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ペルセウス、故国に帰還し王となる

 ペルセウスは、アンドロメダの父ケペウス王に謀反を起こした王弟のピネウスを滅ぼしました。その後1年ほど、王女アンドロメダとのとろけるような蜜月を過ごしました。その結果男の子が生まれますが、この子をこの国の跡継ぎとして残し、夫婦一緒に母ダナエの待つセリボス島へと帰りました。

 いざ育ちの故郷へと帰ってみると、ペルセウスは「嵐を呼ぶ」風雲児なのか、ここでも厄介事の真最中なのでした。事の原因はやはり国王のポリュデクテスのダナエへの恋情でした。息子のペルセウスをゴルゴン退治に追い出してから、ポリュデクテスのダナエへの横恋慕は募る一方だったのです。

 この頃では母のダナエはもう40代だったと思われます。だから以前の容色もかなり衰えたと思いきや。今我が国でも空前の熟女ブームです。当今は、40代でもお色気ムンムンの美熟女がけっこういるようです。
 分けてもダナエは、かつて主神ゼウスの寵愛を受けペルセウスを授かったほどの美貌の持ち主です。美しさに益々磨きがかかり、ぞくぞくするほどの色香を発散させていたとしてもおかしくはありません。

 ポリュデクテス王はその魅力にぞっこんまいってしまったわけです。しかし気位の高いダナエは、田舎王の求愛など歯牙にもかけず拒み続けます。横恋慕男の心理として王の恋情はいよいよ燃え盛り、セクハラ、バワハラはエスカレートする一方。とうとう兵を遣わしてダナエの拉致を企てました。
 ダナエはたまらずゼウス神殿に逃げ込み庇護を求めました。当時の風習では、神殿の中へは兵を進めることができなかったのです。
 しかたなくポリュデクテス王の軍勢は神殿を取り囲み、兵糧攻めの持久戦に持ち込みます。

 そこにペルセウスが帰還したのです。
 「おのれ悪王め。この私にはゴルゴン退治を命じ、今度は母の拉致を企てるとは。何たる悪行。ええぃ、もう許せん」
 ペルセウスはポリュデクテス王の非道さに激怒し、王宮に乗り込みます。そして王と取り巻き連中や警護の兵士たちが集まっている中で、例の「秘密兵器」を取り出しました。
 「皆の者。この“生首”が目に入らぬか !」
 ご存知『水戸黄門』の決め台詞のようなことを言ったかどうか。ペルセウス自身は顔を背けて見ないようにして、メドゥサの首を高々と掲げました。それを見たポリュデクテス王をはじめ大勢の者たちは、たちまち石に変わってしまったのでした。

 こうしてペルセウスは無事母を救出しました。ペルセウスは、母と行動を共にし一貫して母を守ってくれたディクテスを、この地の王に推挙しました。(ディクテスはポリュデクテスの弟で、そもそも流されてきた親子を助けてくれた時からの恩人。)
 その上でペルセウスは、ゴルゴン退治にあたって協力してくれた神々への感謝の詞(ことば)を奏上しました。さらに隠れ兜と飛行靴をヘルメス神に返し、アテナ女神にあらためてメドゥサの首を献上したのでした。アテナはこの首を、自身の盾にアクセサリーとしてはめ込みました。

 すべての冒険譚が終了し、ペルセウスは母のダナエと妻のアンドロメダという二大美女を伴って、生国のアルゴスへと帰還したのでした。
 とは言っても、ペルセウスにもダナエにも、自分たちを箱に詰め込んで海に流したアクリシオス王(ダナエの父)への復讐心などはありませんでした。ただ単純にダナエは生まれ故郷への望郷の想いが募っただけ。またペルセウスも自分の祖父に一度会ってみたかっただけなのです。

 ところが、娘ダナエと孫のペルセウスの帰郷を知ったアクリシオス王の驚くまいことか。
 「汝の孫に殺されるであろう」
 昔のこの神託は、王にとって今も有効に機能していたのです。そこでアクリシオスは、二人の帰郷は自分への復讐のためだと確信します。そこで王は、何十年もこの国を治めてきたのに、さっさと王宮から逃げ出してしまいました。

 アクリシオス王が行方不明になったことにより、王の血筋を引くペルセウスが自動的にアルゴスの王となりました。王位を継承したものの、ペルセウスは祖父王の行方を捜し続けていました。
 一方逃走したアクリシオス前王は、新王ペルセウスと顔を合わせる危険が最も少なそうな田舎暮らしを選びます。

 そうこうしているある時、ペルセウスは祖父探しの旅の途中、アクリシオスの隠遁の地テッサリアで競技大会が開かれることを知ります。腕に覚えのある若くて逞しいペルセウスも参加することにしました。
 その噂はテッサリア中に広まり、アクリシオスは孫の活躍を一目見たくなり、ついつい大会会場へと足を向けてしまったのです。

 「引き寄せの法則」(第二)の、「何かを考え(続け)ると、望んでも望まなくてもそれが現われる」という法則が働いた結果なのでしょうか。
 競技大会の最中、ペルセウス王の投げた円盤は誤って客の方向へと飛んで行き、観客の老人を直撃し即死させてしまったのです。
 この観客こそアクリシオス王であったことは言うまでもありません。

 不本意ながら、ペルセウスは「祖父殺し」の責めを負うことになりました。
 ペルセウスは、かつてアクリシオス王と領有争いをしたプロイトス王の子メガペントスに、領国の交換を申し出ます。プロイトスはアクリシオス王と和解し、旧アルゴスの地の一部であるティリュントスの王となり、その子のメガペントスが王位を継いでいたのです。
 当時肉親殺しのような重罪を犯した者は、他国の地で穢れを祓ってもらう風習がありました。ペルセウスの領国交換は、そういう目的があったものと考えられます。

 こうしてティリュントスの王となったペルセウスは、自らの罪滅ぼしと同国の復興に力を注ぎました。そして彼の築いた二つの砦から、メディアとミュケナイという二つの古代ギリシャにおける重要な都市国家が生まれることになったのです。
 またペルセウスとアンドロメダは子宝にも恵まれ、この国でさらにたくさんの系譜が発生しました。その中には、ギリシャ神話一の英雄とされるヘラクレスも含まれています。

 最後に。ペルセウスは死後天に挙げられ(夏の風物詩となった感のある流星群で有名な)ペルセウス座に、妻のアンドロメダはアンドロメダ星雲に、義母のカシオペアはカシオペア座になりました。
 ギリシャ神話でも稀な「星座一家」と言っていいようです。 - 「ペルセウスの項」完 -

【注記】本「ペルセウス』シリーズは、阿刀田高著『ギリシャ神話を知っていますか』と、サイト『建国物語 3.ペルセウスの伝説』を参考にまとめました。特に後者に負うところ大です。深く感謝申し上げます。
http://lenai.sakura.ne.jp/myth/text/founder/3.html

 (大場光太郎・記)

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