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東日本大震災から満1年

人とはなんと美しいものだろう。人が人であるときには (古代ギリシャの言葉)

 3月11日、忘れもしない東日本大震災から満1年を迎えました。この節目に当たり何か大震災記事を書こうと思いました。
 私は何度も述べましたように、昨年4月から無テレビ生活者、もう8年ほど大新聞不購読者です。それで普段は特段痛痒を感じません。かえってネガティヴニュースなどから開放されて爽快ですらあります。
 ただ今回の場合のように大震災について書こうとするような時には困ります。いきおい関連の情報量が少なすぎるのです。

 そこで私は同日夕方本厚木駅に行ったついでに、有隣堂書店に立ち寄りました。同店2階の隅に「震災関係コーナー」が設けられていることを知っていたからです。そこから何か震災関連のまとまった情報となるものを得ようというわけです。
 各新聞社の大判の写真集や関係書籍が並んで陳列してあります。その中で「語り継ぐ永久保存版」と銘うった、朝日新聞出版社の『大津波、原発事故、復興への歩み 震災1年全記録』という写真集を買いました。

 百数十ページの同本の前半はもっぱら写真だけです。各写真にはごく短く説明文がついていますが、被災した各地の生々しい惨状が大きく映し出されています。とにかく「写真の力」は凄いです。一枚の大きな写真には、いくら文章で伝えようとしても伝えきれないような核心がズバッと映し出されていて、強いインパクトで見る者に迫ってきます。
 この写真集では特に大津波被害が深刻だった宮城県、岩手県の太平洋沿岸部にフォーカスしているようです。

 中に被災直後の惨状と、今年1月中旬頃の同一地点を並べた写真がありました。かつてはひどい瓦礫の山だったのが、約10ヶ月ほど経過して見比べてみると、予想以上に撤去されキレイに片付いているのでした。
 それにしても人間の力は凄いものです。もちろんしかるべき予算の力、最新の建設重機の力でもあるのでしょうが、どんな悲惨な状況でもこのように何とか復元しようとするのです。

 宮城県南三陸町、名取市、岩手県陸前高田市など、市ごと町ごと全滅したような地域では確かに瓦礫はほぼ撤去され、全域が更地状態になってはいます。ただしそれだけです。津波で残ったビルがポツリポツリとあるだけで、新たな建物は一つも建っていません。それくらいですから、人っ子一人の姿もないわけです。
 これを元のように血の通った生気溢れる町にするのはどうするのか。多分白紙の状態なのでしょう。また同規模の巨大津波が襲ってきた場合を想定すれば、かつて懐かしい人々の生活のあったこの地に住み続けていいものかどうか、そこから検討しなければならないのです。

 国、県、各市町村それに各方面の専門家を交えて、衆知を傾けてグランドデザインをきっちり策定する。そうしないと、肝心のもの事は進まないわけです。その意味で本当の復旧、復興には、数年もの歳月を要することになるのでしょう。

 この写真集には被災された方々の表情も映し出されています。瓦礫の山と化した町を背後にして、首うなだれて歩くお年寄りの姿があります。小学2年生だったわが子を教室で亡くした母親が、校舎に向かって手を合わせている姿もあります。このように「悲」が多いのは当然ですが、中には天使のような子供の笑顔があったりして、余計胸迫るものがあります。

 中に自衛隊員と米軍共同で瓦礫処理している、いわゆる「トモダチ作戦」の写真もありました。それを見て多くの国民は米軍に好意を示したようですが、私は今でも「?」と思っています。
 震災当日、まるでこれから我が国に何事か起こるのを予期していたかのように、米原子力空母ジョージ・ワシントンが太平洋上の日本近海で待機していたのはなぜなのか?あまりにもタイミングがよすぎないか?

 米国はいつもこうなのです。2004年12月のスマトラ島沖地震の折りにも、マラッカ海峡に米艦隊が集結してスタンバイオーケー状態でしたし。
 震災直後の『天の怒りか、HRAAP攻撃か』で紹介しましたが、国際戦略情報専門家の原田武夫氏は、「地震は起きるものではなく、起こすものだ。2004年以降、そうなっている。知らないのは日本人だけだ」と述べています。

 3・11の真の原因はHRAAPなど人工地震で、原発事故が「原発テロ」だったとしたら…。
 以前何かの記事で触れたように、続いて首都圏直下型地震、富士山大噴火に導き、日本をまず壊滅状態にし、同時に中東で第3次世界大戦の口火を切らせる予定だった。すべてはスーパーエリートたちが管理しやすいように、世界人口を大幅削減する目的で。しかし結果的に「彼ら」は失敗した。
 日本政府や関係機関そして大マスコミは口が裂けても言わないでしょうが、この可能性については今後ともシビアな検証が必要だと考えます。

 昨年の“今年の漢字”は「絆」でした。予期せず発生した未曾有の大震災、原発事故によって、忘れかけていた民族の大切な心が喚び起こされた感があります。かつての阪神大震災同様、今回も全国各地から大勢のボランティアがかけつけ、無私・無報酬の奉仕を続けました。
 悲惨な体験の中で、改めて人と人との心の触れ合いを実感した人も多かったことでしょう。それこそは何にも勝る大切な宝物です。

 反対にこのような写真集には現れませんが、トラブル、喧嘩、略奪などもあったことでしょう。やむを得ません。何せ明日をも知れぬ極限状態だったのですし、政府の対応があまりにも遅すぎたのですから。いつもは「良いこと(?)」を書いているこの私とて、そういう場に置かれればどんな下手をやらかすか知れたものではありません。

 この1年間に起きた悪いことはすべて過ぎ去り、消えていきました。被災した方々は決して夢をあきらめることなく、全国の誰よりも幸せになられますようお祈り申し上げます。

 (注記)冒頭の言葉は、朝日新聞『天声人語』(昨年3月17日付)の中で引用していたものをさらに拝借したものです。

 (大場光太郎・記)

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『天の怒りか、HRAAP攻撃か』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-0d40-1.html

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