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日々雑感(12)

   十月の終わりの街の暮色かな
   ハロウィンの空にさやかな三日(みか)の月  (以上拙句)

 「SFの抒情詩人」レイ・ブラッドベリの『10月はたそがれの国』については、08年記事にし、以後2年続けて再掲載し、またこの月アクセスが増えてきます。「10月」を形容するのにこれほどふさわしい表現はないと思われるほど秀逸なタイトルです。
 しかしこのタイトルは、同記事でもふれましたがブラッドベリの原題ではなく、邦訳として初めてこの作品集を刊行した時(1965年12月24日初版発行)に創元社がつけたタイトルなのでした。

 1年の季節の推移を1日になぞらえた場合、なるほど「10月はたそがれの国」であると納得させられます。この月は米をはじめとした五穀や果物の収穫の時期であり、晩秋に向かい寒さが徐々に増し加わる時期。まさにたそがれ、夕暮れに打ってつけの季節です。

 その10月も今日で終わり。早いもので今年もあと「夜の国」の2ヶ月を残すのみです。
 改めて言うまでもなく我が国は今年、3月11日の東日本大震災、直後の福島第一原発事故と、未曾有と形容される二大災厄に見舞われました。
 しばらくは、喪に服しているような悲しみと沈んだ絶望感がこの国全体を覆いました。

 しかし「時」というものは、どんな痛ましい出来事も、人をして忘却の彼方の岸へと追いやってくれるものです。また「夜の明けない朝はない」の格言もあります。1ヵ月、2ヶ月と経過するとともに、世の中は徐々に平穏・元気な生活を取り戻していきました。
 特に懸念されたのが、原発事故による広範囲な放射能汚染と、事故原発が使えないことによる電力不足でした。放射能汚染については、まだ完全に安全とは言い切れないところがありますが、避難指定地域外は「まあ安全」とみなして生活していくしかないのでしょう。

 今日の私たちの日常生活に直結しているのが「電力」です。事故直後『夜の停電を経験して』記事でも述べましたが、夜の長時間の停電があれほど不便とは思いもよりませんでした。今でも、昭和50年前後の生活レベルと思しきこの私ですらそうなのです。
 「オール電化生活」を満喫しているご家庭は別格としても。今もって列島の広範囲で計画停電が続いているとしたら。夜も照明がつかない、暑さ寒さにもエアコンが使えない、遠出したくても電車が止まって動かない…。

 電力はふんだんに使えてあたり前のこの時代。「電力不足」一つで、いくらおとなしい国民性と言えども、各地でパニックや暴動もどきが起きていても不思議ではありませんでした。
 こう考えてみると、電力は私たちの心理面にまで大きな影響を及ぼすものであることを、図らずも今回の原発事故で気づかされました。
 同時に我が国が電力を確保する手段として、いかに「原子力発電所」に依存しているかということも浮き彫りになりました。

 唯一の被爆国である我が国は、水力、火力など他の方法で電力を確保する道を選択するべきでした。しかし実際は、CIAエージェントの正力松太郎や中曽根康弘らによる、米国発の「原子力の平和利用」という美しいプロパガンダにまんまと引っかかり、今回の悲惨な事故に至ったわけです。
 その意味では、今挙げた両人、旧自民党、通商産業省(現・経済産業省)、原子力保安院、東電・九電など、この狭い国土に52基もの原発を建設してきた組織や連中こそは「A級戦犯」です。それとともに、今まで快適な電化生活を享受してきた私たち国民にも責任の一端はありそうです。

 現実問題として、震災の復興も原発事故原子炉の収束も遅々として進んでいません。被災地の瓦礫処理、道路、港湾、漁港などの復旧、高台への住宅地移転計画。原発事故各号機の安定化と廃炉、汚染水の地下水や海中への浸入防止、放射能汚染土の除染などなど。一定の目途がつくまでは途方もない時間とお金がかかりそうです。

 私は震災直後の『超巨大地震発生』記事で、「復興には200~500兆円くらいかかるのでは?」と当てずっぽうなことを書きました。後で『いくら何でもベラボーすぎたかな?』と思っていました。しかし原発事故の「除染」一つ取ってみても、除染とその中間貯蔵施設の建設に40兆円もかかるという試算があります。それからすれば私の当初概算(?)は、当らずといえども遠からずだったのかもしれません。
 そんな莫大な費用の大半は、結局は国民が負担することになるのです。歴代政権の度重なるヘマによる長期の不況でそれでなくても青息吐息なのに、「やってらんねえや」ではないでしょうか。

 本当はこの記事、「身辺雑記」でまとめようと考えていました。しかしいつの間にか、震災と原発事故などへの「憤り」になってしまいました。

 10月31日は米国などでは「ハロウィン」でした。近年我が国でも、若い人を中心にかなり浸透してきているようです。『どうせまた米国が発祥のバカ騒ぎだろ』と思っていました。気になって調べましたら、元々はケルト人の収穫感謝祭が起源のようです。
 「坊主憎けりゃ…」とは言っても、私は米国の何から何まで嫌いなわけではありません。嫌なのは、我が国に従属を強いるような「一国突出主義」「ハゲタカ強欲主義」なのであって、米国の文化にはそれなりに敬意をはらってもいるのです。

 【注記】月も変わることだし、背景を『十五夜』から『もみじ』に替えました。定期訪問の方々、またしばらくはこの背景でお付き合いください。

 (大場光太郎・記)

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