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学校遠望

                   丸山 薫

  学校を卒(お)へて歩いてきた十幾年
  首(こうべ)を回(めぐ)らせば学校は思ひ出のはるかに
  小さくメダルの浮彫のやうにかがやいてゐる
  そこに教室の棟々が瓦をつらねてゐる
  ポプラは風に裏反(うらがえ)って揺れてゐる
  先生はなにごとかを話してをられ
  若い顔達がいちやうにそれに聴き入ってゐる
  とある窓辺で誰かが他所見(よそみ)して
  あのときの僕のやうに呆然(ぼんやり)こちらを眺めてゐる
  彼の瞳に 僕のゐる所は映らないのだらうか
  ああ 僕からはこんなにはっきり見えるのに

…… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
 丸山薫(まるやま・かおる) 1899.6~1974.10 大分県生まれ。東大中退。昭和8年、堀辰雄らと「四季」を発刊、四季派の叙情詩人として知られる。詩集『帆・ランプ・鴎』『物象詩集』他。  (集英社文庫・大岡信選『ことばよ花咲け』より)

《私の鑑賞ノート》
 この詩における「学校」とは、小学校、中学校、高校、大学のうちのどれでしょうか。詩の雰囲気からして、私は多分中学校か高校ではないだろうかと思いました。気になって作者丸山薫のもう少し詳細な略歴を『ウィキペディア』で当ってみました。そこには以下のような項目がありました。

-大分県大分市で生まれる。12歳で母方の祖父の地であった愛知県豊橋市に移る。身内はそこで旅館業をしていたという。県立第四中学校(現・愛知県立時習館高等学校)を卒業、海への憧れから周囲の反対を押し切って東京高等商船学校(現・東京海洋大学)を志し、2度目の受験にして合格するが、まもなく脚気のため退学。この海への憧憬と挫折が、後の試作の重要なモチーフとなる。その後第三高等学校(現・京都大学)に移り、そこを卒業。この時代から、桑原武夫、三好達治、梶井基次郎らと親交を持つ。その後、東京帝国大学(現・東京大学)文学部国文科に入学。第九次「新思潮」の同人になる。

 この略歴から推察するに、この詩における「学校」とは、愛知県豊橋市にあるという旧県立第四中学校の事ではないだろうかと推察されます。同地への転入はまさに同校へ入るためだったと考えられます。当時(戦前)の旧学制では、中学校は5年制。だいたい12歳から17歳の、人生の中で最も多感な年頃に相当します。まさにこの詩にぴったり、学校は愛知県立第四中学校に特定してもいいようです。と言いながら、
  
  紅もゆる岡の花
  早緑(さみどり)匂ふ岸の色
  都の花に嘯(うそぶ)けば
  月こそかかれ吉田山  
    (三高寮歌『逍遥の歌』1番)
の、バンカラで自由な校風を謳われた京都の旧制第三高等学校も有りかな、と思わないでもありません。

 いずれにしても「勉学」「学問」の意味が、今とは比較にならないほど神聖なものとして受け止められ、学徒達は誰しも真剣に勉学に励んでいた時代でした。
 それだけに卒業した学校への思い入れもまた格別。いずれかの学校を、卒業後十数年して丸山薫はたまたま母校の近くを訪れ、同校を遠く望んでの印象を一詩にまとめたのでしょうか。
 そうであるらしくもあり、また実際訪れたのではなく、ある時ふと母校の事が懐かしく思い出され、回想のうちに鮮やかに甦ってきた想像上の「学校遠望」ということもあるように思われます。

 「過ぎ去りしもの皆美しき」。そんなフレーズがあったかどうか。実際一学徒として日がな一日教室に束縛されている最中は、教師や級友との不愉快事、興味が湧かない授業に嫌気を差したり、試験勉強に苦しめられたりという事がしょっちゅうあるものです。
 しかし時の経過と共に、なべての過去の記憶がそうであるように、嫌な事はすべて捨象され、
  学校は思い出のはるかに 小さくメダルの浮彫のやうにかがやいている
というように、美しい思い出として結晶化されてしまう。これが人間の不思議な心理作用の一面です。

 作者にとって十数年の歳月は、思い出の美的結晶化に十分な歳月だったようで、それが叙情豊かなこの詩となって結実しているようです。

 また少しうがった見方をすれば、当時旧制中学校へ進学するさえ近隣近郷では少数でした。それだけで国家エリートへの階段を一歩踏み出した事になったのです。そういう誇りのようなものも、自身がかつて学んだ「学校」への、この詩における全肯定につながっているようにも思われます。

 (大場光太郎・記) 

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