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汚れつちまつた悲しみに・・・・・・

             中原 中也

  汚れつちまつた悲しみに
  今日も小雪の降りかかる
  汚れつちまつた悲しみに
  今日も風さへ吹きすぎる

  汚れつちまつた悲しみは
  たとへば狐の皮裘(かはころも)
  汚れつちまつた悲しみは
  小雪のかかつてちぢこまる

  汚れつちまつた悲しみは
  なにのぞむなくねがふなく
  汚れつちまつた悲しみは
  懈怠(けたい)のうちに死を夢む 

  汚れつちまつた悲しみに
  いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
  汚れつちまつた悲しみに
  なすところなく日は暮れる・・・・・・

…… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 中原中也の代表的な詩の一つであるこの詩は、はじめに昭和5年(1930年)4月の『白痴群』6号に発表されました。中也22、3歳頃に作られたと思われます。
 「汚れつちまつた悲しみに」
 ツッパリ少年のやけっぱちな捨てゼリフのようなこんな表現こそは、中原中也の真骨頂です。それまではついぞ現れたことのない画期的な新しい詩表現だったはずです。

 この詩の主語であり主題であるのは「悲しみ」です。それもこの詩における「悲しみ」は、乙女チックな甘い悲しみなどではなく、もっと切実な、生の根源にも関わりそうな悲しみです。都合8回もの「汚れつちまつた悲しみ」のリフレインが、そのことを示しています。
 さらに言えば、詩には表れていない本当の主語であり主題は、中原中也その人と言えそうです。
 「悲しみの主(ぬし)」の中也が町をさ迷い行くに、小雪は降りかかるし、風さえ容赦なく吹きつけると言うのです。
 中原中也の悲しい心模様の表出であるかのように。

 かくまでに中也をして「悲しみ」に陥れたものは何だったのでしょうか。
 それは、故郷(山口県)の父母の期待に添いたい想いは強いのに、実際は東京で後の坂口安吾や織田作之助といった「無頼派」の走りのような生活をしている、中也自身によってもたらされたものなのかもしれません。
 また時代背景も見逃すことはできません。この詩の発表の前年の昭和4年、芥川龍之介が「ただぼんりした不安」という言葉を遺して自殺しています。欧米式の近代化を急ぎすぎる、当時の唯物社会を覆う得体の知れない不安感を的確に捉えた言葉です。
 若き詩人の中原中也は、そんな時代の空気を人一倍敏感に感じ取っていたに違いありません。

 若くて純粋な心の持ち主ほど、自身が「汚れつちまつた」ことに敏感なものです。分けても中原中也は過敏すぎる神経の持ち主でした。それだから心のセンサーは、「悲しみ」という感情をびんびん伝えてくるわけです。
 その意味でこの詩は、近代詩中の代表的な「青春の詩」の一つと言えると思います。

 「悲哀の中に聖地あり」 (オスカー・ワイルド)
 80余年の時空を超えて中原中也のこの詩は、今の若い人たちにも響くものがあると思います。「悲しみ」という感情を味わうのは辛く苦しいものです。しかし砥石のようなこの感情があればこそ、魂は磨かれ成長できるのです。
 世知長けて感情を鈍磨させた大人のようになるなかれ。バラエティ番組などに安直に逃避することなかれ。悲しみは悲しみとしてしっかり味わってほしい。

 -初雪が降った夜更けに

 (大場光太郎・記)

中原中也の詩
『帰郷
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-e068.html
『サーカス』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-ec4a.html        

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