« 「ムーランルージュ新宿座」のトップスターだった人 | トップページ | 「ねむの木学園」詐欺2被告に実刑判決 »

今宵獨観月之記

   なか空に名月ありてそして我れ   (拙句)

 本日12日は「中秋の名月」です。
 よく「仲秋の名月」と称されることもありますが、それだと仲秋とは「陰暦八月」を指しますから「陰暦八月全体の月」を言うことになります。対して陰暦八月十五夜は、初秋、仲秋、晩秋の三秋のちょうど真ん中という意味で「中秋の名月」と呼ぶのが正しいようです。私自身よく間違えることがありますが、日本人としてその区別はしっかり覚えておきたいものです。

 古来俗に「十五夜に晴れなく、十三夜に雨なし」と言われてきました。「(陰暦)八月十五夜」は新暦の9月中旬にあたり、この時分は野分(今で言う台風)が多く、長い間観測してみるにどうも雨がちで折角の名月は「雨月(うげつ)」になりがちだった。
 対して「(陰暦)九月十三夜」は新暦の10月上旬頃。この頃は「天高く馬肥ゆる」の候で、すっきりした秋晴れの日が続き、十三夜(後の月)はことのほか良く見られるということだったのでしょう。ちなみに今年の十三夜は10月9日、翌日の「体育の日」の10日は確か11月3日の「文化の日」と並んで晴れの特異日ではなかったでしょうか。

 ありがたいことに今年に限っては、その言い伝えは見事に外れることになりました。第一日中からして大快晴の猛烈な残暑となりました。昼過ぎは夏雲と思しき雲が中空にも張り出していました。西の大山の峯に被さるようにかかっている雲もまるで夏雲の勢いです。
 が午後3時過ぎ頃改めて外出したところ、雲は東空など四辺の低いところに、入道雲崩れのようなのがうずくまって見えるのみ。真ん中の空は抜けるように青く、その中にひときわ眩しい太陽がぎらぎらとこの季節には過分に暑い熱を送ってきます。

 夕方6時前頃駅からのバスに乗って帰路につきました。途中東の空から大きな月が昇っているのが認められました。幾分か赤みを帯びたまん丸月です。じっくり見ようとしても移り行く家並みに隠されてしまったり、バスの対面側のガラス窓に張ってあるポスターの類いに邪魔されたり。ホント当今お月見のみならず自然の風物を鑑賞するのに邪魔物が多すぎます。

月見の飾り

 しかし少し夜も更けてから空の中ほどのまで昇ってしまってからは名月が十分に堪能できました。まれに雲に遮られることがある他は、今年の十五夜お月さんはほとんど夜空で独壇場です。

 滅多に見られないかもしれない名月なのに、おそらく「お月見」などと洒落込んでいる人はあまりいないことでしょう。近くの遊歩道上のベンチに独り腰掛けて、心地良い涼風や近くの草むらからひっきりなしに聞こえてくる虫の音を聴きつつ。私は良夜のひと時、この世界でただ一人だけの「獨観月会(ひとりかんげつえ)」を催しているというような贅沢な気分を味わいました。
 ただ日々の業務や生活上の諸々の煩わしい想念にとかくかき乱されがちな凡俗のこと、古人が観月に当って求めた「白浄心」がどれだけ得られたかは保証の限りではありません。

 (注記)「月見の飾り」写真は、『ウィキペディア』-「月見」から拝借しました。私にそんな余裕はありませんが、本式に十五夜を愛でるならかくありたいものです。 

 (大場光太郎・記)

|

« 「ムーランルージュ新宿座」のトップスターだった人 | トップページ | 「ねむの木学園」詐欺2被告に実刑判決 »

身辺雑記」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。