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『星の流れに』から『東京ブルース』へ

 戦後しばらく我が国の流行歌で「怨み節」というのが流行りました。女が男を、あるいは世の中を怨む内容の歌です。何と言ってもその先駆けとなったのが、昭和22年に大ヒットした『星の流れに』でした。
 当時この歌を歌ったのは菊地章子です。次に紹介する『東京ブルース』もそうですが、その後多くの女性歌手がカバーし、YouTubeで聴くことができます。目覚しい演奏技術の進化により、より新しいカバー曲の方が人気が高いようです。
 しかし当時の世相をうかがい知るには、原曲に如くはなし。よってここでは、当時の映像つきの菊地章子の原盤のものを取り上げることにしました。

 (菊地章子が歌う『星の流れに』ユーチューブ動画は削除されました。)  

 
 この歌は実に哀しい歌です。この歌のヒロインである女性とは、戦後大挙して進駐してきた米兵相手に体を売って世をしのいでいた女性の一人なのでしょう。誰が責められましょうや。大食糧難、大就職難の当時、「女」が自身と家族を養っていくにはそれしか生きる手立てがなかったともいえるのです。

 以前の『映画「ゼロの焦点」』(09年11月)記事で触れましたが、この映画の中で『星の流れに』が流れているシーンがありました。広末涼子演ずるヒロインの鵜原禎子は、新婚間もない夫の失踪の真相に迫るべく東京から北陸金沢へと向かいます。その結果夫失踪に東京都下の米軍横田基地に手がかりがあることを突き止め、横田にやってきます。そこのきらびやかな夜のネオン街のシーンでこの歌が流れていたのです。
 やがて物語が進むにつれて、この推理小説の鍵となる二人の女性の哀しい過去が次第に明らかになっていく…。

 原作における「ゼロの焦点」とは、突きつめて言えば「日米戦争」の暗喩なのです。作者の松本清張はそのことを、この代表作の行間から告発しているようです。
 「♪こんな女に誰がした」
 このフレーズが当時流行語になった『星の流れに』もまた、同戦争を告発した歌であるといえます。

 (西田佐知子が歌う『東京ブルース』ユーチューブ動画は削除されました。)

 もう一つの代表的な「怨み節」である『東京ブルース』が発表されたのは昭和39年。東京オリンピックが開催された年です。この歌を歌ったのは西田佐知子です。『アカシアの雨がやむとき』と共に西田佐知子の代表作といっていいと思います。
 この歌と『星の流れに』は、曲想は違っていてもモチーフがよく似ています。「ルージュ」という共通のワードもそうであるなら、“怨み”を抱いた女が夜の街をさ迷い歩くのも同じです。

 終戦から既に19年が経過し、日本はその痛手から奇跡的な復興を遂げ、経済大国の仲間入りを果たすべく高度経済成長が離陸し始めた頃の歌です。
 巷には焼け跡も闇市もドヤ街もなくなり、ガード下の浮浪児たちももういません。もちろん米兵相手の女性もまた遠い過去の話になっていました。国民は皆その日住む家、食う物、着る物にも事欠く生活からは脱け出していたのです。
 だからこの歌は、戦争などという世の中全体への怨み節ではありません。
 「♪泣いた女がバカなのか 
   だました男が悪いのか」
 既に衣食住足りてこの歌における「怨み」は、だました特定の男に向けられています。

 「戦後女と靴下は強くなった」と言われる、男女同権を謳う戦後民主主義にあっても、戦前までの男尊女卑の社会規範を切り替えるのはそうたやすくはなかったわけです。東京オリンピック開催のこの頃でさえ、女による男への怨み節があったことに注目すべきです。
 それ以降女性の社会進出は目覚しく、現在では肉食女子が草食男子を駆逐しそうな勢いです。そのせいか、その後『星の流れに』『東京ブルース』に続く「怨み節」の名曲は現われなくなったようです。

 (大場光太郎・記)

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