよ、吹くなよ風、吹くなよ、風よ。

 私たちの世代にとって『春風』といえばこの歌です。いえ、この歌しかないといえます。
 ご存知の文部省唱歌で、昭和30年代の子供たちは小学校4、5年生の頃学校で教わりました。今でも風薫るこの季節、思わず知らずこの歌を口ずさんでしまいます。
 そしてあの頃の郷里の思い出、当時の春のさま、あの時代の空気のようなものまで思い出されてしまうのです。

 しかし時代は変わって。今回上の歌詞を確かめるためにネット検索してみたところ、この歌がなかなか出てこないのです。代わってすぐでてきたのは、ゆずの『春風』だったり、奥華子の『春風』だったり、くるりの『春風』だったり。
 「ゆず」くらいなら、横浜出身のデュオであることもあり知っています。ただしこのデュオの『春風』は今まで聴いたこともありませんでした。ましてや「奥華子」や「くるり」は、名前すら今回が初めてです。

 折角だから、一応はユーチューブで聴いてみました。皆それぞれポップス調のシャレた感じの曲です。子供時代に思春期に青春のただ中にこれらを聴いて、忘れられない「春の思い出」と共に心に残っている人たちもいることでしょう。
 しかし私にはどれもピンとこないのです。春風の雰囲気を感じさせてくれるのは、やはり“本家本元”のこの歌でなければねぇ、というのが率直な感想です。

 この歌が実にうまく使われていたかつての名画がありました。ご存知の方もおいでかと思いますが、小津安二郎監督の代表作『東京物語』のラスト近くでです。
 この映画を簡単に紹介しますとー。広島県尾道市に住む平山周吉(笠知衆)、とみ(東山千栄子)夫婦が、東京で生活している長男(山村聡)、長女(杉村春子)を訪ねていきます。しかし滞在が長引くにつれて厄介者扱いにされ、結局東京で一番親身になって世話してくれたのは、戦死した次男の嫁でいまだ未亡人を通している紀子(原節子)だったのです。

 東京での心労がたたったのか、尾道に帰るとすぐとみは脳溢血で亡くなってしまいます。当然長男も長女も大阪にいる三男も葬儀に駆けつけてきます。しかし皆仕事などを理由に、葬儀が済むとさっさと帰ってしまいます。そんな中最後まで残って周吉の身の回りの世話をしてくれたのが、もう他人と言ってもいい紀子なのでした。
 そんな紀子を実の姉のように慕っているのが、周吉と同居している京子(香川京子)です。しかし職業婦人(今で言うキャリアウーマン)である紀子は、いつまでも尾道にいるわけにいかずいよいよ帰京する日がきます。

 それはうららかな春の日。小学校教員である京子は紀子に別れの挨拶をして、いつもどおり学校に向かいます。京子や子供たちが通っていく尾道の情趣溢れる上り坂の街並み。桜咲く校庭からとらえた山手の小学校の全景。そして学校の廊下が映し出されて…。どこからか
 ♪吹けそよそよ吹け、春風よ ・・・・・・
とこの歌を歌う児童たちの弾んだ歌声が流れ、京子が受け持つ教室が映し出されるのです。そして『紀子さんが帰るのはちょうど今頃のはずだわ』とばかりに、京子は教室の窓から身を乗り出すようにして海側の線路の方を見渡します。
 紀子を乗せているらしい蒸気機関車が上から映し出されて…「終」。


                 『東京物語』の原節子と香川京子

 この歌とも、映画の本筋とも何の関係もありませんがー。
 原節子と香川京子の美しかったこと。二人とも美人女優ということももちろんあります。私が驚いたのは、戦後間もない昭和28年(松竹作品)のこの白黒映画の中の、二人の一つ一つの立ち居振る舞いの美しさです。それはさながら「生ける神々」といっていいような、芸術的な所作に思われたのです。

 映画上の演技ということはあるとしても、今の若い女性のみならず日本人全体が忘れてしまった、“奥ゆかしさ”が醸し出す気品ある美しさです。なおこの映画では「永遠の処女」原節子が脚光を浴びましたが、私個人としては若き日の香川京子さんの清楚な美しさにしびれました。
 こういう日本的な立ち居振る舞いの美を、当時この映画を絶賛した欧米人たちもしっかり観てくれたことでしょう。大震災後の我が国、さて今度はどんな日本美を海外に伝えていけるでしょうか。

 唱歌『春風』について述べるつもりが大きく脱線してしまいました。

 『春風』(合唱:ダークダックス)
    http://www.youtube.com/watch?v=9rqZmPnz2ds

 (大場光太郎・記)

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「空洞地球」について語る時がきた(2)

地球物理学などによる地球構造モデルについて

 いきなり「空洞地球論」に入る前に、現在までの学説となっている地球物理学などの構造モデルを簡単に振り返ってみたいと思います。

 私たちが生存している地球(Earth)は、赤道半径が6,378km、極半径が6,356kmの、ほぼ完全な球体といっていい回転楕円体です。これは今日まで各種の測地データを積み上げて得られた数値であるだけに、まず疑う余地のないものと思われます。

 問題は地表から内部の構造です。これについては、
 0km  地表
 0~150km  岩石圏
  (このうち0~30・35kmは「地殻」)
 6・35~2,891km  マントル
  (6・35~670km 上部マントル)
  (670~2,891km 下部マントル)
 2,891~6,371km  コア
  (2,891~5,151km 外核)
  (5,151~6,371km 内核)
と分類されています。

 すなわち地球は、外側から岩石質の地殻、岩石質の粘弾性体であるマントル、金属質流体の外核、金属質固体の内核という大構造に分類されるというのが、今日までの定説です。
 この中で岩石質とはいっても、地殻とマントルでは化学成分が違い、また外核と内核も金属質とはいっても、若干化学成分が異なると推定されています。

 以上ごく大ざっぱに見ましたように、私たちがいる地表から地球内部の中心部まで、岩石質や金属質の物質で隈なく稠密に埋め尽くされた固体であるというのが、今日までの動かしがたい学説となっています。

 しかしこの学説は、科学が何よりも重んじる「実験」「実測」「実証」に基づいたものではありません。というのも現在のところ、6,371kmもの深度を有する地球中心部まで観測できるような、いかなる手段も持ち合わせてはいないからです。
 確かに近年は、地殻を掘り進めるボーリング技術や研究も進んではいます。特に2004年には統合国際深海掘削計画(IОDP)が調印され、日本での建造が進んでいた深海掘削船「ちきゅう」が投入され、2012年のマントル到達を目標にしています。
 つまり現段階では、地殻をせっせと掘り進め、ようやく地表から35km下にあるという上部マントルに達しようかという程度に過ぎないのです。

 では上記のような学説は、どのようにして生み出されたのでしょうか?6,371kmもの半径を有する地球内部構造を探るのに、「地表面」での観測から得られたデータをもとに推論を重ねて組み立てられたものなのです。
 その中でも最も優れた方法とされるのは「地震波の分析」によるものです。上記の地殻、マントル、外核、内核などの分類は、この解析結果から得られた推測です。
 地震波にはP波(縦波)S波(横波)の2つがありますが、この両地震波が伝えてきた水平方向の振動を地上でキャッチした観測データをもとに、地下数千km内部を推定するという荒っぽいことをやってきたのです。

 東京大学地震研究所によりますと、最近では地震波以外の振幅の非常に小さい揺れ(常時地球自由振動)をとらえ、それから地球内部情報を引き出すことに成功したということです。
 しかしそれで何とか明らかになったのは地下350kmまでと、上部マントルのほぼ中間地点に過ぎません。6,371-350=6,021。つまり、それより下6,000km以上は未確認の領域なのです。

 地震波解析とともに見過ごせないのは、上記学説は「引力」による地球内部への作用から導き出された仮説であるということです。つまり引力によって物体は例外なく地球の中心方向に落下するという、ニュートン以来の古典力学的仮定がこの構造モデルの前提としてあるのです。
 その結果地球の中心部は想像を絶するような圧力を受け、地球という物体の総重量により超稠密な状態にあると考えられてきたのです。実際上記構造モデルでは、内核の圧力は約400万気圧、温度は約5,000~8,000Kもの超高温であるとされています。

 つまり地球中心部(内核)は溶融していて、深度を増すごとにかくも圧力が増大するとされてきたのです。これが「地球中心部圧縮説」と呼ばれるものです。
 しかしこれは以上見てきたように、「群盲象をなでる」の喩えどうりのモデルであり、決定的な問題のある構造モデルであるといえそうです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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日々雑感(11)

   鯉のぼり風で己(おの)が身肥やしけり   (拙句)

 昨日大見得を切って開始しようとした『「空洞地球」について語る時がきた』。本日早速続きをとあれこれ思案してみたものの、どうもうまくまとまりません。そこでこちらは構想が熟するまでしばし待つこととして。
 次に、では他に何か取り上げたい話題や是非書きたいことがあるかと、こちらもあれやこれやと思案投げ首したものの。本日は私の「知性バイオリズム」が底状態らしく、思考はあっちゃこっちゃさ迷うだけのピンボケ状態。

 こういう時は仕方ないので久しぶりに「困った時の日々雑感」。あらぬことをあまり脈絡もなく述べていき、スペースを埋めていくしか方法がありません。

 まずはあたりさわりのないところで、時候的なことから。
 ゴールデンウイーク、よくは分かりませんが、本日のこどもの日をもってひとまず終わりなのでしょうか。例年ならこの期間は良い天気が続き、文字どおり輝くような盛春の1週間であるはずです。
 しかし今年は雨がち、曇りがちのあまりすっきりしない1週間となりました。まるで3・11大震災以降の、国民のモヤモヤした気分の反映のようです。
 きょうのこどもの日もあいにくの曇り空。そのせいなのかどうなのか、街の通りで子供の姿を余り見かけませんでした。開設した年には「鯉のぼり」を記事にしましたが、今年は近所でそれもあまり見られないようです。

 「ゴールデンウィーク」、今年が最後になるかもしれないといいます。福島原発のせいで、夏場の節電が不可避の事態になってきたからだそうです。
 多くの企業が夏場に長期休暇を取るようになるといいます。7月最終週から8月第1週を休みにして、そのままお盆になだれ込む、都合3週間もの夏季大休暇となるわけです。その代わりゴールデンウイークは廃止し、祝日も出勤するようシフトするというのです。折角の風薫る麗しい緑の季節に、昭和の日もこどもの日も意味をなさなくなりそうなのです。

 今回の福島原発事故は、一つには中曽根康弘を代表格とする旧自民党“原発推進”政権と、万全な事故対策を怠ってきた東電などによる人災。もう一つは、初動措置の遅れで各号機の爆発、放射能拡散を拡大させた菅政権と現東電などによる人災。二重の意味での大人災です。
 こんなひどい人災によって、国民は今後待ち受ける節電や電気料金アップなどを甘受しなければならないのです。今後ともいつ収束するかどうか分からない福島原発の推移とともに、「もういい加減にしてくれよ」ではないでしょうか?

 少し前の『日本の中枢には緑色の蛇が…』記事の冒頭に掲げました、
  日本の中枢には緑色の蛇が食らいついている。最早この呪いから逃れる術(すべ)はない。  (三島由紀夫)
というフレーズが、本日ある2ちゃんねる掲示板に紹介されました。
 これはだいぶ前、三島関連の本か雑誌かで読んで記憶していたものです。記事作成に当り、直接原文に当ったわけではありません。しかし当時かなりのインパクトをもって読んだ覚えがありますから、そんなに大きく違ってはいないはずです。
 「今この時」この国が置かれている事態を考える上で、もっともっと拡散していただきたいフレーズだと思います。

 「菅政権」一体いつまで続くのでしょう?小沢一郎元代表は確か「連休前にも大きな山場がくる」と発言していたはずです。しかし山場なんてきやしなかったし、菅総理も枝野官房長官ものうのうと被災地視察と称する、連休の物見遊山パフォーマンスじゃん。菅直人には今もって、辞める気配が微塵も感じられません。
 遅々として進まない大震災復興。以前出口の見えない福島原発事故。先行き不透明な日本経済…。各ネットでは「小沢一郎待望論」がかつてないほど高まっています。昨年年初の小沢バッシング以来、私は一貫して小沢擁護を続けてきました。

 でも今思います。小沢一郎でもダメなんじゃないか?
 小沢元代表は、大震災以前の昨年末頃から何度も政局がらみのことを口にしています。しかしそれによって、民主党内の反菅勢力が結集して菅直人を追いつめたことがあったでしょうか。
 それにこの度の大震災では、小沢元代表の動きがほとんど見られません。大震災で最も被害を受けているのは、小沢元代表の地元の岩手県です。強制起訴で公判を待つ身、党員資格停止処分の身という強い縛りがあることは分かります。しかしそんなのクソくらえの強力なパワーを国民は期待しているのです。
 何でもっとダイナミックに動いてくれないのでしょう。震災復興に、倒閣に。

 今国際的な話題と言えば、例のウサマ・ビンラディン殺害です。これは既に『何を今さら。ビンラディン殺害』で記事にしました。その後ネットを少しのぞいて見るに、大手新聞社・テレビ局系は別として、やはり懐疑的な論調が圧倒的です。
 「ロイターネット」ですら、ニューヨーク3日付として『ビンラディン容疑者の死に「陰謀説」続々、水葬も議論の的』という記事を掲載しています。何も書くことがない今回、本当はこの記事を転載したいところでした。しかし同記事末尾で「米国著作権法によりいかなる転載も禁止」と明示してあります。そこまで謳ってあっては…。

 ご興味ある方は直接当っていただくとして、概要だけ紹介すればー。(概要もアウトかもしないので、URLも表示しません。)
 (1)最も話題となっている説。ビンラディンは数年前既に死亡していた。しかし米国は、アフガン戦争を正当化する道具として、CIAがビンラディンのイメージを利用した。(ハリウッドのCG合成技術を応用したということか?)
 (2)05年テキサス州のブッシュ前大統領の農場前で反戦キャンプを行った、反戦活動家のシンデー・シーハンさんもこの説を信じており、自身のフェイスブックに「ビンラディン容疑者の今回の死を信じているなら、あなたはおろか者だ」と書き込んだ。
 (3)米国がビンラディンのDNA鑑定をなぜこんなに早く行えたのか。なぜ遺体がただちに水葬にされたのか。なぜいかなる映像も公開されないのか。etc
 
 何とかスペースが埋まりました。

 (大場光太郎・記)

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「空洞地球」について語る時がきた(1)

前書き

 大震災直後の3月13日の『天の怒りか、HAARP攻撃か?』記事、おかげ様で好評です。「HAARP」「人工地震」などは、3・11大震災との関連で関心が高いらしく、今でもコンスタントにアクセスがあります。
 
 さてこの記事当ブログ公開直後、「七転八起」さんによって『阿修羅掲示板』に全文掲載していただきました。
    http://www.asyura2.com/11/senkyo109/msg/879.html
 七転八起さんは、この記事以外にも3・11直前から何度か当ブログ記事を阿修羅で紹介していただいています。この場をお借りして篤く御礼申し上げます。
 ただ私の記事への「阿修羅読者」の方々の“受け”、上々とはいかないようです。たいがい阿修羅ランキングの100位前後をウロチョロで、折角お取り上げいただいていますのに恐縮に存じます。

 当ブログではコメントがほとんど寄せられず、読者の方々の反応がイマイチ分からないため、かなり好き勝手に述べたい放題させていただいています。
 ところが予期せず天下の阿修羅掲示板に掲載となりますと、事情がだいぶ違ってきます。阿修羅読者ともなりますと、各記事を念入りに読み込み、時に歯に衣着せぬ鋭く容赦ない批判コメントも寄せられるのです。私のような瓦版的記事などには特に手厳しいようです。免疫のなかった当初は、正直かなり落ち込みました。

 この『天の怒りか、HAARP攻撃か?』も例外ではありません。特に辛辣だったのは、この記事へのラストコメントとなった方の以下のコメントです。

09. 2011年3月14日 12:04:01: qMgd17wAMA
>1943年1月7日にNYで86歳の生涯を閉じたことになっています。
>しかしある「地下都市情報」では、テスラは空洞地球に入ったのであり、今でもそこで健在だそうです。

明らかに全体の信憑性を落とす一文だろ・・・  (以下省略)

 「09」さんより、ものの見事に一刀両断にされてしまいました。
 3・11大震災を受けて「HAARP」「人工地震」関連は、私のこの記事以外にも阿修羅でけっこう取り上げられました。その全部に目を通したわけではありませんが、「大いにあり得る」「今回の地震はHAARPによって起こされたのだ」「いや、HAARPごときでこんな大地震が起こせるわけがない」「断じて自然災害だ」「デマのたぐいだ」…と、賛否相半ばしていたようです。
 今のところ「人工地震だった」との実証は不可能に近いため、どんな反論があっても仕方ないテーマではあります。
 
 その上「テスラは空洞地球に入った」云々ですから。09さんはハナからHAARPなどには懐疑派、否定派のようですから、これが格好の攻撃材料となったようです。
 ちなみにやり玉に挙がったこの個所は、同記事全体がほぼ完成して読み直した後、「なお余談ながら。」として新たに付け加えたものでした。私も『これは誤解されるかな?』と思いました。
 しかし昨年は『「蛍の光」は1万2千年前の歌?』シリーズで、「地中都市・テロス」をご紹介しました。そこで当ブログ読者の方々に、今回は「空洞地球」という概念を知っていただこうと、「えぃやッ」とばかり挿入することにしたのです。

 09さんコメントをきっかけに、阿修羅読者の方々はこの記事から急速に引き始めた気配でした。しかし別サイトでは、また違った反応だったようです。
 阿修羅掲載と同日少し後に『須藤元気ブログ』でも取り上げられたのです。とは言っても、須藤元気さんご本人が記事の中で紹介というわけではなく、須藤さん記事のコメントの中である人がこの記事を紹介してくれたのです。
 さすがは須藤元気さんのブログです。3月13日付の須藤さんの大震災への短い記事について、コメントがそれこそ「ドット・コム(どっと混む)」状態。数あるコメントの中で、たまたまある人のこの記事のURL紹介があっただけで、須藤元気ブログ経由で当ブログへのアクセスが数日間「プチ・ドット・コム」状態になったのでした。
   http://crnavi.jp/sudogenki/blog/2011/03/post_60.html     

 須藤元気さんはご存知のとおり元プロレスラー。現役の頃からスピリチュアルな方面への関心の強い人だったようです。確か「13の月の暦」を、実生活に一早く取り入れた人だったかと思います。何年か前現役を退いた今は、週の何日かを北海道網走市のログハウスで過ごすなど新しい活動を始めています。
 よって須藤ブログの読者の方たちは、スピリチュアルを理解できる共通の土壌があるわけです。ですから阿修羅読者の方たちよりは、同記事の例の一文もさほど違和感なく受け入れてくれているのかな、という感触を持ちました。

 09さんの「全体の信憑性を落とす一文だろ」とのご批判を、多分多くの方がお持ちだろうと思います。私たちには「空洞地球など有り得ない」という観念が強固にありますから。多くの現代人にとって「空洞地球」など“妄説”のたぐい。「こんな説を持ち出すヤツの文など、信じるに足りん」ということになりそうです。
 しかし本当にそうなのでしょうか?直前の『真実の近現代概略史』シリーズと同じように、地球内部のことについても、私たちは「真実」を何も知らないのではないでしょうか?逆に学校や教科書で「トンデモ妄説」を教えられ、信じ込まされてきた…。

 この問題は、かの天動説から地動説への「コペルニクス的転回」に匹敵するかもしれない、大変重要なテーマだと思われるのです。

 例によって、前もってきちんとした構想を持っているわけではありません。ですからすぐに結論が出るのか、数回シリーズとなるのか、まるで分かりません。いつものように別記事を挟んで飛び飛びになったりと、ウンウンうなりながらでも、何とかまとめ上げるべき価値のあるテーマだと考えます。  (以下次回につづく)

【追記】
 以前の『「蛍の光」は1万2千年前の歌?』などと今回のシリーズを一まとめにした『地底都市テロス・空洞地球』というカテゴリーを、新たに設けることにしました。また以前の『「9・11」は何だったのか?』と直前の『真実の近現代概略史』についても、『真実の近現代概略史』新カテゴリーとすることと致しました。
 どうぞご了承ください。

 (大場光太郎・記)

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スリランカ人ジャーナリストから見た大震災

 1年前のちょうど今頃『ウエサク祭とは?』記事を公開しました。
 「ウエサク祭」とは、ブッタの生誕、成道、入滅にまつわるとされる「5月(牡牛座)の満月」に特別の意義を見出し、この満月の晩にチベット、スリランカ、タイなどで代々厳粛な祭典を執り行ってきたものです。この満月の夜、天界からの最強のエネルギーが地上に降り注ぎ、祭典の地にブッタが臨席するというのです。

 そんなローカルな奇祭が、近年では世界的に注目され始めています。それを紹介した当ブログ記事も「アセンション」「2012年12月22日」などへの関心の高まりからか、意外なほどのアクセスがありました。
 同記事はかなり突っ込んだ情報も公開したつもりです。あらためて関心を抱かれた方は、『ウエサク祭とは?』『続・ウエサク祭とは?』をお読みください。
 ちなみに今年の「ウエサク月」は、今月17日(火)の満月(旧暦4月15日)にあたります。今年も本場インドをはじめ、カリフォルニア州の聖山・シャスタ山や京都の鞍馬山などでは、地球進化と地上の平和を祈願して、盛大にウエサク祭が執り行われることでしょう。

 さてこのたび、Т・Eという方がこの記事にコメントされました。ウエサク祭に関するものではなく、同記事中の「スリランカ」という語句を頼りにアクセスしてこられたようです。Т・Eさんは昨年3月、スリランカ系旅行代理店を通して同国を8日間旅行され、その紀行文を簡潔に紹介してくれています。
 かなり印象的な旅だったようで、「また何年かしたら、是非訪れたいです」と述べておられます。

 「スリランカ」という国。日本ではあまりなじみがないかもしれません。ご年配の方には、旧国名の「セイロン」あるいは「セイロン茶(紅茶)」の方が、ピンとくるかもしれません。インド亜大陸の南東、ポーク海峡を隔てた人口約2200万人の島国です。
 国号の意味は、現地語で「聖なる輝きの島」ということだそうです。

 にわかにスリランカに興味を覚えた2日、『日刊ゲンダイ』の「GW特別号」(6面)で、たまたまこの国に関する記事を目にしました。それは「スベンドリニ・カクチ」というスリランカ女性ジャーナリストによる一文です。
 カクチさんは、現在国際通信社IPS日本特派員。著書に『あなたにもできる災害ボランティア』(岩波ジュニア新書)があるといいます。

 そうなのです。カクチさんは、04年のスマトラ島沖大地震を母国で経験した人なのです。カクチさんの一文は、同大地震のことから、今回の東日本大震災について述べていきます。さすがは国際的なジャーナリスらしい鋭い分析です。
 というわけで、だいぶ回りくどい前置きとなりましたが、カウチさんの一文以下に転載します。(なお、読みやすいように適宜段替え、行空けをしています。)  (大場光太郎・記)
                        *

スリランカと変わらなかった日本の防災対策

 04年に起きたインドネシア・スマトラ島沖大地震で、私の故郷、スリランカは津波の被害を受けました。スリランカの人は「TSUNAI」という言葉を聞いたことがなかった。当然、備えはなく多くの命が失われました。
 日本は地震国で予算も技術もありますから、きっと防災対策も周到なのだろうなと、うらやましく思ったものです。スリランカは日本から防災対策を学ばなければならない、とも思っていました。
 ところが、今度の東日本大震災では、とてつもない被害が出た。スリランカと変わらないじゃないかと驚きました。

 今回、被災地に行って感じたのは、地方と東京の格差です。日本は東京一極に投資を集中しすぎたのではないでしょうか。
 震災から1ヵ月経っても、避難所ではまだ風呂に入れないような大変な生活をしている。一方で東京に戻ると、ピカピカの高層ビルが林立している。この差は一体何なんでしょう。

 ボランティア制度も脆弱に感じます。ただ物を運ぶのではなくて、調査、情報収集にもボランティアの力をもっと有効に使うべきだし、地元のボランティアを育てる仕組みも必要です。
 過去に大きな地震が何度もあったのに、そういった仕組みができていないのは残念です。

 外国メディアは、今回の震災で日本がどう変わっていくのかを見ています。
 原子力については「安全」と「ダメ」という両極端の話ばかり。中間がありません。「安心」にしても地元の人にとっての安心と、東京の人にとっての安心、科学者にとっての安心はそれぞれ違う。
 いろいろな視点の人によるさまざまな議論の場が必要です。  (転載終わり)

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何を今さら。ビンラディン殺害

 -9・11から間もなく10年。ビンラディン殺害は「一サイクル完結」ということか?-

 9・11同時多発テロ事件の首謀者とされる、国際テロ組織アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者(54)を殺害し遺体を収容したと、米国オバマ大統領が1日朝(日本時間2日午後)テレビで緊急演説しました。

 その後の一連の報道によりますと、米中央情報局(CIA)や米国防総省など情報機関は、2001年の同時テロから約10年にわたる執念の追跡により、昨年8月ビンラディンがパキスタンに潜伏していることを突き止めたということです。
 特にCIAは数年かけてビンラディンが厚い信頼をおく側近を追跡し、身元を割り出し、昨年8月にパキスタンの首都イスラマバードから北方56キロのアボタバードの居場所を特定。CIAは同9月、ビンラディンが側近と共に住んでいる可能性があるとみて情報収集を進め、今年2月中旬、オバマ大統領を含むホワイトハウス指導部は、同容疑者がこの邸宅に潜んでいるとの情報は確度が高いと判断。

 これを受けてオバマ大統領は4月29日朝、米軍特殊部隊による極秘作戦に対する最終命令を出しました。同特殊部隊は、ビンラディンが家族と共に滞在中の同邸宅をヘリコプターで急襲したというものです。
 私のようなへそ曲がりは思います。10年近くもたって、何を今さら。正直『あヽそうなの』ではないでしょうか。

 9・11直後ブッシュ政権は手回し良く、「今回の事件はアルカイダの仕業」と一早く断定し、その首魁として前々から取りざたされていたウサマ・ビンラディンは「容疑者」として国際指名手配されるに至りました。
 報道を額面どおり受け取れば、ビンラディンは地球上隈なく張り巡らされた米軍やCIAなどの稠密な情報網、捜査網を巧みにかいくぐり、するりするりと逃げ延びる比類なき逃亡の名人だったことになります。

 ほんまかいな。それに以前は、アフガニスタンとパキスタンの国境地帯の洞窟や森林地帯を少数のメンバーと転々としていると言われていたのに、今回は一転数年前からパキスタン北部に豪勢な邸宅を構えていた?
 その邸宅は2005年に建築された豪邸で、周囲の家より約8倍も広く、百万ドル(約8100万円)の資産価値があったと言います。そんな大邸宅を建築するとなると、日本ではうるさいほどの建築確認許可申請などの縛りがあります。同国はゆるゆるで、建築主不明で無許可でも簡単に豪邸が建てられるものでしょうか?9・11以降米国と関係が良好な同国政府が、すべての事情を知った上で阿吽の呼吸、見て見ぬふりだったということなのでしょうか?

 最近の偵察衛星は、地球上のあらゆる地域のあらゆる建造物をしらみつぶに調べられ、遥か上空から地上の何十センチの物体まで識別し、必要なら屋内の様子まで探れる優れもののハイテク機器を搭載しているといいます。
 突如数年前に現われたそんな怪しい建物、米情報各機関は何でもっと早くキャッチできなかったのでしょうか?

 そんなこんなが、米国とビンラディンの「出来レース」を物語っているように思われるのです。
 第一その後のアフガン侵攻、イラク侵攻のすべての発端となった「9・11」自体、時のブッシュネオコン政権の自作自演だったことは、今や心ある世界市民の間では定説です。当時はまんまと引っかかり、火の玉の愛国心が燃え上がった米国民ですら、今では米国政府の公式発表を信じているのはわずかに18%程度。後の多くの国民は「政府は真相を隠している」と考えているといいます。
 それもそのはずです。当ブログでも09年9月の『「9・11」とは何だったのか?』や直前の『真実の近現代概略史』シリーズで見ましたように、ブッシュ政権発表はあまりに大きく破綻しすぎているのです。

 9・11の実働部隊はもちろんアルカイダメンバーなどではなく、CIAとモサド(イスラエル秘密情報機関)。しかしウサマ・ビンラディンは、9・11とそれ以降の「対テロ戦争」遂行に当って重要な役割を果たしたことは間違いありません。
 ビンラディンという国際テロ組織の「大悪者」がいなければ、米国はその後のアフガンとイラク侵攻の大義名分を得ることは出来なかったのですから。

 そもそもウサマ・ビンラディンは、サウジアラビアの大富豪のビンラディン一族出身です。そしてビンラディン家とブッシュ家は、父ブッシュ(湾岸戦争時の大統領)以来重要なビジネスパートナーだったのです。
 ウサマだけが特別「反米」に転じたなどということは有り得ません。すべては出来レース。おそらく米国のしかるべき筋から、相当の成功報酬をせしめていたのではないでしょうか?くだんの急襲された豪邸も、その資金で建て、維持していたとすれば納得です。

 「本当に」今回ビンラディンが殺害されたのだとしたら、どうしてなのでしょうか?
 部外者に分かることではありません。そこで面白おかしく考えてみると、ビンラディンが米国筋に更なる報酬を求めたからでしょうか。「もっと出さないと、9・11の真相を(中東のテレビ局)アルジャジーラを使って全世界にバラすぞ」とでもブラフをかけた?

 ビンラディンは「容疑者」にすぎないのです。国際法に則れば、まず身柄の確保、それから被告として裁判手続きを経て刑を確定させるというのがしかるべきあり方です。あのサダム・フセインですら、曲りなりにもそういうプロセスを経ています。
 ビンラディンに限っては、米国にはそうは出来ない特殊事情があったと見るべきです。

 または今年に入って中東民主化運動の動きが急ですが、米国などが裏で糸を引いている可能性がありそうです。民主化運動によって、中東諸国では武力闘争主体のアルカイダへの支持が急速に落ちているといいます。
 つまりこの先の米国の世界戦略からみれば、ビンラディンはもう「用済み」なのです。これまでのご多分にもれず、用済みは厄介にならないうちに早く始末するに限ります。それで今回の殺害に至った。そんな可能性もありそうです。

 (大場光太郎・記)

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リンドバーグメッセージ

 3月30日、『プレアデス-緊急メッセージ』を紹介しました。これはミノリスさんご自身のメッセージと、ミノリスさんがチャネルしたプレアデス存在からの、今回の大震災と福島原発事故に関連したメッセージでした。
 紹介はその1回だけにも関わらず、恐縮なことに、その後ミノリスさんのサイトに当ブログをリストアップしていただきました。

 「チャネリング」は今現在、一種異様で奇異な現象と受け止められがちです。しかしそれは一般の人たちの認識不足というものです。
 例えば天才科学者の偉大な新理論発見、天才発明家の画期的発明、天才音楽家や天才詩人の優れた作品などなど。そのインスピレーションの源泉は、チャネリングによって得られているものなのです。
 人類全体が今より高度なステージに進化すれば、誰もが「チャネラー」となりチャネリングは日常茶飯事、誰もが高度な世界の高度な情報を随時受け取り、自在に活用していけるようになるのです。

 そうなると真っ先に、今のような無税を隠れ蓑にした宗教組織という中間搾取システムは不要になります。それ以外にも政治家先生、評論家先生、大学教授先生、お医者先生、弁護士先生なども大幅不要。今の無駄だらけでがんじがらめの複雑な社会システムはすっきり効率化し、風通しのよい社会に大きく変貌するのは間違いありません。
 今現在邪念、妄執多く、心が曇っているため高度情報をチャネル出来ずに、いいように大マスコミなどの誤情報、偽情報に翻弄されている私たち自身を深く反省すべきです。

 日本がただならぬ状況に追い込まれている今日、ミノリスさんは実にタイムリーなチャネリング情報を公開されています。このような方は稀ですから、今大変貴重なのです。厳しい内容であっても、底流には愛が流れている。それが真正チャネリング情報です。
 当ブログ手詰まりとなった時など、今後とも「ミノリス・チャルリング情報」を取り上げていきたいと思います。
  出典元 『ミノリス Minoris の URGENT MESSAGE』
        http://blog.goo.ne.jp/minoris_2010        
        
 今回は、「翼よ。あれがパリの灯だ !」で有名な、大西洋単独飛行の英雄・リンドバーグからのメッセージです。  (大場光太郎・記)

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「イルミナティの真の正体を光の前に引きずり出してその存在を葬って欲しい」リンドバーグ 2011.4.11 

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リンドバーグ(チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ
メッセージ 2011.4.11
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イルミナティは、古代ユダヤ教を信じる者たちの集まりである。

ユダヤ教は多くの秘儀があり、魔術を使うものたちが多い。

黒い闇の存在である。

君たちは、それらの活動をよく知らない。
彼らのやっている事は、黒魔術といっていいだろう。

魔術というと、今の現代には
通用しないお話の中の世界に思われるだろうが、
実際にはまだそれを使っている者たちはいるのだ。

何も特別な事ではない。
昔はよく使われていたのだが、今は使われていない。

元々人間にはその能力は備わっているのだ。

魔女は現在も存在する。

彼らイルミナティは、魔女や霊能者も取り込んでいる。

現代のテクノロジーの発達したこの世界では、
それらの能力は、オカルトとして
映画や恐怖の対象としてだけが残されている。

彼らは様々な方法で、人々を操っている。

マインドコントロールもそうだが、魔術も使っているのだ。

闇の存在は、光や愛に対して恐れを持っている。

光は闇を打ち消す。

そして光が一番強くなるのは、
愛の力を伴った光だと私は思っている。

イルミナティの真の正体を
光の前に引きずり出し、その存在を葬って欲しい。

もちろん、私も、
神聖なる存在、神、天使、そして宇宙の存在も、
君たちをサポートする。

勇気を出して、どうか立ち上がって欲しい。

彼らの正体をみんなの前に明らかにして欲しい。

そして人々を目覚めさせて欲しい。

小さな目覚めがやがて、大きな目覚めとなる。

目覚めている君たちが、
大勢のマインドコントロールを受けたままになっている
人々の目を覚まさせて欲しい。

今起こっている日本のこの地震は、彼らの全世界への挑戦だ。

日本、世界、地球、宇宙を守る為に、
世界中の目覚めた意識が必要なのだ。  (転載終わり)

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日本の中枢には緑色の蛇が…

 「日本の中枢には緑色の蛇が食らいついている。最早この呪いから逃れる術(すべ)はない。」  (三島由紀夫)

 1970年(昭和45年)夏頃、ある出版社かどこかの企画で、都内の某レストランで三島由紀夫を囲む会食の席が設けられました。
 昼のその会食には、三島由紀夫のほかに何人かが同じテーブルを囲んでいました。会食が進み何かの話の途中、冒頭の三島の発言が飛び出したのです。

 何人かの中に、当時新進の女優として注目され始めた大原麗子(09年8月3日逝去)がいました。それを話している三島のただならぬ様子、仔細には理解できないもののこの発言の奥に隠されているらしい重大な真実…。
 大原麗子は唐突に飛び出した三島の言葉に、すっかり固まってしまったといいます。
 それはそうでしょう。こんな発言は楽しかるべき会食中に言うべきことではありません。

 1970年といえば、戦後日本史の中でも大きな出来事として記憶されている三島事件が起きた年です。同事件は11月25日ですから、この会食はその3、4ヵ月前ということになります。
 万事に緻密だった三島のこと。それよりずっと前からその年の「11月25日」に何事かを決行する計画を立てており、着実に準備を進めていました。
 ちなみに「11月25日」は、作家・三島由紀夫の出世作となった『仮面の告白』を書き始めた日付でもあります。どうしてこの日付にこだわっていたのかは謎ですが、各国語に翻訳されて国際的な評価の高かった若き日のこの作品にまつわる日付を、三島は「決行の日」と決めていたのです。

 とにかく決行の日まで時間がない。書いておくべきことは書き、言っておくべきことは言っておこう。その頃の三島にはそんな想いが強かったに違いありません。
 そこで平生ならば自分が身を置く状況の隅々まで気配りがゆき届く三島にしては、ТPОを弁えない不用意とも取れる発言となったものと思われます。

 問題は、三島由紀夫はこの発言で何を言いたかったのだろうかということです。「日本の中枢に食らいついている“緑色の蛇”」とは何を指すのでしょうか。
 大原麗子ならずとも、同席していた他の誰にも分からなかったことでしょう。いな当時の日本人のほとんどが、その真意を理解し得なかったものと思われます。
 しかし三島自身は、早くからそのことに気がついていたのです。三島由紀夫が30代を過ぎた頃から急速に右傾化し、40代には作家から思想家へと変貌し、特に事件の2年前には「楯の会」を結成するなどしたことと何か関係があるのかもしれません。

 「緑色の蛇」とは、戦後を代表する作家としての三島一流の表現というべきです。
 「蛇」自体、太古から人類の普遍的無意識層にしみこんで、忌み嫌われる生き物の代表格です。それに緑色が加わるとどんな禍々(まがまが)しいことになるのか。三島は一体それにどんな寓意をこめたものなのでしょうか。

 三島由紀夫は評論家の澁澤龍彦と親交がありました。その澁澤龍彦は以前から、西洋の秘密結社や象徴体系に関する著作を著しています。「蛇」という概念は西洋神秘思想にあって極めて重要な象徴です。三島のその言葉には澁澤の著作の影響があったのかもしれません。
 また以前触れたように、三島は昭和30年前半の沼正三の『家畜人ヤプー』、つまり西洋人のご主人様のお言いつけに嬉々として従う“ヤプー”という、戦後日本人総体を戯画化したSF・SM小説を激賞もしています。
 ただその言葉の真意について、その時三島はそれ以上語らなかったようです。よって今となっては、余人の推測の及ぶところではありません。

   三島死してより予言者の不在かな   (拙句)

 今から40年余前のこのエピソードが、今回の『真実の近現代概略史』シリーズ転載中、なぜか思い出されて仕方なかったのです。文学的比喩を取り除けば、三島由紀夫が言いたかったことはつまりはそういうことだったのではないでしょうか。
 ユダヤ勢力というのか、フリーメーンなどの秘密結社というのか、米国従属というのか。戦後特にそれらにがんじがらめに呪縛され、独立国としての体をなしていない「祖国喪失」の危うい日本の姿を、三島は冷徹に見ていたのです。この状況で推移すればこの国にどんな末路が待ち受けているのかも。
 ほとんどの日本人が高度経済成長という毒酒に酔い痴れ、この世の幻想の春を謳歌しているただ中で…。

 「最早この呪いから逃れる術はない」。当時の日本人には気づけずとも、40年以上経過した今日、この言葉の意味するものが多くの国民にも分かってきているはずです。
 ただここまで日本社会を滅茶苦茶にされてしまえば、今いくら心ある人たちがその事を力説してももう打つ手はないのかもしれません。現世界システム自体が根底から覆らない限り、他のどんな対策を講じようとも、戦後日本の根っこに食らいついている、この忌まわしい基本構図は変えようがないのでないかと思われるのです。
 
 (大場光太郎・記)

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