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日本の中枢には緑色の蛇が…

 「日本の中枢には緑色の蛇が食らいついている。最早この呪いから逃れる術(すべ)はない。」  (三島由紀夫)

 1970年(昭和45年)夏頃、ある出版社かどこかの企画で、都内の某レストランで三島由紀夫を囲む会食の席が設けられました。
 昼のその会食には、三島由紀夫のほかに何人かが同じテーブルを囲んでいました。会食が進み何かの話の途中、冒頭の三島の発言が飛び出したのです。

 何人かの中に、当時新進の女優として注目され始めた大原麗子(09年8月3日逝去)がいました。それを話している三島のただならぬ様子、仔細には理解できないもののこの発言の奥に隠されているらしい重大な真実…。
 大原麗子は唐突に飛び出した三島の言葉に、すっかり固まってしまったといいます。
 それはそうでしょう。こんな発言は楽しかるべき会食中に言うべきことではありません。

 1970年といえば、戦後日本史の中でも大きな出来事として記憶されている三島事件が起きた年です。同事件は11月25日ですから、この会食はその3、4ヵ月前ということになります。
 万事に緻密だった三島のこと。それよりずっと前からその年の「11月25日」に何事かを決行する計画を立てており、着実に準備を進めていました。
 ちなみに「11月25日」は、作家・三島由紀夫の出世作となった『仮面の告白』を書き始めた日付でもあります。どうしてこの日付にこだわっていたのかは謎ですが、各国語に翻訳されて国際的な評価の高かった若き日のこの作品にまつわる日付を、三島は「決行の日」と決めていたのです。

 とにかく決行の日まで時間がない。書いておくべきことは書き、言っておくべきことは言っておこう。その頃の三島にはそんな想いが強かったに違いありません。
 そこで平生ならば自分が身を置く状況の隅々まで気配りがゆき届く三島にしては、ТPОを弁えない不用意とも取れる発言となったものと思われます。

 問題は、三島由紀夫はこの発言で何を言いたかったのだろうかということです。「日本の中枢に食らいついている“緑色の蛇”」とは何を指すのでしょうか。
 大原麗子ならずとも、同席していた他の誰にも分からなかったことでしょう。いな当時の日本人のほとんどが、その真意を理解し得なかったものと思われます。
 しかし三島自身は、早くからそのことに気がついていたのです。三島由紀夫が30代を過ぎた頃から急速に右傾化し、40代には作家から思想家へと変貌し、特に事件の2年前には「楯の会」を結成するなどしたことと何か関係があるのかもしれません。

 「緑色の蛇」とは、戦後を代表する作家としての三島一流の表現というべきです。
 「蛇」自体、太古から人類の普遍的無意識層にしみこんで、忌み嫌われる生き物の代表格です。それに緑色が加わるとどんな禍々(まがまが)しいことになるのか。三島は一体それにどんな寓意をこめたものなのでしょうか。

 三島由紀夫は評論家の澁澤龍彦と親交がありました。その澁澤龍彦は以前から、西洋の秘密結社や象徴体系に関する著作を著しています。「蛇」という概念は西洋神秘思想にあって極めて重要な象徴です。三島のその言葉には澁澤の著作の影響があったのかもしれません。
 また以前触れたように、三島は昭和30年前半の沼正三の『家畜人ヤプー』、つまり西洋人のご主人様のお言いつけに嬉々として従う“ヤプー”という、戦後日本人総体を戯画化したSF・SM小説を激賞もしています。
 ただその言葉の真意について、その時三島はそれ以上語らなかったようです。よって今となっては、余人の推測の及ぶところではありません。

   三島死してより予言者の不在かな   (拙句)

 今から40年余前のこのエピソードが、今回の『真実の近現代概略史』シリーズ転載中、なぜか思い出されて仕方なかったのです。文学的比喩を取り除けば、三島由紀夫が言いたかったことはつまりはそういうことだったのではないでしょうか。
 ユダヤ勢力というのか、フリーメーンなどの秘密結社というのか、米国従属というのか。戦後特にそれらにがんじがらめに呪縛され、独立国としての体をなしていない「祖国喪失」の危うい日本の姿を、三島は冷徹に見ていたのです。この状況で推移すればこの国にどんな末路が待ち受けているのかも。
 ほとんどの日本人が高度経済成長という毒酒に酔い痴れ、この世の幻想の春を謳歌しているただ中で…。

 「最早この呪いから逃れる術はない」。当時の日本人には気づけずとも、40年以上経過した今日、この言葉の意味するものが多くの国民にも分かってきているはずです。
 ただここまで日本社会を滅茶苦茶にされてしまえば、今いくら心ある人たちがその事を力説してももう打つ手はないのかもしれません。現世界システム自体が根底から覆らない限り、他のどんな対策を講じようとも、戦後日本の根っこに食らいついている、この忌まわしい基本構図は変えようがないのでないかと思われるのです。
 
 (大場光太郎・記)

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