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アリアドネの糸(4)

 アテネ王子テセウスとクレタ王女アリアドネは、クレタ島を離れ船上の人となり、アテネに向かって北上していきました。何しろ怪物ミノタウロスを退治した上、ラビリントスという大迷宮を無事脱出できたのです。
 並みのハリウッド映画ならこれで「ハッピー、ハッピー」、市民の歓呼の声に迎えられて二人そろってアテネに凱旋してジ・エンドのはずです。

 しかし神話では、北上途中航路を少し東に寄せてナクソス島に立ち寄ったことが、アリアドネの運命を決定的に狂わせてしまうことになりました。そのまま真直ぐ北上し続けた方が近道だったはずですが、テセウスは「ナクソス島に立ち寄った方がいい」と考えたのでしょうか。

 ナクソス島は「ディオニュソス神」の住む島なのでした。ディオニュソスは別名を「バッカス」と言い、酒と収穫の神様として知られています。大神ゼウスの息子ですが、初めはオリンポス十二神の中に加えられず、その性格はさながら酒に酔った時のように凶暴で、衝動的で、理性よりも感情の赴くままに行動する神として描かれています。
 19世紀を代表する哲学者のニーチェは、人間に芸術的意欲を起こさせる原動力として、陶酔的、激情的、衝動的なディオニュソスタイプと、調和を重んじて理性的、知的なアポロンタイプに分類しました。これは神話的伝説を根拠としたものです。
 このようなディオニュソスの性格が遺憾なく発揮されたのが、以下の物語です。

 ディオニュソス自身が冒険的であり、多分に反逆児としての側面を有していましたから、逃走中のテセウス一行を快く宮殿に迎えました。何せ「酒の神」なのですから、早速豪勢な大酒宴が催されました。
 客人に勧めるとともに、ディオニュソス自身もグイグイ酒をあおります。宴が進むにつれて、酒癖と女癖の悪いディオニュソスの眼が隠靡に輝き始めます。その対象はもちろん美貌の王女アリアドネ。彼女の唇に、胸に、太ももに、なめるようにまとわりつくように好色な視線を注いだのです。
 「おかしいわ、この人」
 正確には「この神様」と言うべきか。いずれにせよ、アリアドネもいやらしいセクハラ目線に気がつきました。

 酒宴がお開きとなり、テセウスとアリアドネはようやく寝所で臥すことができました。旅の疲れと深酒で、さしもの勇者も早々と深い眠りに落ちました。アリアドネもうつらうつらまどろみかけました。
 酒の席でのディオニュソスの視線が何となく気にはなりましたが、このままぐっすり熟睡して目が覚めれば、あしたの朝早くにはこの島を離れアテネにぐっと近づけるのです。

 とその時、誰かがアリアドネの体をまさぐったのです。「えっ?」と思って傍らのテセウスを見ると熟睡中で身動き一つしていません。
 「じゃあ誰、誰なの?」
 アリアドネはハッとなって、途端に眼が覚めてしまいました。
 酒くさい息、脂ぎった体臭、そして荒々しい愛撫。あろうことか大事な客人カップルの寝所に入り込み、エロ大神のDNAをストレートに受け継いだディオニュソス神の陵辱が始まったのです。

 抵抗してもがいても衣装はみるみるうに剥ぎ取られ、アリアドネのもぎたてのようなみずみずしい体が露わになっていくばかりです。つまりは全裸にされ、野性的な神の体が覆いかぶさってきます。
 頼みのテセウスはどんな物音でも起きないほどの爆睡です。逃げようにもディオニュソスがしっかり手首を押さえているため、か弱い女の力ではどうすることもできません。
 アリアドネとは「とりわけ潔らかに聖い娘」を意味しますが、こうしてアリアドネは、夜が白むまで何度も犯され続けたのでした。

 さらに問題なのは出航時です。つれないことにテセウスは、アリアドネを乗船させることなく出航していったのです。
 これは夜が明けてから、ディオニュソスとテセウスとの間で「取り決め」があったことを意味しています。
 「実はなあ、お前が寝ている間に、お姫様をちょいと抱かせてもらっぞ」
 ディオニュソスは悪びれもせずこう言ってから、
 「まあまあ、そう怒るなって。ものは相談だが、あの女をここに置いていけ。そうすればこれからはお前の守護神になってやろうじゃないか」

 何せ相手は名にしおう凶暴神です。それに力強い神の加護を受けるのと、恨みを買うのとでは、その後の人生大違いです。つまりはテセウスはその話を承諾したのです。
 アリアドネがテセウスを愛していたほど、テセウスはアリアドネを愛していなかったのか。それとも色恋よりも功利面を取る現実家だったのか。ミノタウロスを打ち負かした勇者も、なぜかディオニュソスの前では弱気だったのです。

 ラビリントス脱出には絶大な効力のあった糸玉でしたが、予期せぬ運命に翻弄され、アリアドネとテセウスを繋ぐ見えざる「運命の糸」は突如プツリと断ち切られてしまいました。遠ざかっていく船の影を、アリアドネはどんな想いで見ていたのでしょうか。
 アリアドネの記録はここで途絶えています。その後ディオニュソスの寵愛を受け続けたのならまだ救いもあります。が、むしろこの島で、自分を置いて去っていった恋人のことを想いながら薄幸な命を閉じた可能性の方が高そうです。

 悲運の王女の物語は後世の芸術家に霊感を与えたらしく、「悲しみのアリアドネ」を題材とした近代西洋絵画、彫刻、オペラ音楽などが創作されています。  (クレタ島物語のうち「アリアドネの糸」完)

【注記】クレタ島脱出後のアリアドネについては諸説ありますが、ここでは阿刀田高著『ギリシャ神話を知っていますか』(新潮文庫)を下敷きにまとめました。

 (大場光太郎・記)

参考
Do As Infinity『アリアドネの糸』(YouTube動画)
http://www.youtube.com/watch?v=GKkC3OhnakY
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http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat41440534/index.html

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