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フォレスタの「赤い夕陽の故郷」

-昔故郷で聴いていたこの歌。今異郷に在りてしみじみ聴き直している-

 

 初めて男声フォレスタによるコーラス曲を取り上げます。

 『赤い夕陽の故郷(ふるさと)』。いやあ、懐かしい。昭和33年(1958年)11月発表。当時(白黒)テレビやラジオからガンガン流れていた歌でした。歌ったのは三橋美智也(みはし・みちや)。あの頃の三橋美智也(1930年~1999年)は脂の乗り切った全盛期で、国民的大人気の歌手でした。
 私は当時山形県内陸部の田舎町の小学校三年生でしたが、子供ながらに『なんてええうだ(良い歌)なんだべ』と思いながら聴いていました。

 今思えばこの歌は、戦後日本の歩みとリンクしていた歌ではなかったと思われます。戦後10年が経過した昭和30年、政府は経済白書で「もはや戦後ではない」と宣言しました。復興が順調に進み、経済成長がその端緒につき始めたのです。
 首都東京など大都市は絶えず労働力の補給に迫られ、需要に応えて全国各地から中卒者、高卒者が東京などに続々と集まってきていました。

 そんな社会状況を背景に、この歌に代表される「望郷演歌」が昭和30年代前半大流行したのです。例えば同じ三橋美智也の『リンゴ村から』(昭和31年)『夕焼けとんび』(昭和33年)、春日八郎の『別れの一本杉』(昭和30年)『山の吊橋』(昭和34年)、青木光一の『柿の木坂の家』(昭和33年)など。

 その中でも『赤い夕陽の故郷』は、望郷演歌の代表的名曲といっていいと思います。
 第一タイトルが何ともたまりません。「♪兎追いしかの山 小鮒つりしかの川」からはじまって、故郷に対するイメージは時代によっても個々人によってもさまざまだと思います。が言われてみれば、「赤い夕陽の故郷」はなるほどのイメージです。
 タイトルそのものから、横井弘の作詞家としての技量の冴えが感じられます。

 今回懐かしさのあまり、フォレスタコーラスとは別に、YouTubeで三橋美智也の元の歌も併せて聴いてみました。最初聴いたのは今から50年以上前の子供時代ですから、三橋の細かい歌い方など覚えていようはずがありません。冒頭「お~~」という大きな呼び声から始まるのにはびっくりしました。
 しかし改めて聴いてみて、三橋美智也の少し甲高い歌声に「あゝこんな感じだったよな」と思い、当時の思い出が蘇えり、思わずジ~ンと来てしまいました。

 ところでこの三橋動画に、ある人が次のようなコメントをしています。
 「哀愁のある三橋さん­の高音とウェスタンソングの哀愁がどこか通じあうところがあるからでしょうか。」(同コメントの後半部)
 「えっ、ウェスタンソング?」。それに注意しながら聴き直してみますと、間のギターの爪弾きがなるほどウェスタン調なのです。(それにイントロも。)
 当時は『駅馬車』『シェーン』『荒野の決闘』など西部劇映画の名作の影響により、我が国でもウェスタンの焼き直しとして、小林旭や宍戸錠などの日活ニューフェースによる「渡り鳥シリーズ」がスタートした頃だったのではないでしょうか。

 だから作曲家の中野忠晴は、ただ泥臭いだけの望郷演歌ではなく、流行を敏感に察知して、さりげなくウェスタン調をこの歌に取り入れたのだと考えられます。
 歌詞の中にも「渡り鳥」が1番と3番に出てきます。しかし実際のところ、流れのギター弾きやサーカス一座や寅さんならいざ知らず、全国各地を流れ歩く渡り鳥人生など当時もそう多くはなかったはずです。

 この歌における「渡り鳥」とは、故郷を離れて大都会で苦労しながら生きている地方出身者そのものの比喩であると考えられます。そんな渡り鳥がある日夕陽を目にして、故郷の赤い夕陽を懐かしくも思い出したのです。
 当時、都会の片隅でこの歌を聴いて、人知れず涙した多くの人たちがいたに違いありません。

【追記】
 この望郷演歌の名曲を、男声フォレスタが熱唱してくれています。1番を横山慎吾さんが、2番を榛葉樹人(しんば・しげと)さんが、3番を澤田薫さんが独唱しています。3人はいずれもテノールですが、三人三様、それぞれの個性を生かした良い歌い方だと思います。
 3人のテノール独唱を後ろで支えているのが、画面右からバスの大野隆さん、バリトンの川村章仁さん、同じくバリトンの今井俊輔さんです。この3人の低音によるハーモニーが、コーラスに重厚な味わいを醸し出しています。

 参考まで6人の出身県をご紹介します。大野さんは島根県、川村さんは長野県、今井さんは群馬県、横山さんは埼玉県、榛葉さんは静岡県、澤田さんは岩手県。6人とも“地方出身者”であり、それぞれに故郷への思いをひそめながら歌っていることでしょう。
 ともかく6人による男声フルコーラスは圧巻です。三橋美智也の元の歌は捨てがたいとしても、フォレスタによるリバイバル版『赤い夕陽の故郷』という感じがします。

 私が特にグッと来るのは、澤田さんが歌っている3番です。私の「おふくろさん」は既にこの世に無く、今は遠い故郷の土の下です。

 (大場光太郎・記)

『フォレスタ - 赤い夕陽の故郷』(YouTube動画)
http://www.youtube.com/watch?v=WXJJPvKPJKY
参考動画
三橋美智也『赤い夕陽の故郷』(上記動画)
http://www.youtube.com/watch?v=hhf1dZUDh90
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コメント

内容かよく和解ませんが感じたことチョト一言
これわ棒葉さんのこうなですか。私も古い人間でスので三橋みちやさんの歌わよく知ってますキイが高くて物悲しくてとても好きでした。青森の友達がカラオケでよく歌ってくれます。こんなこと書いてすみません。

投稿: i伊東チヨコ | 2013年6月23日 (日) 11時48分

伊東チヨコ 様
 コメントどうもありがとうござます。
 あのう、大変申し訳ございませんが文意が今ひとつ分かりかねますが、ええこのコーラスは『榛葉さんの「赤い夕日の故郷」』と言っていいのかもしれません。実に良い歌唱ですよね。
 この歌の動画が削除されて現在視聴できないのが残念です。フォレスタの懐かしの歌をお聴きになられ、どうぞご健勝でお過ごしください。
 

投稿: 時遊人 | 2013年6月23日 (日) 13時45分

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