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クリスマスの起源はサタンの祭り !?(2)

 -クリスマスの起源は古く、遥か古代バビロニアの一人の王の生誕に遡る-

 前回は、12月25日はイエスキリストの誕生日とは関係ないこと、この日をクリスマスとしたのはミトラス教(ミトラ教)の「無限の太陽の生誕日」という冬至祭の換骨奪取だった可能性が高いことなどをみてきました。

 冬至は、太陽の「死と再生」を意味する重要な日として、古来世界各地の民族や宗教において神聖な日とされてきました。ミトラス教もその流れに則ったものと一応は言えそうです。
 しかし冬至は12月21日か22日であって、12月25日ではありません。25日では冬至の日から3、4日経過しており、冬至の「一陽来復」の太陽を神聖視する意義とはずれてしまいます。
 実は12月25日を冬至や太陽に結びつけたのは、ミトラス教が初めてではありません。同教もそれに先行する祭祀を受け継いだだけなのです。

 その祭りの起源をさらに遡っていくと、どうやら古代バビロニアにまで行き着くようです。そこで12月25日の日曜日に生まれた人物がいたのです。
 その人物の名は「ニムロド」(NIMROD)といいます。古代バビロニアの王で、その名は旧約聖書の『創世記』にも登場します。大洪水を免れたノアは、その後セム、ハム、ヤペテの3人の息子をもうけました。そのうちのハムの子がクシ、クシの子がニムロド(ニムロデ)とされているのです。

 『創世記』には次の記述があります。
 「このニムロデは世の権力者となった最初の人である。彼は主の前に力ある狩猟者であった。」
 これでみるとニムロドは、この世で最初の権力者(王)になったという以外に、取り立て問題にすべき人物でもなさそうです。

 ところが『ミドラーシュ』という後世にまとめられた旧約関係の別伝によると、(おそらく何らかの根拠ある伝承に基づいてでしょうが)少し様相が違って、よりネガティヴな人物として描かれているのです。
 まずその名前ですが、ニムロドとはヘブライ語で「我々は反逆する」を意味しているといいます。狩猟者としての彼の行為もまた、凶暴かつ残虐に描写されています。またニムロドは、イスラエルの始祖アブラハムと同時代のバビロニア王であり、バベルにおいて偶像崇拝をしなかった青年アブラハムを捕まえ、神学論争を持ちかけたものの巧みに切り返され、業を煮やしたニムロドは燃え盛る炉に投げ込みます。しかしアブラハムはまったく焼けずに無事救出されたというのです。

 さらにミドラーシュには、かの有名な「バベルの塔」の企画発案者こそがニムロドだとしているのです。バベルの塔についてはどなたも概略ご存知でしょうが、復習のため『創世記』の記述をみてみることにします。
 「彼らはまた言った。「さあ、町と塔を建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた。「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉を通じないようにしよう」。こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町の名はバベルと呼ばれた。」

 バベルの塔建造の張本人がニムロドだったとすると、彼こそはまさしく「神への反逆者」(サタニスト)の最たる者だったことになります。

 神(主)は全地に悪がはびこったことに激しく怒り、ノアの家族と多くの生き物のつがいを乗せた方舟だけを残し、地上に大洪水を起こし悪を一掃したはずでした。しかしノアからほどなくして、しかもノアの血統の中から神への反逆者が出たことになります。
 これはその昔、エデンの園での蛇の人類の始祖への誘惑によって流れ込んだ「サタンの血流」は、大洪水という「水の洗礼」では消去出来なかったことを意味します。

 人類の完全浄化にはもはや「火の洗礼」(その真意義は「霊(ひ)の洗礼」)しかないのかな、というのはまた別の話です。  (以下次回につづく)

参考・引用
『ウィキペディア』-「ニムロド」の項
日本聖書協会版『聖書』(口語訳)

 (大場光太郎・記)

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コメント

人の悲しみは
人の影にありて青き色
天の悲しみは
星の影にありて曙の色


悲しみは
幸福の影にあるのか
悲しみは幸福の中に
あって悲しみと言える


希望は山の遙か
彼方にあるのか
希望は私達の
心音と共にある


人は生き、喜び、
空を仰ぐ
星の瞬きと共に


私達は迷いも多く
迷いの友達とも言える


幻に苦しめられ
嘆く事も多い


しかし私達には
大きな贈り物として
希望がある


希望のある所に
愛がある


愛のある所に
光は満ちる

投稿: 砂の方舟 | 2014年1月 4日 (土) 01時07分

遙か彼方に
1艘の方舟が
あるという


誰が方舟を
造ったのか


どうして終わりが
来る事を
知っていたのか


幸せだったのか
不幸だったのか
誰にも判らない


ただ、ひとつだけ
言える事は
何かを信じ
何かに向かう事


「方舟」
それは大きな鍵


その鍵が判れば
何かが解ける


鍵は貴方が
持っている


鍵穴を探すのは
貴方自身


後は見つけるだけ


貴方に合う鍵穴を
見つけた時
奇蹟は始まる

投稿: 方舟の奇蹟 | 2014年1月 4日 (土) 01時16分

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