「ムーランルージュ新宿座」のトップスターだった人
志賀直哉、菊池寛、西條八十、金田一京助、黒澤明らの超大物に愛された正真正銘の元祖アイドル明日待子さんは札幌で健在。91歳にして正統五條流宗家家元・五條珠淑として日本舞踊を教えている
『日刊ゲンダイ』9月10日の「あの人は今こうしている」欄は、明日待子さんでした。明日待子という名前は存じ上げておらず、上掲の「志賀直哉、菊池寛、西條八十…」が目に止まり、俄然興味が湧いて一応目を通すことにしたのです。
その結果分かったことには。明日待子(あした・まちこ)さん、そんじょそこらの「あの人は今」ではありません。私が生まれるよりもっと以前に一世を風靡していた、“ノスタルディック昭和”でとびきり輝いていた人だったのです。
同記事の見出しがさらに詳しく説明しています。
昭和10年代から20年代前半にかけて、浅草オペラに対抗して大人気だった大衆演劇があった。新宿南口の「ムーランルージュ新宿座」だ。本日登場の明日待子さんは当時の同劇場のトップ女優。雑誌のグラビアを飾り、数多くの宣伝ポスターに起用され、まさに一世を風靡した。明日さん、今どうしているのか。
「ムーランルージュ」は、私も名前だけなら知っています。その看板女優が明日待子さんだったというのです。ムーランルージュが大衆演劇の頂点にあったことを思えば、そこの看板女優ということは、当時の日本のトップスターだったことも意味します。当時東京の街に林立したカフェの女給などとは訳が違うのです。
明日待子さん(本名:須貝とし子)は昭和8年(1933年)、13歳で女優を目指して上京。ムーランルージュ新宿座の面接を受けたところ、愛らしい顔立ちと歌唱力から即決で入団が決まったといいます。
ムーランは、本家のフランス・パリのモンマルトルにあるキャバレー「ムーランルージュ」にならった大衆劇場として、昭和6年新宿区角筈にオープンしました。「ムーランルージュ」とはフランス語で「赤い風車」の意味で、本家同様、建物の上に大きな風車がありました。
翌昭和7年の12月12日、当時18歳だったムーランの歌手の高輪芳子が、26歳の作家・中村進治郎とガス心中を図り、大々的に報道されムーランルージュの名前が一躍知れ渡ることとなりました。(結局高輪は死去し、中村は息を吹き返した。)
明日待子さんの初舞台は昭和8年の11月。ムーランはオープン以来ずっと赤字続きだったのが、明日さんが舞台に立つようになると客数がどんどん増え、あっと言う間に黒字に転じたといいます。
大衆を惹きつけるのがスターの決定的要素だとするならば、明日待子さんはまさに天性の「スター」だったわけです。
若き日の明日待子さん
(映画『ムーランルージュの青春』ポスター)
昭和13年(1938年)18歳の時、東宝映画『風車』でスクリーンデビューし、一気に人気に火がつくことになります。志賀直哉、菊池寛らが明日待子さん目当てにムーランを訪れるようになったのはそれ以降です。
現代風に言えばまさに人気アイドルです。雑誌グラビアはもちろん、花王、ライオン、キッコーマン、カゴメなどのポスターにひっぱりだこだったといいます。
「画家の東郷青児さんのご自宅のお庭がたいそう美しく、よく撮影に使わせていただきました。カルピスの『初恋の味』のポスター、とても評判良かったですね」とは、明日さんの懐旧談です。
太平洋戦争中は空襲の合間を縫って上演。しかし昭和20年5月25日の東京大空襲でムーランルージュは半焼してしまいます。戦後は「明日待子一座」を結成して各地を回ったといいます。
なおムーランルージュは戦後再建されたものの、ストリップショーなど新しいジャンルの娯楽に押され、昭和26年に閉館となりました。左ト全、由利徹、春日八郎、水谷八重子、若水ヤエ子、楠トシエ、森繁久彌らここで育った人材は、映画・放送界に流れました。
明日待子さんは現在札幌市丸山球場に近い住宅街にある「五條流舞踊研究所」で、正派五条流宗家家元・五條珠淑として日本舞踊を続けているそうです。
「雀百まで踊り忘れず」とはご本人の弁ですが、91歳の今でも現役で日本舞踊家としてご活躍とは驚きです。戦前からの大女優といえば、田中絹代、杉村春子、原節子、高峰秀子などがいますが、とうの昔に引退しているか既に世を去っています。
その意味で明日待子さんは極めて稀なケースと言えます。
9月17日、ムーラン誕生80周年を記念して、記録映画『ムーランルージュの青春』が新宿の「ケイシネマ」で公開されるそうです。明日さんいわく「私も62年ぶりに映画に出ました。初日の第2回上映終了後、舞台挨拶に立つ予定ですから、興味がおありの方はぜひいらしてください」とのことです。
(脚本構成:大隅充、監督:田中重幸、出演:ラサール石井、美崎千恵子、野末陳平、楠トシエ他)
「芸事は舞台に立てなくなるまで現役です。92になって、93になっても、動けるうちは踊り続けますよ」(明日さん談)
芸事にしても何にしても、一心に打ち込め、熱中出来るものがある人は幸せです。そういう人は常に「今ここ(be here now)」状態にあります。「今ここ」にある時人は年を取らないといいます。91歳の明日さんが若々しいのは、きっとそのせいなのでしょう。
ますますご健勝でご活躍されることをお祈り申し上げます。
参考・引用
『日刊ゲンダイ』9月10日(29面)「あの人は今こうしている」
『ウィキペディア』-「ムーランルージュ新宿座」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%BA%A7
(大場光太郎・記)
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