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采女の袖吹きかへす明日香風

                          志貴皇子

  采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたずらに吹く

                       (『万葉集』1-51)
 (読み方)
  うねめの/そでふきかえす/あすかかぜ/みやこをとおみ/いたずらにふく

 …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》

 先月下旬のある晴れた午後、私は当市街地の国道沿いの舗道を歩いていました。先ほどの信号の所から、何メートルか先を名門厚木高校の女生徒4人が歩いています。
 見るともなしに見ていると、互いに他愛もない話をし合っているようです。そよ吹く心地良い風に、彼女らの長い髪が少しなびいたりしています。もちろんチャカチャカ茶髪などではなく、皆艶々(つやつや)しい黒髪です。

 彼女らは信号から数十メートル先を左折していきましたが、その姿を見ながら私は「采女らの袖吹きかえす…」と、ふと口をついて出たのです。

 「采女」とは、上古の時代の“宮廷女官”の官名です。当時の地方豪族が天皇へ恭順の意を示すため、その娘または姉妹を天皇に献上したのです。一種の人質ですが、これには幾つかの“審査基準”がありました。13歳以上から30歳以下であること、一定以上の教養があること、そして何よりも容姿端麗であること。
 高偏差値の厚高女生徒の後姿から、古えの高貴な身分の女官の姿がつい連想されたのでした。

  采女(ら)の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたずらに吹く

 「采女らの…」とつい口ずさんだように、私がかつて読んだ歌人斎藤茂吉の名著『万葉秀歌上』中のこの歌では、上のように「(ら)」を入れた読み方が示されていました。
 ただし冒頭に掲げたように、志貴皇子(しきのみこ)の元々の歌は「采女の」であるようです。そうすると采女は単数形であり、「さて誰なのか」となりそうです。

 皇子の“想い人”だったということも考えられますが、一説では、皇子の母の越道君娘(こしのみちのきみのいらつめ)も采女だったと言われ、美しかった母を偲んで詠んだのではないか、と言われています。
 それはそれとして。やはり「ら」を加えて伝統的な五七五七七の形に整えた方が、音読にはなじみます。それに「ら」を入れた複数形だったからこその、あの時の4人の女子高生からのこの歌の連想だったわけです。

 この歌前半の「采女の袖吹きかへす明日香風」と、後半の「都を遠みいたずらに吹く(風)」は、どちらも志貴皇子自身にも吹いた風であるとしても、時制的にも場所的にも違う風です。
 「明日香風」は追憶の中の風、そして「いたずらに吹く風」は今現在吹いている風ということになります。

 「明日香風」は「明日の香りを運ぶ風」とも解釈できそうな詩的な名の風ですが、思うに志貴皇子の造語なのではないでしょうか。後の世の何人もの歌人が「明日香風」を詠んでいます。
 ここで明日香は「飛鳥」の意であり、672年から694年まで飛鳥の地に「飛鳥宮(あすかのみや)」(「明日香宮」とも)が置かれていたのです。

 672年と言えば、古代日本を揺るがした「壬申(じんしん)の乱」が起きた年です。それまでの天智天皇系政権に対して、クーデターでこの乱に勝利した大海人皇子が、天智天皇造営のそれまでの近江大津宮から飛鳥に都を戻すべくこの宮を造営しました。
 翌673年に大海人は、この都で天武天皇として即位します。その後飛鳥宮は妃の持統天皇に引き継がれ、20年以上にわたってこの宮で律令国家の基礎を築く事業が進められたのです。

 上古に燦(さん)たる飛鳥宮も、持統八年(694年)十二月に藤原宮に遷都され廃都となってしまいました。この歌には「明日香の宮より藤原の宮に遷居せし後に、志貴皇子の作らす歌」との前詞があります。

 志貴皇子(生年未詳~716年)は天智天皇の第七皇子(第三皇子とも)です。ですから壬申の乱以後は肩身の狭い思いもしたことでしょう。しかし飛鳥宮から藤原宮まで、一貫して天武・持統天皇に仕えています。
 柿本人麻呂、額田王、山部赤人らとともに万葉集を代表する歌人です。推察するに、皇子にはあまり政治的野心はなかったのではないでしょうか。それが幸いしたのか、身辺にさしたる波風が立つこともなく順調に官位を上っていきました。

 この歌の「二つの風」は同じ季節の風なのか、違うのか、どの季節なのか、よくは分かりません。しかし「采女の袖吹きかへす明日香風」の方は、受ける印象から、初夏の頃の風がふさわしいのではないかと思われるのです。
 明日香宮を背景に、爽やかな薫風に吹かれながら立っている飛鳥美人の姿が目に浮かぶようです。

 (大場光太郎・記)

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