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蛾眉山月歌

                李白

  蛾眉山月半輪秋    蛾眉山月 半輪の秋 
  影入平羌江水流    影は平羌江に入りて流る
  夜發淸渓向三峡    夜 清渓を発して 三峡に向かう
  思君不見下渝州    君を思えども見ず 渝州に下る

…… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 
 蛾眉山にさしのぼる半月も、秋の気配。その光は平羌江にさし入って、水とともに流れ去る。夜中、私は清渓を出発して、三峡へと向かった。月よ、君のことを思いながら、姿を見ることのできぬままに、渝州まで下ってきたのだった。 (『唐詩選(下)』より)

 上の読み下し文と大意文のように、夜半蛾眉山(がびさん)を遠く望む清渓(せいけい)の船乗り場を発って、平羌江(へいきょうこう)から三峡(さんきょう)そして湔州(ゆしゅう)へと川を船で駆け下っていくようすを、月影の推移とともに描写した七言絶句です。
 蛾眉山上に見えていて平羌江(青衣江とも)の水面にさざめいていた月も、下るとともに長江上流部の狭隘な峡谷に隠れがち、なお駆け下っているうちにやがては峡谷の下に沈んで見えなくなってしまったという構図です。

 詩の題にもなっている蛾眉山とは、現四川省の西端近く、成都市からみて西南部にある名山です。古来道教や中国仏教の聖地の一つでした。最高峰は万仏山で標高3099メートル、現在ではユネスコの世界遺産にも登録されています。

 この詩における月とは「半輪」つまり半分の月、西南の方角の蛾眉山上に出ていたということから上弦の月と推察されます。
 松岡正剛氏によりますと、そもそも李白は「月」を詠むことに情熱を傾けた詩人で、月の詩が多いそうです。そういえば以前取り上た五言絶句『静夜思』もそうでした。
 ただ中国における月とは「皎(こう)」と明るく輝き下界を照らす月。我が国の清少納言の『枕草子』が典型的な、「朧月」に情趣を見出すようなことはないようです。

 秋の形容にもいろいろある中で、この詩では「半輪の秋」。李白の独創的表現なのでしょうが、李白自身の心の半分に隠し持った憂愁の気分が感じられそうです。

 そこからなのでしょうか。この詩は自然描写の名詩として十分すぎるくらいですが、それとは別の事を暗示しているという解釈もあるようです。別の事とは「女性」です。それは次のような詩句からうかがわれるというのです。
 「蛾眉」とは、女性の美しい眉のこと。「月半輪」とは、半月・片月・片割れ月ということから、夫婦・恋人などの関係で別れて片方だけになっていることの暗示。「思君」とは、直接的には月に対する表現ながら異性の暗示。

 なるほど言われてみれば確かに。この詩は李白25歳頃の作と推定されています。自由奔放な天才肌だった詩仙・李白の分けても青年時代。意中の女性がいて、夜船に乗り込んで遥々逢いに行ったとしても不思議ではないわけです。
 その女性はどこにいたかといえば三峡流域のどこかの町。しかし「君を思えども見ず」。「不見」には「見ない。会わない」という意味もあるようです。結局逢えずじまいで、仕方ないから渝州(今の重慶市)にまで駆け下って来てしまった、ということになるのでしょうか。

参考・引用
『唐詩選(下)』(ワイド版岩波文庫、前野直彬注解)
『松岡正剛の千夜千冊「李白詩選」』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0952.html
『李白 蛾眉山月歌 詩詞世界 碇豊長の詩詞:漢詩』http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/rs95.htm

 (大場光太郎・記)

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