« 夢の話(3) | トップページ | ミノリス・メッセージ(2) »

メンデル生誕189年

 -遺伝学の祖・メンデル生誕189年とのこと。そこで連想された雑感あれこれ-

 私のパソコン、グーグルトップを経由してインターネットに入るように設定してあります。それで本日20日いつものようにグーグルトップを開きました。するといつもは「Googl」の大きな文字が表示される所に、きょうはエンドウマメをあしらった図案でグーグルがデコレートしてありました。
 グーグルでは時折り、何かの記念日などにこういう趣向を凝らした表示がなされることがあります。つい先日(18日)の「海の日」も、確かそれらしいデコレートだったかと思います。

 さてくだんの「エンドウマメ」です。それを見て私は『あれっ、何だ?』と思いました。あれこれ理由を考えても思い浮かばず、てっきり『ちょうど今がエンドウマメの収穫の時期ということか?』と、元はと言えば水呑百姓の子せがれのくせして、半世紀以上前父が亡くなったことにより我が家は離農、小学校1年の秋に町場に越した私には、そんなトンチンカンな事しか思い浮かびませんでした。
 しかし後で分かったことには実はそうではなく、エンドウマメと言えば「メンデル」。「遺伝学の祖」として有名なメンデルの生誕189年を記念してのものだそうです。150年とか200年という区切りでなら分かるとしても、『何で189年で?』と思わないでもありません。しかしまあ、あまり深く詮索しないことに致しましょう。

 グレゴール・ヨハン・メンデルは、オーストリア帝国(当時)のハインツェンドルフ(現在のチェコ・モラヴィア)に、1822年7月20日小自作農の子として生まれたのだそうです。
 メンデルはやはり“天才”だったのでしょう。そんな低い出自をものともせず、長じて聖アウグスチノ修道会に入会し、25歳で司祭に叙階、独学で科学を学んでいます。同時期数学とギリシャ語の教師も務めました。
 1851年から2年間ウィーン大学に留学し、ドップラー効果で有名なC・ドップラーから物理学と数学を、F・ウンガーから植物の解剖学や生理学、動物学などを学んでいます。

 有名なエンドウマメの交配実験は、1853年から1868年までの間に行われ、その成果が後に「メンデルの法則」と呼ばれ、遺伝学という新分野を切り開くことになったわけです。

 私の場合「メンデルの法則」についは、中学校でそのさわりを、高校1年の『生物』でもう少し掘り下げて学んだ記憶があります。ただし中学時代から興味が文学に向かい始めた私は、すっかり文科系の頭脳回路になり、数学、物理、生物など理数系はつまらなく、したがってロクに勉強せず苦手な教科になっていきました。(ついでに言えば、最大の苦手科目は「英語」)

 しかし今考えると、元来人間に「文科系」「理数系」などという区別立て分けなどないのではないでしょうか?本来の人間は「全科系」だと思うのです。ところが現代の教育機関としての大学などでは、一人の人間を総合的に学ばせるシステムが整っておらず、文学部、法学部、理工学部などに便宜上振り分けて、半ば強制的にそのいずれかに押し込め、その分野の知識習得者とみなして社会に送り出すシステムです。
 それに今の社会自体、ある特定の分野に特化した専門分野の高度な知識がないと、メシが食えないシステムです。

 高校1年時教わった『生物』も今考えてみるとかなり興味深い分野で、『あヽもっと真剣に勉強しておけばよかったな』と思わないでもありません。
 40年以上前習った『生物』で、きょうまで残っている思い出があります。それは「蛙の解剖実験」の授業でした。生物担当の男性教師から、「来週は科学実験室で、蛙の解剖実験をするからそのつもりで」という通告がなされました。(注 当時は先生も生徒も本当はズーズー弁)
 気弱で「生類憐れみ」の思いが強い私は(微苦笑)、その実験が嫌でたまりませんでした。しかし授業ですから仕方ありません。

 いやでも実験の時がやってきました。数人ずつのグループが一つの机、各グループにでっかいトノサマガエル一匹と解剖用のメスなどが渡されて、いよいよ蛙の解剖実験開始です。その後どうやって蛙を解剖したものやら、まるで思い出せません。きっと、嫌な記憶はきれいさっぱり忘れさせてくれる、人間に備わった巧みな忘却作用のせいなのでしょう。
 そんな中一人の女生徒がいました。背がすらりと高く色白で美人タイプでした。私はさほど関心がなかったので、今となっては名前すら思い出せませんが仮にAさんとしておきます。

 このAさん、男の私などが嫌がっており、他の女生徒も引いている中グループの中心になって、顔色一つ変えず興味津々の体で解剖に没頭しているのです。そのさまは、蛙を切り刻むのにサディステックな喜びさえ感じている気配でした。周りの男どもはそれを見て度肝を抜かれ、「おい、Aさんを見ろよ。スゲエ女だな」などと囁き合いました。
 Aさんは生物のみならず、クラスですべての教科で成績が上位の方でした。2年から彼女らは本来の進学コース、私は就職コース。その後の事はまったく分かりませんが、どういう進路をたどったのでしょう?解剖時のあの冷静さからして、女医または女性検死官にでもなったものでしょうか?

 ついあらぬ方向に回想が向かってしまいました。
 エンドウマメの交配実験などにより、「優性の法則」「分離の法則」「独立の法則」の三法則を発見したメンデルは、1884年1月6日に亡くなりました。しかし生前はその業績が知られることはなかったようです。その業績が認められたのは、死後十数年経った1900年のことです。
 以来110年余。メンデルの法則を土台に、その後染色体、遺伝子、DNAの発見や解明は日進月歩です。メンデルも真っ青の、遺伝子組み換え食品、クローン生物の創造など…。遺伝子テクノロジーは既に「禁断の領域」に入ってしまっているようです。

 (注記) 本記事は、フリー百科事典『ウィキペデイア』を参考にしてまとめました。

 (大場光太郎・記)

|

« 夢の話(3) | トップページ | ミノリス・メッセージ(2) »

日々のこと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 夢の話(3) | トップページ | ミノリス・メッセージ(2) »