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アメシストが我が手に

 (今宵「アメシスト」を手に入れた次第を、ショートストーリー風にー)

 

  アメシスト (私が入手したものとは違います)

                         
 一

 19日夕方所用で本厚木駅周辺に行きました。所用が済んで帰りのバスに乗るため、同駅内の両側に花屋さん、コーヒーショップ、ラーメン店などが並ぶミロード内の広い通路を通りました。
 その中ほどではいつも何かしら催事の店が出ています。本日出店しているのは、ネックレスや時計や数珠や丸い玉のような開運グッズなど、どちらかというと年配者向けの店のようです。

 そこのすぐ側を通りました。と陳列台の端の方にさまざまな「石」がまとまって置いてあります。中でも奥の方の、こんもり盛り上がった石に目がいきました。色はうす紫、形は氷水をカップに目いっぱい掻き入れた、ちょうどあんな具合です。大きさも氷水と同じくらいのホリュームです。形だけなら、ろうそくの炎の形にそっくりです。ただ上の先端は尖ってはいず、なだらかです。
 その時はそれが何という石なのか気がづきませんでした。しかしやわらかいうす紫色に惹かれた私は、値段が知りたくなりました。しかし値札がどこにも見当たりません。

 うす紫の氷水形の石は、チョコレート色のプラスチックの台座の上に乗っています。『ひょっとして』と思い、落としたら大変なので、両手に包み込むようにそっとその石を持ち上げてみました。ずしりと重く、1キログラムほどありそうです。
 すると案の定、台座の上部に値段シールが貼ってあります。5,800円。意外な安さです。とっさに『買おうか』と思いました。が、またいつものクセで衝動買いしていいのか、と思いなおし元に戻しました。
 それにしても良い石だこと。なお少しその石を眺めていました。

 その時催事場にいた客は私一人。近くで店員が私の一連の動きを見ていたようです。40代くらいの背の高い男です。店には他に店員がいないところを見ると、男はこの催事の一人店主なのかもしれません。
 さすがは商売人。私の「買いたい気」をとっさに察知したようです。帰りかけた私に「今なら5千円でいいよ !」と、右手の五つの指をさっと広げて、「5千円だよ。さあ、買った買った」というシグナルを出しています。

 ウ~ン。私は一拍置くため「あの石は何ていうの?」と聞きました。店主と思しき男は「アメシスト」とぶっきらぼうに言い、続けて「水晶ですよ」と付け足しました。
 えっ、あれがあのアメシスト !?クリスタルの、紫水晶の、宝石のアメシスト !?
 「よし、買った !」と言おうと思いました。が思い止まって「5千円でいいんだね」と念を押しました。「また来るから。いつまでやってんの?」と聞くと、「明日まで」と言います。

 何歩か歩き出したものの、『あれはオレのアメシストだ。誰にも渡したくない』という思いが募ってきました。そこでくるっと踵(きびす)を返しました。
「やっぱり、あれ買うことにするわ」
 店主は『あゝそうかい』という風で、驚きもせずにその石を台の中央に移し、石と台座別々で梱包しビニール袋に入れて渡してくれました。

                      二

 バスを待ちながら、バスに乗ってからも考えました。
「本物のアメシストだとしたら、安すぎないか?」
 ひょっとして模造品かもしれないぞ、という疑念が湧いてきたのです。きっとそうに違いない。とんだマンパツ物(とはうちの郷里で「粗悪品」「駄物」を指す言葉)を掴まされたんだ。買うんじゃなかった、と後悔しました。

 『あの店主のヤツ』とも思いました。しかしさっきの無愛想な対応がかえって「本物」であることを示してもいそうです。もみ手しながらお追従されたら、それこそ模造品確定のようなものです。
 “アメシストもどき”かもしれない。そんな疑念のために、手にした時の喜びはとうに失せています。

 鉱石についてはズブの素人のくせして、家に着くなり「石改め」にかかりました。取り出した石を、ひっくり返したり、角度を変えて見たりしました。私の疑念をよそに、やっぱりなかなかの色合いです。
 つまりは、東窓とお隣の壁際に接した事務机の左端の中間(お隣との壁際)に台座ごと置くことにしました。(この机の上のパソコンで、私は当ブログを発信しています。今もパソコンの前角から左斜め前の“アメシスト”をちらちら見やりながら、この記事を作成しています。)

 しげしげと見てみるに、うす紫の色といい、室内照明を受けて光ったさまといい、けっこうな逸品のように思われてきました。
 手に取って裏返してみると、台座に接する平べったい底面には安定しやすいように研磨した跡が見られます。本物だとすると、まさか原石が初めからこんな形ではなかったことでしょう。それを示すように、表面の一部にもやはり研磨の跡が見られます。それが大いに“玉に瑕”と言えそうです。

 よく見ると表面は、たくさんの小さなピラミッド形が組み合わさって出来ています。小さい中にもまた大小があります。ピラミッドの比率そっくりなものが幾つもあります。
 こうして見ると、ギザのピラミッドに代表される「ピラミッド形」は人間が考え出したのではないことが分かります。自然のクリスタル結晶体の中に備わっていたのです。
 よく考えてみると、これだけのレプリカをつくるとなると逆に相当高くつくのではないでしょうか。

 冒頭の画像は、私が入手したものと色合いがよく似ているため掲げました。こちらは正真正銘のアメシスト、「宝石」といっていいものなのでしょう。無疵のようですし、光沢がまるで違います。“私のアメシスト”はくすんでいてこのような輝きはありません。
 同じアメシストとは言っても、価格数千円のものから何百万円(場合によっては何千万円?)までピンからキリまであるということなのでしょう。

 しかし“縁あって”私の所有となったからには、この石は私にとっての「宝石」であり「宝物」です。そう言えば思い出しました。アメシスト、30代後半の頃から欲しいと思っていたのです。
 今思いもかけず「聖(セント)ジャーメインの石」が私の所有となりました。安物でも何でも今後大切にしていきたいと思います。

 (注記)アメシストがなぜ聖ジャーメイン(サンジェルマン伯爵)の石なのか、いずれまた語る機会があるかもしれません。

 (大場光太郎・記)

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