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ブログ背景替えました(11年12月篇)

  街路樹が冬のオブジェになっている   (拙句)

 神奈川県県央地区の当地では、ここ2、3日寒い日が続いています。早くも西高東低の冬型の気圧配置に列島が覆われてしまっているのか。この気圧配置にままありがちな好天気なのに、風はやたらピューピュー冷たく吹き付ける北風、そのせいもあって外に出てみると、冬本番の寒さを体感してしまうのです。

 しかし地方によっては、このくらいの寒さなどどうということのない所がけっこうあるわけです。2日ほど前、田舎の親戚の叔母たちから電話がありました。例年郷里(山形県南陽市宮内)の親戚2軒から向こうの果物が送られてきて、お返しに私が何がしかのお品をお送りした、そのお礼の電話なのです。
 年末の品のやり取りは、ここのところめったに帰郷していない私なので、お互いにその後の近況の確認、そして私にとっては田舎の様子などを知るいい機会となるのです。

 もっとも今年は、3月11日の東日本大震災の何日か後、気になってそれらの家に電話しました。まだご記憶に新しいかと思いますが、震災地の宮城県、岩手県のみならず、東北全県で広範囲に何日も停電が続きました。
 日々の地震ニュースによって山形県内はさほど被害はないようだとは分かっていても、来る日も来る日も電話がつながらずついつい心配になりました。同震災から3日後ほどしてようやくつながり、様子を聞いたところ案の定、「おがげ様でこっちはそんなに被害ねがった。…わざわざ電話してけっちぇ、どうもおしょうすななっすぅ」というようなことでした。(一部意味不明なところがおありかもしれませんが、全体的な文脈から大意をお汲み取りください。)

 話が脱線しますが。震災時の電話と言えば、仙台市に叔父がいます。山形市役所を10年以上前に退職し、3年程前に山形市内の家はそのまま残し、叔父夫婦だけで仙台市のマンションに越したのです。こちらは震災をもろに受けた地域ですから、本当に安否が気になりました。しかし当然のことながら山形よりさらに何日も電話出来ません。山形の叔母たちに確かめても、当たり前ですが「心配すてんだげんどよう、ホントにどうなったんだべねぇ」という返答でした。
 日に2、3度電話してみるのが日課になって、震災から数日後くらいにやっと叔父の携帯電話につながりました。そして無事な声が聞けたのでした。同マンションは仙台の山手の区にあり、震動はかなりだったものの上から物が落ちた程度で済んだようです。ただ若林区などを丸ごと呑み込んだ大津波は、同地区の1キロくらい先まで迫ったとのことでした。

 このたびの山形の叔母たち(80歳前後)の電話に話を戻します。
 二人とも、郷里はもう雪が降ってえらく寒いと話していました。そのうちの一人の叔母とは郷里町で家が近く親しく行き来していたこともあり、少し長電話になりました。
 「このまま根雪だごではぁ。こっちはたいした雪でもねぇげどよ、水林あだりはもうずい分積もってんべねぇ」と叔母。水林(みずばやし)とは以前の『雪に埋もれし我が故郷(1)』でも述べましたが、亡母の実家のある山奥の七軒部落のあった所です。
 元はと言えば皆ここに住んでいたのです。母が一時里帰りし私もこの部落で生まれました。下荻(しもおぎ)という下の部落から、山坂道を登って峠を下った小盆地状の平地にある部落でした。

 冬中は一面雪に閉ざされ下の小学校に通うことが無理なため、部落の小学生のために冬場だけの分校があったくらいの豪雪地帯です。ただ中学生ともなると、皆セミプロ級のスキーヤー(?)に成長していますから、冬でもスキーをはいて中学校に通っていたようです。私は夏と冬の学校休みに、そこにはよく行っていました。

 ひとしきり水林の思い出話に花が咲きました。今から25年も前、郷里町で親戚の子の結婚式があって親族が集まった折り、既に廃村になっていましたが、墓参りを兼ねて一同でそこの部落跡を訪れました。
 頃は6月初旬の緑したたる良い季節。晴天の日で、まず部落の外れのお墓にお参りして、長い風雪でぺしゃんこに押し潰された各家の残骸を見て回り、その後山に分け入ってフキやワラビやゼンマイといった山の幸をいっぱい採って帰ったのでした。その中には私の母をはじめ既に物故した人が何人もいます。互いに水林を懐かしみながらも、叔母は足が不自由で行けず、私は遠くてめったに行けず…。
 「コタロ君、体にばり気つけでな」「えや、どうもなっすう。オバチャも元気でえでおごやぇ」と言って、名残惜しく電話を切ったのでした。

 ところで今年は関東地方「木枯らし」が吹いたでしょうか。それと分かる木枯らし1号、私はついぞ確認できず終いでした。ただ目立った木枯らしは吹かずとも、とっくに町並みの木々は葉を落とし尽くしすっかり冬木のさまです。今年はブログ背景の「もみじ」を長く引っ張りすぎたきらいがありますが、ここで模様替えと致します。
 当ブログ開設の08年冬以来おなじみですが「本を開いて」。

 末尾ながら。「メリークリスマス」。良いクリスマスイヴをお過ごしください。

関連記事
『雪に埋もれし我が故郷(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-2ddb.html

 (大場光太郎・記)

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