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2011年7月

蝉、鳴きました !

   初蝉や祭準備で大わらわ   (拙句) 

 24日公開の『今年は蝉が鳴かない?』、おかげ様で大好評です。どうも「蝉が鳴かない」は、全国的に今夏の大関心事のようです。
 私も同記事を公開した手前、その後気になって毎日のように『きょうは蝉の便りがないか』と、注意しながら居住地付近を歩いたりしていました。やはり指標としたのは、同記事で触れましたすぐ近所の遊歩道沿いの桜並木です。
 しかし昨日まで、蝉声はまったく聞かれなかったのです。同記事で紹介しましたとおり、例年より遅かったと思われる08年でも、この桜並木で7月29日には聞かれたのでした。とうとう今年はその年よりも遅い年ということになってしまったわけです。

 本日30日夕方、いつものとおり気分転換のため外に出てみました。きょうは曇り空。時折り涼風も吹き抜けそんなに暑さは感じられません。今夏は、気象庁の長期予報どおり、昨夏のような殺人的猛暑とはならないようで何よりです。
 ただ新潟、福島などでは、土砂災害、河川の氾濫などで多数の住民が避難するほどの記録的豪雨に見舞われているようです。被害に遭われた地域の方々には、心よりお見舞い申し上げます。
 
 厚木市街から津久井方面に至る県道の西側の住宅地を歩いてみました。私の住居は県道の東側ですから反対側ということになります。やがて昨年1月末の『妻田薬師逍遥記』でご紹介しました、当地の名刹(めいさつ)「妻田薬師」が見えてきました。
 同薬師は道路面より数メートル高台にあり、少し離れた所からでもそこの鬱蒼とした木立や本堂の緑青色した堂々たる屋根などが眺められるのです。
 どんどん近づいていきますと、そちらの方向から「ミーン、ミーン、ミーン」と元気なミンミンゼミの鳴き声が聞こえてくるではありませんか ! 時刻は午後4時過ぎ。『やったーっ。とうとう聞いたぞ !』。私は嬉しくなって、薬師の方にさらに歩いていきました。

 『妻田薬師逍遥記』でも述べましたように、同寺の「大ケヤキ」は「県指定天然記念物」「神奈川県の名木100選」にも選ばれたほどのもので、道寄りの所に数本すっぽり境内を覆い隠すほどの高さと枝々の広がりを見せています。
 どうやらミンミンゼミは、その梢の高い処(ところ)で鳴いているようなのです。「ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーーィ」。その鳴き声は、今まではサッパリだったくせして、『夏なんだから当たり前じゃん』と言わんばかりのまあ豪勢な鳴き方です。
 ミンミンゼミに混じって、別の梢から「ジー、ジー、ジー」というアブラゼミの鳴き声も聞こえています。

 初蝉の声に加えて、7月最後の土曜日のこの日妻田薬師の夜祭の日でもあるようです。格式ある立派な山門前から境内を覗いてみるに、既に夜に行われる盆踊りに備えて、どこの地区でも見られる盆踊りのための大きなやぐらがどんと設けられています。やぐらをぐるっと取り囲むように、丸くて小さな提灯がいっぱい取り付けられ、早や灯りが灯っていていつでもスタンバイオッケー状態です。
 また「氷」「やき鳥」「やきそば」「バナナチョコ」などと、側面を覆う布に大書された出店も数店建っています。お客はまだ誰もいないものの焼き鳥の店ではもう鳥を焼いていて、その香ばしい匂いが境内の外にまで漂ってきます。

 いったん戻って5時過ぎ、今度は住居のある県道東側の方向を歩いてみました。すると今度は大きな団地住宅の木立から「ジー、ジー、ジー」とアブラゼミの声が聞こえてきました。この道は昨夕も通りましたが、確かその時は蝉声は聞こえなかったはずです。どうやら当住居地付近は、本日一斉初蝉の日としていいようです。
 帰り道とある住宅地のどこかからは、「カナ、カナ、カナ」という少し金属的なヒグラシの鳴き声も聞かれました。

 確認のため、住居にほど近い例の桜並木に最後に立ち寄りました。しかしここはまだでした。どうやら当住居地の初蝉を確認するには、来年からは鬱蒼と繁った妻田薬師を指標とすべきなのかもしれません。
 実際のところなかなか蝉が鳴いてくれず、『もしかして今年はホントに鳴かずじまいなのか?』と、放射能飛散のことなどがつい頭をよぎり、一抹の不安を抱いていたのでした。しかし本日こうして鳴いてくれてホッとしました。やはり蝉の声は、夏の風物詩として欠かせません。

 (大場光太郎・記)

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小沢一郎が担ぐ「本命」は馬淵澄夫?

 -小沢首相がベストとしても現実的には…。そこで「馬渕首相」の可能性について-

 一向に辞めようとしない菅直人首相に対しては、国益のため、小沢一郎元代表が言うように「お盆過ぎたらどんな手を使っても」引きずり降ろすことが必要です。
 内閣不信任案の再提出、同信任決議案提出、両院議員総会での党代表解任決議、党幹部と閣僚の一斉辞任…。手はいろいろあるのに、結局何一つ実行に移されず早や7月も終わろうとしています。とにかく常人とは違う神経の持ち主である菅首相は、何年か先の「ダブル選」の先まで官邸の不法占拠をし続ける腹積もりのようです。

 そんな中「ポスト菅」に名乗りを上げた人物がいます。馬淵澄夫前国土交通相(50)です。馬淵氏は28日、菅首相の後継を競う党代表選に出馬する意向を固め、29日には岡田克也幹事長、前原誠司前外相、輿石東参院議員会長らと相次いで会談し出馬の意向を伝えています。
 馬淵氏は既に立候補に必要な推薦人20人の確保に向けて水面下で動いており、首相の辞任時期の確定を待って正式表明する考えとみられます。また同氏は、来月発売の月刊誌に基本政策を発表するとしています。

 確かに菅首相を1日も早い退陣に追い込むには、「ポスト菅」が明確であることも肝要です。どうも菅は後継争いで野田佳彦財務相と前原のゴタゴタなどを眺めて、「オレの後を襲えるヤツは誰もいない」と、タカをくくっているフシがみられるからです。
 ここで馬淵澄夫が代表選立候補を闡明にしたことで、菅退陣の流れが確実に一歩前進したとみて間違いなさそうです。菅直人は約束どおり「若い人」に後事を託して、さっさと身を引くべきです。

 私は馬淵澄夫をそんなによく知っているわけではありません。同氏の経歴として知っていることと言えば、小泉政権末期(前原誠司民主党代表)の時に起きた耐震偽装問題で、舌鋒鋭い国会追及を繰り広げていたこと。鳩山前内閣で国交副大臣、菅内閣で国交相を歴任しながら、中国漁船衝突問題での対応の不手際(実際は前任者の前原がまいた種)により、参院野党から問責決議案を提出され、今年1月仙谷由人官房長官(当時)と共に辞任させられたことくらいです。

 ポスト菅選びとなる代表選は、100人規模を誇る小沢グループの動向次第と言えます。馬淵澄夫のほかに野田佳彦、前原誠司、鹿野道彦、海江田万里、原口一博らの名前が取りざたされていますが、主導権を握っているのは小沢グループ。同グループを抜きにしては、どの候補も勝機が見出せない状況です。
 そこで各候補グループとも小沢グループに神経を尖らせていますが、ここにきて小沢一郎の本命は馬淵澄夫だという仰天情報が流れているといいます。馬淵本人も6月30日、小沢の個人事務所を訪ね、首相補佐官退任の挨拶をしています。

 意外なことに、小沢元代表は馬淵を代表選で担ぐ可能性が高いというのです。その辺の事情を民主党事情通は以下のように話しています。
 「これまで馬淵は、党内の“脱小沢路線”とは一線を画してきました。鳩山政権時代、国交副大臣だった時は、当時の小沢幹事長と役所との連絡役として幹事長室に足しげく通っています。小沢さんは、その時の仕事ぶりを見て、馬淵を評価したようです。民主党は『俺が、俺が』という連中ばかりですが、馬淵は黙って汗をかくタイプ。あの時の国交省三役は、大臣は前原誠司、もう一人の副大臣は辻元清美と、調子よくブチ上げるだけで、面倒なことはなにもやらない連中だったので、馬淵がひとりで尻拭いしていた。小沢さんは、黙々と仕事をする政治家を評価するので気に入ったのでしょう。消費税アップに反対している点も近い。次の代表選は、消費税アップの是非が争点になるだけに、担ぎやすいのでしょう」

 馬淵澄夫は当選3回。衆院奈良1区選出。横浜国大工学部卒後、三井建設入社。上場企業の役員を務めた後、政界入りしています。野田、前原、玄葉など松下政経塾出身者が幅を利かせる民主党の中では異色の存在と言えそうです。
 小沢元代表は28日の自由報道協会の公開討論会後の記者会見で、ポスト菅の意中の人を聞かれて、相当腹に据えかねていたのか「菅さんでなければ誰でもいい」と、珍しくあからさまにこう言ったそうです。なるほど確かに。
 しかしそうは言っても、この国難の現日本、まさか「神輿は軽くてパーがいい」と旧自民党時代のようなのん気なことは言っておられません。そんなこと百も承知での、小沢氏一流の煙に巻いた受け答えだったのでしょう。

 馬淵澄夫は、前原誠司や野田佳彦などより、政治的力量、政策実行力は上と見ます。当選3回で党要職の経験はなく指導者としては未知数ながら、菅直人は最悪例ですが「総理として適任かどうかは、就かせてみないと分からない」と言われます。馬淵澄夫は仮に総理となれば、良い方に大化けしそうな予感もします。
 小沢一郎の党員資格停止処分解除、同裁判無罪確定、晴れて小沢総理誕生まで。馬淵総理、小沢副総理兼復興担当相でいいのはないかと考えます。

参考・引用
『日刊ゲンダイ』7月29日3面、7月30日2面など

 (大場光太郎・記)

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大変だ。野口美佳元社長から訴えられる

 -押尾学間もなく結審。この状況下、名誉毀損で訴えられれば勝機は先ず無し-

 本28日午前10時半前から、直前の『押尾事件の陰の主役-森祐喜氏死去』記事に当ブログ始まって以来のアクセスが集中しました。原因は明らかです。同時刻頃から同記事が各ツイッター上で取り上げられ、一気に広まったためです。
 最大のピークは急増が始まった午前10時台で、ユニークアクセス(純訪問者)数「874人」、アクセス数「1093人」でした。これはわずか1時間で、前日までの7日間日平均の「764人」「1138件」に迫りまた超える勢いです。
 私自身はツイッターを使用していませんが、その威力には認識を新たにさせられました。

 思うに突如爆発的に広まり、徐々に収束方向に向かうというのが、ツイッターという電子的140字短文伝達形式の特徴のようです。同記事へのアクセスもまさにのとおりの経過をたどりました。
 結局28日全体のユニークアクセス数は「5369人」アクセス数は「8069件」。いずれも当ブログとしてはかつてなかったほどの超突出した数字であり、この数字は当分破られそうにありません。

 同記事の何にそんなに過剰に反応したのでしょうか?よくは分かりませんが、故・森祐喜氏本人について語った部分ではなく、どうもピーチ・ジョンの野口美佳元社長(現同社CMО)について触れた個所にあったようです。
 そして驚いたことに野口美佳元社長自らが、ご自身のツイッター「mikajohn」で同記事を読んだ反論、意見を寄せているのです。これは「tpo2009」というツイッターの、野口元社長への呼びかけに応えたもののようです。
 28日付「mikajohn」ツイッターから、当該箇所を以下に転載してみます。途中3項目ほど無関係なツイートを削除しました。既にお分かりかと思いますが、下から上へという時間経過となります。

                  *

Mika Noguchi
本人はいたって正義感のようなので余計に厄介です。RT 「言われている」「囁かれている」「だという」語尾が伝聞ばかりで確認ができない。大手メディアにもこの手の言説はあり要注意。 RT  
10時間前
»

Mika Noguchi
ありがとうございます。時期が来たら動く予定でいます。
»
Mika Noguchi
»
Mika Noguchi
13時間前

                  *

 「いずれ時期がきたら動く予定」とのことです。上記「http」アドレスはいずれも当ブログの同記事のものですから、弱ったことに野口元社長に完璧にマークされてしまった形です。
 「そちらが告訴も辞さない構えなら、こちらもいつでも受けて立とうじゃないか」と、大見得を切りたいところだけれど。
 名誉毀損に対抗するには、ヒルズレジデンス各室の借主としての野口美佳氏の「善管注意義務違反」などを根拠に、記事内容が同訴えに該当しない旨の証拠資料の綿密な積み上げが必要となります。それはおよそ不可能に近いと思われます。

 先方は堂々たる社会的地位も巨万の富もお持ちです。大弁護団など簡単に組織できることでしょう。方やこの私は、裁判費用の維持も心もとないほどのしがない一市井人。ハナから勝負にはなりません。加えて公判が決着するまでの長い時間と労力と…。
 挙句の果てに待っているのはこちらの全面敗訴、そして莫大な損害賠償金の支払いです。それに当ブログ閉鎖のおまけ付きでしょう。
 漲る闘争心の持ち主なら敗けを覚悟で、「よしっ、いい機会だ。この際徹底的に戦って、この事件の闇を世間に大々的に周知してやるぞ !」となるのかもしれませんが、私にはとてもそんな大それたファイトなどありません。
 それをおやりになるとしたら、やはり田中香織さんのご遺族方ではないでしょうか?

 と言うことで簡単に白旗を上げるようですが、結果的に人生上の大ロスになるだけなので。元々同記事の「野口美佳項目」は、少しばかり“受けを狙って”追加したものです。それが予想外の大反響でただただ驚くばかりですが、同記事の本筋とはあまり関係ありませんので、「災いの元」のこの部分を削除することにしました。
 また以前の『薬物汚染の拡がりを憂う』シリーズももう一度当り直して、野口美佳氏やその他の人たちにとって不適切と思われる個所があれば、順次訂正ないしは削除を加えていきたいと思います。
 併せて今回の件を良き教訓として、個人に対する非難・中傷の類いは今後慎重を期していきたいと思います。

 最後に。野口美佳殿
 (これをお読みになっていればですが)「tpo2009」さんの言う、「名誉毀損で訴えないから本当だと思われてる」というのは少し違うと思います。tpo2009さんはそもそも押尾事件の全容を、テレビ報道くらいしかご存知ないようです。
 そんな人の弁護に意を強くされたのかもしれません。がしかし、人が一人変死しているのです。ヒルズレジデンス何室かの借主であった貴女には、一昨年8月の事件発生当時速やかに公の場に出て来て、事情を話す「説明責任」があったのではないでしょうか?社会的地位がおありの貴女には、テレビ局などに連絡してそういう場を設けることくらい容易かったはずで、是非ともそうすべきだったのです。

 しかし結果として貴女は、一度も公の場に姿を現さなかった。これが特に多くのネット人には「逃げている」と映り、「やはり何か疚しいことがあるんじゃないか?」となり、2ちゃんねるや多くのサイトで、あらぬ事を書き立てられる要因になったのではないでしょうか?
 「時期を見て各サイトなどへの告訴も」との事のようですが、まずその前に公の場で、ご自身の「説明責任」をきっちり果たしてからにしていただきたいと考える次第です。

参考・引用
野口美佳ツイッター  http://twitter.com/mikajohn

 (大場光太郎・記)

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押尾事件の陰の主役-森祐喜氏死去

-森祐喜の死によって、押尾事件の巨大な闇は闇のまま残ることになってしまった-

 森喜朗元首相の長男で元石川県議員の森祐喜(もり・ゆうき)氏が25日、急性すい炎による多臓器不全のため石川県金沢市の金沢大学病院で死去しました。享年46歳でした。
 これは森元首相の親族も役員に名を連ねる地元紙・北國新聞が第一報を伝え、続いて全国紙が一斉に報じたものです。

 森祐喜氏は石川県能美市出身で、父親の森元首相の秘書などを経て06年石川県議に初当選しました。2期目だった昨年8月、乗用車を運転して同県小松市内のコンビニエンスストアーの入り口に突っ込み、道交法違反(酒気帯び運転)容疑で同県警に逮捕され、県議を辞職していました。(その後略式起訴され罰金命令を受けた。)
 長男の死を受けて森元首相は27日午前、能美市内の自宅で記者団に「最後は笑顔だった。これまで父の存在が大きかったのだろう」と語ったといいます。

 とここまでは森祐喜氏(以下敬称略)の急死についての概略でした。ここからはいささか死者を鞭打つ話ですがー。
 何と言っても森祐喜を一躍有名にしたのは、一昨年の2009年8月2日に起きた「押尾学事件」でした。
 同事件は同日夕方6時過ぎ、都内六本木ヒルズレジデンスB棟2307号室で、合成麻薬MDMAを服用していた銀座クラブ「ジュリア」の元ホステス・田中香織さん(当時30歳)の容態が急変。田中さんと同室し、田中さんにMDMA服用を勧めたとされる押尾学は、心臓マッサージなどの応急処置をしたものの救急車は呼ばず、当時所属していた音楽事務所・エイベックスのマネージャーの遠藤亮平らに連絡して、既に死亡した田中さんを全裸のまま放置し現場から逃走。翌日夕警視庁麻布署に出頭し逮捕となった事件でした。

 おそらく心ある警察幹部から漏れたのでしょうが、この事件では当初から、例えば田中さんの体内外から複数の男性の体液が検出されるなど、押尾単独ではなく複数の男性の関与が囁かれてきました。
 真っ先に名前が挙がったのが森祐喜だったのです。それ以外にも驚くことにオリンピック水泳金メダリストのKの名前も取りざたされました。そしてそれら情報から判断するに、主役は森結喜らであり、押尾は当日ヒルズレジデンスの別室(田中さん死亡後一時避難した4701号室?)にいて、田中さん急変後森らに呼び出され「身代わり」を頼まれたとも言われています。

 これを裏付けるように、田中香織さんの遺体と対面させられた遺族が見るに、田中さんの顔は異様にバンバンに腫上がっていたといいます。遺族が遺体と対面したのは霊安室でなく、麻布署屋外だったといいます。「さっさと遺体を引き取ってもらいたい」と言わんばかりの警察の対応が、遺族が不信感を持つに至った原点のようです。
 MDMAの服用だけではこうはならないわけです。当日誰かから凄まじいDVを加えられた可能性が大有りなのです。DVと言えば、森祐喜の元妻美樹さんは、祐喜の常日頃からのDVに耐えかねてその何年か前に離婚しています。

 今となっては真相は藪の中ですが、同事件が発生したのは09年衆院選の真っ只中。森元首相の選挙区石川2区には、小沢一郎が放った田中美絵子による「美女のサメ退治」作戦によって、大苦戦を強いられている最中でした。にも関わらず同事件の発生を知った元首相は、急遽上京したと言われています。
 同年3月の小沢氏の大久保隆則元秘書逮捕後「自民党に捜査が及ぶことはない」と言明した、元警察庁長官の漆間巌内閣官房副長官(麻生内閣)あたりが、森元首相の依頼を受けて警視庁に強いプレッシャーをかけたものでしょうか。

 事件発生によって警視庁は、六本木ヒルズレジデンスB棟の監視カメラをいち早く押収しています。解析の結果そこには、ヒルズレジデンスの問題の部屋に出入りしていたと思しき政界ジュニア、有名芸能人、大物アスリート、IТ社長らに加えて、警察、検察キャリア官僚の姿も映っていたと言われています。
 これは本来なら第一級の証拠資料のはずですが、裁判ではただの一度も証拠採用されていません。のみならず事件当日の分だけ、何者かの手によって消去されたとも言われているのです。

 当日森祐喜らが同室にいたのかどうか断定はできませんが、それ以前から森やKと押尾は、芸能人が多数集まる場所だった銀座の薬物クラブ「エーライフ」(上山信二経営)の常連だったとの情報もあります。
 また森親子と田中香織さんとの交友を示す画像も存在します。事件の何年か前同じヒルズレジデンスの一室と思しき部屋で、森元首相と田中さんが並んで映っている画像がネット上で公開されているのです。

 事件当日祐喜が同室にいたにせよ、いかなったにせよ、天下分け目の衆院選の最中そのような事が明らかになれば、自民党全体にとって計り知れないダメージになるわけです。
 「口止め料」なのかどうか。森元首相サイドから、押尾学のパトロンだったパチンコ業界のドン・Y氏を通じて押尾に2億円が払い込まれ、元妻の矢田亜希子の口座に入金されたという、作り話にしてはリアルな話も伝わっています。
 また直後発覚した酒井法子の薬物事件は、「押尾事件隠し」のために仕組まれたものだったとも言われています。深夜の渋谷道玄坂に、高相祐一と酒井法子がおびき出されたというのです。のりピー失踪指南役の建設会社会長のТ氏は、産廃業を通して森元首相とは旧知の仲だったとも言われています。

 麻布署と地元闇社会とのズブズブの関係。押尾が所属していたエイベックスへの、元警察庁長官ら何人もの天下り。問題の部屋にはどんな連中が出入りしていたのか。薬物クラブ「エーライフ」に出入りしていた芸能人とは。薬物の闇販売ルートとは。六本木界隈を仕切る闇社会の実態は…。
 押尾事件を突破口に、これらのブラックボックスが白日の下にさらされたなら、日本も少しはまともな国になっていたかもしれません。しかし事件は、押尾の保護責任者遺棄罪(懲役2年6月)など少人数の犯罪に矮小化されて終わる気配が濃厚です。

 自民党の謀略派閥・清和会のドンとして長く君臨し、日本政界を牛耳ってきたのが森喜朗元首相でした。しかし政権交代により清和会は衰退し、後継者の祐喜は急死するはで、元首相には相当こたえる晩節のようです。
 森元首相は24日久しぶりに地元の行事に出席したそうですが、「肌つやが悪く、白髪が増えて頭髪が真っ白に染まっていた」(出席者)ということです。

参考・引用
『森祐喜逮捕』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-a3de.html
「森親子と田中香織さんが一緒に映っている画像」http://black.ap.teacup.com/paradise2008/img/1260276347.jpg

 (大場光太郎・記)

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国民をダマしたのか、総務省とNHK

 -7月27日付『日刊ゲンダイ』5面より転載

ブラウン管でも地デジは見られた-2400万所帯テレビ買い替え「大損」


 キツネにつままれたというより、これはもう詐欺じゃないか。地デジに完全移行した24日、アナログ放送最後の瞬間を見ようと、家族でテレビの前にかじりついていた所帯の多くは拍子抜けしたはずだ。画面は告知画面に切り替わるどころか、鮮明に映ったまま。12時間後も「砂嵐画面」にならない。「おいおい、どうなっているんだ」-。
 実はこれ、ケーブルテレビ局の「デジアナ変換」によるもの。デジタル波を変換し、アナログテレビでも視聴できるようにしているのである。

 総務省が地デジの受信環境を整備するため、昨年から、自治体や民間企業などのケーブルテレビ事業者に導入を求めてきた。このサービスで、2015年3月末まではブラウン管テレビでも普通に地デジを視聴できるという。

 そんな措置があったことにビックリだが、さらに驚くのは、その恩恵を受けられる所帯の数だ。ケーブルテレビ局と有料の視聴契約を結んでいなくても、マンションなど集合住宅が最初から加入しているケースはゾロゾロある。結果、知らないうちに「2416万所帯にデジタル変換が導入済み」(総務省地域放送推進室)というのだ。日本の所帯総数は約5000万だから、半数近くの家庭は、慌てて高価なテレビに買い替える必要がなかったのである。
15年まで待てばもっと安く、さらに性能のいいテレビを買えたはずだ。あれだけNHKや民放、家電メーカーを巻き込んで、「アナログ停波だ」「地デジ元年だ」とあおっておいて、フザケルナ ! ではないか。

テレビ代と税金を二重取りされたようなもの

 しかも、総務省はデジタル変換を導入させるために、ケーブルテレビ事業者に多額の補助金を出していた。その金額は、「昨年と今年の2年間で計11億円。それとは別に、デジタル波とアナログ波が干渉し合わないかを調べるための「混信障害調査費」が5500万円」(同)である。無理してテレビを買い替えた国民にとっては、テレビ代と税金を二重取りされたようなものだ。

 デジアナ変換については大半の国民が寝耳に水だった。ちゃんと事前に告知していたのか。総務省の言い分はこうだ。
 「デジアナ変換を導入していないケーブルテレビ事業者もあるため、『自分はケーブルテレビに加入しているから大丈夫』と誤解されると、混乱を招く恐れもあった。もちろん、事業者には周知するように伝えていたが、マンションではケーブルテレビで地上波を視聴しいる意識がない人も多く、周知には難しい問題がありました」(同)
 その気になれば、方法はいくらでもあったはずだ。“国家的詐欺”と言われても仕方がない。   

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ヘリアカル・ライジング

 -プレアデスは5次元、シリウスは6次元。地球人類の深遠な学びはまだまだ続く-

 「新年明けましておめでとうございます」
 真夏なのにこんな挨拶をすれば、『コイツ、暑さのせいで頭おかしくなったんと違うか?』と思われそうです。しかし「ある暦」によれば、7月26日こそ新年のスタートの日なのです。

 ある暦とは、当ブログでも何度か取り上げてきた「13の月の暦」のことです。同暦は今年3月逝去したホゼ・アグエイアス博士が、マヤ暦に基づいて考案した、現在のグレゴリオ暦とは全く異なる暦なのでした。
 この暦が近年世界的に密かなブームとなっており、日本でも元プロレスラーの須藤元気さんのようにこの暦に合わて生活している人も増えているのです。
 この暦は『宇宙の暦は13ヵ月』記事で述べましたように、宇宙のリズムを無視した現グレゴリオ暦に代わる暦として、太陽、月、星々など宇宙サイクルと自然にシンクロ(同調)出来る暦だといわれています。

 「13の月の暦」では、まず1年をその名のとおり「13ヵ月」としています。そして1ヵ月を「28日」に統一します。そうすると、「13 × 28 = 364日」となり、基本的に太陽暦である現グレゴリオ暦の365日にあと1日足りません。
 それについて同暦では、1年の一番最後の日を「時間を外した日」として、7月25日をその日に当てています。それによって「13の月の暦」では、(グレゴリオ暦の)7月26日が新年のスタートの日(元日)ということになるわけです。

 ではなぜ7月26日が1年のスタートの日なのでしょうか。この日はたまたまなのでしょうか。決してそうではないのです。この日は「ヘリアカル・ライジング」の日であるのです。
 「ヘリアカル・ライジング?」。初めて聞く人も多いことでしょうが、これは古代エジプト以来一部の人たちに知られてきた天体現象なのです。なお正確には「ヒライアカル・ライジング」ですが、一般的に「ヘリアカル・ライジング」で通っていますので以下これで通します。

 ここからは、このヘリアカル・ライジングについて述べていこうと思います。
 「ヘリアカル(Heliacl)」は「太陽に近い」、「ライジング(Rising)」は「昇る」の意味です。よって「ヘリアカル・ライジング」とは、ある天体が太陽を伴って東の地平線から昇る現象のことをいいます。伴日出(はんにちしゅつ)、日出昇天(にっしゅつしょうてん)といわれることもあります。
 ただこの場合現実に太陽と共に出てしまえば、太陽の光が強いためその天体を視認することは出来なくなります。そのため実際には、太陽が昇る直前に一方の天体が昇ることを指しています。(この項『ウィキペディア』より)

 本記事で取り上げるのは、ある特定の天体におけるヘリアカル・ライジングについてです。
 その天体とは、古代エジプトにおける「ソティス」(シリウス)です。古代エジプトでシリウスのヘリアカル・ライジングが注目されたのには理由があります。それは古代エジプト人にとっての母なる川・ナイル川の増水に関係が深かったからです。
 ナイル川流域で農業で生活を営んでいた古代エジプト人の大きな関心事は、毎年定期的に繰り返される「ナイル川の増水による“耕地の冠水”」にありました。

 高度な天文学的知識を有していた古代エジプト人は、毎年7月26日の日の出時にシリウスのヘリアカル・ライジングが見られ、その直後ナイル川の増水・冠水が引き起こされることを発見したのです。
 ナイル冠水のもたらす豊かな栄養分を含んだ堆積物によって、植物は命を吹き返すことから、古代エジプト人はヘリアカル・ライジングの7月26日を元日とすることにしたといわれています。

 これは農耕上のみならず、古代エジプト人の祭祀や精神生活にも深い影響を及ぼしていました。古代エジプト遺跡の一つに「デンデラー(Dendera)の神殿」があります。この神殿は、「偉大なる女魔術師」と讃えられる古代エジプトの最高女神であった「イシス女神」との関わりが深い神殿です。
 同神殿は元日(7月26日)の朝日、すなわちシリウスと太陽が合一する「ヘリアカル・ライジングの光」が、イシス女神像の“目”に注がれるという不思議な配置を取っていたのです。
 仏像などに“目”を入れることで「魂が入る」とは、古来我が国でもみられた発想です。デンデラー神殿のイシス女神像の場合も、まさにそれを考慮して神殿設計がなされたと考えられるのです。

 古代エジプト文明は、今から6、7千年前比類なき高度な文明を築いていたことで知られています。不思議なことに、その時をピークにそれ以降は下る一方だったのです。
 そして(今回詳しく触れることはできませんが)初期古代エジプト文明は、シリウス人の多大な援助によって創設されたといわれているのです。シリウス人が援助したのは当初だけで、その後は地球人の学びのために手を引いています。なぜエジプト文明が凋落の一途をたどったのか、分かる気がします。

 太陽系から8.6光年と近いシリウス星系は、神聖幾何学に基づいた高度な「6次元文明」です。プレアデスとともに、地球文明との関わりが深いのです。
 偉大なる東洋のスピリチュアル・マスターであるジュアル・クール大師がアリス・ベイリーに伝えたところでは、ブッタは今現在「シリウスへの道」という、さらに高度な進化のプロセスに入っているとのことです。

 そのことを踏まえて、最後に『シリウス文明がやって来る』サイトの以下の一節をご紹介します。

  これ(ヘリアカル・ライジング)が、如何なる儀式かと云えば、
  人々が、シリウス星系と繋がり、
  内なる魂とコンタクトを取る、そして、
  宇宙の叡智を獲得するというものでした。

参考・引用
『青森県音楽資料保存協会』-「事務局日記バックナンバー<2006年7月>」http://www7a.biglobe.ne.jp/~amusic/un0607.html
『シリウス文明がやって来る』-「ヘリアカル・ライジングは、シリウス星系と繋がるための儀式」
http://mihoh.seesaa.net/article/157516022.html

 (大場光太郎・記)    

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地デジ移行に物申す

 -菅政権や総務省は、震災復興などはチンタラ。利権絡みだと目の色が変わる-

 7月24日(日)正午をもって、東日本大震災で被害を受けた岩手、宮城、福島の3県を除く44都道府県で地上デジタル放送に切り替わりました。1958年(昭和28年)に始まったアナログ放送が58年の歴史に幕を下ろした瞬間でした。25日午前0時からは電波送信も停止されました。

 総務省調べでは、全国のテレビ所有は約5000所帯、6月末時点でアンテナが地デジ未対応なのは約29万所帯。日本放送連盟の広瀬道貞会長は今月21日の会見で、うち3分の2は駆け込みで地デジ対応を終え、残る10万所帯はテレビ視聴できなくなる可能性があると言っています。

 こういう所帯がいわゆる「地デジ難民」と呼ばれることになるわけですが、この程度の数字で済めば御の字でしょう。しかしこの数字は怪しいものです。生活困窮所帯、都会生活所帯に多いUHFアンテナを設置していないケース、山間部、ビルの陰などによる受信障害、独身所帯など周囲に相談できないサイレント層等々。
 片山善博総務相ですら「(難民の)確たる数字は分からない」と言わざるを得ないほどです。メディア研究者の松田浩氏は、「このままアナログ放送を停波すると、テレビを見られなくなる人が数百万人残される恐れがある」として、「地デジに移行するべきではない」という署名運動などを展開してきました。

 しかしそんな声もものかは。被災地復興、福島原発事故収束など肝心要の事態への対応は遅々として進まないのに、2001年7月「改正電波法」の成立時から10年、この国策的プロジェクトのみは大断行です。
 24日だけで地デジサポートセンターに約10万件もの問い合わせが寄せられたにも関わらず、地デジ移行で最大のメリットを享受するテレビ局は、「地デジ完全移行 トラブルなく予定通り」(日テレNEW)などと嬉々として伝えています。

 そもそも移行を決めた10年前と今とでは、放送業界、通信業界を取り巻く環境が激変しています。10年前なら毎日のように放映されていたプロ野球の巨人戦など、今では陰も形もありません。なのにあい変わらずダラダラ垂れ流しているのは、低俗なお笑い・バラエティー番組、ワイドショー番組、グルメ番組、ニ流テレビドラマ、果ては偏向と歪曲に満ち満ちた報道番組…。
 既に大新聞離れは加速し、今心ある視聴者はどんどん急速に進化してきたインターネットに流れています。それにNТТの光ファイバーの全国網の設置により、若者を中心にテレビ受信機を通さずにパソコンで直接テレビ番組が見られる時代です。

 「今この時期にどうしても」という必然性などないわけです。全国一律一斉に地デジへ、というのは世界的に見ても我が国だけです。我が国「政官業」が何かと言うと猿真似するアメリカ様でさえ、ブッシュ前政権時から移行を予定しながら延期の連続、オバマ政権に替わってもいまだに地デジ移行をしていません。
 地デジのために数百億円かけて鋭意建設中の、東京スカイタワーとの兼ね合いもあることでしょう。それより何より、総務省をはじめとした官僚機構、大手テレビキー局、家電業界などの巨大な「地デジ利権」が伏在していることを見逃しはなりません。

 往年の『時間ですよ』や『(ドリフの)八時だョ ! 全員集合』のように、地デジによってテレビの前に再び視聴者を釘付けにしようという魂胆なのでしょうか。
 しかしそんな政官業の思惑とは裏腹に、今回の性急な移行によって、(テレビキー局に資本投下している)大新聞、テレビ業界の再編や倒産の触媒になるとの見方もあります。十年前とはいかに状況が変わっているか、総務省官僚、大手マスコミ業界がそのことを読めていない以上そうなる可能性が否定できないわけです。

 大前研一氏は2年前、地デジ移行による勝利を頑なに信じる総務省などは、さながら「インパール作戦」(歴史的敗北を喫した旧日本陸軍の最後の作戦)と同じだとして、スカイタワーは「バベルの塔」になると強く警鐘を鳴らしていました。
 今後の推移を慎重に見極めなければなりませんが、諸問題が吹き出してくるのはこれからなのではないでしょうか。

 検察、マスコミなどの総攻撃によって、一昨年9月の政権交代時の「国民の生活が第一」の鳩山・小沢体制は潰されてしまいました。同体制では、霞ヶ関改革とともに、記者クラブの廃止など「マスコミ改革」も俎上に上っていました。鳩山内閣時の原口一博総務相は、クロスオーナーシップの見直し、電波オークションによるテレビ等への他業者参入などにも言及していました。
 「米官業の利益が第一」の菅直人政権下では、官僚の言いなりで今回の地デジ移行がすんなり決まりました。しかし仮に鳩山前政権が続いていたならどうだったでしょう。その前に小沢幹事長(当時)肝煎りで、マスコミ改革を断行し、マスコミ自身に相当の血を流させてから地デジ移行問題の再検討ということになったのではないでしょうか。

 (大場光太郎・記)

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今年は蝉が鳴かない?

 7月15日の阿修羅掲示板に興味深い記事が投稿されました。『蝉の鳴かない夏に要注意(梅雨明け猛暑でも蝉が鳴かない?…怪)』というタイトルです。

 同記事では、「蝉と地震」の関係については古来様々な関連性が指摘されており、これは蝉は地震の前兆を感じ取り、七年に一度の“開花”の時期をずらすためだとしています。
 例えば1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災では、同年7月から8月にかけて、神奈川県橘樹郡登戸村(現川崎市多摩区)一帯で蝉が全く鳴かなかったことが記録されており、同様の現象は埼玉や伊豆半島でも見られたということです。
 また1707年(宝永4年)の夏には、伊勢国萩原(現三重県亀山市)でやはり蝉が全く鳴かなかったという記録が残されているそうです。この年10月には宝永地震、同年11月には富士山の宝永噴火が起きています。

 この記事に対する阿修羅読者の関心は高く、23日現在4万アクセスを突破し、180余ものコメントが寄せられています。コメントの多くはやはり、全国各地からの「蝉が鳴かない/鳴いている」という報告です。
 それをざっと読んでみますと、北は北海道から南は九州まで「うちの地方はまだ鳴いていない」というのが圧倒的です。ただ北海道当麻町では、「6月12日(7月じゃない)にものすごく鳴いていた」というような例や、「当地では例年どおり鳴いてるよ」「少しだけ鳴いている」といった例もあります。

 また同コメントの中には蝉とは関係ないながら、例えば埼玉県所沢市の西武球場付近住宅地では7月だというのに「ウグイスがやたらと鳴いている」とか、栃木県や東京都世田谷区では、ゴキブリが例年はたくさん出て困るのに今年はほとんど見かけないという報告もなされています。
 さらには横浜市緑区、東京都世田谷区・武蔵野市・町田市などでは、硫黄臭がするという、何やら地震の前兆めいた報告もありました。
 果ては携帯電話の電磁波でミツバチがいなくなったというドイツの研究例から、地震による電磁波発生も昆虫が感知しているのではと推論し、「これから2年でソフトバンクが一兆円規模で携帯基地局を増設して、さらに生態系が変わっていまうかもしれない」という、大変示唆に富むコメント(52さん)もありました。

 余所はともかく、神奈川県県央地区の当地はどうでしょうか?これが居住地付近はどこもまだ蝉が鳴いていないのです。
 23日夕方(曇天)気になって、近所の遊歩道の所に行ってみました。ここには桜の木が数本あり、例年いつも初蝉の声を確認してきた場所なのです。
 しかしいくら耳を澄ませど寂として声無し。桜の木の根元に寄って、黒い幹や枝々をじっくり見渡してみても、蝉の姿は一向に見当たらず。「隻手の声を聴け」と禅問答を吹っかけられても、片手で叩く音などあろうはずがないのと同じで、姿かたちのない蝉の声が聞こえてくるはずもありません。

 代わってしきりに聞こえてくるのは、ピー、ピーッ、チッ、チッと鳴く雀の声のみ。そもそも小雀やカラスの姿は、当地のあちこちでずい分見かけます。
 以前はもっと早かった気がしますが、ここ何年か当地では蝉の鳴き初めは7月下旬のようです。ちなみに当ブログで08年に『初蝉の声』記事を公開しました。この記事は同年7月29日ですからずい分遅い初蝉でした。
 
 『日刊ゲンダイ』でもその後この問題を取り上げています。(タイトルは「都内に異変 なぜだ !? セミがいまだに鳴かない不気味 地震の前触れか放射能の影響か」)
 同記事によりますと、例年より早い梅雨明けで暑い日が続いているのに、いつもならうるさいくらい鳴いているはずのセミの声が、都内で聞こえてこないというのです。普通の年ならさほど気にならないものの、今年は大地震があり、余震が続き、放射能がばらまかれた特別な年であるため、ついついこれらを連想してしまうと記者は述べています。

 実際のところ、これらとの関連はあるのでしょうか?専門家の金杉隆雄氏(群馬県立ぐんま昆虫の森の昆虫専門員)は、
 「…昆虫の成育には、毎日の気温を足し、何度まで達したら羽化するという積算温度が指標となる。今年は春先から5月まで寒かったので積算温度が達していないのかもしれません」と分析し、また噂になっいている地震や放射能の影響については、
 「例えば、津波や液状化で、直接、土に影響があれば、セミにも変化が出るかもしれない。放射能の影響は長い目で見ないとわからないことです」

 私自身は金杉氏の説を読んでほぼ納得しました。つまり、今年の春は寒かったため「積算温度」が足りず、まだ蝉が成虫化していない地域が多いということのようです。蝉が鳴かないことと、今回の地震、津波、放射能飛散とは、直接的関係はあまりないのではないでしょうか?(そう言えば08年も、3月から5月にかけて雨がちの天候不順の年でした。)
 ただ積算温度不足の年に大地震が起きやすいかどうか、その因果関係までは何とも言えません。

 ちなみに阿修羅の同記事コメントでも、それまで鳴いていなかった地域でも日を追うごとにボチボチ鳴き始めたという報告が増えています。当地でもそのうち必ず鳴き出すことでしょう。首を長くしながらもう少し待ってみようと思います。

参考・引用
阿修羅掲示板-『蝉の鳴かない夏に要注意』http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/468.html
『日刊ゲンダイ』(7月20日・5面)

 (大場光太郎・記)

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武蔵野を傾け呑まむ

            三橋 敏雄

   武蔵野を傾け呑まむ夏の雨

… * …… * …… * …… * …
 三橋敏雄(みつはし・としお) 大正9年、八王子市生まれ。実践商業学校卒。昭和10年、当時の新興俳句に共鳴して作句開始。渡辺白泉、西東三鬼に師事し、当初より無季俳句を推進。「風」を経て「京大俳句」に参加、弾圧に遭う。戦後「断崖」「天狼」「面」「俳句評論」同人。昭和42年第14回現代俳句協会賞、平成元年第23回蛇笏賞受賞。『三橋敏雄全句集』(平成2年刊)がある。平成13年12月1日没。 (講談社学術文庫・平井敏照編『現代の俳句』より)

 《私の鑑賞ノート》
 私は長い間この句を、「武蔵野を傾け呑まむ夕立(ゆだち)かな」と記憶していました。今回取り上げるにあたり確かめたところ、「夕立」ではなく「夏の雨」とあり少し驚いてしまいました。
 なぜそのような記憶違いをしていたのでしょう。思い当たるのは『角川文庫版「俳句歳時記・夏」』の「夕立(ゆうだち)」の項の、以下の記述です。
 「武蔵野の夕立は馬の背を分けるといわれ、激しいことで知られている。」
 これによっていつしか私の中で、「武蔵野に降る雨 = 夕立」という事になっていったのかもしれません。

 対して「夏の雨」について同書では、
 「夏に降る雨のことで、明るさを背景に感じさせる。新緑のころに降る雨は緑雨(りょくう)という。」とあります。
 「夕立」が盛夏の夕方突然襲ってくる豪雨とすれば、「夏の雨」は季節的には初夏の頃、突発的ではなく終日降り続くしめかな雨ということのようです。

 しかし三橋敏雄のこの句に限っては、しとしと降る穏やかな雨ではなさそうです。そう感じさせるのは「武蔵野を傾け呑まむ」です。通常のそぼ降る雨では、こういう表現にはならないはずです。
 ここで降っている雨は、上から真っ直ぐに降りてくる穏やかな雨ではないのです。斜め方向から吹きつけ地面にたたきつけるような土砂降りです。だからこそ、作者が目の当たりにしている武蔵野の全景が「斜めに傾いているのか?」と錯覚されるほどだというのです。

 「昔の武蔵野は萱原(かやはら)のはてなき光景を以て絶類の美を鳴らして居たように伝えてあるが、今の武蔵野は林である。林は実に今の武蔵野の特色といっても宜(よ)い。」 (国木田独歩『武蔵野』より)
 武蔵野における林とは、楢の木などの雑木林です。「武蔵野の俤(おもかげ)は今わずかに入間郡に残れり」で始まる、自然描写の名作『武蔵野』の発刊は明治34年。三橋敏雄のこの句がいつ頃作られたのか正確にはわからないものの、戦後であるのは間違いなく、「武蔵野の俤」はかなり消失していたであろうことは想像に難くありません。

 ただこの句を味わう場合、どこと地域は特定できないまでも(あるいは出身地の八王子市近辺か?)、武蔵野台地上の丘陵地帯の一角、そして背景はもちろん武蔵野特有の雑木林でなければなりません。ビルや家屋など人工的建造物は邪魔ですから無い方がいいでしょう。
 武蔵野の大景に、斜めからたたきつけるような土砂降りの夏の雨。青葉繁れる雑木林の全景が霞み、呑み込まれてしまうほど凄まじい雨が降り続いているのです。

 (大場光太郎・記)

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ミノリス・メッセージ(2)

 つい先日の『夢の話(3)』の中で、「日本人の意識を変えた本」と言われる『バシャール』のほんの一節を紹介しました。『ミノリス・メッセージ』で、バシャール及びバシャール星について、少し詳しい説明がなされていますので以下に転載します。
 地球自体の近未来・未来についても言及されています。かなり重要な情報だと思われますので、かみしめてお読みください。(なお文中の強調個所、黄色→赤色に替えました。)

ミノリス Minoris の URGENT MESSAGE (緊急情報)   http://blog.goo.ne.jp/minoris_2010
                       *

宇宙連合 GALATIC FEDERATION OF LIGHT NO6 バシャール星

ここから再び、(もうご存知の方も多いと思うが、)
宇宙連合の紹介をしていく。

※しかし、まだ地球は完全に、
ポジティブが、ネガティブを上回っているわけではない。(過渡期)

※地球の未来は、未だ未確定で不安定。

※バシャール星人は、グレイが実験している
遺伝子操作・グレイ種族と地球人の混血種(の末裔:数百年後)。
(グレイは、存在が闇に近いが、バシャール星人は光に近い)

※ダリル・アンカ=過去世バシャール星人
(バシャール星人の一人=未来世ダリル・アンカ)

※バシャール星=複数のメッセンジャーが存在


バシャール(ウキペディア)
バシャール(BASHAR)とは、1987年に初来日し、日本の精神世界・ニューエイジを信奉する人々の間に大ブームを起こしたアメリカ人のダリル・アンカ(1951年10月12日生)がチャネリングするとされる宇宙存在。オリオン座近くの惑星エササニに住んでいて、個人ではなく複数の意識が合わさったような存在。

バシャールの2012年についての考え方は極めて明確で、大きく言って3つある。 1つはエネルギーの変化。 1つはオープン・コンタクト。 そしてもう1つはパラレル・アースへの分化である

エネルギーの変化

2012年にはポジティブな集合的エネルギーが、地球の歴史上、ついに初めてネガティブな集合的エネルギーを上回る。 これは、ある数の人々が、本来の自分やポジティブな姿勢に目覚めることで起きる。 全体から見れば数は少ないが、肯定的なエネルギーは、幾何級数的に足し算される(統合される)傾向があるため、2012年の冬至にはポジティブな集合的エネルギーがあるレベルに達し、クリティカル・マスの分岐点を超えることになる。(これに対し否定的なエネルギーは、分離してバラバラになる傾向がある。) 

オープン・コンタクト

2012年には、地球が宇宙の他の文明に対して置かれていた隔離状態が終わる。だからといって、ただちに宇宙船の大量着陸があちらこちらで起きる訳では無い。宇宙文明の側からすれば「地球に手を付けてはいけない」というルールは無くなるが、この時点以降、宇宙文明との交流の決断は、すべて私たちの手に委ねられることになる。そして2015年迄に、或いは2015年から2017年迄の間に、地球外生命が存在するという事実が明らかになり、大きな衝撃を与えることになる。次第にUFOの目撃が増え、2015年以降は個人的なコンタクトや、小グループによるコンタクトが増加する。 最終的に2025年から2033年に掛けて、公的なオープンコンタクトが起きるだろうとしている。 地球と最初にオープン・コンタクトをするのは、バシャールによればヤイエル(Yahyel)という文明である。(バシャール達の言葉ではシャラナヤ。) ヤイエルの宇宙船はこれまで、1997年にアメリカで1万人以上が目撃したと言われるフェニックスの光事件で目撃されており、次に目撃される可能性が高いのは2011年、または2013年だろうとしている。バシャール達の文明はオープン・コンタクトをする3番目の文明になるという。

パラレル・アース(地球)への分化

2012年にはポジティブなエネルギーが加速する一方で、パラレル・アースへの分化が始まる。 加速するエネルギーはあらゆること、困難や苦悩といったネガティブな面も拡大するので、人によっては逆にブレイク・ダウンとなってしまう。 だからこそ、本来の自分を表現するワクワクする気持ちに従って生きることが重要となる。 

現在地球には様々な観念、様々な波長が(自分の好きな波長も、そうでない波長も)同時に存在しているが、2012年を境に各々の波長に基づいてパラレル・アースへの分化が始まり、2015年以降はこの分化が加速する。(2012年あたりに、今は1本でしかないエネルギーの光線が、人間の集合意識を象徴するある特殊なクリスタルに当たり、パラレル・アースへの分化が始まるとする。)そして2025年~2035年には、それぞれの世界が遠く離れてしまい、最終的には自分の波長以外の現実を体験することは不可能になる。 具体的には、自分と異なる波長の人間とは離別する、死別する等して、様々な方法でそれらの人間が周囲から消えていなくなってしまい、ポジティブな世界ではポジティブなことだけが、ネガティブな世界ではネガティブなことだけが起きるようになる。 体験可能なパラレル・アースは無限に存在するが、自分がどのパラレル・アースへ移行するかは、2010年~2015年の5年間の過ごし方が最も重要となる。 パラレル・アースのポジティブな一方の極は、やがて宇宙文明の一員として迎えられるが、ネガティブな一方の極は、完全な破壊、破滅を体験することになる。(その世界は核戦争で自らを滅ぼしてしまい、バシャール達が呼びかけても誰の返事もない、とても静かな世界だという。)  (転載終わり)

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メンデル生誕189年

 -遺伝学の祖・メンデル生誕189年とのこと。そこで連想された雑感あれこれ-

 私のパソコン、グーグルトップを経由してインターネットに入るように設定してあります。それで本日20日いつものようにグーグルトップを開きました。するといつもは「Googl」の大きな文字が表示される所に、きょうはエンドウマメをあしらった図案でグーグルがデコレートしてありました。
 グーグルでは時折り、何かの記念日などにこういう趣向を凝らした表示がなされることがあります。つい先日(18日)の「海の日」も、確かそれらしいデコレートだったかと思います。

 さてくだんの「エンドウマメ」です。それを見て私は『あれっ、何だ?』と思いました。あれこれ理由を考えても思い浮かばず、てっきり『ちょうど今がエンドウマメの収穫の時期ということか?』と、元はと言えば水呑百姓の子せがれのくせして、半世紀以上前父が亡くなったことにより我が家は離農、小学校1年の秋に町場に越した私には、そんなトンチンカンな事しか思い浮かびませんでした。
 しかし後で分かったことには実はそうではなく、エンドウマメと言えば「メンデル」。「遺伝学の祖」として有名なメンデルの生誕189年を記念してのものだそうです。150年とか200年という区切りでなら分かるとしても、『何で189年で?』と思わないでもありません。しかしまあ、あまり深く詮索しないことに致しましょう。

 グレゴール・ヨハン・メンデルは、オーストリア帝国(当時)のハインツェンドルフ(現在のチェコ・モラヴィア)に、1822年7月20日小自作農の子として生まれたのだそうです。
 メンデルはやはり“天才”だったのでしょう。そんな低い出自をものともせず、長じて聖アウグスチノ修道会に入会し、25歳で司祭に叙階、独学で科学を学んでいます。同時期数学とギリシャ語の教師も務めました。
 1851年から2年間ウィーン大学に留学し、ドップラー効果で有名なC・ドップラーから物理学と数学を、F・ウンガーから植物の解剖学や生理学、動物学などを学んでいます。

 有名なエンドウマメの交配実験は、1853年から1868年までの間に行われ、その成果が後に「メンデルの法則」と呼ばれ、遺伝学という新分野を切り開くことになったわけです。

 私の場合「メンデルの法則」についは、中学校でそのさわりを、高校1年の『生物』でもう少し掘り下げて学んだ記憶があります。ただし中学時代から興味が文学に向かい始めた私は、すっかり文科系の頭脳回路になり、数学、物理、生物など理数系はつまらなく、したがってロクに勉強せず苦手な教科になっていきました。(ついでに言えば、最大の苦手科目は「英語」)

 しかし今考えると、元来人間に「文科系」「理数系」などという区別立て分けなどないのではないでしょうか?本来の人間は「全科系」だと思うのです。ところが現代の教育機関としての大学などでは、一人の人間を総合的に学ばせるシステムが整っておらず、文学部、法学部、理工学部などに便宜上振り分けて、半ば強制的にそのいずれかに押し込め、その分野の知識習得者とみなして社会に送り出すシステムです。
 それに今の社会自体、ある特定の分野に特化した専門分野の高度な知識がないと、メシが食えないシステムです。

 高校1年時教わった『生物』も今考えてみるとかなり興味深い分野で、『あヽもっと真剣に勉強しておけばよかったな』と思わないでもありません。
 40年以上前習った『生物』で、きょうまで残っている思い出があります。それは「蛙の解剖実験」の授業でした。生物担当の男性教師から、「来週は科学実験室で、蛙の解剖実験をするからそのつもりで」という通告がなされました。(注 当時は先生も生徒も本当はズーズー弁)
 気弱で「生類憐れみ」の思いが強い私は(微苦笑)、その実験が嫌でたまりませんでした。しかし授業ですから仕方ありません。

 いやでも実験の時がやってきました。数人ずつのグループが一つの机、各グループにでっかいトノサマガエル一匹と解剖用のメスなどが渡されて、いよいよ蛙の解剖実験開始です。その後どうやって蛙を解剖したものやら、まるで思い出せません。きっと、嫌な記憶はきれいさっぱり忘れさせてくれる、人間に備わった巧みな忘却作用のせいなのでしょう。
 そんな中一人の女生徒がいました。背がすらりと高く色白で美人タイプでした。私はさほど関心がなかったので、今となっては名前すら思い出せませんが仮にAさんとしておきます。

 このAさん、男の私などが嫌がっており、他の女生徒も引いている中グループの中心になって、顔色一つ変えず興味津々の体で解剖に没頭しているのです。そのさまは、蛙を切り刻むのにサディステックな喜びさえ感じている気配でした。周りの男どもはそれを見て度肝を抜かれ、「おい、Aさんを見ろよ。スゲエ女だな」などと囁き合いました。
 Aさんは生物のみならず、クラスですべての教科で成績が上位の方でした。2年から彼女らは本来の進学コース、私は就職コース。その後の事はまったく分かりませんが、どういう進路をたどったのでしょう?解剖時のあの冷静さからして、女医または女性検死官にでもなったものでしょうか?

 ついあらぬ方向に回想が向かってしまいました。
 エンドウマメの交配実験などにより、「優性の法則」「分離の法則」「独立の法則」の三法則を発見したメンデルは、1884年1月6日に亡くなりました。しかし生前はその業績が知られることはなかったようです。その業績が認められたのは、死後十数年経った1900年のことです。
 以来110年余。メンデルの法則を土台に、その後染色体、遺伝子、DNAの発見や解明は日進月歩です。メンデルも真っ青の、遺伝子組み換え食品、クローン生物の創造など…。遺伝子テクノロジーは既に「禁断の領域」に入ってしまっているようです。

 (注記) 本記事は、フリー百科事典『ウィキペデイア』を参考にしてまとめました。

 (大場光太郎・記)

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夢の話(3)

   短夜(みじかよ)のアストラル界さ迷えり   (拙句)

 最近開設間もない頃公開した、『星の荒野にて』『オリオン落下譚』『逃げろ !』の三詩を再公開しました。この三詩はいずれも、40代初めの頃実際に見た夢を下敷きに作った詩です。

 三詩のうち『星の荒野にて』は、これだけで一話完結の夢でした。この詩は夢の内容をそのまま忠実に再現したものです。「青白く透きとおった馬」も星座の中に現われた「麗しの乙女」も、まったく夢そのままです。

 『オリオン落下譚』も、夢の内容をほぼそのまま詩としたものです。ただ足元に落ちてきたオリオンの「星のカケ」という言葉については少し説明が必要です。
 夏目漱石通の方ならば、先刻お見通しのことでしょう。そうなのです。「こんな夢を見た。」で始まる、漱石の名短編『夢十夜』の「第一夜」に出てくる言葉なのです。夢の中でまさに死のうとする女が、
 「死んだら埋めてください。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標に置いてください。」「百年、私の墓に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから。」 男(漱石)は約束どおり百年待っていると…。
 私の夢のオリオンから落下した星々も、全く「星の破片(かけ)」といった感じだったので、そのまま拝借した次第です。

 なお漱石『夢十夜』は「第十夜」まで、それぞれコクがあり味わい深い夢の話ぞろいです。私が特に好きなのは「第三夜」ですね。
 夢主(漱石)は、六つになる子供を背負いながら夜中に小道をとぼとぼ歩いています。子供はいつしか目が潰れて青坊主になっています。その上子供のくせして、対等に口はきくは、父親の自分の考えをすべて見透かしているはで、負ぶっているのが嫌になって、どこかに捨てようとかと思うくらいなのです。田中を抜けて森に差し掛かかり杉の根の処まで来ると、背中の子供がゾッとする事を囁きます…。

 後代の精神分析家によりますと、漱石の『夢十夜』の各話はどれも皆、見た夢をそのまま物語として再現したものに間違いないとのことです。
 夏目漱石の名文、生の根源に迫るような夢の話、全編に漂うペーソス…。芳醇な時間を堪能したい方にはお奨めの名短編です。

 『逃げろ !』は、本来『オリオン落下譚』と一緒に見た夢です。実際はオリオンの星のカケが次々に地面に落ちてきたのに驚いて、びっくり仰天、古城の中を逃げ回りました。そのうち土手の上まで来て、躓いて土手を転げ落ちた、となるのです。
 ですから『逃げろ !』のそこまでの部分は、公開当時の創作です。半生の所業悪しき私はこれまで「追われる夢」をずい分見てきました。この詩の前半は、その一バージョンといったところです。

 また「根底(ねそこ)の国」に至りそうなほど、長い土手をごろんごろん転がり落ちて、というのも創作です。実際はそんなに長くはありませんでした。
 草原と彼方の山並みのようすは、夢そのままの再現です。ただし朝日が昇ったのは、実際の夢では、一つではなく等間隔に「四つ」だったのです。
 それにぶっ魂消て(たまげて)目が覚めたのでした。

 冒頭申しましたとおり、『星の荒野にて』と『オリオン落下譚』+『逃げろ !』の二つの夢を見たのは、40代初めの頃でした。この二つの夢は、まるで「霊夢」と言っていいような鮮やかな夢でした。これらの夢以外にも、その頃は鮮やかな夢をずい分見ました。
 当時私は殊の外「夢」に関心があり、「夢象徴事典」「夢の本」などを何冊か求めて読み耽ったり、横尾忠則気取りで「夢日記」をつけたりしていました。「関心のあるものは現われる」。この法則どおり、私の関心に応えて、夢の方でも毎晩のように面白い内容を繰り広げてくれたもののようです。

 今回再公開した詩に見られるように、「空の夢」「星空の夢」をその頃繰り返して見ました。それも『オリオン落下譚』に見られるとおり、初めは散らばっていた星々が、やがて一ヶ所に集まって一塊りの星団のようになるという夢は何度も見ました。時にはそのさまを地上ではなく、遥か上空(宇宙空間?)で見ているという不思議な夢まであったのです。
 「夢が現実であり現実が夢なのです」(『バシャール』)。今考えてもなぜだか分かりませんが、私がその頃直面していた現実と何らかの関係があったのかもしれません。
 そしてとどのつまりは、オリオンが地上に落下するという夢にまで至ったのでした。奇妙なことにこの夢以降、そのモチーフは現われなくなりました。

 今回以前の三詩を再公開する気になったのは、その少し前久しぶりで「空の夢」を見たからです。『おっ、オレの内面がまた活性化しているぞ』と嬉しくもなったのです。

 それはまだ星空ではなく、夕闇迫る頃の空のようです。所々に雲が垂れ込めています。その空を背景に、突如空中戦のような事が起こったという夢でした。
 時折り雲の陰から戦車のようなものがあちこちに姿を現します。そんなものがどうして空中に浮かんでいるのか奇妙と言えば奇妙です。しかしながら、夢の中では当たり前のことなのです。
 それが互いに激しく交戦し合うのです。パッ、パッ、パッと飛び交う火花がはっきり見えました。
 どこか広い野原のような所に立って、そのさまをハラハラしながら仰ぎ見ています。私の他に何十人かの人たちが見守っていました。

参考・引用
『星の荒野にて』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_8cdd.html
『オリオン落下譚』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_7bee.html
『逃げろ !』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_d52b_1.html
夏目漱石『夢十夜』-(『青空文庫』)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card799.html

 (大場光太郎・記)

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なでしこが“居座り菅”に引導 !?

 -なでしこ「国民栄誉賞」を巡る政府内のごたごた。『ZakZak』よりの転載-

なでしこが“居座り菅”に引導 ! 国民栄誉賞出し7月退陣も 

 サッカーの女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝で強敵米国をPK戦で破り、世界一に輝いた女子日本代表が19日午前8時過ぎ、成田着の航空機で凱旋帰国。空港は、日本サッカー史上初の快挙を成し遂げた21選手を約450人の報道陣とファンが出迎え、歓喜に包まれた。東日本大震災で打ちひしがれた日本に明るいニュースをもたらした“なでしこ”に国民栄誉賞を授与すべきとの声が上がる中、菅直人首相は相変わらずのKYぶりを見せているという。なでしこジャパンに国民栄誉賞を授与し、即刻退陣するのが、せめてもの花道か。

 早朝の日本を歓喜の渦に包んだなでしこジャパン。2-2からPK戦にもつれ込む激闘の末、世界ランク1位の米国を破った佐々木則夫監督以下21選手が、世界一の瞬間からわずか24時間後、ドイツから成田空港に凱旋帰国した。

 予定より約20分遅れの午前8時過ぎ、ルフトハンザ機で到着。雨の中、滑走路には祝勝の意を込め、消防車による放水のトンネルが作られた。平日の早朝にもかかわらず、到着ロビーにはファン200人、報道陣は成田空港としては過去最多となる250人が詰めかけ、祝勝ムード一色だ。

 午前8時半過ぎ、空港に降り立った選手の顔には笑みが浮かび、胸には栄光の金メダル。大会5得点で得点王に輝き、MVPにも選ばれた主将の沢穂希(32)は、贈られた花束を手に胸を張った。

 3月11日の東日本大震災発生以降、明るい話題に飢えていた日本中を歓喜させ、復興に向かう希望を与えてくれたなでしこジャパン。原発被災地の福島市から夫と息子とともに成田に駆けつけたという村上のぞみさん(29)は「午前3時半に家を出ました。(福島を本拠地とする)東電マリーゼに所属していた鮫島選手のファンです。原発の問題などいろいろありましたが、なでしこジャパンに感動と勇気をもらいました」と声をうわずらせた。

 日本に復興への希望の火をともしたなでしこジャパンは、さっそく成田空港から首相官邸を訪問、記者会見に続き、テレビ各局を回るなどスケジュールがびっしり。歓喜、感動の輪は、当分の間は日本中に広がるだろう。そんな歴史的快挙を受け、永田町も盛り上がっている。

 菅直人首相は優勝決定後、「すべての日本国民に、被災地の方々に最高の贈り物をありがとうございます」と祝福コメントを発表。凱旋帰国したなでしこジャパンを19日正午過ぎに首相官邸に招いた。政府・民主党内からは「震災後の日本を勇気づけた意義は大きい。なでしこ全員に国民栄誉賞を与えるべきだ」(党幹部)という声が浮上している。

 1977年に創設され、756号の本塁打世界記録を作った王貞治選手をはじめ、18人に贈られている国民栄誉賞は「顕著な業績があった者について」と個人を対象としており、これまでチームや団体を表彰したことはない。団体に対しては、68年に、東京五輪など各五輪大会に出場した男子体操チームに内閣総理大臣顕彰が授与されているが、同幹部は「栄誉賞と顕彰では10倍ぐらい重みが違う」と指摘する。

 野球の世界一決定戦であるワールドベースボールクラシック(WBC)で2006年と09年に2連覇した日本代表も受賞しておらず、五輪金メダリストらが対象となる紫綬褒章を受章している。

 菅首相自身も本音では、慣例を破って、国民栄誉賞を出したいとの意向を持っているようだ。震災への対応に不満が爆発している国民からも、なでしこジャパンに国民栄誉賞を贈ることには、疑問を呈す声は上がらないはず。しかし、そこに菅首相らしい“KYぶり”が発揮されているというのだ。

 なでしこジャパンの快挙を受け、首相周辺は「内閣支持率が10%台に急落する中、前例にない『国民栄誉賞の団体授賞』を決裁すれば、永田町内外から『政治利用、人気回復のための便乗だ』と批判されるのでは」との懸念を漏らしている。

 さらに日本サッカー協会関係者によると、米国との決勝戦前、菅首相はなでしこジャパンの決勝戦応援を希望したものの、福島原発の問題などが山積している状況の上に、費用が数千万円以上かかることから、訪独はやめた方がいいと止められたという経緯もある。しかし、ここで国民感情を深読みして、国民栄誉賞授与を思いとどまっては、最後の最後まで「KY首相」の汚名はそそげない。

 党内では「自分本位で政権にしがみつくから人気が下がる。国民感情を理解して『なでしこジャパン』に国民栄誉賞を出し、月内で早期退陣すれば、ボロボロにならずに花道を飾れる」(党中堅)との見方もある。

 今は、なでしこジャパンが起こした歓喜に浸っていたい国民からすれば、国民栄誉賞を即刻授与すべき、さもなければ、首相自らこの快挙に水を差すことだけは勘弁願いたいというのが本音だろう。 (転載終わり)

『ZakZak』(07.19)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110719/plt1107191149001-n1.htm

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大偉業。なでしこ世界一 !!

なでしこ世界一=PK戦、米国倒し偉業-沢MVP、得点王・サッカー女子W杯

 【フランクフルト時事】サッカーの第6回女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会は17日(日本時間18日)、当地で決勝が行われ、日本代表「なでしこジャパン」が世界ランキング1位の米国を2-2からのPK戦で3-1で破り、初優勝した。五輪3度、W杯6度目の出場で念願の世界一。日本のスポーツ史を塗り替える偉業を遂げた。
 日本は後半24分に先制されたが、同36分に宮間あや(岡山湯郷)が同点ゴール。延長前半14分にワンバックのゴールで勝ち越された後も、同後半12分、沢穂希(INAC)が決めて再び追い付き、PK戦に持ち込んだ。過去21敗3分けの米国戦に初勝利か。
 沢は今大会5点目で、得点王を獲得。大会最優秀選手(MVP)に選ばれた。
 世界ランキング4位の日本は今大会、1次リーグを2勝1敗で通過すると、準々決勝で3連覇を狙ったドイツを倒し、準決勝でスウェーデンに逆転勝ち。初の決勝進出で一気に頂点に立った。米国は3大会ぶり3度目の優勝を逃した。
 日本女子はW杯で1995年大会のベスト8、五輪は2008年北京大会の4位が過去最高。昨年のU-17(17歳以下)W杯では準優勝している。 (2011/07/18-06:52)

『共同通信』記事

                        *

 なでしこジャパン、遂にやりました !
 『共同通信』記事のタイトルではないけれど、最強の相手米国を倒しての世界一、本当に「大偉業」です。
 それまで20数試合戦って、長い間1勝もできなかった相手なのです。それをW杯決勝という最高の晴れ舞台で倒してみせるとは。ミラクル ! アンビリーバブル ! の領域です。
 それも前半、後半をフルに戦ってドロー、延長戦でも取られれば取り返す死闘。その末のPK戦決着ですから、これ以上ないしびれる試合でした。

 とにかく今回のなでしこジャパンは、当初から何か「持ってる」予感をさせられました。人智、人力を超えた大きな力…。
 後押ししてくれたのは、震災被災地、福島原発事故被災地の方々の、見えざる、声なき声だったのかも知れず。またはこのまま打ちひしがれることなく、新たな「日本再生」に向かって進んでいこうという、すべての国民の総意だったのかも知れず。
 私はとうとう最後まで試合を観ることができなかったので、何とも言えませんが。決勝戦に至る一つ一つの試合、一つ一つのプレーに、奇跡的、神がかり的な要素が見られたのではないでしょうか。

 女子W杯史上、日本スポーツ史上に長く刻まれる、記念碑的大偉業です。大会MVPを獲得した澤穂希選手をはじめ、すべてのなでしこ選手の皆さんの健闘と栄誉を讃えたいと思います。「なでしこジャパン」に国民栄誉賞を !

 さあ次は、男子「ザックジャパン」の番です。もうこうなったら、次のブラジル大会では、やっぱり頂点を目指すしかないでしょう。

 おめでとう。ありがとう。なでしこジャパン !!

 (大場光太郎・記)

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刑事告発首相の「脱原発」を信用していいのだろうか?

 -退陣表明&刑事告発首相に、こんな大テーマを表明させる事こそが大問題だ-

 菅直人首相の「脱原発」表明が各方面に波紋を広げています。菅首相は13日夕の記者会見で、「原発に依存しない社会を目指すべきとの認識に至った」と説明し、「計画的、段階的に依存度を下げ、将来は原発がなくてもやっていける社会を実現する」と述べたのです。
 福島第一原発事故から早や4ヶ月、その大惨状を目の当たりにして、今や国民の7割以上が「脱原発」です。だから政権延命こそが至上命題の菅首相の、国民世論に迎合しての今回の表明パフォーンスであると断定してもいいと思われます。

 ポプュリズム政治屋としての菅直人を、先月上旬「ペテン師首相」と断じた鳩山由紀夫前首相は、先日菅の本質を衝いた発言をしています。
 「(菅さんは)今も同じなのか、思い付きのように別の話をすっと作るのは上手です。消費税やТPP、「脱原発」もそう。しかし、常に大きな本道を見ようとしない。政治はパフォーマンスではないのです。」
 「しかも、支持率を上げるためという発想で大きな落とし穴にはまってしまう。理念型の政治とは違う政局で動かそうとする姿勢が災いして結果としてうまくいかなかった。」

 鳩山氏の指摘を待つまでもなく、この他にも代表選時の「1に雇用、2に雇用、3に雇用」発言もそうです。しかし代表選後はそんな約束はすっかり忘れ、その後の我が国雇用情勢は悪化の一途をたどるばかりです。その他「仮設住宅をお盆前にはすべて完成させる」発言はどうだったでしょうか?完成したのはいまだ全体の4割にも満たない状態です。「言いっ放し」の首相を野放しにしておけば、世の中全体腐る一方です。
 退陣表明後はさらに無責任発言の連発です。いわく「瓦礫処理は2次、3次も含めて私の仕事だ」「再生エネルギーに道筋をつけたい」「(全原発に対する)ストレステストを実施することにした」「悪化した中国関係を改善させたい(だから10月中旬訪中したい)」云々かんぬん。

 そして極めつけが今回の「脱原発」表明です。
 その都度関係閣僚や官僚組織は、菅の不規則発言に振り回されっ放しです。まともな政治家や官僚は、もう誰もこんなバカ首相を相手にしないことでしょう。恐るべき政治空白が肝心なこの時に生じていて、とにかく物事が前に進まないのです。

 仮設住宅一つまともに出来ないヤツが、「政界おもちゃ箱」から次々と取っかえひっかえ新しいおもちゃを取り出しているようなものです。閣議決定も経ずに記者発表してしまう政界曲芸師まがいの独断手法に、野党はおろか閣僚たちからさえ「唐突だ」との批判の声が相次ぎました。
 すると菅首相は一転15日の衆院本会議で、「脱原発は私の考え」と延べ政府方針ではないとの認識を示したのです。記者会見で表明した重要政策を、「個人見解」に後退させたことに対して、与野党幹部から「混乱を招く」「首相の言葉に私見はあり得ない」などとさらに批判を浴びる始末です。

 その上、菅首相の同表明がいかに思いつきの類いだったかを示す出来事が明らかになりました。脱原発表明の翌14日、6月の総選挙で勝利したトルコのコルドアン首相宛ての祝電の中で、「(トルコ国内の)原発受注交渉の継続を希望している」と述べていたことが判明したのです。これこそは、菅直人という二枚舌政治屋の本質を端的に物語るものと言うべきです。

 「脱原発」は世界的に見て何も菅首相の独壇場ではありません。福島第一原発事故発生から間もなく、ドイツのメルケル首相が早々と世界に向けて「脱原発」宣言をしています。メルケル首相が評価できるのは、単に言いっ放しで終わらせることなく6月30日、ドイツ連邦議会(下院)で「2022年末までにドイツ国内のすべての原発(17基)を全廃する」という内容の法案を可決させていることです。
 日本とは政治体制が若干違い、環境への意識が段違いとは言え、ドイツにだって原発利権勢力は存在することでしょう。しかしそれら利権勢力の圧力を退けて、きちんと全廃までの道筋をつけたのです。
 一国のトップの発言とはかく有るべきです。自らが発した政治的発言にはとことん責任を持つべきなのです。

 翻っておらが国の退陣表明首相はどうでしょうか。「巧言令色鮮(すくな)し仁」(論語・学而篇)。いくらフクシマで世界中に迷惑をかけた国の菅首相が、遅ればせながら「脱原発」を唱えて延命を図ろうとて、多くの国民はその心底を見抜いていて最早信用していません。
 朝日新聞が9~10日に行った電話世論調査で、菅内閣の支持率が遂に15%となったのです。鳩山内閣末期の17%をも下回り、一方不支持率は66%に増えています。また菅退陣の時期については「ただちに」が31%、「今国会が終わる8月末までに」が39%と、7割に達しています。さらにストレステストをめぐる閣内不一致についても、菅首相が「きちんと舵取りができていない」とする回答が84%を占めています。

 そこで結論です。菅直人の総理大臣としての役割は、とうの昔に終わっているのです。菅に残された仕事は、四の五の言わずとっとっと官邸を去って、外国人献金事件の裁きを受けることです。ペテン師かつ刑事事件の被疑者が脱原発だ何だかんだ抜かすべきではありません。
 繰り返しますが、7割以上の国民の意思は「脱原発」です。次期首相はこの国民世論を無視してはならないし、無視できないことでしょう。したがって次期首相の最大の政権テーマは、とにかく震災復興、福島第一原発収束に一定の目途をつけることと共に、ドイツのように「脱原発」の具体的ロードマップを示すことになるのでしょう。 

引用・参考
『日刊ゲンダイ』7月13日、18日付(各3面)
『Reuters.com』「原発に依存しない社会目指す、…」
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-22187920110713 
『毎日jp』「菅首相:脱原発「私の考え」http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110716ddm002010099000c.html
『msn産経ニュース』「【単刀直入】「菅さん、辞めると信じている」鳩山前首相
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110711/stt11071122520005-n1.htm

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学校遠望

                   丸山 薫

  学校を卒(お)へて歩いてきた十幾年
  首(こうべ)を回(めぐ)らせば学校は思ひ出のはるかに
  小さくメダルの浮彫のやうにかがやいてゐる
  そこに教室の棟々が瓦をつらねてゐる
  ポプラは風に裏反(うらがえ)って揺れてゐる
  先生はなにごとかを話してをられ
  若い顔達がいちやうにそれに聴き入ってゐる
  とある窓辺で誰かが他所見(よそみ)して
  あのときの僕のやうに呆然(ぼんやり)こちらを眺めてゐる
  彼の瞳に 僕のゐる所は映らないのだらうか
  ああ 僕からはこんなにはっきり見えるのに

…… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
 丸山薫(まるやま・かおる) 1899.6~1974.10 大分県生まれ。東大中退。昭和8年、堀辰雄らと「四季」を発刊、四季派の叙情詩人として知られる。詩集『帆・ランプ・鴎』『物象詩集』他。  (集英社文庫・大岡信選『ことばよ花咲け』より)

《私の鑑賞ノート》
 この詩における「学校」とは、小学校、中学校、高校、大学のうちのどれでしょうか。詩の雰囲気からして、私は多分中学校か高校ではないだろうかと思いました。気になって作者丸山薫のもう少し詳細な略歴を『ウィキペディア』で当ってみました。そこには以下のような項目がありました。

-大分県大分市で生まれる。12歳で母方の祖父の地であった愛知県豊橋市に移る。身内はそこで旅館業をしていたという。県立第四中学校(現・愛知県立時習館高等学校)を卒業、海への憧れから周囲の反対を押し切って東京高等商船学校(現・東京海洋大学)を志し、2度目の受験にして合格するが、まもなく脚気のため退学。この海への憧憬と挫折が、後の試作の重要なモチーフとなる。その後第三高等学校(現・京都大学)に移り、そこを卒業。この時代から、桑原武夫、三好達治、梶井基次郎らと親交を持つ。その後、東京帝国大学(現・東京大学)文学部国文科に入学。第九次「新思潮」の同人になる。

 この略歴から推察するに、この詩における「学校」とは、愛知県豊橋市にあるという旧県立第四中学校の事ではないだろうかと推察されます。同地への転入はまさに同校へ入るためだったと考えられます。当時(戦前)の旧学制では、中学校は5年制。だいたい12歳から17歳の、人生の中で最も多感な年頃に相当します。まさにこの詩にぴったり、学校は愛知県立第四中学校に特定してもいいようです。と言いながら、
  
  紅もゆる岡の花
  早緑(さみどり)匂ふ岸の色
  都の花に嘯(うそぶ)けば
  月こそかかれ吉田山  
    (三高寮歌『逍遥の歌』1番)
の、バンカラで自由な校風を謳われた京都の旧制第三高等学校も有りかな、と思わないでもありません。

 いずれにしても「勉学」「学問」の意味が、今とは比較にならないほど神聖なものとして受け止められ、学徒達は誰しも真剣に勉学に励んでいた時代でした。
 それだけに卒業した学校への思い入れもまた格別。いずれかの学校を、卒業後十数年して丸山薫はたまたま母校の近くを訪れ、同校を遠く望んでの印象を一詩にまとめたのでしょうか。
 そうであるらしくもあり、また実際訪れたのではなく、ある時ふと母校の事が懐かしく思い出され、回想のうちに鮮やかに甦ってきた想像上の「学校遠望」ということもあるように思われます。

 「過ぎ去りしもの皆美しき」。そんなフレーズがあったかどうか。実際一学徒として日がな一日教室に束縛されている最中は、教師や級友との不愉快事、興味が湧かない授業に嫌気を差したり、試験勉強に苦しめられたりという事がしょっちゅうあるものです。
 しかし時の経過と共に、なべての過去の記憶がそうであるように、嫌な事はすべて捨象され、
  学校は思い出のはるかに 小さくメダルの浮彫のやうにかがやいている
というように、美しい思い出として結晶化されてしまう。これが人間の不思議な心理作用の一面です。

 作者にとって十数年の歳月は、思い出の美的結晶化に十分な歳月だったようで、それが叙情豊かなこの詩となって結実しているようです。

 また少しうがった見方をすれば、当時旧制中学校へ進学するさえ近隣近郷では少数でした。それだけで国家エリートへの階段を一歩踏み出した事になったのです。そういう誇りのようなものも、自身がかつて学んだ「学校」への、この詩における全肯定につながっているようにも思われます。

 (大場光太郎・記) 

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由紀・安田姉妹、福島避難所で『故郷』を熱唱

      
            由紀さおり・安田祥子姉妹

 由紀さおり(62)と姉の安田祥子(69)姉妹のことは、6月の『「坂入姉妹」と童謡「ないしょ話」』の中で少し触れました。
 その由紀さおり・安田祥子姉妹が12日、東日本大震災の避難所となっている福島県福島市のあづま総合体育館を訪れ、慰問コンサートを行いました。
 「慰問」と言えば先の戦争の、淡谷のり子や高峰三枝子らによる戦地慰問が思い浮かびます。一部地域の方々にとっては今も非常事態が続いていることを、全国民は忘れてはいけません。

 由紀・安田姉妹にとってははじめての避難所訪問で、「つらい時間を少しでも忘れられれば…」と、約150人を前に『故郷』など童謡を中心に計26曲を披露したそうです。由紀さおりは「明確に支援していく意味を持てた」と話し、8月1日のチャリティ公演『あしたへ』(毎日新聞主催)に向けて誓いを新たにしたということです。

 あづま総合体育館では、福島第一原発事故で避難を余儀なくされた約490人が暮らしています。同原発から半径20km圏内の警戒区域に設定された南相馬市小高地区の住人らが共同生活を送る避難所に、由紀さおり・安田祥子姉妹の歌う『故郷』(ふるさと)が響き渡ったのです。
 福島県は同姉妹にとってもゆかりが深いのだそうです。長兄の夫人である義理の姉が南相馬市出身ということに加えて、福島に毎年のようにコンサートで訪れているため余計思い入れが強いということです。

  故 郷 (ふるさと)

     作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一

  1. 兎追ひしかの山、
    小鮒釣りしかの川、
    夢は今もめぐりて、
    忘れがたき故郷。
  2. 如何にいます、父母、
    恙(つつが)なしや、友がき、
    雨に風につけても、
    思ひいづる故郷。
  3. こころざしをはたして、
    いつの日にか歸(かえ)らん、
    山はあをき故郷、
    水は清き故郷。
 およそ日本人であるなら老若男女を問わず『故郷』は何度も聴き、口ずさんできた歌であることでしょう。日本人としてこの国土のどこかに生まれたからには、各人一人一人にとっての「故郷」が必ずあるわけです。思い出の山、思い出の川…。
 その意味でこの文部省唱歌『故郷』は、すべての心の奥深くに溶け込んだ、日本人の心象風景を代表する歌と言っていいのかもしれません。

 それに加えてこの度、全く予期せぬ原発事故によって故郷を離れることを余儀なくされた南相馬市小高地区の人たちです。帰りたい、でも帰れない。
 現在童謡、唱歌を歌っては右に出る者のいない、由紀さおり・安田祥子姉妹の歌う『故郷』に、どれだけ望郷の念が呼び起こされ、胸がしめつけられ、また励まされたことでしょうか。
 どうか原発避難所のすべての方々が、一日も早くそれぞれの故郷に戻れますように。

文部省唱歌『故郷』-歌:由紀さおり・安田祥子
http://www.youtube.com/watch?v=-iVQ3r467pI
由紀さおりチャリティコンサート「あしたへ」-8・1、東京フォーラムホールC
(姉妹公式ホームページ) http://www.yuki-yasuda.com/concert.html 

 (大場光太郎・記)

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なでしこジャパン、決勝進出 !

-ひょっとして“なでしこジャパン”の方が、“ザックジャパン”より格上ということか?-

 さすがに男子とは違って女子サッカーはさほど関心がなく、大会前から「今回の日本女子代表いいところまでいきそうだ」の下馬評にも、『あヽそうなんだ』くらいの受け止めでした。
 それにしても男女雇用均等社会のこの時代。男子にサッカーの大祭典・ワールドカップ杯があれば、女子にもFIFA主催のレッキとした「女子ワールドカップ」があろうとは !

 地デジ移行を目前にしておそらく希少なる“脱テレビ族”の私には、各試合の詳細など分かるわけもなく、漏れ伝わってくるのには日本女子は案の定順調に勝ち進んでいるらしいこと。そして気がついた時には、これまでW杯最高位だったベスト8をあっさりクリアーして、遂にW杯ファイナリストにまで上り詰めたというのです。

 決勝切符のかかった日本女子代表の相手はスウェーデン。男子でスウェーデン代表と聞けば泣く子も黙る北欧の強豪チーム。その女子版かと想像するだにぶるっちゃうだろうに、我がしとやかなる“大和撫子”チームの面々は臆することなく、怯むことなく、真正面から互角以上の戦いを挑んだのでした。
 前半10分に先制されたものの慌てず、同19分にはすぐさま川澄奈穂美が同点ゴールを決めました。後半15分に大黒柱のMF澤穂希がヘディングで勝ち越すと、同19分にはまたも川澄のミドルシュートでダメを押しました。
 なでしこジャパンは3-1の圧勝で、決勝進出を決めたのです。

 決勝の相手は米国。さあそこで米国を破ってなでしこジャパンが世界の頂点に、と望みたいところですが。米国男子はFIFAランキング24位と一応強いとはいえ、スペイン、オランダ、ブラジル、イタリア、ドイツなどよりずっと格下です(ちなみに我がザックジャパンは、最新ランキングで13位)。しかし女子サッカーでは事情一変、何とFIFA1位の最強チームなのです。
 それを示すように米国は準決勝でフランスと対戦し、3-1と下してその底力を見せつけています。それに女子W杯では1991年の中国大会、99年の米国大会と過去2度優勝し、2008年北京五輪でも金メダルを手にしています。

 なでしこジャパンにとっても、米国はかなりの難敵であるのです。それは過去の対戦成績にも表われています。なでしこは米国に対して、1981年から「0勝21敗3分」と、いまだ1勝もしたことがないという何とも嫌な結果なのです。今年5月日本女子は米国に遠征強化試合に臨みましたが、いずれも0-2で敗れています。
 こうしてみると、やはり日本女子が何回挑んでも高い壁となって立ち塞がる、米国女子ソフトボールを思い出してしまいます。米国女子ソフトがそうであるように米国女子サッカーチームも、アマゾネス軍団のような大柄なヤンキー娘ぞろいなのでしょうか?思わず『おヽ恐っ !』と男の私でも首をすくめたくなってしまいます。

 しかししかし。「時の勢い」は我がなでしこジャパンにあり。
 準々決勝の相手は、ホスト国のドイツ(今回はドイツ大会)。このドイツにも、それまで過去8回対戦しながら、0勝7敗1分とまったく歯が立たなかったのです。しかもアウェーの不利も重なりました。しかしなでしこジャパンは、強豪ドイツをものの見事に下したのです。
 ドイツ戦勝利後改めて「世界一」を誓い合ったといいますが、とにかく今回のなでしこには「勢い」があります。これが次々に信じられないような奇跡を生んでいくのです。

 米国対日本では、重戦車対軽トラックくらいの違いがあるかもしれません。破壊力では遠く及ばないものの、我がなでしこジャパンには米国にない身軽なフットワーク、そして日本の魂とも言うべきチームワークがあります。
 この2つの「ワーク」を存分に駆使して、最後の奇跡を期待したいものです。

 大震災、福島原発事故で打ちひしがれている現日本。このどんよりした閉塞菅(間違いました、「閉塞感」です)をスカッと爽快に吹き払ってもらいたいものです。
 決勝も頑張れーッ、なでしこジャパン !!

 (大場光太郎・記)

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大鶴基成検事が弁護士に転身 !?

 -民間人だろうが何だろうが、大鶴らの「国家反逆罪」を見逃すわけにはいかない-

 大鶴基成検事(現最高検公判部長-55)が近く辞職するらしいとのことで、検察内部で大騒ぎになっているということです。これについては後でまた取り上げるとして、先ずは大鶴基成の「悪徳検事」としての来歴を簡単に振り返ってみたいと思います。

 大鶴検事を語る場合忘れてならないのが、小沢一郎民主党元代表を巡る土地取引事件です。
 まだ記憶に新しい小沢元代表の政治資金管理団体「陸山会」の世田谷土地購入事件は、苛烈を極めました。この事件で東京地検特捜部捜査のキーマンが大鶴基成検事だったのです。

 この問題が表面化した昨年初頭から、最高検刑事部検事だった大鶴は、当時東京地検特捜部長だった佐久間達哉を差し置いて小沢捜査の指揮を執りました。「(世論誘導の)風を吹かせてやる」とばかりに、国家公務員法守秘義務違反となる、捜査上知り得た情報を、虚々実々ない混ぜて官報複合体の一翼のマスコミにリークしまくりました。
 大鶴は当時「小沢は何があっても必ずやるよ」と周囲に吹きまくっていたといいます。小沢捜査の山場の一つとなった、元秘書の石川知裕衆院議員の逮捕に当っても、消極的だった“上”に喝を入れて逮捕決定させたのも大鶴基成です。

 稀にみる悪徳検事の大鶴は、昨年3月小沢元代表の政治生命に止めを刺すべく、自ら志願して東京地検次席検事に就任しました。この地位は東京地検では、樋渡利秋検事総長(当時)に次ぐ2番目のポストです。
 大鶴基成はこの人事によって、東京第五検察審査会の1回目議決(昨年4月)と、2回目議決(昨年9月)を裏でコントロールした可能性があります。
 結局小沢元代表は、数々の疑惑の目が向けられている同検察審査会の2回目議決で「起訴相当」が出たことにより、強制起訴が決定しました。同事件の無罪真相など百も承知で、菅直人、仙谷由人、岡田克也ら民主党乗っ取り幹部は、今年2月小沢元代表を判決が出るまで「党員資格停止」処分とするなど、これを目一ぱい悪用してきたのです。

 大鶴基成は「小沢強制起訴」という目的を遂げるや、今年1月再び最高検に戻り同公判部長ポストに栄転したのでした。
 結局大鶴にとって、小沢一郎に実質的犯罪性があったかどうかなど二の次三の次、要は自分の栄達に取って大物政治家の小沢の捜査は願ってもない「でっかい山」であったのです。東大法学部卒の「赤レンガ組」(法務省エリート官僚)であり、人一倍の野心家だった(一説には層化学会員とも)大鶴の目指すのは、もちろん検察トップの検事総長のポストでした。

 己の栄達のために大鶴は、強引な捜査手法も平気で使いました。今般不祥事続きの検察改革では、笠間治雄新検事総長のもと、従来の調書偏重主義の見直しが検討されています。
 それは「初めに筋書きありき」、つまり検察官が勝手に事件のシナリオを作り上げ、その線に沿って被疑者を強引に誘導尋問しデッチアゲ調書を作成し、犯人に仕立て上げてしまうという恐るべき手法です。これは大鶴検事の最も得意とする手法だったのです。
 そのような大鶴手法に対して、心ある先輩幹部は以前から深く憂慮していたといいます。

 その手法で行われたのが、ゼネコン汚職事件の「梶山静六ルート」や、日歯連献金事件、ライブドア事件、佐藤栄佐久元知事に対する「福島県汚職事件」などです。福島県汚職事件では佐藤元知事の関係者などが何人も自殺しましたが、鬼畜検事の大鶴は「自殺者が出るのは“筋のいい”証拠だ」と平然とうそぶいていたといいます。
 大鶴が担当する取調べ室からは、絶えず大鶴の脅迫的怒鳴り声が聞こえていたそうです。ちなみに梶山ルートや福島県汚職事件は大鶴の見込み捜査が大失敗を呼んでいます。特に福島県汚職事件は、佐藤元知事が今般問題となっている福島原発のプルサーマル導入に反対だったため、当時の自民党政権、官僚、東電など推進派が陥れた冤罪で、大鶴らがその片棒を担いで起訴に導いた疑いが濃厚です。

 小沢世田谷土地捜査における、「水谷建設から石川知裕、大久保隆則元秘書に各5千万円ずつが渡った」という当初この事件の核心とされた疑惑は、福島県汚職事件を担当した大鶴と部下の佐久間達哉が、その時小耳に挟んだ情報に基づくあやふやな見立てに過ぎなかったとも言われています。

 栄達の道まっしぐらだった大鶴基成でしたが、予期せぬことに小沢事件が「躓きの石」となりました。昨年1月下旬の段階で早々と、「小沢捜査を主導しているのは大鶴基成検事である」として、その行き過ぎた捜査手法を『週刊朝日』が連載でスッパ抜いたのです。
 それにより大鶴の名前は広く知られ、特にネットでは大騒ぎになりました。大鶴はそれまでは地下鉄で顔をさらして通勤していたそうですが、やがて深々とマスクで覆って電車に乗り、身の危険を感じたか遂には車通勤に換えざるを得なくなったのです。
 加えてあらゆる謀略的手法を駆使したにも関わらず、小沢裁判は公判前から無罪確定かと言われています。大鶴の完敗で決着しそうなのです。

 それによってこの度の「弁護士転身情報」です。新たな勤務先は都内の大手法律事務所だそうです。なにやら「若年天下り」という気がしないでもありません。これに対して、現在「特捜部廃止論」まで出ているのは元はと言えば大鶴らのせい、自分だけ辞めるとは何事だ、と同僚検事らは怒り心頭だそうです。
 しかし大鶴にしてみれば、あくまで検察内部で頂点を極めるのが当初からの「見立て」だったことでしょう。それからすれば、大鶴自身は内心深い挫折感を味わっているのかもしれません。

 大鶴だけではありません。小沢事件に直接関与した検察幹部は全員、既に東京地検にはいないのです。
 例えば当時検察の最高責任者だった樋渡利秋検事総長は、昨年6月検事総長を退任、法務省を退職し、同年9月からТMI総合法律事務所顧問として天下っています。また佐久間達哉東京地検特捜部長は、昨年7月大津地方検察庁の長である検事正に昇格といった具合です。
 こうして「責任」が雲散霧消してしまう。これこそが現中央官僚機構の悪弊の最たるものと言えるのかもしれません。

 今では事件自体が消滅した感のある一昨年3月の西松建設事件がなければ、小沢代表(当時)は辞任を要せず、同年9月の政権交代時に「小沢一郎首相」が誕生していた可能性が大です。
 また昨年の世田谷土地取引事件における東京地検の「無理筋」捜査がなければ、異常なマスコミの小沢バッシング報道もまたなく、現時点の目を覆うばかりの迷走民主党政治もなかったことでしょう。

 その意味でこの国の政治は、戦前の特高を彷彿とさせる検察権力によって、強引に捻じ曲げられてしまったのです。これは極言すれば「国家反逆罪」にも等しい大罪です。
 小沢裁判の無罪が確定次第、広中惇一郎弁護士ら小沢弁護団は、大鶴をはじめ樋渡、佐久間ら当時の検察幹部を徹底的に指弾し、何らかの罪状で訴追するべきです。

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菅「違法献金事件」は起訴までいくのか?

 -この事件に関する菅の犯罪性は明白だ。検察は菅の半島疑惑を抉り出せ-

 菅直人首相の「違法献金事件」が急展開をみせています。この事件で東京地検は遂に本格捜査に動き出したと『日刊ゲンダイ』(7月11日付3面)が伝えているのです。

 菅首相の違法献金事件とは-。
 菅首相の資金管理団体「草思会」(東京都武蔵野市)が、在日韓国人系金融機関の旧横浜商銀信用組合(横浜市、現中央商銀信用組合)元非常勤理事で、横浜市内でパチンコ店を経営する在日韓国人K氏(日本名:河本善鎬、実名:河善鎬-ハ・ソンホ)から、104万円の献金を受け取っていたという事件です。
 政治資金規正法では、政治的な影響力行使を防ぐため、外国人や外国人が主たる構成員の団体などから、政治家が寄付を受けることを禁じています。同違反は、「3年以下の禁錮または50万円以下の罰金」に処せられ、公民権停止の対象にも含まれる犯罪です。

 しかるに政治資金収支報告書によりますと、草思会は河本善鎬氏から、菅が民主党代表代行だった平成18年9月に100万円、21年3月に2万円、同年8月に1万円を受領。副総理兼国家戦略担当相だった同年11月の1万円を合わせ、計104万円の献金を受けていたのです。

 この問題は3月11日の衆院予算委員会で取り上げられました。折りしも前原誠司前外相が同じ外国人献金問題で辞任した直後だっただけに、政界は「これで首相も終わりだ」と大騒ぎでした。
 ところが何という悪運の強さか。その日の午後、東日本大震災が起き、この事件などどこかに吹っ飛んでしまいました。直後大津波、福島第一原発事故が相次いで発生し、国民もいつしか忘れてしまっていました。
 がしかし「巨悪は眠らせない」とばかりにこの事件としっかり向き合い、東京地検に刑事告発した市民団体があったのです。告発したのは神奈川県に住む住民らで、5月2日政治資金規正法違反罪で菅首相に対する告発状を東京地検に提出し、受理されました。
 
 この間の事情についてメディアはほとんど報じていませんが、7日の参院予算委員会で自民党の磯崎陽輔議員が追及して明かになりました。
 「菅総理は刑事告発されております。今週、相手方のKさんが東京地検から事情聴取を受けております」と切り出し、さらに菅首相が虚偽答弁をしていたことを暴露しました。これまで菅は、「3月11日の朝日新聞の報道ではじめてK氏が在日韓国人だということを知った」「3月14日に献金を返した」と答弁していたのです。
 ところが伊崎議員は、「現金を返したのはその日じゃないでしょう。あなたが初めて知ったという3月11日の前日、3月10日に神奈川県の保土ヶ谷パーキングエリアで、あなたのスタッフがこっそりと返したと、そういう事実を我々は聞いている」と明かしたのです。
 その瞬間、菅直人は真っ青になっていたといいます。

 献金を返したのが、3月14日なのか、それとも3月10日だったのかは、犯罪性の立証の上で決定的な違いがあります。司法関係者は言います。
 「首相は国会答弁で、『3月11日の報道を受け、事実関係を調べた結果、K氏が在日韓国人だと確認が取れたので3月14日に返却した』と答えています。あくまで外国人だったとは知らなかったという主張です。もし、知っていて献金を受けていれば、罰則の対象ですからね。でも、本当は事前に外国人だと知っていて献金を受け取り、「週刊朝日」から取材を受け、『これはヤバイ』と大慌てで3月10日に献金を返したのではないか。だとすれば返却日を3月14日だと小細工した理由も納得です。K氏は在日韓国人のなかでは有名人だった。首相か外国人だと知らなかったというのは不自然です」

 違法献金事件の捜査がどう進むのか、鍵はK氏が握っています。もしK氏が「首相は自分の国籍を知っていた」と検察に話せば、菅はアウトです。しかしK氏は、菅にカンカンになっているといい、話す可能性大有りなのです。
 「週刊朝日の記事が出る数日前、菅さんがK氏の携帯に電話し、『なにかあったら帰化したことにして欲しい』と頼み込んだりしたことに不信感を持っているというのです」(事情通)
 また疑惑発覚直後河本善鎬氏は所在不明になりましたが、これは菅サイドからの指示だったとの情報、さらには震災翌日菅は電話で「過去も現在も未来も会ったことがないことにしてほしい」と河本氏に頼み込んだとの情報もあります。

 菅首相に河本氏から献金があった事実は明らかな上、同氏の国籍について菅が以前から知っていたことを証言すれば、政治資金規正法上の犯罪要件は成立するわけです。
 退陣表明しても「退陣するとは一言も言っていない」と言い、何としても総理のイスを手放そうとしない菅首相に対して、辞めさせるための政治的手法は万策尽きた格好です。しかしこれは明らかな犯罪だけに、検察が本腰を入れて追及すれば、いくら希代の詭弁家の菅直人といえども言い逃れできないのではないでしょうか?
 菅にもそれが分かっていて、執拗な延命画策はこの事件での訴追逃れだとも囁かれています。

 村木厚子冤罪事件に続いて、小沢事件でも東京地裁は38通のうち12通の検察側デッチアゲ調書を不採用としました。小沢裁判は公判が始まる前から、早くも無罪確定かと囁かれ、公判のめどすら立たないとも言われているのです。
 翻って菅首相の今回の違法献金事件は、極めて“筋の良い”レッキとした犯罪です。
 菅直人の「政治とカネ」疑惑はこれだけではありません。同じ政治資金管理団体「草思会」が、日本人拉致事件の容疑者の親族が所属する政治団体に、平成19年から3年間にわたって6250万円もの政治献金をしていた問題も国会で追及されています。
 シラを切っても菅直人は、北朝鮮にも至る朝鮮半島の深い闇を抱えていそうな気配なのです。

 ただ今回の違法献金事件果たして起訴までいくのだろうか、と思わないでもありません。告発金額が極めて小額だからです。
 というのも同市民団体の告発は、菅首相献金のうち、18年9月の100万円については「公訴時効」(3年)を過ぎているため対象から外さざるを得ず、まだ時効の及ばない4万円のみであるからです。これだけでみると、前原誠司前外相の5万円よりさらに小額ということになります。(なお前原献金についても、その後滋賀県の政治団体代表らが京都地検に告発状を提出し受理されている。)

 東京地検はこれについてどう判断して捜査を進めていくつもりなのでしょうか?時効となった18年の100万円についても一連の献金に含めて判断するのか、あるいは除外してあくまで4万円だけの献金に絞るのか。これで検察の本気度が測れます。
 3月の問題発覚後菅直人は「これはヤバイ」と感じて、今後とも問題となりそうな日付に「全額返還」しているのです。東京地検はそこを問題とすべきです。それに政治資金規正法では、100万円ならアウト、10万円以下ならセーフというような規定はありません。仮に1万円であっても、外国人献金はアウトとすべきです。

 今や地に堕ちた感のある検察、汚名挽回の絶好のチャンスです。一日も早く菅直人を事情聴取し、起訴、有罪に持ち込み、公民権停止にしてもらいたいものです。
 (なお献金総額について『日刊ゲンダイ』は109万円としていますが、本記事は104万円としました。)

(参考、引用)
『日刊ゲンダイ』(7月11日3面)、『夕刊フジ』(7月8日1面)
『msn産経ニュース』(5月3日)http://sankei.jp.msn.com/affairs/print/110503/crm11050302010001-c.htm
『東アジア黙示録』-「瓦礫の下の外国人違法献金-震災空白を悪用する菅直人」
http://dogma.at.webry.info/201104/article_4.html 

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40年前の市議選奮闘記

 きょう7月10日(日)は、当厚木市の市議会議員選挙の投票日でした。4年前もそうでしたが、今回もまた棄権しました。なぜってさほど関心が湧かず、特に入れたい候補も見当たらなかったものですから。
 これだけ腐っても、国政選挙だけは毎回必ず投票します。ただし「菅民主党」及び「民主党B」が続く間は、昨年6月上旬のお約束どおり民主党には絶対投票致しません。(代表選で菅支持だった後藤祐一。この次は覚悟せよ。)

 この1週間朝っぱらから、けたたましい選挙カーからの絶叫の声。そんな選挙モード一色の日々で、私はかれこれ40年前となる当市市議選の思い出が甦ってきました。
 同じく7月某日投票日で、確か例の浅間山荘事件が起きた昭和47年(1972年)の事だったかと記憶しています。
 当市議選はそれから4年ごとに何回もあったのに、なぜその時の市議選だけ鮮烈に思い出されるかといいますと。私たち当時の厚木市の若者グループのリーダー的存在だったSさんが同市議選に打って出たからです。
 そのため選挙の「せの字」も知らない私たちも、こぞって俄か選挙活動家としてSさんの選挙を手伝うことになったのです。

 Sさんはその時確か27歳。23歳だった私とは4歳ほど年上でした。身長は160cmの私より少し低いくらいでしたが、見るからに精気とパワーを感じさせる人でした。
 この人と当時私の勤務先の上司だったMさんとが同じ年で、無二の親友だったのです。二人やその他の仲間たちがSさんと知り合ったのは、彼らの成人式当日だったといいます。何でも式終了後、Sさんが成人式仲間に「今後我らの手で明るい厚木市を創っていこうではないか」というような事を一席ぶって、それに共鳴した男女十数人の仲間がその時出来上がったというのです。
 Sさんは元は東京出身で、親父さんの仕事の関係で、10代終わり頃厚木市に引っ越してきたようです。

 私は当市に来て1年が経過した頃、約1年間隣町の伊勢原市(当時は確か町)でMさんと共同生活をしたことがあります。Mさんは業務上の資格を取得し、私が勤務していた会社の営業所の形で伊勢原に事務所を構えていて、私はその部下として業務を手伝ったのです。
 Sさんはそこを何度か訪問し、ある夜はSさんら同世代の男女7、8人が、私らが寝泊りしている部屋で会合を開いたこともありました。
 私自身はほどなくまた厚木市の本社に戻りました。

 今の「個の時代」からは想像もつかないでしょうが、当時は同世代の若者たちの連帯感が強い時代でした。本厚木駅前のラーメン屋に入り、たまたま同じ年頃の若者と隣同士になったりすると、まるで百年の知己であるかのように意気投合、ラーメンをすすりながら話が盛り上がったりしたものでした。
 東北出身の私はいつも孤独で、ある時たまたま参加した市のコーラスグループの練習で、終了後1歳年上の綺麗なお姉さんにグループ加入を勧められ、ついクラクラとなり、そのまま同グループの一員にもなりました。

 そんな折り厚木の事務所に来ていたMさんから、「Sさんの家で毎土曜の夜飲み会があるから参加しないか」と誘われたのです。仕事が終わればコーラス練習日以外は暇をもてあます身、一も二もなく参加することにしました。
 Sさん宅は、市内郊外を流れやがて相模川に注ぐ小鮎川沿いの、少し坂を下った木造平屋でした。当日夕行ってみますと、既に準備完了で、Sさんも生業とする豆腐製造業の作業場のすぐにある三畳間に、テーブルが並べられ、その上には2、3の卓上コンロと手頃に刻まれた肉や野菜やビールがどっさりありました。中には十人弱ほどの、私より年上の人たちがずらり座っています。
 部屋は肉を焼く煙が立ち込め、もう飲み会は始まっていました。そうして夜が更けるまで飲み食いしながら、Sさんを中心に世間話、各人の出身地や仕事の話、他愛ないエロ話、時事的な話などに興じていくのです。

 私はいつしかその飲み会の常連になっていきました。ある年の夏はこの仲間で、津久井の山奥の山荘に泊まりに行ったこともあります。
 そして問題の昭和47年です。確かこの年Sさんから年賀状をいただき、その文末に「末は博士か大臣か」などと時代がかった文句が記されていました。
 その頃では私が所属しているコーラスグループも含めて、厚木市内のめぼしいグループをSさんは掌握し、いつしかSさんは若者グループの中心的かつカリスマ的存在になっていました。そしてその年の何月だったか、「Sさんが今年の市議選に若者代表として立候補する」という話になったのです。

 選挙参謀は飲み会きっての理論家として誰からも一目置かれていた、佐世保出身で市内工業団地A電機勤務のUさんに決まりました。こうして市議選に向けた準備が着々と進んでいったのです。
 5月頃にはSさん宅から数百メートル離れた、バス通りに面した空き地を選挙事務所として使用することが決まり、仲間内の大工さんが先ず土台、床、柱といった骨組みを作り、周壁のコンパネや屋根張りなどは皆で手伝って作っていきました。そして出来上がったのが、何と八角形という異形の選挙事務所だったのです。
 私はこの拠点に、ロクな手伝いもできないながら、投票日まで毎日のように通いつめました。また仕事で知りあった町の若者何人かを訪問し、「Sさんをよろしく」と頼み込んだりもしました。

 選挙事務所がそうだったように、今思えばその選挙手法は何から何まで異例ずくめだったと思います。
 例えば選挙ポスター。これを担当したのはSさんの元からの仲間で、今で言うイラストレーターの卵のHさん。その撮影に私も同行しましたが、何と時刻は夜、厚木市街を見下ろす高台で、私などがスポットライトを当てる中Sさんがマイクを握ったポーズです。
 仕上がったポスターは、異例の黒い背景にスターのようなSさんの顔がくっきり浮かび上がった、なかなかセンスのいいものでした。

 そうこうしている内に選挙戦に突入しました。飲み会で知り合い、コーラスグループにスカウトし大の親友となった同じ年のТ君をはじめ、主なスタッフはA電機社員が占めていました。選挙カーをデコレートしたのは彼らです。
 これが極めつけだったのです。車はSさん所有の、真っ赤な日産サニークーペ。その屋根にТ君ら考案の、候補者名が大書された円形のポスターが設置されました。それが車の電源によって、走っている最中クルクル回る仕掛けなのです。

 それだけならまだしも。選挙カーから聞こえてくるのは、Sさんが予め録音したものを倍速で拡声して流したのです。一時期大ヒットしたフォーククルセダースの『帰って来たヨッパライ』を真似したものでしょうか。
 町の一角の現場でそれを聞きながら、スタッフの一人ながらさすがに違和感を持ちました。仕事上の1年先輩で皮肉屋の一匹狼的Тさんは、「おい、いくらなんでもありゃやりすぎだぞ。何言ってんのかよくわかんねえし、市民に失礼だろ」と吐き捨てたほどでした。

 とにかく恐いもの知らずの素人集団の選挙戦。おそらく今でもあれと同じ事をしたら、目新しいもの好きのマスコミが注目し大々的に取り上げ、全国的話題となるのではないでしょうか。ある意味Sさんの選挙戦は、それほど斬新だったと言えると思います。

 しかし投票が終わり、開票されてみると無残な結果でした。Sさんはブービーつまり下から2番目で、見事落選だったのです。
 大イベントがそういう結果を迎えてしまうと、それまでの結束がウソのようにバラバラになってしまうものです。「4年後の再挑戦に向けて今から新たに出直すべきだ」という意見もありましたが、大勢には至らず、次々にSさんのもとから去っていきました。私もいつしかSさんとは疎遠になっていきました。

 ここに至る経緯はこれ以外にもさまざまな出来事があり、いつか何回シリーズかで紹介したいと考えていましたが、私の半生で唯一経験した選挙戦、今回取り急ぎかいつまんで振り返ってみました。

 (大場光太郎・記)

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書中お見舞い申し上げます

   とある午後日傘美人とすれ違ふ   (拙句)

 本日10日、我が家の部屋の中にいてさえ、朝から窓を通して透かし見る空は抜けるように青く、その尋常ならざる青さに『そう言えば梅雨はどうなったんだ?』とふと思われました。
 “無テレビ生活”が3ヶ月になんなんとする身には、特段それで不都合を感じることもないけれど、このような日々の情報にはどうしても遅れを取りがちです。ただ梅雨明けがどうであれ、それが死活に関わる問題でもないわけです。

 ある程度こまめにチェックしているはずのネット二ュースでは、梅雨明けはまだだったよなあ、と思いつつ。一応気になって昼過ぎグーグルニュースを繰ってみました。案の定メーンの日々のニュース項目には出ていません。しかしこの時ばかりは一歩踏み込んで、右サイド上部に小さく一まとめしてあるニュース項目にも目を通しました。するとそこに「梅雨明け」があり、早速クリックするに、「梅雨明け:九州北部と関東甲信、北陸で」というタイトルがあるではありせんか。
 記事内容は、気象庁は9日上記各地方で梅雨明けしたとみられると発表したというのです。道理できのうといいきょうといい、この空の色、この暑さなわけです。

 今年は梅雨入りも5月下旬と早やければ、梅雨明けも関東甲信では平年より12日も早いとのことです。
 「梅雨明けしたとみられる」根拠として気象庁は、日本付近で太平洋高気圧が強まり、日本海に停滞していた梅雨前線がその勢力で北上し、もうこれ以上南下しないと予想されるためと説明しています。

 振り返ってみると今年の梅雨は、前半6月上旬頃まではいかにも梅雨らしい曇りと雨がちの鬱陶しい空模様だったものの、それ以降はまるで空梅雨のような、思わず『一雨欲しいなあ』と思うようなカンカン照りの日が続きました。
 猛暑を記録する地域としてここ数年すっかり有名になった埼玉県熊谷市では、6月24日に39.8度という6月としては観測史上最高となる驚異的気温も記録しました。

 それに今年は福島第一原発事故による電力不足という、ウソか本当か分からない政府・東電総がかりの“電力不足大キャンペーン”が加わります。おかげでどこもかくこも節電右ならえ状態、例年なら日盛り道からとある店内にでも入り込めばクーラーガンガンだった昨年までとは様変わり。屋内でも弱クーラーのため、胸といわず背中といわず汗がジトーッ、タラタラと流れてきます。
 それもあってか既にこれまで熱中症で倒れ、病院に担ぎ込まれる人の数が例年より急増しているそうです。

 例年より10日以上早い梅雨明け。昨年のあの殺人的猛暑のトラウマが残っている身には、『ひょっとして、今年はこのまま9月のお盆過ぎまで、いや9月いっぱいまで猛暑が続くのか?』とつい身構えてしまいました。
 しかしご安心あれ。気象庁の今夏の長期予報では「猛暑となった昨夏よりやや低めの気温となりそうだ」とのことです。ひとまず『あヽよかった』と一安堵といったところです。

 ということで。当ブログ背景、真夏バージョンに替えました。開設した08年以来4回目の『Winter(冬)』です。当ブログを折角ご訪問くださった方々に、つかの間でも「涼(りょう)」を味わっていただくために、あえて冬の背景を真逆のこの季節に持ってきています。
 これまでの『かっぱ君と雨』1ヵ月弱でお役ごめんとなり、また来年ということになりました。もし私にとって不意打ちのような梅雨明けがなければ近いうち、柳田國男の名著『遠野物語』中の「河童譚」をご紹介するつもりでした。それも来年に持ち越しです。

 末尾ながら。皆様にはいよいよ本格的な暑さに向かう折りから、益々ご健勝で充実したサマーライフご堪能ください。

 (大場光太郎・記)

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卑劣菅には、不信任案再提出こそ相応しい

 -菅は最早制御不能状態、一刻も早く辞めさせるべき。後の事はそれからだ-

 菅直人首相は譬えてみれば、福島第一原発各号機と同じく危険な状態だと思われます。同原発各号機は次々に爆発を起こし、メルトダウンなのか、メルトスルーなのか、危険すぎて内部に入り込めず、今どんな状態なのか誰にも正確なところは把握できていないようです。つまり制御不能に陥っているわけです。
 やること為すことメチャクチャな菅直人も、今やまさしく制御不能状態だと考えられるのです。菅を辞めさせたくて仕方ない、仙谷由人、岡田克也ら党幹部6人衆が束になってかかっても、菅の首に鈴を付けることができない状態です。

 政治は誰のものか?今さら言うまでもなく、主権者たる国民のものです。国民から負託を受けた政治家は、国民の生命と財産を守る政治課題を遂行する義務を負っているのです。ましてや一国を代表する立場にある内閣総理大臣なら、その自覚が誰よりも強く求められます。
 ところが菅首相はどうでしょうか?既に明らかなとおり、菅の念頭にあるのは、少しでも長く総理の椅子に居座り続けるにはどうすればいいかという事のみです。そのためには、被災民、福島原発避難民、国民全体をも、人質に取る行動も平気でします。

 菅直人はつくづく哀れな裸の王様です。7日には「もう、やってられない」とばかりに、菅の手柄横取りの原発政策にぶち切れて、海江田万里経産相が原発関連法案の成立にめどが立った段階での辞意を表明しました。それについて、枝野幸男官房長官や野田佳彦財務相らは海江田氏に同情的で、「すべての閣僚が同じく辞めたいと思っている」「(全閣僚の辞任は)会期末になるだろう」などと話しています。
 閣僚たちからさえ、菅直人は見放されているのです。

 それでも菅直人は官邸、公邸にこもって、やれ再生エネルギーだ、10月訪中だ、全国原発に対するストレステストだと、「政界おもちゃ箱」からとっかえひっかえ、新たなおもちゃを取り出しては玩んでいる状態です。つまり国民の生活などそっちのけで、自分の延命のために「政治をおもちゃ」にしている状態なのです。
 今や誰が見ても異常で狂気でしかないのが菅首相です。

 しかしここに来て、心あるネット市民の間でも、あれほど沸騰していた「菅辞めろ」の声が下火になってきているように見受けられます。
 理由はいろいろあるのでしょう。その一つは最近一転して「菅降ろし」の論陣を張り始めたマスコミに代表される、官僚、財界など旧勢力の思惑への警戒感があるようです。またここで菅を降ろしてしまえば、自民党との大連立を画策して、小沢抜きで自分たちは生き延びようという魂胆の仙谷一派とは一線を画すべきだという考えもあるようです。

 理由がどうあれ、菅直人をいつまでも延命させても可というのはいかがなものか。制御不能状態で危険極まりない菅直人を、一日も一刻も早く除去するのが、今この国にとって焦眉の政治課題なのでないでしょうか?
 菅が総理の座に居座っている限り、震災復興も、福島原発事故収束も、国内経済の浮揚も、普天間基地移設問題などの外交課題も、何一つ前に進みはしないのです。逆に居座り続けることによって、政治空白が拡大し、腐敗官僚支配が横行し、この国の地盤沈下がどんどん進むだけです。

 幸い自民党なども、再生エネルギー法案などの審議に進んで協力する姿勢を示しています。ついこの前の国会答弁でも、「私は退陣ということを一言も言っていない」と言い放つようなペテン師、詐欺師首相です。6月末の「3法案成立が(退陣の)一つのめどになる」という、国民もシカと聞いた口約束も信用はできまぜん。
 しかしとにかくここは与野党協力して、7月中にも2次補正予算案、特例公債法案、再生エネルギー法案の3法案を成立させるべきなのでないでしょうか?
 そうすれば曲りなりにも、菅首相退陣の条件は整うわけです。

 それでもまた「10月訪中したいから」「ストレステストの結果を見届けたいから」などと言い出したら、その時は「約束が違うぞ !」と与野党一致して突っぱねればいいのです。そしてその時こそ、自民党が検討し出している、“逆伝家の宝刀”である「内閣不信任案再提出」をする絶好のチャンスなのです。
 とにかく敵さんは、ペテン、詐欺、謀略何でもありの菅直人です。こんなひどいヤツには、こちらも「ひどい奥の手」を使うに限ります。6月2日の初提出時とは菅内閣を取り巻く諸状況が変化したことをもって、同一国会内に同じ法案は2度出せないという「一時不再議」という慣例は当てはまらないとして、躊躇なく再提出すべきです。

 同不信任案を議事として扱うか、まずは衆院議院運営委員会の判断が第一関門となります。同委員会は民主党多数ですが、反菅拡大の折り出しさえすればどう転ぶか分かりません。仮にこの関門が突破できれば、本会議での採決です。
 西岡武夫参院議長は同案再提出は理に適っていると言い、渡部恒三最高顧問は「出れば私も賛成する」と言い切っています。小沢・鳩山グループ、反菅グループは一斉に同調するべきです。二度も菅らの謀略に引っかからないでしょうから、可決の可能性が俄然高まります。

 また「脱原発解散」などと、血迷ったことを画策している菅首相の暴走を止める手立てとして、両院議員総会を開催して、菅の党代表の解任決議案を提出、決議するという手段もありそうです。
 もちろんこれだけで首相を辞めさせることはできません。しかしこれによって、仮に解散しても菅は総選挙の指揮が執れないばかりか、場合によっては首相でありながら、党の公認すら得られないという真っ青の事態にも立ち至るのです。
 何せ相手は今や手に負えない“化け物”なのです。これを退治するには、相手がそうであるように、こちらも幾つもの有効策を次々に繰り出す必要があります。

 おそらく勝負は7月いっぱいです。今月中に菅退陣の道筋をつけなければなりません。もし8月に入ってしまうと、またもや菅直人のペースになってしまいます。8月6日の広島原爆の日まで行ってしまうと、この日菅は脱原発宣言をし、いずれ「脱原発解散」に打って出る腹づもりなのでないでしょうか?
 そうなると専門家の予測どおり、民主党も自民党も小沢グループも、勝者はなく、その先今以上の混迷が続くことになります。
 仮にその時解散権を行使しなくても、いつか行使する可能性をちらつかせながら、その後ダラダラ延命するのは見え見えです。

 とにかく菅首相退陣が現下の大目標です。菅が辞めたら「ポスト菅」をどうする、仙谷一派と自民党がくっついて小沢抜きの大連立になったらどうする…。そんな事を今から心配すべきではありません。
 何度やっても菅一匹の首に鈴をつられない仙谷由人ら、ゾンビ政党の自民党などに、政界をダイナミックに再編し直すパワーがあるとも思えません。その力を有しているのは小沢一郎ただ一人だと思うのです。
 小沢グループ、小沢支持者たちは、菅や仙谷流の謀略邪道とは一線を画し、正々と王道を歩む。ただし眼前の障害物は何としても撤去する。そのような心構えでよろしいのではないでしょうか。

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ニビル、アブラハム、ユダヤ→ウラニウム(4)

今日世界中のウラン鉱山や原発建設の大本はユダヤ勢力が握っている

 紀元前2024年に起きたという「ソドム&ゴモラ滅亡」は、実は古代核戦争だった可能性が高いことを見てきました。
 アブラハムがニビル都市ウルからカナンに運んできたウラニウムは、その時すべて使われたのでしょうか。その後数千年の現人類史において、20世紀半ばの「ヒロシマ・ナガサキ」まで核が使用された形跡はありません。それからすれば、「ソドム&ゴモラ核戦争」ですべて使用されたと見るのが妥当なのかもしれません。

 イスラエル・ユダヤ民族はその後、紀元前10世紀頃のソロモン王の時栄華を極めますが、やがて部族間抗争によりイスラエル十二部族は、北イスラエル王国(十部族)と南ユダ王国(二部族)とに分裂します。さらに紀元前721年アッシリア帝国の侵攻により北王国は滅亡し、後に“世界史の七不思議”の一つとされる「失われた十部族」という事態が起ります。十部族が忽然と姿を消したことにより、南ユダ王国の二部族だけが残ることになったのです。
 『マタイ福音書』によれば、系譜的にダビデ王(ソロモン王の父)に連なるとされるイエスは、よって南ユダ王国(当時は古代ローマ属州としてのイスラエル王国)の出身ということになります。
 
 イエス死後数十年経過した西暦70年のローマ帝国の侵攻などにより、イスラエル王国は完全に滅亡します。その時からユダヤの民は祖国を喪失し、旧約の預言どおり、ローマやエジプトをはじめとした地中海沿岸諸都市などへと、2千年近くに及ぶディアスポラ(離散)の憂き目に遭うことになったのです。

 ここで強調したいのは、今日に至るもユダヤ勢力と「ウラニウム」の結びつきは深く、ユダヤ勢力は、それを原料とする「核兵器」「原子力発電所」などで主導権を握っていることです。
 各地にディアスポラしたユダヤ民族でしたが、近世以降急速に世界的権力を有していくことになります。それは以前の『真実の近現代概略史』シリーズからも明らかです。特に代表的なのが、ロスチャイルド、ロックフェラーという二大財閥です。このユダヤ系二大財閥の「原子力支配」について、『真実の近現代概略史』では、以下のように述べてありました。
                       *
ソ連の核開発には、アメリカのロックフェラー財閥配下にある外交問題評議会(CFR)のメンバーであり、またルーズベルト政権では大統領主席補佐官を務めたハリー・ホプキンスが、意図的にソ連に原爆技術を移転したという、レーシー・ジョーダン少佐のアメリカ議会委員会での宣誓供述があります。

このようにまず初めにアメリカからソ連に核開発の技術が輸出され、次にイギリスとフランスへ、そしてソ連から中国へと5大常任理事国に核が計画的に分配され、世界中の約200の中小国すべてが核を持つ常任理事国の支配下に置かれるという構図です。
その後、核開発技術は中国からインドとパキスタンへ。またアメリカからイスラエルへと輸出されていきました。さらに、水爆までもが、ひととおりこれらの5大国に配備されました。 (『真実の近現代概略史(6)』)
                       *
両財閥の独壇場である原子力エネルギー※は、重大事故の際には地球規模の被害を生む危険性があるにも関わらず、二酸化炭素を出さないクリーン・エネルギーとして、推進されます。
(※原料のウランの鉱山はロスチャイルド財閥が、ほぼ独占。ロックフェラー財閥は石油を支配するばかりでなく原発の建設に深く関わっている) (『真実の近現代概略史(8)』)
                       *
 なおロスチャイルド、ロックフェラー両財閥は、「反キリストの数字」「獣の数字」として忌み嫌われている「666」を、自前の施設で半ば公然とディスプレイしているのでした。 (『ロックフェラーセンタービルのこと』-『真実の近現代概略史』カテゴリーに追加)
 この両財閥が、世界中の金融、経済を牛耳り、国連、IMFなどの国際機関、世界的主要マスコミ、三百人委員会やイルミナティなど闇の組織などを通して、全世界をコントロールしてきたのでした。
 その重要な戦略兵器として「核」「原発」があるわけです。

 今回の福島第一原発事故で言えば、最初に事故を起こした同原発1号機はロックフェラー系企業である米GE(ゼネラルエレクトリック)社が設計、施工したものです。それに同原発の管理会社は奇妙なことにイスラエルの会社なのです。
 1号機事故は、通説になっているように津波による以前に、「まるで起爆装置が働いたように突然爆発した」と同原発関係者が証言したとの情報もあります。

 現在この狭い国土に54基もあり、米国、フランスについで世界第3位の原発数を誇る(?)我が国に、そもそも原子力発電所建設を持ちかけたのは、ロックフェラー米国です。その指令に基づいて忠実に動いたのが、正力松太郎や中曽根康弘といった対米隷属派です。
 特に正力が我が国原発建設に果たした役割は大きいものがあります。正力はヒロシマ以来強い「反原子力」だった国内世論を変えるべく、「原子力の平和利用」という欺瞞的スローガンを掲げ、読売新聞と日本テレビを総動員して強力な世論誘導キャンペーンを行ったのです。
 正力松太郎が「PОDAM」というコードネームを持つ、ロックフェラーの子飼い組織・CIAの日本エージェントだったことは今や公然の秘密です。

 メルトダウン、メルトスルー、広域に及ぶ土壌・地下水・海洋汚染、人体内部被曝…。福島第一原発事故が一体いつ収束するのか、50年、100年先とも言われるほどまったく見通しの立たない状況です。今回の未曾有の大事故により、「原子力の平和利用」など完全に虚妄だったことを思い知らされました。
 世論の風向きにより原発推進から脱原発へと簡単に路線変更するような、危ういポピュリズム首相がどうであれ。私たち国民は真剣に「脱原発」「反原発」の決意を、国際社会とユダヤ闇勢力に強く発信し続けていかなればなりません。
 それが取りも直さず、アヌンナキという迷惑千万な「父なる神」の呪縛から脱け出す、大きな第一歩でもあるのです。  -  完  - 

参考・引用
  『プレアデス 銀河の夜明け』 (著:バーバラ・ハンド・クロウ、訳:高橋裕子、太陽出版刊)
  『真実の近現代概略史』
  http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat43851635/index.html  

 (大場光太郎・記) 

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真清水の音のあはれを

               黒田 杏子

   真清水の音のあはれを汲みて去る

…… * …… * …… * …… * ……
 黒田杏子(くろだ・ももこ) 昭和13年、東京本郷生まれ。旧姓斉藤。疎開以後宇都宮女子高卒業まで栃木県で生活。東京女子大学心理学科卒。在学中より山口青邨の指導を受ける。夏艸賞受賞。第一句集『木の椅子』にて現代俳句女流賞、俳人協会新人賞。平成2年10月、俳誌「藍生」(あおい)創刊主宰。著書に句集のほか、『花鳥俳句歳時記全4冊』『あなたの俳句づくり』『今日からはじめる俳句』など。  (講談社学術文庫・平井照敏編『現代の俳句』より)

《私の鑑賞ノート》
 この句における季語は「真清水(ましみず)」です。純粋な混じりっ気のない清水という意味になるのでしょうか。清水はもちろん一年中見られる現象ですが、夏の季語と定まっているのです。どうしてなのでしょう。『角川文庫版「俳句歳時記 夏』には「清水」についてこうあります。
 「天然に湧き流れ出している清冽(せいれつ)な水はいかにも涼しげである」

 暑い夏にあって「涼しさ」を催させるがゆえに夏の季語となったのです。その関連で言えば「涼しさ」や「泉」なども夏の季語です。

 「清水」には他に「山清水」「岩清水」「苔清水」「草清水」などがあります。一々述べるまでもなく、これらは清水が湧き出ている場所や情景をくっきり思い浮かべることができます。

 ただ今回の句は真清水とあるのみなので、上記のように場所や情景がさほど特定できません。それでかえって、読み手が「思い出の清水」に置き換えて読む自由度を与えられていると言えるのかもしれません。

 作者の主題は別のところにあります。「(真清水の)音のあはれ」こそが、この句の主眼点であるのです。真清水の「音」に着目し、かつその音を「あはれ」と捉えたところが、この句を秀逸なものにしています。

 実際には「清水を汲んで去って行った」という現実的行為を、
   真清水の音のあはれを汲みて去る
と一句成立させたことにより詩的に昇華しているのです。
 黒田杏子という俳人の感覚の鋭さを感じます。

 「音のあはれ」にはさまざまに考えさせられます。どうやら平安朝の人々の「もののあはれ」にも通じるところがありそうです。

 多分想像するにこの句は、黒田杏子がどこか旅に出た折りの出来事を詠んだものらしく思われますが、清水を汲んだその場所あるいは清水そのものとの「一期一会(いちごいちえ)」の通い合いのようなものが感じられます。

 おそらく「真清水の音」は、幽けき(かそけき)音だったのでしょう。
 作者の「音を汲みて去る」という行為は、何やら「御水音(おみずおと)遷(うつ)し替え」というような聖なる儀式のようにも思われてくるのです。

 (大場光太郎・記)

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松本問題-辞任、就任で済まされる話ではない

-この国にとって最大の障害が菅直人。「真の復興」は菅退陣からスタートする-

 渦中の松本龍復興担当相が5日辞任しました。先月27日に就任してからわずか9日目での異例のスピード辞任です。これは菅直人首相や枝野幸男官房長官にとっても寝耳に水だったようで、5日午前9時頃松本氏と差して会談した菅首相も「慰留したものの本人の決意が固く仕方なかった」という状況だったようです。
 松本氏の電撃辞任は、退陣表明しながら、いつ辞めるとも知れずダラダラ総理のイスに未練たらしくしがみつき続けている菅直人に、「責任ある立場にある者の出処進退とはこういうものだ」と、図らずも身を以って示した格好となりました。

 いずれにしても松本復興相の辞任は当然と言えば当然です。
 「知恵を出さないやつは助けない」「こっちも突き放すところは突き放す」。岩手、宮城両県知事との会談で飛び出した暴言は、ただ単に両県知事に対して言ったのではなく、被災地、被災民すべてに向けられた暴言であり、到底許されるべきものではないからです。

 被災地の地元紙『河北新報』は5日付けで、『松本復興相辞任「当然」 被災者怒り沸々』と題した記事を掲載しています。それによりますと、
 宮城県石巻市の石巻高校に身を寄せている主婦鎌田信子さん(69)は、「あまりに高飛車な態度。(被災地に)努力を求めるにしても、あんな発言をする人には任せられない」と、辞任の報を聞いてもまだ怒りが収まらない様子で話しています。
 また宮城県南三陸町の歌津中学校で避難所生活を送る熊谷健一さん(66)も、「復興を担当する者の発言とは思えなかった」と呆れ顔。「被災者は焦っている。こんなことで復興が足踏みするのは困る」と注文をつけています。
 『ネット河北新聞』 
 http://www.kahoku.co.jp/news/2011/07/20110705t71025.htm

 この被災地、被災民全体を突き放したような暴言は、震災復興を最大の大義名分として国会会期を大幅延長した菅内閣、ひいては菅直人そのものの本質なのでないか?と疑われても仕方ありません。
 現に菅首相は、松本氏の発言が問題化しても被災地に向けて謝罪するどころか、一言のメッセージも発していません。もちろん松本大臣を更迭もしなければ、直ちに官邸に呼んで厳重注意すらしていません。「ズル菅」「ダマ菅」流の、都合の悪いことはダンマリを決め込むいつもの手に出たのです。むしろ閣僚からは松本擁護論さえ聞かれたほどです。
 唯一の存在理由が「震災復興が第一」のはずの菅“ダラダラ延命”首相&内閣の、この緊張感の無い無関心ぶりは一体何なんだ ! 被災民ならずとも、国民の一人として「怒り沸々(ふつふつ)」です。

 一連の騒動に当っては、当然のごとく野党から、菅首相の責任を問う声が厳しく挙がっています。例えば石原伸晃自民党幹事長は「甚だ遺憾と言わざるをえません。この閣僚を任命した菅首相の責任、そして菅内閣には一日も早く退陣していただくことが、東日本の被災された地域の復興・復旧に一番資するのではないか」とコメントしています。
 
 そしてその声は身内の民主党内からも挙がっているのです。党内の声を代弁するように鳩山由紀夫前首相は、「被災者の神経を逆なでしたのだから辞任は当然だ」と指摘しながら、「首相の任命責任も当然出てくる。本気で復興に当るためには“本気の内閣”を作らなければだめだ」「次の方にバトンを渡すことが、国民を救うことになる」と、改めて菅首相の早期退陣を強く求めています。
 また一貫して菅支持派長老だった渡部恒三最高顧問ですら、「国民、被災者のためにも一分でも一秒でも早く辞めてもらいたい」と、3予算案成立を待たずに直ちに辞任すべきだと表明しています。

 しかし“蛙のツラに小便”菅首相は、当然そんな声には耳傾けるはずもなく、5日中に早々と次の復興担当相を決めてしまいました。ここでも菅は記者会見に応じず、記者団が声をかけても答えぬ傍若無人ぶりでした。

 新復興担当相(兼防災担当相)に就任したのは平野達男氏(57)。「平野達男、Who?」と思いましたが、内閣府副大臣を務め、その堅実な仕事ぶりは与野党問わず評価が高く、「内閣で数少ない実務家」(経済官庁幹部)と官僚の信頼も厚いのだそうです。参議院議員2期目で、焦眉の急の岩手県選出。そのため大震災の発生後たびたび被災地を訪れ、政府の被災者支援などで中心的役割を担ってきたといいます。

 前任の暴言大臣よりは、明らかに「使える大臣」であることは間違いなさそうです。そして何より注目すべきは、岩手県選出で分かるとおり、小沢一郎元代表のグループの一員であることです。大臣としては小沢グループから菅内閣で初の入閣となります。平野新復興相は就任後の会見の中で、「(就任に当たり、小沢元代表に)相談はしていないが、報告はしないといけない」と話しています。
 この人事、「脱小沢」路線亡者・菅直人も遂に前非を悔いて、小沢元代表へのせめてもの罪滅ぼしかと言えばそうでないようです。当初「三つ巴」「三すくみ」(小沢-菅-仙谷)の一人の仙谷由人官房副長官に就任要請したものの固辞され、仙谷氏が平野氏を説得して決まったもののようです。

 それはそれとして。新大臣を早々と決めたからと言って、松本暴言問題が不問になるわけでは決してありません。
 とにかく菅政権は、“菅”硬変、“菅”機能障害の末期症状を呈しているのです。大臣交代という小手先の対応では何の治療にもなりはしません。(折角発掘した平野氏という有能な人材は、この先いくらでも働き場所が与えられます。)
 今の「宰相不幸社会」のこの国にとって、“菅”全摘出、つまり菅直人が総理大臣の座を降りて官邸から去ってくれることが、国民にとって「最大幸福」となる抜本的治療法なのです。

 (大場光太郎・記)

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松本暴言を菅退陣の突破口に !

 -松本暴言から菅内閣の復興姿勢が透けて見える。菅の任命責任は重い-

 新設の復興担当相に就任した松本龍氏(60)。就任直後から奇行やとんでもない発言を連発しています。先ず事の始めは復興相就任後の記者会見。この場にサングラス姿で登場し、記者たちから「この人大丈夫か?」と訝られたことでした。
 また日を置かずに今度は「民主党も自民党も公明党も嫌いだ」と、一体何が言いたいのか意味不明の発言も飛び出し、周囲を唖然とさせました。

 そして就任後日が浅いというのに、極めつけの大暴言が飛び出したのです。
 3日東日本大震災の被災地の岩手、宮城両県を就任後初めて訪問し、両県知事と相次いで会談した際飛び出したものです。

松本復興相の発言

 松本龍復興担当相が3日の岩手、宮城両県訪問時と、4日に行った発言は以下の通り。
 ▽達増拓也岩手県知事との会談(3日)
 (国は)知恵を出したところは助け、知恵を出さないところは助けない、そのくらいの気持ちを持って(ほしい)。
 九州の人間だから東北の何市がどこの県か分からん。
 ▽村井嘉浩宮城県知事との会談(3日)
 県で(漁港再編問題の)コンセンサスを得ろよ。そうしないとわれわれは何もしないぞ。ちゃんとやれ。
 お客さんが来るときは、自分が入ってからお客さんを呼べ。長幼の序が分かっている自衛隊(村井知事がかつて所属)ならやるぞ。
 今の言葉はオフレコだ。書いたらその社は終わりだ。
 ▽首相官邸で記者団に(4日)
 -発言の真意を菅直人首相に説明する考えは。
 ない。私は(問題は)なかったと思う。(村井知事との会談では)僕が呼ばれて入ったら3、4分出てこなかった。だから怒った。九州の人間はお客さんが来るとき、本人はいますよ。そういう行儀の悪さというか、長幼の序をしっかりわきまえた方がいいよ、という話をした。発言をそのまま(映像で)流したら彼が傷つく。だから「オフレコ」と言った。今の脈絡で映像を見て、学習をしてください。おかしかったら「そこはおかしい」と言ってください。(2011/07/04-13:24)

 以上『時事ドットコム』からの転載
 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011070400342

 上記発言で先ず感じるのは、権力をカサに着た物言いです。まるで「オレは遠路遥々震災地見回りに来てやってるんだ」「オレ様の今後のさじ加減で、復興の進み具合などどうにでも出来るんだぞ」というような、高飛車な、当節の流行言葉で言えば“上から目線”の物言いです。
 それに気になるのは、震災復興に当って国は直接的責任を負っていない、負っているのは震災地の県行政だ、という責任放棄の姿勢が透けて見えることです。そうではなく、日本全国どこでも激甚災害に見舞われた地域は、第一義的に国がすべての責任を負うのだ。この根本の姿勢があれば、上記のような傲慢な発言など出てこないのではないでしようか。

 おそらく数分遅れて会談の部屋に入って来たという村井宮城県知事の思いを代弁すれば。3・11から3ヶ月半も経過しようというのに、瓦礫撤去、漁港や幹線道路の復旧、仮設住宅建設など震災地復興が遅れに遅れているわけです。
 すべて県行政などに責任転嫁して、やたら何とか会議ばかり20も作っておきながら、国からは一向に明確な復興のためのビジョンや指示が示されない。そのことに相当業を煮やし、ついそういう抗議的行動になったのではないでしょうか。おそらく増達岩手県知事も同じ思いでしょう。

 松本新大臣が真に「経世済民」を慮るのだったら、先ずは謙虚に「被災地の生の実情」「被災地の行政長の訴え」を真摯に耳傾ける姿勢こそ必要だったのではないでしょうか。そうであれば、数分待たされたことも「あヽこれは国へのこれまでの震災対策への無言の叱責なんだな」「是非これを今後に生かして、被災民を少しでも安心させないとな」と、冷静に受け止められたはずなのです。

 松本龍という御仁は、九州福岡県出身。それだけに前掲の「九州の人間だから東北の何市がどこの県か分からん」という、復興相失格のトンデモ失言となったのでしょうが、百歩譲れば文字通りの九州男児なのでしょう。良くも悪しくも「直言居士」なのだと思われます。
 そういえば退陣表明しながら一向に退陣しない菅首相に対して、当時防災担当兼環境相だった松本氏は、閣僚として一早く菅の6月退陣を主張していました。
 おそらく松本大臣は気質的に任命権者の菅直人のような、策謀に満ちた陰湿な腹黒さはないのでしょう。思っていることを腹に溜め込まず、思わずズバッと言ってしまう直情径行の人なのだと考えられます。

 そのことを割り引いて考えたとしても、震災復興担当大臣の発言としては到底許されるものではありません。すべての被災地の人たちの心情からして、直ちに罷免し、かつ菅首相の任命責任と菅政権の被災地復興の基本姿勢を改めて問い直すべきです。
 と言っても例によって菅首相はぐずるでしょうから、自民党をはじめとした各野党は同大臣罷免を強く要求して譲るべきではありません。
 それでも罷免しないならば、菅首相自身の任命責任を問い、各野党共同で菅首相、松本復興相両大臣の参院問責決議案を提出すべきです。その場合は、6月2日の苦い教訓を生かして、小沢一郎、鳩山由紀夫のグループ、それに菅直人に嫌気がさしているすべての民主党議員も一丸となって、与野党共同の圧倒的多数で問責決議案を可決させ、今度こそ菅直人を退陣に追い込まなくてはいけません。

 (大場光太郎・記)

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10月訪中?延命菅、遂に外交までダシに

 -国益がかかる「外交」まで“延命の道具”にする。菅は許されざる国賊だ-

 『msn産経ニュース』が、菅直人首相が「10月訪中」を検討中であるとして、3日未明以下の3記事連発して問題にしています。

 菅首相「10月訪中」検討 周辺に調査を指示 長期続投に強い意欲
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110703/plc11070301310000-n1.htm
 【民主漂流】首相の延命口実、ついに「外交」まで
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110703/plc11070301310001-n1.htm
 10月訪中計画のに「首相の融和傾斜」、駆け込み外交の危うさ
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110703/plc11070301320002-n1.htm
 
 事が「中国問題」となると過剰に反応する産経グループとは言え、それを割り引いて考えても事は重大、等閑視するわけにはいきません。内容の詳細は上記各記事をお読みいただくとして、かいつまんで事の次第を述べていこうと思います。

 不信任案可否決で大揺れだった6月2日、菅首相は「一定のめど」での退陣を表明し、27日の記者会見では、2次補正予算案、特例公債法案、再生エネルギー特措法案の「3法案成立が(退陣の)一つのめどになる」と言明しました。
 これはその都度新聞・テレビを通じて広く国民に伝えられた、言ってみれば総理大臣としての菅直人の、国民に対する公約と言うべきものです。
 ところが延命の口実を新たに次々に繰り出してきた菅直人が、今度は遂に「外交」まで延命の道具にし始めたというのです。進退窮まった菅首相が、10月訪中を密かに画策しているのです。

 中国では今年の10月10日、かの辛亥革命の「武昌蜂起」から100年の節目の日に当ります。どうでもいい事ながらこの日は、菅直人にとって65歳の誕生日でもあるそうです。それもあってか菅は、ここにきて首相側近の非公式ルートを通じて、中国政府にその前後の訪中を熱心に打診しているということです。
 既に国内外に退陣表明しているはずの菅首相が、「首脳外交」に本腰を入れて取り組もうというのですから、およそ有り得ない異様な光景と言うべきです。
 しかし当の菅首相はいたって本気モードなのですから始末が悪いのです。「(首相は)国会会期末の8月末で辞めるとは言っていない。今でも10月に中国に行きたいと思っている」と、菅側近はしれっとして言い放っています。

 菅政権として「世紀の大チョンボ」であり、日本の「外交的敗北」を決定づけた昨年9月の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件。菅直人はどうやらこの事件で悪化した日中関係を、自らの手で好転させたいという思いに囚われ続けてきたというのです。
 中国人船長を勇ましく逮捕・拘留したはいいけれど、中国側の猛抗議に怯んで起訴もせず釈放という「国際的赤っ恥」をかきました。また国家機密のはずだった漁船衝突映像を、当時海上保安官だった「センゴクさんパー(sengoku38)」に、あっさりネット公開されてしまうというおまけつきです。

 この事件の最高責任者が他ならぬ菅直人その人です。そんな外交失格者が、今さらのこのこ北京に乗り込んでどうなると言うのでしょう?それに菅首相が間もなく退陣するという事は、国際的にも知れ渡っています。
 胡錦濤主席や温家宝首相らからまともに相手にされず適当にあしらわれるか、したたかな中国外交に翻弄され、尖閣諸島海洋資源問題などで中国側に有利な条件を呑まされて帰ってくるのが関の山ではないでしょうか?

 国家にとって極めて重要な「外交」ですら延命の道具にしてしまう。こんな国賊級の卑劣漢・菅直人は、その前に何としても始末しておかなければなりません。それには自民党など各野党の問責決議案も辞さない攻勢、分けても「6月退陣」を果たせなかった岡田克也や仙谷由人など党幹部の責任は重大です。
 仙谷代表代行は地元徳島市で2日記者団に、「退陣表明している菅首相に求心力は働かず遠心力が強まって弱体化していく。政治的な早期のけじめが必要だ」と語り、3法案の8月上旬成立時退陣、お盆前後党代表選実施のシナリオを描いています。
 しかし柳腰ならぬとんだへっぴり腰の党幹部が、果たして菅直人をその時期まで退陣に追い込めるのか最大級の疑問符が付きます。

 仮に会期末の8月末を超えて菅直人を延命させてしまえば、「キチガイ解散」はなくなるものの、菅の長期続投がにわかに現実味を帯びてくることになります。
 9月以降は「外交の季節」です。手始めに9月上旬は訪米、オバマ大統領との日米首脳会談。9月下旬には国連総会。10月中旬は問題の訪中。そして11月には米国ハワイ・ホノルルでのAPEC開催。
 「日本の顔」を外交イベントの途中で代えることは難しくなります。各国首脳からあまねく「退陣表明首相」と認識されている菅直人が、今年後半の外交をすべてこなすという「国辱的展開」になりかねないのです。

 11月のホノルルAPECを乗り切った頃、希代のペテン師・菅直人は、「次はいよいよ福島第一原発収束が私に課せられた使命だ」などと言い出して、まんまと越年。新年度国会で改めて不信任案を提出されるまで延命し続けることは確実です。

 (大場光太郎・記)

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えっ。311は「第3次世界大戦」の始まり !?

 『有色人種40億人殺戮キャンペーン(1)』以来久しぶりで、ベンジャミン・フルフォード氏発信(都内での講演会)情報をお伝えします。毎度お騒がせな古歩道(フルフォード)情報ですが、これはひとえに同氏が帰化している日本への愛、人類への愛のしからしむるところと理解すべきです。
 同氏は確か以前、3・11大震災や福島原発事故は、闇の勢力による「世界人口削減計画」第一弾としての仕掛けであると述べていたと記憶しています。いずれにせよドエライ事を仕掛けられた私たち日本国民は、真実から目を逸らさず、この問題と真剣に向き合うことが求められています。
 本記事は、最近阿修羅掲示板に掲載されたものを、フルフォード氏講演会を聴かれた人の元のサイトに当り直して転載するものです。適宜段替え、行詰めなどをしていますこと、ご了承ください。

 阿修羅掲示板 『最新情勢の見方。「静かなる第3次世界大戦」の真っ最中 !』
 http://www.asyura2.com/11/senkyo115/msg/861.html
 『精神世界の鉄人』 
 http://www.tomaatlas.com/lib380.htm
                       *

 まず、今までも何回も、書いてきたように、現在の最先端の国際政治、国際経済は、主に、アメリカやイスラエルなどに、巣くっている「闇の権力」とか「闇の支配」と呼ばれている、ユダヤ系金融財閥などが、深く、関わっている出来事が、多いとのことでした。

 彼らは、私有の銀行を持ち、通貨発行権を、持っていて、今までに、ドル札などを、いくらでも、無限に、印刷できることから、さんざん、やりたいほうだいの悪事を、重ねてきたようですが、数年前に、世界中の心ある超大富豪たちが、「もう、うんざりだ。彼らの印刷するドル札は、もう、受け取りたくない。これ以上、ドル札で、取引するのは、やめる」と、言い出したことから、混乱が、始まったのだそうです。
 つまり、どんなに、大量に、札束を、刷っても、誰も、受け取って、くれなくなれば、その紙幣は、ただの「紙切れ」に、なってしまうということです。

 「もう、バーチャルなお金は、お金と、みなさない。きちんとした、物やサービス、そして、エネルギーやゴールドなどで、支払いを、提供してもらいたい」と、世界中の金持ちたちが、言い始めたのだそうです。
 「リーマンショック」という大事件の本質は、このあたりから、考えたほうが、いいという話でした。

 それで、闇の権力者たちは、通貨発行権という大特権を、持っているにも、関わらず、金に、困って、借金だらけになり、やけになって、やったのが、3月11日の日本での「人工地震&人工津波」、そして、「福島第一原発の爆破」なのだそうです。
 以前にも、書いたのですが、ベンジャミンさんからの情報では、この超大規模な人工地震は、以前に、ロシアの潜水艦から、盗まれた原爆を、利用したものらしいです。4発盗まれて、それを、使用したらしいです。

 最初は、沖縄のどこかの離島に、しばらく、隠してしたようです。それから、漁船に乗せて、九州を経由して、神奈川県に、運び込まれ、それから、朝鮮総連の建物から、船に乗せて、宮城県沖に、運ばれ、1月17日に、震源地の海底に、埋めれられたようです。
 この埋めたことは、新聞にも、記事として、ちゃんと、掲載されているので、ガセネタなどでは、ないようです。

 それから、3月11日に、爆破させて、大津波を、起こしたようです。
 その後も、原発を、爆破したりして、日本から、天文学的なお金を、脅しとったそうです。

 先月あたりにも、イスラエルにいる闇の権力の手先が、「もっと、お金を、よこさないと、福島第一原発以外の原発も、また、爆破するぞ!」と、日本を、脅したそうですが、その時は、このあまりの横暴を、見かねた、ロシアとアメリカのペンタゴンが、「日本に、そんなことを、もし、やったら、こちらからも、報復の核攻撃を、やるぞ!」と、脅し返してくれて、日本を、助けてくれたのだそうです。
 世界情勢、凄いことに、なっていますねー!

 ベンジャミンさんの話で、とても、印象に残った話は、世界は、今、「第三次世界大戦」の状態に、入っているのですが、どちらかというと、大規模な核戦争や空爆、地上戦などではなくて、いわゆる、「サレントウォー」と呼ばれる、「静かな戦争」なのだそうです。
 金融や情報などの意図的な混乱、ウイルスなどの生物兵器、人工地震や気象兵器などを使った攻撃など、水面下で、行われている工作が、多いようです。

 よく、日本では、「この災害時にも、関わらず、政府は、情報を、隠蔽している」と言って、怒る人がいますが、この怒りは、根本的に、間違っています。311以降の地震や津波、原発などが、「災害」と「事故」だと、思い、「災害時」だと、思っているから、そういう発想になるのです。
 そうではなく、311は、第三次世界大戦の始まりであり、日本への「攻撃」や「テロ」であり、現在は、「戦時下」であるという認識に、発想を、切り替えたほうが、いいみたいです。
 「戦時下」では、国家と言うのは、情報のコントロールを、しなくては、いけなくなるのです。

 政府の中にも、いろいろな人間がいます。
 ベンジャミンさんが、言っていたのは、「311の地震が、人工地震だということは、現在では、もう、永田町の政治家たちのほとんどが、知っています。すでに、常識になっています」とのことでした。
 さらに、「ただ、表立って、事を荒立てることは、できません。どうしてかというと、表立てると、本当に、戦争に、なってしまうからです。闇の権力者たちは、今、破れかぶれになっていて、戦争を、やりたくて、しかたがないのです。だから、彼らの挑発に、決して、のっては、いけません」と、強調していました。
 怒ったら、負けだというのです。

 では、日本の政府は、どういう対策を、とっているのかというと、いきなり、お金の支払いを、停止すると、彼らが、逆上して、何をするのか、わからないので、少しづつ、支払い金額を、少なくしていき、彼らの支配している銀行や企業が、自然に、倒産してくという方法を、選んでいるのだそうです。
 本当に、「静かな戦争」ですね…

 このように、現在、世界中のあらゆるところで、「静かな戦争」が、勃発しています。
 20世紀の戦争は、弾丸やミサイルが、飛び交い、国家対国家の戦争という単純な戦争だったのですが、現在、行われている、21世紀の戦争は、とても複雑な「静かな戦争」みたいです。
 日本の政府の中でも、おそらく、311の人工地震や原発の爆破に、関わった、闇の権力の手先も、たくさんいると、思います。彼らは、自分たちの悪事が、バレないように、嘘を、つきます。

 一方で、本当に、国民のことを、思い、平和を、願っている人たちも、たくさんいます。彼らも、国民が、怒って、闇の権力に向かって、攻撃を起こすことを、阻止するために、嘘を、つきます。
 さらに、国民に、不安を、与えないようにするための嘘も、あるでしょう。このように、政府の嘘にも、いろいろな理由の嘘が、存在しているみたいです。

 おそらく、政府の中では、悪事が、バレないように、ビクビクして、様々な工作を、やっている人たち。どうしていいのか、わからず、オロオロして、パニックに、なっている人たち。本当に、世の中を、よくしたいと思って、がんばって、動いている人たち。
 こういう3つのグループが、存在しているしていると、思われます。

 ベンジャミンさんは、「先月くらいに、世界中の心ある人たちが、闇の権力の印刷する紙幣の印刷機を、いろいろな手段を使って、停止しました。だから、彼らは、もう、新しいお金も、造りだせない状態です。もう、彼らは、虫の息です。失脚は、目前です」とも、言っていました。

 そして、「彼らは、今年の8月くらいまで、身動きが、とれない状態です、だから、現在は、静かな戦争は、休戦状態に、入っています。8月あたりに、決着が、つくと思いますが、おそらく、いい方向に、向かうと、思っています」とも、話していました。

 さらに、「皆さん、闇の権力者たち、正確には、悪魔教の信者たちの時代は、もうすぐ、終わります。ただ、大切なことは、彼らを、これ以上、追い詰めないように、することです。追い詰めれば、彼らも、必死になります。何もしなくても、彼らは、勝手に、自滅します。今は、それを、静かに、眺めていてください」とも、言っていました。これは、凄い話です。

 ほとんどの人たちは、「どうやって、悪を、打ち負かし、やっつけるのか?」ということばかり、強調するのですが、ベンジャミンさんは、「負ける彼らに、逃げ道を、用意してあげましょう」と、提案しているのです。
 まさに、「青い目のサムライ」ですね。日本人なんかよりも、はるかに、素晴らしい、「大和魂」を、持った、現代のサムライです。感動しました。

 他にも、「西洋人である闇の権力者たちは、聖書の終末予言を、心底信じています。これは、裏を返せば、彼らは、終末が、来るまでは、不安なのです。だから、人工的に、悪い終末を、起こして、世界を、破滅に、向かわせようとするのです」
 続けて、「せっかくの機会ですから、来年、2012年を、皆で、仮の終末にしませんか? 大規模な戦争なんかではなくて、とても、楽しく、ワクワクするような楽しい大イベントを、世界中で、開催しませんか? それで、世界を、いったん、リセットさせて、本当に、素晴らしい、素敵な地球を、2012年から、始めませんか?」と、提案していました。  (以上転載終わり)

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「黄桜かっぱ家族」あれこれ

 今現在当ブログの背景は「かっぱ君と雨」です。梅雨限定ということで3年ぶりに使用しています。3年前『河童考』という一文を公開しましたが、今回はまったく別の観点から「かっぱ」について述べてみたいと思います。

 当ブログの「かっぱ君」がそうであるように、「河童」はどことなく愛嬌があり憎めない幻獣ではあります。そこでこの河童をフルに活用してキャラクター化している会社があります。
 こう言えばすべての方がご存知でしょうが、「黄桜酒造」です。

 私などは黄桜のかっぱ家族のマンガは、もっぱら小島功(こじま・こう)画伯が創始者だどばかり思っていましたが、実はそれ以前からの歴史があったようです。

 黄桜酒造が「かっぱ」をCMキャラクターとして使い始めたのは意外に古く、1955年(昭和30年)のことだといいます。同社ホームページによりますと、親しみやすく美味しい酒「黄桜」にふさわしいキャラクターを捜していた先代の松本司朗氏が、その頃『週刊朝日』に連載中の漫画家・清水崑(しみず・こん)が描く「かっぱ天国」と出会ったことがきっかけだったそうです。

 以来半世紀余。初代の清水崑(1912年9月22日~1974年3月27日)から、二代目の小島功(1928年3月3日~)へと受け継がれ、今では「黄桜といえばかっぱ」と言われるほどお茶の間に広く浸透しています。

 思えば娯楽に乏しかった戦後間もなくの昭和20年代、昭和30年代前半は、手塚治虫の『鉄腕アトム』、竹内つなよしの『赤銅鈴之助』、桑田次郎の『まぼろし探偵』『月光仮面』など漫画が全盛の時代でした。

 我が国の「マンガ(MANGA)」は立派な文化として、欧米中心に世界中に流布されています。それに最近ではマンガの発展形と言える、宮崎駿監督の『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』などのアニメ作品が海外で高い評価を得ています。

 そんな中「かっぱ家族」は、体形こそ河童でありながら、顔はまったくの人間なのです。ですから河童に名を借りた“家族物語”であると言えます。その意味で長谷川町子の『サザエさん』と共に、清水崑→小島功の『かっぱ家族』は、戦後日本の理想的な家族像として有形無形の大きな影響を及ぼしていったものと思われます。そして『サザエさん』もそうですが『かっぱ家族』も、とにかく息が長く支持され続けているのです。

  

 「かっぱ家族」は、かっぱ5人家族の物語。家族構成は三度の飯より日本酒、取り分け黄桜好きで、マルチに何でも仕事をこなし家族想いの夫。働き者で美人で典型的な良妻賢母、その実なかなかの“隠れ酒豪”の妻。それによくできた長女(姉)と長男(弟)の2人の子供。そして祖父の5人家族です。

 初代の清水崑がどんな謂れで「かっぱ天国」を創案したのか、知る由もありません。しかし私が勝手に推察するに、芥川龍之介の名作『河童』の次のくだりから大いにヒントを得たのではないだろうかと思われるのです。
                      *
 僕はある月の好い晩、詩人のトックと肘(ひじ)を組んだまま、超人倶楽部から帰って来ました。トックはいつになく沈みこんで一ことも口を利(き)かずにいました。そのうちに僕らは火(ほ)かげのさした、小さい窓の前を通りかかりました。そのまた窓の向うには夫婦らしい雌雄(めすおす)の河童が二匹、三匹の子供の河童といっしょに晩餐のテエブルに向っているのです。するとトックはため息をしながら、突然僕に話しかけました。
「僕は超人的恋愛家だと思っているがね、ああいう家庭の容子(ようす)を見ると、やはり羨ましさを感じるんだよ」
「しかしそれはどう考えても、矛盾しているとは思わないかね?」
 けれどもトックは月明りの下にじっと腕を組んだまま、あの小さい窓の向うを、ー 平和な五匹の河童たちの晩餐のテエブルを見守っていました。それからしばらくしてこう答えました。
「あすこにある玉子焼は何と言っても、恋愛などよりも衛生的だからね」  (『河童 五』より)
                      *
 市井の小市民的一家庭のささやかな幸せ(現実)は、ツァラトゥストラ的超人を目指す高邁な理想に勝れり、といったところでしょうか。

 「かっぱ家族」はそれを髣髴とさせる、文句がつけようのない理想的な家族です。しかし生来皮肉屋の私が一言申し添えさせていただければー。

 昭和50年代以降、世の荒び(すさび)と歩調を合せるように、例えば当時穂積隆信の『積木くずし』、ジェームス三木の『仮面夫婦』がテレビドラマ化されたり社会現象化したように、深刻な家庭崩壊状況が進行しつつあることも事実です。
 いわく「家庭内別居」「セックスレス夫婦」「夫のDV」「妻の不倫」「離婚」「育児放棄」「幼児虐待」「家庭内暴力」「親殺し」「子殺し」…。

 近年我が国の家族の中には、かなり深刻な状況もまま見られるようです。しかし「かっぱ家族」に限っては、そのような各時代ごとの深刻なテーマはまったく反映していないわけです。大酒造メーカーの大切なイメージキャラクターである以上、それは当然と言えば当然の話ですが…。

 私は以前『ある母娘』という一文の中で「家庭は天国の最小単位である」という言葉を紹介しました。その意味で私たちは、「かっぱ家族」という理想的家族像を見失うことなく、見習い続けていかなればならないのかもしれません。

参考・引用  黄桜酒造ホームページ (黄桜ギャラリー)        . http://kizakura.co.jp/ja/gallery/index.htmll
   
 (大場光太郎・記)

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自爆テロ解散、有りや無しや

-菅はおとなしく退陣するのか?本当に解散・総選挙はないと見ていいのか?-

 永田町では今、菅直人総理による「脱原発解散」がにわかに取りざたされているといいます。元はと言えば菅総理が、28日の両院議員総会で「エネルギー政策をどの方向にもっていくかは、次の国政選挙で最大の争点になる」と踏み込んだ発言をしたことにあります。

 このため永田町では「9月11日投票」という具体的な日程まで飛び交っているというのです。仮に噂話としても「9・11選挙」とは奇妙な巡り合わせではないでしょうか?
 言わずと知れた10年前の2001年9月11日は、同時多発テロが起きた日。そして6年前の2005年9月11日は、女刺客、ホリエモンなどマスコミの狂乱報道による小泉劇場クライマックスの郵政選挙の投票日でした。
 これなどは菅直人という狂人が政権に居座り続けているからこその、菅三流ホラー劇場のシンクロニシティ的一こまを物語るものです。

 脱原発解散について、7月1日付『日刊ゲンダイ』が1、2面でその可能性の有無について検証しています。同紙ではおおむね以下の理由によって「解散などできっこない」「しょせん張子の虎だ」と結論付けています。
 (1)解散するには相当のパワーが要る。三木元首相、海部元首相は局面の打開策として解散に打って出ようとしたが、いずれも断念せざるを得なかった。党内基盤が強い総理でないと解散を打つのは難しい。
 (2)8月解散、9月選挙には障害が多すぎる。まず被災地の東北3県は、選挙の体制が整わない。津波被害で自宅を離れ、有権者名簿を確定することだって難しい。それに「原発の是非を問う」と言いながら、原発事故被害の福島県民は避難中で選挙どころでないという大矛盾が起きる。
 (3)何より民主党が大惨敗するのは目に見えているのに、負けると分かっている選挙をやれるはずがない。

 常識で考えればまったくそのとおりだと思います。
 「党内基盤」から見れば、岡田幹事長、仙谷由人代表代行、枝野幸男官房長官ら身内幹部からも最早サジを投げられ、ほとんどの民主党議員も菅を白眼視。菅首相の党内基盤などゼロに等しい状態です。
 ついでに言えば、浜田和幸参院議員引っこ抜き問題が尾を引いて、自民党の谷垣禎一総裁の先日亡くなった佳子夫人の地元(京都府福知山市)葬儀に、菅サイドから弔問打診したものの「菅総理お断り」。これに見られるように、各野党幹部の菅総理に対する信頼関係もゼロに近い状態です。

 さらに輪をかけて共同通信社が実施した直近27、28日の緊急電話世論調査では、6月上旬より内閣支持率を10ポイントも下げて23.2%、不支持は61%。菅が続投していることに66%が「政治空白が生じている」と回答。そして「今すぐ辞めるべきだ」が30.5%、「8月末の国会閉会と同時に辞めるべきだ」が37.1。実に67.6%、つまり国民の3人に2人が「8月末までの菅辞任」を求めていることになります。
 「脱原発」「再生エネルギー」という見え見えの延命パフォーマンスも、多くの国民には通用しなかったということです。通常の総理ならヘナヘナと気力も萎えてしまう状況です。

 こうしてみると、とても解散など打てる状況でないかに思われます。
 しかし何度も繰り返しますが、菅直人だけは違うのです。とにかく戦後どころか明治18年(1885年)伊藤博文が初代総理大臣に就任してこの方、歴代「最低」「最悪」の総理大臣なのです。三木、海部という良識総理などおよそ尺度にはなりません。かなりの狂人だった小泉純一郎すら既に超えています。
 いかに菅直人が狂っているか、昨年6月8日の就任以来今日まで、嫌というほど見せつけられてきたではありせんか。

 菅直人は昨秋の代表選後だったか、「たとえ(支持率)1%になっても石にかじりついてでもやり抜く」と言ったといいます。その言葉は、与野党から総スカンを食らい、多くの国民からソッポを向かれている今日的状況を見越して、予め張っていた予防線だったのです。
 菅はヘナヘナなどなっていません。一説では近頃、かつての東工大学生運動のリーダーだった頃の闘志が戻ったような意気軒昂ぶりだと言います。総辞任を口にしながら辞められない岡田以下のへっぴり腰を見透かして、アイツらは怒鳴ればオレの言うとおりにとなるとしか見ていません。菅の考えるところ、自分の党内基盤は磐石なのです。

 それでも国会延長中党内外ががたがた言うのであれば、いよいよ「基地外の伝家の宝刀」「総理の専権事項」である解散に踏み切る考えが、菅の腹の中には依然としてあるのではないでしょうか?
 そこにあるのはただただ自分の総理延命の妄執だけであり、民主党の大惨敗、被災民や福島原発避難民のこと、この国の将来ビジョンなどまったく眼中にはないわけです。

 菅総理のやり口にブチ切れて、民主党国対の役員室に次のようなビラまで張り出されたといいます。
 「感動した。菅どうした」
 「百害あって一利なし」
 「宰相不幸社会」
 これは今回の内閣改造人事にあたって、安住淳国対委員長以下国対幹部は完全にカヤの外に置かれた憤懣の表われであるようです。ビラはすぐ撤去されたといいますが、党内では誰が貼ったのかとの噂で持ちきりだそうです。
 
 身内からさえこれほど悪し様に罵られる総理は、旧自民党を通じても初めてではないでしょうか。また過日の両院議員総会では阪口直人衆院議員から、小学生の間で宿題をしない言い訳として「宿題は 一定のめどが ついてから」という、そのまま今年の「サラリーマン川柳」に応募、入選できそうな言い回しが広がって、小学生にまで悪影響を及ぼしているという話が出ました。
 しかし当の菅直人はどこ吹く風。今夜も伸子夫人と都内のどこかの料亭に繰り出しては美食三昧であることでしょう。渡部恒三のグチではないけれど、ホント「ひどいのにやらせちゃったなあ」。

 (大場光太郎・記)

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