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アリアドネの糸(3)

 夜が明けると、予定通りアテネ王子テセウスと13人の犠牲者はラビリントスに追いやられました。
 テセウスは終始沈着冷静に行動します。まずはアリアドネから渡された糸玉の先端を扉にしっかりくくりつけ、13人の少年少女を従えて慎重に迷宮の中へと入っていきました。

 この大迷宮は真っ暗で曲がりくねっています。その上ねじれたような回廊があったり、後世の“迷路パズル”さながらに行き止まりや見せかけだけの通路があったりと、まさに複雑怪奇な地下迷路の集合宮殿です。
 なおこの迷宮の奥には特別な礼拝室があり、生贄を殺すための両刃の斧が祀られていたという説があります。そしてこの斧は黄金製で「ラブリス」と言われていたと伝えられています。このため世界史中でも類を見ないこの大迷宮は後世「ラビリントス」と呼ばれるようになったのです。英語で迷路を意味する「labyrinth」(ラビリンス)の語源はここから来ています。

 さて迷宮の中をさ迷い歩くうち、暗がりの前方から生臭いにおいが漂ってきました。遂にミノタウロスと遭遇したのです。暗黒迷宮の主のミノタウロスは牛頭なのですから、半ば獣(けもの)とみなすべき怪物です。それゆえ暗がりの中でもしっかり獲物を見分ける視力を持っています。
 「よし、よし。今年のご供物は特別にうまそうだぞ」
 久しぶりに極上の“若人肉”にありつけそうな怪物は、奇っ怪に裂けた唇からよだれを垂らし、舌なめずりしながらのっしのっしと近づいてきました。


        怪物ミノタウロス

 もちろんテセウスにぬかりはありません。ミノタウロスと出くわしたらどうするか。事前に周到なシミュレーションは出来ていたのです。

 例年の人身御供たちは恐怖にうち震え、何の抵抗もせずミノタウロスの餌食になってきたのでした。そこに怪物の油断があったのです。
 事実先頭にいるテセウスは、ミノタウロスがすぐ側に近づいて来るまで哀れな生贄の子羊を装っていました。

 いよいよ怪物が至近距離に近づき、丸太ん棒のように太い腕を伸ばし、グロープのような手でテセウスをむんずと掴みかけた、その瞬間、
 「えいっ!」
 空手の名手のような鋭い気合一声を放って跳び上がり、怪物の脳天めがけて鉄拳をくらわせました。予期せぬ不意討ちをくらったミノタウロスは、たまらずもんどり打って倒れます。勇者テセウスはたったの一撃で怪物を仕留め、絶命させてしまったのです。

 「さあ、みんなここから急いで出るんだ。オレの後について来い !」
 テセウスは13人の子どもたちを引き連れて、糸玉の糸をたぐりたぐりしながら入り口へと戻っていきます。そして迷宮の外へ出ることに成功したのでした。

 扉の向こうではアドリアネが待っていました。彼女はラビリントスの中から出てくるテセウスをどれだけ心待ちにし、実際無事なその姿を見てどれほどの喜びにうち震えたことか。
 しかしぐずぐずいつまでも愛の歓喜に浸っているわけにはいきません。アリアドネの父ミノス王に知られる前にクレタ島から脱出しなければならないのです。
 「さっ、早く。船が用意してありますから、急ぎましょう」
 王女アリアドネの事前の手配によって、入り江の陰に一艘の船がやってきました。

 一同が船に乗り込み島を離れた時には既に夜になっていました。エーゲ海の夜空に浮かぶ月の光を浴びながら、二人は頬を薔薇色にそめ初めて熱い抱擁を交わしました。

 クレタ島が黒く、小さく遠ざかっていきます。
 「王子と一緒に海の彼方の国アテネに行くんだわ」
 故国を離れなければならない哀しみは当然あります。が、愛しい人とともに旅立つ、未知なる世界への胸はずむ期待の方が大きかったのです。

 しかしアリアドネとテセウスの「運命の糸」は、海路でのとんだ邪魔が入ったによって断ち切られ、アリアドネの想いどおりにはならなかったのです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『不思議館~古代の不思議~』「迷宮とミノタウロス伝説」
http://members3.jcom.home.ne.jp/dandy2/works/works_14_k.html
 (ミノタウロス画像をお借りした上、ラビリントスに関する箇所もこちらのサイトを参考にまとめました。感謝申し上げます。)
関連記事
『アリアドネの糸(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-a402.html
『アリアドネの糸(2)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-5f29.html

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