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崑崙山南 月斜めなり

【注記】本記事は2011年10月公開でしたが、今回トップ面に再掲載します。


胡笳歌送顔真卿使赴河隴    岑 参
 (胡笳の歌 顔真卿の使いして河隴に赴くを送る)

君不聞胡笳聲最悲    君聞かずや 胡笳(こか)の声最も悲しきを
紫髯綠眼胡人吹     紫髯緑眼(しぜんりょくがん)の胡人(こじん)吹く
吹之一曲猶未了     之を吹いて一曲猶お未(いま)だ了(おわ)らざるに
愁殺樓蘭征戍兒     愁殺(しゅうさつ)す 楼蘭征戍(せいじゅ)の児(じ)
涼秋八月蕭關道     涼秋八月 蕭関(しょうかん)の道
北風吹斷天山草     北風(ほくふう)吹き断つ 天山(てんざん)の草
崑崙山南月欲斜     崑崙山南(こんろんさんなん) 月斜めならんと欲す
胡人向月吹胡笳     胡人 月に向かいて胡笳を吹く
胡笳怨兮將送君     胡笳の怨み 将(まさ)に君を送らんとす
秦山遙望隴山雲     秦山(しんざん) 遥かに望む 隴山(ろうざん)の雲
邊城夜夜多愁夢     辺城(へんじょう) 夜夜(やや) 愁夢(しゅうむ)多し
向月胡笳誰喜聞     月に向かう胡笳 誰か聞くを喜ばん

… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …
(大意)
 君(顔真卿)よ、聞きたまえ。あの胡笳の音(ね)の、何ともいえずうら悲しいのを。あれは紫色の髯(ひげ)、緑色をした目をした異人が吹いているのだ。その調べのひとふしをまだ吹き終わらぬうちに、遠い楼蘭(ろうらん)の地で守備についている若者たちをも深い憂愁に沈ませてしまう。今は(旧暦)八月、蕭関の道にはものさびしい秋が訪れていよう。北風は天山の草を吹きちぎらんばかりであろう。そして崑崙山の南に月が落ちかかるとき、異人たちはその月に向かって胡笳を吹くのだ。ーこの胡笳の怨むような悲しい調べ(そしてそれを歌ったこの歌)で、君の門出を送ろう。秦山の彼方には、君の目指す行く手、隴山にたなびく雲が遥かに望まれる。これからの君の旅、辺境の町での夜ごとの泊まりには、さだめし旅の愁いに満ちた夢が結ばれるに違いない。そのような夜、月に向かって吹く胡笳の音を、誰が楽しいものとして聞き得るであろうか。

《私の鑑賞ノート》
 長江の源流部に「蛾眉山」在れば、黄河の源流部に「崑崙山」在り。そして李白に『蛾眉山月歌』あれば、崑崙山の月には岑参のこの詩あり、ということになるのでしょうか。

 岑参(しんしん)は、李白、杜甫などと同時代の盛唐の詩人であり高級官僚です。後漢末期出蘆前の諸葛亮(孔明)が隠棲していた所として有名な、南陽(現河南省)の名門の出です。兄弟そろって秀才の誉れ高く、難関と言われた進士試験に二番の成績で合格し、以後順調に官位を重ねていきます。若い頃、この詩で見送った顔真卿に続いて辺境の地に赴任し、かの地で多くの詩を作ったことから「辺塞詩人」として知られています。

 この詩は発句が破調(字余り)と、まるで古詩のようです。荘重の感じを醸し出すため、あえて古詩の形を取ったもののようです。

 ある年の八月、親友の顔真卿が勅命により、都の長安から遥か遠い西域の隴山山脈の麓の河隴地方に出張することになり、その送別会の折りに作られた詩です。旧暦の八月は新暦の十月頃ですから、まさに涼秋。それに何せ西域辺境の地ですから、「北風は天山の草を吹きちぎらんばかり」という表現も肯けるところです。

 顔真卿(がんしんけい)は、玄宗以下の代々の皇帝に仕え名臣、忠臣と謳われた人物です。また「名書家」として我が国でも広く知られています。後の安禄山の叛乱の討伐に大きな功績がありました。しかし剛直な性格で何度も朝廷の大官と衝突し、遂には殺されてしまいます。
 この時顔真卿は、監察御史(地方を巡回して、裁判の当否や官吏の勤務状況などを監察する職務)であり、河隴地方の巡回を命じられたのです。

 それに対する送別の詩です。後に辺塞詩人と言われた岑参ですが、この時はまだ辺境への赴任は経験していません。送別会が催されたのは長安かその近辺とみられます。ですからこの詩のメーンである第二句から第八句までは、作者のイマジネーションによる創作なのです。

 胡笳とは葦の葉を巻いて作った笛のことで、当時の長安でも聞くことができたそうです。それにしても「紫髯緑眼の胡人吹く」から、「崑崙山南月斜めなり」「胡人月に向いて胡笳を吹く」まで。真に迫っていて、情景がくっきりと浮かび上がってきます。作者・岑参の想像力や恐るべし。

 崑崙山は、パミール高原に接する、中国西部にある約3000kmにも及ぶ崑崙山脈(6000m以上の高山が200以上連なる)の主峰とみなされてきました。「神仙の山」あるいは西王母(中国の聖母)が鎮まる山として、古来崇敬されてきた伝説の山でもあります。

 この詩の第四句の「楼蘭」という地名には懐かしさを覚えます。
 スウェーデンの中央アジア探検家、地理学者のスウェン・ヘディンの著書『さまよえる湖』は、西域のロプノール湖畔に古代に栄え、滅びて埋もれたこの都市の発掘がメーンだったかと記憶しています。高校時代、歴史ロマンをかき立てられながら読み耽りました。またこの地を舞台とした井上靖の歴史小説『楼蘭』を30代の頃読みました。
 
参考・引用
『唐詩選(上)』(ワイド版岩波文庫、前野直彬注解)
フリー百科事典『ウィキペディア』
 
 (大場光太郎・記)

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