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笹目秀和『モンゴル神仙邂逅記』(1)

 -崑崙山脈を「鶴仙」という“天の鳥船”で飛行した人の、波乱万丈の自伝-

 一般の人たちはあまりご存じないかもしれませんが、近代日本にはずば抜けて傑出した人たちが出現しました。
 大本聖師・出口王仁三郎という人類史上稀有な霊的巨人は別格としても。例えば合気道の植芝盛平翁、世界救世教の岡田茂吉師、社会事業家の中村天風師、「世界人類が平和でありますように」の祈りの提唱者の五井昌久先生などなど。

 そのような人たちと肩を並べるくらいの人物だったのが、今回ご紹介する「笹目仙人」こと笹目秀和師です。笹目師は昭和32年から東京都に属する奥多摩にある大岳山山頂に「道院」を構え、独自のご神業を行いながら後進の指導にあたっていた人です。
 明治、大正、昭和、平成と四代にまたがって生きてこられ、平成9年1月25日94歳で帰神されました。

 笹目秀和師は平成3年に、その常人離れした波乱万丈の人生を『モンゴル神仙邂逅記』(徳間書店刊)という著書として残しています。この書はただ単に師の傑出した生涯を回顧した自叙伝というに止まらず、読む者の気が引き締まるような二人の神仙の教え、神界の不可思議な経綸などにも触れている貴重な書です。
 今回この本を取り上げることになったのは、先日の『崑崙山南 月斜めなり』で岑参の詩を取り上げた際、『そういえば笹目仙人は崑崙山上を鶴に乗って飛んだんだったよなぁ』と思い出されたからです。

 そこで同書をもう一度読んでみたくなり、我が家の本棚で長く眠っていたのを久しぶりに取り出しました。パラパラと全体をめくってみるに、重要と思われる個所には傍線が引いてあったり、紅いマーカーペンで塗ってあったりしています。
 1991年初版発行とあります。確か発刊されてすぐに求めた記憶がありますから、もうかれこれ20年にもなるわけです。しっかり印しをつけているとおり、当時も感激して何回か読み直したことでしょう。
 しかしその後は忘れ、笹目師のことも滅多に思い出すことなく長い歳月が過ぎ、今回知ったことにはこの書発刊から6年後に世を去られたのでした。

 今回再読してみて、笹目秀和師の偉大さを再認識させられました。実際手に取ってお読みいただきたいお奨めの本です。ただアマゾンでは現在、「中古品1 ¥8,500」という高値がついています(当時価格 ¥1,500)。しかし金銭では計れない価値がある本です。
 ともあれ次回から、同書の大まかな紹介、つまりは笹目秀和師の生涯の主だった出来事を簡単に紹介してみたいと思います。   (以下次回につづく)             

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モンゴル神仙邂逅記

 (大場光太郎・記)

 

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