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ナポレオン『アルプス越えの絵』

   
   ルイ・ダヴィッド作『サン・ベルナール峠を越えるナポレオン・ボナパルト』

 宗教的巨人の奇跡物語を描いた絵画は別として。ナポレオンのこの絵ほど、心鼓舞される絵画は他にないのではないでしょうか。他の人は知らず、この私にとってはそう言えそうです。
 それで私は、ナポレオン・ヒル原著の『思考は現実化する』(騎虎書房刊)余白(第2章「願望の設定は、あらゆるものの達成の出発点である」表題隣の右余白)に、ネットから印刷したこの絵を貼り付け、折りに触れて眺め返しています。

 最近公開した『昭和天皇の戦争責任(1)』では、若き日の昭和天皇は大の戦争好きで、欧州旅行の折りパリで求めたナポレオンの胸像を書斎に掲げ、ナポレオンの戦術に基づいて日中、日米戦争の作戦を指示したというようなことが述べてありました。
 今となってみると大戦争に向かいつつあった時局に、昭和天皇という“大元帥”のナポレオン心酔が、この国に最大の災厄をもたらしてしまったと言うこともできそうです。
 それかあらぬか。終戦までの我が国では、数多ある偉人伝の中でもナポレオン伝は特に人気が高かったようです。

 戦後60数年経過し「英雄が死んだ」今日では、ナポレオンなどもう見向きもされません。そんな中、人畜無害でむしろ大いに精神的カンフル剤が必要な私などが、時折り同著に貼ったこの絵を眺めては、己の惰弱な精神を奮い立たせるよすがとしても、何の害もないことでしょう。

 さてこの絵の作者は新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダビィッドで、1801年に完成させた絵のようです。絵の正式なタイトルは『サン・ベルナール峠を越えるナポレオン・ボナパルト』。
 この絵は、第2次イタリア遠征を目指したナポレオン(時に27歳)率いるフランス軍が、1800年5月にアルプス(サン・ベルナール峠)を越えて、同国北部のロンバルジア平原へ進軍する直前のナポレオン将軍(この時はまだ皇帝位には就いていなかった)の姿を描いた作品です。
 ダヴィッドは生涯で数多くのナポレオンの肖像画を手掛けていますが、本作品はその中でも最も有名な作品として知られています。

 この絵の大まかな構図はー。
 画面中央で愛馬マレンゴに跨るナポレオンは、悪天候による強風で衣服が靡く中、全軍を鼓舞するように右手を高く掲げ、当時非常識とされた「アルプス越え」を勇猛果敢に指揮している姿です。
 それはいかにも、「さあこれから欧州の天地に風雲を巻き起こすぞ」と言うような、英姿颯爽たるフランスの英雄そのものの姿であり、今日に至るまで私たちの抱くナポレオンのイメージとして第一に挙げられるものです。

 しかしこの絵は史実とは異なるようです。
 実際にサン・ベルナール峠越えを行った際は天候にも恵まれ、防寒具に身を包み山道(悪路)に強いロバに乗って同峠を越えたことが明らかになっているといいます。軍略の天才だったナポレオンは、少年の頃からアルプスの気候を研究していて、最も条件の良い日を踏破の日として選んだのですから、これは当然の話なのです。
 史実に沿って後年、ポール・ドラロッシュによって『アルプスを越えたボナパルト』という絵が別に描かれています。

 ということはダヴィッドの絵の方は、「英雄」としてのナポレオン像を満天下に示すというプロパガンダ(政治的な意図や宣伝目的)が色濃く反映されて製作された絵だったのです。
 製作余話として。この絵の制作に当ってダヴィッドはナポレオンにポーズを要求したものの、「肖像は似ているかどうかが問題なのではなく、その人物の偉大さが伝わればよい」と拒否され、仕方なく代わりに息子(または弟子)にポーズを取らせて描いていったというエピソードが残されているそうです。

 自分のモティベーションを高めたいがための私にとって、この絵が史実に基づいていたか、そうでなかったかなどは問題ではありません。出来得れば絵中のナポレオンと自分(私)とを完全に同一化出来れば、それがベストです。が、残念ながらなかなかそうは思えません。
 それに愛馬マレンゴに跨ってであろうが、ロバに乗ってであろうが、ナポレオンが「アルプス越え」という奇襲を敢行したのは史実です。それは、その後の欧州制覇につながるイタリア制圧の急所だったわけです。その意味で「アルプス越え」こそは、溯ること2千年前のかのジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)の「ルビコン越え」にも匹敵する大偉業だったと言うべきです。

 「余の辞書に不可能はない」とはナポレオンの金言です。
 将来ナポレオンのような立派な人物になるようにという願いを込めて名づけられた、ナポレオン・ヒルは『思考は現実化する』の中で、
 「人類の最大の弱点は、あまりに「不可能」ということに慣れすぎていることである」
と述べています。
 「志しを立てるのに遅すぎるということはない」という名言もあります。
 私にとっての「アルプス越え」とは何だろうか。この絵でナポレオンが右手で指し示している、大きくて高い目標とは。

参考・引用
『ジャック=ルイ・ダヴィッド-サン・ベルナール峠を越えるナポレオン・ボナパルト-』http://www.salvastyle.com/menu_neo_classicism/david_bernard.html
冒頭に掲げた、ダヴィッドの絵
http://blog-imgs-13.fc2.com/j/r/a/jrasign/napoleon_bernard300.jpg
ポール・ドラロッシュ作『アルプスを越えるボナパルト』http://livedoor.2.blogimg.jp/clock510/imgs/d/d/dd769c24.jpg

 (大場光太郎・記)

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