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アリアドネの糸(1)

 ここからが、クレタ島の都クノッソスにあったというラビリントスを巡るクライマックスとなる物語です。

 ミノス王の時代、エーゲ海に浮かぶ島、クレタ島を中心としたミノア文明は全盛を迎えていました。対してギリシャ本土のギリシャ文明は、ようやくその曙光期に指しかかったばかりでした。
 そんな中でギリシャ本土で徐々に力をつけてきていたのがアテネです。アテネはミノス王のクレタ軍に対して一戦交えたのです。この戦いはミノス王が圧倒的な勝利を収めました。

 戦勝国は敗戦国に戦利品を要求するのは、古今東西変わらぬ世の習いです。ミノス王もアテネに対して戦利品を要求しました。それは、
 「アテネ市は毎年7人の少年と7人の少女を人身御供としてクレタ島に贈るべし」
という大いに変わったものです。
 何のための“人身御供”かと言えば、お分かりの通りラビリントス(迷宮)の主であるミノタウロスに献上するためです。牛頭人身のこの怪物は、中でも生きのいい少年少女の生肉が大好物だったのです。これを献上しないと大暴れするので弱っていたところに、ちょうど都合よくアテネが負けてくれたことによって、格好の“若人肉”の供給源を得たわけです。

 いくら敗者側とはいえ、こんなものを要求されたアテネはたまったものではありません。アテネの将来を背負って立つべき年端もゆかない子供たちを毎年贈り続けなければならないのです。それも、ミノタウロスという怪物に食わせるために。考えただけでも身の毛のよだつ話です。
 「何とかならないのか !」
 この忌まわしい年中行事に、アテネ市民の間に不満が広がり暴動すら起きかねない情勢になってきました。

 そんなアテネの窮状を救うべく、
 「それなら、オレが行って怪物を退治してやろう !」
と名乗り出た救国の英雄がいます。アテネの王子テセウスです。
 後に世界史でも稀に見るデモクラシーのポリス(都市国家)となり、約千年後ソクラテスやプラトンなどの大哲人を輩出したのがアテネです。しかしこの頃はまだ王制を敷いていたのです。

 この時テセウスは二十歳前後の若者だったとみられています。が、そんな若年でありながらなかなかに苦難の人生を歩んできていたのです。
 まず出生の経緯が明らかではありません。一応はアテネ王アイゲウスの子供ということになっていますが、海神ポセイドンの息子との説もあります。そのため幼少の頃は氏素性の知れない子として育てられ、後にアテネ王の血を引いているらしいという事になってからも、王統の血を引いている者である証明として、幾多の冒険をしなければならなかったのです。

 これは、決然としてゴルゴン退治の冒険に赴いたペルセウスの場合とよく似ています。当時、王家の血筋を引く者は優れて勇敢であらねばならず、国家的危機を救い得る勇者こそが王子の名に値するとの共通観念があったのです。
 「是非とも私を人身御供の中に !」という願いは聞き入れられ、テセウスはアテネからの贈り物の一員としてクレタ島へと送り届けられることになりました。

 クノッソス宮殿の中で、やって来たテセウスに好奇心を抱く一人の少女がいました。ミノス王の娘アリアドネです。それまでのテセウスの勇猛な活躍ぶりは、遥か遠いクレタ島でも噂になっていたからです。
 これが運命の分かれ道になるとも知らず、好奇心に駆られて王女アリアドネは、アテネからの人質たちが囚われている部屋をそっと覗きに行きました。ひときわ光彩を放ち凛として美しいテセウスを見た瞬間、アリアドネは心を奪われてしまいました。いわゆる俗に言う“一目惚れ”というやつです。

 そうこうしているうち、テセウスら14人の少年少女がラビリントスに送還される日が明日に迫ってきました。恋のとりこになったアリアドネは、気が気ではありません。何とかテセウスを助け出す方法はないものかと、あれこれ思案投げ首しました。
 テセウスが迷宮のどこかでミノタウロスと出会い、これと戦う。勝つかもしれないし負けるかもしれない。いや、これまでも幾多の怪物を退治してきたテセウスのこと、きっと勝つはずだ。何としても勝ってミノタウロスを退治してほしい…。

 しかし首尾よく怪物を退治できたとしても、その後がさらに厄介です。何しろ一たびラビリントスに迷い込んだが最後、二度と脱け出すことは出来ないのです。
 どうしたものかしら。アリアドネの想いは堂々巡りするばかりでした。 (この話次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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『伝説のミノス王』
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