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「空洞地球」について語る時がきた(8)

実際に空洞内部に入った人々

 私たちの外部世界と空洞内部世界との接点である開口部が、北極と南極にあります。これを通して、外部と内部の海洋は入り混じっていますが、地殻の中心の650km地点に重心があることによって、互いの海水が反対側にこぼれ入るというようなことはありません。
 両開口部は、直径が2,240kmにも及ぶと推定されています。20世紀後半になって米国政府が、両極の開口部に対して悪意の探索を開始しようとしたため、両開口部は電磁的シールドで防御され、現在では進入不可となっています。

 しかしそれ以前、この開口部を通じて空洞内部に入った人たちが存在します。今回はそれをご紹介してみます。

(1)米国海軍バード少将の例

 バード少将は海軍機で、1947年2月に北極の開口から、1956年1月には南極の開口からと、両方から中に入ることに成功しています。そしてそれは驚くことに、れっきとした米国海軍の「軍事ミッション」だったのです。
 ですからバード少将は、スチールカメラと16ミリ映写機で内部世界を撮影し、そのフィルムを持ち帰っています。そのうちの一部は当時映画館で一般公開され、それを観た米国民もいたのです。その証言によりますと、内部世界の風景、マンモスなどの動物が写されていたといいます。
 しかしその後米軍はなぜか、バード少将の探検そのものを丸ごと機密扱いとし、封印してしまったのです。

 北極開口部からのケースを見てみます。
 バード少将は北極基地から飛立ち、北極点を越えて惑星壁に沿って飛行し続けました。すると、なぜか氷も雪もなく、森林や山や湖水、そして動物も生息する温暖な土地の上空を2,700kmにわたって飛行していたのです。
 バードはまるで蜃気楼のような光景を目にします。空洞内には森や川があり、マンモスのような動物が牧草地の上を歩いているではありませんか。温度計は上昇し23℃を示しました。

 バード少将はその後、地下世界で千年以上にわたって存在し続けたという地下世界の代表者とコンタクトしたといいます。地下世界の住人の姿はほとんど人間と似ているものの、地上の人間よりも外観的にも、内面的にも美しいという印象を持ったそうです。
 「地下世界では戦争がなく、新しいエネルギー源を持っており、食糧や光に困ることはない。地下世界の人々は、地上世界の人々と何度かコンタクトを取ろうと試みたものの、すべて拒絶された。もしいつか地上世界の人々が自滅するようなことがあった場合のみ、手を差し伸べることを決め、地上との接触を絶った」(バード夫人談)

 米軍当局はバード少将を厳重な管理下に置き、生涯決してその事を誰にも話さぬよう指示し、バードは不遇のうちにその生涯を閉じたのです。

(2)ノルウェー人のウーラフ・ヤンズンの例

 こちらは、1908年刊『スモーキー・ゴッド』という本として発表されたものです。
 この本は空洞地球について語る場合、必ずといっていいほど引き合いに出される本だということです。タイトル名は、内部世界の中心にある太陽を表現したものだそうです。

 ウーラフ・ヤンズンは父親とともに漁船を操って、噂に聞く「北風の彼方の国」へと冒険に出かけたのです。北へと舵を取るうち巨大な暴風雨に遭遇し、漂流しているうちに、北極点の開口部から内部空洞世界に入ってしまったようです。
 内部海洋でヤンズン親子は巨大な船に出会い、その船に乗っていた巨人と邂逅し、彼らの好意で2年あまりも空洞世界で暮らしたというのです。

 身長3m60cm以上あったという巨人たちは、非常に長寿で、ある種の波動で意思を通じ合っていたといいます。また大気中の電磁気から得た動力で、空飛ぶ円盤(UFO)を自在に操っていることなどが報告されています。
 ヤンズン親子は、内部世界の言葉をある程度習得しました。その言葉は地上における「サンスクリット語」に近いものだったということです。

 そのうち親子は望郷の想いが募り「帰りたい」というと、巨人たちは食糧などを持たせて見送ってくれたそうです。しかし親子は間違えて、今度は南極の開口部から地表へ帰還する羽目になりました。その途中巨大な氷山と衝突し、父親は亡くなります。
 命からがら故郷に帰ったウーラフ・ヤンズンでしたが、自らの体験を話しても誰一人信じてくれる者はおらず、精神異常者として24年間も監禁されてしまったのです。

 ようやく釈放されたヤンズンは、その後一切この秘密を誰にも話すことなく漁師として暮らしました。90歳を越えた晩年、アメリカで知り合った小説家のウィリアム・ジョージ・エマーソンと親しくなり、この話をしたことにより『スモーキー・ゴッド』として記録されることになったのです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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地底都市テロス・空洞地球」カテゴリの記事

コメント

是非この本を読んでください (taro)

最近読んだ「新しい宇宙時代の幕開」1巻、2巻を読んで驚嘆しました。昨年末に出版された本ですが、内容は関係者による証言を元に事実関係が検証されていますので、全てが嘘というわけではありません。しかも翻訳は著名な「ケイ・ミズモリ」氏ですからいい加減な本ではないでしょう。内容で驚いたのは、(全てが驚きの連続だった)500機を所有していたことと、これに関する金星人の技術協力のいきさつと軍事使用を禁止されていたこと。
次にドイツのヒットラーのベルリンの死亡は替え玉で、本人は1947年に空洞地球の中で死んだこと。
空洞地球には数万年住み続けた人類が存在し、しかも
1672年にポルトガル王の依頼でブラジルに渡った数百名のドイツ人が洞窟の中で隠れ住んで、その子孫が数百年後、地球空洞に達した話。そこへ1945年に敗退したドイツ軍数十万人が逃れて空洞に帝国を創造したこと。その時点でドイツは5機の円盤形飛行機を持っていた。
さらに、空洞地球の住人は全世界へ進出し、アメリカの大学教授などとなって生活している。
戦争のほとぼりがさめた1970年代の終わりには、空洞から飛び立った円盤と乗務員が、米国ヨーロッパ、バチカンを訪問し歓待を受けた話し等々。
なお、ヒトラーの葬式には米英からも参列したとのこと。
以上の内容が詳細に亘って書かれている。
これらの出来事を「嘘」というのは容易いが、それは読んでみてからでもいいでしょう。
なお、地球空洞の中へ入ったバードのことに着いても我々が知らない事実がたくさん書かれています。
バードは1回目の飛行を行った後、8機の爆撃機を伴って2回目の飛行をした。それを全機、地底の住人のUFOによって撃ち落とされ、死体はすぐさま米国に返却されたことの詳細まで書かれています。

投稿: taro | 2013年3月 8日 (金) 13時03分

taro様
 貴重な情報、大変ありがとうございます。
 貴文中の「ヒットラー生存説」は、かなり以前から囁かれていましたね。ベルリン陥落直前、(本物の)ヒットラーとナチス首脳はドイツを脱出し南米の秘密基地へと移住した・・・。それがブラジルだったということなのでしょうか。
 また一部情報で、ヒットラーたちはその後空洞地球に入り、そこでナチス第三帝国を完成させたらしいことも承知していました。
 しかし、となると、空洞地球に張り巡らされているというテロスを初めとした「アガルタネットワーク」との関係はどうなるのか?空洞内でも「善と悪の戦い」が続いているのだろうか?
 いずれ、お奨めの書読んでみたいと思います。

投稿: 時遊人 | 2013年3月 8日 (金) 19時48分

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