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絶海の孤島の“神秘の人”

 -人間世界恐るべし。まことのシッデイがこんな所にも隠れ棲んでいようとは !-

 私は今『マグダラの書-ホルスの錬金術とイシスの性魔術』(トム・ケニオン&ジュディ・シオン著、鈴木里見訳-ナチュラルスピリット刊)という深遠な本を読み進めています。「マグダラ」とは、マグダラのマリアのことです。マグダラのマリアについては、一昨年5、6月の『イエスとマグダラのマリア』シリーズで取り上げました。
 その中でマグダラのマリアは、ローマカトリック教会によって娼婦に貶められてきましたが、本当は当時最高の女性イニシエート(秘儀伝承者)であり、イエスの高度なセックスパートナーだったことを述べました。

 この『マグダラの書』では、マグダラのマリア自身がイエスとの真の関係、イエス処刑後の数奇な人生、古代エジプト錬金術・性魔術などについて驚愕の内容を伝えてきています。さらにそれをもとに、著者が各行法の詳細な解説をしています。
 関心がおありの方は同書をお読みいただくとして。同書の中でハッとするような「神秘の人」についてのエピソードに出会いました。こういう超絶的な人物は、インド、ヒマラヤ奥地、チベットのラマ僧寺院などには少なからず存在することが知られてきました。
 しかしまさか、アラスカ北方の絶海の孤島の一修道院にとは。

 こういう人は、身体はこの3次元世界に属しながらも、その精神性においては多次元世界を自在に天翔けているのです。
 今回はその該当個所を転載してご紹介します。少し長文ですがご一読ください。なお適宜行替え、中略などをしています。  (大場光太郎・記)

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シッディと意識の力

 シッディまたは意識の力は霊的進化の途上で自然に開かれる。この意識状態に達した聖者や神秘家が、仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、道教において数多く報告されている。さらに多くの土着の文化でも、シャーマンがこのような能力を発揮することが知られている。
 過去数十年にわたり、私はシッディについて個人的研究を続けてきた。西洋の唯物論的意識にとって、このような能力は異様に思えるかもしれない。しかしこれらは数多くの文化で報告されている。数年前、私はある神秘家のシッディを、地球上で最もありそうもない場所のひとつーアラスカのコディアック島で体験した。

 私はワークショップの指導のためにアンカレッジへ招かれ、週末にはコディアック島でワークショップを指導した。島でのセッションを終えてから数日間休みがあったので、主催者側から与えられたいくつかの選択肢の中から、私はある小さな島への船旅を選んだ。その島はかつてのロシア正教の聖者が住み、現在はロシア正教の修道士たちが住む島である。(中略)

 私たちは小型飛行機で付近の島までいき、荒れ狂う極寒の海へと着陸した。ピックアップ・トラック〔集配用の小型トラック〕を運転する地元漁師の妻に迎えられ、私は荷台に飛び乗り、私の主催者は座席に乗った。
 夏だったにもかかわらず、海沿いの彼女の家に向かう途中、小雪が舞い降りた。そのとき私はあまりの寒さに、この土地の住人がどうやって冬を生き延びるのか不思議に思ったことを憶えている。私たちは杉の木に囲まれた小さな家に着いて中に入り、大きな木のテーブルを囲んでお茶を飲んだ。アラスカ北部にいったことがある人ならわかると思うが、そこには大変変わった時間が流れていた。私たちはひたすら座り続け、ときどき話をしながら、出発するのに適当な時間を待ち続けていたようだった。最終的に私たちの案内人が出発の時を告げ、私たちはピックアップ・トラックにふたたび乗り込み、彼女の夫がトロール漁船で待っている船着場へと向かった。

 私たちは驚くほど穏やかな海に乗り出した。私たちの案内人は帆桁(ほげた)の脇に座り、編み物をしながらこの穏やかな海がどれほど珍しいかについて話した。私は快適なペースで進む船から、近隣の島々の信じがたいほどに豊かで美しい風景を楽しんでいた。アザラシが途中船についてきた。
 巨大な岩が露出した場所を通り過ぎると、私たちは天然の小さな港にたどり着いた。トロール船で進むには水が浅すぎるので、小舟に乗り換えて岸に向かった。それはまるで中世の一場面のようであった。男性のグループが浜で茂みを焼いており、青空に渦巻く白い煙が空気中に濃く立ち込めていた。修道士たちは長いひげを生やしたロシア正教やギリシャ正教の聖職者に典型的なスタイルで、細い腰ひもを結んだ長い灰色のローブを着ていた。彼らはそれぞれ十字架も身につけていた。

 小舟から砂の上に降り立ち、私たちは三十代前半のある種の権威を漂わせた人物に迎えられた。私たちの案内人が、私がワシントン州から訪ねてきたことを説明すると、その大修道院長は満足げにほほ笑み、十二人ほどからなるその小さな修道院の案内を始めた。私たちが小道を登り杉の木陰に入ったとき、この修道院には巡礼者がほとんど訪れないと彼は言った。
 彼は私たちを聖者が住んでいたと言われている小さな小屋も含め、いくつかの場所に案内した。私はその小屋の空気が、聖者の持ち物であった古い書物やイコン〔聖画像〕などでカビ臭かったのを記憶している。しかしそこには明らかな静穏さがあった。修道院長は私たちを癒しの力があると評判の泉にも案内し、最後に聖者が以前埋葬された小さなチャペルに案内した。彼の遺体はその後別の場所に移されたが、この場所はいまだに神聖な場所とされていた。

 修道院長は私がチャペルの片隅を見つめているのに気づいた。彼が私に「何か見えるか」と尋ねたので、私は「床から天井を通り抜ける白い光の柱が見える」と言った。修道院長は少しほほ笑んだようにも見え、聖者がこのチャペルの私が見つめていた隅に埋葬されていたと話した。それから彼はまるで別世界から聞こえてくる夢のような声で言った。私はそのとき彼の言葉がとても奇妙に感じられたのでよく憶えている。「我々がみな、そのように敏感であったなら」
 幻想から自らを奮い起こすように、修道院長は「もうひとつ見せたい場所があります」と言った。

 (中略)修道院長はさまざまなイコンを指さしてそれぞれの意味を説明し、これで案内は終わりだと言った。私たちをチャペルから出して、彼はチャペルのドアを閉めた。そのとき突然、私は彼に尋ねたい神秘主義に関する質問を思い出した。再度ノックしたが中に人がいる気配はなかった。
 私が慎重に扉を開けると、チャペルの中には誰もいなかった。私は一瞬ショックで立ちつくした。それから私のいつもの懐疑心が顔を出し、隠し扉や別の入り口を探し始めた。私は床のすり切れた敷物さえめくって秘密の出口がないか確認した。どこにもない。

 ショックが覚めやらぬままに、チャペルの外に出て仲間の待つベンチへととぼとぼ歩いていくと、そこにはっきりと修道院長の姿が見えた。彼は私の案内人と話しており、私が彼のもとに歩み寄ると、彼は目を輝かせて私に会釈をしたのだった。私たちは小舟に乗り込みトロール船に戻った。私はデッキに立ち、船尾越しに船が日暮れの海へと戻っていくのを眺めていた。私は沈黙していた。
 これを書いている今も、そのとき感じた驚嘆と畏敬の念にとらわれる。私はシッデイの存在は認識しており、その物理学も研究し、それにまつわる物語や報告の収集をひとつの趣味としていた。しかしこのコデイアック島の小さな島で、一人の質素な修道士がヨガの力の神秘をじかに見せてくれたのだった。

 帰りの船旅の途中で漁師の妻が編み物の手を止め、「彼らはいつもあんなことをするんですよ !」と言った。「あんなことって?」と私が聞きかえすと、「テレポテーションやバイロケーション〔二箇所に同時に存在する〕、そういうことです」と彼女は言った。
 「本当ですか」と私が言うと、彼女は編み物の手を休めずにこう言った。「ええ、あの島はへんぴな場所です。郵便も届きません。私たちは街で郵便を受けとったり買い物をしている彼らをときどき見かけますが、彼らが街にくる手段は一切ないのです」彼女は意味ありげな調子で言った。  (転載終わり)

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コメント

本記事は2011年6月8日公開でしたが、今回トップ面に再掲載しました。 (2017年8月9日)

投稿: 時遊人 | 2017年8月10日 (木) 05時01分

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