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2011年6月

谷崎潤一郎『陰翳礼讃』

 物皆が強い陽射しにさらされる真夏。そこでは「陰(かげ)」もまた際立ってきます。そのことを示すように、俳句歳時記では「日陰」「片陰」「五月闇(さつきやみ)」「木下闇(こしたやみ)」「緑陰」などはすべて夏の季語であるのです。
 夏の強い陽射しの下でこそ「陰」「闇」は強調される。古えの日本人はそれをよく認識していたことの表われです。

 この季節、我が家の本棚の隅で眠っていた一冊の文庫本を取り出してみました。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』です。中公文庫中の一冊ですが、奥付を見ますと「1990年10月20日20版」となっており、この間の歳月の侵食によって同書の紙の一枚一枚が薄茶色に変色してしまっています。

 この書の解説を記した吉行淳之介は、とうに鬼籍に入ってしまいました。
 この名著、おそらく当座はすぐにでも読了するつもりで求めたのです。一つのテーマ毎に区切られた一文は3、4ページほどと決して長くはないものの、いざ文章が始まってみると、まったく改行なしで延々と続くのです。見開きのページ全体が活字で隈なく埋め尽くされているといった按配です。当今の改行、行空けだらけのスカスカの本を読み慣れた身には、見るだけで頭がクラクラしてきそうです。

 そこで当時確か書き出しの2、3ページ読んだだけで嫌気がさし、『またそのうち時間のある時に…』とそそくさと同書を閉じたのでした。「またとお化けは出たためしがない」とは、ずい分前仕事上で聞いた話ですが、本の場合特にそうです。
 時に手にとってパラパラめくり拾い読みの繰り返し、気がついたら20余年もの歳月が流れていたというわけです。

 それがこの度は「ブログ記事として同書の感想文でも」という事情もあり、全体で50ページ弱と長くはないものの甚だ読みずらい同書を読み始めました。
 しかし肚を決めて読んでみると、最初こそ抵抗があったものの、意外とすらすら読み進められました。そして何よりさすが昭和の大文豪の谷崎の名文、その筆力にいつしかぐいぐい惹きつけられて『次はどんな事が述べられるんだろう』という期待感も募り、あっという間に読み終えることができました。

 まず全体的な印象としては、これは「陰翳」というテーマに的を絞った「優れた文明批評の書」だということです。私は最近の批評家たちの文章など滅多に読みませんからうかつなことは言えませんが、現在並み居る批評家の中で、谷崎潤一郎のこの書に勝る文章を書ける者がいるのだろうか、まずいないのではないだろうかと思われるほど深みのある内容なのです。

 読み進めるうちに、『何でもっと早く読んでおかなかったんだろう』と心底思いました。良書の条件の一つは「もう一度読んでみたくなる本」だそうです。谷崎のこの書は、味わい深い名文章で、もう一度どころか折りに触れて何度でも噛みしめて味読したくなります。

 『陰翳礼讃』は、「経済往来」という雑誌の昭和8年12月号、9年1月号の連載が初出のようです。それなのに、同書の中には「電気ストーヴ」「瓦斯(がす)」「ヒーター」などが出てきます。一部富裕層が主だったとしても、当時既に平成の今日とさして変わらない欧米式の生活様式が顕われていたことがうかがわれます。
 そのような容赦なく近代化しつつある都市生活の中で、日本文化が連綿と維持してきた、そこかしこにあった奥深い「陰翳」が次々に失われつつある。谷崎はその事に言いようのない愛惜の念を以って綴っているのです。

 漆器や和紙や蒔絵、羊羹(ようかん)などの手工芸品に見られる陰翳の襞(ひだ)。陰を嫌うようなのっぺり屋根の洋館に比すに、日本古来の伝統的な木造建築の家毎陰で包み込むような長庇(ながびさし)。障子、床の間、掛け軸、表具に透かし見られる陰翳の綾、奥座敷の底深い陰翳。照明を極力抑えた、歌舞伎の女形や能や人形浄瑠璃の微妙な陰翳が醸し出す美。果ては昔の女性の鉄漿(おはぐろ)や、日本人と西洋人の「肌の白さの違い」にまで考察が及んでいます。
 優れた作家というものは、ここまで一つ一つの事物を微細に観察出来るものなのかと驚嘆するばかりです。

 こう述べても何ですから、「百聞は一読に如かず」というもので、導入部にほど近い「厠(かわや)」について述べた一文を、最後にそのまま引用してみます。皆様も機会がおありでしたら『陰翳礼讃』をじっくりお読みください。現代の日本人が闇雲に“明るさ”だけを追い求め、結果いかに古き良き伝統美としての「陰翳」を失ってしまったか、認識を新たにされるに違いありません。
                      *

 私は、京都や奈良の寺院へ行って、昔風の、うすぐらい、そうしてしかも掃除の行き届いた厠へ案内される毎に、つくづく日本建築の有難みを感じる。茶の間もいヽにはいヽけれども、日本の厠は実に精神が安まるように出来ている。それらは必ず母屋(おもや)から離れて、青葉の匂(におい)や苔の匂のして来るような植え込みの蔭に設けてあり、廊下を伝わって行くのであるが、そのうすぐらい光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、または窓外の庭のけしきを眺める気持は、何とも云えない。漱石先生は毎朝便通に行かれることを一つの楽しみに数えられ、それは寧ろ(むしろ)生理的快感であると云われたそうだが、その快感を味わう上にも、閑寂な壁と、清楚な木目に囲まれて、眼に青空の色を見ることの出来る日本の厠ほど、格好な場所はあるまい。そうしてそれには、繰り返して云うが、或る程度の薄暗さと、徹底的に清廉であることと、蚊の呻り(うなり)さえ耳につくような静かさとが、必須の条件なのである。私はそう云う厠にあって、しとしとと降る雨の音を聴くのを好む。殊に関東の厠には、床に細長い掃き出し窓がついているので、軒端や木の葉からしたヽり落ちる点滴が、石燈籠の根を洗い飛び石の苔を湿(うる)おしつヽ土に沁み入るしめやかな音を、ひとしお身に近く聴くことが出来る。まことに厠は虫の音によく、鳥の声によく、月夜にもまたふさわしく、四季おりおりの物のあわれを味わうのに最も適した場所であって、おそらく古来の俳人は此処(ここ)から無数の題材を得ているのであろう。されば日本の建築の中で、一番風流に出来ているのは厠であるとも云えなくはない。総てのものを詩化してしまう我等の祖先は、住宅中で何処(どこ)よりも不潔であるべき場所を、却って、雅致のある場所に変え、花鳥風月と結び付けて、なつかしい連想の中へ包むようにした。 (以下省略)

 (大場光太郎・記)

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ニビル、アブラハム、ユダヤ→ウラニウム(3)

紀元前2024年に起きた「核戦争」とは?

 本シリーズ冒頭で、「紀元前2024年に(古代)核戦争が起っていた」と述べました。アルシオネの女性賢者・サティアがそう伝えているのです。紀元前2024年は、今から約4000年前ということになりますが、それではこの時期何が起こったのか、実際の歴史と照らし合わせて見ていきたいと思います。
 聖書通の方なら既にピンときているかもしれません。ご明察。この時期は、旧約聖書によれば「ソドムとゴモラの滅亡」があった時期なのです。そこに至る経緯を『創世記』の記述をもとに簡単にみていきましょう。

 ユダヤ民族の始祖・アブラハムは既に、ニビル都市であるカルデラのウルからカナンにやってきています。ネケブ地方一帯を襲った大飢饉により、一時エジプトに妻のサライと共に避難しましたが、この時期はカナンに戻ってきていました。
 そしてアブラハム一族は金銀財宝を蓄え富裕になっていました。族長のアブラハムは、その事が一族間の争いの元になることを見越して、親戚(甥)のロトに別々の土地に別れ住むことを提案します。その結果、アブラハムはヨルダン川西岸地区に、ロトはヨルダンの低地にと互いに住み分けることになりました。
 今回問題となる史上悪名高い「ソドムとゴモラ」は、このうちロトが移り住んだヨルダン低地にあった町々です。

 ソドムとゴモラの2つの町の住人たちは、モラルを逸脱する悪徳行為を繰り返して止めようとしないため、神の怒りに触れることになります。神は二人のみ使い(天使)を遣わして、ソドムの住民たちの道徳的頽廃がどの程度か調査させることにしました。
 神の命を受けた二人の天使がソドムに来てみますと、なるほどソドムの町の住人たちは、病める者、貧しき者を助けることなく、色欲に耽り、性別問わぬ強姦などありとあらゆる悪徳行為が行われているのを目の当たりにしたのです。

 神は彼らを滅ぼすに先立ち、ソドムで唯一の善人であるロトとその家族だけは助けることにします。そこで天使たちは、一刻も早くソドムの町から脱出すること、そして低地に留まらずに山中に逃げること。また山中に入っても、いかなる事態が起っても決して後ろを振り返って見ないことなどを警告します。
 しかしロトの妻だけはその警告を聞かず、脱出途中後ろを振り返ったため“塩の柱”に変えられてしまったのです。

 ジョン・マーティン作「ソドムとゴモラ」

 
 「主は硫黄(いおう)と火を主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民とその地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。」  (日本聖書協会版『創世記』第19章24節より)

 上記のように、神の大破壊は、ヨルダン低地一帯をぺんぺん草も生えないほど根こそぎにする凄まじいものだったのです。
 旧約聖書のみならず「メソポタミア古文書」にも同様の記述があります。それによれば“7つの恐怖の武器”が放たれるや否や目もくらむような閃光が四方八方に飛散し、すべてのものが燃え尽くされた。そして閃光は“災いの雲”を生み出し、災いの雲は空に向かってぐんぐん立ち上っていったと記されています。
 もうここまでくると、この描写は明らかに核爆発、きのこ雲のイメージそのものではないでしょうか。

 今日でも死海周辺ではテクタイトと呼ばれる黒い岩石が多数散在していることが知られています。この「テクタイト」は、超高温時に溶けた岩石が急激に冷えて出来るガラス状の物質で、その物質があるということは、過去にその地で超高温が発生した事実を物語っているわけです。
 そしてそのような超高温状態になるには、彗星の衝突か核融合による高熱以外考えられないのです。火山爆発程度では決して出来るものではありません。
 その上最近も、死海周辺で紀元前2千年頃の都市の遺跡が発見され、それはある時まで繁栄していたのが突如消失し、それ以降その場所は荒廃を続け、決して元に戻らなかったことが見てとれます。

 以上のことから聖書に記されているソドムとゴモラの滅亡は、ヨルダン低地、死海周辺で核爆発が実際起っていたことを示しているのは明らかなのではないでしょうか。そしてそれにはアブラハムがウルから運び出したウラニウムが使われた可能性が高いのです。その頃アヌは、先端的な核技術を有していたということです。
 旧約ではソドム&ゴモラは「淫行の町」とカモフラージュされ、後代の文学や絵画などの格好の題材になってきました。が実際は、別の事情が隠されているのでないかと考えられるのです。そのことを暗示するように、サティアは「核戦争」と明確に指摘しています。

 既に見てきましたように、神とは「アヌンナキ」を指すのでした。その核使用にアブラハムが一枚噛んでいたのは確実でしょう。
 おそらくヨルダン低地の町々は、ロトによってもたらされた「ニビル支配」に抵抗し、遂には戦争にまで発展したのです。武器や戦闘で数段劣ってもソドム&ゴモラのゲリラ的抵抗にほとほと手を焼いたアブラハムやロトのニビル軍は、米国の広島・長崎への原爆投下のように最終的に核を使わざるを得なかったのです。
 その結果死海は今のように生命のない広大な死の湖となり、かつて緑豊かだったヨルダン低地一帯は岩肌だらけの不毛の大地と化し、私たち人類の祖先はその時飛び出した「2次元の元素の苦痛」を感じ過ぎることになったのです。  (以下次回につづく)

 (注記)本記事は、『神々の核兵器 ~ソドムとゴモラの町に何が起こったのか~』サイトを参考、引用してまとめました。http://members3.jcom.home.ne.jp/dandy2/works/works_14_2_a.html   

 (大場光太郎・記)

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誰も見たくない菅流ホラー劇場

 -おぞましい三流菅ホラー劇場。「真夏の夜の悪夢」で済めばいいけれど…-

 「東日本大震災の復興対策本部設置」にかこつけた、「菅の菅による菅のための」閣僚人事が27日決まりました。復興担当相に決まった松本龍防災担当相が環境相との兼務を固辞し、新たに原発担当相を設けたこともあり、玉突き的な人事手直しが必要となりました。

 結果新規の原発担当相には細野豪志総理補佐官を起用。代わって蓮舫行政刷新相が新総理補佐官に就任しました。これによって行政刷新相には、枝野幸男官房長官の兼務となりました。
 松本新復興担当相が兼務を固辞した環境相は江田五月法相が兼務。蓮舫と並ぶ総理補佐官に、副総理格での入閣要請を断わった亀井静香国民新党代表が就きました。

 今回「奇策」だったのは、自民党の浜田和幸参院議員を引っこ抜いて総務政務官に就任させたことです。これは元から政界に人脈なく、総理就任後決定的に人望を失った菅直人発案ではもちろんなく、亀井静香と昔の「参院のドン」村上正邦元参院議員会長つながりによる工作だったようです。
 亀井、村上両氏の思惑が那辺にあるのか、複数の自民党参院議員に極秘で接触し、離党を働きかけていたといいます。その結果、自民党幹部が「前からポストにつられやすい人だったからね」という1年生議員の浜田1匹だけを辛うじて釣り上げた格好です。

 最近本当に何の思惑からか“にわか菅シンパ”に変身した亀井静香は、早期退陣論突破のために大幅改造を進言したといいます。それには小沢一郎元代表や同グループの入閣しかなく、狭量の菅直人の出来る芸当ではなく、結局仲間内のたらい回しでいくしかなかったのでしょう。
 亀井という御仁はさすが「政界寝業師」です。今回の一件で私個人の“亀井株”は相当下落しました。今後総理補佐官としてしょっちゅう官邸に出入りしては、菅延命のための助言をせっせとしていく算段なのでしょう。

 26日夜「岡田幹事長を慰労する会」と称して都内料理店に、岡田克也幹事長、輿石東参院議員会長、枝野幸男官房長官、仙谷由人代表代行、玄葉光一郎政調会長、安住淳国対委員長6人が、菅首相を外す形で集結。その席で6人は、2次補正案と特例公債法案の成立、再生エネルギー法案の採決をめどに菅退陣を求めていくことを一致して確認し合ったとのことです。
 輿石氏はその前日の25日宇都宮市で記者会見し、「次の(民主党)代表にバトンタッチするための“バトンゾーン”が(延長分の)プロセスという意味だ。それをはみ出すとリレー自体失格だ」と踏み込んだ発言をしています。

 党幹部の発言は一応の筋論としても、その前に「全員辞職のつもりで首相早期退陣を迫っていく」と言っていた“発言責任”はどうなったの?全員留任のままの慰労会?そんなんだからペテン師の菅に心底を見透かされて、するりするりと延命されてしまうわけです。
 6幹部のプランでは8月のお盆前には退陣の条件が整い、お盆過ぎには党代表選を行い新代表選出の運びとなりそうです。それはしょせん絵に描いたモチ、とにかくやることなすこと期待外れな幹部連中、およそ当てにはなりません。

 6幹部束になっての「今会期中退陣論」を、菅直人はまったく意に介していないようです。それが証拠に今回の閣僚人事を受けて、見たくもない疫病神の悪相を国民にさらして久しぶりに記者会見し、菅首相は自らの退陣時期について「2011年度第2次補正予算案の成立、再生エネルギー特別措置法案、特例公債法案の成立が、一つのめどになると考えている」と述べています。
 再生エネルギー特措法案をめぐって、6幹部の「採決」に対して菅は「成立」と大きな違いを見せているのです。

 やはり菅首相が突然言い出した、再生エネルギー法案の扱いが今後の大きな鍵になるようです。さすがは延命嗅覚の鋭いペテン師のこと、これが延命にとって絶好の切り札になることを見抜いていたものなのでしょう。
 記者会見の中で、同法案に関して「野党の協力が得られない場合、衆議院の解散・総選挙に踏み切る考えはあるか」の記者の質問に、「何としても私の内閣の責任で成立させたいと考えている」と言ってのけ、解散の可能性を否定しなかったのです。

 浜田和幸参院議員の引き抜きで、手を突っ込まれた格好の自民党幹部らは、当然のことながらカンカンに怒っており、今後の国会運営に影響が出るのは必至です。民主党幹部も「今以上に国会運営を大変困難なものにする」と頭を抱えるほどです。
 しかしこれはペテン師菅の思う壺ではないでしょうか?自民党に反発させ与党幹部を困らせてしまえば、各法案の審議はなかなか前に進まなくなります。菅直人にとってあっさり各法案を成立されては、退陣時期がそれだけ早まるわけですから。

 仮に国会が二進も三進もいかなくなれば、その時はドイツのメルケル首相に続けとばかりに、8月6日の原爆忌あたりに脱原発を宣言して「脱原発解散」に打って出る。そうすれば世界中がオレに注目してくれる。勝利できればこの先4年間も政権を維持できる。仮に100議席減らしても第一党は死守でき、メンツが立つ形で勇退できる。何より憎っくき小沢グループを壊滅できるし、ウッシッシッ…。
 そんな狂人的夢想が働いているのかもしれません。

 (大場光太郎・記)

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洞庭湖と鄱陽湖

-嘆かわしいことに、中国の二大名湖が三峡ダムの悪影響を受けているという-

 最近阿修羅掲示板に、以下の興味深い記事が投稿されました。

『フクシマに似ている「三峡ダム」問題 地滑り・土砂崩れが4719か所で発生 河は魚を失い、漁師はゴミをさらう』
日経ビジネス オンライントップ>アジア・国際>中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス
フクシマに似ている「三峡ダム」問題
反対封じのツケ噴出、ポスト巨大ダムの行方はいかに
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/428.html

 同文はジャーナリストの福島香織氏の優れたレポートです。同女史はかつて中国の大学に留学し、何年か前三峡ダムも訪問した中国通であるだけに、総額230億ドルかけて建設されたという、世界最大級という重力コンクリート式の水力発電同ダムの抱える問題の深刻さをよく認識させられます。
 今年は特に4月、5月の周辺5省を襲った大旱魃、一転6月の集中豪雨被害によって、あらためて三峡ダムが問題視され、温家宝首相も「同ダムには問題がある」と中国政府首脳として初めて認め、中国全体で議論となっているというのです。

 詳細は同レポートをお読みいただくとして、その中で王井泉氏という専門家の次の指摘がありました。
 「三峡ダムはもともと旱魃に対応するよう設計されていない。」「三峡ダムの設計時、建設後の生態環境へのマイナス影響については、確かに十分には考慮されていなかった。三峡ダムは洞庭湖や鄱陽湖の水位に影響を与えているだろう」
 王氏の指摘の中で私がにわかに興味を覚えたのは、「洞庭湖や鄱陽湖の水位に影響を与えているだろう」というくだりです。

 ご存知の方もおありでしょうが、両湖は中国史上名高い「名湖」なのです。このような歴史的名湖にまでダメージを及ぼしているというのですから、万里の長城以来の国家プロジェクトという三峡ダム問題の深刻さがうかがわれようというものです。
 ここからは三峡ダムから離れて、この二大名湖について述べてみたいと思います。

洞庭湖

 洞庭湖(どうていこ)は湖北省北東部にある淡水湖で、中国の淡水湖としては次に述べる鄱陽湖(はようこ)に次いで2番目に大きな湖です。全体的に浅く、長江と連なっており、「湖北省」「湖南省」の省名はこの湖の北と南にあることからつけられたものです。

 洞庭湖一帯は風光明媚の地として知られ、この地から古来幾多の歴史と文学が生まれてきました。例えばドラゴンボートによるレースは、この湖の東岸で始まったとされています。
  汨羅(べきら)の淵に波騒ぎ 巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ   (『昭和青年の歌』より)
 その由来は、洞庭湖に流入する川である汨羅江(べきらこう)に入水自殺した戦国時代の憂国の詩人・屈原(くつげん)の遺体を探し出そうとしたことにあるとされています。

 また唐の時代には、李白、杜甫、孟浩然といった盛唐を代表する詩人たちが、その風光を名詩として残すなど、古来文人墨客が訪れたことでも有名です。
 李白と杜甫による同湖の詩は、いずれ『名詩・名訳詩』で取り上げるとして、今回は孟浩然の詩を紹介してみます。

   八月湖水平   八月 湖水は平らかに
   涵虚混太清   虚を涵(ひた)して太清(たいせい)に混ず
   気蒸雲夢澤   気は蒸す 雲夢(うんぼう)の沢
   波撼岳陽城   波は撼(ゆる)がす 岳陽城 
   欲済無舟楫   済(わた)らんと欲するも舟楫無く
   端居恥聖明   端居して聖明に恥ず
   座観垂釣者   座(そぞろ)に釣を垂るる者を観て
   徒有羨魚情   徒らに魚を羨むの情あり

 いやあ、今回原詩と訓読みを一字一字組み立ててみて、この詩の良さを再発見しました。この詩もいつか機会をみて取り上げてみたいと思います。

鄱陽湖

 鄱陽湖は江西省北部、長江南岸にある湖です。先ほど触れましたように中国最大の淡水湖です。
 洞庭湖が「文の湖」とすれば、鄱陽湖は「武の湖」ということができます。

 そもそも「鄱陽湖(はようこ)」と聞いて『あっ、三国志だ !』とピンときた人は、かなりの三国志通です。そうなのです。中国史上名高い「赤壁の戦い」の直前まで、この鄱陽湖で周瑜(しゅうゆ)は呉水軍の水練に余念がなかったのです。
 西暦208年百万と豪語する魏の曹操の大軍が南征してきた時、呉は荊州の劉備軍と連合し、周瑜を大都督(総指揮官)として魏軍を迎え撃ち、赤壁で魏軍を壊滅させる大勝利を得たのです。赤壁は鄱陽湖と洞庭湖の長江に沿って「への字」にくねった中間より洞庭湖に寄った所に位置する長江の古戦場です。(この戦いに至るもう少し詳しい経緯は、『レットクリフ&三国志』シリーズで述べました。)

 「武の湖」としての鄱陽湖の面目は、三国時代で終わるものではありません。
 遥か時代が下った元(げん)代末期、今度は鄱陽湖自体を舞台とする大会戦が起ったのです。後に明(みん)を建国した朱元璋(しゅげんしょう)と、大漢国王を僭称していた陳友諒との「鄱陽湖の戦い」です。

 元々は盗賊とさほど変わらなかった朱元璋の軍は1355年、南下して長江を越えたあたりから急速に勢力を拡大していきました。そして1363年、陳友諒軍と最後の大決戦となったのが鄱陽湖の戦いでした。
 “赤塗り”の陳友諒軍は巨艦数百艘、兵員60万と号する大軍です。方や“白塗り”の朱元璋軍の船団は、小型船中心で兵員20万。規模からして陳軍の方が断然優位に立っていました。しかし朱軍の圧倒的劣勢を補ったのが、朱軍の智謀です。

 陳友諒軍の船団は、巨艦を集めて艦と艦を鎖で繋いで陣としていました。朱元璋軍はそこに狙いを定めたのです。即ち「火計」です。朱軍は苦しい戦いを強いられていましたが、戦いの3日目にわかに東南の風が吹いたのを幸い、小回りのきく小型船による決死隊の火船7艘を陳軍に突っ込ませ火を放ちます。折りからの強風で陳軍の鎖連結艦隊は大炎上。「煙焔天に漲り、湖水悉く赤なり」という地獄絵図と化したのです。
 この戦いで陳友諒は戦死し、ここに朱元璋軍は大勝利したのです。その後1368年、朱元璋は中国を統一して明を建国、初代皇帝となりました。

 ところでこの鄱陽湖の戦いでの「巨艦連結」「火攻め」「東南の風」、どこかで記憶にないでしょうか?そうです、赤壁の戦いと瓜二つなのです。
 実は『三国志演義』をまとめた羅貫中が、この戦いを赤壁大戦での「連環の計」「火計」にそのまま借用したのです。羅貫中が借用したのがもう一つあります。朱元璋の帷幕には劉基(りゅうき)という名参謀(明国初期の名政治家)がいました。鄱陽湖の戦いでの「火攻め」は劉基の建策で、羅貫中はこの劉基のイメージから、神算鬼謀の名軍師・諸葛孔明像を作り出したのです。

 (注記)本記事は、フリー百科事典『ウィキペディア』を参考にしてまとめました。

 (大場光太郎・記)

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アネモネ

                  ベン

  心をゆすぶるものー、お前、アネモネよ、
  大地は冷たい、無だ、
  そこでお前の花冠は
  信仰の、光のひとことをつぶやく。

  力のみが栄える
  善意なき大地に、
  お前のつつましい花は
  ひっそりと播(ま)かれたのだ。

  心をゆすぶるものー、お前、アネモネよ、
  お前は信仰を、光を担っている、
  その信仰をやがて夏が冠として
  大きな花々から編み上げるのだ。

              (浅井真男 訳)
 
… * …… * …… * …… * …… * …
《私の鑑賞ノート》
 ゴットフリート・ベン 1886年~1956年。ドイツ西プロイセンの牧師の子。医師になり、二度の大戦に軍医をつとめた。社会生活に絶望し、ニヒリズムに直面して知的に詩作している。リルケ以後のドイツ最高の詩人と見られている。 (『世界青春詩集』より)

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          アネモネ
   
 我が青春時代の愛読詩集、『世界青春詩集』に収録されていた一詩です。当時気に入り何度も読み返しました。
 今とは社会の状況が違っていたとは言え、修羅闘諍のこの世界、「力のみが栄える 善意なき大地」という状況は、たとえ時代がどう移り変わろうとそう変わるものではありません。
 いな高度経済成長が唸りを上げて本格的に離陸しつつあった当時(昭和40年代半ば)は、「力こそすべて」とする「力への信仰」は、今より凄まじかったと断言できます。

 「力の時代」はそれに見合った力をしっかり身につけ、そのシステムに巻かれていく以外勝ち残るすべはありません。これが西欧式の産業革命以来特に強まった傾向です。繊細な魂を有するベンは、このような非人間的な殺伐とした社会に絶望したのです。
 
 結果詩人はこの詩で、「力」とは対極に「アネモネ」をそれと対峙させています。
 アネモネのような果敢(はか)ない花こそが、「信仰」そして「善意」の象徴だと詩人は讃えるのです。それだから時の「力ある者」たちは、信仰や善意を嘲り笑うわけです。

 しかしイエスは山上の垂訓で、「野の花を見よ。装うことも紡ぐこともしない。…かつてのソロモン王の栄華とて、この花の一つだにも勝りはしなかった」と説きました。この喩えのように、騙し絵のようなこの現し世(うつしよ)の価値観がどうであれ、「真実の世界」ではか弱きアネモネが、善意なき力に勝っているというのです。

 詩人はアネモネを通して、真実をしっかり観照しているとみることができます。

 「善意なき大地」は、20余年前のバブル崩壊、十数年前の阪神淡路大震災、そしてこの度の東日本大震災を経て、少しずつ「善意ある大地」に変わりつつあります。その意味でこれらの痛ましい大きな災難、災害は、私たち日本人への「目覚め」の役割を担う出来事だったと言えます。

 目覚めの究極的意味とは「霊的覚醒」ということです。それには無限と言ってもいい階梯があります。試金石となるのは、「野の花(アネモネ)」を「ソロモン王の栄華」より尊いものとする価値観へ転換出来るか否かです。

 私たち日本人は、とうの昔からそういう価値観を持っていたではありませんか。
 何の屁理屈も要りません。日々生かされていることに真素直に感謝し、お天道様に感謝し、時々に出会う人、生き物、一木一草にも思いやりをもって優しく接する。先ずは、日本人が古来から培ってきた素朴な信仰心に還ればいいだけです。

 (大場光太郎・記)

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ニビル、アブラハム、ユダヤ→ウラニウム(2)

放射性物質と地球人の共生関係。またなぜカナンの地が選ばれたのか

 アブラハムはウラニウムという「放射能の箱」をウルからどこに運んでいったのでしょうか。これは言うまでもなく旧約聖書や歴史書によって明らかにされています。そうです。“神”の約束の地「蜜の流るる土地」、中東の「カナンの地」へと運んでいったのです。
 「カナン」は後々旧約・新約を通して、ヘブライ聖書の主な舞台となっていきます。ヨルダン川西岸の地で、カナンとは古代の呼び名で現在ではパレスチナと呼ばれています。『創世記』によれば、この時アブラハムは75歳でした。

 この情報を伝えてきたサティアは、アブラハムがカナンに運んでいったウラニウムを「アヌ爆弾」と呼んでいます。このアヌ爆弾がカナンのどこに納められたのか。サティアは明らかにしていませんが、推察するに間違いなく後に「エルサレム神殿」と呼ばれることになる場所だったことでしょう。
 とにかくアヌ(アヌンナキ)は、このウラニウムを使って神殿に配置し、地球上に新しいレベルでの「二ビル支配」を始めるのが大目的だったのです。そこで選ばれたのが、カナンの地だったということです。この地が選ばれたのにはわけがあります。

 この地域はかつて深い大洋の下にあたり、海底の地中の高温マントルに近接していました。それが紀元前1万800年の地軸逆転に伴い、大陸移動と地殻変動によって海底から浮上したのです。
 これは今から約1万2千年前ということになり、レムリア、アトランティス両文明が相次いで海中に没したとされる時期とピタッと符合することになります。
 アヌにとってこの地は、強力なエネルギーを非常に深く、かつ致命的な形で配置できる場所だったのです。

 意外ですが肝心なことを述べます。アヌ爆弾であるウラニウムの放射性同位元素が変換という形で分解するプロセスと、人間の「感情体」(アストラルボディ)が“カルマ”を通じて分解するプロセスには共生関係があるといいます。両者の共生関係のため、プレアデス人は冗談で「アヌカルマ」と呼んだりしているそうです。
 サティアいわく。「いまわたしは、この共生関係を理解しようとがんばっています。それがあなたがたにとって、変換のプロセスを意識的におこなう能力につながる道だと確信しているからです。放射性物質の変換は、人間の感情体のワークと深く結びついていることがわかります。」

 ともかく。アヌは、ウラニウムを地球上で最も効果的な場所に配置したのです。アブラハムの使命は、アヌの力をアヌ神殿に配置して、私たち人類の祖先の感情体をコントロールできるようにすることでした。
 つまりアヌは単純に地球を支配したかったのです。彼こそは二ビルの「偉大な父神」であり、地球は彼のために選ばれた3次元の領土だったのです。3600年という楕円の超長周期を有するニビルの軌道が太陽系に入り、ニビルの宇宙船が地球に着陸した時や、神殿のテクノロジーを使って監視する時、アヌはただ人間を利用したのです。
 またウラニウムを使えば、「マヤ暦の終わり」つまり今この時に、アヌが太陽系から遠く離れた時でも、監視できることをアヌは知っていたのです。

 ウラニウムは、人間の体内にアヌの計画と共鳴する波動を保っているのです。そして「プルトニウム」はプレアデスの26000年周期と最も近く共振する不安定元素であるため、地球上にプルトニウムがあるのは、プレアデス人全員にとっても致命傷だといいます。

 ここで「プレアデスの26000年周期」は、私たち地球人にとっても決して無縁な話ではありません。いな決定的な影響を持っているのです。というのも、西洋では古来「プレアデスの七人娘」と言い習わされてきましたが、実は我が太陽は「プレアデスの八番目の娘」であるからです。我が地球を含む太陽系は「プレアデスファミリー」であり、400光年先のプレアデスの中心星「アルシオネ」を26000年かけて一巡しているのです。
 つまり太陽系は26000年(1プラトン年)かけて見かけ上「黄道十二宮」(一宮あたり約2160年)を一巡しますが、実際はその年数でアルシオネを一巡しているのです。

 重要な話なので、ついわき道に逸れてしまいました。
 紀元前3600年頃アヌは、ニビルの軌道が太陽系を離れている間人間の成熟と発展のようすを監視し、影響を及ぼすための装置として、ウラニウムをシュメール都市ウルの地中の大変深い場所に埋めたのです。
 それを1600年後、アブラハムが最重要ボルティックスである(後の)エルサレム神殿に届けた、それによって「ユダヤ教」というそれを偽装するための新宗教が生まれたというわけです。

 紀元前3600年に神殿/都市文化が初めて形成されました。それまで田園生活を送っていた人々が突然都市に集まってきました。彼らの感情体は新しい形で刺激され、それらの各都市がアブラハムが登場する紀元前2000年頃までに武装要塞化していきました。
 ウラニウムが防御の姿勢を誘発し、武装要塞都市を造らせたのです。しかしこれは人類の発達にとって必要なプロセスだったのです。人類がより高い波動に達するために、その段階を経なればならなかったということです。
 裏を返せばそれほどまで、アヌンナキ(後の“ヤハウェ”)という父神の自我やアイディンティティが、地球人類の成長と発達に深く関わっているということを示すものでもあります。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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菅モンスター化の一因はマスコミと小泉にあり

-辞めるべき菅が平然と居直る。狂った政治状況を作り出した両者を糾弾する-

 菅直人総理は、岡田克也幹事長ら党執行部の早期退陣要請をまたも退け、70日という国会会期延長を引き出させ、まんまと延命に成功しました。
 6月2日、国内はおろか世界中に菅総理の退陣表明が発表されたにも関わらず、そんなことにはお構いなくいつまでも総理のイスにしがみつく魂胆なのです。これは、日本憲政史上前代未聞の異常事態と言わざるを得ません。
 このようなおよそ有り得ざる事態に立ち至ったそもそもの主要因は、菅直人という人間の極めて特異なキャラクターにあることは言うまでもありません。

 しかしよく考えてみれば、仮にもし日本の政治システムが正常に機能していたならどうだったでしょうか。精神を病んでいると精神病理専門家に指摘されている菅総理と言えども、ここまで居直ることが出来たでしょうか。
 先ず第一、菅直人という異常者を選出すること自体なかったのではないでしょうか。一方で「総理大臣として適格かどうかは、実際その者が総理に就いてみないと分からない」とも言われます。だとすれば、菅直人のような不適格者を選任してしまう場合もなきにしもあらずです。しかし政治システムが正常に機能していれば、その者が不適格と判断された段階で、早々とこれを排除する政治的メカニズムが作動するはずです。

 しかし今回の菅総理を巡る一連の退陣騒動では、いかなる排除システムも機能不全だったわけです。最早万策尽き、菅直人という狂人総理は制御不能に近い段階に立ち至っているように思われます。
 今回またも首をつなげた菅総理は、当人に辞める意思など毛頭ない以上、この先70日はおろかその先何ヶ月、何年も菅政権が存続する可能性があるということです。見たくない三流ホラー映画のような悪夢が延々と続くのです。
 延命のため“にわか脱原発論者”にまたも転向した菅は、いざとなったら「原発、イエスかノーか」のワンイシューで「原発解散」すらやりかねません。
 
 これが高度経済成長期の上げ潮期や平時だったら、少々の凡宰相でも狂人総理でも何とか切り抜けられたかもしれません。しかし今この時は非常時です。ましてや3・11大震災と福島第一原発事故によって、この国はまさに存亡の危機に直面しています。
 かかる大国難に当って菅総理では対処不可能であることは、国会議員、有識者ならずとも多くの国民がはっきり分かってきています。しかし誰も菅総理を退陣させることが出来ない。総理大臣という強大な権力を得たことによって、権力亡者の菅直人がモンスター化していることの現われです。

 ここまで菅直人をモンスター化させてしまったのは、政治システムが健全に機能しなくなったことに加えて、マスコミの責任が大きいと思われるのです。
 菅総理はどうやら、野党代表時国会論戦で激しくやり合った小泉純一郎元総理を密かに政権延命の手本にしているフシがあります。小泉政権下の構造改革、小泉・竹中の新自由主義路線によって、「格差社会」に象徴されるように、この国の根っこからガタガタにされてしまいました。

 この小泉偽改革を一貫して持ち上げてきたのが、新聞・テレビという大マスコミです。小泉元総理は、「公約を破っても大したことではない」とか、年金不正受給問題では「人生いろいろ」などと大放言するようなモラル破壊者でした。
 小泉は慶応大学留年中、婦女暴行を働いた犯罪歴を有しています。古参の横須賀市議なら知らない者はいないといいます。そもそも総理不適格者である小泉の過去などとうの昔に知っていながら、大マスコミはそれらの暗い過去を一切報道しなかったのです。
 大マスコミの持ち上げにより、小泉政権は国民の高支持率を得5年有余の長期政権たり得たのです。また例の「郵政選挙」では、各マスコミはこぞって「郵政民営化は必要だ」の大キャンペーンを張り、国民を「一億総霊がかり」の狂乱状態に誘導したのです。

 日本列島の隅々まで害毒を及ぼした小泉偽改革について、大マスコミはその後きちんと検証したでしょうか。今に至るもやっていません。おそらく新聞・テレビは、小泉構造改革によって生じた巨大利権を共有していたのだと思われます。
 「平成の無責任男」の小泉純一郎によって、この国の政治は「何でも有り」のケジメのつかない様相になってしまったのです。それが今日の不毛で歪んだ政治状況に直結しています。小泉的政治手法の弊害について鋭いメスを入れることなく、野放しにしたマスコミの罪はとてつもなく大きいのです。
 そしてこの小泉流の悪しき手法を、菅直人という希代のペテン師が右倣えしているのです。

 米国、官僚機構、財界などと共に旧体制に属するマスコミは、明治政府以来の悪しき官僚支配を根本から改めようとした、小沢一郎がこの国のトップになることを徹底的に嫌いました。小沢主導政治によって、マスコミ自身の旧悪が暴かれ、諸マスコミ改革断行によって甘い汁を吸えなくなるからです。
 それを回避するために、検察と官報複合体を形成して、西松建設事件、陸山会事件という冤罪事件を、「政治とカネ」という造語まで作って小沢潰しの大キャンペーンを執拗に繰り広げたのです。

 国民に絶大な影響力を及ぼすマスコミは、とうの昔に時の権力に対するチェック機能を放棄しています。のみならず、今次の菅政権のように自分たちの利権代表としての政権誕生、存続に導くためにありとあらゆる世論誘導をしています。恐ろしいことに、まるで戦時中のような大政翼賛的な御用新聞・御用テレビに堕してしまっているのです。
 この国の諸システムは何から何まで劣化し、腐りきっています。かかる亡国的状況の上に、菅直人という狂人総理が官邸を不法占拠し続けているのです。嗚呼、危ういかな現日本 !

 (大場光太郎・記)

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ペテン師菅の延命を許すな

 -ウンザリ・ゲンナリの会期延長騒動。23日付「読売新聞社説」を転載します-

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110623-OYT1T00113.htm?from=y10

国会会期延長 首相延命策には付き合えない(6月23日付・読売社説)

 「最小不幸社会」を目指したはずなのに、「宰相」による不幸社会に陥ってしまっている。

 菅首相は、自らの延命によって政治空白が長引くことを自覚し、早急に首相の職を辞すべきだ。新しい体制を築く以外に政治再生への道はない。

 通常国会の70日間の会期延長が決まった。民主党の提示した延長幅が、90日→120日→50日→70日と迷走した揚げ句だった。

 何のための延長なのか、首相退陣はどう絡むのか。それが明確ではないことの証左でもある。

 首相と民主党の岡田幹事長は、特例公債法案の成立や「新たな体制」下での第3次補正予算案の検討などを記した合意案をまとめ、自民、公明両党に提示した。だが、両党は「首相退陣時期があいまいだ」などとして、拒否した。

 この間のゴタゴタは、何も決められず、物事を動かせない菅政権を象徴しているかのようだ。

 首相は、消費税率引き上げや、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加などの重要政策を掲げながら、具体的な成果を上げていない。実現への道筋や手立て、落とし所を考えず、場当たり的な言動を繰り返してきたためだろう。

 電力会社に自然エネルギー買い取りを義務づける再生可能エネルギー特別措置法案の成立にこだわり始めたのも、その一つだ。

 法案は震災当日の午前中に閣議決定されており、震災対策関連ではない。経済界には、買い取り価格の上乗せで電力料金が値上がりし、日本企業の国際競争力が失われかねないとの懸念もある。

 賛否が分かれる法案をあえて持ち出したこと自体、延命策と見られても仕方がなかろう。

 政府・与党は、消費税率引き上げを柱とする「社会保障と税の一体改革案」に対する民主党内の反発を抑えられず、決定をズルズルと先送りしている。「政治生命を懸ける」と言明した菅首相が、自ら事態打開に動く気配はない。

 求心力を失った首相が居座る限り、官僚機構は動こうとせず、与党でさえまとまらない。

 非常時の今、貴重な国会日程を浪費してはなるまい。

 延長国会で与野党は、赤字国債の発行を可能にする特例公債法案をはじめ、二重ローン対策や原発賠償策を盛り込んだ第2次補正予算案の成立など最低限必要な政策の実現を急がねばならない。

 本格的な復興対策となる第3次補正予算案は財源論議から逃げられない。新首相の下、新たな政治体制で編成するのが筋である。

(2011年6月23日01時21分  読売新聞)

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街夏至祭の装いに

   輝きて街夏至祭の装いに   (拙句)

 本日6月22日は、ただ単に梅雨晴れ間と言うもはばかられる、大快晴の暑い一日となりました。きのうもそうでしたが、ここにきてそれまでの鬱陶しい梅雨空を一気に晴らすような輝くばかりの真夏の一日です。

 郊外に位置する我が居住地は、比較的緑豊かな街並みと言えます。昼日中(ひるひなか)大きな通りを逸れて、住宅地内の道路を歩いてみました。今まさに中天にある夏の陽に、家の庭々の木々の緑は輝くばかりです。一葉一葉が艶々と生気を帯びて見る者に迫ってきます。
 案に違わず郊外と言えども家々がびっしり立て込んでいるのに、方々から小鳥のさえずりがしきりに聞かれます。小鳥に感情と言うものがあるのかどうか、仔細には分からないものの、それは耳に心地良く、まるできょうの佳き日の讃歌のようです。

 少しの空き地がありでもすると、一面夏草がびっしり繁茂しており、中に淡いビンクの花の一群れ、強いオレンジの花の点在、遅咲きのたんぽぽの二、三輪などが認められます。人工的に手入れされた花壇には及ばないものの、自然が巧まずして織りなしたちょっとしたお花畑の趣きです。
 紫陽花(あじさい)はこんもりと、時ならぬ陽に当って、赤紫にまた青紫に物憂げに咲いています。空き地の隅の方に二、三本潅木があり、その下は立派な木下闇、仄暗い根本辺りには可憐な紫露草がひっそりと咲いていたりします。その緑陰の向こうには、大輪の白百合が引き立って見えています。

 住宅地の道に沿って北から南へと流下する古びた開渠の、その堀底を伝って流れる水も夏の水の勢い。それまでの雨で幾分水かさを増し、陽にキラキラ光りながら、まるで生あるもののように躍りながら流れています。

 街並みを時折り、心地良い風が肌を掠めて通り過ぎていきます。過日は、
   六月を綺麗な風の吹くことよ
という正岡子規の名句を取り上げました。その中で私は「六月の綺麗な風」とは、梅雨入り前の六月初旬の初夏の風こそふさわしい、と述べました。しかし本日の風光に直に接してみて改めたい気持ちになりました。
 「六月の綺麗な風」は、梅雨晴れ間のちょうどきょうのような風にこそふさわしいのでは、と思い当ったのです。

 大喀血(明治22年5月)をみた直後だったらしい正岡子規が、六月の何日頃の風について詠んだものか、正確には分かりません。しかし、
 「(じとじとと長梅雨が続いた)六月を(なのにきょうに限ってはすっかり晴れ渡り、ことのほか)綺麗な風の吹くことよ」と感じ入って詠んだのかもしれないのです。むしろその方が真実に迫っていると言えるのかしれません。
 と言うことで、先日の『六月を綺麗な風の』は、あとで以上のことを踏まえて書き直しておきます。

 ところで今年の6月22日は「夏至」にあたります。夏至は二十四節気中の一つで、言うまでないことながら北半球では一年中で一番昼が長く夜が短い日です。以前度々引用しました江戸時代の『暦便覧』には、「陽熱至極しまた日の長きの至りなるを以ってなり」と記されています。
 春分、夏至、秋分、冬至の四大節気は、通常より地上にエネルギー(高次の光)が大量に注がれるといいます。特に夏至と冬至。この日の夜の静かなひと時は、独り端座して瞑想し、祈り、沈思黙考するのに最適だそうです。

 街並みを歩きながら、「夏至祭」という言葉がしきりに想い浮かびました。この季語、「歳時記・夏」中の例句でもたまに見かけることがあります。
 しかし我が国で夏至に因んだ習俗はあるとしても、夏至祭という洒落たお祭りの伝統はないようです。これはどうやら北欧の祝祭であるようです。夏が短いかの地では「夏至祭」を盛大に祝う。何となく分かる気がします。
 普段見慣れたわが街。きょうばかりは、輝く陽の光の中の街並みにシャレたお祭を冠したくなり、冒頭の句を作りました。

 (大場光太郎・記)

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二ビル、アブラハム、ユダヤ→ウラニウム(1)

ユダヤ民族の始祖・アブラハムから始まる、「ウラニウム事始め」

 今回は“掟破りの書”『プレアデス 銀河の夜明け』から、今問題の原子力発電所の核燃料の原料である「ウラニウム(ウラン)」に関する、驚愕の情報をご紹介します。この情報をチャネラーである著者、バーバラ・ハンド・クロウ女史に伝えてきたのは、プレアデスの中心星・アルシオネの中央図書館で、女神性を体現しているというサティアという存在です。
 私は同著の情報にほぼ同調しているため、皆様からみれば奇異な内容でも、以下断定口調で述べていきますのでご了承ください。

 「フクシマ」によって我が日本はおろか世界中が、原子力・核・原発の脅威に直面しています。これは現代特有の問題と思われがちですが、この書の伝えるところ、既に古代において「核戦争」が起きていたのです。それもアトランティスなどという夢物語のような超太古文明でではなく、紀元前2024年(つまり今からほぼ4千年前)のことだというのです。
 そしてその引き金を引いたのが、ユダヤ民族の始祖とされる「アブラハム」なのです。

 この4千年前の核爆発によって、2次元の元素形態が彼らの領域から飛び出し、その結果私たちの祖先は元素の苦痛をあまりにも強く感じたのです。そこでそれから注意を逸らす目的で編纂されたのが、ヘブライ聖書(旧約聖書)だったのです。
 同聖書の中で“ヤハウェ”は復讐する火の神として描かれ、この大いなる事実否定をおさめるための神殿と宗教が築かれました。まさしくエルサレム神殿やバチカンなどキリスト教の各教会は、この否定を保持するシステムに他ならないのです。

 こうして時代を経るごとに否定は積み重ねられていき、人間の体内にはそれを保っておくためのインプラント(埋め込み)が存在し、ちょうど原子炉のように肉体から感情の廃棄物を吐き出しています。

 人間は意識的、無意識的に“ヤハウェ”に対して、とても不安な気持ちを抱いています。中には“彼”こそが張本人ではないかと直感している人もいます。この隠された際どい思考形態が、現在人類の中に非常に深く刻み込まれた終末論的思考プロセスとして具現化しているのです。
 これは人間の現実の最も危険な傾向であり、「父なる神」への強迫観念を手放しさえすれば、終末論的思考の毒を除去することができるのです。
 そこで「アブラハムの物語」です。

 今から約5千年前の紀元前30世紀頃、ユーフラテス川流域に古代シュメール文明が栄えていました。シュメール都市「ウル」(メソポタミア南部カルデア地方-現在のイラク南部)は、二ビルによって支配されていました。
 「二ビル」とは、元々はシリウスBの軌道を廻っていた巨大惑星で、今から40万年ほど前その軌道から外れ、我が太陽系の軌道に入り込んできた惑星です。
 二ビルは楕円形の超長周期を有しながら、3600年に一度地球に大接近してくる惑星です。そのため現代天文学でもその存在を把握できていないのです。

 当時ニビル人はシュメール人と呼ばれ、シュメールは(今のバチカンのように)「アヌンナキ = 後のヤハウェ」を頂点とする神権政治でした。さてここでアブラハムの登場です。
 サティアが時空を超えて透視するところ、シュメール都市・ウルから派遣されたアブラハムが<「光り輝く元素を入れた箱」を運んでいくのが見えるといいます。彼はそれが大変危険な元素で、大きな怖れを生むことを知っているので、慎重に守っています。この箱は、後に出エジプト時、モーセが十戒などを納めて運んだとされる「契約の箱」の原型とも言うべきものです。

 この元素はウルの地中深くから掘り出されましたが、ニビル人たちが埋めておいたものでした。よく聞いてください。したがって「ウル」こそが、「ウラニウム」(ur-anium)の語源なのです。
 ウルは、放射線を保管するためにアヌ(アヌンナキ)が選んだ、ニビル人(シュメール人)の首都だったのです。

 サティアは言います。「この種の言葉にどれほど深遠なコード化がなされているか、そろそろ気づいてください。人間の創造性の中枢コントロールセンターがある場所は頭蓋骨、つまり「クラニウム」(cr-anium)です。あなたがたの世界の制限も、潜在的創造性も、すべて言語のなかにちゃんと存在しているのです。5次元のわたしが見るとあなたがたの盲目ぶりは傑作ですが、命取りになるかもしれないので笑ってばかりもいられません。」  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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お笑い・菅直人

-菅は四の五の条件などつけられる分際か。いますぐ退陣でも遅いくらいだ-

 岡田克也幹事長ら民主党執行部との話し合いで20日、菅直人首相が公債発行特例法案と2011年度第2次補正予算案の成立を条件にした退陣を表明する方向で調整に入ったとのことです。
 これには2次補正成立が見込まれる7月中旬の退陣が念頭にあるわけです。しかし菅首相は再生エネルギー特別措置法案成立も条件だと言い張っており、執行部との間で最終的な折り合いがついていません。

 そもそも6月2日の、不信任案可決を巡っての鳩山由紀夫前首相と菅との話し合いでは、2次補正成立云々もなかった話で、とにかく6月退陣の約束だったはずです。まあ百歩譲って2次補正成立の7月中旬まで。
 再生エネルギー法案なるものは、菅お得意の延命のためににわかに言い出したもの。岡田ら執行部は、こんな条件はスパッと拒否すべきです。第一自民党をはじめとした野党も、そこまでは呑めないことでしょう。

 とにかく菅直人の言い分を呑んだが最後、延命は限りなし。気がついたら、1年、2年はおろか5年、10年平気の平左で続けちゃいそうです。
 あの“偽黄門”渡部恒三さえ、「オラたちゃ、とにかく小沢を代表にしちゃいけないというんで、みんな菅に入れたんだけっとよぉ。本当にひでえのにやらせちゃったなぁ」とぼやくことしきりです。だから言わんこっちゃない、ではないでしょうか?
 菅直人には一刻も早く官邸を去ってもらうことです。さもないと日本は本当に、菅に引導されて、地獄の一丁目に魔ッ逆さまに急降下です。

 話は変わって。先日急に菅直人の生年を知る必要があり、見たくはないものの「ウィキペディア」で最小限調べました。そそくさと同ウィキを閉じたところ、グーグル検索トップ面でその直ぐ下に、以下のような笑っちゃう「パロディ・菅直人」を見つけました。
 菅が辞めるまでは、こういうお笑いネタを見つけては愚弄し続けましょう。

出典:へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』 http://ansaikuropedia.org/wiki/%E8%8F%85%E7%9B%B4%E4%BA%BA
                       *

管直人

 (大丈夫、本当の項目名は菅直人だから。君は間違っていないよ。)

「学ばず思わざれば則ち菅」
菅直人 について、孔子
「菅直人は腹を切って死ぬべきである。
また、菅直人はただ死んで終わるものではない。
唯一神又吉イエスが菅直人を地獄の火の中に投げ込むものである。」
菅直人 について、又吉イエス
「仮面夫婦」
菅直人 について、菅夫妻について大西秀明
「ふざけんなよぉ~!また(東電をかばった)原発の話なんだろ?どうせ…(事実はもう知ってるよ)」
菅直人 について、フジテレビ男性社員
「(被災地を無視して政局ばっかなミンスに)笑えてきた」
菅直人 について、フジテレビ女性社員
「殺風景な男」
菅直人 について、震災避難民
「彼を知りて己を知れば、戦う毎(たび)に必ず殆(あやう)し。彼を知らずして己を知れば、戦う毎に必ず滅ぶ」
菅直人 について、孫子
「こんなカン捨てるなよ!!」
菅直人 について、ゴミ箱
「辞めぬなら 殺してしまえ 菅直人」
菅直人 について、織田信長
「辞めぬなら 殺してみせよう 菅直人」
菅直人 について、豊臣秀吉
「辞めぬなら 死ぬまで罵倒 菅直人」
菅直人 について、徳川家康
「つまらぬ小細工だ! 管には分からんのか国民の心が!」
菅直人 について、前田慶次
「私はねえ自分自身を客観的に見ることが出来るんです。貴方と違うんです。」
菅直人 について、福田康夫
船員に告ぐ!今すぐそのから降りなさい!あなたたちの船長の頭はすっから菅ですよ!」
菅直人 について、海上保安官
・・・!?気違いの面してるなぁ、元からだけど。
マークをよく見ると・・・
菅先生
あの頃はかいわれだけ食べてればよかった
中国政府協力のもと、仙谷官房長官とタイタニックごっこ

 直人菅(韓) 直人(칸 나오토、日本名 かん ちょくと、昭和21年(1946年)10月10日 - )は、日本のカイワレの一気食いで有名なはげ頭。お笑いグループ民主党の代表であり(代表自体は、鳩ぽっぽ岩手の壊し屋と何度か交代しているが)、日本を代表するコメディアンである。副業として政治家衆議院議員葬儀大臣(第94代)、ペテン師をやっている。 元カイワレ大臣(第74代)。イラ管空き缶(中身のない政策ばかりするので)、卑劣缶バ菅すっから管など、複数の別名がある。特技は 管から眠へ。選挙活動の一環として菅ビールを発売していたが現存する菅ビールは希少であり入手が困難なため一部の人の間では高値で取引されている。

「菅」の字を苗字に頂いていることからも分かる通り、遣唐使を廃止したかの雷神様の末裔であり、それゆえ宗主国様からは文字通りの夷敵として忌避されている。ネットウヨからも、自分が擦り寄っている中国様からも叩かれている、ある意味可哀想な人だが、社会は自己責任ということで片付けている。鳩左ブレの後継として総理大臣に就任し、沢山の爆弾を抱え込んだ。だが、そのうちの1つも導火線を消火できることなく、むしろ油を注ぐばかりで発狂するのも秒読みに入っている、とウィキリークスに暴露された。  (転載終わり)

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平成のトリックスター・ホリエモン収監へ

 -本日のホリエモン収監に至るもようを、「msn産経ニュース」から転載します-
     
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 ホリエモンこと堀江貴文ライブドア元社長

堀江元社長、モヒカンスタイルで収監 「ちょっと生き急ぎすぎた」 ネット中継も

 
 ニッポン放送株買収から6年余り。ライブドア(現LDH)の粉飾決算事件で実刑が確定した堀江貴文元社長(38)が20日午後、収監された。午後1時すぎに東京高検に入った堀江元社長だが、髪型はモヒカンスタイルで、Tシャツには「GO TO JAIL(刑務所に行け)」の文字。約53億円を粉飾した“時代の寵児”は、懲役に服する直前までその挑発的な姿勢を崩さなかった。

 堀江元社長は20日未明、の短文投稿サイト「ツイッター」と自身のブログで同日午後1時の出頭を予告。会見場所に指定した東京高検近くの東京弁護士会館前には、午前11時ごろからカメラを抱えた報道陣が集結。“堀江ファン”の野次馬も姿も現し、群衆は約400人にふくれあがった。

 また、動画サイト「ニコニコ動画」が、六本木ヒルズの自宅を黒いワンボックスカーで出発する堀江元社長の姿を中継。刑に服するために出頭する堀江元社長の様子を密着するなど、インターネットは祭り状態となった。

 予定より約20分が過ぎた午後0時50分ごろ、ワンボックスカーから「収監行ってきます」と書かれたプラカードを先導に堀江元社長が降り立った。Tシャツには、「GO TO JAIL」の文字の他、「山一証券」「日本長期信用銀行」など過去に粉飾決算事件で摘発された企業名も列挙されていた。

 額の汗が首元に垂れるなか、堀江元社長は「今から東京高検に出頭して約2年半、刑務所でお務めをして参ります。中で本を読んだりとかして一度人生をリセットして帰ってきたいと思います」と今後の決意を述べたあと、「(ライブドア事件で)株主の方には迷惑をかけて大変申し訳なく思っています」と謝罪した。

 また「私が信頼しているスタッフを通じ、獄中から(思いや考えを)外に少しずつ発信していきたい」と語った後、これまでの人生を振り返り「ちょっと生き急ぎすぎた。自分を見つめ直したい」と反省の弁を述べた。

 頭髪のモヒカンスタイルに質問が及ぶと「中に入ったら坊主姿になる。仲間と飲んでいるときに思いついた。一日限定の思い出づくりだ」。釈放後の日本社会については「人の足を引っ張ることは止め、もっと風通しのよいおおらかな世の中であってほしい」と求めた。

 会見後は再び報道陣のカメラに囲まれながら東京高検まで徒歩で移動。庁舎前で支援者とみられる男性から本などが入った袋を受け取ると、職員に付き添われながら無言で庁内へと姿を消した。  (転載終わり)

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「プロメテウスの火」と原子力

 -原子力発電は片輪な「火力文明」の究極の魔姿。全廃以外に方途はない-

 当弱小ブログでも、時たま異変が起ることがあります。6月17日(金)はそういう異変の日でした。昼過ぎ業務上の所用のため外出し、帰宅したのは夜の7時過ぎでした。雑事を済ませてから当ブログを開き、真っ先にその日の空白時間中のアクセス状況をチェックしました。

 3・11東日本大震災、福島第一原発事故の状況が逼迫して伝えられていた3月中旬から4月上旬にかけて、当ブログでも関連記事を中心に公開したこともあり、その間アクセスが急増しました。
 3・11以前はユニークアクセス数(純訪問者数)が、1日あたり300人前後だったものが一気に500人超となり、3日連続で1000人超というようなことも珍しくありませんでした。
 しかし事態が落ち着きを取り戻した(と政府発表やマスコミ報道で言われ出した)4月中旬以降は徐々に落ち着いていき、最近は1日500人前後で推移しています。3・11によって、結局1日あたり200人くらいの新規読者が得られたというわけです。

 ところがこの日は、夜7時台の段階で既に650人以上の訪問者数を記録していたのです。経験則として、こういう時ははっきりした原因があります。その原因とは決まって、かつて記事にした内容に関する人物や出来事などをその時のテレビで取り上げているケースです。
 例えばここ1、2ヶ月の例では、『絶品 ! 草刈民代ヌード』(昨年4月)『ルシア自身が語る「ファティマ第3の予言」』(今年5月)があります。ある日のある時間帯から「草刈民代ヌード」「ファティマ第3の予言」などでの検索フレーズによるアクセスが集中し出すのです。
 当該番組を確認せずとも、こういう現象はテレビ以外考えられないわけです。

 今回は(あくまでも当ブログ基準で)上の2つの例とは桁外れの訪問者だったのです。アクセス推移をたどってみますと、どうやら午前11時55分頃からスタートしているようです。その頃から「プロメテウスの火」という検索フレーズでの、昨年10月『プロメテウスの火』記事へのアクセスが急増していたのです。
 ちょうどその時間は、各民放テレビの昼のワイドショーの時間帯です。コメンテーターか誰かが、福島原発事故に関連して「プロメテウスの火」に言及したものなのでしょうか?

 ピークは12時、13時台で、当ブログでは滅多にないことに、1時間あたり100人超訪問者が連続していました。結局この日は、同記事だけのアクセスで350人以上ありました。ちなみに直前1ヵ月間の同記事へのアクセスは30余人(1日1人余)だったことをみても、いかに突出しているかお分かりいただけるものと思います。まさに「テレビの威力恐るべし」です。
                       *
 拙文『プロメテウスの火』は、ギリシャ神話中最大の知恵者であるプロメテウスが、天上から火を盗み出して人類に与えた物語なのでした。プロメテウスという文化英雄のおかげで、「火」はその後の人類の文明にとって欠かすことのできないものとなったというのです。いな人類の歴史とは、「火力文明」そのものと言っても過言ではないのです。
 そしてその究極として「原子力」「核」があるわけです。

   樹木一本 作れるマッチは一万本
   マッチ一本 燃える樹木は一万本
 ヨーロッパには、森林火災防止用のこんな標語があるそうです。これは「火力文明」の本質、また危うさを端的に表わしています。

 「火」「火力」「原子力」などは、大変便利な文明の利器であると同時に、一旦何らかの事故の発生によって、大火災、大爆発、原発事故などを引き起こし、全焼失、制御不可能になるまで暴走してしまうという危険性をはらんでいるわけです。
 「火」は諸刃の剣なのです。火は、水のように氷、水、水蒸気などという明確な循環システムが把握されていません。それゆえ現人類にとって、「危険な火遊び」という成句ではないけれど、火はしばしばコントロール不可能な暴走装置になってしまうのです。

 今回の福島第一原発がいい例です。3ヶ月過ぎた現在、放射生物質を大量かつ広範囲に空中、地上、海中にばらまいた末、なお収束の目途すら立たない状況です。原子力を「隠された火」と捉えれば、原子力はまさに火力文明の最先端に位置するものといえます。
 ここである人の一文を紹介した『福島原発に愛と感謝を』の、私の前説を再掲載します。

- 過去1万1000年のあいだに地表に放出された不安定な元素は、土の次元(2次元)の周波数に戻し、そこで地球の中心とあらためて調和できるようにしなければなりません。光の時代においては、諸元素は土の故郷に帰らねばならないのです。放射線と化学物質を変換し、諸元素をもとの世界に戻す方法をみつけなければならないことを、あなたがたはフォトン(注 光子)の助けによって悟るでしょう。地球の表面が光に浸るとき、それらの元素は地球内部のゆたかな闇を切望します。 (太陽出版刊『プレアデス 銀河の夜明け』より)

 もう大規模開発という名の環境破壊も、石油や鉱物資源などの母なるガイアからの大規模資源搾取もしてはなりません。私たちは今回の原発事故をよき教訓として、新しい文明へのシフトを模索すべきなのではないでしょうか。
 もちろん日本各地はおろか世界中の原発は徐々に廃止の方向にもっていき、ウランやプルトニウムなどはそっと元の地中に戻してあげなければなりません。そうしないと、今回回避できた大惨事が現実のものとなってしまいかねません。 (転載終わり)

 「天上の火」は、一旦天上へお返しして。あらためて、次なる新地球で生きるための新たな「火水(秘密)の仕組み」を、謙虚な姿勢でいただき直さなればならないのではないでしょうか?

 (大場光太郎・記)

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執行部、菅首相退陣要請へ

 -仙谷一派が、奥の手を出してきた?さて菅はどうする。退陣or居直り?-

民主党執行部、首相に退陣要請へ 公債法案成立に道筋

民主党執行部は18日、2011年度予算の執行に不可欠な公債発行特例法案成立に道筋をつけるため、菅直人首相に早期退陣を要請していく方針を固めた。岡田克也幹事長や仙谷由人代表代行(官房副長官)、玄葉光一郎政調会長(国家戦略担当相)、輿石東参院議員会長らは19日に協議、意思統一した上で、早期の退陣を決断するよう説得する構えだ。

 これに対し、首相は18日、視察先の千葉県浦安市で、8月中旬以降の提出が想定される2011年度第3次補正予算案の具体策に言及。当面、続投する姿勢を崩していない。民主党執行部の一部では首相が応じない場合、党役職を辞任して退陣を促す案も浮上している。

 『47NEWS』 http://www.47news.jp/CN/201106/CN2011061801000597.html

                       *
 
 政権がこんな最終局面になったら、通常の首相は即刻辞任でしょう。過去の歴代首相のケースでは、間違いなくそうなっています。いな、ごくごく身近な幹部たちからこんなみっともない退陣要請がなされる以前に、とっくに自らの身を処しているはずです。

 しかし「菅首相は異常な人なのです」との政治評論家の伊藤惇夫氏の指摘どおり、こと菅直人に限っては、「あい分かった」と素直に聞き入れるタマとも思えません。国会などの場では臆面もなくイケシャアシャアと、政界曲芸師のような延命策を次々に言い放っています。またここに来て急に週末ともなれば、被災地の“瓦礫の山”見回りパフォーマンスなどを繰り出しています。

 止せばいいものを何をトチ狂ったか、国民新党の亀井静香代表が、菅直人の延命に乗っかろうとしています。大連立などとなったら、弱小の国民新党は埋没するという焦り、また新内閣では復興担当相に就任しようという魂胆からなのでしょうか。いずれにせよ、四面楚歌の菅首相にとっては思わぬ強力な援軍と言うべきです。
 その亀井代表、菅首相に「小沢氏を取り込んだ形での内閣改造」を助言しています。これに対して菅首相がどういう結論を出すのか、それを受けて肝心の小沢元代表がどう動くのか。

 今回の退陣要請は、亀井代表への対抗策なのでしょうか。いずれにしても仙谷由人、岡田克也、玄葉光一郎ら執行部が退陣要請しても、これが菅早期退陣の決定打となるかどうかは不明です。ただ頑なに辞任を拒む菅首相に対して、いざとなったら執行部総辞任も辞さないというのですから、かなり強力な奥の手とは言えます。
 それにこの動きに、実力長老の輿石東参院議員会長が一枚噛んでいることもポイントです。輿石氏は言わずと知れた小沢氏に近い人物です。今回の執行部の動きに、小沢元代表もゴーサインを出しているということなのでしょうか。

 私個人としては、“挙党一致”という体裁になるにせよ、内閣改造などという小手先の事より、国政にとっての最大の障害物・菅直人をとにかく早期退陣させること、物事はそこからしか始まらないと考えます。
 仮にもし「その時歴史が動いた」という事態になった場合、これに対して、ここのところなりを潜めている小沢一郎がどう動くのか。その動向にも要注目です。

 19日夜には、政府・民主党首脳会議があり、その場で仙谷、岡田ら党幹部は菅首相に退陣時期を明確にするよう求める方針とのことです。「逃げ菅」「ズル菅」がどんな返答をするのか、それ次第では政局は一気に流動化していくことになります。
 その先の22日には両院議員総会もあります。来週は目の離せない1週間になりそうです。この梅雨空のようにどんより澱んだ政界閉塞模様。スカッと爽やかな展望を開くためにも、「菅退陣表明」という劇的な展開を望みたいものです。 

 (大場光太郎・記)

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菅の官邸不法占拠は半永久的 !?

 -鳩山、小沢、仙谷、亀井、自公…、化け物の暴走を誰にも止められない?-

 後々日本政治史上の汚点として残るであろう「6・2大ペテン劇」によって、菅直人首相は内閣不信任案可決を回避し首をつなげました。菅はそれによってすっかり自信を深めているようです。形はどうあれ菅からすれば、昨夏の参院選の大惨敗責任回避そして今回の不信任案否決と、大きな政治的危機を乗り越えたことになるからです。
 最近菅直人は、「オレを倒すことは誰にもできない」と余裕綽々うそぶいていると言います。現状は本当に菅の言うとおりになりつつあるのでないでしょうか。退陣表明した菅直人に、“長期政権の目”という超異常事態も考えられるのです。

 菅直人にとって最大の政敵である小沢一郎元代表は、最高裁、検察、日弁連一体となったイカサマ検察審査会による強制起訴の流れを受けて、今秋から始まる公判を待つ身。それに「推定無罪」を無視した党執行部による党員資格停止処分により、政治活動自体大きく縛られた状態です。
 鳩山由紀夫前首相の“裏切り”により、不信任案可決という最大のカードを失った今、次に「天誅・菅直人」のためのどんなカードが出せるのか、いかな“豪腕”“壊し屋”といえども大変難しい局面です。

 仙谷由人、岡田克也、枝野幸男ら菅首相を早期退陣させ、早く新首相体制に移行させ新体制でも生き残りたい仙谷一派は、今月上旬しきりに退陣時期や自民などとの大連立を猛烈PRしていました。野田佳彦という具体的な首相候補名まで挙がりました。
 しかし菅直人は先週末頃から、それら早期退陣圧力を強力に押し返しています。菅の反撃に対して、仙谷らは二の矢、三の矢が放てずすっかり戦意喪失の状態です。

 「黒幕」「キングメーカー」などと言われてまんざらでもなかった仙谷は、ここに来て官房副長官辞任をにおわせ、菅直人に揺さぶりをかけるのが精一杯です。この1年余菅と共に国政を壟断してきた張本人が仙谷です。国民からすればいっそ無役の一兵卒になって、このまま消えてくれればモッケの幸い。第一肝心の菅直人にはそんなの屁の河童、痛くも痒くもないことでしょう。
 とにかく小泉純一郎元首相以上の“政界曲芸師”菅直人は、延命のためなりふり構わず。やれ「瓦礫処理だ」「それに関わる2次、3次処理も含めて私の仕事だ」「2次補正予算編成をやり遂げたい」「いやその前に(震災復興をわざと遅らせるための)1.5次補正の編成に取りかからねば」「そうだった。原発事故収束を見届けるのも私の務めだ」うんぬんかんぬん。こう忙しくては退陣どころの話じゃないよ、てなもんです。

 つまりは仙谷由人の完敗なのです。仙谷はかねてから「民主党で一番頭が良いのはオレ様だ」「菅の首に鈴をつられるのはオレしかいない」などと豪語していたと言います。仙谷は官房長官更迭後も腹いせに「菅降ろし」を画策して失敗、今回も見事に大失敗。
 菅直人そして伸子“デシャバリ”夫人の前に、コロッとずっこけたのです。つまり仙谷は、菅ペテン師夫婦の姦計にあえなく敗れ去ったということです。とんだヘボ軍師、田舎軍師ではないでしょうか。
 私は先に小沢一郎、菅直人、仙谷由人の3人の中で、一番先に政治生命を失うのは菅直人だと断言しました。しかし早速修正が必要のようです。真っ先にそうなるのは仙谷である可能性が否定できない状況です。

 菅早期退陣に関して、仙谷と同一歩調をとってきた岡田幹事長や枝野官房長官も、明らかに後退しています。岡田幹事長は15日、6月22日会期末を迎える今国会について「大幅に延長し必要な法案を通していきたい」と表明しました。大幅とは3ヶ月を想定しているといいます。会期延長は即菅直人の延命に直結します。
 これに対してあろうことか自民と共に不信任案を提出した“鵺(ぬえ)政党”の公明党からも「早々と閉じるべきではない」と、菅首相の下での会期延長を容認する考えを示し始めています。
 ところで公明党さん。おたくの党の創立者である池田大作大先生は、その後いかがいらっしゃいますか。1年以上公式の場に一切姿を見せないのは尋常ではありませんね。まさかの事態に立ち至っていることを、各方面に官房機密費をふんだんに使っている菅“謀略”官邸に握られて、脅されているのではないでしょうね。

 最近まで倒閣を推進してきた自民党も、ここに来てすっかり腰砕け状態です。
 「特別公債法案」「参院問責決議案」という、菅政権を追い込むための二大カードを自ら放棄しようとしているのです。菅直人の下での会期延長容認、同公債法案成立容認、問責決議案は出さない方向だと言うのです。
 不信任案提出後の自民党の支持率急落に、自民党幹部らは真っ青なのだそうです。加えて、同党のサラブレット・後藤田正純衆院議員の、銀座の美人ホステスとの“下半身スキャンダル”が直撃ですからねえ。

 こうして今や完全に菅首相延命の流れです。この流れに乗っかって強力にアシストしているのが、国民新党の亀井静香代表です。15日の菅首相との会談では、「(延命を確実にするには)内閣改造をおやんなさい」「小沢氏も納得する内閣を作り、挙党一致体制を作りなさい」などとアドバイスし、さすがの菅も今度ばかりはこの進言を受け入れる方向で検討中とのことです。
 亀井代表は、ポスト菅で仙谷と主導権争いをしているといいます。その腹づもりでは、菅に自分の腹案を呑ませて仙谷を追い落とし、新内閣で新設の復興相ポストに就任し、あわよくばポスト菅一番手を手に入れる気なのでしょうか。
 
 8月、9月の段階で、今度は菅vs亀井の戦いになりかねません。そうなると、小泉元首相に負け続けた亀井さんに勝ち目はありませんよ。何せ相手は、こと権力闘争だけには異常に長けている“全共闘崩れ”の菅直人ですから。
 この1年煮え湯を呑まされ続けてきた小沢グループが菅内閣に加わるのか、拒否するのか。これは大きな見ものです。菅直人に協力するふりをして、しかるべき数の閣僚、副大臣、政務三役などのポストを抑え面従背腹、いざとなったら亀井静香などと一致協力して内部から菅体制を完全崩壊させる。このシナリオだと、いかな悪運強い菅直人の命運と言えども不透明です。
 世紀のペテン師・菅直人を誅殺するには、この手しかないのかもしれません。

 (大場光太郎・記)

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「ミノリス・メッセージ」より

 久しぶりで、直近の「ミノリス・メッセージ」をご紹介します。事態がいかに深刻か、よく噛みしめてお読みください。ただ不安、動揺、恐怖は禁物です。事態の深刻さを認識した上で、かつての聖ジャーメイン・メッセージのように「愛とやすらぎ」にあることが求められます。
 そのためにも、ミノリス様提唱の「地球を光で包む瞑想」に加わるのがいいのではないでしょうか。同瞑想の詳しいことは、下記アドレスをご訪問の上ご確認ください。

    http://blog.goo.ne.jp/minoris_2010
                        
                       *
井口氏(注 井口和基氏)のブログに、
福島第一原発4号機が爆発したことが報告されている。
福島第一原発4号機、昨夜ついに爆発か?国と東電は早急に解明すべし !

  http://quasimoto.exblog.jp/14951308/

これはかなり重大な問題になっている。
(放射能が拡散している)

これに関して、政府に発表はない。
(菅政権・民主党・電通・マスコミは、
ユダヤ・イルミナティ・イスラエルテロ集団・アメリカ
・アルバ サルコジ フランス盗賊政府・原発マフィアとつるんでいる。)

  (中略)

これは、イルミナティによって起こされている。

3.11の(核による)人工地震の放射能の責任をすべて
福島になすりつけるために、意図的に起こされている。

そして、日本人からお金をすべて巻き上げてから
潰す計画を実行している。

日本人も、もう彼ら(イルミナティ)のやっていることを
はっきり認識しないといけない。

日本は、中国共産党からも、イルミナティからも狙われ、
標的にされているのだ。
(そして日本人の生命と経済と国家を狙われている)

我々、日本人が全員で、ぼーっとしていたら、
「イルミナティが人工的に災害(テロ)を起こしている」
と気が付くまで、どんどん災害(テロ)がエスカレートしていく。

最後まで気が付かなければ、そこに待っているのは、
「死」と「日本国家消滅」だ。

神(天)・宇宙 から見れば、
日本人(世界)があまりに、ぼーっとしてるので、
「目を覚ませ」と言っている。

「(ありえない)陰謀論」などといって、
これらの謀略を茶化している時間はない。

地球(日本)は、レプタリアンに侵略されている。


………………………………………………………
シリウス メッセージ 2011.6.14
………………………………………………………

(福島原発の今の状況を教えてください)

福島原発は、本当に
たくさんの問題を抱えている地球そのものを
表わしているだろう。

人々のもくろみ、エゴによって、
すべては起こされている。

「自分たちだけが良ければいい」という者たち。

自分たちの描いたシナリオに従い、人々から
すべてを搾取する者たちが、この災害を起こしている。

あたかも「良い人」「良い国」と見せかけ、
最後は、人々の知らぬ間にすべてを奪う。

善良な人々は、何も知らされず、
それらを秘密の内に行う。

そんなことを、(イルミナティは)
古代からずっと続けている。

しかし、数年前から、状況は変化してきている。

内部告発が増えてきている。

それは、人々の意識が変化してきている証拠だろう。

今、この地球は「シフト」している。

地球に住む人々の意識の向上によるものだ。

しかし、この地球を人の住める場所として存続させ、
人類を残すためには、相当な意識の変革が必要だろう。

悲しいことに、それに人々が気付くには、
多くの出来事が必要なのだ。

災害や戦争も、人々の意識改革には必要なことなのだろう。

一部のエゴのために起こされている、
日本で起こっていること、
この世界で起こっていることは、
人々の意識向上によって、回避されることになっていく。

まず、真実を知り、
人々が立ち上がる必要がある。

そして、明るい未来のビジョンを見ることが必要だろう。

福島原発については、
爆発によって、多くの放射能が漏れている。

我々宇宙連合が、中和に当たっているが、
放射能は、風や海に流れ、世界へと流れ出している。

一刻も早く、人々が目覚めることが必要だ。  (転載終わり)

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阿修羅のあるコメントに思うこと

 -当時私は高卒の一労働者。同世代の活動家たちを複雑な想いで見ていた-

 『菅直人と仙谷由人の「学生運動」』「阿修羅掲示板」に掲載されました。いつも当ブログ記事を投稿してくださっておられます「七転八起」様には、あらためまして感謝申し上げます。
   http://www.asyura2.com/11/senkyo114/msg/902.html

 さて阿修羅掲載の同文に、以下のような強烈な反論コメントが寄せられました。転載させていただきます。
                       *

04. ケロリン 2011年6月13日 16:53:20: 6aICm6xzPa6aE : OYXZNtmeUE

いろいろ、ひとさまの批判は、たやすいことだ。
当時の状況も何もしらない、知ったかぶりが、エラくえらそうにモノ申す。
何が「総括」していないだ。・・・しゃらくさい。

いくら腐れ「菅」であろうと、あれがまだ、一番マシだからその立場に居るんだよ。七転八起よ、・・おまえは今、どんな立場でどんな役割で、普段はいったい何をしてるんだ?・・・こんな恵まれた時代に、何でもできるだろう?・・・政治にモノ申すということは、速攻で己の器と肚決めが試されるんだぞ・・・分かって、エラそうに言ってるんか?

特に、政治と、ややこしい宗教は、命を張らなければ越えられない場面が出てくる。単なる傍観者・批評家なら、鏡見て、自分自身を鍛え直してから、出直せ。
                       *
 このように阿修羅掲載の一文については、投稿者にすべての責任がかかってくるわけです。私の場合、七転八起様にはしばしばご迷惑をおかけしており、この点深くお詫び申し上げます。
 今回の「04 ケロリン」さんには、是非何かお答えしたい気持ちになりました。しかし阿修羅コメントでは不適切です。そこで今回当ブログでお答えすることと致しました。

 コメントされたケロリンさんは、推察するに当時の学生運動を実際経験された活動家のお一人だったのでしょうか?私は一読して、『これは何ともヒドイ非難中傷のたぐいだ』と思いました。しかし後でよく考えてみて、なるほどケロリンさんのご批判ももっともだ、と思い返されたのです。
 そのことを勘案しつつ今現在私が考えますことを、以下に述べさせていただきます。

 「当時の状況を何もしらない、知ったかぶりが、エラ<えらそうにモノ申す。」
 これは半分当っており、半分は当っていません。私は当ブログでしばしば述べてきたとおり、昭和43年(1968年)3月に東北某県の高校を卒業し、就職のため神奈川県県央地区の当市にやってきました。当時の時代状況を肌で感じながらも、慣れない首都圏ぎりぎりの所で、時に悔し涙にかきくれて、歯を食いしばって必死で生きていました。
 しかしまた高卒の私は、同世代の学生運動家としての実体験を有していません。その意味では、当時の学生運動の生の実態を何一つ知らなかったと言えるのです。

 当時の率直な感じでは、諸事情によって大学進学できなかった私からすれば、国家エリートとして学生運動に身を投じている同世代の人たちを、ある種の羨望をもって眺めていたというのが一つあります。
 と同時に、町の小さな会社に勤めた私は、上司たちから徹底的にしごかれていました。そんな私からすれば、『彼らはいいなあ。お気楽にゲバ棒ふるっていれて。つまりはどこぞのお坊ちゃまたちなんだろうな。カネを稼ぐのがどれだけ大変なことか…』というような、冷ややかに見ている一面もあったのです。

 今回どなたかのご指摘どおり、70年学生運動家を一くくりに論じてしまったのには、内情をよく知る機会がなかったことに加えて、以上のような私なりの当時からの印象の残像が今日まで残っていたこともあるように思われます。

 「いくら腐れ「菅」であろうと、あれがまだ、一番マシだからその立場に居るんだよ。」
 この部分についてはどうなのでしょう?「菅が一番マシ」ですか?仮にケロリンさんが活動家のお一人だったとしたら、これはご自身を貶める一文だと思われるのですが…。
 私は菅直人や仙谷由人とは3歳ほど年下ですが、まあほぼ同世代といっていいのかもしれません。しかしこんな者たちが「一番マシ」とは思いたくもありません。それではまるで、私たちの世代全体がロクでもないクズ世代のようではありませんか。
 私が再三申し述べておりますとおり、この二人が今国政の中枢に居座り続けていられるのは、それとは別の「黒い政治力学」が働いた結果だと考えますが、いかがでしょうか?

 「政治的にモノ申すということは、速攻で己の器と肚決めが試されるんだぞ」「単なる傍観者・批評家なら、顔見て、自分自身の身を鍛え直してから、出直せ。」
 この部分が最もこたえました。ケロリンさんのおっしゃりたいことはよく分かります。
 しかし一言言わせていただければ。阿修羅掲示板にも政治的批判記事が日々多く寄せられます。また3・11大震災や福島第一原発事故以降特に、各ブログでも政治を批判する記事が多くなりました。中には大器量をお持ちで、確乎たる肚決めのもとに批判文をモノにされている方もおられることでしょう。しかし大半はそんな悲壮な決意ではなく、「こんな政治状況でホントにいいのか?」「オレも(私も)一言何か言いたい」ということなのではないでしょうか?
 そういう自由な言論空間こそが「ネット草の根民主主義」だと思うのです。

 それを、かなり高いハードルをクリアーしなれば「政治批判することまかりならぬ」と言うのでは、例えば「阿修羅公論」などは成立しないと思われるのですが、いかがでしょうか?
 確かに拙文の場合、70年学生運動について認識が浅かったことを率直に認めなければなりません。しかし阿修羅にせよ各ブログにせよ、プロの政治評論家以外は、それで飯を食っているわけではありませんから皆シロウトです。正鵠を得ている論、的外れな論、読みの深い論、浅い論、気に入った論、気にくわない論と多々あっての「ネット公論」です。
 これについて「オマエのはダメだから、今後モノ申すな」では、自由な言論の統制につながりかねないと考えます。

 「特に、政治と、ややこしい宗教は、命を張らなければ越えられない場面が出てくる。」
 前後が逆になりましたが、この部分はまったくそのとおりだと同感致します。かつてケロリンさんご自身が、学生運動中かその後の人生の局面でか、そういう修羅場に直面されたことがあるのだろうと思わせられる迫力があります。
 私はこの部分、そしてこのコメント全体、実は嬉しくもあったのです。『あヽこの人は本当に真剣に学生運動と向き合っていたんだな。その後挫折し、苦悶し、自問自答し、懊悩してきた人なんだな』と感じられるからです。
 70年学生運動への、私の認識の再考を迫られたケロリンさんには感謝申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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ブログ背景替えました(11年6月篇)

   五月雨(さみだれ)の下校児河童に似たる子も   (拙句)

 5月は晩春から初夏に向かう候。例年なら爽やかな良い天気が続くものです。しかし今年は曇りや雨がちのぐずついた日が続きました。
 この傾向は6月に入っても変わらず、
   六月を綺麗な風の吹くことよ   正岡子規
という、先日取り上げた名句どおりに「綺麗な風」を実感できる日は稀でした。

 何か3・11東日本大震災の被災地の方々、福島第一原発周辺の方々、いなそれによる全日本人の重苦しい心模様の反映でもあるのでしょうか。早や3ヶ月も経つというのに、両方の復興、収束にめどが立たないわけですから。

 過日『私はテレビを見ていません』記事でも述べた次第で、ここ2ヶ月ほど私はテレビを一切見ていません。その中で「困ること」を幾つか述べました。後で考えてみて、困ったことがもう一つあります。
 天気予報が見られないことです。しかしこれもカバーする手立てはあります。やはり「困った時のネット頼み」。さすがはネットです。検索によって当厚木市のある「神奈川県西部の天気予報」というのが、ちゃんとあるのです。

 実はこれを「お気に入り」に入れています。しかし私の悪いクセで、少し気に入った情報のサイトがあると、すぐに何でもかでも「お気に入り」なのです。
 業務関係や、政治的論考サイトや、俳句や詩などのサイトや、音楽サイトや、スピリチュアルサイト、ユーチューブ…。あるはあるは「お気に入り」。数えたことありませんが、50はゆうに100くらいありそうです。日々極力減らすようにはしていても、またすぐ別のを入れてしまうので、「行って来いで、プラマイゼロ」。特定のサイトを引っ張り出すのが、おっくうになるほどです。「何のためのお気に入り?」状態です。

 そのため最近は、ついそれを調べるのも面倒くさく、「明日の天気は明日になれば分かるさ」という感じです。およそ現代人らしからぬ、昔々の人々の生活に先祖返りしたような感覚です。

 ここまで書きながら思い出しました。確か当ブログを開設した3年前の08年が、今年と似た傾向の年でした。当時は何も書くことが見当たらず、身辺雑記や時候挨拶文や自然観察文を主に書いていましたのでよく覚えています。
 あの年も3月から5月にかけて、雨がよく降った年でした。そして気がついた時には、梅雨になだれ込みまた雨、雨、雨…。各地で集中豪雨や土砂災害の多かった年でした。

 早や6月も半ば。私はてっきり関東地方の梅雨入りはもう少し先、と思っていました。そこで急遽ネットで調べてみましたら、何ととっくに梅雨入りしているではありませんか。気象庁の「平成23年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」では、「関東甲信地方の梅雨入り 5月27日頃」とあります。例年より12日も早いとのことです。どおりで…。
 現に当地ではおとといは夕方から雨、きのうときょう(13日)はどんよりした曇り空と、やはり梅雨そのものです。それに街中の家の庭先、公園、空き地などには、梅雨時を象徴する花・紫陽花がとうに咲きほこっていますし。

 私はここ何日か、梅雨入りに備えてそろそろ梅雨バージョンのブログ背景を、と考えていたのです。なかなか替えるきっかけがなく、今回いよいよ替えるつもりでこの一文を綴ってきたわけです。
 早めのつもりが、遅めになってしまいましたが…。今回のテンプレート名は『かっぱ君と雨』。梅雨時に打ってつけの背景です。実はこのテンプレート、一度だけ使用したことがあります。当ブログを開設した08年の梅雨時です。その後使用せず3年ほど眠らせてきましたが、かっぱ君に可哀想なので今回また取り出してみました。

 何事も変化のスピードの早い当節、3年は長いといえば長い年月です。当時からの当ブログ訪問者は、少しずつ減っていき、今ではその頃から不定期に訪問されている方お二人だけです。
 ですから、ほぼ全員の方にとって初めての背景といっていいでしょう。気象庁の予報では、関東甲信の梅雨明けは7月20日過ぎ頃とのこと。それまで「梅雨限定」で行きたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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菅直人と仙谷由人の「学生運動」

 -両人の無責任&内ゲバ体質は、学生運動を“総括”しなかった事にあるのでは?-

 菅直人総理は最早「詰み」の状態です。いくら当人が「瓦礫処理の8月まで、いや原発事故収束の時まで」とほざこうが、今月末乃至来月中の退陣は必至の情勢です。
 対して一時「陰の総理」と称された仙谷由人官房副長官は、今やすっかりキングメーカー気取り、石井一党副代表の前で「ポスト菅」の名前を一人一人挙げてみたり、大島理森自民党副総裁や立ち上がれ日本の園田博之幹事長に大連立話を持ちかけてみたり。
 12日午前のフジテレビ『新報道2001』では、「菅首相が正式に退陣表明する時期は今週開かれる両院議員総会が一つの節目になる」などと踏み込んだ発言までしています。「きのうの友はきょうの敵」さながらの内ゲバ状況です。

 菅直人、仙谷由人という奇しくも名前の下に“人”のつく“人非人”どもは、元々「70年安保闘争」における全共闘学生運動に身を投じていたという共通項があります。
 同運動は、69年1月の東大安田講堂攻防戦、同年10月の新宿騒乱、70年3月のよど号ハイジャック事件などを経て、その後は徐々に下火になっていきました。そして72年(昭和47年)2月の「浅間山荘事件」によって、最終局面を迎えることになりました。
 同事件では、浅間山荘に立て籠もった連合赤軍のメンバーが、その前の逃走中“総括”と称する集団リンチで仲間たちを次々に殺害し、榛名山中などに埋めるというおぞましい実態が明らかにされ、学生運動全体が国民の支持を急速に失っていきました。

 「この国で二度と学生運動などは起こさせない」。浅間山荘攻防戦における警察庁の責任者の一人だった、佐々淳行氏は後年このように述懐していました。この国家方針のもと、当時の警察幹部らは集団リンチの実態をマスコミにリークし、また同山荘での攻防戦を10日間余24時間ぶっ通しでテレビ放映させ、同年2月28日の最終突入の場面、連赤メンバーの逮捕などの一部始終を国民に強く印象づけたのです。

 浅間山荘事件の終結は、即70年学生運動の終結も意味していました。この前後学生運動家たちはヘルメットを脱ぎ、ゲバ棒を捨て、長髪を短く切って続々と社会復帰していきました。
 そして戦後間もなくからデモや学生運動や暴動に明け暮れていたこの国は、奇妙なことに、この事件以降それらがピタッと止みました。政治家や官僚たちがどんな無理無態を押し付けても、何ら異議申し立てをしない、子羊のようにおとなしい社会へと成熟(単なる変質?)していったのです。
 この辺の事情については、以前の『日本国民は、なぜおとなしくなったのか』記事でも述べました。

 同学生運動家の中に、菅直人や仙谷由人もいたわけです。二人も一応は学生運動家だったのです。
 菅直人は東京工業大学の学生として、当時新しいセクトを立ち上げた東工大学生運動のリーダーの一人でした。前出の佐々淳行氏は当時警察庁幹部として、東工大の集会にも何度か足を運んだそうです。佐々氏いわく「菅さんはよく覚えてますよ。集会ではいつも“4列目”に座っていました。万一機動隊に踏み込まれた場合、3列目までは確実に捕まる。4列目だと逃げられる。だからいつも4列目にいたわけです。それで覚えているんです」
 菅直人は当時から、今日に至る「逃げ菅」「ズル菅」の片鱗をいかんなく発揮していたというわけです。

 一方菅と同年の1946年生まれながら学年で1年上の仙谷由人も、当時東京大学法学部の学生として学生運動に身を置いていました。しかし仙谷の場合は、安田講堂に立て籠った同志たちのように命がけで戦うといったタイプではなく、最前線で戦う仲間たちの連絡、食糧運搬などを担当し、仲間からは「弁当運び屋」と呼ばれていたといいます。
 そして小ずるくも司法試験の勉強時間はしっかり確保し、現在に至るも「オレは司法試験に一発で受かったんだ。どうだオレ様は凄いだろう」と自慢の種にしているのです。

 菅直人と仙谷由人が学生運動に見切りをつけたのがいつだったか、詳しいことは分かりません。ただ二人の今日の国家観、政治哲学の欠如からして、学生運動自体にそんな重きを置いていなかったのではないだろうか?と推測できます。
 菅や仙谷だけではありません。70年学生運動家たちに共通しているのは、自分たちの運動を徹底的に“総括”した形跡があまり見られないことです。国家がそれを黙認したのです。
 曲がりなりにも彼らは、やがて「社会の中核」を担ってもらわなればならない人材です。そこで当時の国家は、すべての責任をよど号犯や連合赤軍メンバーに押し付け、その他有象無象の運動家たちは「免責」して世の中に解き放ったのです。

 菅直人も仙谷由人も、おそらく「無反省」で社会に入っていったクチでしょう。
 彼らの先輩世代である「60年安保闘争」に実際身を投じていたある人は、3年ほど前自身のブログで「私は学生運動に挫折し、転向したのだ」と、半世紀前の体験について苦しい胸の内を吐露していました。この人は、W大学出身で某民放テレビ局政治部ОBです。
 翻って菅や仙谷はどうだったのでしょうか?学生運動の挫折によって、良心の呵責に苛まれたり、何年間も自問自答の猛省の日々を続けたでしょうか?二人はおそらく国家の無罪放免をいいことに、次の瞬間学生運動などきれいさっぱり忘れてしまったのではないでしょうか?
 菅や仙谷にとって学生運動は、単なる一時的な“ファッション”でしかなかったということです。

 それが証拠に菅直人は、それから何年も経たないうちに、学生運動の経験などおくびにも出さずに、今度は「市民運動家」を装って登場します。故・市川房枝女史に取り入り、その後の政界進出の重要な足がかりとしたのです。菅はその頃から総理大臣になるという“不純な夢”を抱いていたといいます。市川房枝女史が菅にいかに不信感を抱いていたか、(既述のとおり)今日では余すところなく暴露されています。
 仙谷由人も同様です。東大法卒業後は、気鋭の弁護士として事務所を開業。時には闇社会の弁護を引き受けるなど“悪徳弁護士”の才能をフルに発揮していきます。そして仙谷も目指すところは政界進出。胃を全摘出した10年ほど前までは、総理大臣を目指してギタギタしていたそうです。

 そんな経歴を有する二人が、昨年6月の鳩山由紀夫・小沢一郎ダブル辞任という政変後の民主党を壟断してきました。元々政治的に共通点などあまりない二人を結びつけたのは、「反小沢」というキーワードです。
 熾烈を極めた昨年9・14代表選の直前だったか。某週刊誌は、「小沢、菅、仙谷の三つ巴の戦い。これによって、三人のうち誰かが政治生命を失うことになる。それは小沢か、菅か、仙谷か?」というような特集を組んでいました。
 その時スパッと結論が出ていれば、以後の政界いな日本全体がこれほど酷い状態にはなっていなかったものを。

 今回ようやくその結論が出そうです。三人のうち真っ先に政治生命を失うことになるのは、菅直人であることは明らかです。これほど見苦しい退陣をしてしまえば、たとえ議員を続けるにせよ事実上政治的影響力を自ら無くしたも同然です。
 今後は「小沢一郎vs仙谷由人」の一騎討ちとなるのでしょう。このガチンコ対決、次は仙谷由人が政治生命を失う番だと予告しておきます。

 (大場光太郎・記)

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「坂入姉妹」とのやりとり

          
                                       坂入姉妹さん

 過日の『「坂入姉妹」と童謡『ないしょ話』』記事に、童謡歌手・坂入姉妹さんからコメントをいただきました。今なぜ昔懐かしい童謡がテレビなどで流されず、学校でも教えられないのか、坂入姉妹さんは新たな事実を示してくださっています。
 それも含めまして、今回また坂入姉妹さんとのやりとりを記事として公開させていただきます。

 繰り返しになりますが、坂入姉妹さんは、童謡という「貴重な文化」の継承という大切な使命をお持ちです。とそんな事を申し上げると、途端にプレッシャーがかかってしまうかもしれません。しかしそれはお心深くにおさめられて、気負うことなくリラックスして、童謡を長く歌い継いでいっていただきたいと存じます。
 良いものが広く知られるまでには、多少時間がかかるかもしれません。しかし「良い仕事」は必ず広く知られていくものです。それを信じて、一歩一歩着実に歩んでいってください。  (大場光太郎・記)

 坂入姉妹の童謡ブログ-『童謡「ないしょ話」歌碑』
  http://yaplog.jp/sakaili-shimai/archive/209

 坂入姉妹公式ホームページ
  http://music.geocities.jp/sakairi_shimai/

                        *

私達をご紹介いただきまして、ありがとうございます。
とても嬉しく思います。

また、ブログの記事も載せていただき、本当にありがとうございます。

差別用語の問題などでテレビやラジオ、教科書から童謡が消されつつある時代ではありますが、童謡には美しい日本語、日本ならではの風景や情景が綴られており、素晴らしい作品ばかりです。

次世代に大切に歌い継いでまいりたいと思っております。

未熟ではありますが、これからも姉妹仲良く、大好きな童謡を歌ってまいりたいと思いますので、応援のほど宜しくお願い致します。

また是非、童謡秘話など教えて頂けたら嬉しいです。

投稿: 坂入姉妹 | 2011年6月11日 (土) 16時08分

坂入姉妹様
 またまたコメントありがとうございます。
 私の方こそ、勝手に断わりなくコメントや貴童謡ブログ記事を引用させていただきまして。あしからずご了承ください。
 ああ、そうでしたか。テレビ・ラジオなどから昔懐かしい童謡が聞こえず、学校でも教えない理由の一つとして、「差別用語」の問題があったのですか。私はかつて、極端な差別用語化は「用語の差別化を生む」というような観点から、『差別用語・考』『川向こう・考』などの一文を公開しました。放送業界や文科省のあまりにも硬直した方針に疑問を感ぜずにはおられません。
 おっしゃるとおり昔の童謡は、結城よしををはじめ、北原白秋、野口雨情、鹿島鳴秋、西條八十などが心血を注ぐことによって結実した、言葉(と曲)による一つの芸術作品ですね。
 元々当ブログは08年4月に、音楽サイトとして有名な『二木紘三のうた物語』の各歌への私のコメントを発展させる形で開設したものでした。カテゴリーに『名曲-所感・所見』があるのはそのためです。既に童謡・唱歌として『浜千鳥』『朧月夜』『雨』『早春賦』『たなばたさま』『雨降りお月さん』『どこかで春が』を収録しています。今後とも『カナリア』『この道』などを加えていければと考えております。
 また当厚木市は、『夕焼け小焼け』を作詞した中村雨虹が亡くなるまで長く住んでいた町です。雨虹とこの歌に関することも5回のシリーズ記事にしています。
 貴重な童謡・唱歌などが失われることのないように。坂入姉妹様の今後のご活躍、陰ながら応援しております。
 末尾ながら、8日に妙理様よりメールをいただきましたので、以下にその一部をご紹介致します。
                        *
 大場様

ご連絡ありがとう、御座います。

坂入姉妹さんの事を知り嬉しく思います。
なんとなく、逢ったこともない叔父なのに、伝えたい気持ちは
きっと、母の思いなのですね・・・・

 (中略)

童謡は、懐かしく心穏やかになります。
きっと、母のお腹の中で聞いていたのでしょうね。

今日は遅くなりましたが・・・有難う御座いました。
   とても嬉しいです。

坂入さんに宜しくお伝え下さい。
   ブログに伺ってみます。        myouri 

投稿: 時遊人 | 2011年6月11日 (土) 23時38分

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私はテレビを見ていません

 -元はと言えば当家の経済状態によるもので、大っぴらには言えない事ながら…-

 あっ、申し遅れてしまいましたが、私は最近テレビを見ていません。
 当家のテレビ、4月の半ば頃突如壊れて映らなくなってしまったのです。その半年ほど前にも、なぜか10chだけ映らなくなり、『ちょうどいいや。「報道ステーション」のあの気色悪い古館伊知郎らの顔を見なくて済んで…』と変に慰めていたものでした。
 何と言ったって、当家のテレビ、今から10年以上前製造のアナログオンボロテレビだったのです、ハイ。

 全面的に見られなくなって当座困ったのは、何よりも福島第一原発事故そして政治的動向がリアルタイム映像で見られなくなったことでした。3・11大震災以降は、ТBSの『NEWS23クロス』の報道姿勢を(私なりに)買っていただけに、同番組が見られないのが残念でした。
 それと惜しいと思ったのは、NHK総合の教養系番組やNHK教育の深夜の各“高校講座”などが見られなくなったことです(同講座は、私にはけっこう面白かったのです)。ちなみに、NHK(日本偏向協会-植草一秀先生命名)のニュース・報道番組は、それまでも滅多に見ていませんでした。

 しかし“慣れ”というものは奇妙なものです。3日経ち、1週間経ち、1ヵ月経ちしているうちに、テレビを見ないことが当たり前になっていったのです。
 そう言えばこの感覚、憶えがあります。以前『私は大新聞を読みません』記事を公開しました。私は2003年の米国中心のイラク戦争中、それまで長く購読していた朝日新聞を止めました。
 朝日新聞は、私が二十歳を過ぎた昭和40年代半ば頃から、欠かさず購読してきました。何しろビールや洗剤と言ったお決まりの景品をほとんどもらうことなく、30余年購読し続けたのです。こんな有難い購読者もいなかったはずです。

 しかしその時スパッと止めました。米国の戦争があたかも「正義の戦争」であるかのように全肯定していた朝日の報道姿勢に、とことん嫌気がさしたからです。長年購読してきた私からすれば、「朝日よ。お前もか !」と、裏切られた気分になったのです。
 やはり朝日新聞を止めた時にも、政治記事や社説は別として、天声人語、識者の解説欄、読者の声欄、夕刊の文化欄なとが読めないことが辛く感じられました。しかし日が経つにつれて、新聞を取っていないことが当たり前になっていきました。
 今回テレビでもそれと同じことが起こったのです。

 そんな私ですから、ただ今「地デジ移行」の状況がどうなっているのか、まるで知りません。予定通り7月から移行するのでしょうか?もし予定通りだとしても、テレビはアナログ(ついでに私の頭もアナログか?)、それすら故障で映らないのですから、今の私にはまったく関係のない話です。
 それに地デジになると、チャンネルがやたら増えるんじゃなかったっけ?そんな“ガラクタ情報”をせっせと詰め込んでどうすんだよ、というのが率直な感想です。

 当ブログを定期的にご訪問の方々は先刻ご承知のとおり、私は時折り時事問題を扱っています。そこで必要となるのが、リアルタイムの政局などの情報です。しかし上記の次第で、大新聞やテレビからの情報は入手できません。
 そこで今現在のもっぱらの情報入手先は、夕刊紙『日刊ゲンダイ』と「ネットニュース」が主体です。特にネットニュースの方は、なるべくこまめにチェックするようにしています。これで七・八分はカバーできるようです。

 後は、植草先生の『植草一秀の「知られざる真実』『阿修羅掲示板』に投稿された各記事、その他の名だたるサイトの記事ですね。はっきり申し上げて良質なネット情報からは、大新聞・テレビなどの世論誘導目的の偏向、歪曲に満ちた情報より、ずっと精度の高い核心的情報が得られます。たまにコンビニで、各週刊誌をパラパラめくることもあります。
 これらを参考に、後は私独自の視点などを加味して、「ハイ、出来上がり !」です。ただし浅学非才な私の瓦版的味付けが、「旨い(うまい)か不味い(まずい)か」は保証の限りではありません。

 ともあれ現下の私は、これで“大新聞+テレビ”という、いわゆる我が国独特の「クロスオーナーシップ」の悪しき呪縛から脱け出した形となりました。
 「感想」ですか?いやあ、実に爽快な気分ですよ。皆様もテレビなどぶっ壊して、この爽快感お味わいください(笑)。

 【注記】 文末の「クロスオーナーシップ」とは、朝日、読売、産経などの同一資本が、新聞社とテレビ局両方に資本投入している経営形態のことです。それによって、テレビ朝日や日本テレビなどの報道は、親会社の朝日新聞社や読売新聞社の方針に大きく規定されてしまうわけです。
 政権交代後の小沢・鳩山体制では、我が国独特のこの悪しき制度見直しや、現在の少数メディアによる電波独占を改める「電波オークション」、「記者クラブ制度の廃止」などの、メディア改革も目指していました。小沢一郎元代表、鳩山由紀夫前首相が、大マスコミから集中砲火を浴びたのは、これも大きな要因だと思われます。
 なお我が国の各新聞社には、かなりの比重で米国ユダヤ資本が入り込んでいます。

 (大場光太郎・記)

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鳩山氏「ペテン師」発言を撤回 !?

 -菅はペテン師そのものだ。こんな詐欺師首相で、子供たちをどう教育できるのか-

 鳩山由紀夫前首相は9日、同グループの会合で菅首相を「ペテン師」などと批判したことについて、「冷静さを欠いた発言だった」と釈明したそうです。さすがは「友愛の人」鳩山氏ですが、これには首相に月内退陣を求める意見が党内の大勢となり、これ以上菅首相を追いつめるべきではないという判断が働いたことも背景としてありそうです。

 しかし党内の大勢がそうだとしても、菅直人は本当に月内に退陣する気なのでしょうか。仮にそれならば、「6月退陣」という菅・鳩山会談での約束が、すったもんだの末一応は履行されることになります。
 「辞めないと言う総理を辞めさせるのは本当に大変だ。それで皆困っている」という、過日の小沢一郎元代表のウォール・ストリート・ジャーナル紙インタビューでの談がありました。党内の大勢がどうであれ、菅直人には月内に退陣する気などさらさらないのです。

 菅直人はどこまで往生際が悪いのか。9日午前の衆院東日本大震災復興特別委員会で、自民党の谷公一議員が具体的な退陣時期を迫ったのに対して、菅首相は「瓦礫の撤去が片付くのを見届ける8月までは政権を続けたい」と言い出しています。さらに「その後の2次、3次処理につなげていくことも含めて、大きな責任だ」とも述べたのです。何、今度は瓦礫の撤去だ?
 菅直人お得意の「やるやる詐欺」の新たな手口を使ってきたのです。

 それにしても唖然呆然ではないでしょうか。3・11大震災から3ヶ月。有能内閣であれば、とうの昔に瓦礫など片付いていて当然なのです。菅無能内閣だからこそ、中央官僚や地方役人などをまったく使いこなせない、よって瓦礫撤去一つままならず、梅雨や猛暑を間近にして、悪臭、伝染病などの広がりにも為すすべないありさまなのです。とにかく菅無能内閣では物事が前に進まない。それですべての震災地が困っているわけです。
 大震災直後「よしっ。これでオレの政権、あと2年間は大丈夫だぞ」と言ったようなヤツです。菅は、「国民を人質」にしても自分の延命しか眼中にないのです。

 「一国のトップの言葉は重い」。菅首相が一たび「退陣表明」したことにより、大新聞は号外を出し、外電は全世界にそのことを打電しています。お人良しの日本国民は別として、厳しい契約社会である欧米人の感覚からすれば、一旦「辞める」と口にした一国のトップが、何ヶ月もぐずぐす辞めないというのは、およそ有り得ない異常事態に映ることでしょう。

 なのに当人には辞める気などさらさらなく、今度は「瓦礫撤去までの8月まで、いやそれ以降もやらせてくれ」ですから。「テメエ、いい加減にしろよ !」ではないでしょうか。が、当の本人は“蛙のツラに何とか”で、ひたすら延命策のあの手この手に大わらわです。仮に瓦礫撤去まで延命させたら、次はまた新たな事案を持ち出しては「次はこれがやりたいから…」とさらに延命を図るのは目に見えています。
 つくづく軽蔑以外にはない御仁です。

 「上に在るごとく、下もかく在り」。何しろトップが腐り切っているのですから、後の政権幹部も押して知るべしです。仙谷由人、岡田克也、枝野幸男、安住淳…。この者たちは昨年の「6・2クーデター」以降、一貫して菅首相を支えてきた連中です。いわば菅直人とは連帯責任を負う立場にあるのです。失政の責任を取らず、腹を切りたくなくて逃げ回っている見苦しいバカ殿がいるとするなら、強引に刑場に引きずり出して腹を切らせるのが重臣たちの役目というものです。
 またケジメのつけ方を知らないトップを諌めるために、率先して辞任してみせるのが真の幹部というものです。

 なのにどうでしょうか。そろいもそろって、菅直人などホッポリ出して、自分自身の延命に走っています。各自がテレビなどを利用して言いたいことを言い放題、裏に回って大連立話を各野党に持ちかけているのです。あわよくば「ポスト菅」でも、自分たちが主導権を握るためであることが見え見えです。つくづくこの者たちは、「人倫の道」を知らない見下げた連中です。
 いつまでたっても辞めようとしない菅直人のこと、突如“基地外に解散権”で破れかぶれ自爆解散をしかねず、それを恐れて進取の気性を持っているはずの新人議員らも押し黙ったままです。
 菅民主党は上から下まで、政権交代前の自民党以上にケジメのつかない腐り切った政党に成り下がってしまっているのです。

 つくづくヒドい党になってしまったものです。外国の有識者も、こんな日本の政治状況に呆れかえり、今の日本を内心では軽蔑していることでしょう。この国の国際的信用度は、落ちていく一方です。
 「相応の理」。国民の多くを占める“B層”大衆にして、このトップあり。大国難の今の日本、よりによってこんな指導者しか持ち得ないとは、つくづく国運が尽きているということです。

 この国の新聞・テレビも、本来なら菅や菅一派の見苦しい行動を厳しく批判するのが社会的使命というものです。が、消費税増税、原発推進、東電の責任棚上げ、TPP締結…。すべての利権に絡んでいる大マスコミは、それらを推進することになる大連立話に積極的に加担しているのですから話になりません。
 
 そんな中、またまた西岡武夫参院議長が、仙谷、岡田、枝野らの自分たちの延命のための大連立などの先走り工作に、「菅首相を支えてきたあなたたちは“共同正犯”であることを、どうぞお忘れなく」と、厳しく釘を指しています。
 さすがは「真の黄門様」です。言うべき時にズバリ直言する。こういう人物がいなければ、日本は本当に暗黒国家です。この国に西岡氏のような人がいてくれることが、せめてもの救いです。

 (大場光太郎・記)

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絶海の孤島の“神秘の人”

 -人間世界恐るべし。まことのシッデイがこんな所にも隠れ棲んでいようとは !-

 私は今『マグダラの書-ホルスの錬金術とイシスの性魔術』(トム・ケニオン&ジュディ・シオン著、鈴木里見訳-ナチュラルスピリット刊)という深遠な本を読み進めています。「マグダラ」とは、マグダラのマリアのことです。マグダラのマリアについては、一昨年5、6月の『イエスとマグダラのマリア』シリーズで取り上げました。
 その中でマグダラのマリアは、ローマカトリック教会によって娼婦に貶められてきましたが、本当は当時最高の女性イニシエート(秘儀伝承者)であり、イエスの高度なセックスパートナーだったことを述べました。

 この『マグダラの書』では、マグダラのマリア自身がイエスとの真の関係、イエス処刑後の数奇な人生、古代エジプト錬金術・性魔術などについて驚愕の内容を伝えてきています。さらにそれをもとに、著者が各行法の詳細な解説をしています。
 関心がおありの方は同書をお読みいただくとして。同書の中でハッとするような「神秘の人」についてのエピソードに出会いました。こういう超絶的な人物は、インド、ヒマラヤ奥地、チベットのラマ僧寺院などには少なからず存在することが知られてきました。
 しかしまさか、アラスカ北方の絶海の孤島の一修道院にとは。

 こういう人は、身体はこの3次元世界に属しながらも、その精神性においては多次元世界を自在に天翔けているのです。
 今回はその該当個所を転載してご紹介します。少し長文ですがご一読ください。なお適宜行替え、中略などをしています。  (大場光太郎・記)

                       *
シッディと意識の力

 シッディまたは意識の力は霊的進化の途上で自然に開かれる。この意識状態に達した聖者や神秘家が、仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、道教において数多く報告されている。さらに多くの土着の文化でも、シャーマンがこのような能力を発揮することが知られている。
 過去数十年にわたり、私はシッディについて個人的研究を続けてきた。西洋の唯物論的意識にとって、このような能力は異様に思えるかもしれない。しかしこれらは数多くの文化で報告されている。数年前、私はある神秘家のシッディを、地球上で最もありそうもない場所のひとつーアラスカのコディアック島で体験した。

 私はワークショップの指導のためにアンカレッジへ招かれ、週末にはコディアック島でワークショップを指導した。島でのセッションを終えてから数日間休みがあったので、主催者側から与えられたいくつかの選択肢の中から、私はある小さな島への船旅を選んだ。その島はかつてのロシア正教の聖者が住み、現在はロシア正教の修道士たちが住む島である。(中略)

 私たちは小型飛行機で付近の島までいき、荒れ狂う極寒の海へと着陸した。ピックアップ・トラック〔集配用の小型トラック〕を運転する地元漁師の妻に迎えられ、私は荷台に飛び乗り、私の主催者は座席に乗った。
 夏だったにもかかわらず、海沿いの彼女の家に向かう途中、小雪が舞い降りた。そのとき私はあまりの寒さに、この土地の住人がどうやって冬を生き延びるのか不思議に思ったことを憶えている。私たちは杉の木に囲まれた小さな家に着いて中に入り、大きな木のテーブルを囲んでお茶を飲んだ。アラスカ北部にいったことがある人ならわかると思うが、そこには大変変わった時間が流れていた。私たちはひたすら座り続け、ときどき話をしながら、出発するのに適当な時間を待ち続けていたようだった。最終的に私たちの案内人が出発の時を告げ、私たちはピックアップ・トラックにふたたび乗り込み、彼女の夫がトロール漁船で待っている船着場へと向かった。

 私たちは驚くほど穏やかな海に乗り出した。私たちの案内人は帆桁(ほげた)の脇に座り、編み物をしながらこの穏やかな海がどれほど珍しいかについて話した。私は快適なペースで進む船から、近隣の島々の信じがたいほどに豊かで美しい風景を楽しんでいた。アザラシが途中船についてきた。
 巨大な岩が露出した場所を通り過ぎると、私たちは天然の小さな港にたどり着いた。トロール船で進むには水が浅すぎるので、小舟に乗り換えて岸に向かった。それはまるで中世の一場面のようであった。男性のグループが浜で茂みを焼いており、青空に渦巻く白い煙が空気中に濃く立ち込めていた。修道士たちは長いひげを生やしたロシア正教やギリシャ正教の聖職者に典型的なスタイルで、細い腰ひもを結んだ長い灰色のローブを着ていた。彼らはそれぞれ十字架も身につけていた。

 小舟から砂の上に降り立ち、私たちは三十代前半のある種の権威を漂わせた人物に迎えられた。私たちの案内人が、私がワシントン州から訪ねてきたことを説明すると、その大修道院長は満足げにほほ笑み、十二人ほどからなるその小さな修道院の案内を始めた。私たちが小道を登り杉の木陰に入ったとき、この修道院には巡礼者がほとんど訪れないと彼は言った。
 彼は私たちを聖者が住んでいたと言われている小さな小屋も含め、いくつかの場所に案内した。私はその小屋の空気が、聖者の持ち物であった古い書物やイコン〔聖画像〕などでカビ臭かったのを記憶している。しかしそこには明らかな静穏さがあった。修道院長は私たちを癒しの力があると評判の泉にも案内し、最後に聖者が以前埋葬された小さなチャペルに案内した。彼の遺体はその後別の場所に移されたが、この場所はいまだに神聖な場所とされていた。

 修道院長は私がチャペルの片隅を見つめているのに気づいた。彼が私に「何か見えるか」と尋ねたので、私は「床から天井を通り抜ける白い光の柱が見える」と言った。修道院長は少しほほ笑んだようにも見え、聖者がこのチャペルの私が見つめていた隅に埋葬されていたと話した。それから彼はまるで別世界から聞こえてくる夢のような声で言った。私はそのとき彼の言葉がとても奇妙に感じられたのでよく憶えている。「我々がみな、そのように敏感であったなら」
 幻想から自らを奮い起こすように、修道院長は「もうひとつ見せたい場所があります」と言った。

 (中略)修道院長はさまざまなイコンを指さしてそれぞれの意味を説明し、これで案内は終わりだと言った。私たちをチャペルから出して、彼はチャペルのドアを閉めた。そのとき突然、私は彼に尋ねたい神秘主義に関する質問を思い出した。再度ノックしたが中に人がいる気配はなかった。
 私が慎重に扉を開けると、チャペルの中には誰もいなかった。私は一瞬ショックで立ちつくした。それから私のいつもの懐疑心が顔を出し、隠し扉や別の入り口を探し始めた。私は床のすり切れた敷物さえめくって秘密の出口がないか確認した。どこにもない。

 ショックが覚めやらぬままに、チャペルの外に出て仲間の待つベンチへととぼとぼ歩いていくと、そこにはっきりと修道院長の姿が見えた。彼は私の案内人と話しており、私が彼のもとに歩み寄ると、彼は目を輝かせて私に会釈をしたのだった。私たちは小舟に乗り込みトロール船に戻った。私はデッキに立ち、船尾越しに船が日暮れの海へと戻っていくのを眺めていた。私は沈黙していた。
 これを書いている今も、そのとき感じた驚嘆と畏敬の念にとらわれる。私はシッデイの存在は認識しており、その物理学も研究し、それにまつわる物語や報告の収集をひとつの趣味としていた。しかしこのコデイアック島の小さな島で、一人の質素な修道士がヨガの力の神秘をじかに見せてくれたのだった。

 帰りの船旅の途中で漁師の妻が編み物の手を止め、「彼らはいつもあんなことをするんですよ !」と言った。「あんなことって?」と私が聞きかえすと、「テレポテーションやバイロケーション〔二箇所に同時に存在する〕、そういうことです」と彼女は言った。
 「本当ですか」と私が言うと、彼女は編み物の手を休めずにこう言った。「ええ、あの島はへんぴな場所です。郵便も届きません。私たちは街で郵便を受けとったり買い物をしている彼らをときどき見かけますが、彼らが街にくる手段は一切ないのです」彼女は意味ありげな調子で言った。  (転載終わり)

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六月を綺麗な風の

            正岡 子規

   六月を綺麗な風の吹くことよ

…… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 この俳句については、08年6月の身辺雑記風な『六月の綺麗な風』記事でも一度取り上げています。よろしかったら併せてお読みください。

50428_2          正岡子規 (1867年10月14日~1902年9月19日)

 「六月」は梅雨を迎える、暗くてうっとうしい季節とついイメージされがちです。しかし正岡子規の今回の句のように、「綺麗な風」が実感される日が本当にあるものです。

 それは梅雨入り後の梅雨晴れ間の一日でしょうか。私はむしろ、梅雨前の六月初旬の良く晴れた一日の感じだと思います。が、鬱陶しい梅雨の晴れ間の一日の方が、「綺麗な風」がより実感できるかもしれません。

 「六月を綺麗な風」がこの句の生命線です。もちろん風は無色透明であり、何色などということがあろうはずがありません。しかし子規は、この時の風を「綺麗な風」と把えたのです。これが実に秀逸です。

 「綺麗な風」は一月でも三月でも九月でもない、「六月」でなければならないのです。六月初夏のキラキラ輝いているような景色を吹き渡る風。「六月を綺麗な風」とは、まさに子規による発見です。

 この句が作られたのは子規何歳頃なのでしょう。これについては、それについて触れ、感想を述べた前記事の一文をそのまま引用して、今回の鑑賞文の結びとします。

 この句は、結核による大喀血の後に作られた句だそうです。しかしこの句からは、そんな病苦への恨み言や悲嘆などは微塵も感じられません。「体病むとも心は病まず」。おそらく三十歳前後であったろう子規の、澄み切った心境、諦観、見事な死生観がうかがわれる、すがすがしい名句です。

 (大場光太郎・記)

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かつての同志が菅直人を語る

 ここにきて「菅降ろし」の流れが止まらなくなってきました。誰はばかることなく、「ポスト菅」や菅退陣後の「期限つき大連立」が公然と語られ始めています。
 最後まで黙々と菅直人を支えるべき仙谷由人、岡田克也、枝野幸男ら悪徳連中が、泥船から一斉に逃げ出すように、自分自身の政治生命を失うことを恐れて我れ先にと菅離れを起こしているのです。
 外堀どころか、最早内堀さえも埋められつつある状況です。

 こうなると哀れささえ催してきます。しかし異常な権力亡者のこと、実際に退陣し官邸を去るのを見届けるまで、決して油断してはいけません。
 菅直人は就任後、「私は総理大臣として後世に名を残したいんだ」と言っていたそうです。戦後の歴代の総理大臣を見続けてきた政治評論家の森田実氏は、「菅総理は、戦後最低、最悪の総理大臣だ」と評しています。
 例えば室町幕府を開いた足利尊氏のように、時代によって「逆臣」とか「時代の変革者」とか、評価が大きく違ってくる場合もあります。しかし、こと菅直人に限っては、森田実評が覆ることはないのでないでしょうか。
 皮肉を込めて言えば、菅直人は念願どおり“立派に”後世に名を残す総理大臣になったのです。

 総理就任後の菅直人のご面相、日に日に「悪相」になってきました。心の想いはゴマ化しようもなく、顔に現われてくるものです。何年か前野党時代の颯爽としていた頃と比べてみると、まるで別人です。
 私は“はなむけ”として、『菅直人-華麗なるペテン師人生の軌跡』という一文を贈ろうかと考えていました。しかしここに『msn産経ニュース』で、現在ホームレスをしているという、かつての同志(田上等氏)のインタビュー記事があります。市民運動の先駆けとなった、故・市川房枝女史に出入りした頃からの旧知だそうです。
 赤の他人が書くより、ずっと説得力があります。

 「市民運動家」出身議員として箔をつけるため、菅直人は市川房枝さんを目いっぱい利用してきました。その市川房枝さんは、生前側近に「菅君だけは絶対信用してはダメよ」「私の葬式に、菅君だけは呼ばないで頂戴」などと言っていたのだとか。
 総理の器ではない者が総理のイスに執着しすぎた報いか。こうして次々に過去の悪事がばらされ、「栄光の虚像」が容赦なく剥ぎ取られていったのです。
 権力欲に取りつかれるのが、いかに恐ろしいことか。以って「他山の石とすべし」です。 
                       *

「菅さん、本当にそれでいいんですか」 ホームレスになったかつての同志が激白

2011.6.4 19:29

 急速に求心力を失いつつある菅直人首相の姿は、かつての同志の目にどう映るのか。過去に首相と政治行動をともにしながら、現在は明暗分かれて横浜市でホームレスとして暮らす田上等さん(61)に聞いた。(村上智博)

               ◇

 菅さん、内閣不信任決議案の否決ではあざとい手法で首がつながりましたが、本当にそれでいいんですか。「してやったり」と思ったのでしょうが、鳩山由紀夫前首相との辞任合意をほごにし、すぐに「辞めることを約束したわけではない」と言うなんて…。

 ペテン師と呼ばれて当然です。すぐにばれる嘘なんてしゃれになりませんよ。粘って時間稼ぎをしていればそのうち世論も付いてくると甘く考えていたふしがあるけれど、そんな延命策には誰もついてきやしません。いよいよ菅さんによって、日本の民主主義が壊されていくと感じました。

 東京電力福島第1原発事故で何でも東電のせいにしたり、東電本店に怒鳴り込んだりしたのは、あなた独特の「合理性」からですね。みんな自己責任だと思っている。20年ほど前に私が自己破産したときも「自分の家を取られた不始末はお前の責任だ」と血も涙もなく突き放されました。それでも弁護士費用を立て替えてはくれましたが…。

 あなたと出会ったのは、市川房枝元参院議員の選挙を手伝ったとき。あなたが選対本部事務局長で私が会計責任者。4つ年上で頼もしく見えましたが、当時から国家観や哲学なんてものはありませんでした。

 昭和51年の衆院選に初めて臨んだ際は私が選対本部事務局長を務め、次に参院選に挑んで惨敗した後、次はどうするのか語り合いましたね。あなたは「たとえ応援してくれる人がいなくなって、おれ独りになってもやる」と強気でした。

 いま、民主党内や野党からの「辞めろ」の大合唱にもめげない厚顔無恥な彼の姿に通じるものがあります。一度手にしたものは絶対、手放さない人です。

 あなたは落選中、社会市民連合の代表となりましたが、口の利き方にはほとほとあきれていました。日ごろ手足となり応援してくれる年上の市会議員が事務所にきても、なぜか敬意を払おうとはしない。だから話はちっとも和まないんです。要は処世術がないのだと思います。

 昔から、よく怒鳴っていました。そのくせ都合が悪くなると「田上く~ん」とすり寄ってくる。ひいき目に見ても、政治家としては修業が足りない。

 私も昔は「菅さんが衆院議員になれば秘書になるのはおれだ」と思っていました。でも、結果が出ないと責任をすぐに「あいつが悪い」と人のせいにする性格が嫌になり、次第に距離を置くようになりました。

 「菅が将来、もし首相になったら日本人を辞める」という仲間が周りに少なくなかったことを、ご存じないでしょう。

 そんなあなたが首相になったのは国民にとっても不幸なことです。首相としての立ち居振る舞い、帝王学を学んだわけでもなく、たまたま自分のバイオリズムと世の中の周波数がかみ合ったからなれただけです。

 大型連休中、まだ多くの被災者が不便な生活を強いられている中であなたが家族水入らずで中華料理店に行ったというニュースがありましたが、出前を取ればいい話です。

 何を言われようと気にしない人だからしようがないけど、国民の生活が菅さんに「人質」に取られているように思えてくる。私だったら、自分の存在が果たして国民のためになっているのかを沈思黙考し、良心の呵責(かしゃく)に耐えかねてすぐにでも首相の座は降りるんですけどね…。

【プロフィル】田上等

 たがみ・ひとし 昭和25年生まれ、慶大卒。父は民社党の田上松衛参院議員。在学中から市川房枝元参院議員の選挙にかかわり、菅直人首相と知り合う。社会市民連合の創設メンバーの1人で、昭和54年から衆院選などに計5回立候補するもすべて落選。平成3年から15年間、国民健康保険組合で働いたが18年に退職。借金も重ねた結果、約3年前から路上生活を送り、古本集めなどで生計を立てている。離婚した元妻との仲人は菅首相。  (転載終わり)   

 出典元
     http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110604/stt1106419310003-c.htm   

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小沢・鳩山よ。「6月退陣」を断固譲るな

 -譲歩すれば、ペテン師・菅一派だ、この先どんな謀略が待っているか分からんぞ-

 鳩山由紀夫前首相の「菅首相はペテン師だ」という爆弾発言、そして「偽装退陣表明」に至る菅“悪徳十人衆”幹部らによる前夜の密室謀議の暴露。これにより菅直人の浅ましい人間性が、あらためて満天下に明らかに示されました。これで国民の多くが「菅直人の正体」にはっきり気づいたことでしょう。
 菅直人の続投の芽は潰え、潮目は明らかに変わりつつあります。

 さすがに「これはまずい」と、岡田克也幹事長、枝野幸男官房長官といった政権幹部、石井一、渡部恒三らの党長老など、菅政権を支えてきた者たちが、「8月いっぱいで退陣」と言い出しています。党幹部らから「退陣時期」を明確に引き出したのは、一定の成果といえます。

 しかし冷静に考えてみると、これはおかしな話です。
 菅直人自身の「来年1月まで」というのは論外としても、8月いっぱいでというのは何を根拠に出た話なのか。不信任案可否を賭けて臨んだ2日午前の鳩山・菅会談では、「復興基本法の成立、2次補正案にめどをつけた段階(での退陣)」だったはずです。それならば、6月いっぱいで充分退陣のスケジュールは整うはずです。
 現政権幹部連中が突然持ち出した「8月いっぱい」というのでは、話がまるで違います。

 今週末からしきりに菅直人の意向を汲んだ、枝野幸男、安住淳、渡辺周などという口先だけのチンピラ幹部が、テレビで意図的に流しているだけなのです。その結果今や「8月いっぱい」が既定事実化されつつあります。ここに、ペテン師・菅一派のあざとい計略があるわけです。

 菅直人らにとって、鳩山氏との約束どおり「6月末退陣」では、彼らのその後の政治的影響力が大きく殺がれ、場合によっては菅らの政治生命が終わりになりかねません。それを防ぐためにも、彼らは何としても、せめて2ヵ月余の猶予期間を確保したいわけです。
 出来れば代表選を9月に持っていき、野田佳彦か前原誠司なのか、彼らの息のかかった「若い人」を選出する構えなのです。

 また菅直人らには別の思惑もあると考えられます。ズバリその2ヶ月間を使って、小沢・鳩山グループを徹底的に弱体化することです。特に目障りなのが小沢一郎元代表です。今回の不信任案騒動で、小沢元代表の影響力の大きさをあらためて思い知らされたからです。大きな局面ではいつも小沢が立ち塞がってきたのです。
 菅、岡田、仙谷らは、とにかく小沢が邪魔で目障りで怖くて仕方ないのです。

 今回それを物語る一幕がありました。
 菅“人非人”首相は、思惑どおり不信任案が否決された直後、岡田幹事長に「小沢を除籍処分にしろ」と命じたのです。これを知った輿石東参院議員会長が、「それなら俺はバッチを懸けてでも戦う」と抵抗したため、断念せざるを得なかっただけです。
 しかし蛇のように執念深い菅直人、仙谷由人ら“全共闘崩れ”は、今後一段と「小沢復権阻止」「殺小沢」を強めてくることは間違いありません。何しろ彼らの「米官業の利益が第一」と、小沢・鳩山の「国民の生活が第一」とは、路線的に相容れないのですから。

 しかしあまりにも卑劣で、狡猾な今回の菅直人の所業は、党内外から猛烈な反発を喰らっています。早期退陣論は、松本龍防災担当相、松本剛明外相、玄葉光一郎国家戦略相といった、お膝元の閣僚たちからも挙がっています。
 小沢、鳩山グループを中心に、菅直人の党代表解任を求めるための両院議員総会開会に向けた署名は、4日の段階で既に衆院議員だけで150人を超えたといいます。週明けにも執行部に提出する予定です。
 また自民党の石原伸晃幹事長も、「レームダック化した政権がこの先何ヶ月も続くのでは、国政の停滞を招くだけだ」「6月末を焦点に全党を挙げて首相を降ろす」などと述べ、月内にも参院への首相問責決議案提出を目指す構えです。

 小沢、鳩山両氏は、「8月末退陣話」に安易に妥協すべきではありません。何といっても、菅直人との会談の骨子は「6月末退陣」だったのですから。鳩山氏のこの要求に対して、当の菅は「分かりました。合意します」と平身低頭のていだったというではありませんか。
 なのに今さら「8月末退陣」とはとんでもない話です。「そうか、あい分かった」などと武士の情けをかけていると、まるで道理が通じない菅直人、仙谷由人らのこと、今後いつ何時寝首を掻きに来るか分かったものではありません。

 卑劣な菅直人の騙しによって、「菅降ろし」は再燃し、以前より激しい勢いです。「大義」は、小沢・鳩山にあるのです。3日夕両氏は、電話で話し合ったそうです。
 鳩山氏「政治家同士の約束は必ず守らせます。しっかり決着をつけますから信じてください」
 小沢氏「分かった。しっかりやってください…」
 特に鳩山氏はこれを固く守り抜くことです。ということは「6月末退陣」を一歩も譲らないということです。まだぞろふらふらして、「8月末退陣で了承しました」などということのないようにしてもらいたいものです。

 (大場光太郎・記)

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井上真央-「箸の使い方女王」に

 -日本文化の一つを立派に継承している井上真央。今後の活躍が楽しみだ-

   
                        井上真央

 少し前の話で、どうでもいいと言えばどうでもいいことながら。大げさに言えば、事は「日本の伝統文化」にも関わる問題なので。今回は芸能界に時ならぬ「箸の上げ下ろし論争」が巻き起こり、意外なタレントたちがこれに巻き込まれているという話題を取り上げてみたいと思います。

 事の発端は、5月1日付読売新聞朝刊が、読者のハガキによる「NHK朝ドラ『おひさま』の食事シーンで、井上真央さんのお箸の持ち方が美しくて感心した」という投稿を紹介したことにあるようです。
 これをもとに、「タレントが箸をきれいに使いこなしたら好感度がアップしそう」との記事が掲載され、「よくぞ言ってくれた !」と共感を呼んでいるというのです。

 女優や歌手など芸能人にとって、とにかく「人気」は現時点はおろか将来の芸能生活にまで影響を及ぼす、決定的なファクターです。そして人気という不確定要素は、何がきっかけで上げ下げするかわかりません。
 今回の井上真央(24)の場合は、「芸は身を助ける」ではなく、思いがけなく「箸は芸を助ける」となったわけです。

 「箸の使い方上手」効果からか、井上真央主演の朝ドラ『おひさま』は日々人気が高まり、放送開始以来20%前後という高視聴率をキープしているというのです。取り分け東日本大震災で被災した東北地方での人気は絶大だそうです。
 同番組が震災地の方々の何よりの慰安になっているとあれば、主演の井上自身これ以上嬉しいことはないでしょう。

 反対に、箸の使い方が悪くて「見ていてだらしない」「育ちの悪さが出ている」などと、さんざん叩かれている美人女優もいます。名前を出しては何ですが、北川景子(24)です。これがお茶の間から飛び火して、ネット上でバッシングを浴びたというのです。
 それからさらに火がつき、北川のように箸の使い方が得意ではないタレントへの目が厳しくなっているのだそうです。ネット上ではダウンタウンの浜ちゃんを筆頭に、石ちゃんこと石塚英彦、大塚愛、森泉、赤井英和、山口智充、桑野信義など多数の名前が取りざたされているとのことです。

 箸の持ち方一つ取ってみても、にわか演技で誤魔化せるものではありません。おそらく井上は育ちの良いお嬢さんか、少なくと箸の持ち方を含めて食事マナーを厳しくしつけられた家庭の子女であることでしょう。
 先月の『ドナルド・キーン氏、日本永住を決意』のキーン教授の言葉の中に、「人間と動物との違いは“礼儀”である」とありました。そして礼儀やマナーというものは、最初は意識的に自覚して身につけなければならないものです。箸なら箸の美しい使い方を、何度も何度も繰り返す事によって、初めて習慣化され、いつの間にか無意識的に礼儀やマナーに適った使い方が出来るようになるわけです。

 またこれも先月の『春風』記事で、小津安二郎監督の名画『東京物語』の中の、原節子、香川京子の立ち居振る舞いの美しさを、「さながら生ける神々のようだ」と絶賛しました。
 「うちの姑さんは、箸の上げ下ろしまでうるさくて」とはよく聞く常套句ですが、たかが箸の使い方、されど箸の使い方。「箸文化」は、我が日本が編み出した独自の食文化の重要な一要素であるのです。確かにそれとなく見ているに、今どきの若者は箸の使い方が下手なようです。大げさながら、こんなところにも日本文化の断絶が兆していると見るべきなのです。

 井上真央に戻ります。
 彼女のことは、昨年3月の『明治大学のこと』でも触れました。明治大学の学生として、現在演技論を学んでいます。そして実際女優としても、彼女の演技には定評があるといいます。今回の『おひさま』の初顔合わせの際、「私は叱られて叩かれて伸びるタイプです」と、可愛い顔に似合わぬような女優魂の一端をのぞかせる挨拶をしたそうです。
 その『おひさま』、私は観ていないので分かりませんが、確か今週あたり井上演じるヒロインの祝言シーンがあり、井上の白無垢姿が披露されるのではなかったでしょうか。

 また同朝ドラ以外にも、井上真央主演で映画『八日目の蝉』(成島出監督)が、4月29日から公開されています。公開後10日間で観客数50万人到達、27日経過した5月25日に興行収入10億円を突破するヒットとなっているようです。
 原作は直木賞作家・角田光代の初の長編サスペンスで、こちらも文庫本100万部突破、今年に入って村上春樹『ノルウェーの森 上』に次いで2位だそうです。

 私の個人的見解では、例えば原節子、吉永小百合などの「本物の日本女優」の系譜に連なる女優が、現在あまり見当たらないのが残念です。そのため私の眼はついつい、台湾出身の国際女優のリン・チーリン(代表作『レッドクリフ』の小喬役)や、韓国女優のイ・ヨンエ(代表作『宮廷女官 チャングムの誓い』のチャングム役)など気品漂うアジアン女優に向かいがちです。
 「箸の使い方女王」の井上真央さん。どうか本物の日本女優を目指して、今後とも女優道に精進していってください。

  連続テレビ小説『おひさま』NHKオンライン
    http://www9.nhk.or.jp/ohisama/

  映画『八日目の蝉』公式サイト
    http://www.youkame.com/index.html

 (大場光太郎・記)                        

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鳩山がペテン師・菅にマジで怒ってるぞ

 -菅らは前夜から可決回避策を練っていたという。菅を叩きつぶせ、小沢・鳩山 !-

 自公提出の菅内閣不信任案に党内の小沢グループなどが同調し、同不信任案可決が確実な情勢となった2日午前、党分裂回避のため官邸で菅直人、鳩山由紀夫両氏の話し合いがもたれました。

 その中で鳩山氏は、「復興基本法と第2次補正予算案の編成のめどが立った段階で、お引取りいただきたい」と、6月いっぱいまでの早期退陣を求めたところ、菅首相は「それで結構です」と応じたといいます。そしてこの話し合いの場には、岡田克也幹事長も同席していました。
 その結果作られたのが問題の合意文書です。同文書には「辞任」もなければ、菅首相の署名もありません。鳩山氏が署名を強く求めたところ、菅はヘラヘラ作り笑いしながら「同じ党の身内なんだから、私を信用してください」と、署名を拒んだということです。

 急場に突如設けられたこの話し合いは、どうやら前夜(1日夜)から周到に練られた策だったようです。この謀略に加わったのは、菅直人、仙谷由人、岡田克也、枝野幸男ら菅政権“腹黒”幹部10人。この場で「不信任案否決」「小沢切り」などの対応策が練られ、結果として「誤魔化し退陣表明」という秘策が導き出されたもののようです。
 菅や仙谷、岡田らの狡猾なところは、その会合に鳩山氏側近の平野博文元官房長官を加えたことです。平野は鳩山氏まで不信任案賛成を表明したことに党分裂の危機感を募らせ、同席していた北澤俊美防衛相と打開策を協議し、翌2日朝二人の間で、菅、鳩山会談で取り交わす3項目の合意文書の文案が固まっていたといいます。

 こうして鳩山氏はまんまと官邸におびき出され、したり顔の菅直人から退陣表明という空手形を渡されたわけです。党内で多数の可決同調議員の鍵を握っている 小沢一郎元代表には、このことはまったく知らされず、後で内容を知って激怒したといいます。
 本来王道を行く「仁者」である小沢氏や鳩山氏は、今回「何でもあり」の菅、仙谷、岡田らの覇道的謀略にまんまとはめられた格好です。
 かくて同日昼の党代議士会での菅首相の「形ばかりの退陣表明」を経て、午後不信任案は否決されたわけです。

 最大の難所を切り抜けた菅首相らは、シナリオどおりの行動に出ます。菅は同日夜の記者会見で、辞任時期について、福島第一原発の各原子炉が「冷温停止」の時期とされる来月1月を示唆し、事実上の続投宣言をしたのです。話し合いに同席していた岡田幹事長も、「辞任の時期について何ら取り決めはしていなかった」としれっとして言い出す始末です。
 民主党結党以来の「身内」であり、何より巨額の私費を投じた党オーナーであり、自分が禅譲を受けた恩義ある鳩山前首相を騙したのです。
 昨年秋の代表選でもこれと似たようなケースがありました。まるで気色悪いデジャヴュを見ているようでゲンナリです。

 これを知って、普段は温厚な鳩山由紀夫氏の怒るまいことか。
 3日午前私邸前の記者団の取材に応じ、退陣を先延ばしして事実上なし崩しにしようとする菅首相に、「政治家同士の約束を守れないなら、ペテン師だ」と語気を荒らげて激しく批判したのです。
 「政治家同士だから、口できちっと約束したことは守る。あたり前のことです。それができなかったら、ペテン師です。そんな詐欺師まがいのことを首相がやると、私は思っていない。当然(復興基本法案の成立、2次補正の早期編成のめどをつけるという)2つの確認事項が守られたら辞めていただく、辞任するということが、少なくとも二人の間の確認だ」

 2つの確認事項が行われても、菅首相が退陣しない場合には?という質問には、
 「(2日夜の首相記者会見での発言は)全くその確認事項を無視するような発言であるように、私には聞こえた。どうも、もっと先送りする意向だと。不信任案が出る直前には辞めると言い、否決されたら辞めないという。こんなペテン師まがいのことを一時の首相がなさってはいけない。あたり前の話です。人間としての基本にもとる行為をされようとしているのであれば、即刻、党の中の規則の中でしっかりと首相には辞めていただくように、当然のことながら導いていかなければならない」

 鳩山氏の腹案にある「党の中の規則で」とは、民主党両院議員総会を開いて、その場で菅代表、岡田幹事長らの辞任を要求するということです。既に同総会開会のための署名集めが始まっています。
 同総会が開催されれば、いくら菅直人らがジタバタしようが、“怒髪天を衝く”勢いの小沢グループ、鳩山グループを中心に今度こそ一致結束し、党代表、幹事長の職を強制的に剥奪されることは確実です。

 とにかくこんなとんでもない「害毒」連中が、この国の中枢に居座り政治を壟断し続けることは、その分この国の不幸が増大するだけです。一日も早く退治するに限ります。
 今月末などと悠長なことではなく、鳩山氏が言うように「即刻」来週前半にでも両院議員総会を開いてもらいたいものです。

 通常はこの時点で、菅直人の政治生命は終わりです。
 ただ岡田幹事長はその職を直ちに解くことが出来、菅直人も党代表の資格を失うとしても、同総会の場で行政府の長である首相解任までは出来ません。予め腹黒仙谷あたりから知恵をつけられ、「代表、首相分離論」を持ち出して首相を続けかねないのです。異常な権力亡者の菅のこと、その可能性も否定できません。

 そうなったら今度は仕方ないから野党の出番です。舞台を移した参院予算委員会で、前原前外相を外国人献金問題で辞任に追い込んだ自民党の西田昌司参院議員が、菅直人の外国人献金事件を徹底追及、全国民に一切合財さらけ出してもらいましょう。
 これを見て、同事件で既に市民団体からの告発を受理している東京地検特捜部も、ようやく重い腰を上げて捜査に着手することでしょう。

 また各野党からは、菅政権の震災復興、福島第一原発事故への対応の不手際をガンガン追及してもらいましょう。その果てに待っているのが、菅首相問責決議案です。参院の場合野党多数ですから、これは間違いなく可決されます。
 それでもなお居直るのなら、「真の黄門様」西岡武夫参院議長の出番です。参院本会議やすべての委員会の開会を断固拒否してもらうのです。さすがの菅も為すすべなく立ち往生で、ジ・エンドです。

 これらの複合的退陣プロセスのいずれかの時点で、さしもの菅直人も「早期に」辞めざるを得なくなるのは必定です。もしそれらをすべてくぐり抜けるようなら、化け物だよ、こいつは。

 (大場光太郎・記)

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小沢・鳩山連合軍、菅を延命さすの巻

 -絶好機をみすみす逃すとは、何やってるんだ。菅「辞任表明」など空手形だぞ !- 

 6月2日は風雲永田町のピークの日、この日をもって菅直人総理の息の根を止めることができる絶好の機会だったはずなのに。またしても希代の権力亡者の菅直人に、するりとくぐり抜けられてしまいました。

 小沢一郎元代表のグループ、鳩山由紀夫前首相などの中間派など、自公提出の内閣不信任案可決に必要な80人余以上の同志の糾合は、完全に目途が立っていたわけでしょう。なのに、なぜ最後まで同不信任案賛成で突っ走らなかったのか。
 敵さん(菅直人)だって不信任案が可決されると分かって真っ青になったのです。だからこそ、にわかに同日午前中鳩山氏と話し合ったわけです。その場で仮に「辞任」の話が出たとしても、即刻辞任ならまだしも、「先送り」の条件付辞任ではないですか。

 菅・鳩山両氏の間で一応文書まで取り交わし、「菅辞任」を確約したと言いつつも。政治屋特に菅直人の約束などまるで当てにならないことくらい、とうの昔に折り込み済みだったのではないですか。えっ、鳩山さん、小沢さん。
 つまり菅直人にしてみれば、とにかく目前に迫った不信任案可決を回避するための窮余の一策でしかなかったのですよ。老練な政治家のはずの鳩山氏、小沢氏はなぜそんなことを見抜けなかったのでしょう。

 結局小沢、鳩山グループをまるめ込んで、不信任案を多数で否決してしまえば後は菅直人のもの。それが証拠に、息を吹き返した岡田克也幹事長などのゾンビ連中が、菅の退陣の時期を巡って「菅総理の退陣は復興のめどがついた時、つまり現時点では決まっておらず、それ以外の条件はない」などと言いはじめているではないですか。
 常日頃「友愛」をモットーとする鳩山由紀夫氏は、菅直人らに完全に手玉に取られただけなのですよ。「うそです。それは先方がうそをついているだけであります」などと鳩山氏が釈明してはみても、しょせん後の祭りでしかありませんよ。

 おそらく菅直人は、不信任案採決前の党代議士会で辞任を口にしても、今までさんざん見せつけられた手法で、あれこれ言い逃れして早期になど辞めませんよ。2次補正予算案が今月中に成立しても、同予算案が8、9月頃執行されても、今度は「福島原発事故が収束しないかぎり復興にめどが立ったとは言えない」などと屁理屈つけて、さらに居直り続けかねません。
 こうなると同原発事故の工程表では、収束には早くても来年の1月まではかかるわけです。いや福島原発各号機の現状から見れば、無能政権のもとではこの先何年かかるかしれやしません。菅直人の倒錯した論理では、その間ずっと「復興、復興」で居直り続ける口実になるわけですから。

 第一世間一般の金銭貸借などの契約書でも、返済時期を明確に条文化しない契約書など有り得ないではないですか。返済金額、この場合は「菅総理辞任」だけは一応明確にしたものの、それを履行する時期はいつなのか、それこそが肝要なのです。「復興に一定のめど」がつくとは具体的に何を指し、時期はいつなのか。この決定的事項が曖昧模糊としているのですから話になりません。
 これが権力亡者の菅直人の作戦だったわけです。こんな合意文書では法的にも無効な空証文ですよ。まあ、まんまと乗せられましたね、鳩山お坊ちゃま。

 本来反対に回るはずだった民主党議員らの間ですら、「党分裂という深刻な事態が回避できた」「解散がなくなった」といった、評価や安堵の声があるようです。
 でも心ある国民有権者は、昨年6月に菅直人政権になってからの民主党の変質で、とうの昔に「民主党などもうどうなってもいい」と腹をくくっていますよ。むしろ(大別して)菅民主党と小沢民主党では、しょせん水と油、永遠に交じり合わないことがはっきり分かったわけですから。不愉快で非生産的なゴタゴタがいつまでも続くよりは、いっそのこと思い切ってこの際スパッと分裂してくれた方がすっきりすると考えていたくらいです。
 それに仮に解散・総選挙となった場合、多くの民主党議員が落選する可能性が高いといっても、そんなもの国民有権者にはまるで関係ない話ですから。

 今回もし不信任案可決となれば、その先にはひょっとして「小沢首相」誕生の可能性もあったわけです。しかし自民、公明など各野党が折角伝家の宝刀を抜いてくれたのに、すべてを水の泡としてしまって。あーあッ。
 単なる誤報か揣摩臆測のたぐいか、2日夜の「ネット版・テレ朝news」では、フランケン岡田改め「ゾンビ岡田」が、今回の件で小沢元代表の造反は重いとして、先の党員資格停止から最も重い「除籍処分」の検討に入ったとありました。これには小沢氏本人より鳩山氏が怒り心頭、「ならば岡田幹事長の首を取るまでだ」と周辺にぶちまけているといいます。でも鳩山さん、とうやって「岡田の首」を取るおつもりですか。何か方策があるんですか。

 小沢陣営からすれば、一気に「チャンスの後にビンチあり」なのではないでしょうか。すべては6月2日という天の賜物の日に、菅直人という最大の奸物の息の根を止めなかったことにあるのです。鳩山氏という当てにならないメッセンジャーなど立てずに、分裂しようが解散になろうが、何が何でも突っ走るべきだったのではないでしょうか。
 ここから菅直人を絶体絶命に追い込む、何か取って置きの秘策がありやなしや。

 何やら絶好機を逃した後の深い落胆が残るのみです。本当に「政界一寸先は闇」。延命中にまた不測の事態が起きて、今回の退陣表明など白紙になることだってあり得るのです。こうなれば菅直人が退陣表明したことで事実上レームダック化し、早晩の衰弱死を待つという、“あなたまかせ”の消極戦法しかないと思うのですがどうなのでしょう。
 以上文脈のていを為していないかもしれない、悲憤慷慨の一文でした。

 (大場光太郎・記)

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「坂入姉妹」と童謡『ないしょ話』

 -「坂入姉妹」が、安田祥子・由紀さおり姉妹のように大ブレークしますように !-

     

             坂入姉妹さん

 この度、『童謡「ないしょ話」秘話』に「坂入姉妹」を名乗る方からコメントをいただきました。私はてっきりこれは“ハンドルネーム”かな?と思いましたが、そうではなく童謡歌手“姉妹デュオ”の正式名称なのでした。
 以下に坂入姉妹さんからのコメントをご紹介します。

                       *
初めてお邪魔させて頂きます。
童謡歌手の坂入姉妹と申します。

「ないしょ話」はコンサートなどでよく歌わせて頂いており、曲にまつわるエピソードを調べていたところ、こちらに辿り着きました。
大変勉強になり、心に響きました。

私達は東京に住んでおりますが、昨年山形でコンサートがあり、その際にどうしても「ないしょ話」の歌碑を見たいと思い、霞城公園に伺ってまいりました。
その件について、ブログにも書かせて頂いております。「坂入姉妹 ないしょ話」で検索して頂くとご覧いただけますので、よろしければ是非覗いていただけたら嬉しいです。

妙理様にも宜しくお伝え下さいませ。

                       *
 本職の歌手の方からのコメントと知って、まずびっくりしました。それにコンサートで山形に行かれ、霞城(かじょう)公園に出向いて「ないしょ話歌碑」をご覧になったというのもびっくりです。
 なお霞城公園というのは、旧山形城跡に造られた山形市内にある公園で、近隣では名園として知られています。『童謡ないしょ話』では触れられませんでしたが、同公園内にも「結城よしを作詞」の同童謡の歌碑があるのです。

 
 
  「ないしょ話」      結城 よしを 作詞
                  山口 保治 作曲

 1 ないしょ ないしょ
   ないしょの話は あのねのね
   にこにこ にっこり ね 母ちゃん
   お耳へ こっそり あのねのね
   坊やの おねがい きいてよね

 2 ないしょ ないしょ
   ないしょの おねがい あのねのね
   あしたの日曜 ね 母ちゃん
   ほんとに いいでしょ あのねのね
   坊やの おねがい きいてよね

 3 ないしょ ないしょ
   ないしょの話は あのねのね
   お耳へ こっそり ね 母ちゃん
   知っているのは あのねのね
   坊やと母ちゃん 二人だけ



「ないしょ話」は、昭和14年童謡作家「結城よしを」により作詞されました。
19歳の時に書かれた作品です。

結城よしをは、大正9年
山形県南陽市宮内に生まれました
当時の男の子達は、
「大きくなったらお国のために頑張って戦おう」という思いが強かったそうです。

昭和16年7月入隊
そして北洋、南方を経て
パラチフスに感染し、小倉の病院にて両親に見守られる中、昭和19年9月24年の短い生涯を終えたそうです。

『童謡の謎』の作家である合田道人さんの著書によりますと、結城よしをの最後の言葉は、

「神様が僕にいいことを教えてくれた・・・それは童謡。僕の童謡を本にして下さい」 
これが、『坊やのおねがい』であったそうです。


こちらが、歌碑です。










 (坂入姉妹の童謡ブログ-『童謡「ないしょ話」歌碑』より)

 それとさらにびっくりなのは、冒頭画像でもお分かりのとおり、坂入姉妹さんがうら若き姉妹であることです。私はコメントの「童謡歌手」を見て、童謡専門の歌手ならきっとかなりご年配なのでは、と当りをつけていたのでした。例えば往年の「こまどり姉妹」が、今童謡を歌っているというような…。(古いねぇ、私も-苦笑)
 ところがあにはからんや。かくも若い美人姉妹とは ! 最近チアリーディングの佐竹美帆さんを紹介したように、「今どき美女」に目のない私は(笑)、実は今回は井上真央の話題を…と考えていたものを、1回飛ばして坂入姉妹さん紹介となった次第です。

 それはさておきー。
 これは当ブログで童謡を取り上げる場合、必ずといっていいほど言うことですが。昔懐かしい名童謡が、今では学校でも教えられず、テレビでも歌われません。そのため私などの年代は別として、若い世代はそれら名童謡をあまり知らないのではないでしょうか?児童の情操の涵養、文化の継承という観点などから、大変残念です。

 しかしここに童謡歌手「坂入姉妹」の登場です。坂入姉妹さん(姉・坂入恵美、妹・坂入真紀)は、共に東京音楽大学声楽科卒業と、音楽、声楽の基礎からしっかり学ばれています。生の歌声は少ししか聴けないのが残念ですが、お二人の歌唱力は折り紙つきです。
 童謡『ないしょ話』ももちろんそうです。ほかに『雨』『浜千鳥』『カナリア』『赤い靴』『雨降りお月さん』『叱られて』『うれしいひな祭り』『花嫁人形』『しゃぼん玉』などなど。
 坂入姉妹さんには、安田祥子・由紀さおり姉妹からバトンを受け継ぎ、若い世代を中心に童謡の裾野をさらに広げる活躍を期待したいものです。

 これも何かのご縁です。皆さん、坂入姉妹さんを、今後共々応援していこうではありませんか !

 坂入姉妹プロフィール
  http://care-comi.com/benri/douyou/sakairi.htm

 坂入姉妹の童謡ブログ-『童謡「ないしょ話」歌碑』
  http://yaplog.jp/sakaili-shimai/archive/209

 坂入姉妹公式ホームページ
  http://music.geocities.jp/sakairi_shimai/

 坂入姉妹の歌う『七つの子』
  http://care-comi.com/benri/douyou/1nana.htm

 (大場光太郎・記) 

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私たちの不死性

 最近の『「空洞地球」について語る時がきた(10)』で、空洞内部人やテロス人の「不死性」について触れました。ポーソロゴス図書館館長のミコスが、これについてメッセージしています。今回はこの一文をご紹介します。(適宜段替え、行空け、中略などをしています。)

 なお「ポーソロゴス図書館」とは、エーゲ海の真下の、空洞内の“カタリナ”という都市の洞窟内にある大図書館です。地球はおろか宇宙全体の歴史、博物などの記録を最大漏らさず保存している「多次元図書館」だそうです。
 古代において蔵書数70万巻を誇ったエジプトのアレクサンドリア図書館は、焼失したりキリスト教徒による破壊によって、歴史から消失してしまいました。が、大丈夫。ちゃんとすべての記録をポーソロゴス図書館が引き継いでいるそうです。「時至れば」、私たちも同図書館に案内されるといいます。

 同図書館館長の大聖ミコスは、元々は外宇宙から来訪し、地上に住むことなく空洞内部に向かった人だといいます。驚くべきことに年齢は48万3000歳余。にも関わらず、目は澄み切った光で輝き、皮膚は赤子のように柔らかく、身長は4.6m、頑丈で雄牛よりもパワフルだそうです。
 それを可能にしているのは、ミコスが「完璧な霊性」にとどまっていることにあるようです。  (大場光太郎・記)
                       *

私たちは年をとりません
 
 あなた方は、加齢は時間の経過の表れであると考えて、「日」、「時」、「秒」と数えては、それらすべてを自分たちの体の中に記録します。人々が年をとるに応じて、時間は経過します。建物が劣化するに応じて時間は経過します。これは地上における時間であって、それはすべて錯覚です。実際は時間は存在しません。存在し得ないのです。
 私たちが最高の例です。私たちの体は年をとらず、私たちの建物も劣化しません。

 インナーアースでは時間は存在しないのに、なぜ地上にだけ時間は存在するのでしょうか?あなたはそのように思うのではないですか?しかし、あなた方が考える時間が地上でいくら経過しても、私たちの体は若いままであるという事実は、私たちの生活が証明してします。
 あなた方は年をとることで時間を測りますが、私たちは年をとりません。私たちのために「時間が止まっている」のでしょうか?それとも、むしろあなた方がおかしな測定方法を利用しているのでしょうか?

 あなた方が年月を「年をとる」ものとして数えなければ、あなた方の体も年をとらなかったでしょう。もしあなた方が年月を「加齢」ではなく、太陽の周りを旅(回転)することとして数えていれば、30年は、30歳ではなく、30回転の旅となります。「旅(回転)」があなた方に年をとらせることはありませんが、「歳」は年をとらせます。
 もしあなた方が「歳」から「旅(回転)」へとただ言葉を換えれば、あなた方は不死を獲得します。すべてあなた方の信念と言葉にあります。あなた方の言葉と思考がそれをさせるのです。

 空洞地球では、私たちは決して加齢を考えないため、そのようなことはないことを理解しています。私たちは、あなた方が経験するのと同じような時間は存在しないことを理解しているのです。
 というのも、ここのすべてのものは永遠の「若さ」と「新しさ」の状態にあるからです。私たちの体を含めて、すべてのものは創造された時と同じぐらい新しく見えます。私たちは「時間が無い」環境において、聖なる完成状態で存在しています。

 あなた方は時間を止めることができます。瞬間ごとにただ自分自身を感じ始めて、その感覚と、自分自身のその意識を引き延ばしてみるのです。「時間」にとらわれることがなければ、あなた方は実際に自分たちの「時間」を広げ、若さを持続させることができます。もしそれがあなた方から消えれば、あなた方は立ち止まって、その瞬間に己を深く感じる時間を取り戻すことができるのです。それはすべて意識の問題です。
 もしあなたが一日自分を見失えば、人生の一部を失います。しかし、もしあなたが一日自分に気付いていれば、あなたは不死を得ます。なぜなら、あなたは「今」にフォーカスしているからです。

 (以上『空洞地球 ポーソロゴスの図書館ミコスからのメッセージ』より)

                       *
【注記】 健康で、若々しく、エネルギーに満ち溢れて永く生き続けるには、どうすればいいのか?今回のメッセージはかなりのヒントを与えてくれています。
 「不死の探求」は、当ブログの主要テーマの一つとして、今後とも折りに触れて取り上げていきたいと思います。そのため今回、『不死の探求』カテゴリーを新たに設けました。

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