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夢の八訓

    夢のある人は希望がある
    希望のある人は目標がある
    目標のある人は計画がある
    計画のある人は行動がある
    行動のある人は実績がある
    実績のある人は反省がある
    反省のある人は進歩がある
    進歩のある人は夢がある


 最近ひょんな事で知ったのですが、上掲の一文を『夢の八訓』(『夢七訓』と言われることもある)と言うのだそうです。
 これを編み出したのは、吉田貞雄という人です。「吉田貞雄?」。当ブログを定期訪問されている方は、何となく聞き覚えのある名前かもしれません。

 そうなのです。今年2月の【読者とのやりとり】でご紹介しました、私の出身中学(山形県南陽市立宮内中学校)の先輩と同姓同名です。

 同記事は、吉田様からのコメントにより、私が郷里町でお世話になっていた宮内町立母子寮の敷地は、戦後間もなくまで日本信号(株)の宮内工場があったこと、それが昭和22年の大火災によって焼失し、我が母子寮は直後その跡地に建てられたものだったことなどをご紹介しました。

 当然ながら私は、今回この吉田貞雄『夢の八訓』に初めて接して、『もしかして、吉田先輩?』と思いました。早速気になって、ネットでいろいろ調べてみました。その結果、吉田先輩と同姓同名の別人であることが分かりました。

 この作者の吉田貞雄氏とは、1940年兵庫県生まれ。関西大学卒業後流通業界で名を馳せ、後に流通評論家として知られた人だったようです。「だった」と過去形なのは、1999年にお亡くなりになられた人だからです。
 そうするとこの『夢の八訓』は、流通評論家・吉田貞雄氏の“遺訓”ということになります。実際この遺訓を現在でも座右の銘にしている人は、全国にけっこうおられるようです。

 出身中学校の先輩・吉田貞雄様とのご縁から、今回『夢の八訓』を知ることができました。私はこれを、最近座右の書にしている『思考は現実化する』(田中孝顕訳、騎虎書房刊)の余白に書き込み、折りに触れて目を通すようにしています。
 ナポレオン・ヒル原著(原題『THINK & GROW RICH』)のこの著書については、既に『成功哲学の詩』(今年1月)などで触れました。

 同書については、さらにまた改めて述べる機会もあろうかと思いますが、この『夢の八訓』は、「夢 = 願望」と置き換えてみれば、
「願望の設定は、あらゆるものの達成の出発点である」
というナポレオン・ヒルの「成功哲学」と、見事にリンクしているようです。

  夢 → 希望 → 目標 → 計画 → 行動 → 実績 → 反省 → 進歩 → 夢
という「夢のサイクル」が一循環して、また「夢」の振り出しに戻ってきます。
 しかしこのサイクルが一巡した後の「夢」は、最初のものとは違っているはずです。おそらく「夢のスケール」が、一段も二段も大きくなっているはずなのです。

 このステップをうまずたゆまず一歩ずつ着実に実践していける人は、本当に素晴らしいと思います。「夢」から「さらなる大きな夢」へ、確実にステップアップしていける人だからです。こうして善循環のサイクルに乗って、どんどん「真の自己実現」に近づいていける人なのではないでしょうか?

 3・11大震災の発生により、日本は大地震、大津波、福島第一原発事故と大三重苦に見舞われました。「天災か、闇の勢力の仕業か」は別として、日本国民総体の「夢」が、いっぺんにペシャンコに潰されたような形です。しかしこれも以前取り上げましたが、

  「幻(ビジョン)無き国民(くにたみ)は滅びる」 (旧約聖書)

 この先の国家ビジョンも復興ビジョンも何一つ明確に示せない菅“最大不幸”政権のもと、私たちはともすればこの国の暗い、悲観的な未来を想いがちです。しかしそれでは、「思考は現実化する」の法則により、この国の未来が暗澹たるものになるのは確実です。

 確かに国家と国民は直結するところがあります。しかし国民は、明確な国家ビジョンを提示できない無能国家から独立して存在することも十分可能です。いな今後は、今のような政治システムが徐々に不要となる社会に進化していきます。
 前出の旧約箴言でも、主体は国家ではなく「国民」であることに留意すべきです。「明るい将来ビジョン」を想い描くのは、あくまでも国民一人一人であるということです。

 この際私たちは、「明るい夢(願望)からすべては始まる」ということを再確認したいものです。

 (大場光太郎・記)

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